●焦土に立つ者 黒く焼け焦げた木から、煙が立ち上る。 それはかすかに吹く風に吹き散らされ、空気と混じって辺りに焦げ臭さを漂わせた。 木よりもさらに真っ黒く焦げた地面は、とてつもない高熱に晒されて、辺りに転がっている石などは一度融解してガラス上になって固まっていた。 彼が座するその場所から、半径三十m以内はそんな有様である。 まばらに生えていた草は例外なく灰となり、茂っていた木々もほぼ炭化して地面に転がっている。 数本ほど、幹の太い逞しい木は今も地面から屹立しているが、それも立っているだけで見た目は完全な炭だった。今も、中に熱を燻らせブスブスと音をあげている。 「…………」 男は未だ焦熱の余韻覚めやらぬその場所に立って、微動だにせず沈黙を保っていた。 この空間の中で、唯一冷めているものがあるとするなら、それは彼であろう。 靴を履かず、直に地面に接するその足には、ともすれば百度を超えそうな高熱が伝わってきているというのに、男は苦悶に呻くどころか頬肉一つ動かさず、静寂を纏う。 聞こえるのは、木が熱に爆ぜる音、熱に乱れる風の音、その風にかすかに揺らされるのみの葉の擦れ合う音など。 その中に、明らかに人の足音と分かるものが混じったのは、月がそろそろ中天に達しようとする頃のことだった。 「し、師匠……」 倒れた木々の間を縫ってやってきたのは、ずいぶんとくたびれた稽古着のようなものを着ている少年だった。年齢は、十代半ばから後半ほど。 まだ少年らしいあどけなさの残るその顔には、今は深い憂いの色があった。 少年に師匠と呼ばれた男は、伏していた瞼を薄く開く。 「暁、出してきたな」 「はい、渡された書状は、山の麓のポストに……」 戸惑いがちに頷いて、暁と呼ばれた少年は辺りに視線を走らせる。 「師匠、また……」 「うむ」 男は右手をすっと挙げて、それを自分の目の前まで持ってくる。 「武の道を歩み幾年月。未だ頂すら見えぬ身なれど、僅かなりとも自己に対する信はあったのだがな。……情けなきものよ」 呟く男の声に滲む、強い感情。それは悔恨や、自嘲や、そういった諸々の感情を一緒くたにした、一言では言い表せない渦のようなものだった。 「師匠……」 暁が、不安げに男を見る。 それに気付いた男は、かすかに目を見開いてからすぐにかぶりを振って、暁の頭にその節くれ立った手を置いた。 「情けなきは何よりも、取り乱す己自身か。何、おまえが心配することはない。決着はいずれ、そう遠くないうちにつくであろう」 言って笑う男に、しかし暁の中に湧いた不安は消えることなく、むしろ膨れ上がった。 「師匠は、一体どうなされてしまったのですか!」 溜まらずに声を張り上げた暁に、男は静かな声でこう答えた。 「俺は運命に選ばれなかった。それだけのことだ」 ●かつて朱拳と呼ばれた男 「アークの協力者を、倒して欲しい」 集まったリベリスタ達に告げられたその言葉は、些か衝撃的なものだった。 しかし言った当人であるところの『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の顔つきは厳しく、彼が冗談を言っているわけではないのは一目で分かってしまう。 「何が、あったんだよ?」 リベリスタの一人に尋ねられ、伸暁はしばしの沈黙の後に語り始めた。 「アークって組織には、俺達みたいなリベリスタの他に事情を知る一般の協力者がいる」 「あ、ああ、それは知っているが……」 この三高平という街に住んでいる人々もまた、そうした協力者達である。 「その中の一人に、石動禅滋という男がいるんだけどな。この人は生粋の武術家で、この街に家はあるがほとんど帰らずに各地を転々と巡って修行してるんだが……」 そこで、伸暁は言いにくそうに一度口ごもる。 しかし彼はすぐにその後を続けた。 「その石動が、革醒した。