●Berauschung~我こそは正義の執行者~ ――深夜のビジネス街に聳え立つ一本のビル。その最上階の一室から、眩く放たれた白の光がドアの隙間から微かに漏れ出た。 その部屋は、とある無登録の高利貸しの事務所になっていて、恐らくは取立て等を主な生業とする、アロハシャツやらラフな格好をしたチンピラ風の男達が十数人。彼等よりも上位と思われる強面のスーツの男達が数人。そして、奥にはボスと思しき一人のガタイの良い男が――全身に火傷を負い、よれたスーツの男に胸座を掴まれ、既に瀕死の状態だった。 「ほら、今まで沢山の人に迷惑掛けてきたんでしょ!? 泣いて詫び入れて下さいよ!! ねぇ!?」 下卑た嗤いを浮かべながら、よれたスーツの男はさも愉快そうに、大柄なボスの鳩尾に膝蹴りを入れ続ける。まるで罰だとでも言うように。 「わ、悪かった……もうやめてくれ」 「悪かったァ? 『ご・め・ん・な・さ・い』でしょーがッ!! そんなんで今まで苦しんできた人達が納得すると思ってんですかーッ!?」 男は、怒鳴りながらも唐突にボスを解放すると――その手に鈍く煌めくメリケンサックを上段に振り上げ、一息にその頭部にブチ込んだのであった! 裏社会の人間を纏め上げたボスも、神秘の前には何も知らぬ無力な赤子も同然。ボスは、脳天から大量の血を噴き出し、呆気無く絶命する事となった。 「あーあ。結局詫び入れて貰えなかったなァ。ま、いっか。こんな社会のゴミ、謝罪してくれるよりいなくなった方が世の為人の為ですもんねぇ」 あ、でも、と、男はぞっとするような笑みを浮かべて。 「自分は絶対に裁かれないって思ってる悪に、この手で正義の鉄槌を叩き込んでやるってのは私かなり良い事してるなーって実感があるんですけどねぇ。それを味わえなかったのは残念」 「ヒッ!?」 しかし慄くボスの部下達には、男は空の砂時計を翳し、引っ繰り返すだけに留めた。その瞬間に部下達は、時間差は有れど一様に崩れ落ち、眠りに堕ちた。 「小物に興味はねーんですよ。アンタ達はとっとと忘れて勝手に壊滅して下さいねー。さって、さっさと死体バラしてどっか埋めに行くかな」 言うや否や、男は静寂に包まれた室内を一瞥すると、自分よりも重量がある事は間違い無いボスの身体を、顔色一つ変えずに持ち上げた。 ●Perversion~善悪の境は紙一重~ 「――結局、表向きはイン・ラビリンスしちまったらしい」 何の話だよ。 「血痕は事務所から見つかったそうだが……死体が無い。一応部下達も取り調べを受けたそうだが、『やってねぇし知らねぇ』の一点張りだそうだ」 だから何の話だよ。 ツッコみたいのは山々だが其処をぐっと堪えるリベリスタ達の心中を知ってか知らずか、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は飄々とした口ぶりで告げた。 「知ってるだろ? 先週事件になった『闇金トップ失踪事件』さ。大量の血痕を残してとある無登録の高利貸し業者のボスが失踪。行方不明事件に見せかけた他殺って方向でも捜査は進められたが、結果はまぁ、さっき言った通りってワケだ」 ――表向きは、な。と、伸暁は続けた。 「奴はどうやらアーティファクトを所持してる。だから、俺達フォーチュナはその犯人の姿を知ることが出来たってワケさ。ただ、奴のスキルもアーティファクトも半分以上が未知数だ。だから、不確定要素が強過ぎる状態で、依頼する事が出来ずにいたんだが」 近々、二度目の事件が起きると言う。 伸暁は、スクリーンに今回のターゲットの姿を映し出した。見た感じは、よれたスーツを身に纏った、何処にでもいそうな三十路半ばの男に見える――背中に、鴉の羽根を生やしてさえいなければ。 「穂村義忠。元マスコミ関係者で、今はフリーライターをしているらしい。