●素敵な効果 意識が遠くなる。抵抗する気力はとうに失せていたがなんとかわかってもらいたい。次こそは期待に応える……全力で意に添うよう務める。だから、だから命までは奪わないで貰いたいと。このまま意識を失ったら、もう2度と目覚めないかもしれない。それほど、己を引きずり込もうとする闇は深く暗く果てしない。 「三尋木さん、綺麗ですねぇ」 うっとりとした乙女モードで名を呼ばれた三尋木凛子は厭わしそうに眉間から鼻にかけての曲線に皺を寄せる。 「あたしは真面目に折檻しているっていうのに水を差すなんざ興ざめだよ、配島。少しぐらい黙ってみておいでな」 口ではポンポンと文句をいっているが、賞賛の態度に悪い気はしないのか口元には淡い笑みがほころんでいる。それとも、魂切るような絶叫をBGMに無造作にむしり取ったナオトの肉片を浅場へと差し出す。 「これも見てごらんよ。いや、見るまでもないだろう。素晴らしいじゃないか」 血の海にのたうつナオトから切り離された肉片の断面は美しい赤に彩られている。既に幾つもの肉片は迅速に凍結されミクロトームでマイクロ単位に薄切され、染色されて顕微鏡にかけられている。 「やはり凛子様のお見立て通りです。どの標本にも顕著な変化が存在していてい……」 「どれどれ、僕にも見せてよ。浅場」 配島が駆け寄るよりも早く浅場は手元のスイッチを押してスクリーンに投影する。立ち止まった配島が小さく感嘆の声をあげた。 「凄いね。エラスティンもコラーゲンも基質もすっごくいい。これ、本当にナオトのお肌?」 「……目の前で処理したものではないですか」 珍しく不愉快そうに浅場が言う。白いテーブルの上のこぢんまりとした機材だが、普通に手術室から運ばれてくる臓器を検査する程度のものは揃っているのだ。 「わかっただろう? あたしゃあの娘が欲しいんだよ。なんでもいいからここに連れておいで。必ず生かして……聞こえているかい?」 凛子はハイヒールの爪先で動かなくなったナオトの頬をちょいちょいとつつく。 「今度失敗したら……まぁそれは言わずが花ってやつだろうさ。配島、あんたが手伝ってやってもいいんだよ」 凛子が横目で視線を送る。逆らうなど想像もしていない強気で美しい目だ。 「三尋木さんがイケって言うならどこだってなんだって」 配島は本当に嬉しそうに言った。 ●月下の美女 ブリーフィングルームに姿を見せた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)淡々とした口調で話し始めた。 「危険なノーフェイスを処理して。彼女はとても強い力を持っているから、世界に対しての悪影響が懸念されるの」 だから一刻も早く消滅してもらなわいといけない……と、イヴは言う。 「対象の名前は谷中篝火(やなか・かがりび)。少し前まで岡山にいたけれど姿を消していて、やっと見つけた。でも……三尋木も動き始めている」 イヴの説明によれば三尋木は篝火を生きたまま手中に収めようとしているらしいが、篝火が強いノーフェイスであることには頓着してない。 「篝火と接触するのはたぶんこちらが早い。でも、三尋木の情報収集もあなどれないから……時間はあまりない。そして、今度は三尋木のフィクサードも本当の意味で必死」 イヴは視線をさげる。リベリスタ達に無理はさせたくないし、危険な目に遭わせたいと思っているわけでもない。けれど、ノーフェイスを放置しておくわけにもいかない。 ここまで説明すればもうリベリスタ達は危険を承知したうえで戦場へと向かっていく。ノーフェイスが生じた瞬間から、アークのリベリスタ達には他に道はない。それはイヴもよくわかっている。 「詳細はこの紙を読んで」 イヴは紙片を置きブリーフィングルームを去っていった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月12日(月)23:27 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●はなむけ 去ってゆく若きフィクサードの後ろ姿を配島は静かに見送った。