● 飴細工の雲。 アイシングで描いた小川や草原に、砂糖菓子の兎と大木。 チョコレートの木の小屋の傍には、可愛らしい切り株の椅子。 そんな、酷く幻想的で甘い世界に、ひらりと。 降り注ぐ、淡い桃色の花びらたち。 そんな、持てる技術の全てを尽くしたような『作品』から、店で売るような色とりどりのお菓子まで。 大きな机に大きなバスケット。其処一杯に並べたそれらを見詰めて。 青年は満足げに頷き、己の厨房へと戻っていった。 ● その誘いは非常に、唐突なものだった。 「あ、ねぇねぇ。あんたら甘いもん好き?」 リベリスタの集まるブリーフィングルーム。 何時もの様にだらけ切り、しかし常とは異なり何の資料も持たない『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は不意に、問いを発する。 ばらばら、疎らに返る肯定否定。それを聞いているのか居ないのか、フォーチュナは少しだけ居住まいを正す。 「あたしのお友達に、パティシエが居るんだけどさ。ちょっとまぁ、以前の礼、って事でスイーツ食べ放題やらせて貰えるのよ。 んで、なんかまぁ、もし連れてきたい人が居るなら、って事だったから、あんたら誘おうと思って」 勿論ただだから、一緒に如何? 無表情のまま、その頭が傾けられる。唐突な誘いに、本当にいいのか、と言いたげなリベリスタ達には軽く笑って頷いて見せた。 「大丈夫大丈夫。つーか、あんたらが来てくれないと逆に困るって言うか……いやまぁ、それはどうでもいいんだけど。 あ、大雑把に出来る事なんだけどさ。好きなだけスイーツを食べるとか……あ、あと、厨房使っても良いらしいよ。 そいつは毎日菓子作り続けてるから、こういうお菓子が食べたい、とか言ってやって。作ってくれると思う。あいつも息抜きになるだろうし。 腕に自信がないなら手解きもしてくれるらしいから、遠慮無くどうぞ」 後聞きたい事ある? 再び、首を傾げる。 質問の手が上がらない事を確認してから、フォーチュナは再び口を開き直す。 「これ地図ね。現地集合で。興味あれば持ってって。 あ、一応言っとくけどそいつはプロだし、大会とかにも出るくらいの菓子職人だから安心していいよ。味は保障する。 来月の大会にも出るしね……因みに今回は、あたしも行く。……仕事以外であんたらに会った事ほぼ無いしね。その辺も宜しく」 控え目に添えられる言葉。 恐らく原本は手書きであろう地図から視線を上げないフォーチュナから、『常闇の端倪』竜牙 狩生 (nBNE000016)が微かに笑いながら地図を受取った。 「折角です。私も乗らせて頂きましょう。 ……恐らくは来月の大会の練習をなさって居る事でしょうから……大量の菓子類が余ってしまっているのでしょうし。 我々が行く事で、新たなアイデアが生まれて大会に活かせるかもしれませんしね」 そうでしょう、月隠君? 半ば確信めいた問い掛けを投げる漆黒の男に、フォーチュナは動揺を顕に首を振って見せた。 「い、いや別にそういうんじゃないわよ。違うわ。あたしは借りを返して貰いたいだけで……っ。 ……ま、まぁいいわ。興味あったら、宜しく。じゃ、そういう事で」 珍しく機敏に立ち上がって。フォーチュナは急ぎ足で、ブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月02日(月)22:28 |
