●扇風機のスイッチ入れたら家が発進した 突然だが男がいた。 工場勤務で昼は蒸し風呂みたいな生活を送るせいで扇風機がすき過ぎて仕方なくなった男である。 一日一回はアレ前で全裸になって『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ー』ってやらないとちゃんと眠れないってくらい好きだった。 が、今日はロッカー室の扇風機が壊れていたせいでアレができなかった。 でなきゃ家でやるのだが、不幸なことに家の扇風機も壊れていた。 もう本当どうしよう。その辺の電気屋さんにいって恥を承知でやっちゃおうか……などと思っていたその時。 「ヘイ、ボーイ!」 巨大な扇風機が話しかけてきた。 いや、何を言ってるか分からないかもしれないが、本当に話しかけてきた。 よくバラエティ番組の企画とかに出てくる巨大扇風機である。映画のセットにも使われたりするアレだ。何故道端にあるのか分からなかったが、幸い周囲に人影はない。男はおそるおそる近づいてみた。 そう、近づいてしまったのだ。 それがアンタの命取り! 「スイッチ・オォン!」 「ウ、ウワ――」 突如吹き荒れる突風。 男は悲鳴を上げかけて……瞬間的に堪えた。 そして喉の底から叫ぶ。 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」 男は幸せの絶頂みたいな顔をして吹き飛んで行った。 ●扇風機に『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ー』ってやるのは様式美 突然だが『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がいた。 彼女は扇風機に顔を近づけて、小さな口をくあーっと開けて声を出していた。 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ー……あ」 リベリスタ達の到着を背中で察し、振り返る。 流れる沈黙。 首を振り始める扇風機。 イヴはクールな顔で立ち上がり、膝の埃をぱしぱし払ってから顎を上げて見せた。 「これは、資料だから」 最近この言い回しが板についてきた気がする。 「扇風機が覚醒してしまったようなの。人気のない所に捨てられていたから被害はまだ殆どないんだけど、このままだと冒頭みたいな哀れな被害者が出るかもわからないわ」 哀れっていうは、頭的な意味だよ。 冒頭っていうのは、冒頭だよ。 イヴは衛星写真と手書きの戦場マップを机に置いた。 「場所はここね。(奇跡的に)扇状の壁に覆われた袋小路に置かれていて、(当たり前のように)首ふり運動しながら風を送っているわ」 カッコの中身を気にしないように、一同は説明を聞く。 メモの端っこには『一応歩いて動けるらしいけど、普通は動かん』と走り書きされていた。あのー、アレですよ。ズルしないためのアレですよ。 あと、上から攻めればいいじゃんよって思ったかもしれないが、無駄に対空ミサイル積んでいるので、飛ぶにしろ歩くにしろやっぱ地面らへんを進んで攻めた方がいいぽかった。アレですよ、お約束的なアレですよ。 「風の速度は凄くて、ちょっと気を抜くと吹き飛ばされちゃうから気を付けてね。他は……まあ……ふつう、だから」 イヴの背後でテレビが流れていた。扇風機に向かって歩くタイプの企画がやっていて、顔がもう、その、文章で分かってもらえるか自信がないが、『ぶわー』って感じになっていた。 「ふつう、だから」 それでも言い切るイヴ。 リベリスタ一同はメモと地図を受け取って、そしてちょっとだけ覚悟を決めたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月06日(火)00:06 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●真面目に生きるということがどれほど大変なのか分かるお話 『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)は剣の柄を強く、強く握った。 