●お猫さま現る。 猫屋敷、と誰かが呼んだその場所は、どこの町にでもあるような廃れた日本家屋だった。 数年前までは、老婆が一人住んでいて、寂しさを紛らわせるように、遊びに来る野良猫に餌を与えていた。そのうち野良猫は、その家に住みつくようになった。 その老婆が亡くなった後も、野良猫たちはその場所を立ち去らなかった。 日当たりの良い縁側で、屋根の上で、庭の片隅で、日がな一日ゴロゴロしている姿がよく目についた。 その猫達と戯れることを目的に、近くの小学生達が時折立ち寄るようになった。ほとんど住む人もいない奥まった場所にあるという、立ち寄りづらい立地も、子供たちには関係ないようだ。 人に慣れた猫達は、多いに小学生達に癒しを与える。 そんなある日、庭の片隅に穴が開いた。 唐突に開いたその穴が、別のチャンネルに通じるディメンションホールだということを、猫達は知る由も無い。 警戒心も露わに、その穴を見つめる猫たち。 やがて、恐る恐るといった風に、その穴から一匹の白ネコが這い出してきた。額に三日月のような模様がある以外特徴のない、雪のように真っ白で、艶やかな毛並み。 キョロキョロと辺りを見渡し、自分の同類たちの姿を見つけて、安堵する。 程よい日光と、雨風凌げる家屋、それに、自分の仲間達。 安住の地を探して彷徨っていた彼女は、猫屋敷に住みつくことに決めた。 自分自信に大した力はないが、ここには仲間が大勢いる。 自分が猫の女王だと言うことを、そいつは知っていた。 ●元の世界へ 「特に悪さもしてないけど、崩壊に加担してしまうから、元の世界に返してあげて。この世界を気に入ってくれたのは嬉しいんだけどね。ディメンションホールの破壊も忘れずにね」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、集まったリベリスタ達を見渡しながらそう言った。チラチラとモニターに目をやっているのは、可愛らしい猫たちの姿に惹かれているからだろうか。 モニターに映るのは、古びた一軒家だった。そこそこの広さの庭と、大人の背丈ほどの塀がある。家屋、庭、塀の上、至る所に、猫がいた。 「問題のお猫さまは、こいつ。真っ白でサラサラの毛並みが綺麗。額の部分だけ、黒い毛で三日月模様が付いてるから、わかりやすい……かな? 他に気を取られなければだけど。普通の猫より大分頭がいいみたいね。猫の女王としてこの猫屋敷に居付いているみたい」 つまり、この猫屋敷にいる猫達は、お猫さまの命令に従う、ということらしい。 逆に、猫たちが信頼している相手に対しては、お猫さまも警戒を解く。 この世界の猫を従える力をもったアザーバイドのようだ。 「最初から猫屋敷にいる猫達は、老婆や小学生たちのおかげで人間に慣れているから、不用意に暴れなければ寄ってくると思うわ。ただ、お猫さまに関しては、こちらに敵意がないことが分かるまで姿を現さないと思う。早い話が、猫屋敷の猫ちゃんたちと戯れてれば、そのうち出てくるはず」 仲間が懐いているのなら、信頼できると判断するのだろう。 簡単な話だ、と一同の顔に笑みが浮かんだ。 だが。 「それだけで済んだら、問題なかったんだけどね……」 と、イヴの表情は今一浮かない模様。 「どうやら、猫屋敷に犬のE・ビーストが接近しているよう。フェーズは1、数は2。牙と爪に毒を持っている以外、特に注意する点はないのだけど……」 猫の気配に誘われた、ということか。或いは、お猫さまが来たことが関係しているのか。 それは分からないが、ただ、このまま接近を許すのはマズイ、とイヴは言う。 「犬達が暴れたら、きっとお猫さまは警戒して出てきてくれなくなる。