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● 机一杯に並べた、色とりどりのお菓子を囲んで。 クリスを中心に集まったリベリスタ達は、楽しげに言葉を交わしていた。 「忌避だよっ! 姓は御厨だよ! よろしくね!」 かっこいいお兄さんが一杯。でも今日は求婚しない結婚しない。 確りと自分に言い聞かせた忌避は、代わりにとばかりに並べられた菓子に向けた瞳を輝かせる。 先ずはこれ、とガトーショコラに手をつける彼女の横ではレイチェルが、小さめに切り分けたフルーツタルトを楽しんでいた。 口に入れた瞬間広がる、甘酸っぱさと香りに、思わず漏れる、美味しいの一言。 「どうぞ、ちょっと食べてみてくださ……あ、」 フォークに刺したそれを、クリスへと差し出しかけた手は、途中で止まる。 思い出すのは苺のショートケーキと、優しい声。脳裏を過ぎるあの人の影に、染まる頬を誤魔化す様に。 丁寧に切り分けたタルトを、彼女はクリスへと差し出す。 これも美味しい、それも美味しい。皆が差し出してくれるままに菓子を楽しむクリスの前へと置かれるのは、優しい色合いのミルクティー。 すらり、伸びた背筋に、紳士服を纏って。 優しく微笑む凛子は、給仕役に勤めんとしていた。 「店に出ていても不思議じゃないくらい美味しいぞ」 そんな褒め言葉には、有難う御座います、と笑みを添えて。クリスの向かいへと腰を下ろす。 給仕役を務めるつもりだ。けれど。 「一緒にの方が気楽でしたらご一緒しますね」 交わされる会話を楽しみながら。彼女もまた、甘いもので繋がる輪へと混じってゆく。 「ここがじょしのらくえんすいーつぱらだいす~?」 ホットケーキにマカロン、ケーキ、クッキー、全てが食べ放題。 乙女の戦場であり、楽園である空間に、ミーノの表情が幸せそうに緩む。 その隣では、持前の俊敏さを全力で生かしたリュミエールが、ミーノの希望に沿った菓子をトレイ一杯に並べていた。 幾重にも重ねたホットケーキには、ハニーシロップとマーガリン。もう一個おまけに苺ジャム。 苺ショートに苺タルト。マカロンも苺味。 「どれもべりーでりしゃすなの~。 りゅみえーるもたべてる~?」 ご満悦な彼女の頬に付いたジャムをぺろり、舐め取って。 勿論、と頷くリュミエールの表情も、心なしか明るいようだった。 ふわり、香るのは少しだけ苦い珈琲。 ケーキの甘さに程よく溶けるカプチーノを飲みながら。茉莉は至福の表情を浮かべていた。 苺で華を象ったタルトに、苺のババロア。今が旬であろう紅の果実を存分に使ったそれらの美味しさは言うまでもない。 食事は抜いてきた。しかし、食べすぎは禁物だ。 体重計の前で、後悔するのが目に見えているのだから。 そんな彼女と同じ思いの乙女は少なくない。 ベイクドチーズケーキと、ザッハトルテ。凡そのカロリーを計算して、真琴は微かに眉を寄せる。 これを2つ食べれば、後で減食と多めの運動が必要となる。 けれどまぁ、それくらいなら。 大丈夫、そう思い直して、真琴もまた、優しい味のカフェオレと共にスイーツを楽しむ。 「甘い物あるところに私在り……」 スイーツ食べ放題。そう聞いて文字通り飛んできたウェスティアは、目の前に広がる菓子を手当たり次第に取っていく。 食べすぎ?大丈夫だ問題ない。全て胸にいくのだから。 躊躇い無い食べっぷりに、菓子の補充に来たパティシエの表情が緩む。 「珍しいものも食べたいな、何かお勧めあったら紹介して欲しいかも!」 どんなものがあるのだろう。そう瞳を輝かせる彼女の前に置かれたのは、ホワイトチョコの羽根が舞い落ちたチョコレートケーキ。 幸せだ、と笑みを浮かべる彼女に、パティシエもまた嬉しそうな笑みを返した。 創作菓子とは素晴らしいものだ。 見た目も美しく、彩りも豊かで、しかも美味。 数ある『作品』の一つ、童話をモチーフにしたらしい海と人魚のゼリーを食べながら、アルトリアは感嘆の吐息を漏らす。 見た目を重視するだけではない。味の整合性も取れ、非常に美味しいそれ。 