●封印より目覚めしもの 「さてもさても賢明慎重なるは吉備津彦よ」 陰陽師に似た格好の男は感心したようすで口元に扇子をあて、丘の上を見上げた。 男とは言っても人間ではない。 鴉の濡羽色をした艶やかな黒髪、整った面立ちは美男の分類に入るであろう。 されど、その黒髪を分けるようにして天を向く一対の角は人間には存在しえぬものである。 何より男の持つ力は、醸し出す雰囲気は、只の人には決して発し得ぬものだった。 アザーバイド『鬼』 そう呼ばれる存在の一人である者、鬼角(オズヌ)の求めるものは、見上げる丘の頂……石造りの祠に存在している筈である。 偉大なる王を害する為、吉備津彦が作りだし、そして隠匿していた品。 鬼角がこの地に赴いたのは、其を奪わんがためであった。 もちろん、それを手にすることが容易には済まぬであろうことは予測されている。 恐らくは、それを妨害する輩……自分たちの手に収めんとする人間の勢力が現れるに違いない。 鬼角はそう確信していた。 自分、鬼らと対立する人間どもの勢力は、臆する様子もなく此方に攻撃を仕掛けてきている。 偉大なる王は復活し、四天の三までも復活したものの……幾つもの封印が破られぬまま置かれ、多くの鬼達が倒されたのも、また事実。 だが鬼角にとって、それは忌々しくはあれども同時に心湧く知らせでもあった。 「卑しき猿人(さるびと)たちにも、中々、気骨ある者たちは残っていたという事でおじゃるのう……」 封印を破り、ひさかた振りに鬼角が味わった人の味は……長き時が想いを高まらせ過ぎてしまったのかと思うほどに、他愛無く無様で、不味貧しいものだった。 卑しく無様……なればこそ時に、野の獣のごとき美を感じさせる者どもの末裔は……ここまで堕落したか。 それは……封印より目覚めた喜び、封印した者どもへの怒りが揺らぐほどの失望だった。 その失望を払ったものこそ、先日の襲撃の報である。 どのような手で自分らの動きを知り攻勢を仕掛けたのか等は、少なくとも今の彼にとっては問題ではなかった。 大事なのは、そのような手を用いる者達であれば今回の自分の動きにも対応し、襲撃をしかけてくるに違いないという事である。 それは推測ではあったが、鬼角にとっては願いであり、祈りでもあった。 「楽しき者がおれば、逃げぬよう手足を切りて飼い躾けてみるのも一興というものか」 表情が緩み、残酷な笑みが顔に浮かぶ。 「鬼角様、油断は禁物にございます」 傍らの鬼が静かに控えると面を下げ発言した。 合わせるようにその傍らで一歩引いた位置で傅く鬼も、ございますと短く続ける。 2体の鬼は鬼角とは異なり、白とも銀とも表現できる髪色をし、赤の瞳を持っていた。 もっとも、その二対の瞳は今は閉じられ面は下を向けられている。 「ほほぅ……前鬼よ、随分と偉くなったものよのぅ? 麿に意見するというのでおじゃるかぇ?」 「滅相もございません、鬼角様。ですが、人間どもは決して侮れぬ敵にございます」 「ふむ……」 鬼角が目を細めるのと共に、周囲にいた配下の鬼達は表情を変えた。 凍てつくような、焦がすような視線を受けた二鬼は、それでも微動だにせず……静かに傅いたままである。 しばし視線を向けていた鬼角は……やがて、その表情をゆるめ笑みを浮かべた。 「……うむ、良きかな好きかな。臆さぬ忠言、そちのような下僕を持てる麿は幸せ者じゃ」 「勿体なき御言葉、鬼角様に仕えられる自分たちこそ、幸せ者にございます」 「後鬼よ、そなたもじゃ。夫を助け、よく働いておる」 「過分なる御言葉、恐悦至極」 男の鬼は心から嬉しそうに、女の鬼は頬を染め言葉少なく、どちらも畏まった様子で面を上げぬまま言葉を紡ぐ。 「麿も久方ぶりで滾っておるようでおじゃる」 狩りでも食事でもなく、戦いの気配に。 「卑しき猿人ども……麿の滾り、晴らしてくれるであろうな?」 偉大なる温羅様が為に、其は必ず我らが手に。 だが、雑草を薙ぎ枯らして手にするでは些かに興醒めでもある。 「まあ、よい。治まらぬ時は、そちらで此の滾り沈めるも一興か」 「……ありがたき御言葉」 前鬼と後鬼、2体の夫婦の鬼は頬を赤らめ面を下げる。 その姿を楽しむように再び笑みを浮かべると、鬼角は瞳を先に向けた。 「猿人……いや、吉備津彦の託せし人間どもよ、汝らの力……見せてもらうでおじゃるよ?」 せいぜい、死にもの狂いで抵抗してたもれ。 ●Ark 「鬼たちの王、『温羅』の復活によって鬼達の勢力は強大化の一途を辿っています」 マルガレーテ・マクスウェル(nBNE000216)は疲れを滲ませた表情で、鬼たちによってもたらされた被害やその勢力の拡大について説明した。 四天王と呼ばれる鬼たち数体の復活、温羅復活による鬼ノ城の出現。 リベリスタたちの懸命の戦いによって幾つもの封印が守られ、温羅の復活も完全にはならなかった。 けれど、それでも鬼達の勢力は強大と言わざるを得ない。 「アークでは鬼達に対抗する手段を講じていましたが、即時の総攻撃は余りにもリスクが大き過ぎると判断しました」 とはいえ鬼達は現在も力を蓄えている最中である。 長い間放置すれば、敵の勢力は増すばかりだ。 「それで何とか……イヴ先輩の万華鏡に加えて、塔の魔女・アシュレイさんの……何だったかな……あ、そうです! 21、The Worldです! その力も借りて、他にもとにかく協力できそうなフォーチュナさん方の力とかも総動員して……」 それで、発見できた物があるんです。 そう言ってマルガレーテがディスプレイに表示させたのは……抜けぬようにと返しのついた、一本の鏃の矢だった。 錆どころか汚れも埃も見えぬ金属製の其れは、油を点したかのように艶やかで、研ぎ終えたばかりのような鋭さを持ち、邪を滅するような……清廉な気のようなものを漂わせている。 