もう一言、何か言うべきかとも思ったが、なかば開いた口を吐息すら漏らさず閉じてしまう。なぐさめもねぎらいも、戻ってきた時に告げればいいし、戻らないのなら……それはそれで仕方がない。彼らが出立してから自分も出掛ける準備をする。ほんの僅かながらも時間にずれを作ったのは、もしかすると無意識の温情であったのかもしれない。それが未来に吉と出るか凶と出るか……未来を視る目を持たない配島には識る事の出来ない事であった。 ●夜の終わりに 新宿。不夜城と称される街が眠る事はない。一晩中華やかな光りを放ち続けた街に本当の朝日が届く前に、夜の眷属達はそれぞれのねぐらへと帰っていく。客とアフターへと繰り出した者以外の多くは専属の送迎車に分乗して帰宅するが、そんなシステムさえないこぢんまりとした店に勤める者は己の足で歩いて帰る。つい半月ほど前に上京してきた女はごく質素な私服に着替え、白んでいく空を見上げることもなく細い道を歩いていた。大通りを歩いていて乱暴な運転をする車に接触しそうになって以来、女は公園のある閑静な道を好んでいた。公園には明るい街路灯もあるし、表通りとの境にはコンビニもある。安心だと思っていた。だが、それはなんとも脆い砂上の楼閣であったことか。いきなり目の前に出現した数人の者達にうつむき加減で歩いていた谷中篝火はハッとして顔をあげる。多くは初見の者達であったが、中にはおぼろげに見た事のある者もいる。けれど考えている暇はない。 「な、なにを……」 荒れ狂う風の様に篝火に向かって走り寄るのは、氷雪神のごとく白い肌と淡い色の髪をなびかせる小柄な少女の姿をしていた。けれど、その身に宿るのは紛れもなく人間が発する濃厚な殺気だ。疾風の様な攻撃が篝火の胸を切り裂いた……いや、気圧されたかのようにのけぞった分、服地だけがX字に切り裂かれ細かい繊維が千切れ跳ぶ。半泊遅れて篝火の悲鳴があがったが、ごくごく小さい驚愕の声だ。 「外シタカ。しぶといな……フェイトに見放されてるクセニ」 ボソッとつぶやく『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)の言葉を篝火が理解することはない。 「なに? や、やめて……」 胸の前で両手の拳を寄せ、怯えた様な目でリュミエールを見据えたままじりじりと後ずさりする。理不尽な殺戮に震える善良なる娘……とうに二十歳は越えている筈なのに驚くほど若い。まるで年端もゆかない少女を苛む様な場面だが、少なくともリュミエールの表情にも立ち居振る舞いにも心の揺らぎは感じられない。 「全く……フェイトくれぇもっとクレテヤレヨナ……」 そのつぶやきも篝火にはわけのわからない言葉の羅列でしかなく、血の気を失った顔で震えている。そして、突如限界が来たのかリュミエールに背を向け走り出した。しかし、その行く手を遮る様にまたしても別の攻撃が容赦なく篝火を打ち据える。悲しげな悲鳴をあげて公園の地べたに転がる篝火。パラパラと氷の欠片が打撃跡から散っていく。 「谷中篝火さんですね。貴女のために出来るだけ手早く終わらせます」 ありったけの自制心を総動員し浅倉 貴志(BNE002656)は冷静な表情と声音を作る。胸の奥底には小さな痛みが今もうずく。あの時、岡山での事件が別な結果となっていたら、目の前の命を救う事が出来たのではないか。けれどその自問がもはや意味のない事であることも承知している。時間は戻らない、ならば新たな罪を背負いなすべき事なす以外に道はない。 「何故? どうして……?」 倒れたまま両目に零れそうな涙をたたえた目を見開きつぶやく篝火。 「世界の明日の為……谷中篝火、御前を殺しに来た」 声を発したのは闇の如く冥き影は一気に間合いを詰め、華麗なる光りが乱舞する中、無数の攻撃が篝火の身体を刺し貫く。悲鳴さえあげられない程激しい攻撃にさらされ、篝火の姿は黒いコートの上からでもハッキリと赤黒い血にまみれている。それを『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は冷静に見下ろしていた。