●ある悲劇の帰結 波の音が、遠い。飛沫は風に飛んで頬をわずかに染めていくが、この飛沫に含まれる「彼女」の血は、今時分ではどの程度の割合なのだろうか。そこまで考えてから、男は下婢た笑みを浮かべた。 夢見がちな女だったと思う。だからこそ、誘い出すのも放り込むのも簡単だったのだろうけれど、この感情はなかなか忘れられそうになかった。全て完璧に終わらせた。証拠も何一つ残されていない。 明日からもまた、同じように繰り返すことが出来る……そこまで考えたところで、踵を返した男は背後から聞こえる歌声に足を止めた。遠いようで近いその歌声の響きは、正しく先程手にかけた相手の声ではないか。 波の音だろう。違う、波の音に混じってはっきりと聞こえる。 潮の流れか。いや、今日は確かに潮の流れは激しいが、それでも声には聞こえまい。 水から何かが打ち上げられる音が。馬鹿な、「あの女」は簡単に戻らないよう、遠くに。 そこまで考えたところで、男は足を掴む青白い手を見、潰れる歯と鼻梁の音を聞き、水で歪む視界の端に、水妖の姿を垣間見て、そこで意識も命も途絶えてしまった。 ――だが、待てと男は散り際に考え直す。 『一人ではなかった』、と。 ●叶えたがらぬ人魚姫 「昔話なんて、最近は教訓にもならなくなった。何でか分かるかい?」 端末が映しだした映像をつまらなさそうに眺め、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)はそう問いかけた。 「それだけ、物語より奇異な現実が増えたってことさ。……今回相手にしてもらうのは、文字通り人魚型のE・アンデッドだ」 恐らくは、先程映像に移った異形のことだろう。人魚というには、余りに歪んだ形だったようにも思えるが。 「名前は波雪 水魚(はゆき みな)。配下として魚のE・ビーストを2体、従えている。今の映像で死んだ男に騙される形で死んだ後、エリューション化したようだな。……この男の死後、更に周辺で数名殺害し、現在フェーズ2になった。その特性を考える限り、『本来の』人魚、つまりセイレーンに近い形に落ち着いたみたいだな」 歌で魅了し、海に引きずり込む。そこまで悠長でなければ、強硬手段に持ち込む。それほどに厄介だということだろう。 「夢見る少女の時間はもう終わりだ。梅雨が余計湿っぽくなるまえに、お前らのシャウトで吹き飛ばしてやりな」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月20日(金)22:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●付箋1:ただ、求めただけ 或いは、そんな結末すら望んでいたのかも知れない――そう思いながら、闇の間を揺れ泳ぐ。『いつまでも幸せに』、という枕詞を冠する夢物語の終わりが来るなどと夢見たこともある。 だが、彼女に齎された結末は日常に埋没する程度の非日常であり、既に彼女自身が非日常と成り果てた。醜い有様に狂気を見、美しい世界を見たいと歌い藻掻く。 結末は未だ見えず。波間に濡れる夢へ終焉を。 ●例えば、あの日のように 「ふふ、あの人とも昔こうやってデートしたわねぇ……」 「俺としては、こういうのも悪くないけどな」 そんな会話をしつつ、闇に落ちた磯辺を手を繋ぎ散歩する一組のアベック……というのは古いか。方や、『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)は勘違いしてしまいそうだ、などと思ってはいるが、彼女の素の魅力や身体のラインを否応なく強調するワンピースなどは、並び立つ雪白 音羽(BNE000194)と並べたところで何ら遜色が無い。げに恐ろしきは団地妻の魅力ということだろうか。 