作りは恐ろしく精巧だった。それでも、芸術品のようでありながらただ、ひとつの目的の為だけに作られている何かを、確かに感じさせた。 「温羅や鬼達の復活と共に、この世界に出現した神秘が発見されたんです」 それが、『吉備津彦』が万が一に備えて用意していた、『対温羅』用のアーティファクト。 「『逆棘の矢』……それが、これです」 温羅の封印が解けた時、彼を今度こそ仕留められるように。 その為にと作られたこのアーティファクトは、温羅と共に封印されていた。 「矢は五本、それぞれ『矢喰の岩』、『吉備津神社』、『楯築神社』、『鯉喰神社』、『血吸川』付近に出現しています」 伝承では吉備津彦が温羅に射掛けたこの矢は温羅に特攻を持っている。五本の矢を揃えられれば強大な彼を討つ助けになるだろう。 「ですが、温羅の側でも本能的に自分を狩る為の存在、吉備津彦の遺したものの存在を嗅ぎ付けたみたいなんです」 強力な鬼達がこの『逆棘の矢』を奪取しようと動き始めたのも、観測しました。 マルガレーテは、そう説明した。 「……争奪戦になります。アークとしては多数の戦力を向けたいのですが……」 崩界影響で多くの危険なエリューションが確認されている上に、かつてバロックナイツと戦う際に結ばれていたフィクサード日本主流の内の四派との休戦期間も終わりを迎えた。 現在の主流七派は其々が思惑を持って動き、妖しげで危険な計画が日向に、影に、実行に移され始めている。 それらに対して常に動ける戦力は用意しなければならない以上……動かせる戦力は……限られてしまう。 それでも、作戦として立案された以上。勝機はあるのだ。 フォーチュナの少女は集まったリベリスタたちを見回した後、詳しい説明を開始した。 ●『楯築神社』 「皆さんに向かってもらう場所は、こちら。楯築神社の一角になります」 マルガレーテがそう言ってスクリーンに表示させたのは、丘の上に建てられた小さな祠だった。 祠の周りには5個の巨石が、祠を守るように立てられている。 「『楯築神社』は神社そのものはく跡地になっていまして、丘の上に石造りの祠が立てられています」 丘の斜面にも、合わせて20ほどの岩が立てられているのだそうだ。 吉備津彦命が盾を並べ、温羅へと弓を放ったと言われる場所。 並ぶ岩は、石盾として築かれた物だとも言われている。 「矢は祠の方に出現しているみたいです」 急いで向かえば、祠付近で鬼側の勢力と遭遇する事になると思います。 そう言って彼女は端末を操作した。 丘の上や一帯の地図等が表示されていた画面が切り替わり、画面に様々なデータやちょっと質が悪目の画像が表示されていく。 「これが、こちらで捉えた楯築神社に現れる鬼達の戦力になります」 現れる鬼達は、合計9体。 3体は人間に似た鬼、6体はやや細身に見えるものの、鬼らしい外見をした鬼たち。 「強力な力を持っているのは、この人間に似た3体の鬼達です」 特に、この鬼が最も強力な力を持っています。 マルガレーテはそう言って、陰陽師のような格好をした長い黒髪の鬼を指し示した。 「『鬼角(オズヌ)』と呼ばれるこの鬼は強大な神秘の力を持ち、術の扱いでは四天に次ぐと言われているそうです」 物理的な力というものは残念ながら分からない。 鬼角はそういった力を振るうことを嫌っており、行なわないらしいのだ。 一般人を易々と殺し、幾人もの配下を従える以上は力も充分にはあるようだが。 「独特の美学主義の持ち主みたいで……戦いの際はそれらに関してはあまり気にしなくても良さそうです」 その分、自身の得手とする事には全力を注ぎ特技としているようだ。 「インヤンマスターの方に似た力を行使するみたいです」 動きそのものは無駄なく流れるようだが、高速、機敏というほどではない。 だが、すばやい印結びや見事な符の早打ちで通常よりも早く行動、攻撃を行ってくるらしい。 「符で鴉を作り攻撃させる術、周囲に守りの結界を張る術、対象を不運にし付与された力を消しさる術を確認しました」 あと、もうひとつ……強力な術を持っていますとフォーチュナは付け加えた。 広い範囲に鬼以外の者を害する瘴気のようなものを発する結界を作り上げる能力で、術を使用してから効果が表れるまで少しばかり時間が掛かる。 「ですが、その威力は極めて強力です」 強い意志で拒めぬ限り、その結界内にいる者は攻撃の力、守りの力、機敏さ、全てを大きく減じられてしまう。 しかも、結界は一定時間存在する。 その間、結界内にいる者は強い意志の持続を強いられるのだ。 少しでも気を緩めれば瘴気はたちまちその身を包み、力を奪い尽くそうとする。 「以上が鬼角の能力です。そして、術に特化した彼を守るように2体の鬼が存在します」 人間に似たもう2体の鬼は前鬼、後鬼と呼ばれているようだ。 戦の装束らしきものを纏った両鬼は、色の薄い銀とも白とも見える髪色をし、赤い瞳を持っている。 前鬼の方が男性、後鬼の方が女性、両者は夫婦の関係にあるようだ。 「前鬼の方は極めて物理に特化した能力を持ちます」 力強く、動きも早い。例えて言うなら、デュランダルとソードミラージュを合わせたような力。 「ただ、いつもそうなのか今回だけなのかは分かりませんが……攻撃は力を活かしたものを使用するみたいです」 闘気を全身に廻らせ、それを爆発させ叩きつけたり、得物を高速で旋回させ近くの敵を薙ぎ払ったり。 「全身の反応速度を上昇させる能力も使用しますが、それは主に回避力を高めるためのようです」 もっとも、唯一の弱点である神秘攻撃も直撃しなければ効果はどうしても弱くなる。 それを考えれば充分に脅威といえるかもしれない。 