「扇風機……エアコンが普及した現代でも存在価値の衰えない英知の結晶。そんなものに人殺しの汚名を着せるわけにはいか――」 拡声器を翳す『ぺーぱーまじしゃん』リウビア・イルシオン(BNE003100)。 「視聴者の皆様聞いて下さい!」 ピガーというハウリングと雑音。 「私リウビア・イルシオンは風斗さんに穿くなと言われたのでパンツ穿いてません!」 「おいちょっと待て」 「間違えた、スカート穿いてません! 危ない危ない、リウが変態だと思われるところだったわ!」 「充分思われてるよ、今現在凄い絵になってるだろうが! あれほど俺は恥じらいを持てと」 「『恥じらわないパンツに価値は無い』……目から鱗の言葉だったわ」 「もうそのやり取りはいいんだよ! むしろスカートは穿け!」 折角作ったシリアス(?)がどこかへ飛んで行った。 しゅたっと手を上げる『ジェットガール』鎹・枢(BNE003508)。 「あああごめんなさい! スカート穿いてくるの忘れました! いつものスパッツで……脱ぎましょうか!?」 「脱ぐなああああああ!!」 空中脱衣シーンという、どこかマニアックな行為に及ぼうとしている枢。 風斗は額に青筋を浮かべて叫んだ。 そして深呼吸。 「いや、冷静に考えよう。『スカートを穿いてない』だけで、ちゃんとズボンとか穿いてるんだよな。そうなんだよな! そうだと言え!」 「え? そんな視聴者の期待に応」 「言うなぁ!」 どこまでも飛ばしていくリウビアである。 風斗は箒に跨って拡声器を翳すリウビアと、ゴーグル嵌めて『これでドライアイも心配ないね!』とかガッツポーズしている枢という、二大未成熟飛行物体に囲まれていた。 今日の役割を、大体察した。 一方その頃『つぶつぶ』津布理 瞑(BNE003104)。 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛~」 扇風機に向かって大口を開けていた。 ちなみに電力は瞑自身である。 ヒューマンダイナモのムダ遣いだった。 もう一方の手ではコタツのコンセントを握っており、そこには『第17話:疾風&切り札』宮部・香夏子(BNE003035)と『日常の中の非日常』杉原・友哉(BNE002761)がしっかりと入り、テーブルに顎を乗っけていた。 ヒューマンダイナモの有効活用である。 「寒す寒す。きょうび扇風機なんて季節先取り過ぎですよー」 「夏場に欲しいもんだぜ。本当面倒くさいよな……」 今からエリューション倒しますよって空気じゃなかったし、強いて言うなら大晦日から正月にかけてのひたすら脱力的な深夜番組に近かった。 そんな中、テーブルの上に飛び乗る『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)。 ホームラン予告するスラッガーみたいなポーズで天を仰ぐ。 「真っ向からの風圧……例の球場を思い出すわね。この向い風の中をスタンドまで運ぶパワーが必要とされてるのよ! よっしゃー! がんばるわよ皆!」 「あ゛~」 「う゛~」 「ア゛ア゛ア゛~」 気だるく口だけ開ける三人。 「……よし」 ルーメリアは暫く遠くの空を眺めてから、皆を炬燵ごと引きずり始めたのだった。 さて、色々省略するが現場に到着。 成り行き上先頭に立っていた『癒し風の運び手』エアウ・ディール・ウィンディード(BNE001916)は、ひたっすら首ふり運動をする扇風機を前に無表情でこう言った。 「何がどうしたら、扇風機がこうなるの」 覚醒したらですよ。 ●向かい風にも負けず突き進んでいく少年少女の青春ストーリー、ではない。 「キョォォォフゥゥゥゥゥ!!」 どっから声が出てるのかはさておき、E・ゴーレム『ジャイアント扇風機』は凄まじい風圧を眼前へと吹きつけた。 体勢を低くして風圧に耐える風斗。 「扇風機は人を傷つけるものじゃない。人を癒す存在だ。なのに――」 「リウは今、ピリオドの向こうへっ!」 真横をリウビアが通過した。 なんたって箒に跨って浮遊するリウビアである。風斗の顔の位置と箒の位置が大体一緒だった。 そっと顔を反らす風斗。リアクション拒否である。 「ファイトファイト! 走ると気持ちいいですよ!」 