極力海に気を配らないように意識しつつ、二人が歩いている最中、その歌は密やかに二人の耳朶を打つ。人を誘い、自らへ誘う、世界を呪った毒の歌。波長が多少でも合えば肉体まで冒すそれを聞き、最初に足を動かしたのは音羽の方だった。もとより呪いの類に耐性の無い彼が狙われても当然だが――引きとめようとする由利子を見返した彼の瞳は、未だ理性を残したそれだ。 「音羽さん!?」 由利子の悲痛に感じる叫びは、ある種の鬨の声の様にも感じさせる。叫ぶが早いか武装を整える由利子の脇を抜いて、望月・嵐子(BNE002377)がライフルを持ち上げる。予め命中力を上げたその銃口は、声の主である水妖、波雪水魚とその配下を斜線に捉え、引き金を連続して引き絞る。彼女の放った2度にわたるスターライトシュート、そのマズルフラッシュが開戦の合図を鮮やかに彩った。 ●世界を呪え、泡沫を哂え 不安定な足場を慎重に確かめながら、しかし七布施・三千(BNE000346)の動きは早い。音羽に狙いを定めながらも、嵐子のスターライトシュートで一際痛手を負った水妖へとマジックアローの照準をあわせ、迷いなくその一撃を撃ち放つ。辛くもかわした水妖だったが、その先では既に『二重の姉妹』八咫羽 とこ(BNE000306)がオーラによる爆弾を構え、振り下ろす光景が見て取れた。 「逃がすわけにはいかないの」 轟音と共に爆発するそれは水妖を揺がし、僅かながら勢いを削ぐ。そこまで事態が動くことを待たずして、既に音羽は臨戦態勢を整えていた。事態の急変を水魚が理解するを待たず、音羽は片手を掲げ、水魚を中心に魔力の炎を爆発させた。とこは既に、軽い羽ばたきを残して範囲から脱している。 水魚本人はなんとか逃れたものの、二体の水妖は反応が覚束無い。ちりと火種を纏う片一方の水妖が慌てて水を浴びて火を消そうとしても、魔力の炎はしつこくまとわりつき、その身体を焦がし続ける。 そこで漸く状況を理解し、怒りを顕にした水魚、そして燃え上がる水妖は相次いで音羽に照準を合わせた。 「……っと、これは結構キツいぜ」 水妖の一撃をかわしはしたものの、水魚の水弾の半分以上を身に浴びれば、そのダメージは軽々に扱うことができないものとなる。唯一の救いは、後ろに控えた由利子のオートキュアーがほぼ同タイミングで付与されたことだろう。 「魚かぁ。焼き魚に煮魚、お刺身……お腹減ったなぁ」 そんな呟きを残して振り上げられた『偽りの天使』兎登 都斗(BNE1673)の大鎌は水妖の鱗を幾つか奪うに留まったが、その底力を魅せつけるには十分すぎる一撃である。圧倒的な不利を認識させるこの一連の状況をして、水魚にはまだ余裕があった。この程度での敗北は有りえない、それは自身が理解している。十分な余力のまま、再び彼らを呪えばいい――だが、その考えは些か甘い。 「……call object “TrapNest” それは灯ること無き因果交流の青い燈」 水弾を撃ち尽くし、大きく隙を作った水魚を、『カムパネルラ』堡刀・得伍(BNE002087)の気糸が縛り上げる。ぎちぎちぎち、と数秒の力比べを制したのは得伍。指先を動かすこともできず、赫怒の炎を瞳に秘めて水魚は得伍を睨みつけるが、彼は一切動じない。彼には、決意がある。仲間を信じる限り、この人魚をこれ以上自由にすまい。弱いと自覚するからこそ、勝利するという決意が、である。 敵の攻撃の主軸を封じてしまえば、あとは水妖への各個撃破だ。だが、水妖とてエリューションの端くれ。持久戦を要する以上、防御にも意識を割く必要は十分にある。 「得伍ちゃんがチャンスつくってくれたもんねぇ。利用させてもらうっちゃんね!」 そう叫び、駆け抜けるのは『十徳彼女』渡・アプリコット・鈴(BNE002310)だ。その手に握った小太刀は、敵を断ち切る為ではなく、味方を守る陣を張るために振り下ろされた。切っ先から放出される陣は全員に纏い、守りを強く保たせる。