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<六趣に於いて蠢くモノ>ヒトデナシDeadEnd

●冷雨の夜に
 温度が無い。そんな雨が鼓膜を打つ、打つ、鬱々とした夜。
 今日も胃痛と偏頭痛。人使いが荒いという具合じゃない。いや、人と見られていないから当然なのかもしれないのだが。雨が寒い。滴る。後ろから刺したばかり。反撃に頬から血が滴ったばかり。
「何者だ、貴様……ッ、」
「……通りすがりの『懐刀』だよ、『人で無し』の旦那」
 標的の目には巨大なメスを持つ自分が映っている事だろう――ああ、早く仕事を済ませないと。山積み。ハードモードのパズルゲームみたいに。主人の一族に使えるのが定め。仕方ない。仕事だ。頑張ろう。欠伸を噛み殺す。眠い。寝たい。15分だけで良い。
 そんな事を思いながら。
「アーティファクト『チカチーロの舌』」
 薙払われたフォークの一撃をサドクターⅡと名付けられたメスで受け止めて。
「と、革醒者『人で無し』之井・ノーマン」
 掲げる。解き放つ。擬似的崩界紅月。

「――回収完了」

●六趣の奥底
 主人がヤケに上機嫌の鼻歌交じりで機械の尻尾をくねらせていたので、そっと訊ねてみた。
「何か良い事があったのですか」
「えぇ、えぇ! お聴きなさいスタンリー、前に雇った連中が持って来た『賢者の石』――あれのお陰でグッと研究が進んだのよ! 流石は万能薬(エリクサー)と呼ばれているだけはありますわね、正に奇跡の石ですわ。……ふふふ、欲しかったのよ、前々から」
「然様で御座いますか。何よりで御座います」
「そうそうそれから次の『おつかい』だけど」
「……仰せの儘に、紫杏お嬢様」
 我が主は本当に人使いが荒い。きっと自分と『師匠』以外を人間と見ていないから。

●三高平
「先日の『白亜の女神』事件をご存知でしょうか。
 アザーバイドではありませんが、様々なエリューションのタイプに当てはまる奇ッ怪なエリューションが出現したモノですが……」
 言いながら事務椅子をくるんと回し『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)がリベリスタ達へと振り返った。
 詳しくはここの報告書コピーにでもお目通しを、そう言って説明を始める。
「それと似たエリューションの出現を察知致しましたぞ。何と言いましょうか。生物でありながらアーティファクトの様な性質……全く例の無い存在ですな」
 モニターに映し出されたのは辛うじて人の形をした不気味な異形。一度ミキサーにかけた人間を人間の形に修復したかの様な。歪な。異様な。体――特に腕が巨大で、銀色をした棘みたいなモノが不揃いに突き出している。禍々しかった。
「……ところで、『人で無し』之井・ノーマンという革醒者をご存知でしょうか。リベリスタでもフィクサードでもなく、過去に一度アークのリベリスタと接触を持った人物なのですが」
 まさか、と思う。そのまさかだ、とメルクリィが頷いた。
「彼、のようなのです。詳しい経緯は不明ですが……ただ一つ確かな事は、彼にはもうフェイトはありません。皆々様が倒すべきエリューション、なのです。
 彼の防御値は高く、常時ブレイク不可の自己再生能力を有しておりますぞ。戦闘力も侮れません。かつて使用していたスキルの強化版とでも言いましょうか……それに加えてアーティファクトめいた力も。謎が多いです。お気を付け下さいね!」
 それから少し間を開ける。考え込む様に。
「前回の『白亜の女神』事件同様、これも『六道』によるものらしいのですが……その六道の中でも『六道の兇姫』と呼ばれる存在――六道紫杏、六道の首領の異母兄妹である彼女の一派が絡んでいるようですぞ。
 紫杏様についての詳細な情報はありませんが、文字通りの『天才』、だそうで」
 六道――主流なフィクサード組織の内でも研究・鍛錬といった求道系の派閥。その首領の腹違いの妹ともあれば、只者ではないだろう。実力も、その『思考』も。
「話を戻しますね。それで、現場付近にはおそらく六道派フィクサードが数人、何処か遠い所から戦闘を監視しているかと思われます。彼らが直接戦闘に関与する事はないようですぞ、こちらから手を出しに行かない限りは」
 不明点が多いですと眉根を寄せる。鬼事件も未解決だと言うのに。
 しかしそうと言って神秘事件は待ってくれはしない。やるしかないのだ。
「説明は以上です。それでは皆々様」
 向けるのは心配を押し殺した笑顔。
「お気を付けて、どうか御無事で――行ってらっしゃいませ!」

