● 始めに異常に気付いたのは、年長の子供らだった。 外が騒がしい。嫌な気配がする。 十に満たない子もいたが、それでも彼らは全て神秘に触れた運命の寵愛を受ける存在。 音が無くとも、気配を感じる。嫌ないやな気配だ。 一人、二人とラウンジに集まってきた。音は益々大きくなっている。 怒鳴り声と悲鳴、爆発、聞き慣れない戦闘音。 誰かの手と手がぎゅっと握られ、自然と寄り添い出す。 銃声、扉が蹴破られる音に、息を呑んだ。 「ぎゃん!?」 「叫ぶんじゃねぇよ、ウザってぇなぁ」 「ちょっとレイジー。ガキは殺すなって言われてんだろー?」 「死なねぇだろ、この位じゃ。なぁ? 一発二発撃たれた位じゃ死なねぇだろ、ボク? 死ぬとか言ったらマジ殺すぞ」 「っ!」 腕を撃ち抜かれた少年が涙目を向けた先、黒髪の男が別の子供を踏み付けている。 隣の金髪も、レイジを止めた割には遠慮なくまた別の子の腹を蹴り飛ばし壁に打ち付けた。 「はいはーい、んじゃそっちのこっわいお兄さんの代わりに優しいお兄さんが説明したげるからよく聞けよー? ――動いたら殺すぞ」 「……トシヤ、俺と言う事変わってねぇじゃねぇか」 呆れた様子で呟くレイジに対し、トシヤはあれー、とわざとらしく首を傾げてみせる。 「ひっ!?」 そっと別の部屋に続く扉に手を伸ばそうとした子供が、突き破って現れた刃に肩を貫かれた。 床を転げる向こうから、扉を蹴破ってもう一人茶髪の男が現れる。 泣き声に怯む事もなく、ただ煩そうに一瞥して二人へと視線を向けた。 レイジも全く気に留めた風もなく、一人を踏みつけたまま茶髪へと問いかける。 「タク、ここ何人いるって言ってた?」 「――十五ですね」 「ああー、んじゃあ……後五人くらいどっかに隠れてんのか。探してこいよ」 「分かりました」 再び扉の向こうへと、タクが消えた。 怯えた目で見る子供らに、若者二人は笑う。 「言っとくけど、外に出ようとかも思うんじゃねぇぞ」 「そうそう。外にはもーっと怖い化け物がさあ……おおっと」 トシヤの言葉の途中で、何か重い物が壁に叩きつけられる音がした。 微かに聞こえた呻き声に覚えがあったのか、子供らの顔が揃って青ざめる。 「……しっかしまあ、ガチのバケモンになっちまったな」 「だからさー、六道なんかの話聞いたっていい事ないって言ったのにな俺ら」 「ま、いいんじゃねぇの。アイツらのお陰でそこそこ稼げたし」 「でー、このガキ連れてけばまた金入るし、イカれてる連中も使いようによっちゃいいかー」 ゲラゲラと笑う声。 そんな二人を、子供達は一歩も動けずに見詰めていた。 ● 「……ああ、こんにちは。皆さんのお口の恋人、断頭台・ギロチンです。単刀直入に事実だけ述べると変なものが出ました。あ、帰らないで下さいね、真面目な話ですよ、ちゃんと」 赤ペンを手に振り返った『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は傾げていた首を戻しリベリスタを見やる。 さて、と開かれた地図、県外の山間に位置するそこにギロチンは丸をつけた。 「ここには既に第一線を退いた年長のリベリスタ達が、幼いフェイト持ちの子供達と共に住んでいます。そこを六道と裏野部のフィクサードが襲撃するのが見えました。彼らは仲間ではありませんが、利害が一致したんでしょうね」 モニターで示されたのは、更に詳細な地図。 二つの建物が、隣り合うように建っている。 「今回は『レイジ』『トシヤ』『タク』という三名の裏野部フィクサードが六道に協力しています。アークと交戦歴もある連中なので覚えている方もいるかも知れません」 次いで現れたのは、柄の悪い若者達。黒髪、金髪、茶髪。 少し考えて、ギロチンは隣にも映像を出した。 人の形をした何か。人の形を保っていない何か。 