本来なら一身に受ける覚悟で水魚を狙った彼女であったが、連携によって一足飛びに行動を早められたことは大きな進展であった。 得伍は、次いで水妖へのピンポイントを狙う。一体を自らに引きつけることで、仲間を有利にしようという、これも決意。水妖の戦力と彼の護りを天秤にかけて、決して賢くはなく、しかし立派な決意の一端であった。 「人魚……といってもエリューションだもんね。害でしかないし、早めに倒さなきゃ」 不老不死の妙薬――などというステレオタイプの伝承が都斗の脳裏をよぎったが、元より興味のない話だ。そんなモノに手を伸ばすまでもなく、そのフェイトに身を預ける意思がある。振り上げたデスサイズが大きく風を切り、真空波を叩き込む。燃え上がり、更に斬撃を身に受け、水妖がよろめく。 「音羽さん、大丈夫ですかっ?」 「問題ない。深町が手を貸してくれたからな」 回復を試みる三千に、音羽は不敵な笑みを返す。身体を駆け巡るその感覚を前にして、負ける気がしない。負けるわけにはいかない。信頼して背中を預け、同時に前を向くことができる。当の由利子は、既に得伍へ向けて駆け出している。水妖の一撃目は身代わりになれないだろうが、さりとて彼女の身、そのものが仲間を護る大きな盾。一度二度の遅れで倒れる味方でもなし、それを悔いる己でもなし。 「まだまだ、手を緩めないよ」 「全くだ、こんなものでは終わらせられないな」 音羽と共に動きを止めず、次の爆弾を練り上げるとこの瞳には、恐れはない。――或いは、今の彼女は――であろうか。いや、これは詮無い話か。それが誰であろうと、その戦いに於いて全力を傾ける以上、彼女は等しくリベリスタの一人なのだから。 「動きが単調だね。まとめて狙って下さいって言ってる様なものだよ」 嵐子のライフルもまた、淀みなく弾丸を吐き出していく。水魚が行動不能になっていることもあり、水妖たちの連携も甘くなった今、彼女の射線を遮るものはない。磯の凹凸など気にもとめずに位置取った射線からのそれが牽制に終わったとして、次の一手の重大な糧になる。それを考えれば、彼女の積極的な射撃の効果は、思いの外大きい。 「時間稼ぎぐらいは、できるっちゃんね!」 得伍がピンポイントで自らに水妖の標的を向けさせる一方、鈴は式符を操り、水魚の標的を引きつける。いざ動きが回復したところで、守りを固めた彼女の護りを貫いて痛撃を施すことは、恐らくは難しい。狙いをある程度定めてしまえば、後は互いの粘り合いだ。その鬩ぎ合いを見届ける三千の価値は――高い。 ●付箋2:夢のように 最初の復讐はたやすかった。赤子の手をひねるように、花を手折るように、ただ軽く引くだけで足掻き叫ぶ男の姿は惨めで仕方がなかった。そう、これは「楽しいこと」だと、死を経た脳が理解した。 そう、一度死んで生まれ変わる。昔話には暇無いこと。それが人の姿を半ば以上すてたのなら、尚の事。この体は不老不死の源泉、永遠を約束される八百比丘尼か。――いや。そんな仰々しい呼び方なんて欲しくはない。私は夢を追うために、ただ人魚姫を名乗りたい。 それは正しく罪深く。人は正しく私を恐れ。そして呆気無く、死んでいく。 楽しいのか? 楽しいです。四方から縛るその糸に身を裂かれて尚、その衝動の前に、人魚姫は身を掻き抱く。 ●夢の終わり 「まだ、離す訳には行かない……!」 「ほら、しっかり! デレデレしてちゃ駄目よ!」 「そんな歌声じゃ、僕には届きませんよ!」 「こんなんじゃ、当たらないっちゃんね!」 水魚と得伍の意地の張り合いは、正味のところ、五分といったところだった。水妖の一体を仕留め、次の水妖を狙う面々だったが、或いはトラップネストの効果を十全にできず、或いは彼女の意思の強さの前に戒めが敗れ、合間を縫う一撃一撃が重い。要の全体攻撃を封じたのは大きいが、対処療法的な戦闘を強いられるのは、互いに負担を増して行く。 