人を狩る……これだけはどうしても慣れることはない。慣れたいとも思わないが、発した言葉の通りこれはどうしても必要な事だった。誰かがやらなくてはならないなら、その汚れ仕事を他者に廻して見てみない振りをするよりもこの手を汚す。それはハッキリとした覚悟だった。 身を伏せていた七布施・三千(BNE000346)も長らく待機していた草むらの影から身を躍らせ、久しぶりの街路灯の光りに身を晒す。思ったよりもその淡く緑がかった光りは明るく強く、血塗れた篝火と攻撃を終えたばかりの喜平、そして貴志とリュミエールの姿もまだ明けやらぬ濃い夜の闇の中から浮かび上がっている。その様子に最前までとの違いはない。少なくとも極端に変化した様子は見られない。 「今の僕に割り当てられた役割……それはこうです!」 不要だと即座に断じた懐中電灯を投げると三千は力を凝らして光りを放つ。それは輝く十字となって空間を貫き篝火を撃つ。倒れたままの篝火の身体が衝撃にのけぞる。 「ううぅ……」 不殺の光に撃たれた篝火の唇から泡立つ血とともにくぐもったうめきが漏れる。そこへ三千等とは真逆の方向から眩い光りが刺し、その光りを背に精悍な男性のシルエットが浮かび上がる。走り寄る『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)と愛車のヘッドライトが作る見事な登場シーンだ。肉薄した竜一の身体から闘気が弾ける。 「恨むなら、俺を恨んでくれていい。俺は、あんたも背負っていく!」 裂帛の気合とともに刃が篝火を打つ。対象を決して逃がさぬ絶対の包囲網。篝火と自分達を分けたものはほんの気まぐれの様な祝福の有無。持たない事が篝火の罪ではないと判っていながら、生き残る事を認められない事も同時に判っている。やるしかない……だからせめて一刀でと覚悟を決めた竜一の刃に逡巡はない。更に篝火の退路を断つように姿を現した『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)は早口に詠唱を完成させ、目の前の虚空に展開した魔法陣から小さな矢を放つ。 「七布施! 俺の前に出るなよ」 俊介は周囲を油断なく警戒しつつ三千の側に立つ。この先出現する筈のフィクサードに対応するためだ。敵でも味方でも人が死ぬのは見たくない。どうしても死ななくてはならない人間が最低でも1人いるのなら、それ以上の犠牲は出したくないのが俊介の偽らざる本心だ。たとえそれが成し遂げるべき結果へのハードルを引き上げる事となっても、だ。 「わかりました」 短く応えた三千も篝火の様子を伺いつつ周囲に気を配っている。 「今のところは強襲成功、かな?」 戦況は完全にリベリスタ達の思惑通りに推移している。それでも油断は出来ないと『寝る寝る寝るね』内薙・智夫(BNE001581)は思う。篝火からの反撃はなく仲間は無傷であり、まだ三尋木のフィクサードが到着した気配もない。このままフィクサード達が現れる前に篝火を倒す事が出来れば……強い思いを力に変え、放たれた神々しいまでの聖なる光りが篝火を焼く。一般人を寄せ付けない強い障壁の中での攻防が他者の耳目に届くことはなく、今ここで篝火が命を落としたとても、存在自体闇に飲まれるように消えてゆくに違いない。この東京では理由もなく失踪する人間などことさら珍しくもないのだ。 「哀れなノーフェイスに、せめて痛みを知らず安らかに逝かせてやろうかと思うのデスガ、ボクは痛くないのは苦手なのデスヨネ。アハ」 本気とも冗談ともとれるあやふやな口調で歌う様につぶやく『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)だが、おそらくそれはなかば本心で残りは当人にもわからない混沌。 「ハーイ、お姫様。アナタの時間はここでお仕舞い。せめて最後の一時を望まぬ闘争に浸すデスヨ、アハ」 我が身を削って力を高めた行方の攻撃、愛用の巨大な包丁はごく軽々と振り回され篝火の身体に叩きつけられる。