● ずっと一緒だよ、と思っていた。私にとって一番のお友達だと思っていた。 押し入れの中で二人で夢を語り合ったりしたね? 「ねえ、ずっと一緒に居ようね」 約束、約束だよ? 古い古い約束なんて誰が覚えているのだろうか。 ましてや――人形とのなんて。 にたり、と笑った手作りのお人形。 ちぃちゃん―― ちぃちゃん―― 優しい思い出が駆け巡る、ぐるぐる、ぐるぐる。 忘れられてしまうなら、いっそ。 手にしたのは包丁、ねえ、ずっと一緒よね。 ● 「子供の頃、お人形遊びってしたことあるでしょう」 『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)は抱きしめていた兎のぬいぐるみをずい、と差し出した。 「じゃあ、あなた、あなたは幼い頃に遊んだ人形を覚えている?」 まあ、返答なんて望んでないわ、とイヴは兎を机へと放り投げた。 お人形遊び。 その言葉をもう一度含みがあるように繰り返して彼女は言う。 「幼い頃に人形と『一緒に居よう』と約束したら、殺されました、なんて」 アパートに忘れ去られてしまった人形。 胸には「ちぃちゃん」と書いた名札が付けられているという。 「そのちぃちゃんが何か?」 「ええ、そのちぃちゃんは持ち主との約束が守られなかったと悲しみ、動き出したの」 見捨てられたと、彼女はそう思っている―― イヴは一度目を伏せて、嗚呼、可哀想と呟く。 「彼女の攻撃は落ちていた包丁を使った切り裂き……これは近接単体攻撃。 彼女の体内にある綿を飛ばす全体攻撃よ」 綿だからって侮ってはいけない。その綿は室内を漂い、刃の様に、鋭く肌を切り裂く。 後は近接攻撃を行う『くまさん』がいるわ、とイヴは言う。 ちぃちゃんの影響を受けて動き出してしまったくまさんは取りに来る人など居ない。 「ぽこぽこ、って殴ってくるの」 「そりゃまた可愛い」 「結構痛い」 こう、腕を振り回してくるのよ、と実演する様子が本当に幼子の様で可愛らしい。 お分かり頂けたかしら、と聞く少女にリベリスタ達が頷く。 「広さは十分にあると思う。大人が5人は並べる程度の部屋よ」 奥行きもあるけれど、室内ということを忘れないで、とイヴ。 月明かりがあるから照明がなくても十分な明るさがあるというその部屋。 出入り口は玄関扉と――まあ、窓も数えてもいいだろうか。その2か所のみだとアパートの写真を見せて彼女は言った。 「お人形たちはここから逃げることも、出る事もないわ」 ――止め処なく、止め処なく、ただ、もう一度会いたい気持ちが溢れている。 その場所に居なければもう一度会えないかもしれないいう一種の強迫。 その場所に居たらもう一度会えるかもしれないという一種の希望。 「持ち主と一緒に居たいだなんて、健気でしょう?」 嗚呼、それでも、取りに来た持ち主が殺されてしまうのは――。 持ち主の手元に戻る、きっと彼女もそれを望むだろうけれど、宿った狂気は止まらない。 大好きな『友人』をその手で殺してしまうかもしれない。 「誰よりも、何よりも、一途なこのお人形を誰かとめてあげて」 壊れてしまってもいいの、それでも、あの人を傷つけたくないの。 それでも…… ――ねえ、ずっと一緒よね? |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月31日(土)21:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 深夜――人気のない街角。 月が綺麗な夜であった。まるで狂気を孕んだその月はリベリスタたる彼らを照らしている。 「忘れられるのは、寂しいことだ。けれど、忘れてしまうこともきっと」 きっと――寂しいことなのだとおもう。 呟き、強結界を周囲に張り巡らせた『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は翡翠色の瞳を伏せた。 無常にも過ぎ行く時を『ENDSIEG(勝利終了)』ツヴァイフロント・V・シュリーフェン(BNE000883)は重いため息をつく。