皆が戦闘するところを見られたら、尚更」 警戒心に満ち満ちているから、気を付けて。 と、モニターに一匹の白猫を映し出す。恐らくこれが件のお猫さまだろう。 眠たそうな視線を頭上に向けている。 「今のところ、人に対してはそこまで警戒を抱いていないみたい。観察中、って所かしら? だから、ここで警戒心を芽生えさせるような行動は、しないようにね」 それからE・ビーストの退治も忘れないでね、と念を押すようにイヴは繰り返した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月22日(木)22:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●猫屋敷手前にて。 春の気配が漂う、ある晴れた日の昼下がり。緑の匂いを孕んだ涼しい風が吹き抜けるのは、古い家屋が立ち並ぶ寂れた町外れ。点々と立ち並ぶ家屋に人の気配はなく、壁や塀には枯れ草が蔓延っている。庭の雑草は伸び放題で軽く草原のよう。 人の気配はしないが、時折用心深く顔を覗かせるのは、野良犬や野良猫達。 そして、その廃れた家屋の最奥に位置するのが、ここを知る者から猫屋敷と呼ばれている屋敷だ。数十匹からなる猫の群れが暮らしていて、今現在は異世界から迷い込んだ猫の女王も居座っている。 そんな猫屋敷に歩み寄る不穏な影が2つ。白と黒の毛色をした犬のエリューション。 そして、その2匹の前に立ち塞がるは、8人の男女。アーク所属のリベリスタ達だ。猫屋敷に通じる一本道を塞ぎ、犬達に対峙する。 「猫を傷つけようなんて許せないよ。容赦なんて必要ないよね!」 金髪ポニーテールを振り乱して犬に向かって怒鳴るのは『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)であった。愛用の武器を肩から下ろし犬に向ける。 「もう少し離れられんのか? ここでは、猫屋敷から見えてしまう」 華奢な身体に、強気な瞳と口元から覗く八重歯が特徴的な『黄昏の魔女・フレイヤ』田中 良子(BNE003555)が、背後を気にしつつそう言った。 「一応、ぬいぐるみを式にして送っておいたぜ。猫達と遊んでいるよう指示を出しておいたし、危険分子の見張りも任せてある」 『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)が言う。戦闘に備え、翼の加護の使用も忘れない。 「とはいえ、どうにも邪魔ですね。さっさと安全を確保して思う存分、もふもふさせてもらいましょうか」 バトルスーツに身を包み軍人然とした『銃火の猟犬』リーゼロット・グランシール(BNE001266)がそう言うと、周りから意外そうな視線が注がれた。 「……なんです? 自分とて可愛いものは好きですよ?」 不満げに唇を尖らせる。 と、その時、グルルと唸り声を上げていた犬達が、痺れを切らしたのか唾液を撒き散らしつつ地面を蹴った。犬達の目的はリベリスタ達ではない。猫屋敷に向かうことだ。小道の左右に展開し、リベリスタ達を避けて屋敷目指して駆ける。 「強結界を張っておく。動物にも効けばいいのだけど。猫達を怖がらせるわけにはいかないから」 いち早く反応し、猫屋敷手前までを結界で囲ったのは『蠍火』天音 礫(BNE003616)だ。これから倒すことになる犬達を、悲しそうな目で見つめる。 「ああ、わんわんにはお帰りいただこう」 力を纏わせた剣を身体の周りに旋回させ、自身を強化しながら『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が頷いた。 