●逆棘の伝承 やがて吉備の地に辿り着いた吉備津彦はついに温羅と相対することと相成った。 温羅の棲む鬼ノ城に対し、吉備津彦は現在の楯築の地に多数の岩楯を立て、温羅と交戦することになったのである。 温羅は鬼ノ城山の上より山のように巨大な岩を吉備津彦へと投げつけた。吉備津彦は同様に岩楯の裏より温羅へと弓を射かけた。 岩と矢はぶつかり合い、地へと落下した。その場所は現在、矢喰の岩と呼ばれている。 やがて吉備津彦の放った逆棘の矢は温羅の片目を貫き、そこからは大量の血が噴出し川となった。それが現在の血吸川である。 矢を受けた温羅は自らを鯉に変化させ、血吸川を下り逃亡した。吉備津彦は温羅を追うために自らを鵜に変化させ、捕らえた。 温羅が捕らえられた場所は鯉喰神社が立てられ、現在に伝えられている。 ●禍鬼、かく語る 「だからよ、聞いてくれよ右獄左獄」 吉備津神社。岡山県下にいくつかある大きな寺社のうちの一つであり、その本殿は国宝に指定されている場所である。 歴史的、文化的双方から重要であるこの神社ではあるが、現在その境内には不浄なる者と言って過言ではない存在がたむろしていた。 「俺はよ、この地域が大量の妄執や怨念に満ち溢れさせて人間共が苦しめばいいと思ってんだよ。だからこそじわじわと怨念をばらまいてきたわけよ」 境内に存在するのは大柄な肉体を誇る一団。現在、鬼ノ城を中心として活動をしている鬼達である。 その中でもこの事態を引き起こした張本人とも言える、禍鬼。そしてその側近である右獄と左獄。そして部下である精鋭直属の鬼の兵士達。それらが敷地内を徘徊している。神域など何するものぞ、と言わんばかりに。 そして禍鬼は愚痴々々と言葉を垂れ流していた。不平を隠すことなく、余すことなく吐く。それらは彼が現状に満足していないからだ。 「それがだぜ? 温羅様が復活した途端、一部に溜まってた怨念が消し飛びやがった。今までじわじわと仕込んできた楽しみがパーだ。まるで復活に備えてたみたいによぉ」 禍鬼にとって不満であったのは、自らが仕込んであった何か。より人間が負の感情に囚われるように行っていた企みが台無しになったという事実。 この時代ならば干渉されるはずがなかった。だが、それは見事に対策されており、禍鬼の企みの一部は妨害されたのだ。 「間違いなく仕込んでやがったんだ、吉備津彦のヤロウがよぉ。恐らく例の矢だ、あの忌々しい破邪の力を持った矢。念入りすぎて反吐が出る。だからあいつは気に入らなかったんだ、クソ」 かつて鬼を討伐した吉備津彦。彼と、鬼を放逐した後の人類は、いつかくる未来の為に残していたのだ、対抗手段を。後の未来の人々の為に。 「な? そんな俺が可哀想だと思わねぇか?」 「知らん」 「どうでもいい。それより例の物――矢はやはり本殿内のようだな」 禍鬼の言葉に対し、右獄左獄の両名は素っ気無くあしらう。部下ではあるが敬意はない。それは全て禍鬼という鬼の愚痴は益体も無く、今の目的においてはどうでも良いという事故に。 「つれないなぁ、オイ。本殿内だな、間違いなく。持って帰ればオシマイ、簡単な使い走りってやつさ」 敵の手に渡る前に、対抗手段である矢――逆棘の矢を入手すること。それだけならば造作もないことなのだが。しかし禍鬼には懸念がある。 「……ただ、あの鬼退治の連中がまたくるかも知れねえ。あいつら、こっちの動きが解ってるかのように何かしようとすると現れやがる。昔の奴らほど強くはないが、とにかくしつこいったらありゃしねえ」 そう言いながら本殿内へと入り込んでいく鬼達。その祭壇の上には確かに存在していた、逆棘の矢が。当時の時代に作られたとは思えないほどにしっかりと精錬され作り出された矢。返しのついたその姿は、破魔の力を漂わせている。まるで吉備津彦らの鬼を討つ意思が乗り移ったかのように。 「何、その時は始末してやるまで。せっかくここに面白い得物があったわけだしな」 右獄が舌なめずりをし、手にした武器に目を向ける。その手に収まっていたのは、一本の日本刀である。ただ一点異様な場所を挙げるとすれば……それは大鬼である右獄が所持しても十分適応するサイズの太刀である、という事。 「人間の鍛冶技術というのは進歩したものだな。我々の時代においてはこんな見事な刃は作れなかった。その点だけは褒めてやってもいいだろう」 鬼達の時代の鉄器は鋳造、研磨にとって作られていた。後の時代に生まれた鍛造を行うことで研ぎ澄まされる日本刀というものは、高水準の武器なのだ。 一方そういった右獄の様子を見ながら禍鬼は内心ほくそえんでいた。 (こいつらは本当に単純だ、まさに鬼の鑑だぜ。