しかも、全て食べる事が出来るとは。 「驚くばかりだ。……畏れ入る」 余す事無く食べ終えて。次はフィナンシェ、いや、マカロンにしようか。 目移りしてしまうが問題ない、勿論全て食べるのだから。 「にーに、お菓子、あーん、して」 全て食べてしまいたい。それほどに甘味に愛を傾けながら。 よすかは最愛の兄に強請るように口を開けていた。すぐさま、差し出されるのは甘い甘いチョコレート。 小さな口で精一杯頬張る妹に、思わず笑みを溢しながら。 兄――えにしは、妹の好む菓子のレシピを覚える事にも余念が無い。 「気に入った物があったら、次は俺が作ってやるからな」 頭を撫でて。浮かべるのは、妹だけの特別な笑顔。 「にーに、作って、くれる、の?」 そんな疑問に勿論、と答えれば。よすかは嬉しそうに笑い声を漏らした。 皿の上には、お姫様への癒しを込めたフルーツタルト。 その隣に、少し渋い紅茶を添えて。 素早く椅子を引き真独楽を座らせた竜一は、素早く切り分けたタルトを彼の口へと差し出した。 「マコマコ、あーん!」 「えへへ、竜一、やっぱ優しいね。プロお兄ちゃんだぞ!」 少しだけ恥ずかしそうに。けれど嬉しさの方が勝るのだろう笑みを浮かべた真独楽が、そのフォークを口に含む。 美味しい。けれど、自分ばかりもてなして貰うのも気が引ける。 そう思った真独楽はふと、思いついた様に自身もフォークでタルトを掬い取る。 「いっぱいお兄ちゃんをガンバッてる竜一に……あーん!」 凄く美味しいのだから、トモダチと食べればもっと幸せだ。 何時も有難う。そんな言葉と共に差し出されたそれを口に含んで。竜一は幸福を深く噛み締める。 そんな、幸せそうな光景を。 (#・д・|壁 見詰める影が、一つ。 「何よ、何よ何よ……まこにゃん誘ったら「竜一と一緒に行くから……ごめんなぁ」って!」 あのハゲめ。離れろ。今すぐまこにゃんから離れろ。 殺すしかない。殺すしかない。 そんな、見るだけで相手を射殺せそうな憎悪を瞳に込めながら。杏はぎりぎりと歯噛みしていた。 (ええい、離れなさい! 離れろおおおおお!) そんな思いも虚しく、竜一と真独楽は楽しげに談笑を続けている。怒りの余り、握り締めた壁が軋みを上げ始めた。 本当なら攻撃してしまいたい。ハゲアフロにしたい。けれど、それではばれてしまう。 ぎりぎり、指先がコンクリートにめり込む直前。 「……雲野君、少し此方に来て頂けますか」 振り向く先に立つのは、口許のみに笑みを浮かべた漆黒の青年。 迷惑をかけるのは駄目ですよね。そんな彼に連れられながら。 「まこにゃん! まこにゃんはアタシのなのにぃ……!」 悔しげな杏の叫びは徐々に遠ざかっていった。 そんな背後の騒ぎなど、全く気にも留めずに。 アラストールはもくもくと、菓子を口に運んでいた。 食べ物が絡む話にはことごとく全て参加している気がするが、恐らくは気のせい。気のせいなのだ。 偶然と必然が論理の外でタップダンスを踊った結果が今と言うだけで。 最後の一口を、確りと飲み込んでから、渋いお茶を啜る音。 嗚呼、何たる幸福。至福の表情を浮かべた騎士は、次の菓子を選ばんと席を立っていた。 ● 「淑女の嗜みでしょうか。……非常にお上手だ」 誘われる侭、自身もクリームを泡立てながら。 ティアリアの手元を覗く狩生は感嘆の吐息を漏らす。 滑らかに練り上げられた生地を流す彼女の横では、同じく誘われた響希が眉を寄せる。 混ざり切らないクッキー生地にげんなりしかけた彼女に、ティアリアが堪え切れず笑みを漏らす。 「狩生は上手なのね。……響希はやっぱりこういう事しないのね?」 図星なのだろう、手についた生地を見つめていた響希が苦笑混じりに頷く。 「無理無理、あたし女子力って奴足りないからさー。