●ぬこ 「――どうする? これ」 「……うーん」 疑問を投げかけたのは白衣に眼鏡、きっちりと分けた七三の髪――研究員でございと自ら公言したような風貌の三十路の男だ。 対する男も同じ格好で、ただし髪の分け方が逆……三七といったところか。顔すら同じの二人はどうやら双子であるらしい。 双子の二人、吉田と山田は檻の中にある一つの『モノ』を見ている。それは研究員である彼らの研究成果。 「……うーん」 もう一度唸ったのは兄の山田。なんでかなぁと呟きつつ。 「もっと可愛いぬこになる予定だったんだけどなぁ」 「いや、そもそも紫杏お嬢様は可愛さを求めてなかったと思うよ?」 紫杏――双子が崇拝する六道のお姫様。お嬢様の命令は絶対だ、お嬢様の為ならなんでもする、そう二人が誓った崇高な存在。 「可愛さ云々じゃなくて、問題点は構造の欠陥でしょ。現状の耐久性じゃそもそもの運用目的に使えないよ」 二人の研究はうまくいっていない。回収された賢者の石で研究は確実に進歩しているが、紫杏がすでに出した研究成果に及ばない出来ならば失敗でしかないのだ。 この研究もまたお嬢様に捧げた物であるならば、失敗は許されない―― 「で――どうする?」 「破棄しよう」 もう一度問いかける弟に今度は即答。 「ちょ、兄さん」 「まぁ聞けよ。単純な強さを求めたわけじゃないだろう俺らは」 うなづく。全てが真新しい研究なれど、他の研究員と重なっても意味がない――そう言って兄が決めた運用コンセプトは別にある。 「だったらとりあえず試そうぜ。現状の運用がどの程度の規模か、どこまで通用するか」 今はまだ付与した特性が弱い。ならば現場まで俺らで運べばいいさ―― 「まぁそうだね。データは実戦で取ってこそだし、バックアップはいくらでもあるから」 軽い考えの兄に嘆息しつつも、尊敬する兄の発想があってこその研究。特に逆らう理由もない。 「よっしゃ、我等がぬこちゃんのお披露目だぜぇー」 二人の研究員の前で、猫はぱちぱちと目をしばたかせた。 ●ぬこぬこ ぬこっ、ぬこっ、ぬこっ、ぬこっ。 それは音である。 一歩歩くたびにぬこっと音を立て、尻尾を振り振りそれは歩く。 それは猫……にはとても見えない。 毛は抜け落ち皮膚はただれ、歩くたびに悪臭のする緑色の液体を撒き散らし―― それは公園の中を、特に何を目的にするでもなく歩いている。 ただの散歩。見た目がただならぬ存在であることを除けば平和なものだ。 ――『それ』が通った緑色の道筋。その周囲で鳥や動物……人までもが泡を吹いて倒れていることを除けば。 ●にゃーん 「見ての通りぬこだ」 「ぶっ飛ばされたいかNOBU」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の言葉に、ぬこの依頼だと言われ駆けつけたリベリスタが殺気に満ちた言葉を吐いた。 「比較的ぬこだろう? アザーバイドではなく、かと言ってエリューション・ビーストだとはっきり断定しづらい。こうなると、説明するにはぬこと言わざるをえないだろ?」 どう見てもぬこじゃねぇよ。 「ま、つまりはイレギュラー。特殊な存在。アンノウンってやつさ」 鬼の事件も解決してないのに面倒な事だね――資料を片手に伸暁は能力を説明しはじめる。 その小さな身体に似合わず生命力と防御能力が高く、自己再生能力すら有するという。コンパクト故の速度・回避の高さを持ち、更に尻尾を鞭のように伸ばし遠距離の範囲をしたたかに打ちつける。 「結構強敵そうだな」 「だが特筆すべきはそこじゃない。例の緑色の液体、あそこから生じる毒素は問答無用で生き物の身体を蝕む。