●吉野という木精 風が枝を揺らす。開きかけた蕾が揺れ、そして収まる。 その様子を見上げながら、その女性は己の身に起きていることに涙する。自身の体が『穴』の影響を受け、おぞましい何かに変わろうとしている。 『吉野。私の代わりにあなたがこの桜を守って』 あの約束を交わしてからどれだけの時間がたっただろうか? 主を看取り、自らの肉体も果て、今なおこの場にて桜を守り続けている。 しかしそれももはや限界か。この桜が咲く頃には、もはや自我を保てなくなるだろう。だがそれでもこの木は守らなければならない。それが主君と交わした約束だからだ。 例え自我を失い悪鬼羅刹となっても、主との約束を守り続けよう。 ●アーク 「討伐対象はエリューション・エレメント一体。フェーズ3」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタたちに向けて淡々と説明を開始する。 「先のジャックとの戦いで開いた『穴』の為、アーク監視下に置かれている三ツ池公園で桜の木精が現れる」 モニターに映し出されるのは、まだ咲かぬ桜の木と、その幹に背を預け杯を傾けている女性。白装束を身をまとい、抜き身の日本刀を地面に刺している。イヴの説明がなければ、その姿は自然現象(エレメント)と思えないほどに人間の姿を形取っていた。 「今のところ、エリューションが桜の木を離れて行動することはない。だけど『万華鏡』はこのエリューションが遠くない未来に凶暴化することを予知した。守っている桜の木を自ら切り倒し、鎖の外れた獣のように暴れまわる未来」 守ると誓った物を切り倒し、破壊の為に暴れまわる。そこにあるのはただの獣。本能のままに暴れまわる理性なきエリューション。それがこの木精の未来。 「エリューションは日本刀を使って攻撃してくる。近距離の攻撃がメインだけど、遠くにいても安全じゃない」 イヴの説明と同時、モニターに映し出されるエリューションの体捌き。それを見て驚愕するリベリスタ。神秘の賜物とはいえ、戦慄する。 「繰り返すけど、このエリューションは桜の木から離れることができない。だから危なくなったら桜の木から離れれば追撃を受けずにすむ」 強敵だが、それが救いか。リベリスタたちは安堵する。最も不安要素の一つが消えただけだが。 「相手はフェーズ3。危なくなったら逃げて。負けてもすぐに犠牲者が出るわけじゃない」 いままで平静だったイヴの表情が、わずかに不安げに染まる。フェーズ3という強敵を相手させる心労に、必死に耐えている。 リベリスタたちはそんな不安を打ち消すように、微笑むのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月29日(木)23:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●エリューション・エレメント 酒を飲む。自然現象である吉野にとって、酒は酔うために飲むものではない。偽の飲酒。嚥下する酒もまた偽物。しかしそれを行うことが、吉野の理性を『人』に保っている。 「……見事な桜の木だな、いずれ。見事な花を咲かせるだろう」 語りかけるのは『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)。桜の花はある人を思い出させる。まだ咲かない蕾を見て、吉野を見た。 「まだ咲かぬよ。花見にはまだ早い。ゆえにここに来るのは迷い人か敵か、だ。 お前はどちらだ? どちらにせよ、それ以上よらば斬る」 「リベリスタ、新城拓真。……その未来を、勝ち取りに来た」 拓真は吉野を見据え、敵であることを宣言する。エリューションは斬るしかない。吉野は桜を守る為、斬られるわけにはいかない。妥協点は、ない。 「なれば、全力の仕合を望む。その上で此方が勝利した場合、桜の木は出来る限りの保護をさせて貰う」 「勝手なことを言っているのはわかってる。でも僕達に桜の木を守る事を許して欲しい。 