●何処か
 温度が無い。そんな雨が鼓膜を打つ、打つ、鬱々とした夜。
 崩れた脳と崩れた身体を引き摺って、返り血塗れに滴って、歩く。歩く。
 全身の神経を引き裂く激痛に意識が白んだ。

 遥か彼方から見守る幾つもの眼球には気が付かず。己の意識や自我すらも。




■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ガンマ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年03月17日(土)01:44
●目標
 エリューション『ノーマン』の討伐

●登場
エリューション『ノーマン』
 革醒者『人で無し』之井・ノーマンがクリーチャーの様な異形に変貌した姿。フェイトは無いようだ。
 異形化し巨大化した両腕からは大量の銀色の棘が生えており、身体のあちらこちらが硬質化している。が、どことなく不安定で不完全な様子。
 防御値高め、常時ブレイク不可の自己再生能力あり
>主な戦法
 ナイアガラオールスラッシュ:弱点、失血、ノックB
 マッドクラウン:遠2、呪い
 リッパーラッシュ:近範、連、致命
 EXチカチーロの舌:出血、流血、失血、致命
 など。攻撃に出血、流血、失血の何れかが付く場合あり

六道派フィクサード
 五、六人程度。遠くから観察を行っているようだ

●場所
 ひと気の無い暗い路地裏。やや入り組んでいる。三人程度が横並び出来る
 時間帯は夜、冷たい雨が降っている。

●STより
 こんにちはガンマです。
 『白亜の女神』事件に関しましては拙作『<六道>創世期女神』を
 之井・ノーマンに関しましては拙作『ヒトデナシPunisher』を参照して下さい。
 宜しく御願い致します。



参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
ツヴァイフロント・V・シュリーフェン(BNE000883)
覇界闘士
片倉 彩(BNE001528)
デュランダル
真雁 光(BNE002532)
デュランダル
ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)
クリミナルスタア
坂本 瀬恋(BNE002749)
ホーリーメイガス
雪待 辜月(BNE003382)
ダークナイト
ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)
プロアデプト
シメオン・グリーン(BNE003549)

●レイニーナイトメア
 ばらばらばら、コンクリートを叩いて居る。夜の色の黒い雨粒。そこには彼方の喧騒も、街明かりのネオンも、何も誰も居ない。
 直に桜が咲く季節だと云うのが信じられない、冷たい冷たい雨だった。死人の様な。差し詰め葬式。しめやかに。