タン、っと軽い音で地面を蹴って、黒い犬が塀に上がろうと跳んだ。 その前に、焦燥院の術によって付与された小さな翼をはためかせ『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)が躍り出る。指先から伸ばした気糸で犬を絡め取り、地面に投げつけた。 「ここから先には行かせません!」 「うん。女王様に信頼して貰えるよう、気張るのじゃよ」 黒い犬とは逆側から屋敷へ抜けようとした白犬に向かって、式で作った鴉が襲いかかる。『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)の術によるものだ。 白犬は大きく後ろに跳ね、鴉から距離を取る。その隣では地面に叩きつけられた黒犬が、よろよろと身を起こしていた。 そこに追撃を加えようと、リーゼロットが前へ飛び出す。リボルバーを構え、走りだした白犬の前足を撃ち抜く。俊敏な移動を不可能にするためだ。 素早く正確な射撃は、一撃必中。リーゼロットは確かな手ごたえを感じた。 しかし咄嗟に右へ身を捻った白犬は、ギリギリの所で直撃を回避。だが、銃弾が前足を掠めたのだろう、少量の血が飛び散る。 「退いて!」 白雪が叫んだ。皆より数歩前へ出ていたリーゼロットが後ろに下がる。 彼女の顔の横を、数百は下らないであろう銃弾の嵐が吹き抜けた。2匹の犬は、必死の有様であっちへこっちへと、踏鞴を踏むようにして飛び跳ねそれを避ける。そこに容赦なく降り注ぐ銃弾の雨嵐。白犬の脚を射ぬき、動きが止まった所に追加の銃弾を浴びせる。ピタ、と突然銃弾の嵐が止んだ。弾切れだろうか。 そこに滑るような動きで駆け寄ったのは三輪だった。彼女の進行を邪魔するように黒犬が飛びかかるが、脅威のバランス感覚で壁や塀を足場に回避を図る。空中で、黒犬と三輪の身体が交差した。 「う……く」 爪が掠ったのか、彼女の服の一部が破れて散った。三輪は、身体を捻った不自然な体勢のまま影で作ったカードを白犬に投げつける。 しゅっ、という風を切る音。カードが白犬の首に突き刺さる。ビクンと一度、大きく身体を跳ねさせて、白犬の動きが止まった。ドス黒い血が口から洩れる。 一声、黒犬が吠えた。 仲間の死を悲しんでか……。それとも怒りによるものか。 三輪が黒犬に向かって飛ぼうとするが、身体が痺れていて動けない。 「待ってろ、オレが治療してやるからな」 焦燥院が三輪へ向かって走り出す。背後から三輪に襲いかかろうとしていた黒犬が、焦燥院の接近に気付いてターゲットを変更した。 「や、やらせはせんのだ」 月と薔薇の飾りが付いた杖を突き出し、田中が黒犬を凪ぎ払う。その間に焦燥院は黒犬の横を駆け抜け、三輪の元へ辿り着いた。 一度は凪ぎ払われた黒犬だったが、すぐに体勢を立て直し杖の下を潜って田中の足首に噛みついた。瞳に溜まっていた涙が零れる。 ペタンと尻もちをついた田中を無視し、黒犬は猫屋敷へ向かうべく駆ける。 「今、助けるから」 そう言った天音の口から、歌とも呟きともとれる声が漏れる。一定のリズムを刻んで唱えられた言葉は、傷ついた仲間の傷を癒した。 曰く天使の歌、と呼ばれる詠唱。 その間、犬の進行を防いでいたのは再び開始された白雪の乱射だった。 「さて。残るはお前だけだ」 「うん。ここを通すわけにはいかんのでのう」 朱鷺島と冷泉が式符で作った鴉を飛ばす。すい、と犬の足元を潜り抜け、その胴体に向かって2羽同時に下から貫くように舞い上がる。鈍い音がして、鴉の嘴が犬の腹に埋まった。 黒犬が血を吐きながら、上空へ持ち上げられる。