●少女の憂鬱 「お母さんが悪いんだもん」 小さく呟いて、少女は頬をふくらませた。 先月生まれた弟に気を取られ、母は姉である少女を忘れでもしたかのように弟に付きっきり。少女が気を引きたくて話しかけても、最近の返事は「忙しいから後でね」だ。 そんな母親にちょっとした意趣返し。そこまで深く考えたわけでもないが、少しは心配でもすればいいと黙って家を飛び出したのは先刻のこと。 そうは言っても所詮は子供の足で行ける場所などたかが知れている。通い慣れた児童公園のブランコに、遊ぶわけでもなく座っているくらいしかできなかった。 「お母さんが、悪いんだもん」 自分に言い聞かせるように、少女はもう一度呟いて俯いた。 ――ふと。 音が聞こえた気がして、少女は顔を上げる。 先ほどまでは誰もいなかったというのに、ジャングルジムの上に座ってピエロが笛を吹いている。そう、ピエロだ。大仰な化粧、滑稽な丸鼻、華美な衣装。 軽快な曲を奏でながら、絵に描いたようなピエロは少女に向かって笑いかける。 沈んでいた心が浮き立ち、少女は勢いをつけてブランコから飛び降りるとピエロに走り寄っていった。 ●少女の愁傷 「……そうして、少女が帰ってくることはなかった」 淡々と。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は自らが見た過去を語った。愛らしいその姿に、ぱっと見てわかるほどの感情の揺らぎは見られない。 さりとて彼女が何も感じていないかといえばそれはまた違うのだろう。少女の最期がいかなるものであったのか、イヴは手を握りしめたまま黙して語らなかった。 「次にピエロが現れる場所がわかったから、事件が起こる前に終わらせて欲しいの」 ピエロが次に狙うのは、夕暮れ時のとある公園。ぐるりと囲むように植えられた木々が丁度目隠しのようになって人目につきにくい、フィクサードにとっておあつらえ向きの場所。 手をこまねいていれば帰りそびれた男の子が惨劇に巻き込まれる。 「ピエロは、フィクサード。童話の笛吹男を気取ってる」 道化ていてもフィクサード、それなりの力と能力を備えている。ナイフや、ボール、風船。一見して武器とは見えぬそれらで自在に攻撃を仕掛けてくるという。そして。 「笛も、アーティファクトだから気を付けた方がいいよ」 ピエロを倒しアーティファクトはできれば回収。最悪でも破壊。 それが今回の任務だと、イヴは締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:森地鴫 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月13日(月)20:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●序幕 帰り道 その曲は耳にする度にどことなくもの悲しく、そして過ぎ去った日への郷愁を漂わせる。帰る時間に合わせて流れるその放送は、子供に家に帰ることを促していた。 「さぁ、帰る時間だ」 子供たちと遊んでいた『月刃』架凪 殊子(BNE002468)は、今日は仕舞いと手を叩く。子供たちの中にあっては頭どころか胸1つ大きくはあったが、遊び足りない子供は臆することなく文句を口にする。しかしそれもさほど長い時間ではなく、1人、また1人と公園を後にする。 「ほら、君も。お母さんが待ってるって」 喧嘩して出てきたという子供を『偽悪守護者』雪城 紗夜(BNE001622)が説き伏せ、家に帰した。 「上手くいったな」 『オオカミおばあちゃん』砦ヶ崎 玖子(BNE000957)は手にしたカセットデッキを止め、幻影で作り出した時計を消した。早めた時計と偽りの放送で子供たちは少しばかり早い帰宅になっただろうが、さほど問題にはならないだろう。 これ以上、子供を犠牲にしない。それは、リベリスタたちがまず第一にと考えた事だった。 ピエロが予め隠れていたのかと疑っていた『特異点』アイシア・レヴィナス(BNE002307)は、公園を見て回りどうやら待ち伏せで鉢合わせになることはなさそうだと安堵した。 「早く隠れようよ。ピエロが来てしまうかもしれないし」 なるべく隠れやすいように、と下見した上で服を着替えてきたアゼル ランカード(BNE001806) を皮切りに、それぞれここぞと思った場所に身を隠す。低木の中、木の上、遊具の影。そして耳を器用に隠した『クレセントムーン』蜜花 天火(BNE002058)が1人、廃タイヤで作られた遊具に座り込む。 舞台の準備は整った。後は、役者が舞台にあがるのを待つばかりとなっていた。 ●第一幕 道化の行進 ピエロは、構えることなく実にあっさりと公園に現れた。 とくに姿を消していたわけではないが、子供たちが遊びに夢中になっていれば気づくのが遅れるかもしれない。その程度に気配を抑えているようではあった。 軽快な笛の音は、その明るさとは裏腹にリベリスタたちの警戒心を煽る。大方の想像を裏切り姿を隠すことなく笛を吹きながら現れたピエロは自ら囮を買って出た天火に近づき声をかける。 「あれあれ、どうしたの? お家に帰る時間だよ?」 大げさな動作と持って回ったような言い回し。さてどうしたものかと逡巡する間に、ピエロはさもさも心得たと言わんばかりに笑みを強調して頷いた。 「帰りたくないんだったら一緒に遊ぼうよ。……ほら、友達だっているんだよ」 そう言って笛を吹いたピエロの回りに、高い笛の音に呼ばれたかのように3つの影が公園に現れた。その姿に、天火や隠れて見守っていたリベリスタたちは息を飲む。 残る傷跡に被害者たちが苦しんだ事が見て取れた。見える場所には色褪せた赤茶がこびりつき、骨が折れているのか姿勢が傾いでいる者もいる。それらに命を感じることはできない。 「……うして」 もっと怯えるか恐怖に打ち震えるかと、もっと言えばどれだけ悲痛な泣き声を立てるかとそればかり気にしていたピエロは、天火の反応がそのいずれでもないことに違和感を覚える。普通、子供は泣いて助けを請うものだ。少なくとも、今まではそうだった。 「どうしてこんな事をするんですかっ」 ピエロはここに来てはじめて、まじまじと目の前の子供を見据えた。それまでの彼は自らの人形劇に没頭するあまり、『子供』を正視していなかったのかもしれない。疑問はすぐに、答えに行き着く。子供であって子供でないもの。 「やだなあ、俺リベリスタなんかに用はないのに」 ため息混じりのピエロの呟きに、隠れていたリベリスタたちは各々隠れていた場所から出てピエロに対峙する。 「お前になくともこちらは用があったのでな」 『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)の返しに、ピエロは答えることなく自らの武器を――笛を吹いた。 『子供だったもの』は、その音に合わせて鈍い動きで前に出る。文字通り、盾になる為に。 痛々しいその姿にアゼルは眉をしかめた。 「力を得ておきながら元より力に劣る子供を狙うとか、下劣すぎると思うんですけれどねー」 嫌悪を含ませた言葉に、ピエロは醜く笑う。互いに理解できるのであれば対峙することもなかったということだろう。理解する気もなく退く気もないのであれば――戦うしかない。 「私も元はフィクサード。気ままに力を振るってきた身故、己を棚上げして責める気は毛頭ないがな」 元フィクサードという来歴を持つ殊子は、思う儘に力を振るったからこそ弱者をいたぶるピエロに嫌悪を抱いていた。 「お前のやり方が気に食わん。……刃を振るう理由など、それで充分だ」 その言葉が、戦いの火蓋を切った。 ●第二幕 子供だったもの アラストール、紗夜、殊子、アイシアが立ち塞がる子供たちを抜けてピエロへと疾る。 阻もうとした小さな手を、コルネリア・ハッセルバッハ(BNE002471)の符から作り出された鴉が掠めた。 「あんな奴、守る価値なんてない。と、言ってももう聞こえないわよね」 嘆かない。そう心に定めたコルネリアの眼に憂いも迷いもない。あるのは純粋な怒り。その感情が向けられるべき相手は子供たちではないが、とうに命を失った彼らを解放するためにも力を振るう覚悟はある。 次々に伸ばされる手を、『天眼の魔女』柩木 アヤ(BNE001225) のマジックミサイルが、『偽りの天使』兎登 都斗(BNE001673)の鞭が阻んだ。 「童話の真似事はもう沢山よ」 「良い子は寝る時間」 己に世界の神秘を宿した玖子は、静かに終刻を告げる。 「怖い話はもうおしまい。だから、貴方たちは眠るの」 振るうは馬をも叩き飛ばす大振りの刀。重い力が華奢な胴を薙払い、その力に子供であった――今はもう異質となった身が吹き飛ばされた。元々が子供の体、かつ操られているだけの身にリベリスタの攻撃は耐えきれるものでもなく、吹き飛ばされたまま動かなくなる。 「みんな、お家に帰るのです」 天火はピエロが戯れに口にした言葉をなぞる。しかし、言葉に込めた意味は真逆。待っている親の為にも子供たちを帰してあげたい。帰れる子たちならなおさら。その気持ちを込めて放った一撃が、また1体を捕らえて弾いた。 ただ体当たりをかけるだけの無謀な反撃を躱し、コルネリアは狙いを定めて再度符を放つ。鴉の体を得た符は、今度は狙い違わず『子供だったもの』の胸を撃ち抜いた。