フライエンジェのクロスイージス。自称『リベリスタ』で、『正義の執行者』だそうだ。拠点が判明してる悪人なんかに詰め寄って侘びを入れさせた上で、始末する。そんな高尚な趣味をお持ちらしいぜ」 言外に皮肉をたっぷり込める伸暁。そう、義忠の正義は既に、修正不可能な所まで捻じ曲がってしまっているのだという。 「で、相変わらず未確認情報は残ってるんだが、今回は奴にそのターゲットを裁かせるワケにはいかない。なんせ今回の奴のターゲットは、確かに犯罪者の身内だが、ターゲット自身は何の罪も犯してないってんだからな」 今回入った状況によると、義忠はある麻薬密売人の父親を『教育が悪かった』という理由で狙っているらしい。しかし実際の所、その父親は富豪ではあるが自他共に厳しく、子に関しても麻薬に手を染めた時点で勘当していたというのだ。 義忠の二重の勘違いの為に、無実の人物を殺させてはならない! 「ってなワケで、ジャスティスを履き違えちまった男を、お前達が裁いてきてやってくれ」 ――繰り返す。 穂村義忠の正義は今や、捻じ曲がっている――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:西条智沙 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月08日(木)22:51 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Grenze~僅かな差 窓越しに夜の街が見える。 ビルや街頭が色とりどりの灯りを放つ。今日は特に、空気が澄んでいるからこそ、それが良く見渡せる。修平は、イギリス限定生産品のティーカップを片手に、窓辺のソファーで読書をしていた。 そんな中、呼び鈴の音が彼の耳に入る。 「こんな時間に、来客か……?」 訝しげに思いながらも、彼はインターフォンの受話器を取った。備え付けの液晶画面を見れば、繋姿の糸目の男の姿が其処にあった。 「西園寺だが」 『どーもー。近所の工事で配線系統に異常出たらしいんで、チェックに来ましたー』 糸目の男は更にその目を細めて言う。 確かに身なりからして配線工のそれの風体だ。 「しかしそんな話は聞いた事が無いが?」 『その説明もさせて頂きますのでー』 「……ふむ」 考えてみれば元々このマンション、値段相応のセキュリティは確りと備え付けられてある。少なくとも正面から、悪事を企む人間が乗り込んで来る事はほぼ不可能だ。 修平はドアに掛けられていたオートロックを外し、突然の来客達を招き入れた。 「夜分遅くに失礼しますー」 「うむ……」 修平は、配線工風の男――『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)の言には一定の理解を示したようではあったが、未だにその背後に控える“五人”の男女を怪訝そうに見遣っている。 まぁ、百歩譲って十代後半辺りの外見を有する人間はアルバイトで通るとして、しかし、少なくともそれ以下の外見に見える人間が数名、混じっている。 「僕達、皆お兄ちゃんのお手伝いなんだ。一緒に中に入ってもいいよね?」 その中の一人でもある『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)がフォローを入れるも、修平は唸ってしまった。 けれど、彼は次の瞬間には、何かに取り憑かれたかのように、彼等を室内へと招き入れていた。その双眸は虚ろで朧気。咲夜の魔眼の力が、修平に暗示を齎したのだ。 そうして配線工とその手伝い、に扮したリベリスタ達は、無用の争いを起こす事無く戦場への到達を果たし、事前に決めていた所定の位置へと散らばり、身を隠す。そして皆、来たるべき戦いに備えて自らの力を高めてゆく。