●信頼 ねぇ君何をしているの、と彼女は問う。 さぁ何をしているんだろう、と彼は首を傾げる。 二人の関係は曖昧で、二人の中でしか確かではない。二人は何らかの感情で繋がっている。それ故に二人はこの状況でそれぞれを理解する事ができる。しかし。愛情、友情、強調。今はどれとも違う。ただ何となく、隣にいる事を許している。信頼を数倍に薄めたような関係。深層心理に刻まれた信頼。 ねぇ何をしようか、と彼女は問う。 じゃあこうしようか、と彼は提案する。 彼はゆっくりと彼女の首に両手を伸ばし、キュウとキツく絞める。その両手には殺意も、憎しみも、怒りも、何もない。彼女が死ぬという確証はあれども、彼女を殺すという決意はない。空虚な頭は何も望んでなどいない。ただ一連の動作として、『殺す』という行為を選択する。 ねぇあなた幸せ、と彼女は問う。 さぁわからないよ、と彼は答える。 そこには何もない。理由も目的も欲望も苦悩も憎悪も憤怒も、果ては未来と過去さえ記憶から切り離し、ただ現在のみを存在価値とする。彼らは何かに導かれるように、身体を動かしている。理性と本能は影を潜めている。 それは果たして人であるのだろうか。二人にはそれを思考する術がない。 ねぇじゃあ君は幸せ、と彼は問う。 うん幸せ、と彼女は答える。 右手には拳銃が握られている。 その時、裁定は下された。 ポッカリと空いた穴から血が滲む。力の抜けた両手が彼女の首から離れ、ずるずると地上に引き寄せられていく。命を乞うように彼は地へと座し、その頭を二度と上げる事は、なかった。 途端、糸が切れたように彼女はキョトンとした顔をする。視線を下げ、彼の存在に気付きそして、せきを切ったように咽び泣いた。声が、部屋中に響き渡った。 ●ゲーム 「彼らが何を目的としているのかはよくわかりません。ただ人の命を弄んでいるのは確かです」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は冷静に、穏やかに、説明を続ける。 「倉庫があるんです。人通りのほとんどない山の奥に、ポツンと。今回はそれを破壊すると共に、それを監視しているフィクサードを捕まえてきて頂きたい」 手渡される資料、そこには黄泉ヶ辻の文字が踊る。 「アーティファクト『裁定倉庫』。フィクサードらは定期的に二人から六人の男女を捕まえて来て、その中に閉じ込めて監視しています。そして片方が死ぬまで放置し、生き残った片方をどこかへ拉致する。それを繰り返しているそうです」 「死ぬまで……って餓死? それとも倉庫が殺すとか」 リベリスタの一人が聞くと、和泉は神妙な顔で首を振る。 「少し違います。閉じ込められた人間は何らかの基準によって『裁定』されます。その結果、その中に入っている誰かが『死刑囚』とされ、死ぬことになります。裁定を下すのは倉庫、ではなく同じく中に入っている他の人間。殺意がなくとも、情があれども、倉庫に魅入られたように彼らは『死刑囚』を殺します。倉庫の中はそういうシステムになっている」 一人で入ると効果がない。複数人で入ると、最後の一人になるまで『裁定』は続く。 「一つ注意して頂きたいのが、倉庫を開けるタイミングです。倉庫は扉を閉じた時から効力を発揮し、扉を開けるとそれはなくなります。しかし裁定が下され、『死刑囚』を殺害している最中に扉を開けても、それが止まる事はない。殺し終わったその時に効力が切れます。裁定が決するタイミングはわかっていますので、そこは避けてください。よろしくお願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月22日(木)22:58 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 2人■ | |||||
|
|