誰かが、眉をひそめる。 「……で、此方は六道の手駒……同じく前回の時に撤退したノーフェイスの『ゴウ』、及びその際に死亡した『ミヤ』と『セイジ』だと思われます」 微妙に歯切れの悪い言葉。単語を選ぶように、フォーチュナは言葉を続ける。 「……資料を見る限り、ゴウはノーフェイスでした。セイジとミヤも死亡していて、仮に革醒したとしてもアンデッドのはずです。……ですが、この二つはどうにもそれとは種類が違う。何が、とは具体的に言えなくて申し訳ないのですが」 考えて、ギロチンは首を振った。 「皆さんに受け持って貰うのは、裏野部の三人です。全体的に粗暴で柄の悪いタイプですが、厄介なことに実力は高く、フェア精神も全くありません。早くしないと子供達が危険です」 詳しい事は向かいがてら資料での確認をお願いします、と配られる紙。 「子供達はラウンジに集められています。施設内全体の数は十五。内の十はラウンジに集められていて、残る五人をタクが部屋の中を巡って探しています」 間取りまでは分からないが、平屋の施設はそこまで部屋数も多くない。 「フィクサードは戦闘になれば、子供に構う事なく攻撃を仕掛けてくるでしょう。彼らは『全員を捕らえろ』と言われた訳ではないようです。何人か殺しても構わない、という程度の気軽さです」 手慰みに痛めつけて笑う彼らに、良心などは期待しても仕方ない。 状況によっては人質に取る事も考えられるだろう。 「……子供達全員を助けるのは厳しいとは思いますが、可能な限り、お願いします。平和な声に満ちていたこの建物が、誰もいない場所になってしまうなんて事は、嘘にして下さい。ぼくを嘘吐きにして下さい。お願いします」 そう告げて、ギロチンは手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月26日(月)22:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 庭へ向かった仲間達は、既に戦いを始めたのだろうか。 息を殺し気配を殺し、玄関に忍び込んだリベリスタは互いの顔を見て頷き合う。 子供に随分と手荒な事を。『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は小さな唇を開いて微かに息を吐く。齢八十を越える彼にとっては高々二十年とそこそこであろうレイジやトシヤなど、まだ十分に「子供」と言える青臭さだが、最早分別も理性も備わっている年齢。 己の行為が何を招くか知らぬ年ではあるまい。ならば年若さは免罪符になりえない。情けも容赦も、情状酌量の余地もなし。 気に入らない、と『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)は眉を寄せた。過去は裏稼業に従事していた身、フィクサードという点で彼我に差はなかっただろうが、それでも憤りを覚えるのは子供を狙っているからか。自らを危険に晒さず強者が弱者を嬲るだけだからか。 気に入らないのなら、そして敵であるのなら、リルにそれ以上の理由は必要ない。追い詰め鋭い爪で獲物を甚振る猫に、鼠は静かに歯を尖らす。 鼠の隣で、『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330) は目を伏せた。子供達に罪はなくとも、同時に力がない故に、大人の都合に振り回され巻き込まれる。この場合は大人であるリベリスタも巻き込まれた事に変わりはないが、そういった子供も多く眺めてきただけに、凛子の心中は憂鬱だ。助けてやりたい、と思う。願う。自身の全力を以って、翻弄される子供を助けたい、と。 全く。非道い。