……折角だし、教えてくれない?」 まずはこれを何とかするところから。差し出されたボウルに、ティアリアは面白そうに目を細める。 硬く固めた砂糖菓子の槍柵と、迎撃用チョコロール大砲。 飴細工で取り付けたバリスタの具合を確認して、ランディは満足げに頷く。 嗚呼実にいい仕事をした。そんな恋人をちらちらと見遣りながら、完成したドアを取り付けるニニギアが口を開く。 「槍柵? 大砲? なんでそんな和まないものを作ってるの~」 おかしい。なにかおかしい。そう深く考え込む彼女に返るのは、不思議そうな視線。 「いや和むだろ、ニニの家具はなんだか可愛いな」 頼りない気もするが。そう付け加えながらも仕上げられたお菓子の家の外観は、中々にカオス。 メルヘンな雰囲気と、要塞っぷりを同居させたそれにあれぇ? と首を傾げながらも。 仕上げに自分達に似せた人形を寄り添わせれば、そんな事はどうでも良くなってしまう。 零れる、幸せそうな笑み。けれど。 「……しかし住むとなると俺、死ぬかも知れん」 甘い匂いに意識を奪われかける恋人にニニギアが気付くのは、まだもう少し先の話である。 「雷音と一緒にスイーツつくりでござる! ふっふっふ……」 怪しい笑い声は、一切気にしないことにして。 雷音は真面目な表情で丁寧に、メレンゲを泡立てていた。 苺のムースケーキ。喜びの余り少々挙動のおかしい虎鐵も、スポンジから丹念に自作しようとしている。 愛しい愛しい雷音の為に。そう、全力を尽くす彼には、一緒に作る事が楽しいのだ、と告げてから。 彼女はふと気付いた様に、虎鐵の鼻先に付いた侭のピューレを掬い取って口に含む。 ふわり、広がる甘酸っぱさ。味は悪くない、彼女が呟く前に。 「拙者も! クリームになりたいでござる!!」 「騒ぐな、虎鐵、周りに迷惑だっ」 上がる喜びの咆哮。驚いた様に此方を見る幾つかの視線に、雷音は慌てて静止の声を上げる。 仕上がりはまだ遠い。けれど、出来上がったのは絶対に美味しいはず。 そんな確信を胸に抱きながら、雷音は作業を進めていく。 厨房の一角。 今日は練習ではなくリベリスタの為の菓子作りに精を出すパティシエを中心に集まるのは、手解きを望むリベリスタ達。 シュクル・ティレ。 引き飴と呼ばれる、飴に空気を含ませその光沢を生み出す技術を学びたい、と望むのは亘。 「一応独学でやってみたのですが……酷い結果に」 一度見せて欲しい。そう望めば、圭介は二つ返事でその手法を披露して見せた。 手の動き、お菓子への気配り……嗚呼、作られていくお菓子も作る姿も美しい。 不意に生まれた雑念を振り払う彼の前に差し出されるのは、琥珀色に煌めくリボン。 やってみよう、そう手を動かすも、中々にうまくいかない。 それでも諦めたくは無かった。どれだけ不恰好でも、一つの作品に命を吹き込める様に。 幾度も挑戦し、やっと。煌めくそれを造り出した彼には、賞賛の言葉と共に青い小鳥の飴細工が送られた。 オレンジのシフォンケーキを作りたい。 表向き平静。しかし内心緊張を隠しきれて居ないよもぎの要望にも、パティシエは笑顔で応じる。 珍しい型もある。差し出されたハートの型には、慌てて首を振った。 「人にあげるものなんだ。……食べやすさを考慮して丸型にしよう、うん」 まったく考慮出来ていない、と言う突っ込みは、受け付けては居ない。 「甘くて、でもクドくなくて飽きない、菓子作り経験浅くても作れるようなの。……頼むわ」 出来れば覚えて帰って、一人で作る事が出来るようになりたい。 そう告げるプレインフェザーには、バニラの香るパウンドケーキが良いだろう、と手書きのレシピが差し出される。 先ずはこの通りに。そう示されるまま作るも、思考は緩やかに違う方向へと傾いていく。 