君との約束、絶対に破らない」 言葉を継いだのは『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)だ。『穴』をあけることを阻止できれば、このエレメントは理性を失わなかったのだろう。そう思えば謝罪の思いがこみ上げてくる。 (単純に勝利だけを望めば、この会話の間に神秘の付与を重ねるのがいいのだが) 『背任者』駒井・淳(BNE002912)は話をしている二人を遠くから見ながら、肩をすくめた。相手は守るべきものを背負った隙だらけの敵。相手はフェーズ3のエリューションなのだ。うてる手はうっておいたほうがいいのだが……。 「解らんな。若さ故の甘さなのか、それともシビアな現実にも抗いきってみせる矜持なのか」 口にはするが、行為をとめる気はない。付き合ってやろうではないか。 「桜の木を三百年守ってきた」 吉野と呼ばれたEエレメントは地面に刺してある刀を手にする。三百年。その長さはこの場の誰もが想像できない長さ。 「その三百年を引き継ごうというのなら、相応の実力と覚悟を示せ」 (……真っ直ぐな目をしてやがる。本当にエリューションか疑いたくなるぜ) 拓真と悠里の後ろで腕を組んで話を聞いていた『悪夢と歩む者』ランディ・益母(BNE001403)は吉野の瞳を見ながら、その行動に首をひねる。確かに三百年を生きるというのは人間の寿命ではないことだろう。 (元々のモデルがいて。このエリューションはそれを模した何かって所か) あてずっぽうだが、的外れではないはずだ。ランディは推論を頭の片隅に追いやる。ここから先は、言葉ではなく行動で意思を伝える場面だ。 風が吹く。春の息吹を感じさせる暖かい風。死闘にはそぐわない風が、この戦いの開始の合図となった。 ●フェーズ3 12対1。それでなお危険とフォーチュナは告げた。 それがフェーズ3。それが吉野というEエレメントの存在。地面に刺さった刀を抜いた瞬間に、リベリスタの体を突き抜けるような殺気が通り過ぎる。弾かれるように展開した。 「年々歳々、花相似たり……そうあるはずでした」 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は黒曜と銘打たれた小太刀を抜いて、真っ直ぐに吉野に向かう。その心にあるのは、謝罪だ。 「『穴』が開くことを止められなかったのは私たちの未熟ゆえ。あなたがあなたでいられなくなるのも、私たちの罪。 私たちにできるのは――」 その言葉を遮るように、エレメントの刀が振り下ろされる。桜色のオーラが軌跡を描きながら、舞姫の刃を打ち据える。十字に重なる刃と刃。刃越しに吉野は言う。 「その戦いで手を抜いたのか?」 問う。強襲バロック。そのときの戦いのことを。 「……否!」 「なら顔を上げろ。未熟を罪というのなら、鬼人以外は全て罪人。弱者を罪と断ずる不遜な態度。 罪過ではなく、誇りで刃を抜け。汝らは戦士か? 罪人か?」 吉野は問う。覚悟を。今抜いた刃の意味を。 舞姫は言葉を紡がない。ただそれに応じるように刃に速度を乗せて繰り出した。ここに立つのは許しを請う為ではなく、誇りのためだと印すために。 「闘う相手としては、申し分ない。互いの命、花の様に……舞い散らせるのも、悪くない、ね」 『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が黒髪を揺らしながら近づく。忍術由来の体術で近づいて、気で作られた糸を吉野に投擲する。スピードではなく心理の裏側を突くようにふわりと糸が動きを縛る。 「桜、は可能な限り、守ると約束する。だから……やろう?」 「酔狂だな。だが付き合おう」 糸を振りほどき、刃を振るう。まるで花びらが風に舞うように吉野が地面を駆ける。気がつけばリベリスタたちの間を駆け抜けて、気がつけば刀は体を切り裂いていた。それほどまでの鮮やかな一閃。 (今のが義経千本桜。予兆はわかりましたが……!) 『初代大雪崩落』鈴宮・慧架(BNE000666)は吉野の技を受けながら、そのクセを見切ろうとしていた。技の予兆はわかる。が、それに対応して防御が間に合うかというとそれは別の話だ。