時は有限である。 「ヒトの時間は一瞬光り、ずっと永く星光のように残るもの」 気づけた者の素敵な宝物であるけれど、それはヒトだけが気づけるかもしれない宝物なのかもしれない。 「幼い頃約束、ですか」 『』雪白 桐(BNE000185)はツヴァイフロントの言葉を聞いてふと考える。その思い出は忘れてしまったわけではない、と。 彼の瞳には宿るのは悲しみと、優しさ。混同することのない甘い感情が二つ。 心の中にしまってしまった思い出は忘れてしまったわけではない。 「ふとしたことで思い出して後で辛い事が合った時に蓋を開けて励みにするものなのです」 「大人になっていくと、お人形遊び、しなくなってくけど、傍に置いておきたいな…」 だって、大好きで、大切だから。 『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)が祈る様に呟いた。 少女時代であれば人形遊びをする子供が多い。それは少年である『茨の守護騎士』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)もはっきりと理解していた。暦の上では春と言えど、まだ肌寒い風にその猫っ毛を揺らし決意を固める。 「お人形が女の子にとって特別なものだってことはわかってるつもりだ。今回は悲劇になる前に止めてやれる」 彼の目の前では幾度もなく惨劇を見た、或いは惨劇の跡を片づけることしかできなかったのかもしれない。悲しみを孕む事件など、平和な世界に入らないから―― 「ええ、本当の望みじゃないと思うわ。悲劇は食い止めないと」 『』リリィ・アルトリューゼ・シェフィールド(BNE003631)は頷く。その燃え上がるかのような赤いツインテールを揺らし、頷く。 人形遊びをさせてもらったことがない、まだ年端の行かぬ少女は魔術を学び、生きてきた。けれど、人形の望みは彼女にだってわかるのだ。赤い眸をキッと目の前の扉へと向けた。 「その思い、狂気ごと絶ち切らせて貰う」 扉の前に立ちはだかった『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)は扉に手をかける。強すぎる思いは狂気を孕む。人の狂気は彼の感じたことのある何時ものソレ。しかし人形にも当てはまるなどとは思いもしなかった。 強すぎる思いは狂気をはらむ、そう、行き過ぎた愛情は時に狂気へと変貌する。 ――きぃ、と音を立てて開いた扉は取り壊されるということもあってか錠はない。 「…取り壊される予定というだけあって、何と言うか、その…雰囲気がありますね」 中を覗き込んだ『魔弾の奏者』宮代・紅葉(BNE002726)が困ったように呟いて、足を踏み入れた。 ● 「ちょっとの間、お邪魔します」 恐る恐る、といった雰囲気であひるが呟く。その隣では雷音が守護結界を張り巡らせた。 暗視を使用した桐が周囲を見回し、己の生命力をも戦闘力へと変える。 ユーニアの超直感はすぐに目的のものを捉える――押し入れ、であった。 開かれたままの押し入れ、其の奥でにたりと笑うのは…… 「ちぃちゃん……」 ぼそりと紅葉が呟いた。 愛らしい少女の形をした人形――そうその人形こそが『ちぃちゃん』であった。 その隣ではくまのぬいぐるみたちが楽しげに戯れている。 桐の携帯電話が光る。ちぃちゃんの姿を収めた写真は薄暗いもののその形態をハッキリととらえていた。 月明かりが怪しげにぬいぐるみたちをも照らす。 「今晩は人形さん。人に仇為す君達に人形遊びをやめた大人達、用件は分かるかね」 歩み出したツヴァイフロントがその身に風を纏う――そう、素早さという名の『風』を。 押し入れの奥でにたり、と笑う人形は何も分からないように小さく首を傾げた。 可愛らしい、けれどその手に握られた包丁はその人形の愛らしさすら忘れさせてしまう。 「そんなものちぃちゃんには似合わないぜ」 ユーニアは『ペインキングの棘』を向ける。ツヴァイフロントとユーニアが対峙したのは可愛らしい人形ではなく、ふわふわとした4匹の『くまさん』。 