言われたとおりに従い、暴力を思いのままにばら撒く。単純すぎて利用しがいがあるぜ) 禍鬼にとって信頼するものは自分自身。他の全てがただ利用する為の存在なのだ。自らの目的の為に。そう、例え王であろうとも。 (温羅だってそうだ。昔の理性と暴力を兼ね備えた鬼の王ならまだしも、今の胡乱な王ならばいくらでも誤魔化せる。利用するも切り捨てるも思いのままだ、選択肢が多いというのは自由だ。素晴らしいぜ、キシシシシ) 彼が求めるものは、人々の怨嗟と絶望。負の感情こそが禍鬼の求めるものであり、その為ならばなんであろうとも行使する。 (ならばこの矢も同様だ。吉備津彦の野郎は面倒なものを残してくれやがったが、だったらそれも利用するまでよ。あの野郎への意趣返しにもなるしな) 禍鬼の思惑はどこまでも俗悪。他の鬼よりも異質であり、より悪質な情念に満ちている。その思惑は、決して他の鬼達は知ることもなく。鬼達による神域の蹂躙は行われる。 「何ならばすぐに襲撃してきても構わんがな。さて、持ち帰るとしよう」 右獄がそう言うと鬼達は互いに頷き、逆棘の矢へと手を伸ばした。 かくしてまずは逆棘の矢は鬼の手に。 ●ブリーフィングルーム 「温羅が復活した。ついでに鬼ノ城も」 ブリーフィングルームにて、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がリベリスタ達へと言葉を放つ。 現在、鬼ノ城の復活によって岡山近辺の神秘的事情は緊急事態へと突入していた。だが、一刻を争いはするが迂闊に手を出すことが困難な状況である。 鬼の勢力は強大であり、また温羅は不完全な復活とはいえ強い力を持つ。ましてや今は不完全とはいえ、いつ万全な状況に戻らないという保障もないのだ。 「対策を、万華鏡とアシュレイの『21、The World』の二つを使って頑張って考えた。何かいい方法はないかと」 神代の伝承というものには、常に討伐者による何かが存在する。それは武器であったり、技術であったりする。強大な敵に打ち勝つための条件のような何かが。 温羅とて例外ではない、そう考え過去を読み、未来を読み、やがて一つの結論に辿り着いた。 「温羅を討伐するのに使われたアーティファクトが存在するみたい。それは温羅の封印が解けるのと同時に復活してる」 そのアーティファクトは逆棘の矢というらしい。それは吉備路において吉備津彦伝承に関わる各地に封じられており、今姿を現したのだ。 かつて吉備津彦が使い、温羅の目を貫いたという記述が残る武具。それは温羅を倒すに当たって有効な力となるだろう。 「だけど、鬼達もそれを放ってはおかない。こちらの予測よりも相手の行動は早く、奪取に向かってるみたい」 当然鬼にとって最大の障害となるそれら、復活したとなると奪取に動く。交戦は避けられないだろう。 「本当ならもっと戦力を回したいけど……他にも油断ならない状況だから」 鬼以外にも崩界の進行により多数のエリューションも出現している。さらに主流七派の暗躍もとまらず、特に六道の動きは激しい。まわせる戦力も一定数である……ということだ。 「また厳しい戦いになると思うけれど……頑張って」 イヴはリベリスタ達を真っ直ぐ見つめ、言う。せめて厳しい任務に向かう皆が、無事であるように。その願いを込めて。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月24日(土)00:10 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●吉備津の神域 「案の定だぜ。本当にしつこいな、この時代の連中はよ」 キシシと哂う鬼一人。 吉備津彦伝承の残る地としても、建築物自体が唯一の国宝に認定されており、彼の伝承を語る上で外せない地となる神域、吉備津神社。その地において、二つの勢力は相対することとなる。 アークにおいて『万華鏡』と『21、World』の二つによって予知された温羅対策。それらが導き出した回答は対抗策である『逆棘の矢』であった。 それの一つが存在すると言われていたのが、この吉備津神社である。 即座に現地へと向かったリベリスタではあるが、すでにその場には鬼があり、矢は既に彼らの手の内にあった。そしてその鬼達を率いるのが眼前で哂う鬼、禍鬼である。 「お前らが手にした矢、大人しく渡してもらおうか!」 『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)が鬼達へと声を掛ける。 