「謝罪はもう遅いし無意味だ。だから私ではない誰かの言葉を一言――届けよう」
 フィクサードでもリベリスタでも無く、己が『正義』に従っていた男についての報告書から顔を上げた『ENDSIEG(勝利終了)』ツヴァイフロント・V・シュリーフェン(BNE000883)。その機械の耳に届くのは雨音、ただ雨音。
 資料によればあの時も雨だったらしい。こんな暗い夜だったらしい。
「奴さんにしてみたら何の因果で六道派に改造されちまったか堪らないだろうが、俺たちとしてはどのような経緯があろうとも倒すしかないわけだ」
 ただ、同情するぜと『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)は言う。幾ら裁かれぬ一般人を私刑で殺していたとは言え、六道派の餌食になるとは。
 様々なエリューションタイプの性質を持つ謎のエリューション、影に潜む六道の影。『白亜の女神』と似通った存在。
「くそったれ」
 雨音の中、『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)は漆黒のガントレットTerrible Disasterを握り締めて吐き捨てた。白亜の女神。敗北の記憶。ムカツク事思い出させやがる。
「今度は元覚醒者の人形か。前のあれも覚醒者だったのか?」
 苛立ちを隠し切れぬ表情のまま誰とは無しに訊ねてみる言葉、もしかしたら最近出てくるエリューションもそうなのだろうか?
「六道紫杏――アイツらはこんなもん作って何しようってのかね。
 ま、考えるのはそういうのが得意なやつに任せるか。アタシは目の前のやつをぶっ殺すのが似合ってる」
 黒い髪から、黒い銃指から、雨雫が滴り落ちる。
「ノーマンさんがどんな人だったのか知らないですが、六道派の所為でこんな姿になってしまったのだとするなら六道派は許せないです」
 瀬恋と同じく白亜の女神に関わった『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)も悔しげな物言いで歯噛みする。白亜の女神事件では痛い目を見て、六道派に後れをとってしまった。だが今回はそうはいかない、エリューションを討伐して無事に帰還してみせる。
 が、
「今回も六道派に手を出す余裕はないのですか」
 ゆうしゃのつるぎを握り締める雨の中。無視するしか出来ない己の無力さが悔しいです、と呟く。
 いつかこの手で懲らしめてやりたい。決意を瞳に顔を上げた。
「元がどんな人物だったかは知りませんが化外の姿となって彷徨うのは不憫ですね」
 片倉 彩(BNE001528)の所感も光と同じ、フィクサードの中でも動きが顕著になってきている六道一派が気に懸る。
「彼らの実験が実を結んでしまう前にその芽を摘み取っておきたいところですが」
 六道。六道か。皆の言葉に、唯一笑みの表情である『落とし子』シメオン・グリーン(BNE003549)はうっそりと目を細める。
「新しいタイプのエリューションかあ。どうやって作るのか、興味は尽きないね」
 バラバラにして心ゆくまで調べてみたいなあ、と。雨合羽に雨水が撥ねる音を聞きながら双眼鏡で周囲を見渡す。探しているのは六道派――サテ、何処に居るのだろうか。
「監視されるのって気にいらねえな」
 フィクサードは相変わらずワケわかんないことしてくる。『ペインキングを継ぐもの』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)は用心深く雨煙の路地を見渡した。視界は良いとは言えない。肌をぬらす冷たい温度。それを感じながら思う。
(紫杏とかいう女……えげつないことする割にかわいい顔してんのな)
 兇姫。その名が冠する通り常軌を逸した行為。

 その冷たい微笑みが如く、雨。

「どうしましたスタンリーさん?」
「あの二人……」
「あぁ、アークの真雁光と坂本瀬恋ですか。どうかなさったんで?」
「……いや。前に見かけただけだ」
 やるのだろう、と眼鏡の奥から目配せする。勿論だと研究員たちは待ち切れんばかりに破顔した。
「「「全ては我らが姫の為に」」」

 そんな遣り取りは雨音に消える。
 変わって聞こえてきたのは水溜りを歩む音、苦痛に苛まれているかの様な呻き声。
 それから――濃密な殺気。

●ざーーー
 在り来たりな話だろう、鼻で笑うだろう。唯一の家族が目の前で嬲られて弄ばれて殺されて。自分だけ生き残って。しかし法はそれを裁かなかった。頭が変ならば罪は無い、全く『素晴らしい』正義だ。何が正義か。それが正義か。否と叫んだ。復讐と呼ぶのだろう。悪と罵られても構わない、人でなしと蔑まれても構わない。俺は俺の正義を信じる。正義の反対もまた正義だ。嗚呼、鼻で笑うのだろう。在り来たりな話。