疲れて帰ってきた時に、出来たての甘い菓子。それなら疲れも少し薄れるかもしれない。 「……ホント、こんなん、何がイイのかわかんねえけど」 好きな奴には美味いのだろう。何か。或いは、誰かを想う彼女の仏頂面が、微かな笑みに彩られる。 集中力が削がれたからだろうか。だまになった生地に気付けば再びの、仏頂面。 けれど、止めるつもりは無かった。面倒だけれど、次こそは。そう告げる彼女にパティシエは丁寧にコツを伝授していく。 大好きなあの人の為に。 スポンジの台に並べるのは、苺を散りばめたケーキとムース。 仕上げにミントの葉を添えれば、色合いもばっちりだ。 「あたし、意外とやるのです。愛情たっぷり♪ ……あ」 満足げな笑みを浮かべるそあらの瞳に映るのは、使われていない苺達。 あまったものは自分が食べる。勿体無いからしょうがない。 ぱくり、食べれば広がる甘酸っぱさに頬が緩む。 パティシエが止めに入る頃には、一パック以上の苺が既にそあらのお腹へと消えていた。 ふわふわ、泡立っていく白。 普段お腐れだのなんだの言われているけれど、ちゃんと女の子らしい趣味だって持ち合わせている。 そう思いながら、壱也は手早く菓子作りを進めようとしていた。 白い、生クリーム。この生クリームで、男の子がくんずほぐれつ。ふ、と浮かぶネタは、その侭留まるところを知らない。 ――この生クリームよりも君のほうが甘くて美味しいよ。 ほら、フルーツにも良く合うよ。 君のかわいいストロベリーはそろそろ収穫日和かな。 あはんうふん。そんな効果音をつけてもいいかも知れない。 「作りながらネタも考えられるスイーツ、素敵」 やっぱり貴女は立派なお腐れ様である。 オレンジゼリーにカスタードと、マーマレードジャム。 皿の上に咲き誇るのは、真夏の象徴。太陽に良く似たその華を象ったタルトを、達哉はパティシエへと差し出す。 季節を先取りしてみたのだが、と告げられた言葉に、その味わいと見た目両方を楽しんだのであろうパティシエの表情に驚きが浮かぶ。 「とても美味しいですね。……先取りか、春に拘り過ぎて居たかもしれません」 有難う御座います。告げられる礼には軽く首を振って。 自分は名誉に余り興味は無いのだけれど。そう前置きした達哉は口を開き直す。 「大会は頑張れ。応援しているよ」 同業者からの応援に、パティシエは嬉しそうに頷いて見せた。 ● 「佐倉さん、はどうしてお菓子職人になろうと思ったんですか?」 色とりどりのフルーツタルトを作りながら。 向けられたルークの問いに、圭介は少しだけ、考えるようにその手を止めた。 「そうですね……お菓子を食べると、僕はとても幸せになれるので」 同じ様に、自分の作った物で幸せな顔をして欲しいなと思ったんです。 ありきたりだろう。そう、少しだけ照れくさそうに笑う彼に首を振って。ルークは言葉を続ける。 「……その夢がカタチになったら、きっと素敵ですね」 皆が笑顔になれる。それもきっと『絆』のかたち。 変な事を言ってすいません。そんな謝罪には、慌てた様に否定の言葉が返る。 有難う。互いに交わされた礼は、酷く優しい響きを持っていた。 お菓子を作るのは嫌いじゃない。それに意見も貰いたいから。 桜色のマカロンに、乾燥させた桜の花弁を散らせて。 焼きあがったそれを見詰める綾兎は、満足げに一つ、頷いた。 「見た目も可愛いし、うん……いい出来」 出来立てのマカロンが崩れない様に。優しくクーラーに載せる最中。 ふ、と感じた視線に、彼は微かに笑みを浮かべる。 「……気になる子がいるなら、どうぞ?」 差し出された桜色が、甘く香った。 「タダおかしと聞いて来ました」 そう、素直に告げるのはリーゼロット。 教えを請うだけではない。