そして待つ事暫し。 「……来たようですね、力に溺れ、悦楽のままに力を振るう外道が」 『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)が、きりりとその柳眉を逆立て、仲間達に告げた。一斉に身構える仲間達。羽音。聞こえる。夜の闇の中、飛来する、敵。 ぱりん、と澄んだ破裂音。すかさず割れた窓から滑り込むようにして侵入してきた男。達成感に満ちた笑み。その背には漆黒の双翼。間違いは無い、奴が、穂村義忠だ。 たん、と軽やかにフローリングを踏み、一歩ずつ、修平に歩み寄る義忠。彼は目の前の男を破滅させる未来に歓喜し心を満たし、この状況の不自然さには気付いていない。 「こんばんは西園寺さん、今日は死ぬには良い日だと思いませんかぁ? てか何ぼーっとしちゃってんです? まさか窓から来ると思わなくて吃驚ですかー? その油断が命取りですけどねぇぇ!!」 狂喜に昂った義忠は、一思いに鈍色の獲物が煌めく拳を振り上げ、修平の脳天に打ち下ろそうとする! しかし、彼はその手を止めた。修平ではない、男の声を聞いて。 「ははー、正義の為なら不法侵入くらいするよ、ねっ!」 その言葉と同時に、リビングとキッチンを隔てる壁の影から、物凄い勢いで矛が飛んで来たのだ! 風を斬る音に反応し、上体を反らして間一髪でそれを避ける義忠。だが、気付いた時には五人のリベリスタ達に囲われ、修平の前にも一人のリベリスタに割って入られていた。背後を顧みれば、更に二人のリベリスタが退路を塞ぐ形で窓から室内へ転がり込んで来た。一方には今様色の翼が生えている。彼女がもう一方を抱えて飛んで来たのだろう。 「正義の執行者さんよ、その命、死を告げる天使が刈り取りに来たぜ」 今様の羽の女、緋塚・陽子(BNE003359)はニヒルに笑むと、大鎌デスサイズを玩ぶように回し構え、その切っ先を義忠へと突きつけた。その姿は緋色を纏った断罪の天使そのもの。 ぎりりと歯ぎしりし、義忠はリベリスタ達を睨み付ける。勿論その程度の事で恐れを為し、尻尾を巻いて逃げるようなリベリスタ達ではない。その事についても義忠は苛立ちを覚えていた。 「一体何なんですかアンタ達ー……其処でぼーっとしてる下衆野郎のボディーガードってワケでもなさそうですけどね……」 忌々しげに悪態を吐きまくる義忠。その姿、言動は、少なくとも“正義”とは、程遠い。 「正義ね。こんな私がアークでセイギノミカタをしている位だから安い言葉よね」 ふと、自嘲か、それとも単なる義忠に向けた嘲笑か、測りかねる程に薄く冷たく、『Bloody Pain』日無瀬 刻(BNE003435)は嗤う。 「精精素敵な正義とやらを見せて貰おうかしら」 その嗤いは、余りにも不敵で、残酷で、何より、美しかった。 「正義なんて千差万別、人の数だけあって然るべき……とは言え、勘違いで罪のない命、奪われるわけにはいかないでしょ?」 だから、今回ばかりは見過ごせない。絶対に、止めて見せる。『淋しがり屋の三月兎』神薙・綾兎(BNE000964)は揺るがぬ決意を胸に、固く強く握り締めた深紅を湛えた刃――Imitation judgementを、真っ直ぐに、義忠へと向けた。 ●Schlagfertigkeit~罠に掛かった鴉 「無実の標的宅に物的被害が出てしまうのは残念ですが、せめて物だけで済むようにしませんとね……」 不快感を露わに義忠を睨み付けた後、気遣わしげに修平をちらりと見遣る『Trapezohedron』蘭堂・かるた(BNE001675)。修平は未だ催眠状態から回復しておらず、其処か上の空でリベリスタ達の後方、壁に凭れ掛かっている。 義忠の今回の獲物は、彼だ。彼を餌に義忠を釣ったは良いが、本当に食い物にされる訳にはいかない。 