● ここは私の国。 電光表示、掲示板、カシャカシャと稼動する機器、全てが電気的に輝く。 蠢く国民達は誰一人として同じ姿を持たず、だが忠節だけは例外が無い。 そんな国土全てを網羅する円環の道を、支配者の宮殿が走り続ける。 人間達には気付かれまい、地下に座せし鉄機の王国。 宝冠を身につけ、君臨する私はプリンセス。 だがこの国には致命的に足りない物がある。 取り戻すのだ。 迎えに行くのだ。 王子を! もう一人の支配者を。 人間共に奪われた、私の伴侶を。 戦(いくさ)を起こすのだ。 奴等に目に物を見せるのだ。 これは王命である。 力を蓄えよ! 我が王国に絶対の勝利を! より多くの兵力を手に入れるのだ。 かくて、己にかしづく臣民達を睥睨し。 美しい南瓜色のドレスをひらめかせ、王女は高らかに叫んだ。 「奪還ー! 戦略ー!!」 ● ブリーフィングルームの中には痛いほどの沈黙が降りていた。 「……何だ、これ」 優に10秒を超える静寂の後、ようやくリベリスタの一人が声を絞り出した。 「プリンセス・オブ・ザ・パンプキン。分類上はフェーズ3のE・ゴーレム」 応えた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は冷静だった。 「そう言う事じゃ無くてだな……」 「いや、ちょっと待て、フェーズ3? E・ゴーレムだって?」 つっこみかけた言葉をさえぎり、他のリベリスタが言葉を挟んだ。 映し出された映像の中で、そのエリューションの姿は余りに、『人間』だった。 ノーフェイス――人を元としたエリューションでさえ、フェーズ3ともなればその多くに異形化が見られる。 ましてや物品を基礎とするE・ゴーレムには、とてもと言うほどではないが、あまり見えない。 「けど、まだ不完全だよ。抑揚が薄くて、棒読み気味だったでしょ?」 ほっといてやれよそれくらい!? 「……ん? まだ不完全――って、どういう意味だ?」 「プリンセス・オブ・ザ……『パンプキン』……、まさか……」 疑問をいだいたリベリスタが聞き返し、思い至ったリベリスタが呆然と呟く。 イヴはそれぞれに目線を送ると、頷いた。 「最初、このE・ゴーレムは電車だった。廃線になった路線に配備されたばかりの車両。 誰も乗せることなく廃棄される運命から、革醒する事で逃れた固体。 フォーチュナに目覚めたばかりの男性を『運転士』として虜にし、家出中の子供2人を結果的に攫う形になって、そこでアークのリベリスタ達が対処に向かった」 結果、子供の救出は成功したが、列車は運転士を乗せたまま逃走。 「その時の2人は、その時の失踪と担当したリベリスタの対応がきっかけで、家出の原因関係はもう解決してるみたい。それは良い事なんだけど――電車は次に思っても見ない形で再び姿を現した」 後宮・シンヤのアジト。万華鏡が捕らえたそこへ強襲作戦を敢行した際の、戦力の一つとして。 「その時は魔女の調整を受けたそれを、七海という強力なフィクサードが使役していた。その時、電車は半ば南瓜の馬車の様な姿になっていた」 魔女がその様に改造したのだ、との見方も多かったが、現在協力関係を結び三高平に逗留している魔女に曰く、『七海さんの言う事を聞く様に調整しただけですよー。姿が変わったのは『彼女』自身の変化です』との事。 「アークはこれをE・ゴーレム『南瓜の電車』と命名。女性である七海に支配された影響か、男性である『運転士』と共に過ごした影響か、エリューションはこの時、女性としての人格を形成しだしていた」 その戦いで七海は撃破され、捕らえられていた『運転士』フォーチュナ元町・健太郎の救出も成功。だがE・ゴーレムはまたも逃走を成功させた。 万華鏡はこの直後、元町氏を『運転士』であると同時に『王子様』と認識し、奪われた事に怒りを燃やすエリューションの思考を補足している。 「どういうわけか、それはケンタロウに強い恋愛感情を持っていたみたい。で、これは半ば推測だけど、二度アークの戦力に襲われた彼女は、ケンタロウを奪い返す力を得る為に暗躍していた」 不完全ながら人格を持ちつつあったエリューションは、今のまま突撃しても彼を奪い返せない事を理解していたのだろう。 