● 「これは裁定ではなく、審判の様に見て取れますね」 しかし『枢』マリア・ナイチンゲイル(BNE000536)はそれほど違和感を感じない。何らかの基準に従って、最も優秀なものを決するため、殺し合わせる。そうして残されたものを異形の素体とするならば。あるいは何らかの実験に於ける優良な試験体として扱うならば。然程可笑しい所もない。倫理の蹂躙。利己の心。そこに善悪などなく、ただ己の充足を渇望するのみだ。ならば自分も思い焦がれる欲望に身を委ねても、構わぬはずだ。 『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)は知人の言を思い浮かべる。黄泉ヶ辻という組織の事。その薄気味悪さから、関わる事のないよう忠告された。彼らのアーティファクト、それの使い方からも計り知れる。一般人を攫い、実験する。何をやっているのか、何に関係があるのか、定かではないけれども、どうせなら徹底的に潰してしまおう。甚内はニヤリと笑う。 「裁定を下すなど、最低であるな。……うむ」 『黒太子』カイン・ブラッドストーン(BNE003445)の言葉が虚空で弾ける。『小粋』なジョークが誰の耳に届いたかは別にして、倉庫が人に裁定をなど見過ごせぬだろうと意気込んだ。人が人に罰を下すのは、傲慢であれ必要な事だろう。だが人以外が人にそれを下すのは意味のない、また道理にも適わないものだ。故に悪しきフィクサードは、我が裁定しよう。断じよう。それもまた貴族の責任であると彼は確信していた。 兄の姿を『黒姫』レイチェル・ブラッドストーン(BNE003442)は不安に見つめる。気分の悪い実験だ。それを見てカインは嫌でも思い出してしまうだろう。自分たち兄妹の境遇を。しかし自分たちがあの時救ってもらったように、ちゃんと助けてあげないと。レイチェルはそう決意する。 山奥の僻地。鬱蒼と茂る草木を割って、それは置いてあった。人通りもなく、また自然で満たされているそこにポツンとある人工物は一際目立っている。『裁定倉庫』。音もなく、静かだ。狂気の叫びも、振り絞る嘆きも、何も聞こえない。倉庫の効果か、或いは漏れないように細工がされているのか。どんな狂宴が繰り広げられているのか。計り知る事はできない。 周囲には四人のフィクサードがアーティファクトを見張っている。リベリスタは襲撃の準備を始める。『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は彼らの様子をうかがい、また彼らの仲間すら探ろうとする。40秒でそこまで辿り着けるのだ。それほど遠くにはいないだろう。 あぁ、そこか。葬識はニヤリと笑う。ある程度の予測を仲間に伝え、そして倉庫の扉側から一気に攻撃を開始した。 「こんにちはー、アークのお届けだよぉ~」 陽気に叫びつつ葬識は鋏を振り下ろす。途端、倉庫の周囲は暗黒の瘴気渦巻く戦場となる。葬識は敵の数を数える。葬識は不敵に笑みを漏らす。 「楽しみだな~今日の俺様ちゃんは張り切っちゃうよ~」 ● トリアージ開始、目標選定中。 ブラックタグ認定、目標、敵ホーリーメイガス。 《術式開始します》 ぶつぶつと陰鬱に呟くと、マリアは目標に向けて素早く気糸を伸ばす。惜しくも、その攻撃は対象を掠めるに留まった。マリアは興奮を隠せずにいたが、まだ冷静さを保っている。術式はまだ始まりを告げたばかりである。 敵の回復役はフィクサード全体の様子をうかがいつつ、身を守っている。彼らの耐久力を落とすためにも、まずは彼を狙わなければ。『白虎ガール』片倉 彩(BNE001528)が地を蹴ると、彼女は猛然と彼に向けて突進する。鋭く蹴りだされた足が空気と共に敵を切り裂いた。しかし、それは別の男に阻まれた。彩は声を漏らしつつ男から距離を取る。 「リベリスタだ! 早急に応援を頼む! 『あれ』を忘れるなよ!」 誰かが叫ぶ。その声は遠隔地で倉庫の中を監視する、彼らの仲間にまで伝わっていく。フィクサードが合流するより先に、回復役を落としてしまうのが吉だと、リベリスタの誰もが考えた。 『レッドキャップ』マリー・ゴールド(BNE002518)は自身の生命力を力に変えて、ホーリーメイガスを狙う。だが、彼はしっかりと別の男に庇われていて攻撃は通らない。 「そうか、次はお前か」 マリーは庇った男をキッと睨みつけて、狙いをその男に映す。同じ男に、浅倉 貴志(BNE002656)も魔氷拳で応戦し、行動を阻もうと試みる。が、その拳は已の所でかわされた。 フィクサードは防戦の一方であった。何とか耐え忍び、隙を見てチラホラと攻撃も飛ぶけれど、決定打はそれほどなかった。彼らはホーリーメイガスをひたすら守り、また回復は十分に行われていたが、多勢に無勢、ジリジリと体力は削られていった。本末転倒、攻撃を通さなければ回復も防御も意味をなさない。彼らはジッと機を待っていた。 「待たせたな、リベリスタ共!」 敵のホーリーメイガスが二度目の回復を行ったとき、ドタドタと慌ただしい足音を立ててそれらは現れた。