否、持ち上げられるというよりは射ち上げられる、といった感じだろうか。 3メートルほど上空に射ち上げられた黒犬が、下に降りようと脚をバタつかせる。 「ケリをつけさせてもらいます」 パンという乾いた破裂音。その音からほんの一瞬遅れて、黒犬の額を一発の銃弾が貫いた。 飛び散った血が、周囲に降り注ぐ。おびただしい量の血液が、多かれ少なかれリベリスタ達の身体を濡らした。 「後は着替えて、お猫様を探すだけだな」 そう呟いたのは焦燥院だった。猫達と遊ぶことを想像しにやけている白雪以外のメンバーは、血で汚れた服を着替えるべく、三輪の用意してきた車に向かう。 二匹の犬の亡骸に、天音がローブを被せる。今にも泣きそうな顔を伏せた。 「望んで世界の敵になったわけじゃないのだろう。適切な場所で弔うよ」 ●日当たりの良い屋敷にて。 「猫いっぱい!? ……ぁ~~♪」 服を着替えて猫屋敷へ。一歩門を潜るや、数十匹分の猫の視線がリベリスタ達に注がれる。それを見て、白雪は早速自分だけの世界に突入した。 にやけきって、今にも涎を垂らしそうな締まりのない顔で、フラフラと猫屋敷に踏みこんでいく。見る者全てに癒しを与えるような笑顔を振りまき、猫達の中心へ。 ポケットに入れたマタタビ入り巾着袋の効能か、猫達が人に慣れているからか……。ぞくぞくと白雪の足元に猫が集まってくる。 「にゃ、にゃんこさんですっ! ……はっ、いや、可愛らしい猫達だ。人に慣れているのだな」 一瞬、トロンと蕩けかけた表情を無理やり引き締め、朱鷺島が白雪に続く。チラチラと周囲を見渡し、ディメンションホールの位置を確認する。もっとも、視界を埋め尽くす猫の群れに惹かれ、集中力は乱れ気味のようだが。 「猫達と遊ぶのは楽しそうですねぇ……。やはり定番でねこじゃらしを眼前で揺らしてみるとか、煮干しをチラつかせてみるとかしてみましょう」 と、リーゼロットがねこじゃらしを取り出すと、早速数匹の猫が彼女の足元に擦り寄ってきた。 「オレは猫が好きだ! だから、美味しいものを一杯持ってきた。皆、パーっと食べておくれ! できれば触らせてくれ!」 大量の煮干しやしらすを手に、焦燥院が笑顔を振りまいた。そのまま煮干しを地面に置こうとした焦燥院の手元に、小さな皿が差しだされる。 「お皿、持って来たので使ってください。食事の邪魔をしてはいけませんよ?」 と、餌皿を数枚、あちこちにセットして回り、三輪は縁側へ向かう。猫達をディメンションホールから遠ざけるように、餌皿を離しておく。 縁側に腰かけた三輪の膝に、3匹の猫がよじ登って来た。それを撫でて、ふふと小さく笑う。 「玩具は沢山準備してきたんでの。寄って来た子とめいっぱい遊ぶのじゃ」 そう言ったのは冷泉で、彼は田中の手にマタタビを握らせ、自分はねこじゃらしを揺らしながら、猫達から離れた場所でしゃがみ込む。 「さて、一番にこれで遊べるお猫様は、誰かのゥ?」 冷泉はにやりと、愉快そうな笑みでねこじゃらしを振っている。 「やぁ、名も知らぬ猫君。君達のダイニングは何処かな?」 キャットフードを開けるための皿がないか見まわしながら、塀の上で寝ていた三毛猫に天音がそう訊ねると、三毛猫は答えの代わりに天音の頬をぺロリと舐めた。 天音の頬にある蠍のタトゥーを獲物と勘違いしたのかもしれない。 「所で、君は行かないの?」 キョトンとした天音の視線の先には、猫屋敷入口で身を隠している田中の姿があった。瞳一杯に涙を浮かべ、そっと様子を窺っている。 「我は猫が苦手だ。幼き頃引っ掻かれてな。人懐こい? じゃれつく? ふ、ふははははは」 乾いた笑い声が口から零れる。ついでに涙も零れおちる。 「動物と触れ合うのも、楽しいですよ?」 