「後鬼の方はやや神秘系ですが、むしろ守りや支援に特化した能力と言えるかもしれません」 充分な守りの力を持ち、そして味方を癒す能力も使いこなす。 こちらは例えるなら、クロスイージスとホーリーメイガスの力を合わせたような存在か。 味方全体の状態異常を回復させる力と、自身に完全なる防御力を与える力。 そして、味方全体の傷を癒す力と、周囲に存在する魔的な力を取りこみ自身の力を高める能力。 「以上の三鬼に比べると残りの6体は実力的にはかなり劣ります」 配下の鬼達は機敏である程度器用らしいが、腕力等は他の鬼達と比べてやや劣るらしく青銅製の剣や鉾、弓等で武装している。 2体が弓を持ち鬼角を護衛するように近くを守る。 4体は剣や鉾を手に、前鬼に従って前衛となる。 「実力は確かに三鬼とは比べるまでもありませんが、この鬼達は逆に言えば自分たちのそういった弱さを熟知しているみたいです」 そのため、敵の動きに集中したり、大きな傷を受けたと思えば防御を固めたりしてくるらしい。 前鬼も戦いながら指示を出すようで、攻撃を集中させたり負傷の重い者を庇わせたりもするようだ。 そして、それら前衛たちを後鬼が回復によって支えてくる。 後鬼の方は、鬼角の傍らでいざとなれば庇えるように立ちつつ、前衛達の様子を見て回復等を行ってくるようだ。 瘴気を放つ神秘的な術具を持ち遠距離攻撃も行えるようだが、回復を何よりも優先してくる。 「強力な相手です。ですが、逆棘の矢を手に入れる為には何としてもこの鬼達を撃破、或いは撃退しなければなりません」 そう言ってからマルガレーテは、あと……もうひとつだけ、と口にした。 「この祠の近くには……過去のリベリスタたちが戦いの為に篭めた力が僅かに残っているらしく、鬼たちの遠距離攻撃に対して、少しだけ……妨害するような力が働くようです」 かつて吉備津彦たちが守りの為に築き、力を篭めたとされる石の盾たち。 いつ消えてしまってもおかしくない力の残滓が、ほんの少しだけ……リベリスタたちを手助けしてくれるらしい。 「慌しくてすみません。どうか……」 どうか、どうか、お気をつけて。 マルガレーテに、他のリベリスタたちに見送られるようにして。 十人は急ぎ出発した。 目指すは岡山、楯築神社。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月24日(土)00:12 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●社の邂逅 吉備津彦が遺した対温羅用アーティファクト『逆棘の矢』 強大な敵への対抗手段、それを生み出す技術の結晶。 「手に入れて解析すればアークの開発技術も向上しそうね」 仲間たちと共に急ぎつつ『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は呟いた。 それ自体も、その技術も、遺された意志も鬼には渡せない。 「世界に害を為すモノを滅ぼす為に必ず持ち帰ってみせるわ」 その言葉に、源 カイ(BNE000446)が頷く。 「奪われれば勝機は無きに等しくなる……必ず打ち勝ち手に入れてみせます」 遥か昔、温羅を封じた吉備津彦が遺してくれた逆棘の矢。 「過去からの血と次代を託された者の1人として、その責務を果たしましょう」 (これからも、世界を続けていくために) 『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)も続けるように頷いた。 「私達の希望を絶やさせない……私には私達には譲れないものがあります、だから絶対に護ってみせます!」 「そうですね。なんとしても私達で確保しましょう!」 『初代大雪崩落』鈴宮・慧架(BNE000666)の言葉に『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)も強い口調で賛同を示す。 (温羅に対する有効な手立て。みすみす敵に渡すわけにはいきませんね) 「そうまでしないといけない敵だってのは、実感してるけど」 (これだけ備えてるなんて、もう執念ね) 『薄明』東雲 未明(BNE000340)が口にした。 仲間たちとの最終確認は既に終わっている。後は実際に動いてみるしかない。 矛盾は出来るだけ潰したが、それでも不安は拭い切れない。 かつてのリベリスタたちも、そうだったのだろうか? 封印を行い、それでも……もしかしたら。 そう思ったからこそ。 「……託されたのは矢ではなく、そういう想いだったのかしら」 「何にしても、アフターケアまで用意してるなんて……有り難いね」 先達が明日へ託した願い、必ず受け取る。 (必ずだ) 目指す丘の上、盾のように平たい巨石を視界に収めながら『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は静かに、心の内で誓った。 「この一戦で先の災厄を祓います」 『下策士』門真 螢衣(BNE001036)は多くは語らず、ただ一言。呟く。 万感の思いを篭めて。 そして、祠へと急ぐ一行の目に人ならざる者たちの姿が飛び込んできた。 アザーバイド『鬼』 古代のリベリスタたちが封印し、崩界によって緩んだ封印を破り現代へと復活した者たち。 「鬼角(オズヌ)という鬼、前鬼と後鬼を使役し、古代日本に居たされる役行者と呼ばれていた奴と似ているところがあるがどうなんだろうな?」 『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)は、ふと思ったことを口にした。 もしかして鬼角についてのことが変化したのかもしれんな。 (そのあたり、鬼角に聞いてみると面白いかもしれない) もちろん、そういった余裕があれば……になるが。 鬼達もリベリスタたちに気付き向き直っている。 此方を無視して矢を、という様子は今の所はなさそうだ。 その鬼達の中に陽師風の格好をした鬼を見出した『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は、フォーチュナの説明を思い出した。 (美学持ちは嫌いではない、嵌めやすいからな) 勝利の為に、それら全てを利用する。してみせる。 想いは少女の口から、吐き捨てるような形になって飛びだした。 「滅びの美にでも酔っていろ」 ●幕開け 互いを確認し、距離が詰まり、戦いは即座に始まった。 語り合いも何もない。 「こういった時には互いに口上を述べ合うものでおじゃろう? 余裕の無い……」 攻撃を回避した鬼角が嘆息しながら印を結びかけ……これは美しくなしと印を結び直した。 流れるような動きで指が動き、配下達を守るための結界が生みだされていく。 続く前鬼と後鬼も自身の速度を高め、或いは守りの力を高め、戦闘態勢を整えていく。 自分の戦いを援護する意志持つ影を作りだすカイに続いて動きながら、喜平は口にした。 「余裕とかそんなもの無いよ、こっちはか弱い猿人なんだよ?」 それを聞いた鬼角は表情を一変させ楽しげな笑みをうかべた。 「これはこれは……そういった事を口にするものが最も危険、極まりなし」 これは些か、楽しみ甲斐のある。 「期待させてもらうでおじゃる」 鬼角の言葉を令にするように、剣や鉾を持った配下の鬼たちがカイや喜平、未明らにそれぞれの武器を振りかぶる。 動きは機敏で武器捌きもかなりのものがあるが、対する三人も機敏に動きその直撃を回避する。 威力の方は決して高くはない。掠り傷とはいかないが、直撃を受けたとしても直ちに危険ということはないだろう。 続くように弓を持った鬼達が慧架とディートリッヒに狙いを定め矢を放った。 飛んでくる矢はその最中、ほんの少しだが速度を落とした。 其れが、未だに此の地に微かに残る力なのか。 ディートリッヒは完全に回避することに成功し、慧架も直撃を避けるとそのまま流れる水の如き構えを取る。 「さあ、鬼角を庇わないと不運に見舞われてしまうかもしれませんよ?」 その言葉と共に大和が呪力で生みだした疑似的な赤の月が、不気味に鬼達を照らしだした。 鬼角や前鬼はその呪より逃れたが、配下の鬼と後鬼に不幸の力が注ぎ込まれる。 鬼たちの数体が傷付いたものの、後鬼の纏った守りの力によって大和も軽度だがダメージを受けた。 螢衣が味方の守りを固める為に守護結界を展開する。 そして、氷璃は自らの血を触媒に詠唱によって黒の鎖を作りだした。 時をかけ具現化させる黒鎖の群れを高速詠唱によって瞬時に構築し、鬼たちに向かって解放する。 解き放たれた黒の濁流が前衛の鬼たちへと襲いかかった。 前鬼は何とか直撃を避けたものの配下の鬼たちの数体は避け切れず、鎖のもたらす力に翻弄されていく。 一方でディートリッヒと未明は生命力を戦闘力、破壊力へと変換する為に自身への制限を解除した。 きなこは敵後衛に狙われ難く回復が前衛に届く位置を探りつつ、体内の魔力を活性化し循環させる流れを組み立てていく。 ユーヌは鬼角に向かって不運を占おうとするものの、鬼角は自身を覆い尽くそうとする不吉の影を流れるような動きで回避した。 完全に避けられた訳ではないが、与えたダメージは掠り傷程度である。 ユーヌへと視線を向けた鬼角は、符を弄ぶようにして不気味な鳥を作りだした。 襲いかかる黒い凶鳥をユーヌは機敏に回避しようとするものの、鳥の動きはそれ以上に早く正確である。 鴉は彼女を激しく傷つけ、毒を注ぎ……けれど彼女の力は、それ以上を押さえこんだ。 受けた傷は大きかった。 精度の高い攻撃は本来以上の力をもたらすというのもあるが、これ以上であれば……自分では万全の状態でも耐えられないかもしれない。 もっとも、それらは一切彼女の表情には浮かばなかった。 「同系統だ、面倒くささはよく知っている」 (欠点も十分にな) 平静を保つ少女に陰陽師風の鬼は怪訝そうな表情を浮かべた後、どこか感嘆したように息を吐く。 「成程、様々な仕掛けがあるということか。ならば全力を尽くさぬは礼を失するというもの」 口にしながら印を結ぶと、辺りに瘴気が広がり……ゆっくりと、空気が淀み、重みを増し始める。 リベリスタたちは鬼角が力を使用したことを確認した。 大禍刻。 その力が効果を発揮する前に、どれだけ敵を攻められるか? 勝敗を分けるもののひとつは其処にある。 他方面での戦いも始まっていた。 力を高めた前鬼は鬼角より早く動き、ディートリッヒに向かって気迫の声と共に闘気を爆発させた一撃を叩き込む。 ディートリッヒは直撃を避けたものの、それでも圧倒的な破壊力をもつ攻撃は彼の肉体を大きく傷付けた。 もっとも、今回の一行の中でも特に高い耐久力を誇る彼にとってはダメージが大きくとも即座に危険になる負傷ではない。 後鬼は配下の鬼たちの様子を確認すると、呪縛や猛毒を解除する力を周囲へと解放した。 カイは伸縮する黒いオーラで鬼たちの頭部を狙い、喜平は光の飛沫を飛ばす華麗な動きから同じ目標へと連続攻撃を繰り出していく。 負傷した剣を持つ鬼を別の鬼が庇い、負傷した鬼はそのままリベリスタたちの動きに集中する。 他の鬼達も直撃させられぬと見たからか、武器を構えたままリベリスタたちの動きを注視した。 後方の弓を構えた鬼達も同様である。 踏み出した慧架は前鬼に投げを仕掛けようと組付きを狙うが、前鬼は機敏な動きでその組手を回避した。 