その矢はお互いにとって必要不可欠なもの。いや、鬼にとっては不必要極まりないが故に手にしておかねばならぬもの。 「そう言って大人しく渡す馬鹿がいるとでも思ってるのかよ? もしそうならばお目出度い頭してるぜ、キシシシシ!」 その要求に対し嘲るように哂う禍鬼。お互いの求めるものが同じならば、奪い合うしかない。そのような事は何よりも明白で、またお互いにそうなることは予想の範囲。 「私達はその矢を持ち帰らないといけないんだよ。……皆の希望だから」 「ならばそれは鬼の絶望ってわけだ。世の中の二面性ってのは面白いぜ、誰かの幸せは誰かの不幸って奴だ。ならば人間に不幸になって貰いたいね、俺は!」 三度目の相対となる『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)の覚悟に対しても禍鬼は嘲る。挑発し、引っ掻き回すことで苛立たせ負の感情を引き出そうと。 呪われし怨念の鬼はそれを望む。全ての人類が不幸でありますように。 「貴様ならそう言うと思っていた。ならば力づくで奪い取るまで」 同じく何度かの邂逅を経てきた『我道邁進』古賀・源一郎(BNE002735)が拳を握り踏み出す。何よりも単純な法則があり、鬼達が尤も好む手段。それは暴力である。 より強いものが得、弱いものが失う。なによりも原始的にして明確な理屈。 「解りやすくて良い。敵同士が相対したならばそれで良い」 その単純な理屈を愛するは右角の鬼、右獄。 この場においてなによりも戦いを楽しむ性質を持つ右獄は、力での解決を快く感じていた。ましてやこの神社に奉納されていた一振りの刃。それが彼の戦いへの渇望を、より高めていた。 「鬼というものはどうにも単純でございますね。力があるが故のその態度なのでしょうが」 なんの因果か、鬼を関する『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)の態度は至極冷静。かつて携わったビジネスと同様に、理詰めで考え分析し、鬼へと相対する。 されど彼もまた、この場において油断なく様子を窺っている。力と力がぶつかる環境において、活路を見出さんと。 お互い言葉と言葉をぶつけあい、次第に場に満ちる緊張感。その最中、一人の歓喜の声が響く。 「いいねぇ、喧嘩! 鬼と喧嘩だ! いっぺん鬼とやり合ってみたかったんだ!」 『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)の歓喜の叫び。戦いを好み、戦いに生きる性質は別に鬼だけではない。人間にもそういった性質の人種は存在する。 モノマはそういった性質の持ち主である。強者がいれば戦いを挑み、勝利を望む。若い血潮が戦いを求める。それ故にこの戦場はもってこいのシチュエーションであった。 一方、恐れをもって戦場に立つ者もいる。 (私、なんでここにいるんだろう……怖い、怖いよ) 未だ歳若い『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は、年齢相応の恐れを抱えている。 彼女とて数々の修羅場を潜ってきている。だが、必ずしも慣れるものではない。人によっては生涯抱え続け、戦場に立つことになる種の感情である。 (……でも、一般の人は。もっともっと怖い思いをしてるんだよね。意味もわからずに) それらを越える為の意思、それが覚悟である。彼女は戦う覚悟をしてこの場に立った。自分の身を使うことで、戦う手段を持たない人々の為に戦うことを選んだのだ。 「――絶対に皆と、矢を持って帰るんだから」 それ故にアリステアは今、ここにいる。暴力の権化とも言える鬼の前に立っているのだ。 「キシシ、言葉に反して怯えが漏れてるぜ? 甘美な恐怖の感情がよぉ!」 禍鬼はその感情を敏感に読み取る。自らの糧であり、喜びである人間の負の感情。それを禍鬼は捉え、煽る。 「黙れ。我が民であり同士でもある者を愚弄する事は許さぬ」 その言葉に男は異議を唱える。自らを王と称する『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)は、民草の為に自らが前に立つ。 覚悟を決めた民の為に立たず、何が王か。彼の矜持はどのような場でも、どのような相手でも揺るがない。 「待っていろ。――直ぐに我自らの手で、貴様ら全てに引導を下してやる」 「その通りですぅ。倒れたクェーサーのリベリスタさん達の為にも」 小鳥遊・茉莉(BNE002647)が言葉を繋ぐ。幾人かの脳裏には以前の戦いで倒れていった者達の姿が浮かんでいる。 