 アスファルトの黒い雨を蹴る。
 高めた身体のギア。ショッキングピンクの剣閃が尾を引く。

「『ヨォ、良イ天気ダナ』」

 ツヴァイフロントが現れた異形へ放った声は前回の報告書にて仲間が放った言葉だった。言葉や状況の再現を行いながら自我の復帰を試みる為、「『お前モ覚悟ハアルンダロウ?』」放たれた穿つ気糸を掻い潜り、刃で断ち切り、濡れた壁を蹴り繰り出すのは多角強襲。
 堅い。それに、ほぼ防がれた。浅い手応えを感じつつ飛び下がればユーニアが転がすライトに仲間の照明が暗い路地と異形となり果てたノーマンを照らし出した。最早表情すら形作らぬ爛れた顔面。
 彼のことは報告書で読んだ程度だが――雪待 辜月(BNE003382)は思う。
(こんな姿で合いまみえることになったのは寂しいです)
 彼は嗜虐趣味でも快楽殺人者でも無かった。決して分かり合えない人物では無かった。だからこそ。
「今貴方が何を思っているか私には判りませんが、せめて安らかに眠ってください」
 誰であれ、そうする権利はあると思うのです。ゴミ箱の影に隠れて体内魔力を活性化させた。
「聞いた話だけど、あの時も雨だったってな」
 転がったライトに雨を踏み締めるユーニアの脚が映った。

「雨、好きか?」

 ずぶ濡れだけど、雨は嫌なもの全部洗い流してくれるから。血みどろよりこっちの方が良い。
 あまり認めたくないが、嗜好や指向――このヒトデナシとは気が合いそうだ。報告書にて彼が発していた言葉を思い出す。
『君達とはもっと違う形で会いたかった』
「……ああ、確かに違うかたちで会いたかった。せめて綺麗に止めを刺してやるぜ」
 行動を集中に捧げる。研ぎ澄ませ始める。
「覚醒者と破界器を素材にこれほどのものが作れるとは、実に素晴しい。これが一般人に応用できれば、もっと……っと、」
 シメオンは巡り巡る思考を無理矢理戻す。先ずはこれを動かなくしなくては。続いて集中を始める。

「逃げ場などありません。ここが貴方の終着駅です」
 間合い零、思い切り振る割れた棘の腕を全力防御。彩の白い腕から赤が散って雨に消える。滴る。異形の呻き声。闇雲に兇器そのものな腕を振り回す――狙いは滅茶苦茶な分、その威力は馬鹿みたいに凶悪だった。
 その豪撃を掠りつつも身体のリミットを外したディートリッヒは集中する。渾身の力。倒すとしたら一撃一撃力を込めて、防御すら圧倒する様な痛打を。

「よぉ、ハジメマシテ。ヒトデナシのニーサンよぉ。随分と不細工になっちゃって大変だねぇ」
 光が放ったブレイクフィアーの中、集中を重ねている瀬恋が声をかける。彼の意識が残っているか確認する為だが――返って来たのは呻き声、リベリスタの合間を縫って放たれた凶のカードが辜月を庇ったツヴァイフロントに突き刺さる。雨に血潮。瀬恋の舌打ち。矢張り理性は残っていないのか。
「こうなっちゃ正義も何もあったもんじゃないね」
 チィとばかり同情するよ。強烈な一撃を決めるべく、集中を続けてゆく。まだか。まだだ。視線の先では集中を重ねたディートリッヒが確実な一撃を加える。もうすぐ。後少し。
 今だ。

「――おまたせさん。ぶちかますよ」

 殺気を孕んだ声と共に最悪な災厄の砲身が前にせり出す。放つのは断罪の弾丸、己すら蝕む呪いの一撃。集中を重ねたその狙いは正確無比。
「待ち侘びたぜ……!」
 直後にペインキングの棘を構えてユーニアが飛び出した。呪いに蝕まれ半歩蹌踉めいたノーマンへ突き刺す棘は血の様な赤、銀の棘の間隙。頬に返り血。血を呼ぶ得物。何となく似ている、と思った。
 傷の治らぬ呪い。シメオンの気糸に縛られたノーマンの傷口の超再生が止まった。
「ボクがしっかり回復サポートをするですよ!」
 パーティーを支えるのも勇者としての役割。強敵を倒す為には地盤を固めないといけない。光が放つ破魔の光が仲間の流れ出る血を止め、辜月が紡ぐ旋律がその傷を癒していった。
 今の内、一気に攻める。集中を重ねる――ツヴァイフロントが刃を煌めかせる。吐く言葉は報告書の内容。「『よぉ。罪を犯しながらも裁かれない、相応の罰を受けない罪人ってのはアンタか』」本当に、本当に彼にはもう意識が無いのか。もう『之井・ノーマン』は居ないのか。
 集中を重ねるリベリスタ、気糸を振り解き呻くノーマン。刹那に彼だった者を強襲するのは氷であり、刃であり、魔法であり、弾丸であり。
 拉げた肉が徐々に治る。異様な光景。異形の肉。そこから突き出したチカチーロの舌が、血を求めて襲い掛かってきた。