ノーフェイスとして、だ」 その言葉に、リベリスタ達の間から「あぁ……」という声が漏れてくる。 力を手にしても、運命をその手にすることは出来なかったのだ。 「ついさっき、本人がしたためた手紙が届いてな。そこに詳しいことが書いてあった。革醒したのは少し前、炎の力を手にしたらしい。現時点でのフェーズは2。しかし本人が鍛え抜かれた武術家であることもあって、その実力は生半可じゃないだろうな」 「……戦わなければ、ならないのか?」 リベリスタが問う。ノーフェイスとして革醒したとはいえ、フェイトさえ手に出来れば戦わずとも済むはずだ。 しかし、その可能性は伸暁がかぶりを振ることで却下されてしまった。 「石動は、大きくなりつつある力を制御しきれていないんだ。それに、カレイド・システムが予知しちまったんだよ。数日後、肥大化した力を御しきれず、森の一部と共に焼かれる石動を」 「そんな……!」 リベリスタ達の間に、また衝撃が駆け抜ける。 「その前に、本人はおまえ達に自分を止めてもらいたがっている。さっき言った石動からの手紙は、果たし状でもあるのさ。場所が書かれてる。そこで、立会人のもと、正々堂々の決闘をして欲しいそうだ」 「……立会人、って?」 「石動には弟子が一人いる。新間暁という少年なんだが、彼を立会人として指定している。ただ一人の弟子なんだ、何か伝えたいことでもあるんだろうさ」 伸暁の話によれば暁もまた一般人で、アークなどのことは石動から知らされているという。 「暁は、かつてのナイトメア・ダウンの犠牲者の息子だそうだ。それを石動が引き取って、弟子として迎え入れたらしい」 そこまで説明を終えて、伸暁は石動の使う能力などの説明に入った。 「さっきも言った通り、石動の使う力は炎だ。かつてその荒々しい気性から朱拳と呼ばれてたらしいが、その名によく似合った力だ。ただ、かなり凶悪な力だがな。それに加えて、本人の実力も相当高い。リベリスタでこそないが、革醒した今、身体能力も何もかも飛躍的に上昇してるだろう」 「普通に戦っても強い上に、肥大化する炎の力、か……」 「今はまだそこまで力は大きくはなっていないが、それでも侮れるもんじゃない。まず、一番注意すべきは炎の拳だ。近接でしか使えないだろうが、かなりの熱量が集中したそれは、尋常じゃない威力だぜ」 それから、伸暁はさらに石動の能力を語っていく。 「炎の力を全身に巡らせ、自己の能力を強化することもできるようだ。この辺りは、武術家として培ってきた技術を応用してるんだろう。それに、炎の塊を離れた場所に飛ばすことも出来るらしい。器用だよな」 そこで見せた伸暁の苦笑も、しかし、リベリスタ達の気持ちを和らげるには到らない。 伸暁は真顔に戻り、 「石動は鍛え上げた実力で、炎の力をある程度は制御出来るみたいだ。が、それも完全じゃない。あるいは、戦闘が長くなれば力が暴走するかもしれない。そうなったら、どんな現象が発現するか分からない。それも、十分注意してくれ」 「限界までの時間は、どれくらいだ……?」 「そうだな、三分以上は、ヤバイかもしれないな」 「三分か……」 そして全ての説明を終えて、彼はリベリスタ達に最後にこう告げた。 「石動が果たし合いを申し込んできたのは、彼が武術家だからだろう。己が鍛えたものではない力も、勝ちも負けもない死も、どっちも受け入れがたいんだ。……どうか、おまえ達の力で、彼に武術家としての最期を迎えさせてやってくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:楽市 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月21日(土)22:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●決闘開始 果たし状に従い、彼等が辿り着いたのは夜に沈む山奥だった。 