クェーサー率いるリベリスタの一部。温羅の復活を阻止する為に、阻止しきれなかった為に、命を落とした者達。彼らの無念を晴らすためにも、この戦いを征して矢を持ち帰らねばならないのだ。 「さあ始めるぞ、人間。欲しいものは実力で勝ち取るがいい!」 右獄が叫び、巨大な刃を構える。号令と共に、周囲を取り巻く鬼の兵も武装を構え、リベリスタへと相対する。 彼らもまた、精鋭と呼ばれる兵士。それらの立ち振る舞いには実力の片鱗を窺わせる、隙の無さと圧力を持って壁と成していた。 「それはこちらの台詞だ。実力で奪い取らせて貰う!」 『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)の右目が赤い光を放つ。始まる戦いに対する緊張と高揚が、彼の肉体に納められた機械の部位を活性化させ、臨戦態勢となった証だ。 「今まで何度か出し抜かれてはきたけれど……」 人一倍の覚悟を見せる者がいる。『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)。彼女は幾度となく禍鬼と戦い、決着をつけることが出来ないまま、この三度目の邂逅へと辿り着いた。 (地力では適わないかもしれない。けれど、古の悪霊には――あの祟り鬼にはないものが、私にはある) 苦渋を舐め、苦心をし。苦痛と苦悶の中で活路を見出し続けたこれまでの戦い。そしてアークにおける修練、鍛錬、訓練。全てが今、この場の為に練り上げられてきたもの。 そう、彼女にあるものは絶え間なく成長し、変わること。自らを鍛え上げ、目標を達成せんとする決意。 「今度はむざむざやらせはしません!」 舞姫が叫び、抜刀する。その脇差『黒曜』もまた鬼と相対すること三度目。愛用の武器と研ぎ澄まされた意志を以って、今ここに戦いの幕は開く。 ●激突 「開戦と――行きましょう!」 リベリスタ達の行動は早かった。万華鏡によって予測された相手の布陣、かつて相対した際の相手の立ち回り。それらを基にリベリスタは策を練り、望んでいる。 開戦を告げる一撃は、茉莉の放つ爆炎だった。 彼女が手を一閃すると同時に、鬼達の中へと炎の華が咲く。爆音が響き、周囲の砂利を弾き火柱を上げる。複数の鬼達が巻き込まれ、衝撃と熱に苦悶の声を上げる。 「もう一発!」 そこにすかさず、ウェスティアがもう一撃の爆炎を叩き込む。二つの炎は相互に空気を巻き込み、一体化して巨大な炎となり鬼達を蹂躙していく。 「うおおおおおっ!」 「さあ、おっぱじめようか!」 爆炎と同時に風斗が、モノマが、気勢を吐く。猛進の気の強い二人が切り込もうとした時――火煙の向こうより、鬼の集団が攻め寄せた。 「――来たか」 その様子に源一郎もまた、身構える。以前の鬼であれば、守りに徹していただろう。だが、今回は状況が違う。向こうは目的のものである矢を持っており、逃げれば済む状況なのだ。ならば戦う際に待ち受ける道理はない。攻め入ればいいのだ。 そして攻め入る時にこそ、鬼の戦闘力は生かされる。自らの腕力を最大限に生かした一撃は、相対する敵を蹂躙する。 「人間が!」 「死ねィ!」 鬼の兵達が次々と刃を振るい、リベリスタへと襲い掛かる。それらの攻撃をリベリスタ達は、かわし、受け、傷を増やす。抉られし傷口からは血が噴出し、地に撒かれた砂利を赤く濡らしていく。 リベリスタ達もそれらの兵へと応戦する。もとよりリベリスタの作戦としては、周囲から倒して行き隙を作る目的があった。 結果としてその場は乱戦に突入することとなる。前衛も後衛も入り乱れる、血みどろの戦場に。 敵の兵数はリベリスタ達とほぼ同じ人数である。ならば、どう戦おうとも前衛が取りこぼすこととなる。結果として後衛にも肉薄する敵が現れる。指示を出す者もまた、そこを突いてくるのだ。 「敵の支援を断て! 後衛から叩くのだ!」 右獄、左獄らの指示によりすり抜けた敵が後衛へと向かい、襲い掛かる。前衛もまた、正面から激突して戦端が開かれた。 「くそっ、そこを……どけ!」 零児が普段愛用する得物とは違う、巨大なボウガンを振り回す。零児の膂力をもって振り回されたボウガンは大質量の鈍器となり、鬼達を打ち据える。 「――させん!」 源一郎もまた、打ち据えられた鬼兵士の脇をすり抜ける。そのまま振り返りざまに鬼兵士の首へと強烈な一撃を叩き込んだ。 鮮血を噴出し、前のめりに崩れ落ちる。そこへ他の仲間から飛ばされた疾風の刃が鬼兵士を抉り、兵はそのまま絶命した。 しかし兵達もまた、精鋭。正面からの戦闘においては、決して優しい被害ではすまない。 