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<六趣に於いて蠢くモノ>ハウンド

●生態観察
 バウッバウッ。
 広い空間に響くは犬の声。迫る外敵に吠えかけるのは犬の習性。
 ある者は反骨心だといい、ある者は臆病故の威嚇だと言う。とかく犬に纏わる話は多い。
 だが、現在路地にいるその男はそういった事象は正直どうでもよかった。むしろ犬すらどうでも良かった。
 犬を観察しながら犬がどうでもいい、というのはなんとも奇妙な話ではあるが。それがこの男にとって正直な感想である。
 そう、この。生きた犬と死んだ犬を交互に見比べる男にとっては。
 その男は奇妙な服を着ていた。デザインが奇抜というわけではない。奇抜なのはその色彩である。
 そのシャツは、錆色をしていた。
 鉄が朽ち果てた時に発する赤茶けた色。それはなんとも陰気を通り越し、不気味の息に足を突っ込んだ、奇怪な色彩である。それがマッチしているその男もまた奇怪。
 ならば生死二種の犬を眺めるのもまたマッチしていると言えるのかも知れない。だが、それこそどうでも良い話であった。
 この場所もまた、奇妙な場所である。複数の檻があり、それには種類別に分けられた犬が収められている。それは、三種に分けられており、内訳は至極分かりやすい。
 すなわち「生きた犬」、「死んだ犬」、「死んでエリューション化した犬」である。
 それらの檻へ、男は肉の塊を投げ込んだ。その肉の塊に様々な種類の犬達は群がり、貪り喰らう。自律することなき一つの檻を除いて。
「――死んだ犬は餌を喰わない」
 観察する男はぼそり、と呟く。その声は淡々としており、眼前の事象をただ観測するような客観的な響きに満ちている。
「生きた犬は餌を喰う。変質した犬も場合によっては喰う」
 彼にとっては生きていることも死んでいることも、等しく観察すべきものである。生死の境界こそが彼にとって重要な観察対象であり、研究対象なのだ。
 それ故に、この研究に関われたのは非常に都合が良い。生も死も綯い交ぜにした研究こそが彼の望みなのだから。
「――ならば、生と死を混在した犬は喰うか喰わないか?」
 彼の辿り着く疑問はそこに至る。生死の境界を越えた先にあるもの。それを観測する為に、この男は六道の門を叩いたのだ。

「アイゼンさん、準備できましたよ」
 観察を続ける男の元に、スーツを纏った男達が現れる。護衛を勤める六道のフィクサード達。研究員たる男の手足となって雑用を行う者達だ。
「――諸君は死しても食事を取るかね?」
「……は?」
 突然投げかけられたアイゼンと呼ばれた男……アイゼンヴォルフの疑問に、スーツの男は首を傾げる。いつものことではあるが、アイゼンは頻繁に奇怪な質問を周囲の人間に行う。それは常に生死に纏わるものであり、酷くピントがずれている。
 普通の人間ならば聞くまでもない事、聞いてどうするのかというような事。そういった事例であろうともアイゼンという男は投げかける。その質問に意味があるのかといった点には別種の疑問が生じるが。
「――それでは始めるか。紫杏は少しでも多くの研究を要求している。作り、解き放ち、観察するのだ」
 自らの興味を満たす上で、上司たる相手の要求に応える分には彼には不満がない。フィクサード達はそうして研究を開始し……