 迸る鮮血。雨の音。音。血飛沫。

 激しい一撃、彩が運命を燃やす事無く鮮血と共に力尽きた。ならば自分がと集中を重ねていたディートリッヒがノーマンに接敵する。繰り出す豪撃は集中を乗せた圧倒の重撃。Nagleringの銀色がチカチーロの舌の銀色を薙ぎ払う。集中を重ねた。
 多くの者が集中を行うと云うこの状況――次の一手をより確実にする為とは言え、お陰でノーマンはかなり思うが儘に遮られる事無く行動し、更に自動的に傷を治してゆく。
 長期戦。それ相応の被害。迸る血潮。赤に黒。自己再生を持つ頑丈な者に長期戦は厳しいか。黒に赤。
 交差した気糸。縛り上げるシメオンの糸と、穿ち貫くノーマンの糸。傍でくぐもった悲鳴を聞きながら瀬恋は柳眉を吊り上げて最悪な災厄を構えた。狙う頭は動けぬ異形。
「借りを返しに来たってのに寝てなんていられないだろぅがよ?」
 休んでいる暇も、ましてや倒れる時間も無い。放つ殺意にノーマンの頭が仰け反った。飛び散る肉片は雨に流れる、が、じわじわ。ぐずぐず。少しずつ、少しずつ治るのだ。皆の集中の間に、今も。照準を合わせる。

 また巡る時間。
 頽れる者、運命の燃える音。先を消費して、冷たい雨の中。

 歯噛みして辜月は胸の傷を握り締めて立ち上がる。遮蔽物を悠々と貫いて突き刺さった呪いのカード。視線の先には倒れた仲間、血に染まるアスファルト。雨と血に濡れた唇で歌う――歌う、精神力はシメオンが供給してくれる事が僥倖か。
 倒れた者は既に数人。運命を用いた者も居る。視線の先ではユーニア、光がノーマンと激しい攻防を繰り広げていた――
「ボクは勇者です。最後まで立って……みんなを支えるです!」
 唱える呪文、放つ魔法。着弾の衝撃にノーマンの片足が下がったその隙、集中を重ねたユーニアの赤い棘が銀の棘を突き破って突き刺さる。刹那、反撃と振るわれた激しいスラッシュにユーニアの咽から鮮血が吹き上がった。
「ぐッ……!」
 血を浴びて、血を浴びせて。先を焼いて意識を繋ぎとめた。まだ戦わねばならぬのだから。
 後衛には、回復手にはもうこれ以上危険な目に遭わせない。生命線。長期戦。じわじわ。まだ戦いは終わらない。消耗戦。
 砂時計のナカミが爛れ落ちる程に、危険な状況。焦燥。
 辜月の祝詞は癒しの息吹となってユーニアの身体を包み込む。その間に振り下ろされた棘は光がゆうしゃのつるぎで受け止めた――玲瓏な音が響く。勇者になるのだ。負けられないのだ。弾き返して聖なる光。
 そんな光にも癒しの息吹を授けんと辜月は詠唱する中、瀬恋へとさりげなく眼を遣った。己が傷を痛みを弾丸にする彼女。ちょっと痛々しいけれど、全快状態にはしない。
 今は兎角火力が必要だった――けれど、けれど。ここまで。もうこれ以上、長期戦が得意な相手に戦い続けるのは被害が広がるばかりだ、と。
 リベリスタの脳に過ぎる撤退の言葉。致し方ないか、取り返しのつかない事になる前に。
 退こう、といったのは誰だったか。雨の音に掻き消える。