リーゼロッテが田中に声をかける。田中の存在に気付いたのか、数匹の猫が田中の足元に集まっていった。彼女の手に握られたマタタビのせいかもしれない。コロンと、彼女の足元で腹を上にし寝っ転がる。 「い、いいだろう。貴様らがその気なら我も腹を括ってやろうではないかチクショウ! あぁ、もう。猫嫌い治るといいなぁ」 半ベソ掻きながらも、仰向け状態の猫に手を伸ばす田中だった。ぴょん、と田中の小さな手に向かって黒猫が飛びかかった。驚いた田中がその場から飛び退き、座り込む。 そこに追い打ちをかけるようにして、数匹の猫が群がって来た。半狂乱の田中だが、大声を出さないように必死に抑え込む。頬を伝う涙は、彼女の腹に乗りかかった猫が舐めとった。 猫から顔を遠ざける。が、そうすると地面に寝ころぶ形になってしまい、更に猫が纏わりつく結果に。ぞれでも必死で後ろに下がる。 途中で、同じように寝転がっている白雪を見かけるが、実に幸せそうな顔をしていた。近くに置かれた鍋の中には二匹の子猫が入って丸まっている。散々舐められたのだろう、彼女の顔は猫の唾液に塗れていた。時折「あ~、う~」とため息のような声が漏れている。 流石に見かねたのか、傍に寄って来た三輪が、白雪の顔をハンカチで拭う。作業を邪魔されないよう、反対の手に持ったスカーフを振って猫の気を引くようにしている。 やっとのことで庭の端まで逃げてきた田中と、それに付いてきた数匹の猫。背中に当たるのは塀の固い感触。これ以上後ろに逃げ場はなく、小さく震えている彼女の頭の上に、どこからか1匹の白猫が跳び降りて来た。 頭上の猫は帽子と一緒に田中の胸元に下りてくる。涙で滲んだ視界に映ったのは、雪みたいに純白の毛と、それから額にある三日月模様。 「お、お猫……様?」 猫にビビりまくる田中を見て、危険な相手ではないと判断したのだろうか。お猫様の相手は、自分の手に余ると思っていた田中は、気が動転してただじっとお猫様を見つめることしか出来ない。 「みゃぁ」 純白の猫は、しばらく田中を見つめた後、その鼻先をぺロリと舐めた。 「ぴぃ……」 喉の奥から細い悲鳴が漏れる。そんな田中を見て満足したのか、お猫様は楚々とした足取りで、屋敷へ向かう。仲間たちにお猫様の出現を教えようとした田中だったが、お猫様の真似をして近くにいた毛の長い猫が顔に飛び付いてきたため、それは叶わなかった。 最初に田中の姿が見えないことに気が付いたのは焦燥院だった。実際には姿が無いのではなく、猫に埋もれて見えなくなっているだけなのだが、猫と戯れることに夢中になっていた彼は、そんなこと知る由も無い。 「うん? 見当たらないな。天音、リーゼロッテ、田中がどこにいったか知らないか?」 焦燥院は近くにいた2人に声をかけるが、2人も田中の姿を見失っているようで、首を横に振るばかり。 「猫、苦手だと言っていたな」 と、天音が困り顔で答える。懐かれてしまったのか、肩の上に三毛猫を乗せている。三毛猫は天音の手からキャットフードを貰いながら、時折その頬を舐めている。 「見当たりませんね。さっきまでその辺りにいたと思うのですが」 リーゼロッテが、膝に乗っていた猫を地面に下ろして立ち上がった。不満そうな鳴き声が上がる。彼女はキョロキョロと辺りを見回すが、視界に映るのは猫の大群ばかり。 と、その中に一際目を引く美しい白猫の姿を発見する。チラ、と額に見えたのは三日月模様。 しかし、あ、と気付いた時には既に猫の群れに紛れて見失ってしまった。 ●お猫様お帰り。 「あぁ、幸せだなぁ~~」 半ば猫に埋もれながら、幸せそうな顔をしているのは白雪だ。流れるような金の髪には、1匹の薄茶の猫が包まっている。 