氷璃と合図を交わした大和は待機し、螢衣はユーヌの傷を癒すための符を作りだす。 強引な踏み込みから繰り出されたディートリッヒの打ち込みは回避されたものの、彼は気にする様子もなくそのまま反動を付けるようにして後退した。 未明は庇う鬼に向かってエネルギーを集中させたバスタードソードで一撃を叩き込む。 「傷の手当は私に任せてください!」 きなこは詠唱で清らかな存在に呼びかけ、味方の傷を癒すための福音を響かせる。 「――鮮血で彩られた赤き月の惨劇、魅せて上げるわ」 そして氷璃は再び高速詠唱で葬送曲・黒を、黒の鎖を解き放った。 「黒鎖のみとは言わずに破滅も如何?」 それに続くように、待機していた大和が全身の力を解き放ち、赤き月を作りだす。 鎖の力によって傷ついた者たちへと月の齎す呪いが降り注ぎ、鬼たちの身を傷つけていく。 両者の戦いには前哨戦など存在しなかった。 総力を挙げて、両者は相手を退ける為に強力な攻撃を繰り出し続けていた。 ●総勢、相討つ 前鬼には慧架とディートリッヒの二人が相対していた。 二人の戦術は位置を交代し交互に前鬼と対峙する事で受けるダメージを軽減するというものである。 敵の機敏さを確認した二人は前鬼と対峙している側は守りを固め、交代し一時的に下がった方が敵の動きを窺うという戦法を取った。 タイミングを合わせ前進した際に敵の動きを読み、一撃を見舞うという作戦である。 それ以外の前衛の鬼達を押さえるように、カイ、喜平、大和、未明の4人が前衛として位置を取っている。 カイ、喜平、未明の3人は可能な限り攻撃を集中させ敵の数を減らそうとしていた。 敵が庇い合う為に完全な集中は難しかったが、それでも3人は鬼たちへとダメージを確実に蓄積させていく。 それ以外にも喜平とカイは配下の鬼達を前鬼に近付かせたり位置を調整する事で出来るだけ前鬼が範囲を薙ぎ払う攻撃を使い難くできないかと苦心していた。 大和の方は前衛だが、此方は氷璃と連携し多くの敵を狙っての攻撃を続けていく。 単体攻撃の3人と多くを狙う2人の攻撃は、組み合わさる事で強力な破壊力を発揮していた。 瞬間的に速度を上げた未明の強襲によって傷ついていた鉾を持った鬼の1体が大和の禍月の力を受けて倒れ、続くようにもう1体が毒の痛みと流血に耐え切れずに崩れ落ちる。 対するように鬼たちの攻撃も強力だった。 鬼角の不吉の占いを受けた喜平へと弓鬼達の攻撃が殺到し、それを支援する為に螢衣は一時的に癒しに専念すること形になる。 きなこが天使の歌を響かせるが、それだけではとても癒し切れない。 もっとも、後鬼の方も周囲の力を取り込む間もなく直ちに回復に入る形になっていた。 それでも回復が追い付かず、2体の鬼が倒されている。 配下の鬼達が早々に倒されたのは、リベリスタたちの攻撃が直撃しているという部分が大きいように見えた。 実際、直撃を殆んど受けていない前鬼や鬼角は後鬼の回復を受け、ほぼ万全の状態を維持している。 もちろん其々が配下達に比べ、攻撃に対しての高い守りの力を持っているというのもあるだろう。 ユーヌが幾度か鬼角に放った攻撃は、当たりはしてもかすり傷程度のダメージしか与えられなかった。 鬼角の術に対しての防御力が物理的な攻撃への防御力より遥かに勝っているということだろう。 術に対してのそれだけの守りの力を持っているだけあって、攻撃の方も強力だった。 それでも、複数の仲間が不運を植えつけられ或いは毒や怒りに侵されればユーヌが浄化の光を放ち、ひなこが絶えず癒しの力を巡らせ、傷の重い者には螢衣が癒しの符を作りだした。 リベリスタの側のダメージは蓄積していたが、今のところは倒された者はいない。 対して鬼の側は配下とはいえ数人が倒れ、立っている者も多くは傷つき、幾人かは氷璃の放った葬送曲によって身を蝕まれ動きを封じられていた。 前衛達の攻撃の効果もあってのことなのだが、戦況に大きく影響を与えているように見えたのは氷璃と大和のふたりだったのだろう。 鬼達の警戒は、そちらに向いた。 敵前衛達が減った事で2人は更に多くの敵を狙い、弓鬼や後鬼、鬼角たちを範囲へと収めようとする。 前鬼や鬼角は直撃を避け、あるいは攻撃を回避したものの、配下の鬼たちや後鬼は氷璃の攻撃を受け動きを封じられる。 だが鬼角が、そして動きを取り戻した後鬼の力によって呪縛から解放された弓鬼たちは、大和と氷璃に目を向けたのち、先ず氷璃へと狙いを定めた。 ●氷璃、倒れる 氷璃はこうなった時の事を考えていた。 多くの敵を狙い、ダメージを与えながら呪縛で動きを封じ、副次効果も与えてくる敵。 自分が敵対したとしても早期に倒さなければならない敵と考えるだろう。 鬼角の不吉の占いも、弓鬼達の放った矢も、此の地に残っていた加護によって僅かに狙いを逸らされはした。 だが、氷璃の力ではそれを活かすことは難しかった。 彼女は自身の力の多くを魔力に、特に攻撃の力へと費やしている。 暗い影に覆い尽くされ、不運を纏わり付かされた身に追い打ちをかけるように矢が突き刺さる。 崩れ落ちそうになる体に力を篭めると、氷璃は詠唱を途切れさせる事なく魔力を紡ぎ形を与えた。 傷口から溢れ出す血をそのまま黒の鎖へと変貌させ……幾度目かになる葬送曲・黒が鬼達にむかって放たれる。 大和の凶月がそれに続き、鬼達の負傷を増大させる。 呪縛を解いた後鬼がそれらを払うべく力を拡げるが、その為に回復の方が更に追いつかなくなっていく。 前衛の鬼達が耐え切れぬと判断した鬼角が式符で前衛を狙い、怒りを受けた未明が其方へと向かったものの……カイと喜平の攻撃で更に1体の鬼が膝をつき、倒れた。 螢衣は仲間たちの間を行き来しながら殆んど回復に専念する形になっており、きなこは言うまでもなく回復に専念しているがそれでも追い付かない。 