コンマ数秒のわずかな予兆を察したときには既に刃は走っている。なら防御に徹するよりは、 「貴方の誇りを、想いを護る為に私は貴方を倒します」 守勢に回るよりは攻勢に出たほうがいい。そう判断して慧架は吉野に迫る。体格の差など関係ない。大切なのは相手の重心を崩し、力を加えること。雪崩が全てを圧倒するように一気に吉野を地面に叩き落した。 投げられたエレメントは衝撃を逃がすように回転すると、そのまま起き上がる。投げた構えのまま、慧架は吉野に問いかける。 「貴方はどうしてここで護っているのですか?」 「我が主の為」 「自我が保てなくなったらどうなってしまうのです?」 「判らぬ。だがそれまでは私は私だ」 言葉を重ねても妥協点はない。リベリスタとエリューション。お互いの意地と矜持。それゆえに彼らは戦う。 「私達が穴が開くのを阻止出来なかったから。だから、吉野さんが狂ってしまう未来が生まれちゃったんだよね」 『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)の言葉には精彩がない。魔方陣を展開するも、魔力に揺れを感じる。 「これは私達の責任なんだよね……」 「罪過で我が命を背負おうというのなら、願い下げだ」 吉野の瞳がウェスティアを射抜く。心の奥底まで射抜かれるような視線に、彼女の動きが止まる。 「『穴』の有無など些細なことだ。死ぬときは死ぬ。狂うときは狂う。それだけだ。 汝が言う『責任』は後悔から来るものか?」 責任。害なすものを退治し、世界を護るのがリベリスタの責任。そこに『穴』の有無は関係ない。 瞳を閉じて、一瞬だけ迷い、そして開ける。悲しいのは苦手だ。ウェスティアはいつもの自分を取り戻す。揺れていた魔法陣が安定し、回復の旋律を紡ぎ始めた。 「こっちも同じように守るものはあるから、あんたの気持ちはわかる」 『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)は風の刃を放ちながら吉野に向かいあった。 「けど、もうここは終わった場所だ。桜は僕らが守る」 「なら終わりを告げる鐘を鳴らせ。その武器、その意思、その魂で」 まだ終わらない。エリューションの刃と闘志は、今だ折れずに戦場に在る。 ●桜の木精 「そうだ。此方にも理由がある様に、そちらにも退けない理由がある」 吉野から距離を取り、体内の気を爆発させる拓真。彼が持つ『正義』のアルカナは裁判の女神。共に正しいがゆえにその剣と天秤が真正面を向くカード。それに恥じぬよう、彼の剣もまた真正面に振り落ろされた。真空の刃が吉野を裂く。 「どちらが正しいか、問答をする心算はない。武を持って雌雄を決しよう」 「来るがいい。私は主との約束を乗せ、刃を振るうのみ」 「確かに約束は大事さ」 千部を背負いながら、ランディが地を蹴る。吉野に迫り、全身を回転させるように振りかぶって強烈な一撃を打ち込み吉野の動きを封じる。 「だが何が為に誓いを守るのか、忘れちまったら妄執になっちまう」 「忘れようはずもない。桜を守る。主の信頼を受けて、私はここにいる」 「その結果、狂うかもしれなくともか?」 是。小さな首の動きでランディの問いに答えた。そこにあるのは強い意思。吉野はフェイトがなく世界を滅ぼしかねない相手なのに、 (いいね、その強い意思。味方になりたくなる) ランディは吉野に肩入れしてしまう。しかし斧を留める気はない。真に吉野の約束を守るのなら、狂う前に倒すのが最良だからだ。 (ずっと守ってきた桜を斬る事になるなんて) 足が震える。指先が痺れたようにマヒしている。悠里は吉野の動きとその斬撃に生来の臆病さが動いているのを感じていた。ましてや相手には負い目がある。 (吉野さんが狂ってしまうのは僕達があの穴を開くのを防げなかったから、なんだよね) あの日。もう少しがんばれれば。もう少し力があれば。この悲劇は防げたのかもしれない。負のスパイラルに陥り、悠里の動きは精彩を欠いていた。構えていた腕がだらりと下が―― 「っあ!」 