木々の間を抜けると、そこに漂うかすかな焦げ臭さ。焦土の中に、男は立っていた。 「石動禅滋さん、ですね」 男に近づき、『鰻囃子』犬束・うさぎ(BNE000189)が確認をすると、呼ばれた禅滋は短く「ああ」とだけ返した。 「お手紙の通りに、来ました」 うさぎはまず禅滋に一礼し、そして近くの丘に立つ、見届け人で弟子でもある新間暁にも一礼を送る。暁は少し戸惑いながらも礼を返した。 「来たか」 禅滋は、静かに面を上げてそこに居並ぶリベリスタ達を見る。 「本当ニ、我々でいいのカ?」 今さらながらに、『ラテン系カラフル鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)が問う。 だが禅滋は唇の端にかすかな笑みを浮かべ、 「答えるまでもなし」 とだけ、返すのだった。 禅滋の雰囲気が変わる。彼は、今すぐにでも始めようとしている。 「ちょっと、待ってくれ」 それを感じ取った『居場所無き根無し草』レナード・カーマイン(BNE002226)が彼を止めて、暁の方を向いた。 「なあ少年! 伝えたい事、残らず伝えたか?」 問いかけると、暁は一度コクリと頷くだけで、何も言わなかった。 「済ませるべき別れは、もう済ませた」 禅滋も言う。 「人生最後の決闘か。最後ってのが引っかかるが、全力でやってやる!」 『吼え昇龍』杉崎 コウ(BNE002373)が、両拳を打ち合わせる。 「無論。だからこそ俺もここにいる。運命に、選ばれはしなかったがな」 「脆弱なことを言う。運命とは、掴み取るものだろう?」 禅滋の言葉を自嘲と取った『紫電』片桐 文月(BNE001709)が、辛辣なことを言った。しかし自身もそう思ったのか、禅滋がまたかすかに笑うのみ。 「……準備は、よいか」 禅滋の雰囲気が変わった。その身体から、闘気が轟と溢れ出る。 「できることなら、あなたとは違う形で拳を交えたかった」 心より悔やむ『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)に、禅滋は「俺もだ」と返して、腰を落として重心を低く保った。 「残酷な運命ってヤツかもな。だが、俺は嬉しいぜ。思いっ切り死合おうじゃねぇか!」 込み上げてくる興奮を隠そうともせず、『黒腕』付喪 モノマ(BNE001658)が声を上げた。 「ああ、思いっ切りやろう」 呼吸を整え、禅滋は力を開放する。 空気が爆ぜる音がした。 武術家、石動禅滋の身体が、灼熱の炎に包まれ燃え上がる。 「もはや言葉は必要なし、この拳を尽くすのみ!」 「同感だ。ならばアーク所属、結城竜一、いざ参る!」 名乗りを挙げると共に鞘から抜き身を晒し、『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)が地を蹴った。 戦いが、始まる。 ●朱拳・石動禅滋 ――うさぎ君、左に回って隙を誘うのだよ。 うさぎの脳裏に、指揮の役を負う『アンサン・ヒーロー』七星 卯月(BNE002313)よりテレパスによる指示が飛んできた。 「いきます」 素早く禅滋の左に回り込み、突き出したカタールから漆黒のオーラが放たれる。 しかし禅滋はそれをミリ単位の見切りでかわすが、そこへ右からモノマが攻めた。 「ぶちぬけぇぇ!」 禅滋が纏うそれに劣らぬほどの滾りを見せて、モノマの燃える拳が禅滋を捉える。 衝撃に、体勢が崩れた。 「真正面、隙有り!」 すかさず竜一が駆け込み、大きく構えてからメガクラッシュを打ち放った。 球状を作るまでに高められたエネルギーの直撃を受け、禅滋の身体が大きく吹き飛ぶ。だが、 「温い!」 口から熱気混じりの息を吐き出し、彼は吹き飛んだ軌道をそのまま突っ込んでくる。 ――炎鬼!? 