 数刻後。
 檻の中にいた犬は数を減らす。等しく三分の一。生も死も綯い交ぜにしたモノとなって。
 かくして獣は解き放たれる。

●ブリーフィングルーム
「いやぁ、大変ですよね? 鬼も忙しいのにフィクサードも遠慮してくれない。空気を読むのは社会人の必須スキルだと思いませんか? まったくもう。あ、そういえば皆さんお久しぶりです?」
 アークのブリーフィングルーム。『黒服』馳辺 四郎(nBNE000206)はいつもの調子で捲くし立てる。若干メタじみた言葉もあった気はしないでもないが。
「さてさて、今回はわりとシンプルなお仕事。野犬退治のアルバイトってやつですか? まあ、当然エリューションなんですけどね」
 そう言って四郎は手にした資料をリベリスタ達へと配る。そこに書かれているのは任務地域の情報、敵のこと。そして一枚の写真。
 その写真には犬が写っていた。解像度の怪しい一枚の写真に写された犬。大型の狩猟犬のようではあるが……明らかに異質な点があった。
 その身は左右で断ち割ったかのように質感が変質している。具体的に言えば、腐り爛れている。
「これは都市部の郊外で観測されたエリューション……だと思うのですけどね? 少々不明な点がありまして」
 どこか釈然としないといった表情で四郎は頬を掻く。
「どうやらこれ、『生きてる』みたいなんですよ。どうみてもアンデッドなのですが、ビーストでもある。どちらとも言えない不安定でイレギュラーな様子のエリューションなんですね」
 種別が特定できないエリューション。これまで確認されたことがない、特殊な存在。それ故にアークとしてもなんとも据わりが悪い、そういった雰囲気を四郎は見せていた。
「この生き物はそのあたりでただ徘徊しているだけです。野犬の習性なのか、若干の連携を見せますが基本的には野良エリューションみたいなものですよ。多少強いようですが」
 へらへらと説明を続ける四郎。だが、一転して真面目な表情に変わり、さらなる情報をリベリスタ達へと告げた。
「ただ……どうもですね、六道が監視してるようなのですよ、この犬達を。直接手を下してくることはないので放って置いてもいいとは思いますが……何かの企みの一環なのかもしれません。注意だけはしておいてくださいね」
 フィクサードの監視つきエリューション退治。この事件はこうして始まる。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年03月19日(月)23:36
●馳辺の資料
■フィールド:某街近郊

■環境
 人気の少ない街のはずれの地域です。
 通行人等が通ることは少ないです。

■勝利条件
 ハウンドの撃破

■エネミーデータ
・ハウンド×10(E・ビーストorアンデッド? 詳細不明)
 ・身体の半分が生身、半分が腐りかけた犬のエリューションです。
 ・徒党を組んで襲ってくる、野生の連携を行います。
 ・その爪牙には病原体が潜在しており、猛毒のBSを与えます。
 ・野生の犬同様に積極的に襲うことはありませんが、敵意には敏感です。
 ・また、若干の再生能力を保持しています。

■備考
 このエリューションを六道の研究員『アイゼンヴォルフ』が遠方より監視しています。
 護衛のフィクサード複数名を連れており、何か干渉することはありません。ただ監視しています。
 手出しをしても特に意味はありません。放置するのが吉かと。

●マスターコメント
 いたって普通のエリューション退治。野犬腐可愛い。
 どうぞ気軽にご参加ください。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
四門 零二(BNE001044)
デュランダル
蘭・羽音(BNE001477)
デュランダル
兎登 都斗(BNE001673)
デュランダル
虎 牙緑(BNE002333)
スターサジタリー
エルフリーデ・ヴォルフ(BNE002334)
ホーリーメイガス
救慈 冥真(BNE002380)
ダークナイト
ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488)
ダークナイト
高橋 禅次郎(BNE003527)

●鉄錆の目
 その街は決して大きな町ではない。
 閑静にして未完成。発展途上のその街は所謂ベッドタウン。
 その郊外のある地域。人通りもあまりない路地裏を見る男達がいた。
 その場より遥か離れたビルの上。双眼鏡を片手に、ただひたすらと路地裏に潜むモノを見続ける男達。
「ふむ。思いの他つまらんな」
 錆色のシャツを着込んだその男、アイゼンヴォルフは至極つまらなそうに下界の様子を観察する。
 自らが行った実験の結果を観測、記録する為に彼らフィクサードは監視を続ける。
 六道の名の下に行われている実験。そのデータを欲するのが集団の目的。だが、錆色の男の興味は測定など些細な問題。
 彼の求めるものは、生死の境を越えた場所にある何か。生も死も超えて、至る力。それを知る為の手段の一つでしかないのだが……。
 彼は今、退屈していた。研究の成果が想定以上に彼にとって価値のないものだからだ。
「変化もない。死体と生体の境界を越えようとも生物の本能を越えはしない。この実験はこれ以上の成果を俺に与えはしない」
 どこまでも退屈そうに、ただデータを取り続けるフィクサード。が、その目が一つの異変を捉えた。それは犬達に近づく集団。
「リベリスタ……か」
 錆色の男は呟き、思考する。当初の予定とは違うが、これはこれでまた別種のデータを取得出来るかもしれない。
「予定変更だ。戦闘データの取得へと移行するとしよう」
 双眼鏡越しに確認した一団を見つめ、男は淡々と指示を出した。
 万華鏡の予知の元に向かう、アークのリベリスタをその目に捉えて。