頷き、咲夜はくるっと回れ右で修平を振り返り、その瞳を覗き込んで、語り掛けた。 「強盗だっ……危ないから、外に逃げて? 僕達で何とかするから警察とかは呼ばなくて大丈夫だよ」 「うむ……」 咲夜に促され、修平はふらふらとドアへと向かう。が、義忠がそれを黙って見過ごす筈も無く、咄嗟に追い縋り、咲夜諸共殴り倒そうとする。だが、それは背後から浴びせ掛けられた、流れるような剣戟によって阻まれた。 「まったく酔狂なヤツもいたものね……ま、いいわ。どっちにしてもやることは一緒よ……」 「邪魔なんですよ、アンタ達!」 しかし彼女、『深紅の眷狼』災原・闇紅(BNE003436)は顔色一つ変えず、義忠の言葉にも耳は傾けない。 「さぁ……殺り合いましょう……」 「チッ!」 返す刃の二撃目を、義忠はその両手に光るメリケンサックで受け止め、弾き返した。反動で体勢を整える彼だが、微かにバランスを崩す。その表情には焦燥がありありと見て取れた。このままでは獲物を逃がしてしまうかも知れない。何より退路を断たれているのが痛かった。 それを察してか、陽子がにやりと笑む。 「悪党を問答無用にぶちのめして詫び入れさせた後に殺す? 正義が聞いて呆れるぜ。やってる事は悪党そのまんまじゃねーか」 「……悪は例外無く裁かれるべきなんですよ。それに周りが気付かないから、私がやってあげてるんでしょうがッ!」 「駄ー目だ、話には聞いてたけど、本っ当に救いようが無ぇなぁ」 これには流石の陽子も肩を竦めてしまった。実際、義忠は自己満足に頷き、既に彼女の言葉を聞いてすらない。おめでたいとはこういう事を言うのだろう。 「悪い事をした人を殺すのが正義? 俺は違うと思う」 例え悪人であろうと、殺した時点で殺した側も正義の定義から外れるのだと。それだけは、どんな理由を繕おうとも、綺麗事では済まされない事実なのだと。 「そう、思うよ」 「いいや、違いますね! 悪は正義によって裁かれる定め! 裁かれるだけの行いをする奴等がいるから! 私のように正義を執行する者がいないといけないんですよッ!」 聞く耳持たず。自らに逆らう者全て悪と見做し、拒絶する、義忠のその姿に、綾兎は更にナイフの柄を握り締める力を強めた。義忠は“正義”という名の“信念”を掲げて動いている。ならば、自分も、自分の信念を貫くのみ。正義を名乗る程の人間でない自分でも、為すべき事はある。 「“だれかにとってのせいぎ”を、ね」 生み出される残像の自分。彼等と共に綾兎は、深紅の刃を躍らせる。 「っ!」 「あれが正義? 笑わせないでよ。弱者を甚振りたいだけの変態でしょ?」 避け切れずに紅の一線をその手の甲に走らせた義忠に、畳み掛けるように投げ掛ける綾兎。彼に続いて、闇紅も再びその刃を目にも留らぬ速さで繰り出し続ける。 「変態。言い得て妙よね……その、意地汚いまでの執念」 「崇高なる志! ですよ!」 「幼稚な妄想狂にリベリスタを騙られるのは、正直不快です。好き勝手に動けるとは思いませんよう。相応の終わりを提供します」 独り善がりで身勝手なその正義を打ち砕くべく、かるたも義忠へと躍り掛かる。淡く煌めく手甲から、光による神秘の一線が放たれ、義忠を襲う。 「チィッ!」 身を裂かれ、決して浅くは無い傷を負った義忠は、退路確保の為か、闇紅へと強烈なまでの輝きを伴ったメリケンサックの一撃を見舞った。闇紅はその持ち前の身軽さで、辛くも身を翻し直撃を避けるも、こめかみに微かにじくじくとした痛みを覚える。 追撃をかけようとする義忠を、しかし鋭い刃が襲った。瞬時の判断で義忠はそれを右腕を犠牲に受け止める。鴉の姿であったそれは、勢いを失うとそれを模った符へと帰っていった。 「正義とはまた大きく出たのぅ」 修平を逃がし、かるたの後方から式神を飛ばした主――咲夜は、先程のあどけなさが嘘のように、ゆるりと艶やかに微笑む。 