幸い、自身の力で『運転士』として繋いだ彼とのリンクは健在であり、何時でも位置が分かる状態だった事が慎重になれるだけの余裕を与えた。 「そして彼女は見つけてしまった。 雌伏の時を過ごすには最良の環境――『閉じない穴』の開いた三ツ池公園を」 電車は、充満する異界の力の影響を受けそのフェーズを3に進めた。 そしてその力は、三ツ池公園の地下に異空間を構築する。 「元々の姿である電車の属性が改めて出て来たみたい。そこは地下鉄になっている。駅は三ツ池公園にある『公園出口』と、そこから数キロ先の森に隠された『森出口』の二つだけ。E・ゴーレムの本体は、南瓜の馬車に似たような姿で、この二つの駅をずっとぐるぐる回っている」 「本体?」 リベリスタの言葉に、イヴはまたひとつ頷く。 「そう、本体。彼女が乗っている電車そのもの。 さっきの映像の姿は、その中にいるE・ゴーレムの『核』みたいな物なの。 多分、ケンタロウと釣り合いの取れる姿を望んだ事と、ケンタロウがあくまで『運転士』だって言う事実とを両立しようとした結果だと思う。 ついでに言っておくと、路線そのものも、その空間も、すべて彼女の体。もっとも本体と核のユニット以外は動けないみたいだし、路線とか地下道が攻撃を受けても、痛くも痒くもないみたい。だから本体ユニットを直に叩く必要があるんだけど――周囲には大量の『臣民』がいる。周囲の、あまり強くないエリューションを魅了して、隷属させた存在」 最初の時点から持っていた『一人を運転士に指名し、虜とする』能力と、乗客を欲する性質。その力が合わさり、進化したE・ゴーレムは今や、一つの王国を作り上げるに至っていた。 「彼女は今、アークと戦うための兵力を集めているの。使役した臣民達に周辺のエリューションを捕獲し連れて来る様に命じ、連れて来られたそれを虜にして臣民を増やす。三ツ池公園に開いた穴の影響も考えれば、その拡充速度は甘く見れない」 一刻も早く止めないといけない。 正直冗談染みた状況(コメディ)だと思っていたのが、思いの外切迫したものだった事を知ったリベリスタ達は一様にその表情を引き締める。 「でも、それじゃあどうやって倒すんだ。映像を見る限りじゃ、臣民の数は今でも相当だぞ」 「このE・ゴーレムは、あくまで電車であることにこだわってる。簡単に言うと、乗客を拒めない」 駅や地下空間で攻撃を仕掛ければ、臣民であるエリューション達の攻撃を受けるだろう。だが彼らもまた、支配者である電車に乗客が乗ろうとするのを防ぐ事だけはできないようだった。――それは電車が電車である事を否定する事になるから。 「マナーを守って電車に乗ろうとする限り、駅にいる臣民たちは、あなたたちを攻撃しない。 多くのエリューションがいるけれど、耐えて。喧嘩とか、駆け込み乗車とか、厳禁だから」 後は、乗り込んだ車内にいる『王女』を倒すだけだ。 「あなたたちが攻撃しようとした時点で、電車は本気で向かってくるから、気をつけて。 リベリスタを倒していけば、いつか『王子様』につながると、彼女は本気で信じてる」 頷きを返し、リベリスタたちは映像の中の『彼女』を見た。 絢爛豪華とも言える衣装に、宝冠が一際輝いて目を引く。 「あと、あの宝冠はアーティファクトね。資料は添付したから見ておいて」 何さらっと情報追加してるの!? |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月10日(土)21:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 大穴に擬態した地下への入り口を降り進んで行くと、徐々にその形が人工物に近いフォルムを持ち始めていく――まるで、地下鉄の駅のような姿に。 『彼女』には、確かに人の知識を得る機会があった。それが故だろう。――明かりのチラつきのない平坦さ、薄暗さが、それらがマガイモノであることを示しているのだが。 進むに従って、決して強くはなさそうなエリューションたちとすれ違うことも増えていくが、概ね素知らぬふりで通り過ぎるだけである。ごく稀に軽く会釈をするものもいるが。 なにせここは王国の領土なのだ。