●生死混在
 路地裏にその生物かどうかすら定かではない、その存在は集っていた。
「果たしてこの犬は生きているのか、死んでいるのか」
 眼前のそれらを見、『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)が最初に洩らした感想は至極率直なものであった。
「まるで嫌な哲学を聞かされている気分だな」
『塵喰憎器』救慈 冥真(BNE002380)の言葉もまた至極哲学的。だが、実際にそこに存在するモノはもっと直接的に異形であった。
 それはわかりやすく犬。多数の犬が群れ、野犬の如く路地裏に存在している。
 その半身は左右に分かれ、生と死を内包している。片面は死に、片面は生きている。死せる面は現在もなお腐り続け、肉が腐り落ちるたびに生きた反面が悲鳴を上げる。
 ギャインギャヒンと哀れな声を上げると再び肉が再生し、元へと戻ってまた腐る。延々と繰り返される腐敗と再生のサイクルがそこには行われていた。
「半分腐った犬って、ゾンビゲームかよ。何かの実験かは知らないが、哀れだな」
『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)が眉を顰め、この不快な所業に対する意思を示す。異常を示す存在はリベリスタをしている以上、多数遭遇することがある。
 だが、人為的に行われたという情報を抱えるが故に、それはより不快感を拡大することとなり、牙緑の思考へと嫌悪を与えていた。
「生と死の狭間にある命か。憐れだね」
『闇狩人』四門 零二(BNE001044)が呟き、咥えていた煙草の火を揉み消す。
「……だが、最早命と呼べるものなのか?」
 かつて戦場において、数多の生死を見てきた零二。その彼にとっては眼前の歪な命は倫理を越えた存在に見えるのだろう。命とも言えぬ、命。
「結局倒すことに変わりはないが。判別に困る個体、か。話題の尽きない地域だな、極東は」
 欧州より来た、『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488)にとっては、この神秘の特異点とも言える状態の日本は酷く興味を引く地域となっている。
 自然発生だけではない。人為的であるこの事件もまた、彼にとっての興味の対象である。
「ぼくにとってはむしろ、これよりは六道の監視のほうが気味悪いなぁ」
 監視や観察するのは好きだけど、されるのは嫌だと『偽りの天使』兎登 都斗(BNE001673)は酷く身勝手な意見を述べる。
 だが、監視されているのいうものは非常に気持ちが悪いのは確かである。ましてや当面の敵として明確に立ち塞がっているフィクサード達からの監視であるならばなおのこと。
 目的は違うにしろ、手の内と行動、何より自分達自身をそれらの好奇の目に晒すというのは。心情的には決して穏やかではいられないだろう。
「フィクサードに品位を求めても仕方ないのでしょうけど、悪趣味なことね」
『エーデルワイス』エルフリーデ・ヴォルフ(BNE002334)もまた、同じ思いなのだろう。彼女の場合は監視する趣味はないが、やはり監視されることに対する抵抗感はある。
 やがて犬達は近づく存在に気づき、威嚇を始める。唸る声が路地に響き渡る。それはまるで生きた普通の野犬のように。
「……可哀想。弄ばれた命――あたし達で終わらせてあげる」
『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)が犬達へと同情の思いと共に、得物を引き出す。犬達もまた、不穏な気配を感じたのか一気に警戒を高め、身構えた。
 お互いの持つ刃、牙が次々と抜かれ、剥かれ。路地は戦場へと変転する。