時間の経過と共に獲物がじわじわと弱っていく寸法だな」 その強力な毒素が飛ぶ鳥を落とし、通りかかる者の命を奪っていく――恐ろしい毒だ。 「この毒はぬこの身体すら蝕み、自己再生能力を凌駕する勢いで進行している――自身の身体を溶かして撒き散らすタイプの毒なのかもしれないな」 だからといって自滅までは待てないだろ? お前達の出番さとウィンク一つ。 「わかったよ。敵の能力はそんなものだな? だったら毒で苦しむ前に一気に倒してしまえばいいんだろ」 「いや、もう一つある」 ――にゃーん。 愛らしい子猫の鳴き声。ああ良い声だ、あの見た目でもこの鳴き声なら目を閉じて脳内補完できそう―― ――ちゅどーん! ……え? 「止めを刺すと自爆する」 半径30mほど吹っ飛ぶ。余裕で全員重傷である。 ……どうしろと。 「本人の毒や、そういった神秘による異常効果で体力を失えば爆発はしないようだ」 後は何とかしてくれ。伸暁はどこか楽しそうに送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月19日(月)00:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ぬこが鳴く ――不快極まりないですね。 公園の北口を封鎖し終わった『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が小さく呟いた。 今もどこかをぬこは歩く。自分自身をも苦しめる毒を撒き散らしながら。 (ぬこの為にも、速やかな終焉を) その横で落ち着いて一般人を誘導していた『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)。ただしトレードマークのぴよこを今日は連れていなかった。周辺の毒を理由にアークに預けているのだ。 二人共がガスマスクを装着した姿は有毒ガス発生という説得力があった。看板などを抜きにしても、遠巻きにでも姿を見れば近づく一般人はいないだろう。 「……落ち着いてらっしゃいますね」 「俺はお兄さんだからな」 ガスマスクでその表情は見えない。けれどレイチェルの超直観が――いや、アウラールの人となりを知っていればわかることだ。怒りを抑えていることに―― ぬこを利用する双子にすぐにでも掴みかかりたい気持ち。それを優先すべき順序の為に必死に抑えている。 時間が立てば立つほどぬこの行動範囲は増え、その毒で被害が増えていく。今はぬこを沈黙させることが先決なのだ。 「おのれ伸暁、ぬこぬこ言うから来てみたら想定外もいいところですぅ」 ぷりぷりと唇を尖らせる『ぴゅあで可憐』マリル・フロート(BNE001309)が言葉を出せば。 「将門、今すぐ謝りなさいよ……!」 『薄明』東雲 未明(BNE000340)が相槌を打つ。ぬこの依頼だと言われ引き受けた二人の失望感といったらなかった。 「今度会ったら『破滅のオランジュミスト』で目に重傷負わせてやるですぅ」 みかんの皮を媒体にして生み出される、視覚に頼った生命体に絶大な効果を与えるマリルの恐ろしい最終奥義であった。 「あたしも死なない程度に殴れる技を身につけようかしら」 NOBUざまぁ。 雑談はともかく二人は公園の南口を中心にカラーコーンを設置していた。 「まだこちらの方にはぬこは来てないようね」 公園のあちこちにある緑色の道筋、それが南口付近にはなかった。 「これから来るかもしれないですぅ」 ぬこっぬこっぬこっ。 …… 「ぬ、ぬこ発見ですぅ。逃げてしまわないうちにヘルプですぅ!」 「俺様が待たせるわけないだろ!」 AFを切ると、『雷帝』アッシュ・ザ・ライトニング(BNE001789)はバイクをターンさせ南口へと向かう。 (ぬこ、ね。何つーか可哀想じゃあるが) ただ生きることで周囲に死をばら撒く力。それは運命を手に出来なかった者――ノーフェイスによく似ていた。 「こいつも何かの縁だ。この雷帝様が引導渡してやるぜ!」 その横で茂みが音をあげ影が飛び出す。ぬこ……ではなく虎のビーストハーフ、『女好き』李 腕鍛(BNE002775)だ。アッシュと並び南口を目掛けて疾走する。 その彼の全身はやや異常。なんとまたたびが身体中にまぶされていた。 効果は不明だが、やれることはやってみようという心意気だ。 「この猫も被害者なのでござろうな……双子は許さないでござる」 道中に広がる緑色の道筋。毒素はぬこ自身をも傷つけ死へと誘う。人の仕業であれば到底許せる行為ではない。 腕鍛の金の瞳が細められた。それは目的のものを見つけた証。 バイクから飛び降り、アッシュは身体を暖めだす。目の前の茂みが揺れた瞬間、アッシュは目にも止まらぬ速さですでにそこに立っていた。 「よお、てめェ随分と俊敏なんだってなァ」 見下ろす。奥からは追いかけてきた未明達の姿もあった。 「だがよォ、狐より優れたぬこなんざいねェ!」 視線の先で、目的のものはにゃーんと一鳴きした。 「こっちもすぐに合流するッスよ」 『宿曜師』九曜 計都(BNE003026)はAFを切ると仲間を振り返る。 ぐったりと座り込む大型犬とそれを連れていた男性を車に乗せていた『おっ♪おっ♪お~♪』ガッツリ・モウケール(BNE003224)は笑って頷いた。 「ぬこの方はみんなに任せるお」 言って車を出したガッツリを見送ると計都は走り出した。 移動してる間にも気を練りあげていくが、まだ見えない相手へと狙いを定める集中は容易ではない。さほどの効果は期待できないのは仕方ない。 式符を操る念を集中させながら、計都は戦場へと駆け込んでいった。 まずは動けなくなった人を安全な場所に運ぶ。その後合流することも可能だが、ガッツリには別の考えがあった。 千里眼で公園の内外に目線を走らせる――いた! 双子の研究員。ぬこをこんな風にした許せないやつら。 「逆に監視してやるお」 不敵に笑い、ガッツリは安全な場所まで車を飛ばしていった。 「お待たせしました。これで包囲は完成ですね」 レイチェル達が駆けつけ配置につく。それぞれが周囲に散開することで、逃がさないと同時に範囲攻撃に巻き込まれない作戦だ。 「さ、一緒に思いっきり遊びましょ?」 未明の言葉に、警戒して毛を逆立てるぬこ。 ――訂正。毛はなく、ただれた皮膚は実験の跡を大きく残す。緑色の液体と共に、身体の一部すら欠けて落ちる。 鳴き声は苦しみの音。怒りは無差別に撒き散らされ、尻尾がしなやかに伸びて地面を強く打った。 ――生まれてはいけない形だったですぅ―― ねずみ最強を自負しねこを最大のライバルとするマリルは、その姿を見やり決意を口にした。 「ですから、生まれ変わってぬこらしい姿であたしと勝負をするのですぅ」 「始まったね」 双子の研究員。弟の吉田が投げかければ。 「我等が研究の出来を見るとしますかねぇ」 兄の山田が双眼鏡を手にした。 数台の黒塗りの車の側には護衛と思われる男達。仮にも貴重な賢者の石を研究に回されるからには、それなりに優秀な研究員である為当然といえば当然か。 「リベリスタがこっちに来たらどうするのさ」 自分達も護衛もいる、傷ついたリベリスタに負けるとは思えないが荒事が専門でもなければ万が一もあるので当然の心配だ。 「大丈夫だって。いざとなればこいつもあるしな?」 山田は笑い声を上げ懐に手をやった。 ●ぬこは鳴かない いよいよ始まった仲間達の戦闘の様子をちらりと確認し、ガッツリは目線を双子に戻した。 