「服、汚れちゃってますよ?」 鍋の中で丸くなっている子猫を撫でながら、三輪が溜め息を吐く。そんな彼女の目の前に、白猫が姿を現した。 「あら?」 額に三日月模様。お猫様だ。じっ、と三輪の様子を窺い、恐る恐る傍に寄って来た。寝転がる白雪の腹の上に座り込み、三輪のことを観察する。 頭がいい、という事前情報がある為、迂闊に手を出せないでいる三輪。仲間を呼ぶ行為も、もし万が一警戒心を抱かせたら、と思うとできないでいる。 三輪の様子がおかしいことに気付いたのか、朱鷺島と冷泉が寄って来た。 「ん? お猫様だ。こんにちは、お仲間と遊ばせて貰っているのだ」 冷泉の言葉に、みゃぁ、とお猫様が答えた。構わん、と言っているように見えた。 「姫、こちらのクッキーは如何ですかな? それとも、ブラッシングでも?」 冷泉がクッキーとブラシを掲げて見せる。お猫様は首を前に倒す。どうやら言葉は通じているらしい。冷泉がそっと、ブラシを持った手をお猫様に伸ばす。 「ボク達はこの世界を守るものなのだ。あなたは別の世界からの迷子だと思うのだが、どうだろうか?」 お猫様の視線が、庭の隅のディメンションホールへ向く。どうやら、自分が別の世界から迷い込んだことは理解しているらしい。 「実は、ここにあなたがいると、悪いものを引き寄せる可能性が高いのだ。仲間たちが怪我をする可能性もあるし、できれば帰って欲しいと思うのだ」 真摯な態度で訴えかける。お猫様は、黙って朱鷺島の話を聞いていた。やがて、お猫様の存在に気付いた仲間達も集まってくる。 「ここは君の安住の地足り得ない」 「他の猫達にも危険が及ぶかも知れねぇんだ。帰っては貰えないだろうか?」 天音と焦燥院も、お猫様の前にしゃがんで、帰って欲しいと伝える。 「みゃぁ」 お猫様は、ぴょんと焦燥院の頭の上に飛び乗ると、にゃァご、と一声大きく鳴いた。その声に答えるように、猫屋敷中の猫達も鳴く。 暫くの間、にゃあにゃあと鳴いていた猫達だったが、やがてディメンションホールまでの道を開けるよう、左右に別れて並ぶ。やっとのことで猫から解放された田中がリーゼロッテの後ろに、隠れる。 「みゃぁ。みゃぁぁ」 お猫様が鳴くと、それに答えるように他の猫達が悲しそうな鳴き声を上げる。まるで、別れを惜しんでいるようにも見える。 焦燥院は、猫達の作った道を通ってディメンションホールへ近寄っていく。 「あ~う~……。お猫様が、お猫様が帰っていく……」 ハンカチを振りながら白雪が別れを惜しむ。 「元気でおるのじゃよ?」 と、言ったのは冷泉だ。その隣では、朱鷺島がお猫様の首に鈴の付いたリボンを巻いている。 天音が余ったキャットフードを風呂敷に包む。ホールの傍で待機していた焦燥院の式神が、天音の手から風呂敷を受け取った。お猫様に付いて行く役割を与えられた式神だ。 お猫様は、最後に一声「みゃぁ」と鳴くと、ディメンションホールに飛び込んだ。焦燥院の式神もそれに続く。猫屋敷中の猫達が、みゃぁみゃぁと鳴き声を上げる。 お猫様を見送ってから、リーゼロッテがディメンションホールを破壊する。これでもう、お猫様がこの世界に迷い込むことはないだろう。 後は、猫達に別れを告げ帰るだけだ……。 「所でさ、この子離れないんだけど、連れて帰っていいかな?」 白雪の髪には、未だ薄茶の猫が包まったままだった。 にゃァ、と彼女の肩で嬉しそうに猫が鳴いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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