●病牙
「さあ来い。せめて安らかな死をくれてやろう」
 誰よりも早く前に出たのは禅次郎だった。彼の構えた銃剣には闇が纏わりつき、その瘴気を裂帛の気合と共に解き放った。
 闇が犬達へと襲い掛かり、幾匹かの犬が蝕まれ、その生肉と腐肉を崩す。激しく悲鳴を上げる犬だが、本能のようなものが生きているのか、即座に反撃に転じる。
 危害を加える存在に対する、排除行動。群れを成す生き物である犬の習性を色濃く残したその行動。
「ぐっ……!」
 禅次郎が唸る。彼自身、誰よりも早く前へ出て立ち塞がることで、自らを囮にし犬達の初動を一手に引き受ける企みであった。
 だが、一つ誤算があるとすれば。犬の本能による連携は想定以上に纏まっていたこと。
 即座に反撃に転じた犬の連携は凄まじく、唸りをあげて一匹が飛び掛る。それを受け流そうとも即座に次の犬が襲い掛かり、牙を突き立てる。凄まじい勢いで囲み、食らいつく犬達は獰猛であった。
 銃身を用い、咄嗟に相手の攻撃を防いだ腕に牙が突き立てられる。その隙をつくように次から次へと殺到する犬の牙が肉を削り、抉り、禅次郎の肉体を傷つける。
 取っ替え引っ換え次々と殺到する犬達。犬の塊となりかけた禅次郎を救ったのは銃声であった。
「無茶が過ぎるわね。でも十分だわ、禅次郎君」
 固まった犬達へとエルフリーデの銃が火を吹いたのだ。一発の銃声から放たれた複数の射線は、殺到している犬達のいくばくかを打ち抜き、弾き飛ばす。
 ギャインッ、と憐れな悲鳴を上げる犬達。その悲鳴を切り裂くように、リベリスタ達は犬へと殺到する。
「ほら次はこっちだ! 思う存分相手してやるよ!」
 すかさぐ駆け込んだ牙緑が、手にした『虎的獠牙剣』を振り回すと備わった腕力と武器の重量を併せた一撃が飛び掛る犬を深く切り裂き吹き飛ばす。
 その一撃で開いた群れの穴へと飛び込んだ零二が大剣を振り回す。その一撃は残像を纏い、剣が分裂したかのように多数の犬を切り飛ばした。
「貴様らの敵はここだ……!」
 犬達を睨み付ける零二。その眼光に、害する一撃に犬達は踏みとどまり、警戒を強める。
 そこへエンジン音が響き渡り、羽音が手にしたラディカル・エンジンを振りかざし突入した。
「生きてようが死んでようが……肉を切るのは得意、なの」
 ぼそりと呟くその言葉は凄まじいエンジン音に掻き消される。だが、その一撃はエンジン音よりも激しく、荒々しく犬へと食らいついた。
 しっかりと地面を掴む蹴爪による安定感と勢いを載せた、より肉を刻み抉ることに特化されたその刃は、犬の生肉も腐肉も問わず多数の金属の牙が巻き込み、刻み、抉り取る。
 他の犬より突出していた不幸なる犬の断末魔が響き渡り、肉と骨を砕く音が路地へと響く。肉片が撒き散らされ、通常よりもどろりとした血液が路地を染め上げる。
 技量に裏打ちされたその一撃は一体の犬を容赦なく両断し、死の塊へと変えた。
「十分な頑張りだった。今治すからな」
 血と傷に塗れた禅次郎へと冥真が声を掛け、手にした経典を開いた。
 放たれた光と微かな風が、禅次郎の傷を吹き流すように癒していく。元よりこのような集中攻撃を予測していた彼は、即座に癒せるように戦場へと気と目を配っていた。
「一人で引きつけるのは無茶だよねぇ。まあ、おかげで纏まってくれてやりやすくなったけれど」
 そう、都斗の言うように結果として禅次郎の行動は目的を果たしていた。集団で狩る犬達も、一纏まりになることで狙いやすくなり、後衛への意識が逸れる。一網打尽にする為の技量を持つ者にとっては、その状況は格好のチャンス。
 都斗の担いだ大鎌が一閃した。同時に放たれた闘気は嵐となり吹き荒れ、烈風が犬達を蹂躙する。
 闘気の刃は多数の犬を深く傷つけ、その圧力は犬達の警戒心を引き出して大きく退かせた。
「さあもう一撃だ。この場において闇を扱うものは一人じゃない」
 その時である。弱る犬達へ、再び闇が襲い掛かった。ハーケインが構え、振り抜いた大槍から放たれた暗黒が犬達を蝕み、崩していく。猛攻に耐え切れぬ数匹はまた崩れ去り、地に還った。
 リベリスタ達の地力は並みの相手に引けをとるものではない。ましてや、ただの犬の化生程度であるならば。