土砂降りの様な激しい水音が地面を叩く。篝火の身体から噴水の様に宙に舞い、そして落ちる大量の血が降り注ぐ。それは篝火自身にも、そしてごく間近から攻撃を仕掛けた行方や竜一達をも分け隔てなく濡らしていく。 「……そうなの。私を殺しに来たの」 満身創痍となって地べたに転がり死を待つばかりだった篝火がゆらりと立ち上がる。吹き出した篝火の血と一緒に、彼女の身体からは澄んだ清水の様なしたたりが盛大に舞い上がり霧雨の様に辺りに降り注いでいる。その水が急速に篝火を癒し……けれど同時に篝火の身体は水に濡れて溶ける様に小さくなっていく。 「嫌よ。殺されるなんて嫌。いや、いや、嫌ぁあああ!」 幼く高くなった絶叫と共に篝火の身体から水流が立ち上る。溢れる水の奔流は篝火の周囲を循環し続けていく。 「何というか。世界はこんなはずじゃなかったことばかり、ってのは身に沁みます。でも、 ま、どうしようもないですけどね」 死すべき理由を説明したとしてもそれが何になるだろう。世界を崩壊させないために死んで欲しいなんて、万が一理解出来たとしても納得出来るものではない。 だから『論理決闘者』阿野 弐升(BNE001158)は言葉を重ねる事をせず、代わりに武器をかざす。3枚刃のチェーンソーの先を水流の弱い場所へと突き立てる。幾重にも層の様になって流れる水にはいつもどこかにムラがあり、より厚い部分と薄い部分がある事を見越しての事だ。 「うわっ」 だが、大瀑布を思わせる圧倒的な重さに弐升は耐えられない。逆にぬかるむ地面に倒され押し流される。 「若返った! ってロリババアとか見慣れてるんで全然驚かないだよね」 弐升の攻撃を見ていた『吶喊ハルバーダー』小崎・岬(BNE002119)は接近せず、得物を抜刀する。揺らめく炎の様な刃を持つ巨大なハルバートの動きは真空の刃を生み、それが篝火へと走る。だが、これも水の柱を激しく揺らし飛沫を飛び散らしただけで篝火にまで到達しない。 「おっと。やっぱり飛び散るか」 水を操る篝火の力を警戒し、飛び退く岬の足下付近のアスファルトに水の染みがにじむ。 ●朝日の中で リベリスタ達は消去対象である谷中篝火の始末を急いでいた。ひとつには不運にしてフェイトを得る事が出来なかったノーフェイスである彼女を長く苦しめたくなかったから。そしてもうひとつは……すぐに出現するだろう三尋木の介入を嫌ったからだ。合理性と感情の双方を満足させる作戦だが、力を発動させた篝火の耐久力は想像以上であったかもしれない。そもそもリベリスタ達の攻撃は水柱に阻まれてクリーンヒットせず、また水の効果なのか篝火のダメージも徐々に回復してしまう。だが、不思議なくらいリベリスタ達に焦燥感はない。ナオト達が出現するまでに片を付けたいとは思うものの、普段ならば否応なく感じる疲労や力の限界を少しも実感しないのだ。篝火からは水をしならせ鞭の様な攻撃が飛ぶがそれほどダメージを感じない。このまま何時間でも戦っていられそうな気にさえなる。 「このロリコン水、ウザスギルー」 よどみなく流れるようなリュミエールの攻撃が何度も篝火を執拗に突くが、その動きを阻害するほどの効果は出ない。続く貴志の拳も水柱を貫通して篝火を撃つが、氷結させるには至らない。ただ、水柱越しに見る篝火の様子に貴志の表情が僅かに変わる。 「また小さくなっている……のか?」 ゆらゆらと揺れる篝火のシルエットは最初に出会ったときよりも、そして初撃を与えた時よりも格段に小さくなっている。それに伴うものなのか、おぼろげに感じる篝火の思考もより混沌と化し破壊と防御にのみ特化していく様だ。もはや若返りではなく退行とも言える現象だ。 「皆、気を付けてくれ……」 更に皆に警告を発しようとした貴志の言葉は回避行動と鋭い銃声にかき消される。連射される銃弾が篝火に接近していた貴志やリュミエール、そして弐升の背後を襲う。 「貴志さん! 」 「まだ他にも気配を感じます」 三千の声、続いて血の滲む左肩を押さえた弐升の声が響く。 