思った瞬間、竜一は彼の拳をその身に受けて、逆に吹き飛ばされていた。 「うぉお!」 「チッ、こっちからもいくよ!」 竜一が欠けて出来た前衛の穴に、コウが飛び込んでいく。 「う、あぁ!」 打たれた胸に手を当てて。竜一が地面にのたうった。極度に収束された熱量が、彼の身体にまで炎を伝え、身を焼いている。 「なんという威力ダ!」 中衛に控えていたカイが慌ててブレイクフィアーで炎を打ち消した。 だが炎などはおまけに過ぎない。真に恐るべしはその威力であろう。ただの一撃で、竜一の体力はごっそり持ってかれていた。 「今、癒します!」 癒し手の『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)が、天使の息を用いて竜一を癒していく。徐々に消えていく痛みを感じつつ、彼は戦いの最前線を見た。 「さすがに、強い……。ただ、拳が強いだけじゃない……」 戦いを見ながら呟く。 「はぁ!」 コウの業炎撃が禅滋の胸板を貫く。しかし、殴ったコウの方が、「なんて硬さ!」と顔をしかめ、文月も脇から幻惑の剣で切り込むが、彼はそれすらかわしてみせる。 「この、反応のよさは!」 「正直、気休めだろうけどな!」 そこでレナードが守護結界を展開する。竜一が受けた攻撃を見ると、これだけでどれほどの助けになるかは分かったものではないが。 「強いですね、朱拳・石動禅滋……!」 繰り出したツインストライクを容易くかわされ、『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)が小さく身を震わせた。 禅滋は呼吸を乱すこともなくその場に構え、リベリスタ達を見据えている。 「どうした、運命を掴んだ者とは、この程度なのか!」 「そんなはずがないでしょう!」 それまで待機していた悠里が、一気呵成に突っ込んだ。 その腕に装着されたガントレットが、熱気を阻む氷に覆われ禅滋の顔を厳しく打つ。 「これが、僕の拳です!」 「ああ、いい拳だ!」 その叫びと共に、禅滋が放った火球が悠里の身体を包み込んだ。 「ぐぅ、あ……!」 悠里が下がり、そこに回復した竜一が今度は駆けていく。 「む……!」 禅滋の視線が走る。見たのは竜一ではなく、その後方、ニニギアだ。 「そこか!」 「いけなイ!」 彼は躊躇無くニニギアを狙おうとした。それに気付いたカイが、間一髪で放たれた火球をその身で受け止めた。 「……甘くはなイ、ということカ」 彼は己の見識の甘さを悔いた。よもや回復役を狙うことはないとは思っていたが、これは戦い。食うか食われるか、なのだ。 実際、禅滋の攻め方は実に合理的だった。前衛の攻撃を受けながらも、そちらだけではなく、後衛まで考慮して攻めてきている。 だが、後衛に攻めが及ぼうとするたびに、誰かがそれを防いだ。 「うおぁぁ!」 禅滋の放った火球を、レナードが身体を張って受け止める。激しい熱量に肌が爛れ、痛みと熱さに身悶えた。だが、近寄るニニギアを彼は手で制する。 「回復にも限りがあるだろう? 俺様より前に出て戦ってる奴等にかけてやれ!」 彼の言う通りであった。 「ウオオオオオ!」 モノマが雄叫びと共に走り、一撃喰らわせるも、逆に炎鬼の拳を直撃される。 吹き飛ぶモノマの隙間を、文月が前に出て埋めた。 リベリスタ達の攻撃は、確かに禅滋の身体に傷を刻んでいる。血も流れている。しかし、彼の勢いは衰えなかった。 「この精神、そして力量……。リベリスタに相応しいであろう者が運命に選ばれず、か」 思わず呟いた『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)に、禅滋は顔つきを険しくし、 「そうだ、俺はノーフェイス! おまえ達の敵だ!」 「例えそうじゃなくても、こっちは全力を出す!」 