弾丸と魔弾と気糸が同時に飛ぶ。滑らかな流線を描いたその軌道がリベリスタを貫いた。 「はいはーい、追加オーダーきたよぉ~」 弾んだ声を伴って葬識が三つの軌跡の間を抜けて、合流した敵を迎撃する。同時に輝くオーラを纏った男がズンと前に出て、葬識の鋏を受け止める。 「そんなでけぇ鋏は、料理に使うにゃ荷が重すぎねぇか?」 フンと両腕に力を込めて攻撃を跳ね返す。葬識は素直に距離を置き、はしゃぐように目を輝かせた。 「大人しくこいつに食べられてよ、お願いね!」 愉快な声を尻目にレイチェルはしっかりと狙いを定める。狙う回復手の周りにはフィクサードがチラホラいるが、全て巻き込んでしまえば関係ない。 「闇よ、喰らえ!」 吹きすさぶ暗黒がホーリーメイガスを中心に不吉な気配をもたらした。しかし。肝心の癒しては別のフィクサードに庇われてケロッとしている。それどころか、すぐさま詠唱を開始して、瘴気によってできた傷をたちまち癒してしまった。 「はいさい! お邪魔様ー!」 伸ばした気糸は一直線にホーリーメイガスに向かう。またしてもそれは庇いに入った男に当たる。しかし今度は攻撃の直撃と共に男の表情が憤怒に染まる。肉体的に痛い所を突かれた彼は、たちまち怒りをあらわにして、甚内に向かっていった。少しづつ、リベリスタたちの狙いは通り易くなっていく。 きっちりと射線を見極めたマリアが気糸を伸ばす。素早く、正確に。貫かれたホーリーメイガスは回復を忘れ、激情に身を委ねて詠唱を始める。厳然で頑然たる聖なる光が周囲を焼き付くさんと放たれる。光と共に舞い上がった炎を掻き分けて、彩が彼を目がけて突進する。 「そんな事で怒ってたら身が持ちませんよ!」 突き出された拳が冷気で男を凍て付かせる。氷結して動きを止める事はなかったが、それでも痛手を負ったのか動きが鈍い。心なしか息も上がっている。 飛び交う攻撃の嵐の中、誰かがよろめき、倒れそうになる。ホーリーメイガスが何度目かの詠唱を終えたとき、彼を庇っていたフィクサードたちも、ホーリーメイガス自身も、ほとんど虫の息になっていた。 彼らの、或いは味方の皮膚から流れ落ちる、鮮血。マリアの心は昂る。正義。悪。これらはいったいどこにあるのだろう。殺す。殺される。単純な二択。ここではそれが許されている。何故だ。血を啜り、腕を捥ぎ、骨を砕いても、許される。何故だ。彼らが人を殺すからか。悪事を働くからか。ならば。それならば。彼らを殺す、殺したいと思い焦がれる私は何だ。何だと言うのか。何だと言って何の関係もない。ただ一秒でも長く血を流したいがためにここにいる。興奮に恍惚に彼女は頬を上気させる。 だから、だからもっと。 「もっと、死なないで下さいよ?」 伸ばした気糸がホーリーメイガスを貫く。ボタボタと血が、吹き出すように流れた。それは明らかに人が生きて流せる限界量を超えている。彼は膝をつく事もままならぬまま地に倒れ伏す。一人目の術式が、完了する。 「だから、お願いしたじゃないですか」 寂しげなマリアを余所に、リベリスタはフィクサードたちに、畳み掛けるように攻撃する。 『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)の呼び出した息吹がリベリスタを癒していく。回復役の潰れたフィクサードより圧倒的に優勢。もう少しだ、とカインが得物を構えたときふと、葬識が呟いた。 「時間だよぉ〜、そろそろ人助け始めなきゃ」 ● 無気力に立ち回る『居場所無き根無し草』レナード・カーマイン(BNE002226)の横をレイチェルが駆ける。彩や葬識もそれに続き、倉庫の扉を壊さんと走り出した。彼らと倉庫の間に数人のフィクサードが立ち塞がる。 「少しの間退いてもらおう!」 カインや、彩、マリーが、フィクサードの動きを阻害する。アーティファクトを破壊するための通り道を、開く。敵の後衛からの遠距離攻撃をかいくぐり、倉庫へと近付く。 「総長とかやってるとさ、ボス格とかホラ、やっぱ良くわかんのよ!」 戦闘中も甚内は敵を吟味していた。しかし彼らの能力はほとんど横並び。恐らく彼らが誰かの指示でここに来ている一般の兵隊である事は予想がついた。しかしそれは、彼ら一人一人が情報を持っている可能性もあるということ。 「この遊びなんなのかなー? 興味あんのよ? おせーてくんないかなー?」 攻撃を受けた反動で怯んでいたフィクサードの一人の心を読む。