初手で紅葉の放った炎は人形を制することが出来なかった。押し入れから出すつもりはない――だが、4匹も居ればその行動を制限することも叶わぬ。 飛び出した『くまさん』が躍り出る。短い柔らかな腕を振り回し福松へと襲いかかった。 「まさかぬいぐるみとガチで殴り合う羽目になるとはな……!」 殴りかかられ、多少身を引く、だが彼らはその痛みにも打ち勝つ意思があるのだ。 彼の拳はぬいぐるみへと叩きこまれる。 ふらり、ふらり―― ぬいぐるみが1匹踊る様に後ずさった。 その様子にリリィが目を輝かせる。思わず口を衝いて出た言葉はある意味彼女らしからぬ言葉であり、彼女らしい言葉なのかもしれない。 「か、可愛い……!」 子供が夢中になる様に――その思い出のないリリィは花のかんばせを綻ばせる。 が、そうも言ってられないのだ。相手は敵なのである。 二匹のくまさんが攻撃の機会をうかがって前に歩み出てくる。彼女は其れを見逃さなかった。彼女の髪よりも紅く、そして黒ずんだ炎が愛らしいくまを飲み込む。 ツヴァイフロントの設置した障害物がくまたちの行く手を阻んでいる。炎を避けた桐はそう直感し、目の前のふらふらとした足取りで歩み寄ってくるくまを見つめる。 「少し痛いのは我慢してくださいね?」 彼は嗤う――君が愛しい人の場所へと行けるように。 雷は目の前のくまを焼き殺すほどに強く、強く――彼の想いを届けるかのようにより一層強く、攻撃した。 祈りをささげるかのように氷の雨を降らす雷音の眸は揺れる。 大事だったんだ――時も、感情も、幸せも大事だからこそ、人形は狂気に飲まれた。 「彼女はちゃんと迎えに来るから」 祈る。 「約束は、きっと果たされるから」 祈る。 彼女の氷は想いを通して鋭さを増す。彼女の心を反射するかのように突き刺さる氷が一匹のくまさんの足をとめた。 彼女の祈りも、想いも嘘だというようにちぃちゃんが動く。彼女の腹に詰められた綿が小さな音を立ててはじけ出す。 ――じゃあ、何故私を、私を置いていってしまったの?何故? びゅんびゅんと彼女の体内から放出される綿がリベリスタ達の肌を切り裂く。 つぅ、とリリィの頬に血が伝った。其の威力はくまさんの可愛らしい攻撃などとは比べ物にならないほど、強い思いのこめられたものであった。 「小さなお人形さん、私の魔術――うたを聞いて」 紅葉が放つ四色の光が、ちぃちゃんの体を貫く、愛おしい歌、悲しい歌、楽しい歌、怒りの歌。四つの歌は小さな人形に何を与えるのか。 ぽこぽことくまさんは堪えずその腕を回す。寂しい、寂しい、と語るかのように。 「お前だって、そんなことしたくないんだろ」 腕を回すくまにまだ幼い騎士は語りかける。二匹のくまがふと、頷いた様に見えた。 「今だ!」 ユーニアが後衛へと叫ぶ、彼は跳躍する。彼の居た場所に氷の雨と炎の相対する二つが現れる。 ふらり、と揺れる二つの影に桐は雷を叩きこんだ。 「おやすみなさい」 ――君たちは落ち込まなくて良いんだよ、今はしあわせに。 「遊ぼうか」 笑った彼女が放つ剣戟がくまさんを翻弄する。殴られて疲弊したツヴァイフロントにあひるがその歌声で癒しを届けた。 「あなた達から狂気を消すの……あひるたちが、お手伝いする……!」 彼女は傷つく仲間たちの為に歌う、歌う。 その歌声は滴る水のように清らかで、惚れぼれとするものであった。 目にものとまらぬ速さでくまを打ち抜く福松。 ふらふら――もうくまたちに残された力も少ないのだろう。其れを確信する。 彼の拳は強き意思を顕す様に、彼女の剣戟は安らぎを求めるかのように、くまに突き刺さる。 黒き奏者の抱いた優しい想いが炎となる。 赤き少女の感じたことのない気持ちは燃え上がり、くまを永遠の眠りへと誘った。 「お人形遊びなんて、してないけれど――今なら夢中になる気持ちもわかる気がするわ」 だって、こんなに可愛いのですもの。 雷音がじっと目の前に残された人形を見つめる。 「ちぃちゃん、彼女にあわせてあげるから、ボクも約束する、絶対に」 人形はそのくりくりした瞳に何を浮かべたのか――果たしてどう思ったのかは誰にもわからない。 ――だから、今はただの人形になって。 「彼女を殺してしまったら一緒になるんじゃなく本当の一人ぼっちになっちゃいますよ?」 桐の言葉に人形は悲しげに包丁を振るう。刃先はツヴァイフロントの腕を叩く。赤い血が飛び出る。 彼女は負けじと目にもとまらぬ速さで剣戟を送る。ふと、雨だれの様に静かに詠唱が響く。小さな矢は寂しげな人形へと突き刺さる。 いやいやをする様に体を揺らし包丁を振りかぶる小さな人形。 「ご主人様が見たら悲しむぞ」 愛用の棘で包丁を受けるとユーニアは人形へと告げる。人形の動きが鈍ったように福松には見えた。 「また会いたいと心から願う友達を待つのなら、そんな物騒な物はいらんだろうが!」 今だと言わんばかりに彼の放った攻撃が包丁へと辺り、人形の腕から離れる。 紅葉が放った四色の祈りの歌声が、桐の雷光が、小さな人形へと突き刺さり、動かなくなった。 「きっとまた会えますよ、だから今はまた大人しく眠ってください」 ――もう一度会えるから。 祈るように言った雷音の言葉は人形へと届いたのだろうか……。 ● 「君の求めるのは誰の何。」 ――思い出を二人で持つ事の意味を考えて。君はきっと、ずっと一緒にいた人の存在に気づけるはずだ。 人形の頭を撫でて語りかけたツヴァイフロントが立ち上がる。 ソーイングセットを手に歩み寄った紅葉が動かなくなった小さな人形へと歩み寄った。 桐に手渡された携帯電話。元の形が分かる様に、と彼が撮って置いた写真を元に紅葉は人形を修繕する。 「それなりに花嫁修業は物心付いた時から受けてますので」 人形なら何とか、と笑った彼女に傍で見ていたリリィが羨ましい、と漏らした。 「私も練習すればできるかしら?」 「ああ、大丈夫だ」 紅葉を手伝いながら笑う雷音にリリィが安心したように笑う。 近場にあった其れなりに原形の残されたくまさんを抱え上げ、慣れない手つきで一生懸命に修繕していく。くまが嬉しそうに笑った気がした。 雷音が眸を伏せ、人形の幸せな思い出を読みとった。笑う少女、ずっと一緒と約束して――片時も離れず傍にいた少女。 ――大好きだよ、ちぃちゃん。 ただ、その幸せな一言が、優しくて、雷音は放置されていたくまへと向き直った。 「きみたちも、寂しかったんだろう」 修繕作業を見守っているあひるはくまを抱え上げ、笑った。 「新しいおうちと、家族だよ。一緒に、いこう」 あひるの腕に収まったくまさんの幸せな未来は今から開けるのだろう。 「こういうのちょっといいんじゃないかな」 ――殺伐とした世界だから、やさしくて、懐かしい感じがする。 その何時か感じたことのあるやさしい世界。 ユーニアは修繕の終わったちぃちゃんの頭を撫でて、その顔に年相応の頬笑みを浮かべた。 「またご主人様に可愛がってもらえると良いな」 福松はその様子を眺め一人、笑った。 ――覚えておいてやるよ、『ちぃちゃん』。永遠にという約束は出来ないが。 アフターサービスは万全だ、それが彼の仕事であるから。 桐は持ち主の住所を調べていた。だが、きっと何時かとりに来てくれるのではないか、とそう思う。 綺麗に整えた押し入れの中、戻された人形。 『奇跡』は起こるからこそ『奇跡』なのだ。紅葉の祈った小さな人形の幸せも、これからの行き先――いや、幸先は明るい。 「ちぃちゃんが望むべき場所に戻れることを信じてます」 携帯電話に打ち込んだ言葉を雷音は静かに読む。送信先は彼女の大切な人の元。 その言葉にあひるは抱えたくまの頭を撫でて笑った。 ――きっと、戻れるよ。 優しい思い出を宝物とする。 それに気づけるのはヒトのみ、かもしれない――ならば、彼女はヒトになれたのだろうか? 近い未来、君が優しい友人のもとへ戻れるのを信じて。 リベリスタ達は祈る様に歩み出した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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