彼の裂帛の気合を真っ向から受け止め、コウが立ち向かっていく。 暁は、丘の上から戦いを見つめていた。それは、常人にはおよそ度し難い、超常の戦い。しかし、そこにあるものに、彼の心は激しく揺さぶられた。 「うおおおおおおおおおおお!」 禅滋が打っても、焼いても、リベリスタ達は怯むことなく立ち上がり、また向かってきた。そこにあるのは強き意志。禅滋の思いを受け止めようとする、彼等の真摯な心だ。 それを強く感じ取りながら、彼は迫るうさぎを吹き飛ばした。 「……これで、最後です」 口惜しげにニニギアが言った。 彼女は残された力の全てを注ぎ、福音を響かせて満身創痍の仲間達を癒していく。 だがそれでも癒しきれないほどの傷を、リベリスタ達は被っている。 そして彼等が積み重ねた攻撃により、禅滋も、また。 「……ここまでだナ」 カイが言った。戦いが始まってから、およそ二分。勝負のしどころは、ここだろう。 「全て、出しますから!」 うさぎの声に応えるように、禅滋が再びその身を赤き熱に燃え上がらせる。 「来い!」 ●最後の一分 三分。 それが戦える限界であることは、禅滋自身も分かっていた。 今も彼は己を包む炎を必死に御している。しかし、三分が過ぎれば炎は制御を超えて彼自身を焼き、辺りにも禍を及ぼすだろう。 その前に、彼は自らの命を絶つつもりでいた。 つまりこの一分は、どう転ぶにせよ、彼が戦える最後の一分だった。 「はぁ!」 真っ先に飛びかかってきたのは、文月。 彼女は禅滋に掴みかかると、吸血の牙をその肩に突き立てた。 「うおおおおおおおおお!」 禅滋は獣の咆吼を以てこれを迎え、炎鬼の拳が彼女の身体を激しく押し返す。 「なんという荒々しさだ……」 見ている七星が、指示することも忘れて呟いた。 もはや言葉はなく、出す声は咆哮、絶叫。そして炎が荒れ狂い、流れる血すら蒸発させる。 「まだ、まだぁ!」 火球をその身に受けたコウが、残された力を用いて呼吸による回復を成した。 「俺の有るがままを受けてもらう! あんたの有るがままを見せてもらう!」 焼かれようと打たれようと、竜一は刀を振るった。 「おおりゃあああああ!」 モノマも突っ込む。もはや策など何もなく、ただただ相手を打ち据えるのみ。 「ぐ、……ぐが!」 その勢いは確実に、禅滋の身を押していった。 暁は戦いを見つめながら、きつく唇を噛んでいる。 「正面から行かせてもらウ!」 カイの放ったヘビースマッシュが、初めて、禅滋を後退させる。 そこに確かな隙を見出し、リベリスタ達が駆けた。だが―― 「お、お、お、おおおおおおおおおおおお!」 炎は衰えず、さらに滾り、咆哮と入り交じって辺りを焼き尽くす。 それはまるで炎の嵐。 石動禅滋という男の生き様を、そのまま形にしたような激しきうねり。 「そん、な……!」 驚きに身を硬直させていた悠里も、押し寄せてきた火球を浴びて地面に伏した。 戦況は、その一瞬で一変していた。リベリスタ達の勢いを覆して尚、炎は滾っている。 「……立てェ!」 叫んだのは、レナードだった。 「立てよおまえら、こんな終わり方でいいのか! 納得出来るのかよォ!」 その叫びが山中に消えた、直後だった。 「分かって、いる……!」 文月が立ち上がった。己に宿る運命を燃やし、彼女は立ち上がる。 「石動禅滋、よく見るんだ……。これが、運命の掴み方だ!」 「ヘヘッ、生憎、俺にも意地があるんでな……、まだ倒れる訳にゃぁいかねぇんだよっ!」 次いでモノマが立ち上がり、カイも、うさぎも―― 「石動さんの魂を込めた一撃一撃、最後まで受けとめるのダ!」 「そうです……、あなたに、自害などさせない!」 立ち上がる彼等の姿を見て、禅滋が感じたのは、これ以上ない感動だった。 「心より、感謝する」 聞こえないほどの呟き。涙は瞬く間に蒸発し、彼は再び獣の顔に戻る。 「ガアアアアアアアアアアアア!」 