自分の役割は監視の監視、その動きを見極め危険を感知する事ならば……仲間を信頼し戦闘は任せよう。 ――みんなファイトだお。 颯爽と飛び出し、フェイントを入れて切り込むアッシュ。常ならば敵を切り刻もうも、コンパクトな身体のぬこは危なげなく身をかわす。 やるねぇと口笛一つ、ならば余計にフェイントを入れるだけ。より速く、相手の反応を上回るだけだ。 ついでレイチェルが研ぎ澄ませた意思を閃光へと変えて解き放った。渾身の完成度に笑みを零すが、ぬこの身を焼くも目を眩ますには至らない。 (これは……やはり持久戦になってしまいますか) 動きが非常に速く、当てても自分の力を十分に発揮できない。振りまかれる毒もリベリスタ達を蝕み、レイチェルも以後は回復に回らざるを得ないだろう。 次の一手を考えながら距離を取ろうと動く、その頭上に突如膨れ上がった尻尾が大きな影を作る! 「――っ!」 ハンマーで叩きつけられたような衝撃。最大限のダメージを受け、レイチェルは苦痛に歯を食いしばった。 その横を再び尻尾が躍動する。驚き目をやると未明が横からの衝撃に身体を揺らしていた。 ぬこの素早い動きは同時に連撃をも生み出す。一撃の重みはさほどではなくても、的確な狙いは威力を高め連撃がリベリスタを苦しめる。 毒は容赦なく身体を蝕み、わずかな間でリベリスタの体力を危険な範囲に追いやっていた―― 衝撃で身体を痺れさせていた二人を、神秘の光が押し包み癒した。 アウラールは仲間の中心に位置し、状況に気を配りながらぬこの注意をひきつけようとする。 その陰から放たれた一矢。マリルの狙いをつけた矢がぬこの身体に突き刺さりその身を削った。 回復に回ったレイチェルを除けば、この戦場で唯一集中を用いずともぬこに命中させられる腕の持ち主だろう。 「ねずみだってやるときはやるですぅ」 窮鼠猫を噛む。立ち向かうその姿はさすがねずみ最強を自負する者であった。 「む、うまくいかないでござるか」 逃げられぬようぬこに接触するも、腕鍛のまたたびの効果はぬこには届いていないようだ。 実験の影響か毒の影響か、あるいはその両方か――ぬこは鼻がまともに動いていないらしく、またたびも腕鍛の懐の中のたばこの匂いも気にしていなかった。 それならそれでいい。効けばもうけ、そうでないならとにかく抑える。ぬこが公園を離れてしまえば被害は爆発的に増えてしまうなら―― 「――長丁場になりそうな予感でござる」 防御の体勢を取り、長期戦に備えて気を吐いた。 「次はこっちッスよ!」 計都の念と共に、先に築かれた守護の結界についでリベリスタ達の背に翼が構築される。 避けきれぬぬこの尻尾の備えとして、仲間に安心を与える力だ。 その守護の恩恵を受け、先ほどの衝撃に耐えた未明はぬこの動きを読むべく集中する。素早い相手であるならば、確実に一撃を与えることが倒す早道だからだ。 ぬこの動きを目で追い――吐息を漏らす。 「今日ほど、目を瞑りながら戦える力が欲しいと思った事はないわ……」 回復が追いつかない。 振りまかれる毒は思いのほか強力で、レイチェルの紡ぐ癒しと相殺される現状、するどい尻尾の一撃が徐々にリベリスタを追い込んでいく。 「……自分も苦しいでしょうに」 レイチェルの視線の先で、動けば動くほど欠けていくぬこの身体。毒の体液が身体を溶かし、痛みがより激しく尻尾を躍動させ辺りを破壊しまわる。 「これでどうッスか!」 計都の生み出した鴉がぬこの身体を捕らえ嘴を突き刺した。怒りの声を上げ尻尾を揺らすぬこ。 成功――であったのだが。 まず一撃。想定した衝撃に耐え気を抜いたのもつかの間――続く衝撃は想定外。 怒りによって連撃が計都に集中してしまい地に伏させる結果となってしまった。 