『臣民』たちは大人しく、もし彼らが自発的に行動を起こすとすれば、それは敵対行動かマナー違反を見かけた時だろう。 アークのデータベースには、無冠の冠と、南瓜の電車の両方の起こした事件のデータがある。今回の任務に赴いた中には、そのどちらかと関わった者もおり、自然、話題は過去の事件へと向いていく。 「逃した元電車のかぼちゃの馬車が姫になって国を作って王子様を奪還しようとしてる……。 どう聞いても電波だけど、ところがどっこい……これが現実ー。エリューションなんでもありだよねー」 ざわ……とか言いたくなる『吶喊ハルバーダー』小崎・岬(BNE002119)の解説は、正しい。 「お姫様かあ、おとぎ話だな。にしても、冠がこんなとこでまた会うなんてな」 こちらは無冠の冠の以前の姿を見たことのある『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)である。 話を聞いていた『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)が柔らかく肩を竦める。 「ふぅん。お姫様と王冠ねえ……。恋心って言うのは嫌いじゃないけれど、暴走は良くないわね」 笑顔はそのままに、きっちりお灸をすえてあげましょうか、などと続ける彼女に、『白詰草の花冠』月杜・とら(BNE002285)が嬉しそうに話しかける。とらには革醒したばかりの南瓜の電車との交戦経験があった。 「山手線の駅が増えるって本当だったんだね♪」 8年後の開業が予定されているはずだが、こうも崩界の進む不安定な情勢下では、延期もありうるかもしれない。だが、新しい駅の噂というものはそれだけである種の人の心をくすぐるものがあるのだ。多分。 そうこうしているうちにたどり着いた最深部には、もう、見た目では実際の地下鉄と大きな差がないようにさえ思えた――否、一つ大きな違いがあった。 「うーわ。」 その光景に、俊介が一瞬呻く。 ホームには人ではなく、革醒した様々なモノたちがひしめいていた。 思わずコートから煙草を取り出しかけて、周囲のエリューションたちから一斉に『禁煙』と書かれた看板を示された『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)が一度咳払いをしてから、切り出した。 「リベリスタを敵視しているエリューションが対抗するために力を高めているなど、馬鹿正直に待ってやる理由はない。これ以上厄介になる前に、強制的に終着駅とさせてもらおう」 この戦い、初撃の行方がほぼ全てを決めるだろう。そう続けて鉅は意識の集中をはじめる。 それに習って『背任者』駒井・淳(BNE002912)、『初代大雪崩落』鈴宮・慧架(BNE000666)も集中をはじめる。電車が来るまで、下手に動かずに集中を重ねておくという作戦なのだ。 「にしてもエリューション多いな……」 「二度も逃がすと恥しいしー。きっちりぶった斬るよー、アンタレス!」 そわそわしつつも抑えながら俊介が呟き、岬は幻想纏いに収めた愛用品に語りかける。 「だが――もう一歩下がった方が良さそうだ」 その言葉に、手を顎に当て少し考えるような仕草を見せた『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)が唸った。 「白線の外側で待つのはマナー違反だ」 ● 「良く来たな敵軍の戦士達よ。歓迎してやろう!」 乗り込んで即、リベリスタたちの前に現れたのは――否、正確には入った時点で最初に目についたのは、豪奢な衣装を身に纏った、威風堂々とした女の姿。 南瓜の電車は、通常の電車一両ほどの大きさ――決して広くは無く、黒地に銀を配色した内装は馬車に近い。エリューションの核、プリンセス・オブ・ザ・パンプキンはその中央に、パニエでふくらませたような形状の、緑と橙のドレスを纏って仁王立ちしていたのだ。 王者の余裕か、威厳の賜物か。先ずは敵共のお手並みを拝見しようとばかりに目を細める。 「――やれやれ、何と言うザマだ」 万華鏡越しではなく肉眼ではじめて見る姫の外見、その面立ちにかつて戦ったフィクサードの名残を見つけて、美散がギリと歯を鳴らした。 