前衛後衛問わず、刃が振るわれ次から次へと傷を生む。剣士も、術師も、癒し手も区別なく。 「おっと、いけませんな。レディには優しくしなくては」 それらの攻撃を正道がその身を盾にして相手を受け止めることで、後衛への被害は抑えられていく。アリステアが無事ならば、立て直すことは可能なのだ。 「ありがとう! わたしが癒すから、皆安心して戦って!」 アリステアの紡ぐ旋律は戦うリベリスタ達を癒し、戦う活力を取り戻させる。このまま戦い続けていけば、劣勢となることはないはずである。 だが、鬼は兵士だけではない。相手が攻め気であるならば、他の鬼も黙っているわけがないのだ。 「左獄よ」 「何だ、右獄」 指示を飛ばしながら戦場を窺っていた二体の大鬼が言葉を交わす。 「そろそろ我も戦いの愉悦を愉しみたいのだが。構わんな?」 「構わん。我もそろそろ一暴れと思っていた所だ」 二体の鬼が顔を見合わせ、獰猛な笑みを浮かべる。兵だけで済むわけがない。二体の指揮を取る鬼もまた、鬼である。暴力に酔い、戦いに快楽を求める種族なのだ。 「行くぞ、人間共!」 「苦悶の中に死ぬがいい!」 二体の鬼が地響きを立て、砂利を蹴散らし猛進する。立ち塞がる人間を蹴散らし、蹂躙する為に。 「キシシ、二人の本気が久々に見れるというわけか。人間共、どう出るかね? 根性だけでは二人には勝てねえぜ?」 その後ろにて哂う、祟り鬼。どこまでも人間の苦しみを愉しみ、戦いに絶望のスパイスが添加されることを期待して。 「さあ俺もやるかぁ! もっともっと絶望し、悲観し、負の感情を撒き散らしな!」 かくして全ての鬼が戦いの場に。血は血で洗われる。聖地の土と砂利を濡らして。 ●逆棘顕現 一方、リベリスタ達は焦れつつあった。 逆棘の矢を鬼の誰かが持っていることは確実である。だが、戦端開かれてから今に至るまで、未だ矢の在り処は特定できず。 兵士は入り乱れ、全ての者は無事で済まず。癒しの力があってしてまた、消耗は激しくリソースは削り取られていく。 その最中である。その戦場に、暴力が降臨した。 「「グオォォォォ!」」 二つの巨大な咆哮が響き渡り、巨体が乱戦へ踊りこんでくる。 右獄と左獄。二体の鬼が雪崩れ込み、嵐のような勢いでその得物を振り回す。 巨大な刃と巨大な槍。その一撃は重量と腕力により暴風の如き一撃となってリベリスタ達を打ち据える。 「ぐぁっ!」 「くぅぅっ……!」 巻き込まれた者達が鮮血を撒き散らし、弾き飛ばされる。半円に組み上げられた陣形を強引に切り崩し、二体の鬼は強引にその身を捻じ込んでいく。まずは支援を絶つ、その目的のままに。 だが、右獄と左獄の二人が動き出した場合に補う者は存在する。 「ここは通さぬ。我を打ち倒して推し通るが良い!」 「さあ始めようぜ! 鬼と人間、ルール無用の大喧嘩だ!」 刃紅郎とモノマ、二人が即座に二体の進路を塞ぎに掛かる。例え未だ絞り込めずとも、強力な鬼の二体を後衛に通すわけにはいかない。ならばその身をもって止めるのみ。 「貴様は以前にも見たな! 今度は愉しませてくれるのだろうな!?」 右獄が戦いに対する期待を込めた声を上げ、手にした刃を振るう。 「笑止。我は道化にあらず、愉しみたいのならば貴様の部下に芸の一つもさせておけ!」 同様に刃紅郎も愛剣、獅子王の名を冠する『煌』を振り回す。二本の刃がぶつかり合い火花を散らし、金属音が甲高く響く。 右獄の持つ刃、それは吉備津神社に奉納されていた一本の刀である。 その長さは三メートルを越す体長である右獄よりもさらに長い。刃も長く、柄も長い。まともな人間では振るうという発想すら思いつかぬ、常軌を逸した刃。 何よりその刃が常軌を逸しているのは――それだけの常識外れの武器でありながら、実戦で使うために作られているという事実である。 拵えは他の古刀と一切遜色なく、重量のバランスと流れに気を使われた刀身。その長さを安定させるために長くとられた柄。それらは全て、人を切る為に。 その刃の名は『備州長船法光』という。右獄はそれを接収し、振り回しているのだ。神域に納められた刃を、人に仇名す為に。 「人間を褒めてやろう! これほどの素晴らしい剣を作り上げるとはな。まさに鬼の為に作られたかのようではないか!」 「優れた刃であろうとも、心根の歪んだ者には優れた剣を振ることは出来ん!」 お互いに持てる膂力と技のままに、刃をぶつけ合う。舞い散る血と渦巻く剣風、生まれた暴風域は乱戦の最中にあってもまた、異質であった。 「どけ、人間。それとも貴様が我を満足させるか?」 「おうよ、最高にイカした喧嘩を満喫させてやるぜ!」 