「あんた達の車か? おかげで狙い易くて助かったよ」 ヘッドライトを背に受け現れた三尋木のフィクサードは3人、その中央で全身あちこちに血のにじむ包帯を巻いているのがナオトだった。ナオトの持つ武器の銃口からはまだ淡い煙立ち上っている。 「そいつは俺の大事なお宝だ。殺るなんて野暮は言わずに引き渡してくれよ。こっちも命がかかってるんで退けないんでさ」 口調と態度にはかつて相まみえた時のナオトらしい飄々とした雰囲気が残っているが、目はギラギラとアブナイ光りに満ちている。 「……間に合わなかった」 ギュッと唇を噛む智夫だが、すぐにナオト達の移動に使っている車がどこかにあるのではないかと周囲を見回す。しかし、まだ暗く乏しい視界とヘッドライトが織りなす光りの中には求める物を確認出来ない。 「チッス! 友達になろーぜ!」 とんでもなくデカイ俊介の声がナオトへと向かって投げかけられる。いつの間にか俊介の手には鉄球の代わりに拡声器があり、それを使ったものだった。 「はぁ? お前、頭膿んでるのか? いくぞっ!」 ナオトと左右のフィクサードが走る。同時にさらに距離をあけてもう2人のフィクサード達が篝火とリベリスタ達の戦いに介入してくる。 「協定が終わっていて助かったよ。遠慮なく殴れる」 喜平の剣先が篝火からフィクサードへと向かう。心なしか表情の重さが消えたのは、やはり篝火と対峙することの重みに耐えていたからなのか。 「女、喜べ! 助けに来……」 「連れ去って人体実験でもしますか。いや、解剖ですかね。どちらにせよ、マトモな事はやらないでしょう?」 フィクサードの言葉に被せるように弐升が言う。彼らの言葉など篝火に聞かせるつもりはない。今の篝火に言葉を理解する力がもはや失われてしまっているとしても、だ。篝火の正確な能力はいまだ未知数であり、何が起こるか……起こっているのか判らない部分もある。確実に仕留めるために、外部からの如何なる刺激も与えたくはないのが本音だ。 「喋るな!」 容赦のない攻撃は剣を持つ手ではなく、握りしめた拳だった。予期せぬ攻撃に不意打ちを食らった格好でナオトの右隣にいたフィクサードが後方に倒れこむ。 「貴様!」 喜平へと向き直るナオトの眼前に俊介が立ちはだかる。絶対にナオトを篝火には近づけさせない。拡声器は捨て鉄球を手にしているが俊介に殺気がないと判りナオトは意外そうな表情を浮かべるが、反射的に銃のグリップで接近してきた俊介の頭を殴る。それでも俊介はひるまない。 「ナオト、お前次第なんだ! 俺達の所に来い。殺されたくない、そうだろ? アークはお前達を護るって約束する!」 「え?」 ナオトも、そして殴られて立ち上がろうとしていた者やそれを助け起こそうとしていたもフィクサードも意外そうに眉を寄せる。その間に貴志は自分が目にした篝火の様子を仲間達に伝える。 「来てます! いえ、まだ到着していないみたいですが近いです!」 仲間達の様子、戦況……刻々と変わる状況を冷静に判断しつつ、三千はもう1つの勢力がこの場に迫っている様な感覚に襲われていた。まるで約束された未来であるかのように、狡猾で残忍で危険なフィクサードが迫っている。 「あんたの全てを聞かせてくれ! それをすべて、俺は忘れない…っ!」 竜一の言葉と共に攻撃が炸裂する。破滅的で圧倒的な攻撃力を誇る攻撃は、篝火を守る水の奔流ごと篝火にまで貫き通る。 「っがはっ!」 腹を突かれた篝火は濁った血反吐を吐き、傷口からは鮮血がほとばしる。 「人の時間が巻き戻るならば、せめてそれを止めるデスヨ。永遠に、脈打たなくなるまで徹底的に、アハハハハ!」 時間切れを待つ程、行方は悠長ではなかった。結末が決まっているとしても、一瞬でも早く決着をつける。2振りの包丁は今度こそ篝火を守る水柱を断ち切った。 「そっこだああぁあああ!」 行方が切り裂いた水柱の間隙を狙い岬が放った真空の刃が走る。 「オット!」 身を翻す行方の服と水柱の水を巻き上げながら篝火へと肉薄する。 「ぎゃああああ!」 だが、あがった悲鳴は野太い男のものだった。