だが、立ち上がったリベリスタ達の力は、劫火の獣を凌駕した。 文月のソードエアリアルが禅滋の体勢を崩し、モノマとコウの斬風脚が彼を立て続けに打ちのめす。 そしてカイのヘビースマッシュをまともに受けて、禅滋の身体が芯から軋んだ。 不意に奥底から湧き上がる衝動。狂い盛る炎が、今まさに彼の制御をはね除けようとする。その耳に、声は届いた。 「師匠ォォォォォォォ!」 暁の声。 ただ一人の弟子の声に、彼の意識は、逸れた。 「隙有りです!」 そこに、うさぎのハイアンドロウが炸裂する。 この土壇場で自らが受ける反動も意に介さず放った一撃は、見事、禅滋を撃ち抜いた。 「…………」 禅滋の表情から、獣の荒々しさが消える。 そして同じように、あれほどに盛っていた炎も嘘のように消え去って、 「遂げられた、か……」 朱拳・石動禅滋は地面に崩れ落ちた。 「――クソ強かったぜ、石動禅滋」 戦いの終わりを悟って、モノマが小さく、そう言った。 ●いつか、運命を手にする日のために 「これで、よかったのかい?」 レナードに問いかけられ、禅滋は薄く瞳を開いた。 「ああ……、これで、いい……」 「最初から、暁にこの戦いを見せるつもりだったのか」 文月がようやくそれを悟った。禅滋は最初から、弟子に託すためで戦っていたのだ。 「おまえ達と同じように……。暁ならば、いつか必ず運命を……」 「だガ、武人として不本意でハなかったのカ? そんな力を手にしテ!」 溜まらず叫んだカイに、しかし禅滋は笑みすら浮かべて見せた。 「暁を引き取ったときより、俺は師となった。ならば、弟子の成長こそ、我が本懐……」 悔いは、無いのだろう。一片も。 「弟子のために、己の全てを捧げるか……。見事だ」 自らを弟子への礎にせんとするその姿勢に、拓真は強く心打たれた。 「フウ、我が炎、潰えるとき、だな……」 「暁に、何か伝えることはあるのか?」 竜一が屈んで禅滋に顔を近づけた、禅滋の唇が小さく動き、 「ただ一つ、『進め』と――」 「それだけ、ですか……?」 意外そうに目を開くうさぎに、禅滋はまた笑う。 「語るべきは、あの戦いで全て語った。あとは、暁次第、だ」 そして禅滋は目を閉じる。 この全身を包む充足感。やりきったという達成感。なんと武人冥利に尽きることか。 「最後の相手がおまえ達でよかった。おまえ達の強さは、気持ちよかったぞ……」 「そっちこそ、強かった。一人じゃ絶対、勝てなかったよ」 コウが、素直な感想を零した。 「――ありがとう」 それが、朱拳と呼ばれた武人、石動禅滋の最期の言葉だった。 「ありがとう、ございました」 悠里も言って一礼をした。 そこに、暁がやってくる。 「師匠……!」 暁は息絶えた禅滋の身体を抱え起こすと、静かしその亡骸に縋り付いた。 「僕達が、憎いかい?」 悠里が率直に問う。 しかし暁は力無く首を横に振って、震える声でこう返した。 「師匠は、一人の武人として尽くしました。どうして、あなた達を恨めますか……?」 「こいつは!」 いきなり、モノマが大声を張り上げる。 「こいつは、運命に選ばれなかった! だが、勝つことはできたんだろうな!」 場に淀む空気を吹き飛ばすが如き叫び。それは天にまで轟き、禅滋にまで届くだろう。 「う、うぅ……」 暁の目から涙が溢れ出す。 「いつか、僕も、あなた方と肩を並べてみせます……、必ず」 「ああ、我々もその日を待っている」 文月が言葉を投げかけると、暁は何度も頷いた。 「師匠! いつか必ず、僕は、運命をこの手にしますから!」 この夜、一人の武人がこの世を去り、そして一人の少年が武人となった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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