実験し、何かを計り、別の何かをするということ。曖昧で情報不足。この末端兵士は実験の結末について何も伝えられていなかった。ただ。この場で最も欲しかった情報は、得られた。 「ねぇー! 鍵壊して普通に開けりゃいいってさ!」 「そういうことだ、レイチェル」 マリーが呟く。その視線の先で、レイチェルがグレートソードを振り上げていた。 ● ねぇ僕は何しているの、と彼は問う。 ねぇ私は何しているの、と彼女も問う。 彼女のキツく絞めていた両手がパッと離れる。彼を刺さんと握られていた包丁がカランと音を立てて地に落ちる。記憶が霞んでいた。思考があやふやだった。ここはどこだ。立っている場所が分からない。立っている理由がわからない。殺そうとしていた事だけを覚えている。怖かった。自分がわからなくて。君がわからなくて。 ガシャンと言う大きな音に続いて、二人の間に光が割って入る。二人はゆっくりと光の入ってきた方を見る。誰かがそこに立っている。後光が射している彼は、神様にも悪魔にも見えた。 「はいはーい助けにきましたけど、もうちょっと中にいてねぇ~。君たちの無事は積極的じゃないし、自衛だいじよ~? 何もみなかったってことで!」 彼はクルリと二人に背を向ける。少なくとも、彼が、その仲間が、自分たちを傷つける気のない事を理解する。二人は安堵し、気を失った。 ● 「我が命の黒き波動、その身に味わうが良い。屈せよ! 我が名の前に!」 黒色の波動が敵を傷付ける刃となって襲いかかる。耐えきれず、男は思わず膝をつく。しかし。死にたくない。少なくともこの場で死ぬ運命だけは避けたい。彼はそう願った。願ったが。彼はそう思った人間をどれだけ無理矢理殺してきたろう。無闇に。無惨に。その願いは叶うべくもない。 葬識が飛びかかる。満面の笑みに、ギラリと光る鋏を掲げて。 「いただきます」 まるで細い棒を切断するように。二つの刃が皮を、肉を、骨を断ち切り、頭と体に切り離す。血を啜る刃を見、なお笑むその姿はまさに殺人鬼。戦闘狂。殺しを終えると、すぐさま別の標的に狙いを変えた。 倒れ伏すフィクサードの首にレイチェルは剣を突きつける。実験、殺人、フィクサード。胸くそ悪い。気分が悪い。これだからフィクサードは嫌いだ。人から物を、体を、命を奪ってなおのうのうを生きている。のさばっている。こんな奴らがいなければ。いなければ。 「……一人ぐらい、始末しても構わないのよね」 頭上に掲げた剣が煌めく。鋭さを男に見せつけるように。 振り下ろされる。しかし、それが男を貫く事はなかった。 「拷問の一つでもかけてやると面白いかしら……」 死よりも深い苦しみを。レイチェルはそう願った。 彩とマリーが同時に攻撃を叩き込むと、男は力なく倒れ伏す。彩は素早くロープを取り出して、縛り付けた。既に一人捕縛しているけれども、情報を得るためなら数が多くて困る事はない。 縛り、次の対象へと攻撃に移ろうとした時、フィクサードは逃げの体制に入っていた。既に五人が倒れ、劣勢。生きながらえるために、彼らとて必死だ。 「逃がさないよ」 マリーが追いかける。先頭を走る男目がけて飛び、掌打を放つ。だが。それは別の男によって受け止められる。他の仲間が放った攻撃も同じように。受けた男は吹き飛び、戦う事はできなくなったが、男は走り、遠く、遠くへと言ってしまった。 一心不乱に逃げる男に追いつく手だては、見つからなかった。 ● ガラガラと音を立てて倉庫が崩れる。リベリスタ精鋭の拳や蹴り、得物での攻撃で、倉庫は跡形もなく粉々になった。もうこの倉庫が裁定を下す事は、ない。 「逃げようとしたら足を砕く。舌を噛めば治療する。殺しはしない」 マリーは縛られたフィクサードにそう忠告する。だがフィクサードにその気配は見受けられない。大人しく、静かに、ただ時を待っているようにも見える。 「こんなわけのわからないアーティファクトで、何がしたいんでしょうか」 彩の問いは虚空に漂い、消える。ここにいる誰も、その答えを知らない。 ● 「あぁうん、お帰りご苦労。他のみんな死んじゃった?」 「……はい」 「あれは?」 「はい、ここに」 「うん、上出来。大丈夫、失敗はしたけど、殺しはしないから。僕優しいからね。下がって」 「はい、失礼します」 青年は出て行く。男はニヤリと笑いながら呟いた。 「殺しはしないよ。優しいからね」 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|