敵だった。変わった女だと思っていた。 だが、彼女が己なりの忠義に殉じて戦い抜いたのは事実。 その亡骸がエリューションの肉体の素材に使われ、王権者などと言う一番『らしくない』立場として君臨している。 「例え何者であろうと、あの女の矜持を穢す事は赦さん」 それが美散には、気に入らなかった。 『革命準備OK?』 脳裏にひらめく声は、とらのハイテレパスによる合図。 ――だが、最初に動いたのは合図を忘れるほど血気にはやっていた男だった。 「血の味を見てやるついでに、いつかの借りを返すとしよう」 淳は符を放つと、言葉に続けて二本のナイフを抜いて構える。 術符に呼び出され、淳の傍らに立つ小鬼にプリンセスはちらりと一瞥を寄越したが、その視線は直ぐに引き戻された。慧架が突撃を仕掛け一気に間合いを詰めてきたからだ。 「貴方に姫は相応しくありません」 雪崩の如きその勢いのまま、慧架は姫の身体を座席の側面に叩き付けようとした。 「貴様に認められる必要も理由も無い。王権を証明するのは臣民の忠節だ」 南瓜の姫はにべも無くそう返し跳ね除ける。 ――叩きつけられたのは、周辺一帯にさながら天幕のように揺れていたツタの塊。 それは庇護という明確な意図を持って慧架と核の間に割り入った。 「さあ、わたくしと一緒に殺戮を始めましょう?」 続けざまにティアリアが鎖鉄球をブンと振り、反動に乗る様にして跳びかかる。 やはりツタに絡め取られたが――そのツタがいくらか、何かを吸い取れたかのようにわずかに枯れた。 「どちらの数が多いのか、数えるまでもないと思うが――殺戮の望み、叶えてやらんでもない」 相変わらず声は棒読みだったが、その表情に不快を露わにした姫がその整った眉根を寄せる。 待ちの姿勢はここまでだとばかりに右手をリベリスタたちに向け伸ばして、宣告する。 「この無礼者達を死罪とせよ!」 言葉に応えるは姫の頭の上の王冠。言葉を受けて浮き上がるとプリンセスの頭上の旋回を始めた。突如その動きが止まったと思うとその中心を飾る黄玉がぎらりと輝き、その輝きを放射する。そこから生み出されるのは業火と閃光の矢。ごう、と。狭い車内を逃れ得ぬ烈火が嘗め尽くす。 「やれやれ……厄介だな」 その業火の間を突貫するは鉅。彼の役割は厄介な能力を持つ姫の抑え。その身から放たれた気糸によって動きを封じ、何もさせ無い事だ。 だが気糸が縛ったのはまたしても姫の身体を囲んだツタの群だった。 気糸からの呪縛の力が車体へと浸透し、ぎぎいと耳障りな音を立てて列車の速度が見る間に落ちた。 「王の身体にそう易々と触れれると思うな!」 勝ち誇る様に傲然と言い放った姫は、そのまますうっと息を吸い。 「さあ、奪還戦略! はじめようぞ!」 どこか棒読みながらも堂々としたその宣言と共に瞳から赤い光が放たれ、車内を満たす。 ――そして王命は、姫と姫に与する者達に力を与える。 列車の速度が見る間に戻り、枯れたツタが生気を取り戻していく。まるで何事もなかったかのように。 「ぶち当たれ! 遊ぼーぜ!!」 だが、だからと言って諦める道理も無い。慧架に続けるつもりで待っていた俊介が神秘の閃光を放つ。 「姫様ごめんな、王子は来ないってよ。俺で我慢しねえ?」 冗談めかした軟派な言葉に、姫は少し頬を膨らせて目を逸らす。不満らしい。 列車到着前までエリューションに囲まれ、しかし耐え続けたフラストレーションを篭めたその閃光だったが、くるくると飛び回る王冠はともかく、ツタのカーテンに守られたプリンセスまでは届かない。 「よう、七海。また会ったな」 「ナナミ? ……ああ、この肉体の事か。そう言えば貴様は見た覚えがある」 合点が行ったと言う風に目を細めるプリンセスを美散は睨み、全身の闘気を爆発させた吶喊をかける。 「その女は返して貰う。力尽くでな――!!」 ずがん! 爆裂したが如き轟音、その一撃はツタを突き破り、姫の鼻先へと肉薄する。 「……何だ、貴様。何故この身体に執着する? まさか、貴様も恋をしているのか」 姫は何の動揺も見せずに平然と棒立ちのまま、寧ろ別の事を気にし首を傾げてみせる。 美散の精悍な頬に僅かに浮かんだ笑みは、呆れか、怒りか――あるいはそれ以外の感情か。 