 最後に何か残す言葉や思いがあれば傍で聞きたかった。
 寒いなら抱きしめたかった。冷たいままはきっと寂しいだろうから。
 せめて人として弔ってあげたかった――

 歯噛みして、血が滲むほど。辜月は気を失った仲間を担いで走り出す。雨の中。仲間と共に。
 ノーマンの方も何かに指示されたかの様にピタリと動きを止めるや引き返し始めた。
 そこではたと誰もが気付く。
 ツヴァイフロントと、シメオンが居ない。

「『退いてくれ――頼むから、退いてくれ! 俺を殺すのはそれからでも遅くないだろう!』」

 傷を抑え、バイクに跨り、後ろにシメオンを乗せ、ツヴァイフロントが噎せながらも叫んだ先にはノーマンの背中。撤退しかけていた背中。それを追って。
 そして、見逃さなかった――それはいつか彼が発した言葉。一瞬だけ止まったノーマンを。聴き漏さなかった。呻いた声を。
「…… あーく?」
 掠れた白んだ壊れた記憶。ある種の奇跡か、呼びかけ続けたツヴァイフロントの努力の賜物か。
 再び路地の合間を退き始めたノーマンにツヴァイフロントは尚も語りかける。
「『ありがとう、私達の為に戦ってくれて。感謝なんて求めてないかもしれないけど。それでも、私達は嬉しかった』
 きっと君に、これを言う人達は皆待っているから。代わりに、君に届ける」
 背中。止まらぬ背中。この先に六道が居るのだろう。音が聞こえる。会話の声が。或いは引き返せと仲間の声。けれど、二人の目的は六道と接触する事。
 エンジンを吹かせる。身体に負った傷からは尚も血が流れているけれど。

●6
「あっ、なんか変な二人がこっちに来るつもりッスよ」
「我々に喧嘩売りに来たんでしょうか?」
 研究員の視線に、懐刀は黙って頷き闇に消えた。

●斯くして
 ノーマンとバイクの間、一つの人影。ブレーキ、20m以上は離れて。
 カレイドシステムに観測された『彼』なのだろう。闇の中、丸眼鏡と巨大なメスだけが妙に輝いて見える。こちらを窺っている。
「今指先1つでダウン出来る敵に長期戦でデータを多く取れるよう戦っているのも、賢者の石の際棒立で見過ごしてあげたのも、研究データを分けて頂きたいからさ。多少融通してはどうか。それとも『天才』マシロを恐れているのですか?」
 彼女に続き、シメオンもテレパシーを投げかける。
『初めまして。覚醒現象に並ならぬ興味を持っている者です。
 ノーマンを拝見して感動しました。素晴しい発想と手腕だと作者にお伝え下さい。
 僕は今アークにいますが、全人類の覚醒を目指して研究をしており、六道とは今後個人的に関わりを持ちたいと思っております』
 笑んで曰く、データが欲しいと。それによって得たものは可能な限り渡す所存と付け加え。
『ご一考下されば幸いです』
 視線が合う、闇と雨の中。だんだん血が流れてふらつく意識。傷。懐刀は黙っている。
 ややあって、
「私にそんな命令は下されていない」
 たった一言。大きく一歩――その瞬間。
「何やってんだッ……退くぞ!!」
「退き際はちゃんと見極めるです!」
 駆け付けたユーニアと光が二人を掴む。撤退すべく走り出す。
 やがてチカチーロの舌に蝕まれた傷から更に血が溢れて――手を引かれる二人は、意識を手放した。

 雨が、降る。降り止むのはいつの日か。止んでも降りしきる、黒。





『了』

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
メルクリィ:
「お疲れ様ですぞ皆々様……御無事で何よりです。ゆっくり休んで、傷を癒して下さいね……!」

 だそうです。お疲れ様でした。
 如何だったでしょうか。

 結果に関しましてはリプレイ内に含めました。

 これからの依頼も頑張って下さいね。
 お疲れ様でした、ご参加ありがとうございました!