額を撃ち抜かれたナオト配下のフィクサードの倒れる身体が肉壁の様にして岬の攻撃を受け、そのまま水流に飲まれ地面の落ちる。 篝火を除くその場にいた全員の視線が一カ所に集中した。その先に、だらしなく延ばした手をゆっくりと下げる配島がいた。手の中には小さな銃が収まっている。その周囲を気糸が走る。血色の瞳に強い感情が揺らめき見える。 「篝火を守るために配下を殺しましたか」 底冷えがするような淡々とした弐升の言葉を配島は無視をしてナオトへと声を張る。 「駄目ジャン、ナオト。君のお仕事は篝火ちゃんの回収だよ。それとも、お優しいリベリスタ様達の甘言に騙されちゃった? 本当に僕や三尋木さんを裏切る? 篝火ちゃんを見殺しにして?」 「そんな……」 不気味なくらい優しい微笑みで立て続けに質問を続ける配島に震えるナオト。その腕を武器を捨てた俊介の手がギュッと握った。 「俺達はフィクサードとしてのお前、全部引っくるめて受け入れる! 今だって配島はお前達を捨て駒にして殺した。リベリスタは世界のために篝火を殺すけど、救える命は救いたいんだ!」 俊介の腕を振りほどかないナオトを見ると、リュミエールは篝火からナオト等へと向けていた矛先を下げ、配島へと視線を向ける。 「しょうがナイ、俊介に貸しといてヤルカ。ナオト見逃してヤルンダカラ、しっかりたらし込めヨ」 全身の反射速度を高めていたリュミエールが街路灯の柱、遊具の縁を足場に配島へと跳ぶ。 「どうせ手に余ったら殺す癖に綺麗事並べるんじゃない!」 喜平は肉薄するリュミエールに迎撃体勢を取ろうとした配島の部下2人へと威嚇射撃をしながら叫ぶ。ノーフェイスは存在する限り世界を崩壊へと導き、死ぬ事でしか世界に受け入れられる事はない。それを承知で助けると言うのなら、その言葉は虚言であり悪戯に希望を抱かせ裏切り所業に他ならない。喜平は静かに怒っていた。自分でさえその怒りに気付かないほど秘やかな怒りに緩やかに心が波立ってくる。 「面倒臭いけど、参戦するしかないみたいだね」 僅かな動きを察知した配島の部下達がリュミエールと喜平に応戦する。 「僕も前に出ます!」 三千は言葉通り前進する。水柱は明らかに勢いを失い、その向こうに透けて見える篝火の姿は子供の様に小さくなり、苦悶の表情を浮かべている。一瞬でも速く倒す事が篝火を救う事なのだと強く強く心に念じ、三千はその思いを光り輝く十字に変えて放ってゆく。その光り水柱が弾け飛ぶ。飛沫が三千を、そしてリベリスタやフィクサード達の身体を濡らす。 配島への牽制に動いてもいいし篝火への攻撃を厚くしてもいい。だが、貴志が選んだ行動は説得だった。 「ナオトだけじゃない。三尋木に生きる場所がないというのなら、今考えてみて欲しい。何時だって誰だって人は生まれ変わる事が出来る」 努めて静かな声で言う。今しかない、配島に仲間を殺された今翻意させなければこの男達がアークに身をゆだねる事はない。貴志はそっと1歩踏み出す。 「しゃらくせぇええ」 「があああ、うるさい!」 「俺達はアークなんかの世話にはならねぇ!」 3人はナオトから離れ、配島の方へと向かいながらナイフと銃を闇雲に振るう。配島の出現でリベリスタ達のシナリオ通りに進んでいた作戦は途端に混沌を呈してくる。それまでほぼ無傷であったリベリスタ達だが、敵味方入り乱れての乱戦に傷つき力を消耗する。 「ナオト選べ!! 闇に怯えるか、光を浴びるかを!!!」 もう無駄な血は流したくない。だからこの思いを届けたい。いや、絶対に届く。嘘のない俊介の熱い思いが手のひらからナオトへと伝わっていく。だらりと下がったナオトの手から銃が落ちる。 「……わかった。俺はお前達とは戦わない」 「ナオトさん!」 「あんた、三尋木を裏切るのか!」 口々にナオト配下のフィクサード達が怒りの声をあげる。 「ナオト!」 身を乗り出した配島達を聖なる光りが焼き払う。思わず腕をあげて防御の姿勢を取る配島にその光りを放った張本人である智夫がクスッと笑う。 「篝火さんの能力が必要なくらい三尋木さんの寿命って少ないのかな? ねぇ、教えてよ配島さん」 学校でクラスメイトと噂話でもするかのような気軽さで声を掛ける智夫。