自分の希望する菓子を作ってもらえないか、と言うリベリスタも何人も、存在していた。 ぱりぱりの皮にジューシーな中身のアップルパイと、出来るなら甘くてサクサクの苺のタルト。 希望しておいたそれらが並べば、細身に似合わぬ勢いでむぐむぐ、あっと言う間にリーゼロットの皿は空になっていく。 一番良い苺パフェを頼む。 そんな要望に沿って出されたのは、まさにスペシャルでゴージャスな一品。 苦手なフレークの代わりは、サクサクのパイ生地。甘すぎない生クリームと、ソフトクリーム。 たっぷりの苺と一緒に頂点を飾るのは、ハートにくり貫かれた小さなミルフィーユ。 「見た目は及第点だね、味は、っと」 一口。広がるのは、程よい甘さと瑞々しさ。 さくさく感を失わないミルフィーユも中々だ。うん、美味い。 グッジョブ、素直な賞賛に、パティシエの表情も緩む。 がりがりがりがり。持参した豆挽きで、豆を挽いて。 フードに隠れて見えないが、拘り抜いているのであろう手法で淳が珈琲を淹れ終えるのに合わせて、ケーキの皿が運ばれてくる。 艶やかにコーティングされた、チョコレートケーキ。 シンプルかつオーソドックス。しかし、何よりチョコレートの持つ芳醇な味わいを楽しめるそれを一口。 その後に珈琲。再びケーキ。繰り返す淳の表情は、見えない。見えないが、歓喜している事は伝わって来る。 満足行くまで食べ終えたのだろう。何やらメモに書き止めていた彼がすくり、立ち上がる。 「ベリーグッ」 翻るローブ。机に残された、良いカカオの仕入先に、パティシエは驚きの表情と共に、小さな礼を送った。 「もうすぐ4月ですし桜色のパイを、デコレーション部分も桜!」 パイと言えばアップルが王道。しかしそれではつまらない。 そんなエーデルワイスの希望に沿えているか如何か。少し自信なさげに差し出されたのは、淡い桜色のパイ。 コーティングは桜の蜜。飾り付けには、飴細工の花弁を幾重にも添えて。 中身は甘く煮詰めた苺に無花果、さくらんぼ。隠し味に砂糖漬けの桜の花弁。 見た目も中身も淡い紅色のそれは、甘党さんの為に特別甘く仕上げられている。 「……ご期待に添えたか心配ですが。桜色のパイ、試行錯誤するのが楽しかったです」 どうぞ、感想を聞かせてください。そう告げられた彼女の答えは、パティシエしか知らない。 ● 甘さは控え目。中には、桜リキュールに漬けた甘酸っぱいドライチェリーを入れて。 香ばしい胡桃を散りばめてたら、仕上げは塩漬けの桜の花弁を可愛くトッピング。 そうして焼きあがった、パティシエお墨付きのパウンドケーキを抱えて那雪が向かうのは、漆黒の青年の元。 お裾分けだ、と差し出せば、紅茶を楽しんでいたのであろう彼は微笑と共に皿を受取った。 「桜のお菓子、癖があるから……ダメだったら、無理しないで……ね」 おろおろ、口に運ぶ様を不安げに見詰める彼女の前で。 口内に広がる春の香りを堪能してから、狩生は満足げに頷いて見せた。 「美味しいですよ、何時も有難う御座います」 お礼に、と差し出されたのは、先ほど作ったのであろうショートケーキ。 それを受取りながら、那雪は次はもっと美味しくて紅茶に合うものを作る、と安堵の微笑を浮かべる。 「やあ、口に合うか分からないが作ってみたんだ」 先の依頼で世話になった狩生の為に、と。 那雪に続いてパティシエと共に完成させたシフォンケーキを持ってきたのはよもぎ。 ふわり、香る柑橘系の香りは、狩生の好む紅茶の香りと優しく溶け合う。 どうかな? 尋ねる言葉に、青年はやはり笑みを浮かべて応じた。 「紅茶にとても合いますね。……感謝します」 君もどうぞ。礼と共にケーキを振舞う狩生は紅茶を淹れようと席を立った。 「いつもお疲れ様ぁ~」 チーズケーキが好き、と告げた響希に取ってきたそれを差し出して。 