と、『罪人狩り』クローチェ・インヴェルノ(BNE002570)は溜息を吐く。子供を狙うのみならず、その命までも弄ぶとは。一見無軌道にも思える暴力を多数擁する裏野部に、思索と探求に容易く道を踏み外す六道。己の欲望に素直に動くフィクサード同士であるからこそ、利害が噛み合い手を組めば被害は増大する。単純な強力さだけではなく、人であるが故の立ち回りは時に力より厄介だ。だが、クローチェとてその掌で踊るつもりはない。連中が子供を連れ去ろうとするならば、守って見せよう。 各自が守るべく覚悟に身を置くが、『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)は少し違った。救いたくない訳では勿論ない。しかし守る事を第一に置く心が、子供達に守られるだけであって欲しくない、と願うのは、彼女が最もここに住む子供らと年近く、己の境遇に彼らを重ねるからか。 革醒したとして、運命の恩寵を受けられる者は決して多くはない。だからこそ、自分の頭でその価値と重みを考えて欲しい。庇護される存在ではなく、一人の革醒者として。 繋げた幻想纏いに、そっと囁く。 「こちらは配置完了デス」 「了解。こちらも侵入可能ポイントを発見、準備が整い次第折り返し連絡する」 『アンサング・ヒーロー』七星 卯月(BNE002313)はそう返し、同じ連絡を聞いた仲間に翼を下ろす。アークの制服で揃えた三人は、ラウンジ外の子供を保護し、タクを撃破する目的で施設外へと回っていた。子供は未来を担う力。その命を無下にする輩に潰される訳にはいかない。 タク、タク……。『肉混じりのメタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)は遠くなった記憶を探る。こちらの戦場に赴いた中では唯一件のフィクサード集団と顔を合わせているステイシーだが、いまいち印象が薄い。いた様な気がする。ボス格であるレイジとトシヤ、そしてゴウはともかく、序盤で退場した部下Cでしかない彼に然したる印象は持ち難かった。 それよりも、とステイシーは施設へ視線を向ける。どうやら子供部屋の一室。フィクサードの姿は部屋の内には見えない。難点としては、どの部屋もラウンジを中心として存在する為、殊更に『ラウンジから離れた部屋』が存在しない事だろうか。だとしても、壁二枚程度は確実に挟んでいる。玄関の仲間と同時に突っ込めば問題はないだろう。別の、問題は。 「……子供達は分かるんだけど、タクの場所までは分かんねえな……」 施設内の感情を探っていた『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)が少しばかり悔しそうに呟いた。感情を探る術は、近くに強力な感情が存在する場合はうまく働かない。 この場合、最も大きな感情は当然ながら子供達の尋常ならざる恐怖であり、十を超えるその強い思念に、あくまで『仕事』程度の心持でやっているタクを含めたフィクサードの感情を拾えない。打ち切る。仕方ない、タクに捕らえられるより先に子供を保護するのが良いだろう。窓に張り付く。各自の武器を掲げる。 「――じゃあ、行きましょぉん」 「「3」」 「「2」」 「「1」」 扉を破る音と、窓ガラスを割る音は、同時に響いた。 ● 飛び込むと同時に、静はクローゼットへと駆け寄る。 先程、強い恐怖を感じた場所。引き戸に手を掛ければ、微かな抵抗。 「大丈夫、助けに来た!」 「良い子の味方のアーク職員よぉん♪」 敢えて強く引き開ける事はせず、軽く戸を叩いて呼びかける静とステイシーに沈黙する奥の気配。 油断なく卯月が廊下に続く扉を見張る中、ややして僅かに隙間が開いた。 覗いた顔に、ステイシーが少し頭の高さを下げて語り掛ける。 「怪我はないかしらぁん?」 