一瞬真顔になった配島はややぎこちなく笑う。 「女の人ってね、すごく綺麗でももっと綺麗になりたいって言うんだよ。でも、そういうのって可愛いよね。ああ、本当に篝火ちゃん死んじゃいそうじゃない。しょうがないなぁ」 渋々とベルト通しに下げたナイフを抜き、配島自身も部下達に続いて戦闘に加わる。 「しぶといお姫様デスネ。いい加減終わりデスよ。奪われる前に殺しマス!」 配島の部下達が迫り来るが行方は篝火しか見ない。目的は最初から最後まで篝火を倒す事。少しでも早く倒さなくては何が起こるかわからない。行方は全身のエネルギーを二振りの武器に込め一閃する。水の盾が行方の攻撃をはじき返そうとするが、とうとうその鉄壁に見えた防御が崩れだす。 「ここから先へは行かせませんよ。やっと見えてきた勝機ですからね。邪魔をされては迷惑なんです」 無言で仕掛けてくる弾丸が弐升の右胸を貫くが、同時に仕掛けられた気糸の罠がフィクサードの動きを止める。だが、もう一人のフィクサードまで対応しきれない。躍りかかるフィクサードの短剣が岬を斬り付けるが致命傷とまではならない。 「ギガクラッシュじゃない、メガだぁああ!」 エネルギーのこもった攻撃が岬の得物、アンタレスから放たれる。 竜一が向き合い、少しも視線を逸らさず見つめてきたのは消去すべき対象、死に逝く運命を背負わされた者。谷中篝火、その人だった。何もかも見つめたまま殺す。それしか竜一に出来る事はない。 「ちょっとその攻撃タンマ!」 配島の攻撃が敵味方おかまいなく前後左右全ての者へと襲いかかる。リベリスタ達の血に混じり、フィクサードのそしてナオトと篝火にも攻撃が及ぶ。 「くそったれええええええええええええええええええ!」 これでもかと込めた気合いの叫びと共に攻撃が放たれる。水柱が割れ篝火に迫った竜一の切っ先がひらめく。肩から入った刃が逆側の腰から抜ける。袈裟切りに真っ二つにされ、ドサッと身体が横倒しになる。一瞬遅れて血が噴き出し返り血が竜一の身体を濡らす。あれほど戦い続ける間に多くの血を失ったと思っていたのに、それでも驚くほどの血が小さくなった身体を離れていく。篝火絶命とほぼ同時に、これまでの戦いでの傷、その痛みが全身を駆け巡る。 「うっ」 「あああぁ」 堪えきれないうめき声が唇からもれ、がっくりと膝をつくリベリスタ達。さらに鉛の様に鈍い疲労感が襲っていた。まるで今まで感じなかった反動とでもいうかのように、手も足もクタクタで動きたくない。喉がカラカラで急に耐え難い空腹を感じる。 「あぁ~あ、死んじゃった」 配島とその配下2人だけが参戦が遅かったせいかその場に立っていた。肩をすくめ首を横に振る。 「どうしよう。三尋木さんに怒られちゃうよ。僕が東京湾に沈んだらみんなナオトと君達のせいだからね」 それほど深刻ではなさそうな様子で配島は笑い、すぐに表情を消してナオトに向き直る。 「……本当にいくの?」 崩れた体制のまま俊介と貴志がナオトの前に出る。 「ナオトには手ェ出すな色男!」 「彼等はアークが保護します。もはや彼等には帰るべき場所がないですから」 それでも答えを待つ様な配島の様子にナオトはうなずき、いきなり胸を押さえて前のめりに倒れ込んだ。俊介と貴志の胸にも痛みが走り、胸を押さえて苦悶にのたうつ。一瞬で配島と部下達が3人を撃ち抜いていた。 「もう敵同士だもんね。行くよ」 ゆらりとつんのめるようにして配島が動く。 「やるシカネー」 真っ先に反応し配島を迎撃するリュミエールだが、先ほどまでのキレの良い動きではない。 「ナオトを殺させるわけにはいきません」 倒された筈の貴志……だが生存権を糧にもう一度立ち上がる。 「好き勝手やれると思うなよ。もう篝火は死んだ。どう転んでも俺達の勝ちだね」 喜平はリュミエールと貴志を相手に戦う配島の足下に弾を放つ。 「帰って下さい!もう篝火さんはいない。あなた達と戦う理由はないはずですっ」 三千は言葉を切り、言葉を紡ぐ。