だが、水妖の狙いが外れた得伍を置いて鈴へと防御対象を変えた由利子と、その背後から確実に状態異常を狙う鈴の二人の連携は、水魚を少しずつ追い詰めることにも貢献していた。合間を縫って、由利子がオートキュアーを自分にかけることが出来たことや、2体目の水妖を前にして音羽のマナブーストが入ったことも、事態の進展の加速に一役買っていた。 都斗やとこ、音羽たちフライエンジェの面々などは、飛行戦闘に及ぶことで、より立体的な行動も可能となる。つまりは、互いの射線や狙いを気にせずに攻め立てることができるということ。都斗のオーラスラッシュを受けた拍子にとこの爆弾が爆発し……水妖二体は、完全に沈黙した。 残された水魚にも、十全な体力が在るわけではない。寧ろ、度重なる状態異常の結果としてかなり疲弊している。全力を尽くしているリベリスタ達もまた、然り。満身創痍には程遠いが、残るは互いの意思と意地の比べ合いだ。 「これ以上、哀しみを撒くことをさせやしない……!」 「的が一つだからって、外す気はないよ」 1$硬貨を撃ちぬく弾丸が、水魚の腕を撃ちぬく。得伍は、自らの精神を振り絞り気糸を練り上げる。だが、水魚を縛り上げる気糸は、ひとつではない。驚いたように糸の発生源に目を向けた得伍に、都斗は僅かに口元を歪めるのみだ。 一人ではないし、一度ではない。何度でも封じてみせる。その歌が二度と、不幸を生み出さないために。 「あんたの死に様に同情はするが、無関係の人間を巻き込んでいい理由にはならんだろ?」 魔力を増した音羽の魔弾が、人魚を強かに打ち据える。ぎり、と聞こえる歯軋りを前に、しかし彼は僅かな笑みを隠さない。 その怒りが困難への道程なら、喜んで受け入れよう。戦いの中で倒れるのなら、起き上がろう。自分の運命はその中でしか見いだせないのだ――彼はそれを知っている。だから、容赦も油断も遠慮もしない。自分に気を取られてくれるならそれも重畳。そんな水魚をして、 「背中がから空きだけど、いいよね?」 都斗のデスサイズが叩きつけられ、水魚は陸上へと打ち上げられた。立ち上がる彼女の足は、既に二股にわかれた足びれの体をなしている。もう、それが終着点であるかのような醜悪な姿は、しかしリベリスタ達の胸を打つにはありきたりすぎた。 最後の最後、その怒りは彼女の戒めを砕き、音羽へと水弾を放ったが、それで終わり。再びの束縛を解くこともできないまま、戦場の中、彼女の世界は無情な終幕を引かれたのだった。 ●夜釣りは今日も? 「泡になって消えられたらロマンチックだったのだけれどね……」 由利子の言葉を受け、得伍は空を眺めた。人魚の伝承というものは、往々にして幸せになることはない。八百比丘尼しかり、人魚姫しかり、ローレライの伝承しかり。だが、その結末をしてリベリスタは「当たり前」と飲み込むことを要求される。だから、彼の思索も由利子の呟きも、決して無駄ではない。 「折角だし、お寿司でも食べに行く?」 「海に来たんだし、磯釣りしていきたいかな。後で合流するよ」 「泳ぎたいけど、水着持ってきてないんだよね……」 「流石に、まだ夜の海は寒いと思うの」 他方では、鈴、都斗、嵐子などはそれぞれに次の行動への思索を巡らせていたりもする。それらの息抜きも含めて、依頼として糧になるなら……まあ、領収書くらいは降りるだろう。 「ダメやったら雪白ちゃんがおごってくれるっちゃもんねー?」 「……それは、まあいいんじゃないか」 まさかの音羽の自腹案も出つつ、一行は寿司へと向かうことになる。後、ボウズだった都斗が合流したのは、ご愛嬌。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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