「蒸着ー! しつつぶった斬るよ!」 そんな美散を飛び越す様に襲い掛かったのは、岬。武装を終えた彼女が振るうのは、邪悪な外観の愛用武器アンタレス。輝くオーラを纏った連撃が姫に迫り、間を塞いだツタを代わりに切り裂いた。 「この、ブタ野郎ーーーっ☆」 俊介に続き二度目の閃光を放ったのはとらだ。 王冠が一度ぽてりと床に落ちた後、気を取りなおしたように再び浮かび、旋回をはじめる。ツタの壁は破れなかったが、車内電光掲示板は出鱈目な表記を映し出す。 「小賢しい真似を。だが、余の王権の前には些事だ!」 傲慢に言い放った姫の言葉に答えるように、王冠が再び輝き、車内を炎雷で嘗め尽くした。 二度に渡る焔のダメージは決して低くない。岬の陣形の指示も、戦場はたった一両の狭い車内、中央を陣取っているのは敵の主。どうしても意味は薄くなる。 「核を屠るには、列車が邪魔だな」 呟いた淳が符を一羽の鴉に変え放つ。列車の蔦が姫をかばう事については完全に想定外だった彼だが、列車の攻撃が厄介な場合はこうして鳥の姿を持った怒りの呪を放つ心算だったのだ。 鴉のクチバシから呪が浸透し、車内電光掲示板の表示が更に支離滅裂に点滅し始める。 その様子を見た鉅が、ツタの守護はもうあるまいと一気に姫に踏み込んだ。 今度こそその身を縛ろうと幾重にも放たれた気糸は姫の肢体に絡み縛り。 「余を、甘く見るな!」 その叫びと共に弓の様にその身を引き絞ったプリンセスにより引き千切られた。 「これ王命である! より精強であれ!」 そして再びの宣言。車内電光掲示板が見る間に正常に戻っていく。 「我等の力を見たか! 自らの身の程を知り、我が国の栄光に絶望を捧げ朽ち果てるが良い!」 いかに拙い恋情と思い込みに染まっていようと、フェーズ3。 その実力を見せられ、リベリスタ達の表情が一様に曇った。 ――だが、諦めを知らぬのもまた、リベリスタ。 「俺に命令すんな!!」 叫んだのは俊介だ。 魔力を活性化、循環させる彼の身体から幽かに迸る燐光を背に、慧架も流水の如き構えをとり、美散もまた肉体のリミットを外し全身の生命力を戦闘力に変換する。 伴奏の如く響き渡るティアリアの天使の歌声が、リベリスタ達の傷を和らげる。 「私の疾風居合い切りは、当たると痛いよー!」 ツタは今、姫の周囲にない。これを好機とばかりに岬の真空刃が迫る。言葉通り、その威力は従来のそれを大きく逸脱して鋭い。地力を上げて物理で殴るとでも言うべきか。ただひたすらにハルバードの技量を習熟し練り続けた彼女ならではだ。 想像を絶したその威力に、肩口を抉られたプリンセスは驚きの表情を浮かべ、眉を強く寄せた。 そしてとらの放った治癒の光が、リベリスタたちの身を苛む焔を消し止める。 「電車の美しいフォルムを、こんなダッサイ南瓜にしちゃって…… 勝手なことしてんじゃねぇですよ☆ メスブタ」 可愛らしい声で物騒な罵詈雑言を吐くとら。 「この車体は余の外殻にして体。自分の姿を自分の好きに飾って異を唱えられる謂れは無いな」 プリンセスの反応は冷たく――否。 「そもそも、『私』を否定し捨てたのは、貴様等人間だ」 その目の奥に、炎があった。 暗い、闇色の炎が。 ● 私が電車だった頃。 私には結局ただの1人の乗客も乗ってくれなかった。 人間は、乗客にもならず、よってたかって私を暗い倉庫に押し留めた。 私が目を覚ました頃。 運転室には運転士が、そして2人の乗客が乗ってくれた。 だけど乗客は連れ去られ、その後現れたのは私の心と身体を縛る支配者。 私の、私の為に乗っていてくれたのは、結局、彼だけで。 それが、私の力で強要したものだったのは、自分でも分かっている。 けれど。 それでも。 私には彼だけで。 潜伏していた地下は、暗い。 まるであの倉庫のようだと、思うことがある。 だが、もう良いのだ。 私に望める光は、一つだけだと分かったから。 私の為の光は、もう、彼だけで良い。 だから。 だから! ● 「王子様はもう、お前のことが嫌いだそうだ。こんな化物に成り下がってしまってはなあ」 王冠がリベリスタ達を焼き、列車が姫を守り、姫が癒す。 とらが俊介がティアリアが癒し、それ以外が姫を狙い列車に阻まれる。 