一方左獄とモノマもまた、交戦を始める。槍は元来長い得物である。だが鬼が使うならばそれはより巨大なものとなる。 一方モノマは無手である。素手戦闘と槍の技、その双方には圧倒的な間合いの差がある。だが、逆にいえばショートレンジにおける優位は素手にあり、間合いを奪い合う戦いとなっていた。 左獄が大槍を振り回せば、モノマは飛びずさりその一撃をかわす。モノマが飛び込もうとすれば左獄は巧みに大槍を操り、間合いへと飛び込ませぬよう牽制する。 微妙な均衡は続き、攻防は繰り返される。その最中、モノマが相手の刃を掻い潜り、懐へと飛び込んだ。 「こいつを食らってな! 迅雷ッ!」 「ぐぁぁっ!」 懐に飛び込んだモノマの拳が闘気と全身のバネを用いて捻り込まれる。拳は莫大な闘気を纏い、手甲の『咆哮搏撃』を伝って放電を起こす。 電光弾ける音が武器の名の如く咆哮を上げ、左獄の腹へと突きこまれた。衝撃とスパークが大鬼の巨体を貫き、左獄が絶叫を上げる。 しかしその一撃もまだ左獄に対して決定打を与えるには至らない。鬼の体力は凄まじく、一撃二撃ではなく、徹底的に叩き込み続けなくてはいけないのだ。 「小癪な!」 左獄が薙ぎ払うように槍の柄を振り回し、再びモノマとの距離を引き離した。強き鬼との戦いは長引き、戦線を膠着させていく。 時間は更に流れ、お互いの負傷は更に蓄積していく。鬼の兵士も数を減らしつつあり、後方の安全も徐々に確保されつつあった。 されども状況は決して万全ではない。一度は膝をついた者も多数あり、運命の寵愛がなければすでに力尽きた者がいてもおかしくはないのだ。 「まったくお前らちまちまと。もっと以前のように悪意をぶつけてこいよ、ああ?」 禍鬼がリベリスタ達へと挑発する。逆撫でするように、口汚く。されどもリベリスタ達は誘いに乗りはしない。 「そのような手に乗るものですか!」 舞姫が真っ直ぐに言い返す。禍鬼が悪意を操り返してくるということは知っているのだ。すでに知れた手の内にむざむざと飛び込むリスクを抱える必要はない。 「まったく、お前らは臆病だ! ならば俺がお前らに悪意をくれてやるよ!」 そう叫ぶと禍鬼は周囲より怨念を集め始める。無理に相手から悪意を引き出す必要はない。彼の持つ技を行使するならば、自ら怨念を操り集めればいいだけなのだ。 禍鬼の周囲に黒く淀んだ気配が纏われる。だが、その瘴気は放たれた淡い光によって散らし、払われていった。 「させないんだから!」 アリステアが放った淡い光。その光は悪しき気配を払い、禍鬼の行使すべき術を妨害する。 「……つれないねぇ、テメエら!」 されども禍鬼はにたりとした笑みを絶やさない。払われたならば再び集めればいい。相手には癒し手が一人しかいない。ならばいつかは限界がくるのだから、その時を待てばいいのだ。 (――このままではまずいな) 乱戦の最中、零児は思考する。未だ矢を特定することは適わない。ならば、思い切った行為で特定を狙っても構わないのではないか、と。 「逆棘の矢よ!」 零児は叫んだ。呼びかける先は逆棘の矢。意志無きアーティファクトといえども、鬼を討ち果たす意思があれば応えてくれるのでは。希望的観測に基づいた、不明瞭な行為。 「俺達は吉備津彦の遺志を継ぎ、鬼を討ち果たす者! 今こそこの呼び声に応えてくれ!」 呼びかけは続く。太古の英雄の遺志が、矢に宿っていると願い。少しでも繋ぐ望みとなることを願って。 「阿呆が! 最早願望を口にするに留まるか!」 右獄がその言葉に対し、嘲る。自らの意思を放棄し、他者に任せるが如き態度。それを脆弱と切り捨て、右獄は零児の言葉を嘲った。 ――だが、その時に茉莉は気づく。他者より優れた観察眼を持った彼女の視覚は、右獄を視界に捕らえた時に気づいたのだ。 禍鬼が集める瘴気。それが右獄の周囲に近づいた時に、雲散していることに。 「まさか……!」 破魔の力を持つ逆棘の矢。それがもし、周囲の瘴気を打ち払っているのだとしたら…… 即座に茉莉がサインを送る。それは事前に決めておいた符丁。仲間達同士、目的の物を発見した時に行うべき行動。逆棘を捕捉した、という合図。 瞬間、リベリスタ達の動きが変化した。 「楠神ィ! ここは任せた!」 「応!」 モノマが左獄から飛び退き、風斗がスイッチする。 「貴様、戦いを挑んでおいて逃げるか!」 「俺達には譲れない目的があるんだよ!」 左獄の怒鳴り声にモノマは後ろを振り返ることなく走り抜ける。 「お前の相手は――この俺だ!」 風斗の握る刃、彼の立場と同じ名を関する『デュランダル』。それは風斗の闘志に反応し、赤いラインが光を放つ。