「う、うん……」 「よしよし、一緒に逃げるわよぉ。自分が盾になるからねぇ。けど、その前に他の子も助けたいんだけど、隠れてそうな場所って分かるかしらぁん?」 ある意味些か刺激的なステイシーの姿に、目を白黒させて戸惑っていた少年は、けれどその言葉に恐る恐る彼女の手を取った。 「こ、ここは大体同じ部屋だから……た、ぶんおれみたいにここ入ってるか、ベッドの下とか……、あと、トイレとか、お客さんの部屋とか」 「そうか。では私達の後ろについて。離れないようにね」 「う、ん」 少年がアークの事を知っていたかどうかは分からないが、きちんとした揃いの服装は少なくとも柄の悪い若者達よりは信頼できる印象を与えたらしい。ステイシーの透視で見通して、廊下への扉を開いた三人の元に、乱暴に扉を蹴破る音が角の向こうから聞こえてきた。 ――いた! 角を曲がってすぐの部屋、奥に子供がいるわぁん! 咄嗟に声を潜めたステイシーのテレパスに、静と卯月が廊下を蹴る。 二つの風は然程長くもない廊下の突き当りを曲がり、向けられていた背へと真っ直ぐ向かった。 指先で編み上げられた気糸の罠、卯月が蜘蛛の巣の如く投げたそれだが、タクも獣の因子を持つ革醒者。その場を横に飛び、気糸を避ける。 静は、鉄槌を構えてタクの目の前に滑り込んだ。 「オレはアークのデュランダル。ビスハの桜小路静。アンタを倒す為にここへ来た。勝負してもらう!」 「……アークの桜小路だと?」 静が興味を持ったのと同様、同種で同職の存在をタクも知っていたらしい。いや、そうでなかったとしても、近頃アークと、そこに在籍する優秀なリベリスタの名は広まり始めている。例えば、静のように。 卯月に目を移し、更にその奥にステイシーを認めたか、タクの顔が苦いものに変わった。 前回の時に沈められ、更にそれによって実質の制裁を受けた彼にとって、アークの名も彼女の顔も、全く以って良い思い出ではないだろう。その痛みと共に、刻まれている。 誤算があるとしたならば、そこだっただろう。 保身を第一に考えるフィクサードが、名の売れたリベリスタと一対三で戦いたいと思うだろうか。 結果として、彼が真っ先に取った行動は仲間との合流。 「っあ、畜生!」 慌てて追いかける静だが、彼が悪かったのではない。想定以上にタクの取った行動が消極的であっただけ。ラウンジ外でタクを討つつもりであった三人は僅かだけ視線を交わす。 「……残ってる子はあたしが探すわぁん、行って」 元からタクとの戦闘時には子供の保護を主に、二人の援護に回るつもりであったステイシーが甘く素早く囁いて、傍らに立つ子供の手を握った。 「すぐに合流するわ、宜しくねぇん♪」 「悪いな……!」 「宜しく頼むよ」 一礼を彼女に送り、静と卯月は長くない廊下をラウンジに向けて走り出す。 ● 破られた扉に、一斉に瞳が向く。 ここの施設のリベリスタが助けに来たと思ったのだろうか。期待に染まった子供らの顔に浮かんだのは、戸惑い。アークのリベリスタが、先程から狼藉を働く若い男達と同類なのか、助けなのか判別が付かなかったのだろう。 「あァ? ンだお前ら」 傲岸に口を開いたのは、黒髪の男。踏み付けた子供の腕に、銃口を向けている。 怯えた顔に、リルの眉が更に寄った。多くが中央に集まっているとは言え、数人は左右の壁際。そのすべてを視界内に納めるのは難しい。リルは敵う限りに一斉に思念を送った。 白衣の女性に従えと、集まって逃げるのだと、外は未だ誰も諦めていないのだと。 「泣く暇があったら足掻けっ! ッス」 唐突に脳内に流された映像とその一喝に、びくりと子供らが顔を伏せる。 だが、ふわりと舞った翼に幾人かが顔を上げた。 「小遣い稼ぎなんて随分とみみっちい事するのね、似合いよ」 子供らとそう変わらぬ年に見える少女――の姿をしたエレオノーラが、冷たく囀りトシヤを嘲る。 