緩やかながらお互いにジリ貧を感じさせる戦況を覆したのは、淳のその一言だった。 「貴様」 ぎろりと、睨む。 プリンセス・オブ・ザ・パンプキンは、それまで温存を優先して戦っていた。それはそうだ。彼女にとって敵は今目の前にいる8人だけではない。もっと大量のリベリスタ達と戦い続けるつもりの彼女にはこんな所で戦力を喪う訳には行かないし、重傷を負うわけにも行かない。 それゆえの回復優先の戦略を、たった一言が覆したのだ。 「貴様ァ如きが! あの人を騙るなァァァァ!!!」 絶叫。 その言葉に疑念などない。 ――最後に縋った藁を疑う余裕のある溺者が、いるものか。 一瞬だった。自らの位置を特に定めて戦っていなかった淳は、狭い車両の真ん中に立っていた姫の手が何時でも届く位置に居た。決して油断していたわけではないが、それでも尚。 「がはっ……ぁ!?」 何時の間にか背後にいた姫に首の肉を抉られ、淳が血を吐いて倒れた。 そしてもう、動かない。おりしも王冠の炎を受け、癒しを受ける前だ。それまでの蓄積も加え、軽装の彼に耐え切れる様な一撃ではなかった。 「殺せ! もう何でも良い! こいつら殺しちゃえ!!」 鉅の展開した気糸の檻を引き裂きながらそう叫ぶプリンセスの声はそれまでの堅い棒読みとは違う。 少し幼く、そして驚くほどに感情豊かだった。 姫は荒れ狂い、列車は急停車を繰り返しリベリスタ達を跳ね飛ばし、王冠は光や炎の弾を撃ち続ける。 戦いは一変、激しい消耗戦となった。 「限界までお相手すんぜ!」 淳と同じく首の肉を刈られた俊介は、しかし運命を燃やし踏み止まる。 美散の突撃は重く鋭く、岬は戦場を縦横無尽に舞い、巻き込まれた座席が砕け散る。 とら、ティアリア、俊介の癒しは尽き果て無い。 猛攻をしのぎ切り、気力の尽きるまで押し勝てばリベリスタの勝利となる。 ――誰もがそれを目指し、全力を尽くした。 耳障りなブレーキ音が鳴り響き、急停車する電車。ツタや破片などが、車内にある全てのもの――踏みとどまれなかったリベリスタ自身さえも――が凶器となって荒れ狂う。積み重なった消耗にかさねたその衝撃に、鉅、美散、岬にとら、ティアリアまでがその運命の加護を削られる。その中で逃げ場もなく吹き飛ばされかけた慧架は、間近にいたプリンセスに抱き付く様に組み付いた。 「行きます!」 長引いた戦いに、時には炎の拳をも振るいながら戦っていた彼女は急停車のダメージを減らす一石二鳥と考え、渾身の一撃とするべく間合いをつめたのだ。 「触るなあ!!」 姫は叫び、魔力の篭った眼光で睨み返す。 「……ぐ……」 慧架が崩れ落ちる。 「今回は逃がすわけにはいかねー!」 俊介が叫ぶ。かつての無念と因縁を篭めて。だがその叫びをかき消すように姫の頭上の王冠が輝き、蜂の群れのような数の光を繰り返し撃ち出し、俊介の体を撃ち抜いた。 そして、その身を傷だらけにした南瓜と電車の国のお姫様の喚く声が車内に放たれる。 「死んじゃえ! お前らなんか死罪だ!!」 ――つきだした左手から放たれるそれは、どこか南瓜の種にも似た形状の、断罪の魔弾。 「七海……!」 美散が呻く。どちらの『七海』への言葉か、それは彼にしか分からない。 「くっそー! 悔しいけど……撤退だよ皆!」 俊介に続き美散までもが倒れたのを目にして岬が叫び、鉅がスローイングダガーを放ち窓を割る。 「……貴様らァ!!」 傷付いた仲間を背負い、窓から次々と飛び降りていくリベリスタ達。逆上した姫はそれを追おうとし、その列車の扉を開け放つ。 「タ゛ァ シエリイェス!!」 アンタレスの鈎を扉の取っ手にかけて即座に閉め返した岬の表情は、冗談めかした物真似と何時も通りのマイペースの声色とは裏腹に、切迫した色をその瞳に映していた。 ● リベリスタたちは逃走に成功。 カレイドシステムで捕捉する限り、南瓜の姫はすぐに冷静さを取り戻し、臣民にも追撃をしないよう指示した模様。――現在は臣民の拡充を続けながら、地下通路をさらに深く潜らせ、拡大を繰り返している。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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