同様に身に纏った装甲外套も光を放ち、赤い一塊となった男は左獄へと渾身の一撃を叩き込んだ。 「どけ、小童!」 「断る!」 激突する二つの影。大鬼と赤いシルエットが交錯し、互いの目的を果たそうとする。追撃と、阻止が。 その最中に左獄へと練り上げられた念の矢が突き刺さる。それは正道が放った一撃。相手の注意をひきつける為、風斗と同じく左獄に妨害をさせぬ為の一撃。 「なるほど、あそこに矢があるのですな。ところで、彼の温羅を封印した吉備津彦の力、貴方は興味がありませんか?」 正道は左獄へと問いかける。彼の意思を、相手の連携を切り崩す為に。時に言葉は武器となる。 「貴方々が手にしている逆棘の矢、それがあれば王を御する事も、或いは取って代わる事も出来るかもしれない、と。そうお考えにはなりませんかね?」 正道の揺さぶりは、禍鬼の思惑を基に投げかけられる。 万華鏡の予知した禍鬼の思惑。明確ではない、だが仄かな翻意。いや、翻意ですらないかもしれない。自らの快楽を押し通すその性根。それを揺さぶらんと正道の言葉は紡がれる。 「正気ではない。王は偉大にして最強、例え力が支配する鬼の世界で矢を以って力を封じようと、取って代わる等出来るものではない!」 正道を睨み付け、左獄が憤慨し答える。王とは強き者。ならばそれに取って代わるなど、出来るはずもないと。 「なるほど。しかし……あちらの大将はそうは思っていないようですがね」 顎で促すように指す先にいるのは、禍鬼。人の怨念を快楽とする鬼。自らの利己を求める存在。 「左獄よォ、わかってんだろ? 例えそんな吉備津彦のヤロウの玩具があっても、非力な俺が王に通用するわけがないってよ?」 キシシと哂う祟り鬼。鬼達にとって、温羅の力は圧倒的である。例え矢を以ってして王が討たれた過去があろうとも。それを利用しようとも、王に成り代わるなど考えはしない。 そう、一人。狂気の鬼を除いては。 一方左獄をかわして駆けるモノマは、禍鬼へと肉薄する。 「よう禍鬼! てめぇはここで俺と遊んでな!」 「舐めるな人間! 例え俺でもテメエ一人に遅れはとらねえよ!」 売り言葉に買い言葉。互いの感情をぶつけあい、睨み合ったその瞬間。 「この時を待っていた!」 一人の人影が踊りこんできた。金色の髪に青い瞳。隻腕すらも苦にはせず、自らの意志を貫きに、舞姫は禍鬼へと飛び掛かる。 「また来たのかよ、金毛の小娘!」 「立ち塞がるのはそっちでしょう!」 脇差を握り、冷気を纏わせ禍鬼へと舞姫は切り掛かる。以前と同様に、愚直に、真っ直ぐな太刀筋で。禍鬼も見るのは一度ではない。それを以前と同様にいなし、かわす。 その瞬間、舞姫の太刀筋が変化した。 「――!? あっぶねえな、オイ!」 かろうじて身を逸らし直撃を避ける禍鬼。冷気の刃は鬼の肌を浅く削ぎ、決定打には至らない。だが、変化する動きは禍鬼の意表を突くことは出来た。 「へぇ、そんな動きも出来たのかよ!」 「わたしは以前と同じわたしじゃない!」 修練に次ぐ修練が、動きに変化をもたらす。以前の技を代償に、新たな動きを作り出して天然のフェイントを生み出し、少しでも禍鬼に刃を届かせる為に。 「おっと、俺も忘れてくれるなよ!」 すかさず禍鬼にモノマが飛び掛かる。同じく冷気を纏った拳が禍鬼を打ち据え、パキパキと音を立てて氷に包み込んでいく。 「またも馬鹿の一つ覚えみたいにピキピキと! 寒みぃんだよ!」 冷気を振り払い、禍鬼は再び怨念を集める。例えどれほど肉薄されようとも、彼の技は多数の敵を無力化する。それ故に禍鬼も愚直に技を練り上げる。千載一遇のチャンスを図って。 「お前達を行かせはせん!」 強き鬼だけではない。数が減ったとはいえ、鬼の兵士はまだ存在する。精鋭たる彼らは愚直に守る。王に仇名す矢を奪いし者を。それを狙うものから、只管に。 同様に源一郎もまた、その兵士を叩き潰す。王に仇名す矢を奪い取る為に。 拳が唸り、鬼の兵士を打ち据える。鉄腕に仕込まれた銃が遠方の鬼を撃ち抜き、打ち倒す。通しはしない。右獄の持つ矢を奪い取る者を通す為に。 そして矢を持つと判明した右獄へは複数の者が立ち向かっていた。 「それを手放して貰おう!」 「渡せると思ってか!」 刃紅郎の剣が一閃し、右獄を強かに打ちつける。お返しとばかりに、手にした大太刀を鮮やかに翻して右獄は刃紅郎を切りつけた。 一撃が二撃へと変化する、連ねの刃。それらは鬼の膂力と刀の切れ味、二つをもって凄まじい殺傷力を発揮する。それが二撃、だ。 重なる切傷に激しく血を噴出す刃紅郎。だが、彼の膝は屈せず、体躯は倒れようとしない。王たるものは倒れはしない。その意志故に。 