 ――されど、やはり異形の犬。生と死を混在したその存在は一筋縄ではいきはしない。
 傷ついたその身は再び腐肉を紡ぎなおすように、戻る。人の身の傷が出血し、固まり、瘡蓋となって治癒するように。その犬達は傷を蠢く腐肉で覆い、塞ぎ、再生する。
 だが、やはり犬達には不利な要素がある。機先を制され数を失い、優位であった状況を欠いていた。そしてリベリスタ達は個々の実力も、士気も高い。
 だが、ここに及んである要素がリベリスタを苦しめる。
「……ああ、もう。面倒くさいねぇ」
 都斗が自らの傷を癒しながら呟く。その顔色はどこか悪い。
 犬の数が減ったとはいえ、そこに至るまではあくまで同数か少しマシ程度。習性から包囲して襲い掛かる、全ての犬を止めることは叶わない。前衛を抜け、後衛へと襲い掛かる犬も幾許かは存在していた。
 それらの犬の牙が食い込み、中衛後衛を傷つける。そしてその牙に込められた病毒が、今ここに至ってリベリスタを苦しめていた。
 強い毒性がリベリスタから体力を奪う。運命の加護を持つリベリスタ達であっても、完全にそれらの毒素や異常を防げるわけではない。自力で耐えるにも、やはり個人差がある。
 食らい付かれた者達はその毒に耐え、必死に応戦する。
「……尤も、俺には無意味なものだがな」
 ――冥真のような特殊な例を除けば、ではあるが。
 彼の身に備わった金属の器官は、外部よりの毒素を受けようとも即座に浄化し、悪影響を生み出さない。その彼が紡ぐ風が、音階が、味方を癒し続ける為に例え万全な対抗策が無くとも戦線は崩れることはない。
 崩れなければ、向かう結末は一つ。
「――数は最早十分! 包囲してくれ!」
 戦況を冷静に把握するように努めていた冥真の叫びに、リベリスタ達は即座に反応する。
 犬と人。物量に勝る犬も、その個体数を減らしては包囲することは最早叶わない。ならば、攻守逆転。包囲するモノはいずれ包囲されるモノとなる。
 例え野生を残す犬と言えども、そこに至ればどうにもならず。後は蹂躙されるのみ。
「時既に遅し、と言うのかしら? 最早逃がしはしないわよ」
 エルフリーデはすでに立ち位置を替えて、リベリスタ達が来た経路とは逆の道へと立ち塞がっている。その場から銃弾を放ち、犬の退路と残された命を絶っていく。
「最早これまで、とも言うな」
 ハーケインが振るう槍がまた、犬を貫く。その穂先が生み出す傷からは犬達の半身の生命力が漏れ出し、槍を通じて奪われていく。
 命を奪われた犬達は生肉と腐肉の塊となり、地面に無残に転がる。残された、生死の混在した犬はせめて半身しかない命を繋ぎとめようとリベリスタへと食らいつき、退路を生み出そうと抵抗する。
 だが、刃が、銃弾が。数多の魔力が、犬の生存を許さない。一匹、また一匹と倒れ、至極正しく死に至る。
「――俺の痛みはお前達の痛みでもある。眠れ、安らかに」
 最後に放たれたのは、禅次郎の痛み。誰よりも多く犬達の牙を、それに込められた病毒を、その身に受けていた男。その彼の痛みが今、解き放たれる。痛みを与えた犬達へ。
 目には目を、歯には歯を。そして苦痛には苦痛を。犬達の残された命を最後に奪い取ったのは――生きる為に犬達が与えた、苦痛だった。