高速詠唱でもう一度術式を組み上げた氷璃は、今回は後鬼を含めずに術を放った。 反射によるダメージすらも今の自分には危険だと判断した為である。 倒される前に、できるだけ多くの敵を。 負傷しながらも彼女は懸命に攻撃を続けていく。 世界に仇為すモノを討ち、崩界そのものを滅ぼす為に。 「負ける訳には行かないのよ。私達は――!!」 最後の前衛の配下鬼が、葬送曲を受けて崩れ落ちた。 それでも前衛たちを足止めすべく前鬼は、周囲に配下達がいないのを利用して剣を振り回し、生じた烈風をリベリスタたちに叩きつける。 前に出ていたディートリッヒ、喜平やカイが直撃を受け動きを封じられ、付与の力を打ち砕かれる。 それに続くように2体の弓鬼が放った矢を回避する事は、それに耐え得るだけの体力は……今の氷璃には存在しなかった。 矢を受けた彼女の体は力を失い、ゆっくりと丘の上の地面へと……崩れ落ちた。 ●乱戦、そして ディートリッヒと慧架のふたりは対峙して然程間をおかず前鬼の力を理解していた。 能力により速度と回避力を高めているのもあるだろうが、攻撃は直撃どころか一部を捕える事、掠らせることすら簡単ではない。 加えて敵の攻撃は強力だった。 ディートリッヒならともかく慧架の場合、連続で受けるような事になれば倒される危険性も否定できないほどである。 その為二人は、防御への専念と敵の動きの観察を分担して行う事でこれに対処していた。 それでも直撃させることは困難だったが、完全に回避される事も確実に減少している。 もっとも、与えた傷は深いとは言えなかった。 二人の攻撃が物理的なものであるという点が大きかったが、加えてこの時点では後鬼の回復は健在だったこともある。 後鬼は呪縛や毒を浄化する力も使用していたが、それらを差し引いても数撃浴びせる前に癒しが使用されてしまうのである。 負傷を蓄積させることは全くと言っていいほど出来ていなかった。 もっとも、前鬼は戦いの為に全力を費やす事になっていた為に力を大きく消耗しているのは事実だった。 何より足止めという点に関しては完全に二人はその役割を果たしていた。 ふたりとの対峙によって前鬼は、配下の前衛たちに少々の指示を出す以外の援護を全く行えなかったのである。 カイや喜平が常に剣鬼たちが範囲攻撃の邪魔になるように意識していたのも大きかった。 出来るだけ突破させない事を意識していた前鬼は、配下の鬼達を巻き込むことも出来るだけ避けようとし、結果的に多数を攻撃する機会を逃してしまっていたのである。 それでも、配下の前衛鬼達が全て倒れたのを確認すると前鬼は更なる消耗を厭わず強引に攻勢に出た。 慧架と交代するように大きく踏み出したディートリッヒが、相手の間合いを奪い取るべく重撃を繰り出した直後である。 「これ以上、鬼角様に近寄らせるものか!」 放たれた烈風の直撃を受けたディートリッヒが、そしてカイと喜平も負傷し、動きを一時的に封じられる。 それでも、残った前衛達は果敢に後衛へと攻撃を行った。 大和は破滅のカードを投げつけたのち、黒のオーラを作りだして接近戦へと移行した。 弓鬼や後鬼へと攻撃を仕掛け、傷付いていた弓鬼の1体を打ち倒す。 未明は怒りのまま鬼角への攻撃を継続し、直撃では無いものの鬼角を傷付けることに成功した。 ユーヌの放った光によって前衛達の毒は浄化され、麻痺は解かれ、激しい怒りは鎮められる。 一方で後衛へと攻め込んだ大和と未明は、二人を警戒した鬼角による攻撃を受ける事となった。 不運を施す占いによって未明は自身への符術を解除され、大和も深い傷を負わされた。 「こんなところで……こんなところで倒れてなんていられません!」 それを、力尽きかけた身体に強引に力を篭め直し、大和は戦闘を継続する。 (私にも意地があるのです!) 先達が残してくれた希望を前に、無様を晒してなるものですか! 残った弓鬼を狙って癒せぬ傷を与え、さらに攻撃を続けていく。 その頃、前衛同士の戦いは一時的な膠着状態に陥っていた。 前鬼は連続で烈風を放ち、前衛達の動きを封じようとする。 それぞれの受ける負傷は先刻までの単体攻撃と比べて威力は劣るが、それでも簡単には癒し切れない攻撃力を持っていた。 何より烈風のもたらす麻痺の力によって3人が動きを封じられていた。 その状況を打開するように、やや後ろに下がって前鬼の戦いを注視していた慧架が前へと踏み出す。 流れるような動きで距離を詰めた慧架は、武器を振るおうとする前鬼の動きに合わせるように手を伸ばした。 勢いを殺さぬまま組みつき……次の瞬間、一気に動きは速度を増し、前鬼の体は一瞬宙に舞ったかと思うと、激しい音を立て地面へと叩きつけられる。 前鬼は即座に身を起こし構えを取り直したものの、衝撃によって動きを鈍らせていた。 その後に放たれた烈風陣の精度が、彼の鈍った動きの象徴といえるだろう。 直撃を避けた喜平はそのまま後衛たちへと向かい、後鬼に向かって連続攻撃を仕掛けていく。 これは直撃はしなかったものの後鬼を傷つけることに成功した。 もっとも、だからこそ喜平も無傷ではいられず、後鬼の纏う力によって負傷する。 だが、当然それは喜平にとって攻撃を逡巡する効果などもたらしはしない。 彼もまた、強い想いを抱いてこの場に立つ者のひとりなのである。 カイの方は援護の為に意志持つ影を再び作りだすと、前鬼へと攻撃を仕掛けた。 攻撃しつつ前鬼を敵後衛側、弓鬼や後鬼の側に引き付け、先程と同じように範囲攻撃を行い難くしようと考えての事である。 前鬼の回避能力が高い事を受けて、前衛たちは大きく二手に分かれる形となった。 前鬼に3人。後衛たちに3人。 