そうして、力をもたない哀れな子供たちは、今度こそすべて沈黙した。 ●第三幕 道化のあがき 刃が閃く。 腕を狙って振るわれたナイフは、しかしピエロを捉えることなく空を切った。当たれば重畳、とさえ思う殊子は気にした様子もなく次手を構える。 「その笛、あまり吹かれたくはないですわ~」 間延びした言葉の裏に僅かな苛立ちをにじませ、アイシアは己が獲物を薙ぎ振るう。 「同意見だ。厄介そうで仕方ない」 アラストールが振り下ろした剣はピエロが展開した結界に阻まれた。手応えの浅さに舌打ちしつつ、バックステップで距離を取る。 「皆さん、頑張ってくださいねー!」 アゼルの声とともにリベリスタたちの背に小さな白い翼が現れ、僅かとはいえ軽くなった体に士気があがる。 「そこだお!」 『ライアーディーヴァ』襲 ティト(BNE001913)がピエロの手元を狙い魔力弾を放つ。数多の光弾が軌跡を描くも多くは狙いをはずれ、肉薄した魔力も結界に阻まれた。 「っ!」 それでもなお殺しきれなかった勢いが一瞬の間を生む。ピエロの旋律が途切れ、『子供だったもの』が揺らぐ。 少ないとは言えダメージを受けたはずのピエロは、それでも笑いながら空いた片手を軽く動かすと手品のように一振りのナイフを取り出した。その動きにあわせて幾十、幾百のナイフがピエロを取り巻くように顕れる。 「痛いなぁ。だから乱暴な人間は嫌いなんだよ」 死ねよ。そう言って再び笛を吹き始めたピエロの目は、僅かたりとも笑ってはいなかった。 アラストールが振り抜いた剣は、思うよりも軽い手応えを持ってピエロにたたきつけられた。元から怪我を負っていた身に連戦の疲労は重く、短く繰り返される呼吸は彼女がかなりの消耗を強いられていることを物語っている。 「アラストールさん、今癒します!」 アゼルの言葉と共に、天使の息吹が蓄積したダメージごと体を癒していく。その脇をアイシアが駆け抜け、輝きを宿した鎌を何度も振り下ろした。幾筋もの残像がピエロを襲い、痛手を負ったのか符術を持って自らの傷を癒す。 互いに回復の手段もあるせいか、思ったよりも事態は長引いていた。が、それももう限界が近い。すでに『子供だったもの』も無力化され、互いに消耗し息を切らす状況となれば手数の多いリベリスタ側が有利となる。 「はぁっ」 気合いと共に繰り出した『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)の獲物が炎を伴ってピエロに叩きつけられた。思わぬダメージを与えた一撃に、ピエロが余裕をかなぐり捨てた。 手にした笛を構え、音を叩きつける。旋律とすら言えないような単なる狂音に、意識が暴力的にねじ曲げられる。そう、その音は暴力としか言い表せない音だった。 目眩と頭痛、纏まらない思考。頭の中をかき消されるような音の影響は、コルネリアと玖子を中心に広がった光にすぐさまうち消された。 「させない」 「道化芝居もここでフィナーレよ。相応しい終焉にしてあげるわ」 2重3重に備えたリベリスタ側の完全な読み勝ちと言えただろう。混乱を誘いその隙に逃げる腹づもりだったピエロは、術を失い我を忘れた。 「くそ、くそっ! 俺だけじゃねえだろうが!」 「ああ、確かにキミは運が悪いのかもしれないね」 大勢の中の一握り、何故自分だけがと責任転嫁ともいえる唸り声をあげたピエロに、紗夜はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。 「私はキミの存在を叩いて砕いて押しつぶす。――だけど、それは自業自得というものだろう?」 私は世界を護る悪魔だからね、と矛盾をはらむ言葉を口にしつつ振りかぶった獲物は、重い質量を持ってピエロに振り下ろされ――手に持つ笛と共に両断した。 ●終幕 帰る道 夜陰に紛れて車の事故を擬装し終わると、リベリスタたちはその場を離れた。 「……どうにか帰してあげられますわね」 アイシアが零した言葉が、ほの温い初夏の風に攫われる。 「本当は犠牲者が出る前に止められれば最善なんだけどね……」 破壊され2つに割れた笛を回収しつつ、紗夜が呟く。 「帰るぞ」 殊子の言葉に天火は手を伸ばすも、手は繋がないとすげなく断られ垂れた耳を余計に伏せた。 「おやすみ、子供たち」 もう、怖い夢は見なくてもいい。玖子はそう続けて踵を返す。 時を巻き戻す方法はない。出来ることはしたにもかかわらず、苦い思いだけが残って仕方なかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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