枢がスーパーマン的なポーズで訴えかけてきた。飛びながら。 「……」 風斗は自分が未成熟飛行物体に挟まれたことを察した。 逃げ場、ねえなあ。 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、リウビアは箒に水平乗りして風圧に耐え始める。水平乗りって言って今の若い子わかるのかなあ。 一方枢はきりもみ回転しながら風斗に妙な声援を送り続けてくる。 「できるできる、やれるやれる、気持ちの問題だよ!」 「これが時速数百キロで飛んだ時の世界! はっ、今手を翳せば疑似的に」 「お前らちょっと黙ってろ!」 剣で風圧を流してみる風斗。 リウビアと枢は二人纏めて吹っ飛んで行った。 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ー!」 「ヴァイ゛ヴァイ゛ギイ゛ーン!」 そんな中、空中を回転しながら飛んでいく二人を屈んでかわす瞑。 白いコンセントをぎゅっと握ると、扇風機を全力可動させはじめた。 構図としては、屈んだ瞑の前に扇風機が置かれている感じである。 そして、裏声で喋り始めた。 「うち扇風子! ねえお兄ちゃん、そんな風したら死んでまうんよ! 風出すの止めてうちとお話せぇぇぇへぇぇぇぇ!」 扇風機ごとずずずーっと引きずりながら下がって行く瞑。 「駄目だ、全くアテにならない……そうか、俺がスカート禁止なんて言ったばっかりに」 「言ったばっかりに?」 妙にくねっとしたポーズでエアウがスライドインしてきた。 風が来てないタイミングだからって器用な奴である。 「今日の私は天使の歌担当だからね、声がかれるまで頑張るよ!」 などと言いつつ、エアウは若干ロングのスカートを穿いていた。 嫌な予感が止まらない。 ロマンチックも止まらない。 そしてついに扇風機がこちらを向いた。 「いやぁぁぁぁぁ!」 お約束かってくらいスカートの前の方を抑えるエアウ。 盛大にめくれ上がったスカートの中には、ホットパンツがあった。 知らない人のために補足するが、下着的な意味のパンツではなくこう、ズボン的な意味のパンツである。いや本当、なんなんでしょうねあの言い方。 「な~んてね♪」 パチンとウィンクして見せるエアウ。 風斗は見なかったことにして前を向いた。 「ふにゃ~~~~~!!」 そして転がって行くエアウ。 一方。 香夏子は扇風機がこっちを向くタイミングでぐっと屈み込んだ。 「丸ダンゴのポーズ!」 ダンゴ虫かアルマジロみたいなもんで、要するに頭を抱えて丸まることで空気圧をよけようという作戦だが。 「あーっ!」 当たり前のように後ろ向きにでんぐり返しして行った。 それをぼーっと見つめる友哉。 なんかもう、既に面倒くさくなっているようで、さっさと終わらせて帰りたいみたいな顔が全面に出ていた。 「面倒くさい……さっき扇風機の中心撃ったけど反応ないし。誰だろう中心に指つきつけて回転止めるとか言ったの」 ボウガンをとりあえずリロード。 そんな時、彼の背後にルーメリアが回り込んできた。 「必殺、杉原さんガード!」 「あ?」 「ほらほら、男なんだからもっとガンガン進んで行かないと!」 「言っても俺、1$シュートしか使わないんだけど」 「いいからいいから」 友哉はやっぱり面倒くさそうに上を向き、ぼんやりと言った。 「まあ、耐えられなかったら仕方ないよなぁ」 と言いながら早速飛んでいく友哉。 がしりと足を掴むルーメリア。 「え、ちょっと! もう少し踏ん張っ……あっ、わ、きゃー!」 ルーメリア達は一緒くたになって跳んで行った。 ●扇風機に指を突っ込むと怪我をするので絶対にあの……わかりますよね? そうは見えないかもしれないが、彼等もなんだかんだ言ってオーララッシュとかマジックミサイルとかライアークラウンとかちゃんと叩き込んでいた。 その証拠に扇風機の方も結構ボロボロになっていて、息(?)も絶え絶えな様子になってきた。 そんな中、風斗は幾度とない吹き飛ばしに堪えつつ風に向かって歩を進めていた。 「存在意義を見失い、風が強ければいいみたいになってしまったお前はもう扇風機じゃない。ただの――」 「ひゃあー! スカートがーぁ!」 