そして3人は回復に専念、あるいは回復の合間に攻撃という状況である。 きなこは回復に専念しつつ鬼達の様子で気になった事があれば声に出し、螢衣、ユーヌは鬼角に、あるいは前鬼に攻撃を行っていた。 もっとも、どうしても二人の攻撃は散発的になってしまう上に前鬼は回避能力が極めて高い状態であり、鬼角も回避能力は決して低くない上に神秘的な力に対しての高い防御能力を持っている。 それでも数度の攻撃によって……相手のこだわりを利用するような形ではあるが、ユーヌは鬼角にダメージを与える事には成功していた。 「自慢の術は力任せに飛ばすだけが能か?」 挑発は部下たちを感情的にするのには役立ったが、当の本人はと言えばむしろユーヌの物言いを楽しんでいる感もある。 それでも、挑発に乗ってやろうという態度であっても、引き付けることに意味がある。 倒されなければ、注意を自分に向けることはできるのだ。 それらによってユーヌは鬼角が大和へ攻撃を集中させる事の妨害にも、一時的にだが成功した。 大きく伸びたオーラに頭部を直撃され、残っていた最後の弓鬼も地面に転がる。 これで、残ったのは鬼角、前鬼、後鬼の3体だけだ。 だが、大和の身にも限界が近づいていた。 倒れかけ強引に動かし続けた身体には、それでもまだ力は残っている。 だが、負傷が蓄積している事には変わりはなかった。 倒れそうになった身体を気迫で、幸運にも恵まれ、運命の加護を受けて動かしてきたが……きなこや癒し手たちが懸命に癒してくれてはいたが、完治には……残念ながら、程遠い。 それでも、負ける訳にはいかないのだ。 譲れないのだ。 その彼女を、更に鬼角の術が限界まで打ち据えた。 自分の体で無くなってしまったかのように重く動かない体に、彼女は懸命に力を注ぎこむ。 何とかして、自分はどうなっても……負ける訳にはいかない。 「先達が……残してくれた……」 けれど、どうしよもなかった。 「……希、望……を……」 意識が揺らぎ……大和もまた、丘上の大地へと崩れ落ちた。 ●猛攻の果てに この時点で未だ鬼角が施した術、大禍刻はその効果を顕わしていなかった。 配下であった鬼達は全て倒れ、リベリスタの側も氷璃に続いて大和が戦う力を失っている。 それらは両者の攻撃が強力だった事を如実に物語っていた。 この時点でどちらが有利かの判断は難しかった。 倒れた人数で言えば鬼の側が圧倒的に損害が多いと言えるが、個々の実力という点で考えれば氷璃と大和が戦線離脱したリベリスタ側の攻撃力の減少も大きい。 もっとも、出来るだけ多くの敵を倒す事を考えていた氷璃などにしてみれば、現状は予定の範疇内という見方もできるかもしれない。 戦える者はリベリスタの側が8人、鬼の側は3名。 ユーヌは鬼角に陰陽の星儀を放つが、やはりかすり傷程度の負傷しか与えられなかった。 大和が倒れたことで結果的に回復の手が空いた螢衣は前鬼に呪印封縛を試みたが、こちらも完全には捉えるには至らない。 慧架とディートリッヒ、カイの3人は前鬼に対して少しずつ負傷を蓄積させる事に成功してはいるが、撃破はまだ先という状況である。 とはいえ敵の回復が行われ難くなり始めたことを考えれば、勝機は増しているといえた。 理由は後鬼と戦っている喜平と未明のふたりにある。 喜平は華麗なる連続攻撃で、未明は高速の強襲攻撃で、後鬼の判断を鈍らせる事を狙っての攻撃を繰り返していた。 全てを直撃させることは難しかったがそれでも鬼角や前鬼に比べれば命中させやすい事もあって、二人は後鬼の回復の手数を削っていく。 未明の方は再度生命力を破壊の力へと変換する為に肉体の制限を解除し、後鬼が混乱している際は鬼角にも攻撃を行っていた。 これも鬼角が回避を誤った際にダメージを与えることに成功し、防御を失敗しない場合でも限界を超えた膂力から繰り出させる攻撃によって軽度とはいえ鬼角を傷つけていたのである。 その二人に向けて鬼角の術が放たれた。 現時点で最も危険なのがこのふたりと判断しての事だろう。 これによって負傷していた二人は、更に綱渡りのような戦いを余儀なくされた。 「……日本男児のしぶとさ、なめるなよ」 今も昔も倒れちゃいけない時がある。喜平は力を振り絞り、限界を超えて力を引き出しながら戦い続ける。 実際にその通りだった。 すぐでは無いと言えこのまま後鬼が攻撃を受け続け戦線を離脱すれば……せずとも離脱が近くなれば、鬼の側は撤退を考えなければならなくなるだろう。 或いは後鬼が倒れずとも回復を受けられなくなった前鬼への負傷が大きくなれば、やはり撤退を考慮しなければならない。 もっとも、ディートリッヒと慧架、カイら3人と前鬼の戦いは膠着状態に陥っていた。 リベリスタたちは前鬼へのダメージを蓄積させてはいるものの早期の撃破は難しく、前鬼の側もリベリスタたちへとダメージは与えているものの倒すほどのダメージを一度に与えることは不可能だった。 加えて前鬼の側は強力な力の連続使用によって消耗も激しかった。 直ちに力が尽きるということは無いが、使用に考慮を必要とするくらいまで減少しているのは事実である。 対して慧架とディートリッヒは敵の動きに集中し防御を固める動作が結果として力の節約になっていたし、カイは無限機関によって力そのものを生みだす事ができる。 もっとも、リベリスタの側も少数とはいえ消耗している者がいた。 きなこも活性化させた魔力を循環させてはいたが、絶えず全員への癒しを行い続けた為に、ゆっくりとだが確実に消耗していたのである。 こちらも、すぐではないが……長時間使用し続けるというのは難しかった。 この状態で……その時が訪れたのである。 大禍刻の発動によって、ややリベリスタの側に傾いていると思われた戦況は振り出しに戻ったかのようだった。 