「生憎、わしは悪い大人じゃから己が為したいまま振舞うだけじゃよ」 ――熱いのは若い者が似合いじゃろ? 問う、咲夜はその立ち位置。若者達を支え、助け、見守る長き時を生きた者。 呆気に取られる義忠。其処に生じた隙を、冴は見逃さない。一点集中し、一息に飛び込み、一切の迷い無く、勇猛果敢に斬りかかってゆく。 「蜂須賀示現流、蜂須賀冴。参ります」 天下の名刀の名を冠する愛刀から放たれる、奔る雷撃を伴った鋭い一撃。それは、義忠の背にて存在を誇示する漆黒の羽の片翼の中心に、寸分違わず突き刺さる! 「その力、その行い、断じて正義ではありません。その過ち、思い上がりを此処で断ち切ります!」 「がああああああっ!!」 痛みと痺れに絶叫し、床に片膝を着く義忠。 「やったのでしょうか?」 「いえ。しかしこれで飛行による逃走の可能性をある程度減らせるでしょう」 反動で僅か、立ち眩みを覚える冴を支えたかるたが問うと、冴はかぶりを振りつつもそう答えた。 だが、その時、義忠に異変が起きた。 「……あ、ああ、ああああああ……!?」 ●Ersatz~穴二つ 「あら、何だか素敵な事になってるみたいね?」 刻の両の瞳には、立ち尽くし、目を見開き、虚空を見つめながら呻く義忠の姿が映る。まるで彼のその目にだけリベリスタ達に見えない何かが見えているように。 「どうかしたの? 欲望のままに相手を喰らうとても素敵な私の──ご同類さん?」 続けて刻がひどく優しく声を掛けると、義忠は肩を跳ね上がらせて彼女を見据えた。 全身から、動揺の色が浮かび上がる。 「や……やめ……やめろ」 後退る。 別のものを見ている義忠は、刻が歩み寄ると悲鳴を上げた。 「来るな! し、仕方無かった、仕方無かったんだ! 仕方無いじゃないか! 誰も裁かないから、悪がのさばるから……」 彼の目には、人々の影が見えていた。 “正義の執行”と称し、屠った“悪”の、その下にいた者達の、それだけでなく、マスコミ時代に悪に近しいという理由で言葉で責め立て破滅に追い込んだ者達の、怨念の影が。 這い寄る。掴みかかってくる。呑み込まれる―― 「う、うわああああああああああ!!」 義忠の周囲に、光が収束する。収束した光は無数の剣を模し、それぞれが意志持つかの如く、リベリスタ達に向かい、処刑せんと飛び交い、乱舞する! 「正義の名の下にィ! 悪をッ! 俺が処刑してやるんだぁぁぁぁぁぁ!!」 半狂乱になりながら、自らの正義に踊らされるマリオネット。それが、今の義忠だ。 無我夢中で放たれた幾重もの輝く刃は、彼を取り囲むリベリスタ達の身を容赦無く切り刻み裁かんと奮う。“自分”という“正義”を拒絶する“悪”を、滅ぼすべく。 「……ちっと拙いかなー……けどさ」 世間一般的にろくでなしと言われる暴走族にも、彼等なりの矜持はある。甚内はそれを知っていた。だが、彼等の同類でない筈の義忠の今の行いは、そんな矜持をも突き破って底辺に堕ちた下衆の極み。 ただの弱い者いじめが正義の執行なら、この世の中は正義の味方だらけの楽園。暴力こそが正義なら、そうなるが、この世界はそうは出来ていない。 「……何処で間違えたのか知らないし、別に思う所ある訳じゃないけど」 義忠がそれを望むなら。 「正義の味方として、逝って貰えりゃそれはそれで良いんじゃない?」 「!」 自分本位な捌きに耐え抜いた甚内が、義忠の肩口に、その鋭利な牙を突き立てる! 「ああああああ!!」 熱を伴う鋭い痛みに身を捩る義忠だが、それは逆に傷口に牙を喰い込ませる自傷行為に他ならない。義忠がそんな悪循環から抜け出せずにいる内に、強烈な裁きの光によって身を竦ませたリベリスタ達に、咲夜が浄化の光を齎した。 「癒しの息吹よ、穢れを祓い給へ……」 「サンキュっ」 即座に、陽子が飛ぶようにして、翔けた。