その脳裏は書き換えられる真っ最中。より最適な形へと、進化を遂げる。 「ガキに罵られて喜ぶ趣味はねぇんだよなー」 が、同職のトシヤも速度では負けていない。ナイフを持ち替えると、近くに寄ったエレオノーラに向けて光の軌跡が見えるかの如き刺突を繰り出した。 直撃ではないのに思ったよりも深く抉る刃に、エレオノーラは内心顔をしかめるが、表には露も出さずに涼やかな顔でトシヤを見る。 「弱い子しか狙えないなんて、身も心も弱いんじゃなくて? 女子に貴方モテないでしょ」 「……言うねー。でも女なんて結構簡単に騙されるもんだぜ?」 くくっと笑ったトシヤから少し離れたレイジも、立ちはだかったリルを嗤う。 「なあ、俺らはガキが欲しいんだ。お前でもいいんだぜ? 死体でも使えるモンは使う変態みてぇだからな」 彼の足元から起き上がった影も、笑みを描くように形を変えた。 間近で立つリルは、迫力が増したのが分かる。以前もノーフェイスを含めたとは言え、八人のリベリスタを、より少ない人数で押し切ったのだ。フォーチュナが告げた通り、人間性と実力は比例しないらしい。 エレオノーラとリルが二人の前に躍り出た間に、凛子が離れた場所にいる子供らの元に駆け寄った。 ひっ、と怯えた表情で悲鳴を漏らし蹲る子供らに、彼女は屈みこみ翼による加護を授ける。 「気付かれないように、集まって下さい」 唇の前に指を一本立てて、近くの子の耳元に。子供らは迷ったように顔を見合わせる。 レイジやトシヤと敵対しているとは言え、リベリスタも『知らない人』に変わりなかった。 咄嗟の選択をしきれない子供らを、凛子は辛抱強く見つめて待つ。 泣きそうな顔をした子供らが、そろり、そろりと寄り始めた。 「他人の命はどうでもよくて、自分の命は惜しいと言う。救いようがないわね……」 「人間なんてみんなそんなもんだぜー? まあ、嬢ちゃんみてぇなのにはまだ分かんねぇのかなー」 冷めた顔で呟いたクローチェの影が、彼女を包むように背後から立ち上る。 トシヤはそんなクローチェも鼻で笑った。 「来るといいのデス! 耐えるのデス!!」 「……ンだよ。今日はガキの遠足か?」 前で構えた心に、レイジは最早呆れを含んだ声で返した。 その身が更なる守りに厚みを増したのは、彼女だけが知っている。 だん、と扉が蹴り開けられたのは、その瞬間。 予定にない茶髪の乱入に、リベリスタの目線が集中する。 「レイジさん、こいつらアークです」 「はあ? ……お前、ガキはどうした」 胡乱気なレイジの声にかぶせるように、廊下から続く足音。 「待て!」 「やれ、すぐに逃げ出すなんて情けないね」 帽子の下で耳をぴんと立てた静と、光の刃を携えた卯月が部屋に飛び込んだ。 理解したように、レイジが嗤う。 「……ンだ、ビビって引っ込んで来たのかよ。役に立たねぇな」 「ああ、そっか、なぁんだか聞いた事あるような面がいると思ったらアークかー」 殊更に軽い調子で、トシヤ。 「ンじゃまァ、ガキでも遠慮はいらねぇか」 「だなあ。……ぶっ殺そうぜ」 唇の端を吊り上げた二人が、仕留め損ねた獲物を前に油断を消した。 ● 数を増したリベリスタに放たれた擬似の月。 幸いにも子供は避けて打たれたそれは、しかしリベリスタの攻撃を鈍らせた。 最も近くに存在したが故に攻撃を多く受け、トシヤのナイフに心を奪われたエレオノーラが振りかざした刃を、心が受け止める。 「私は、この程度では倒れないのデス! いくらだって耐えてやるのデス!」 「子供たちは、私が守ります」 前に蹴り出されたタクが形振り構わず放った旋回による剣戟を、凛子もその身で阻んだ。 その姿に、いつしか子供らは、隙を縫って一人ずつだが走り抜けるようになっていた。 