葬識は緩々と笑みを浮かべて見せた。 手に取るのはクッキー。礼を言う彼女と共に菓子を食べながら、他愛無く言葉を交わす。 フィクサードの依頼を、と言う葬識の言葉には、縁があればね、と返る声。 「これだけ美味しいとダイエットは明日から~とか言ってる子も多いかもだねぇ~」 月隠ちゃんは? その質問に、動いて居たフォークが止まる。 「……ご想像にお任せするわ。うん」 今日幾つ食べたっけ。指折り数える辺り、恐らくは覚えがあるのだろう。 クーラーの上で冷えるのを待っているのは、深い茶色。 十分に冷めたのを確認してから粉砂糖を舞わせれば、出来上がったのは店に出ているのと大差ないガトーショコラだった。 素晴らしい出来だ、とパティシエのお墨付きを貰ったそれを満足げに見詰める京一の前に、落ちる影。 「お、これ美味そうだなッ! 貰って良いか?」 瞳を輝かせて。リベリスタの作った菓子を摘み歩いていたレイシアの言葉に、京一は勿論、と頷く。 「是非食べていただきたいです、感想をいただけますか?」 言葉と共に切り分けられたものを、一口。口の中に広がる程よい甘さに、少年の表情が見る見るうちに緩んでいく。 「ぁ、これ美味しいなッ! なんて菓子なんだ?」 好物の、季節に因んだ菓子も良いけれど。食べ慣れて居ない洋菓子も、非常に美味しく感じる。 聞いた菓子の名を復唱しながら、レイシアは次の場所へと足を進めていく。 二枚のトレイに並ぶ、対照的な菓子。 色鮮やかな菓子が所狭しと並べられた方、霧香は少女らしくはしゃぎながら、菓子を口に運んでいた。 「相変わらず健啖だな。実に幸せそうで何よりだ」 「あ、う、うんっ、そうだね、ありがと!」 あれも、これも美味しい。味わう彼女を見詰める宗一は、トレイに乗ったコーヒーマカロンを口に運ぶ。 自分ばかりがはしゃいでいるのではないか。そんな不安を覚えていた霧香は慌てて、大きく頷く。 これでも満足している。そう告げてから、頬杖をついた青年はふ、と吐息を漏らした。 「――ま、目の前でこれだけ幸せそうな笑顔があれば、な」 聞こえるか聞こえないか。ぎりぎりの言葉は、動揺し切った霧香に届いたのだろうか。 まぁ恐らくは届いていないのだろう。まだあるぞ、そう告げた、宗一の耳を。 「……宗一君と一緒だから、こんなにはしゃいじゃうんだけどね」 同じくらい微かな声が、擽る。 「……姉さんは、三高平に足を運んだ事。後悔されては、いませんか?」 並んだ、チョコレートケーキとショートケーキ。 ほぼ初めて。姉妹でこんな機会を得る事になった事を喜ぶ悠月へ。 同じ様に再会を喜んでいた紫月はひとつ、問いを投げ掛けた。 アークの目的は、自分のそれと合致し。そして、此処で得た物も、数多かった。 「此処に来なかったら……私は、似た様で全く違う道を歩んでいたのでしょうね」 後悔などしていない。そう、言外に含めた姉は、ふ、と心配そうな色をその瞳に乗せる。 妹は、この箱舟で一体何を得るのか。そんな囁きに、妹は確りと笑みを浮かべる。 「多くの後悔と、それに値する幸いを」 心配しないで欲しい。そう、その笑みは告げている。何故なら。 それはきっと、普通の人達となんら変わりの無いものだ。 「えっとえっとチョコケーキとショートケーキとチーズケーキと……マカロンも食べたいのだ!」 取ってくるのだ、秋月! ほぼ命令。椅子に堂々と腰掛けたなずなの願いに、惠一は二つ返事で応じていた。 「え、なにそれ美味しいの、取ってくる!」 皿一杯に菓子を盛って。序に、己の興味が向く紅茶絡みの菓子を取る事も忘れない。 そうして席に着いた彼は、少しずつ持ってきたそれらを口に含み、感嘆の声を上げていた。 「茶葉を練り込んだケーキ……そういうのもあるのか……!」 