聞こえてくるのは『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)の悲鳴。吉野の日本刀は容赦なく仲間を斬り、止まることはない。 嗚呼、忘れていた。確かに『穴』は防げたかもしれない。だけどそれは過去だ。 それは『今』戦わない理由にはならない。設楽悠里が戦う理由は常に一つ。 「仲間が剣となり盾となるなら、自分はその使い手を守る篭手になる」 それは理由。そして誓い。 ゆえに彼の二つ名は『ガントレッド』。その手は『勇気』と『仲間』を掴む為のもの。生と死のボーダーラインを駆け抜ける一人の覇界闘士。 麻痺していた指先に血が巡り、下りていた腕を構えなおす。迷いは捨てた。吉野に負けぬように全力で拳を握る。それが相手に対する礼儀とばかりに。 (嗚呼、なんて綺麗な人……そう、彼女は、人だ) 傷の痛みに耐えながら、霧香は思う。カテゴリーとしては吉野はエリューション・エレメントだ。だがその心の美しさは、剣士としてうらやむほど。 「願わくば、その美しさが歪む前に……」 それが剣士としての礼儀。霧香は斬禍之剣を構え、真っ直ぐに吉野へとかけていく。 吉野と呼ばれたEエレメントは、戦いの空気に静かに微笑む。 激しい戦いを楽しんでいるのか、それとも―― ●武人 リベリスタの戦い方は防御的である。 範囲攻撃対策に前衛の数を絞り、遠距離攻撃できるものが真ん中に。その後ろから回復を飛ばす。そんな三層の陣。 前衛の傷が深まれば、中衛の人間が穴を埋めるように入る。そして後衛は全体の回復を行なう。回復を担うのはウェスティアとエリス・トワイニング(BNE002382)と『のんびりや』イスタルテ・セイジ(BNE002937)だ。魔力の篭った三重奏の歌声でリベリスタを癒していくが、 「任せます」 「わかった!」 吉野の剣技はそれ以上の速度でリベリスタを傷つけていく。舞姫が後ろに下がり、拓真がその場所に入り込む。しかしそれを追いかけるように吉野は戦場を駆け巡る。一歩で五歩分を進む歩法で刃が走る。それはダメージから回復していない舞姫にも迫り、 「そうはさせないよ」 舞姫を庇ったのは淳。ひらひらと黒いローブを刃に絡ませ、術で呼び出した鬼が弾いてその軌跡を狂わせる。軌道を狂わされた刃の切れ味では、痛打には至らない。彼はリベリスタの中でもさらに防御的に動いていた。負傷者を庇い、吉野の運の巡りを狂わせ。直接的な火力ではないが、別方向でパーティに貢献していた。 だが、限界はある。回復が厚く、淳がどれだけ堅牢であって、かつリベリスタたちが流動的に動いたとしても。 それを圧倒する力を持つのが、フェーズ3というエリューション。吉野という武人なのだ。 「悪く、ない……ね」 最初に膝をついたのは天乃。前線に立って行動していた分、攻撃を受ける数も多かった。無表情にエリューションを見て、爪を構えなおす。 「でも、まだ、散るには、早い」 我戦うゆえに我あり。まだ戦えると運命を散らし、立ち上がる。その散り様を見て、吉野の刃が鋭くなる。 「シード……が……1つ増えた、ぐらいは……強く、なった」 エネミースキャンを行なったエリスが、吉野がどれだけ強くなったかを示した。爆発的というわけではないが、蓄積すればかなりの強さになる。 「切れた……けどっ」 ウィスティアは展開していた魔方陣が潰えたのを感じる。神秘の力が下がり、回復力が低下するのがわかった。しかし一手を費やして魔方陣を展開すれば、その隙にあのエリューションは攻めてくるだろう。 「押し切ってやるさ!」 ランディがグレイヴディガーを高速で振るい、吉野を薙ぎ払う。ランディの見立てではあまり余裕はない。防御に徹していてはいつかは負ける。仲間と声を掛け合って戦っているが、その声に余裕がなくなっている。 「はああああ!」 悠里が腕に紫電を纏わせる。『Gauntlet of Borderline 弐式』が白く輝き、雷槍となって吉野を穿った。稲妻が吉野に絡みつき、その体を焼いていく。 紫電を纏ったまま吉野が戦場を駆ける。回復役のエリスを庇って夏栖斗が力尽きた。 