「が、がっでむ!」 それでも不屈の根性が、運命を燃やす道を選ばせる。 今この場で元気なのはアウラールと腕鍛くらいのもの。毒や尻尾による痺れの影響を受けない腕鍛は前線をよく支え、アウラールが仲間を神秘の光で癒し戦闘を支援していた。 未明の大剣が大きく振られ、衝撃波がぬこの身体を切り刻む。攻撃と命中のバランスの良さが際立ち、ぬこをもっとも追い込んでいた。 しかし後一歩が削りきれない。毒がじわじわと蝕み、尻尾の攻撃と合わさって体力のないマリルも地に膝を付いた。 「それでも、壊させるわけにはいかないのですぅ」 決意が運命を燃やし立ち上がらせる。公園も、ぬこも、爆発でこっぱみじんはあまりにもかわいそうだから。 集中に重ねられた集中。高めて駄目なら更に高めればいい。 俺様の速さが届かないやつはいねぇ! アッシュの叫びがぬこの耳に響き、けれどその動きはぬこの反応を上回り――! ぬこの身体に突き刺さる棘。まともに芯を捕らえたように思えたが、ぬこの身体は衝撃を和らげていた。 ――だからどうした! この棘は―― 「――痛みの王だ!」 反応に更に反応し――無理やりこじ開けるようにぬこの身体を貫いた! 「そこまでです!」 意識をぬこに集中させたレイチェルがその反応を読み取り判断する。もはやぬこの身体は攻撃に耐えられない。 もはやぬこは鳴かない。鳴こうにも身体のパーツがもはや足りなさ過ぎる。 代わりに振り回された尻尾が爆撃のように地面をかき鳴らし、巻き込まれたレイチェルが地面に叩きつけられ運命を消耗した。 「ひ、ひゃぁ!」 尻尾は更に計都へと向けられ――再び地へと伏させるのを食い止めたのは未明。 「これ以上やらせないわよ……けど」 目線を下げる。地を打つドラムのような響きはもうない。 「もう、出来ないみたいね」 尻尾を小さく揺らして……ぬこは弱弱しく大地に倒れた。 ●人が泣く ぬこが倒れたと同時に幾人かが場を離れ駆け出した――まだ許しがたいやつらがいる。 場に残った者のうち、計都がぬこの瞳を覗き込み意識を集中させた。 ぬこの身体の崩壊は続いている。弱弱しく鳴こうにも、口そのものが欠けていき…… 集中しながら唇を噛み締める。許せない……この子の身体をこんな風にしたやつらを、絶対に後悔させてやる。 「――だから、知ってることを教えてほしいッス」 勝手な言い分だ。わかってるけど、それでも…… にゃー。 まるで答えたかのように。ぬこは一声あげ計都と視線を合わせた。読み取られていくぬこの意思。 ――え? 計都の目が見開かれる。 アウラールは崩壊していくぬこの身体をそっと抱き上げ上着でくるんだ。 腕の中で弱まっていく呼吸。毒はなおアウラールの身体を蝕み、けれど決してその手を緩めなかった。 ――楽しいことも、愛されることも知らずに一人で逝くには、この気候は寒すぎる―― その想いが通じたのか、どこか安心したように表情を和らげるぬこ。 最後に小さく鳴き声を上げ……黙り込んだ。 冷たい風にさらさらと――さらさらと風に溶けていく。ぬこの身体はすでになく、身体であったカケラだけが上着に残っていた。 何も言わず、アウラールはもう一度上着を抱きしめた。 計都はぬこから聞いた話をアウラールに伝える。アウラールの顔から表情が消え、計都に上着ごとぬこのカケラを託した。 「無理はしないで! 深追いは厳禁ですからね」 レイチェルの言葉を背に、アウラールは仲間を追い走り出す。 「あたしも行くですぅ! 生き物は、おもちゃじゃないのですぅ!」 「ダメですよその傷では……気持ちは同じですけど」 二人組に文句を言ってやると意気込むマリルも、それを止めるレイチェルも傷が深い。