未だ動けぬ義忠に肉薄し、黒き鎌の先を義忠の胸元に向け、軽くその先端で触れる。刹那、黒の刻印が激痛を伴い、爆ぜた。 「ぐ……ぅ」 よろめく義忠が、最後の気力を振り絞り、自身のエネルギーを絞り出し、完全なる鉄壁の守りを得る。だが、リベリスタ達の恐れる所ではない! 「もう此処で潰れた方が世の為なんじゃない?」 「これ以上、貴方の行いの為に被害は出させません、お覚悟を」 闇紅の風の刃が、かるたの重い一撃が、義忠の身を討ち据える。絶対なる障壁の為に自己に返った痛みには、咲夜が抜かり無く癒しを与えた。 「正義は辛いよねぇ、いつも孤独でやれない事尽くしでさ。けど、もう終わり」 「どれだけラッキーヒットが出るか、運試しだ」 追い打ちを掛けるように、甚内の牙が先の傷口を抉っては、陽子の死の刻印が義忠を更に貫いて。 そして、遂に、偽りの正義に綻びが生まれ、滅びの時が訪れる。 「俺は自分を正義のヒーローだなんて、思ってないよ。でも……アンタは破っちゃいけない境界を越えた。だから、倒させて貰うよ」 「貴様の行いは断じて正義に非ず。神秘を使用し、神秘に在らざるものを裁く等許される事ではない。最早問答は無用。貴様の浅ましい正義、この私が両断する!」 綾兎が、冴が、その刃に力を籠めて。 「……バイバイ」 「チェストォォォォォォォォ!!」 完膚無きまでに、打ち砕く。 ●Gotteszorn~執行者の末路 綾兎は、せめてこの男の事を覚えていようと思う。一歩間違えてしまえば、自分も、こうなってしまいかねない。ある意味、その点に関しては義忠に少しだけ感謝もしている。 そんな当の義忠はと言えば、光を喪った眸で虚空を仰ぎ、奇妙な笑い声を上げている。 「ヒヒヒヒヒヒさあこいあくとうどもーぼくがみーんなやっつけてやるーヒヒヒヒヒヒ」 「自分の“正義”が破られた事で、気でも触れちゃったのかなー」 流石の甚内も、その姿には理解出来ないものを見る眼差しを向けていた。けれども矢張り刻は微笑みを崩さない。徹頭徹尾そうだったのだが、何処か愉しげですらあったようだ。 「勝った者が正義なのだから、相手に勝利して殺しを成した彼は正しく正義の執行者だと思うわ。此処で敗れなければ、今後も気に食わない人殺し続けて、自己満足という名の正義を成し続けていたでしょうね」 「ぞっとしない話ですね」 頭を押さえるかるた。ふと気になって、改めてこの部屋を見渡す。矢張り少しばかり物的被害が出てしまったが、立派な部屋だ。一体維持費に幾ら必要なのかと、思わず考えてしまう。 「……僻みもあったのでしょうか」 「今となっちゃ判んねぇ事だけどな。さて、これが仕事だし、宣言通り命を刈り取るぜ」 未だ自らの正義に酔い痴れ、哂う義忠の左胸に、今度こそ陽子は鎌を振り下ろす。 「正義とは断じてこのようなものではありません」 冴も、彼に道を誤らせた一因となったアーティファクト二つを見つけ、一刀両断にしていた。 しかし、義忠に降り掛かった恐怖の幻影と、精神崩壊。それを齎したのもまた、矢張りこのアーティファクトであったのだろうか。美味い話には必ず落とし穴があるとは良く言うが。 けれども、今此処で破壊された事でそれももう終わりだ。 「西園寺殿には上手く言っておいたぞ。これで一先ずは一件落着と言った所かのぅ」 相変わらず魔眼にかけられ茫洋としている修平を背に、咲夜は茶目っ気を籠めて笑って見せる。 「これで……おしまい……さぁ……さっさと帰りましょ……」 緩やかに踵を返した闇紅に、七人も続いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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