「言ったであろう、我を打ち倒し推し通れと!」 命と運命を削った応戦。矜持と意地とが男を支え、巨刃を振るう大鬼へと立ち向かわせる。繰り返される交戦と、消耗。 「――貰った!」 その最中。一人の男が交戦の最中に割り入った。 鬼気迫る気迫で突入してきた零児は右目の灼眼より赤い光条を引き、強引にその身を捻じ込んでくる。そのまま右獄の懐へと手を突っ込み……一つのモノを奪い取った。 「……! 貴様ぁ!」 それは一本の矢。古風な作りでありながら精緻。使用された鉄は古き時代にしては尋常ではない純度へと精錬され、放つ気配は周囲の瘴気を存在だけで浄化していく。 ――逆棘の矢。吉備津彦が残した、温羅を討つ為の破魔のアーティファクト。 それを手にした零児は即座にボウガンへと番える。 「何をする気だ!?」 「こうするんだよ!」 ギリギリと引き絞った矢を零児は――後方へと放った。 高く放物線を描き、自陣へと飛ぶ逆棘の矢。その矢は狙いを違わず飛び……空を舞う一人の人物の手へと収まる。 乱戦を抜け出したウェスティア。彼女はこの時を待っていたのだ。 (……人を救えずに目の前で死なせてしまうなんて思いはもうゴメンだよ) 彼女の脳裏に浮かぶのは、かつて共闘したリベリスタ達か。それとも名も定かではない民間人か。彼女は願う。誰も死なさぬように、自らを掛けて。 「この希望は繋いで見せるよ――!」 矢を手にしたウェスティアは舞い上がる。高く、空高く。誰の手も届かぬよう、遥か高みへと。 「今回の勝負は俺の勝ちだ! 今俺を殺せば復讐の機会は失われる、後日どんな勝負でも受けてやろう!」 睨み付ける右獄へ、不敵に笑う零児が告げる。 勝利宣言。彼女の手に渡った時点で、リベリスタは勝利を確信した。空の彼方へ追う手段は、鬼には存在しないのだから。 「させるか……よぉ!」 禍鬼が、右獄が、残された鬼の兵達が。舞うウェスティアを追撃しようと走り出す。当然リベリスタ達もそれを許しはしない。一人、二人とブロックされ、抜けていくのはごく僅か。 されど、高みへは届かない。……ただ一人を除いては。 ――左獄が槍の握りを変えた。 片手で柄の後ろ側を持ち、強く引く。握る腕の筋肉が脈動し、隆々と盛り上がる。 「……鳥が鬼を嘲るか!」 怒号と共に、左獄が槍を捻るように突き出した。鬼の腕力と瘴気が槍の回転によって練り上げられ、一つの竜巻を生み出す。その風の刃は常軌を逸した殺傷力を生み出し、真っ直ぐに天へと向かう。 ――それは、天を舞う鳥を打ち落とす一閃。 「えっ……!?」 迫る圧力に気づき振り返ったウェスティアの目に映ったのは、黒く渦巻き天を穿つ一撃。 ――かくして鳥は地に落ちる。 ●終幕 「――また出し抜かれた、か」 天を見上げ、舞姫が悔しげに呟く。 左獄の一撃は天を舞うウェスティアを撃ち落とし、矢は鬼が再び回収した。 形勢の微妙さを悟った鬼達は即座に撤退を指示。一目散に逃走を図ったのだ。 「形勢が不利になったら、人間相手でもまた以前みたいに……仲間を犠牲にして矢を持って持ち逃げするのですか?」 茉莉の問い掛け――挑発かもしれないが――に対し、禍鬼はこう答えた。 「馬鹿じゃねえの? 相手が人間だろうがなんだろうが、ヤバい時は尻尾巻いて逃げて何が悪い? 人間だって散々やってるだろうが! キシシシシ!」 禍鬼はどこまでも生き汚く、躊躇わない。名誉も栄誉もない、ただそこにあるのは妄執のみ。 「温羅という後ろ盾が無いと格下の人間相手にすら後ろを見せるのですね?」 今まで幾度となく戦ってきた茉莉。彼女は禍鬼の心を揺さぶり、他の鬼の感情を揺さぶろうとした。されど、禍鬼はこう告げる。 「――何を言っても構わねえが、俺だけは忘れねえよ。人間がいかにして鬼を出し抜いたか、封印したかをよ!」 ――そして今に至る。国宝である本殿は戦闘の飛び火で大きく破損し、砂利は乱れて景観を損なっている。 戦闘の痕跡を色濃く残すその場に残るはリベリスタのみ。無念と、一歩至らなかった後味の悪さを残して。 「三度目の正直とも言うが……」 二度あることは三度ある、という言葉も同様にある。源一郎は苦々しげに表情を歪めていた。 一度は手にし、再び失った矢。いくつかのうちの一つではあるが、切り札を得損ねたのもまた事実。 リベリスタ達は戦いの名残もそのままに、ただ立ち尽くす。 ただ、そのままに。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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