これ以上の継戦は不可能であり、仲間の帰りを待つしかなかった。 同じく怪我を負い場に留まった計都は、座り込みそっと膝にぬこのカケラを抱く。 せめてもの、ぬくもり…… ――滴が零れ落ちカケラに小さくはじけた。 「んーまずまずかな? 問題点も洗い出せたし――あ、やっぱり壊れると毒の放出も消えちまうか。細胞が死亡すれば反応も消える。なるほどなるほど」 付着していた土にぬこの体液は跡形もない。満足そうに頷く兄弟はじゃあ帰りますかと呟き―― 「聞きたいことがあるのよ。大人しく帰すわけにはいかないわね」 「荒事とならば容赦はなしでござるよ」 未明と腕鍛が立ちふさがる。 すぐに護衛達が間に割って入り、その後ろで山田はへらりと笑い出した。 「そんな傷だらけで何言ってんの? 止めとけって――」 その顔に拳がめり込む。歯がへし折れ、きりもみ状に吹っ飛ぶ山田。 「てめェらが何を目的としてあんな奴を造ったのかは知らねェ」 振り切った拳を自分のもう片方の手に収め、アッシュは顎で兄弟を示した。 「だがよ、命を玩ぶ野郎を俺様は許さねェ。覚えときな!」 「に、兄さん!」 慌てて駆け寄る吉田。速さについていけず容易に突破させた護衛達も再び割って入り距離を取らせる。 「て、てめ、てめぇ……」 流れる鼻血も拭かず声を震わした山田が、懐に手を突っ込んだ。 「死んで後悔しやがれ!」 ――山田が取り出したのは恐らく薬瓶だったのだろう。だろうというのは、投げ込まれたナイフによって確認する間もなくパキーンと音をたてて割れてしまったから。 「うわぅぉ!」 あまりにも狼狽して妙な声が漏れる。飛び散った液体は誰にもかからず、誰だと周辺に目をやった。 木の陰で。ガッツリがおっおっおっと笑う。山田が懐を気にしていた時点で、ガッツリはずっとそれを取り出す機会を待っていたのだ。集中を重ねた集中、外すべくもない。 「それは一体なんだったでござるか」 腕鍛が零れた液体を見やる。緑色の液体はぬこの体液と同じ色であったが、こちらはすぐに土に染み込み消えてしまう。 「そんなの――」 「毒、だろ。ぬこの、じゃない。ぬこに打った毒だ」 どうやってぬこをつれて来たのか疑問に思っていた。周囲に毒を撒き散らす以上、安全に運ぶなんて出来はしない。 「ぬこに毒は最初はなかったんだ。お前達が運んだ後で打ち込んだ。ぬこ自身をも崩壊させる毒を……」 計都が読み取ったぬこの言葉。ぬこの……痛み。 アウラールの言葉に、山田は感心して頷いた。 「その通り! 研究していたアザーバイトの細胞が取り入れた毒素を振りまく性質があったんでな! 生きてるぬこに細胞を注入してみたら大成功だった――」 「兄さん、喋りすぎ――」 二人の男が言葉を切り沈黙した。視線の先のアウラールの表情。それは普段おおらかで兄のように頼れる青年の、激怒の形相だった。 「いたずらに力を欲しがって……人間が、そんなにえらいのか……!」 「――お、お前ら足止めしとけよ!」 山田が車に飛び乗り、吉田も慌ててそれに続いた。走り出す車。 「てめぇ待ちやがれ!」 「ダメよ、この人数じゃ……」 叫び後を追おうとするアッシュを未明が引き止めた。護衛の数は多く、毒によって仲間に無傷の者は誰もいない。勝てる保障はなかった。 護衛達も距離を取り進んで戦おうとはしない。近づいてこないのを確認して、自分達も車に乗り逃げ去っていく。 それを、リベリスタ達はそれぞれの思いを抱き見送っていた―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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