風斗の横でルーメリアがまるめくれになっていた。 あえて色気のない表現をしたが、まるめくれである。 だって言うのに、なぜか下着は見えなかった。 太腿の付け根までが綺麗に露わになっているにも関わらず、そこから先は無いかとでも言うようにガッチリ止まっていた。 目を覆う風斗。 「お前……あれほどスカートはやめろって言ったじゃないか」 「はいっ、香夏子はジャージ持ってきました! ミニ着物の下にジャージです!」 「あ、ああ……」 「ちょっと穿くの手伝ってもらっていいですか」 「何故最初から穿いておかない!」 「着物の下は水着だから見えませんよ?」 「聞いてねえ! 大体見えてもいねえ!」 「見……っ!」 ルーメリアが風斗に掴みかかってくる。もう足は宙に浮いていたが、根性で襟首にしがみついていた。 「ぐおっ、首が締まっ……!」 「見た!? いま私の見た!?」 「く、苦し……」 「やっぱり見たんだぁー! しましまでしょ、青のしましま見――きゃー!」 「死ぬ、それ以上引いたら死、うおー!」 「はいっ、ジャージ穿けましわー!」 青い顔をしながら飛んでいく風斗。 両腕を掲げたY字体勢で跳んでいく香夏子。 そんな彼等を背に、リウビアと枢は攻撃を繰り返していた。 不敵に笑うリウビア。 「貴方みたいにファンキーなの嫌いじゃないわ。ファンだけにファンキーなんて、ファンシーでファンタスティックじゃない! ファンだけに! ちょ、今のギャグ……ぶふっ、あーっはははは!」 腹かかえて大笑いしながらフライアウェイした。 何故かスライドして入ってくるエアウ。 「今こっちみたらダメー!」 駄目らしい。 風斗はどこか遠くを見ているし、友哉は最初っから興味が無いみたいな顔をしているので、誰も見てはいなかったのだけれど、でもエアウは一応言っておいた。 「だっ、ふあっ、ふみゃ~~~~!?」 そしてまた転がって行った。 顔の前で腕をクロスする枢。 「ああっ、先輩! ボクは負けないよ、風には負けな――!」 「近所のオッサンやけど! 風うるさいし眠れへんやろ、静かにしろや!」 横を車窓の風景みたいに通り過ぎていく瞑。 ダッシュで(扇風機抱えたまま)追いついてくる瞑。 「ジョニー! ねえジョニーなの!? わたしよキャサリンよ!」 再び後方へ吹っ飛んでいく瞑。 今度はしっかりと歩を進めながらにじにじと追いついてきた。 「我々は警察だー! 君は完全に包囲されているー! 無駄な抵抗はやめうわー!」 派手に後方回転しながら飛んでいく瞑。 一方枢は扇風機がそっぽを向くまで待ってから普通に殴りかかった。 「扇風機で家発進は浪漫っ!」 「オフッ!」 がいーんと殴りつけられ、扇風機は若干上を向いた。 「あ、今っぽい……」 『今だ!』的セリフを友哉らしく面倒くさそうに言いつつ、首辺りに1$シュートを叩き込んでみる。 「早く壊れてくれないかな……面倒臭くなってきた」 などと言いつつ更に射撃。 扇風機は首根っこの辺りから小爆発を起こし、分かり易く崩壊していったのだった。 「はは……酷い戦いだったねえ……」 炬燵の足に引っかかるようにして、エアウは乾いた笑いを浮かべた。 その炬燵に入ってテーブルに顎乗っけるルーメリア達。 「風に当たってたら身体冷えちゃった……へくしっ」 「カレー食べたいです、カレー。ルメ子さんのおごりで」 「ああ、それなら……」 同じようにテーブルに顎乗っけていた友哉が顔を上げた。 瞑が扇風機の後ろでスタンバっていた。 「お兄ちゃん……扇風機の前でしゃべると、ママに怒られるよ」 妹扇風機。 ちょっと人類には早すぎる擬人化だった。 見なかったことにする友哉。 木の枝に枢とリウビアが引っかかっていた。 その様子を見上げる風斗。 「あーうあ……目が……」 「腹筋、腹筋痛い……」 少女とは思えない声で呻く二人。 風斗は目頭を押さえて顔を背けた。 路地裏に置かれた廃品扇風機。 もう彼が風を吹かすことは無い。 取れた羽が、がたんと落ちた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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