「それも旨そうだな、変な顔してないでさっさとよこせ! 半分こしろ!」 横から飛ぶ言葉を断る理由など無い。いいよー、そう告げて半分に割った菓子が、なずなへと渡る。 存分に楽しんでから。 あくまで横暴に、また同行してやらん事も無い、と告げたなずなが小さく、惠一も嬉しそうだったし、と付け加える横で。 聞いているのか居ないのか。当の惠一はのんきに笑って、またいこうね、と彼女が素直に言えない言葉を告げて見せた。 「ちっさ! こんな小さいもんだったのか」 見慣れぬマカロンを手に乗せながら。フツは色とりどりのそれを見詰める。 食べやすい大きさに、色とりどりの外見。これは女子が好む訳だ。 そんな事を思いながら、彼は仲間達の下へと戻る。 マカロン占いをする。そう告げて。 「よし、クリス。お前さんにふさわしいマカロンは、これだ! フランボワーズ!」 甘酸っぱいのが良い。そして、占いは『依頼で疲れた体を癒しましょう』。 そう告げてから、次々と仲間達にマカロンを渡していく彼の横では、ビターチョコのタルトを楽しむ快が目を細めていた。 少しだけ。共に楽しむのは、甘く香る貴腐ワイン。 黄金に煌めくそれは、少し苦いタルトに良く馴染む。そして、それ以上に。 「こうやってスイーツ食べてるクリスさんを見るのは、何だか新鮮だな」 彼女が、歳相応の少女であるのだ、と再認識する。 戦場では見る事が出来ない笑顔に、快の表情も自然と優しさを帯びていく。 輪の中で。砂糖なしの紅茶と共に、苺がたっぷりと添えられたタルトを楽しむのはエリス。 甘さはスイーツで十分。どんなものが来るのか、と楽しみにしていたそれを口に含めば、瑞々しい甘さが一杯に広がる。 「お、もっと食べるか?」 「美味しそうな……ものなら……どれでも」 けれど、小食である自分が食べられるのは精々、2、3個。 回答を聞いて差し出された苺のチーズケーキを食べるその表情は、満足げだった。 賑やかな仲間達を横目に。 隣に座る妹の満足げな顔に笑みを浮かべる夏栖斗の瞳が、ふと彼女の頬で止まる。 褐色の肌にちょん、と乗るのは生クリーム。 「きーちゃんほっぺ」 仕方無いなぁ、そう言いたげに伸ばされた指先はしかし、その頬に触れる事はない。 良くないものが頭を満たしそうになる。けれど。 琥珀色が真直ぐに、此方を見詰めている。不思議そうないろの窺えるそれに、慌てて笑みを作った。 笑うのを堪えていただけ。それが誤魔化しである事くらい、忌避には分かっていた。 「お兄! あーん! あ、お兄もクリームついてるよ!」 べちゃり、わざと外したケーキのクリームが夏栖斗の頬を汚す。 とってあげるね。そう楽しげに笑うのは、彼女なりの慰めなのだろう。 ふ、と表情が緩む。 「ついてるっていうか今つけたんだ!」 もう少し。もう少しだけ、傷が癒えたら。 この髪を撫でてやれたら良いと、思った。 「きっと、こうやって皆でわいわい食べていることが、このスイーツをより美味しくしているんだろうな」 仲間が持ってきてくれた沢山のスイーツを、満足行くまで味わってから。 クリスは不意にそう、呟いた。 どれだけ美味しいものであろうと。食べる場所、そして何より、共に楽しむ相手で、その味は如何様にも変わってしまう。 今日この時、心からこの菓子達が美味しいと感じられるのは、この仲間達のお陰だ。 そう、笑みを浮かべて。 「皆には感謝している。ありがとう」 告げられた礼は、甘い香りに満ちた空間に優しく、溶けて行った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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