リベリスタとて、防戦一方に回っていた訳ではない。 「革命の必殺拳。受けてみるといいッスよっ」 リルがとあるフィクサードから得た技、ハイ・バー・チュン。 幻影だが幻影ではない、質量を持ったそれがレイジに一斉に打ちかかる。 「聞いた通りの下衆ね……。逃がしはしないわ」 クローチェの放った気糸が、トシヤの体を縛り上げた。 「悪事ばっかりするってのなら、お前らをここで終わりにしてやる!」 「逃げ場所はもうないよ」 静の鉄槌がタクを打ち据え、怯んだそこを卯月の糸が貫く。 「おまけよぉん、良い子を助けるラブビーム!」 離れた部屋に子供を置いたステイシーが、唇に触れた手が示した先、タクに向けて放った十字は躊躇いなく彼を打ち据えた。 多少の誤算はあったとは言え、リベリスタはそれを跳ね返すだけの力量を持っている。 気付けばタクは既に床に倒れふし、凛子の誘導によって多くの子供がラウンジから避難していた。 そんな状況にようやく気付いたのか、レイジが舌打ちをする。 彼の放つ影によって強化された紅月は、既にリベリスタの幾人かの運命を削っていた。 このまま行けるか、それとも退くべきか、考えあぐねているのだろう。 しかし。 「ヨウ、ユウジ、カレン!」 「皆、何処!?」 内部の状況を今初めて知ったのだろうか。慌てた声が、玄関から聞こえて来る。 突然の乱入者に虚を突かれた両陣が動きを止めた僅かな間に、ラウンジの扉から影が覗く。 血に塗れた姿。けれど、癒されたのか外傷は見掛け程ではない。 乱入者は一瞬だけ視線を走らせ――アークの制服を着た者がいるリベリスタ側ではなく、対峙するレイジとトシヤに得物を向け構えた。 「ここのリベリスタの人か……!」 子供達の顔がほんの少しだが安堵を見せた事で、静も其方への警戒を解く。 外が無事に終わったのかどうかは、まだ分からない。 けれど想定外の援軍で、アークのリベリスタに戦況が更に傾いたのは間違いなかった。 「チッ……!」 同時にそれは、早期撤退をレイジに決断させるのにも十分な要因となる。 「おいトシヤ! その弱っちいの退けろ! 後ろから一発撃ってやる、抜けんぞ!」 「っしゃ! 援護しろよ!」 視線を新たなるリベリスタに向け叫んだレイジに、トシヤがナイフを手の内で回して駆け出した。 咄嗟にアーク側もトシヤへ意識を集中させ、行く手を阻むべく、続くだろうレイジの攻撃に備えるべく体勢を整える。 しかし。 「うきゃあっ!?」 レイジが駆け出したのは、トシヤとは反対側。 フィクサード達がが背にしていた壁に、最後まで怯えて張り付いたままであった幼い少女を一人その腕に掻っ攫い、開け放たれた奥へ続く扉の向こうへ。 完全に想定外の動きに、トシヤのナイフが狙いを外しリベリスタの刃と打ち合った。 「いけない、逃走します!」 「……は?」 駆け出した凛子が叫んだ言葉に、トシヤ間抜けな声が漏れる。 流石に――流石に、『自分が置いていかれる』とは、想像もしていなかったのだろう。 今までは、トシヤ以外に使い捨てる『オトモダチ』がいたから。 リーダーであるレイジとほぼ同格であった自分が、捨石にされるなどとは。 冷静に己の所業を省みれば、レイジの性格を思えば、自分達の状況を鑑みれば、同類である彼が予想できなかったはずはない。 だからこれは、偏に『自分は大丈夫』という根拠のない思い込みで、致命的な油断。 「いいお仲間ね」 間近で囁かれたのは、甘い笑みの苦い毒。 エレオノーラの移り気な刃が、トシヤの首筋を抉る。 皮膚を裂く音は、遠くで窓ガラスの割れる音に掻き消された。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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