「きにすんな、こういうのは僕の仕事だからね」 親指を立てて笑顔を作り、そのまま地面に倒れる。 「貴女の……約束を守るため……貴女を……倒す」 庇って倒れた夏栖斗の意思を継ぐように、言葉を口にするエリス。 「……くっ」 同じく他人を庇い攻撃を受け続けていた淳もここで力尽きる。黒いローブが揺れ、どうと音を立てて倒れる。後は仲間に任せて、意識を失った。 「……爆ぜろ」 天乃のオーラで作った爆弾が吉野の近くで爆発する。吉野の足が一瞬止まった。わずか一瞬。その隙に慧架が懐に入る。 「『初代大雪崩落』。その名をあなたに刻みます」 下から突き上げるようにして相手を崩し、地面に叩き付ける。投げ飛ばしたあとも心はそこに残す。一回転して起き上がる吉野に、舞姫が密着するように迫った。 「超至近距離からの小太刀術ならば……わたしの間合いだッ!」 死中に活を見出すが如く。純粋な技量ではかなわない。だがこの至近距離での攻防なら、勝機はある。繰り出される小太刀の舞が、吉野を傷つける。 (ただ全力を込めて、目の前の武人に己の最高の一撃を繰り出せ――) 拓真は馴染んだ剣を手に吉野を見る。イメージは充分。体の芯から力を繰り出し、圧倒的な力で叩きつける。 「この一撃、未来を掴む為に!」 斬撃はエリューションを十字に刻む。それは致命傷。ぐらリ、と崩れ落ちる吉野と呼ばれたE・エレメント。 リベリスタたちは知っている。このエリューションには死ぬ間際、致命的な一撃を放つことを。 「来い! お前の意思を受け止めてやる!」 「最期まで……闘い抜く! その一撃も!」 ランディや舞姫を始め、立ち上がっているリベリスタはその一撃を受け止める覚悟で破界器を構えた。 「願はくは花の下にて春死なん」 キィン! ただ刃がなる音だけがリベリスタの耳に響く。瞳に桜吹雪の幻視が写り―― ●約束 「下の句は『その如月の望月の頃』でしたか」 イスタルテは倒れている吉野を見ながら言う。もしかなうなら桜の咲く季節に死にたいものだ。そんな詩。エリューションの体は落ち葉が風に舞うように、少しずつ崩れていく。 「古の桜護りし守護霊の 先へと残す想いを望む」 悠里が問いかけるように一句読み、吉野の持っていた杯を手にする。それも吉野の一部だったのだろう。手にしたそれは儚く崩れ去った。 「来む世には心の中にあらはさん あかでやみぬる月の光を」 今世では望んだものを見たまま人生を終える。来世があるならその幸せを心の中に現したいものだ。桜を守るものがいる以上、望むものなどない。満足したといわんばかりにエリューションは笑みを浮かべた。 「来年もこの桜は咲くだろう。安心して主君の元に行くがいい」 淳は傷だらけの体を起こしながら吉野に告げる。その言葉が染み入ったのか、エリューションは散るように消え去った。 リベリスタは傷だらけの体で立ち上がる。怪我人は多いが、死者は誰もいなかった。最後の一撃は、まさに彼女の最後の一撃にふさわしい剣閃だった。 満身創痍。誰か一人が欠けていれば、結果は変わっていたかもしれない。そんな戦いだった。 「花が咲くころにまた会いましょう」 慧架はこの桜が咲く姿を想像した。きっと三百年前から変わらぬ姿なのだろう。吉野の誇りは守れただろうか。死体すら遺さず消えた吉野を思いながら、踵を反す。彼女のことを忘れない。そう誓う。 「この桜は、わたしたちが守り続けます」 舞姫と拓真と悠里は消え去った吉野に向けて、再度誓いを立てる。戦いの残滓を心に残し、背を向ける。やることはたくさんある。まずはアークに報告。そして巡回ルート変更の申請だ。傷は痛むが、まだ動ける。 リベリスタたちは方舟に帰る。仲間の待つ場所に。 『吉野。私の代わりにあなたがこの桜を守って』 『主よ。私の代わりに守ってくれる者がいます。だから――』 そして吉野もまた、主の元に―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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