気高き魂からの訴えはいと高き存在へと聞き届けられたのか、福音が仲間達の傷を癒してゆく。 「篝火の死は俺が背負うが、三尋木のフィクサードが死ぬも生きるもどうでもいい。どうでも死にたいってなら、死にたい奴から掛かってこい!」 竜一が言い放つ。泥のような疲労が身体を苛むがそれりも湧き起こる怒りが止められない。 「自分の血でも浴びてろ、カスが!」 世界から受け入れられた証を贄に更なる力を手にした俊介も倒れたナオトを乱暴に背後に庇い配島へと向かう。 「いいよ。ナオトさんにはさっきまでの味方なんだから、戦わなくたって僕達は大丈夫だから」 倒れて動けないナオトに優しい言葉と笑顔を向け、智夫は癒しを呪符を使いリュミエールの傷を治す。 「しょうがないデスネ。延長料金なんて出ないデスヨ」 行方が右から迫るフィクサードの攻撃を受け止め……だが、受け止めきれずに地面に叩きつけられ、迫る刃を弐升のチェーンソーが薙ぎ払う。 「今夜はこれ以上の死者を出すつもりはないんですよ」 新雪のように輝く白銀の髪は仄かに差し込める朝の気配に微かに輝く。いつの間にか空の闇は溶ける様に消え、東側から白んでいる。 「そっちの人も近寄らせないよ」 逆方向から迫るフィクサードへは岬のアンタレスからエネルギーがほとばしる。 「ナオトに感謝しなくちゃかな? なんか楽しくなってきたよ!」 配島が再び荒れ狂う大蛇の様に闇雲に銃とナイフを振るい、その一撃ごとにリベリスタ達を血に沈めていく。竜一が、そして喜平とリュミエールがとうとう落ちる。 「潰れるわけにはいかないんだよ……!」 竜一が立ち上がり、喜平も地べたに伏した身体を起こす。 「今日死んだ者に覚悟を示さなきゃ、だからな」 死者の目がもう喜平を見る事が出来なくても、無様な姿はさらせない。 「新田はそっち、比企はそいつ!」 岬が、続いて行方が凶悪な魔力を秘めた眼光射抜かれ、身も心に風穴をあけていく。 「チッ」 「くやしいー」 倒れてもがく行方と岬。その時、部下達2人の身体から脳天気な音楽が流れ出した。どうやら携帯電話のアラームだったらしく、2人は間合いを取ってその音楽を止める。 「時間ですね、配島さん」 「もう帰らないと浅場に嫌み言われますよ」 部下達に言われると配島からスッと殺気が消える。 「うわっ……篝火ちゃんが……」 配島は酷く顔を歪めたまま血の海に横たわる篝火の身体を見下ろした。戦闘に巻き込まれた篝火の遺体は無惨にも更に千切れて原型を留めていない。 「新田、比企。それ先に持って行って」 吐きそうな青い顔のまま部下達に指示し、リベリスタ達に向き直る配島。 「今回は僕の負け。篝火ちゃん死んじゃったしナオトまで行っちゃったしね。でも、この借りはいつか絶対返すから」 最後にギラリと配島の目が物騒な光りをたたえる。 「僕達だって負けないよ」 「はい。だからそんな脅しは無駄です」 きっぱりと言った智夫と三千は癒しの力を使う。その目は少しも臆したりはしていない。 「言ってろ。何時だって返り討ちにしてやるぜ」 俊介はナオトを、そして傷ついた仲間達を背に傲然と言い放つ。 「今度はボクがとっても痛くしてあげるヨ。楽しみに待ってテヨネ」 上体を起こしながらニヤリと行方が笑う。血と泥に汚れていても、それはそれで行方に似合いの飾りとなる。 「ボクはもっともっと強くなるよ。そして、下っ端フィクサードなんかこのアンタレスの錆びにしちゃうんだからね!」 「逃げるなら追いません。どうぞご自由に」 余裕の笑みを浮かべながら弐升が言った。舌戦でも負けるつもりはさらさらない。 「ナオトはアークを選んだ。もう解放してやっていいだろう」 貴志の言葉に配島は答えず、またねと言って立ち去っていく。 「……ボタンか」 遺体のない血の海から真っ赤に染まったボタンを取り上げ、リュミエールはギュッと握る。 1人の人間が姿を消し人知れず闇に葬られた。彼女はもう時を刻まない。その尊い犠牲のうえに世界は昨日と変わらない一日を迎えようとしていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|