●生死溶解
「……なんだこれは」
 零二が唖然と呟いた。
 戦い終わった時、リベリスタ達は犬達の死骸を持ち帰ろうとした。六道が何を企んでいるかはわからない。だが、その成果である犬達を得ることで目的を探ることも出来るだろう。そう思ったのだが――
「人の手に余る物を求めた先には破滅が待つと言うが……これもそうなのか?」
 倒した犬達。生死が混ざり合ったその存在が死した後に待つのは、存在の消滅だった。
 先ほどまで転がっていた犬が、肉が、骨が、全てが溶けて崩れ、消えていったのだ。
 凄まじい悪臭を放ちながら溶けた犬は、地面に染み込み、染み込まないものは大気と変わり、消え去った。何一つ、跡形もなく。
 残されたのは文字通り、圧倒的臭気のみ。その悪臭が、自らを蝕んだ傷が、先ほどまでの戦いが夢ではない事の証明であった。
「変な化け物にされた上、死骸まで残らないのかよ……」
 牙緑は先ほどまで戦っていた奇怪な生物達に同情的なのか、悔しげに言った。
 さぞ悲しかったのだろう。真っ当な生死を遂げられなかった上に、その存在までなかったことにされたかのような犬達の無念はいかほどだったのか。
 すでに溶け去り何も残らない地面の染みへ、ハーケインが油を撒き火を放った。防疫と、六道達が何らかの回収を行う可能性と。
「――やはり、少しは奴らに嫌がられをしておきたいよな」
 ちょっとした、個人的恨みを込めて。
 路地に上がったささやかな焚き火は、染み込んだオイルに合うだけの量の炎を巻き上げ、程なく消えた。
 僅かな臭気と油と、燃え上がった炎の残す煤けた匂いが路地へと満ちる。リベリスタの任務は終わり、示し合わせて路地を去っていく。
 羽音が呟いた言葉は何気ない疑問だったかもしれない。だが、妙にその言葉はリベリスタ達に残り……この事件の本質へと至る疑問だった気がした。
「それにしても……こんな事をして、何がしたいんだろ?」
 至極悪趣味。されど監視までする内容。悪趣味といえど、趣味の先にある何か不穏な予感が討伐者達へと残された戦果だった。

●観察終了
「生と死を混在した犬は最後には討伐される、か」
 彼方のビルの上。遠方より戦いを監視していた錆色の男、アイゼンヴォルフは呟いた。
 決して彼の望む回答ではない。摂理ですらもない。ただ、システムとして犬達は処理された。
 尤もすでに、犬達には彼の興味を満たすだけの情報量は残されてはいなかった。最後に残った戦闘データもまた稚拙。だが、彼以外の者にとってはそれなりの価値があるはずであった。
「――このようなつまらんデータでも、紫杏にとっては意味があるだろう」
 彼の現状における上司である六道紫杏。彼女の指示で生み出されたこの犬達は、アイゼンの知識欲は満たさずとも研究における成果の一つである。稚拙な成果であっても、一つたりとも無駄ではない。何故ならば、研究とは蓄積だからだ。
「それじゃ撤収しましょう、アイゼンさん」
 同行するフィクサードが声を掛け、アイゼンも頷く。観察物が朽ちたならば長居をする意味はすでにない。
 最後に何気なく双眼鏡を覗いた彼の目に、あるものが映った。
 それは犬を処理した後のリベリスタ。その中の一人――禅次郎がこちらを見ている。正確に把握しているわけではないのだろう。ただ、こちらを監視している視線の方向を察したのかもしれない。
 その彼が、こちらへ向かって中指を突き立てている。至極わかりやすい、明確な挑発。その口が動き、何かを言っている。
 唇の動きは、確かにはっきりとこう告げていた。

『次はお前達だ』

 それを理解した時、錆色の男は笑った。口角を吊り上げ、ニィと不吉な笑みを浮かべた。
 その様相に周囲を取り巻くフィクサード達がぎょっとした表情となる。常につまらなそうにしており、表情を動かすことのない男が笑ったのだ。それは彼らも初めてみる表情であった。

 ――リベリスタ。彼らが関わり続けるのなら、面白い結果が見れるかもしれない。

 自らの答えを求め続ける錆色の男は笑う。この実験の先に待ち受ける回答に、期待に胸を躍らせて。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 参加者の皆様、お疲れ様です。

 テーマ:なんか気持ち悪い

 そんな思いで書いたリプレイでした。
 戦術的にも能力的にも問題なく、犬は駆逐されました。
 今後どのようになるか、紫杏の企みはなんなのか。個人的にも気になります。

 それではまた次の機会に。