いや、あるいは……鬼の側へと傾いたのかもしれない。 ●大禍刻 広がり始めていた瘴気が濃度を増し一気に湧きあがり周囲を覆った瞬間、リベリスタたちは体が急に重みを増し、何かが纏わり付くような感覚を味わった。 もっとも、多くの者にとってそれは一瞬の事だった。 幸いというべきか、多くの者が呪いのような何かを退けることに成功する。 喜平と未明のふたりが瘴気をふり払う事に失敗したものの、即座に動いたユーヌによって二人を侵そうとした瘴気は払われた。 「面白い術だが残念、この程度なら幾らでも対処できるぞ?」 しかし、だからこそ……これ以降ユーヌは浄化にほぼ専念しなければならない。 きなこは回復し続け、螢衣も傷癒符に専念している状態だった。 そしてその回復も限界が見え始めたのである。 少しでも何か、打開策はないか? そんな想いと共に喜平は大禍刻の深淵ヲ覗キ見た。 それは彼の知らない何かで……理解する事も、難しかった。 鬼達の欲望や衝動のような何か、激しく湧き上がるような負の感覚。 黄昏時のような、何かが分からなくなるような何かが終わるような感じがして、同時に何かが始まるような感じもして。 そこからは何も得られなかったものの、喜平は思いつきのひとつを試してみようと武器を構えた。 (混乱して区別が曖昧になれば敵も大禍刻に巻き込めるんじゃないか?) 少なくとも失敗しても被害が増えるような事は無い。 そう考えた喜平は更に速度を上げ鬼角に向かって強襲攻撃をしかけた。 遅れて未明も後鬼が混乱しているのを確認すると、続くように鬼角へと多角的な強襲攻撃を敢行する。 「術を決められた程度で逃げ帰る気は無い、諦め悪いのが信条なのよ」 二人の放った攻撃は直撃を避けられはしたものの、一方は防御の失敗を掻い潜って、一方は速度に加わった破壊力によって。 鬼角を傷つけることに成功した。 もしふたりの負傷が軽ければ、あるいは運命の加護が残っていれば、更なる幸運に恵まれていれば……或いは鬼角がもっと傷付いていれば。 異なる結果が生まれたかも知れない。 だが……そうはならなかった。 鬼角が放った二度の呪いの力によって打ち据えられた二人も終に限界を迎え……膝を、折る。 それは単純に2人分の戦力が失われたというだけではなかった。 二人によって混乱していた後鬼が正気を取り戻し、癒しの力を発動させるということである。 鬼角の傷が癒え、そして……3人が前鬼に蓄積させてきた傷も、癒され始めた。 もちろん一度の癒しで完治するほど蓄積された負傷は軽いものではない。 だが数度繰り返されれば……全て失われてしまう。 能力の効果時間が切れた事で前鬼の速度や回避能力は低下していたが、それでも易々とは直撃を受けないだけの機敏さをその鬼角の僕は持っていた。 慧架、ディートリッヒ、カイが前鬼と対峙し、ユーヌが浄化に、きなこが回復に専念し、螢衣も完全に回復から手が離せなくなった……という状況。 「それでも折れぬ、か……じゃが、其方が倒れれば、すべて終わりじゃ」 鬼角の術が、ユーヌを打ち据える。 後衛と相対していた二人が倒れた事によって、鬼角も行動の自由を取り戻していた。 そして前衛たちを範囲に収めようとすれば、ユーヌも極端に下がる事はできなかったのである。 放たれた呪を受け限界を超えかけて、それでも少女は踏み止まった。 くくっ、楽しいな。 「死地とは心が躍るな?」 「……大したものでおじゃる。そちの心……鋼の様とは、此の事か」 されど。 「そちの身は所詮、かよわき童……悲しきかな……そちの心に、遠く及ばぬ。応え切れぬ」 符によって放たれた禍々しい鴉がユーヌを貫き……少女の身は力を失い、剥き出しとなった地面に打ち倒された。 ●為すべき、時 半数が倒れた事により、リベリスタたちは撤退を決意した。 死は、可能ならば避けねばならない。 それが一行の間の取り決めだった。 慧架が敵を威嚇するように構え、ディートリッヒとカイが前衛で倒れた大和や喜平、未明らを抱えあげ、あるいは手を貸す。 タイミングを計るようにして、螢衣ときなこが氷璃とユーヌを確保する。 鬼角が術を放ったものの、それは牽制のようなものだった。 撤退しようとするリベリスタたちへの追撃そのものはなかった。 鬼達の側も損害を受けていた為、配下の全てを倒されていた為である。 残っていれば追撃もあり得ただろう。 それでも、警戒を怠ることなく、迅速に。 リベリスタたちはそれ以上の被害を出すことなく撤退した。 多くの感情を押し殺して。 「……成程。此れが現の時代の者達でおじゃるか……」 離れていくリベリスタたちから目を放すことなく鬼角は呟いた。 実力というもので言えば吉備津彦はもちろん、その直属の者たちにも及ばぬであろう者たちはしかし……心意気というもので言えば、彼の者たちに匹敵するものを持っているようにも見受けられた。 なれば恐らく次に相見える時は…… 「鬼角様、御身を」 控えた後鬼に頷き、癒しを受けながら鬼角は笑みを浮かべた。 青き果実をもぐのも心地好きものなれど。 「色彩き熟れるのを待つのも、また……楽しきもの」 そう、次に合う時は彼の者たちは決して同じではあるまい。 隠していた者も居れど、幾人かの顔には確かに多くの感情が浮かんでいた。 「悔しいでおじゃろう?」 憎いか? 許せぬか? 麿が、或いは……自身が。 「なれば……ふたたび麿の前に、現れよ?」 その時こそ。存分に味わい尽くしてやるでおじゃる。 もう見えなくなったリベリスタたちに向かって。 鬼角は楽しげに、語りかけるように……呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|