●崩れる世界の片隅で 荊を纏う黒い塔は、今も尚シンと聳え立って居る。 近衛兵も無く、城塞も無く。 されども王は、今も尚。 塔の奥底にて深く深く鎮座する。 荊に満ちた螺旋の塔。 その扉を護るのは、赤き薔薇に微睡む乙女。 ●攻城戦・3 「そんな訳で、軍艦島攻城戦其之参――ですぞ、皆々様!」 そう言って事務椅子をくるんと回し『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)がリベリスタ達へと向いた。 「サテ……とある軍艦島に居座ってしまった非常に強力なアザーバイド『歪みの王』の討伐に向けて、前回の作戦では城塞たる『噎び泣く荊壁』の討伐を行って頂き、無事に成功致しました」 言い終えると同時にメルクリィが操作したモニターには、かつて茨の黒い城壁が堅牢に守っていた荊の塔が。 「この塔は『痛みの塔』。歪みの王が造り出した王城にしてアザーバイド、とでも言いましょうか。 歪みの王はこの中に居るのですが、詳細は未だ不明。この塔を護る城壁アザーバイド『噎び泣く荊壁』のジャミングが取り払われた今、内部を視る事も出来る様になったのですが……一部、未だ視えない所がございまして」 それは塔の最上階、おそらくそこに王が居るのだろうと言う。 その言葉の後にモニターが切り替われば、島中にあった様な黒い荊で覆われた広い広い螺旋階段が映った。どこまで上に続いているのだろうか、荊の仄灯りに照らされたそれは果てしない。 「これが痛みの塔の内部ですぞ。見た目より広いのは……まぁ、アザーバイドの空間干渉の類な神秘パワーか何かでしょう」 更に切り替わる。それは階段の果て、大きな扉――それと同一化した、それと同じくらい巨大な、赤い赤い薔薇だった。 荊に囲まれた赤く美しい花弁の中央、良く見ればそこには一人の少女――の様な異生物(アザーバイド)なのだろう――がその真っ白い上半身を晒し、瞼を閉ざして眠っている、様に見える。 「アザーバイド『紅薔薇の扉姫』。歪みの王への扉を護る扉番で御座います。 見た目の通りその場から動きませんのでノックBは無効でしょうな。奇麗な見た目に反して戦闘力は高いですぞ、御油断なく! 攻撃に猛毒が付随する場合もありますしね。 それから、紅薔薇の扉姫だけでなく痛みの塔――この辺り一面な荊も時折皆々様に絡みついて動きを邪魔してきたりしますぞ! 当然トゲトゲなその見た目通り触るだけでブスっとダメージ入りますんで」 お気を付け下さいという彼の言葉に頷けば、次に注意点について念を押す声音で言ってくる。 「皆々様の任務は『紅薔薇の扉姫の討伐』。扉番を無事討伐出来たからって勝手に扉を開けて王の間入ったり近寄ったりしちゃ絶対に駄目ですぞ! 攻撃するのも止めといた方が良いでしょう、何処に通じていて何が在るのかサッパリですし。本当、何が起こるか全く予想が付きません。好奇心や冒険心も分かりますが……命大事に、ですぞ!」 任務が終われば速やかに撤退、という事なのだろう。送迎については前回同様、船で行ってくれるようだ。釘を刺す言葉にしっかり頷き返す。無茶は禁物である。 「では次に現場について」 そしてモニターに映ったのは件の軍艦島――痛みの塔を中心に廃墟は吹っ飛ばされ、仄明るく輝く黒い荊に覆い尽されている。お陰で視界は明るく良好だが…… 「ハイ、この其処彼処を包む荊。当然触るだけでブスッとダメージ入りますぞ! 飛べると便利でしょうな。塔に入る前にこれでゴッソリ体力が持って行かれた~とか無い様にお気を付け下さい」 ニッコリ、説明はこんなもんですぞとメルクリィが凶相を笑ませて皆を見渡した。 「決着の時は近いのかもしれませんね。ですが……皆々様ならきっときっと大丈夫! 応援しとりますぞ、フフ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月06日(火)23:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●荊の島、荊の塔 不気味に黒く、それでいて仄明るく。 翼を広げた塔の中、棘の螺旋の中。 「いよいよ塔の中、か……油断せず行きたいわね」 翼を広げ宙を往く来栖・小夜香(BNE000038)の脳裏に騎士達との激戦が蘇る。そして聞く所によれば荊の壁も手強かった、と。 (ここで失敗するわけにはいかないわ) 気持ちを凛と引き締めて、仲間の目印となるよう神々しい燐光を放って。 そんな小夜香が抱えて共に飛行しているのは『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)、 「へぇ。上から見るとこうなってるのねぇ。敵陣は把握しとかないとねぃ」 等と愉快そうに辺りを見渡しているも、狼の瞳に研ぎ澄まされるはどこまでも鋭い集中。 (うぐ、重い……) そのやや後方、『雇われ遊撃少女』宮代・久嶺(BNE002940)は奥歯を噛み締め小夜香と同じく翼を広げて宙を往く。螺旋を上る。腰には輪を付けたロープ、そこにちょこんと座すのは『深樹の眠仔』リオ フューム(BNE003213)。 「ご、ごめんね」 木々に紛れて動物達と静かに暮らしてきたリオにとって、正直まだ人は怖い。けれど親切心は有難く受け取り、頭上の久嶺をそっと見遣った。が。 「ちょっと、上向くんじゃないわよ」 「え」 「み……見えるでしょうが、言わせるな!」 「……? ごっ、ごめんね……!」 イマイチ分かっていないリオと、フンと頬を紅潮させそっぽを向く久嶺。 微笑ましい光景……しかし『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)は常通りの口元を引き結んだ『仕事をする男』の表情、その広い肩に肩車しているのは『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)。 一歩の度に荊が正道の脚を裂く。空を飛ぶ手段が無い為の策。だが、お陰で荊による被害は最小限(彼一人)に食い止められている。 「扉と一体化しているとは、初めからこうならば王を守るためだけに生まれてきたかのようですな。 壁に城に姫君と、余りに物質的、機能的な創造物をアーティファクトとせずアザーバイドとするのは何故でしょうかね」 棘を踏み締めまた一歩、痛みに表情は一つも変えずに正道はなだらかな声音で言う。せやなぁ、と彼のバーコードヘア頭を抱えた椿はざっと周囲を見渡してみる。古びた狐面に仄輝く荊光が映り込む。 前々から気になっていた。漸く参加できたこの『歪みの王』の関連任務。とは言え未だ王との対面は叶わないが――自分達に出来る事を頑張るのみ。 「さて、ほな正道さんそろそろ回復しとこかー?」 思考に一区切りを着けた所で椿が取り出したのは癒しの術符、それを目の前にある正道の頭にぺたぺたぺた。 「有難う御座います」 言葉と共に正道が返したのはインスタントチャージ。体力精神力共に万全の状態で。 「普段見えへん光景やけど……たまには肩車してもらうんもえぇなぁ……」 いつもよりはウンと高い景色。傍から見ればまるで親子。しみじみ。それからハッとして。 「……あ、うち21歳やよ? 小学生やないよ?」 見た目こそ幼いが、椿は列記とした女子大生なのである。 「さあ、行くぞよ零六! わらわ達が先行して活路を切り開くのじゃ!」 そんな一行の先頭、背中のブースターを吹かせて中空を往く『人間魚雷』神守 零六(BNE002500)に姫抱っこされている『エア肉食系』レイライン・エレアニック(BNE002137)が勇気凛凛と階段の彼方を指差した。当たり前だぜと零六は不敵に笑う。しかしサングラスの奥では辺りを用心深く見遣りつつ。 (痛みの塔……これ、全部がアザーバイドなのか) ったく、ふざけた物が上の世界から落ちてきたもんだ。 「さっさと親玉潰さねぇと崩界が進むから、行けるなら最後まで行きたいもんだが……まぁ、フォーチュナの名古屋さんが行くなっつったら行かねぇ方が賢明なんだろう」 「そうじゃなー……ところで零六、休憩とかせんでもええのかえ?」 「ふっ、愚問だぜ」 彼はこう見えて年上は敬う性質なのである。なので思う、女性は重いと言われると傷付く……ならば簡単な話だ。女心って奴はチョロいもんだぜ! 「超軽いぜ、レイラインさん! 思ってた体重の10分の1ぐらいd「フシャーッ!」 レイラインの裏拳が零六の顔面にHIT! 「Gyahh!! なぜだ! どうしてこうなる! 女心って奴は分からん!」 「10年早いわい!」 騒ぎつつも、緊張を解しながらも、気を研ぎ澄ませつつも。 やがて永遠とも思えた階段は『最果て』を告げる。 荊の彼方、赤い花弁。 紅薔薇の扉姫が其処に居る。 ●滴るのは赤き微睡み ただ眠っている様に見える。動きも物音も静まり返って。 落下制御。ふわりと降り立つレイラインの脚には安全靴、それで軽減されるとは言え痛いモノは痛い、棘。茨が絡みついて服とか破けませんようにと願う。見た目の麗しさに見合う値段のゴシックドレス。 「こういうの何て言ったかのう……触手ぷれい? やじゃー!!」 兎にも角にも脳に届く鋭い痛み。徐々に満ちてくる不穏な気配。続いて辿り着いた久嶺もライフルを取り出しつつ薄笑みを口元に浮かべた。またこの島にやって来る事になろうとは。 「今回も大きなブツを倒しにいくって訳ね。……ふふ、さすがアザーバイドのお城。スケールが違うわね」 鋭い棘が肌を裂く様な殺意を。拒絶を。この上ないスリル。じわりと背に汗。 「薔薇ねぇ」 滴る己が血と共に踏み潰す荊、視線の先の赤い花弁に御龍はへらりと笑いつつも巨大鉄塊と見紛うかの様な残馬刀:月龍丸を地に突いた。ズゥンと衝撃が塔に響く。咥えた煙草を吐き捨てて。 「けっ、気取ってやがるぅ。気にくわないねぇ。薔薇だろうがロバだろうがぁバラバラにしてやるよぅ。 ……扉の向こうに興味はないがだだ我は全力で任務を遂行するだけ。くくく。今宵も暴れさせてもらうとしよう」 笑んだ目は鬼神、戦いを待ち侘びて待ち侘びて恋焦がれて。 そんな彼女を、布陣した仲間を見渡し小夜香も己が体内魔力を活性化させる。 「ほな、ボチボチいこか」 火を灯した煙草、細く上る紫煙。高めた超集中。椿が印を切れば守護の陣が仲間達の盾となる。感じる。蠢く音。荊が。薔薇が。明らかな敵意。明確な殺意。 それ以上近寄るな。 そう言っているかの様な――しかし、大胆不敵に前へ出たのは歯車鋸Desperado “ Form Harvester ”を構えた零六だった。 待ちの相手にはこちらから攻撃範囲に入るしかない。その一歩。 「先陣切って突っ込むのは主人公であるこの俺の役目――往くぜ、デスペラード!!」 迸らせる戦気と共に歯車を稼働させれば駆動音が派手に響く。吹かせる背のブースター、推進力、一気に加速して。 「ここからが本番、気を緩めずに行くぞよ!」 身体のギアを強力に高めたレイラインも弾丸の様なスピードで飛び出した。直後にレイラインと零六へうねり襲い掛かるのは幾本もの禍々しい荊、零六は『刈り取る者』の名の通り己が得物で障害を正面から刈り取り薙ぎ払い突き進み、レイラインは荊の軌跡を読んで鮮やかに身を翻し胡蝶の如く躱して往く。 「綺麗な薔薇には棘がある……かえ。此れほどまでに当てはまるものもおらんのぅ」 棘を掠めた箇所が焼ける様に痛い。よくよく見れば棘の切っ先から滴る毒。 「上等じゃ!」 一気に加速し突破して、花弁の乙女は速猫の射程内。閃く剣戟。澱み無き超速連撃。閉じる花弁がそれを防ぐ――流石に扉の番人か、護りが堅い。ならばそれを上回る火力で叩き潰せば良いだけの事。 零六の刈り取る者が唸りを上げる。スパークする雷光と共に。雷霆。思い切り切り裂いて。 しかし乙女の瞼は閉ざされたまま。小さな花弁が乱舞する。飛び散る紅、舞い散る赤。 覗き込んだスコープの先。久嶺は前衛陣を荊で苦しめる紅薔薇の扉姫へ狙いを定めた。瞼を閉ざした麗しい乙女。 「綺麗な少女を撃つのはちょっと気が引けるけどね、貴方を倒さないとその先のボスにたどり着けないのよ……覚悟なさい」 そして眠れ、永遠に。 引き金を引けば容赦無き殺意の弾丸が吐き出される。前回はこの茨に苦しめられた事だし、借りは返してやる。刹那、交差する様に放たれた荊の鞭が掠って切り裂かれて血が流れても、遊撃少女は冷静に次の弾丸を放つべく照準を合わせ始めた。 「さぁてお立会い。我は鬼の龍巫女御龍様だ。今宵も舞わせていただく」 毒がなんだ、出血がなんだ、痛みがなんだ。御龍は荒ぶり高鳴る心臓の儘に月龍丸をブン回し、襲い来る荊を片っ端から薙ぎ払って切り潰す。 戦闘狂人。闘いが愉しい。傷を受ければ受けるほど戦闘が楽しくなる。残酷で冷酷、そして冷静。圧倒的な力で扉姫の防御ごと強烈に切り裂き叩き潰した。もっと、もっとだ。その為なら先なんていくらでも支払ってやる。 そんな前衛陣の様子を、そして扉姫の様子を具に見詰め。正道は皆へ知らせる――どうやら乙女が分離、乖離する事は無いらしい。そして恐らく狙い目は花弁中央の乙女であろう、と。 そして地を蹴り走り出す。レイラインが、零六が、御龍が切り開いた道を。振り上げるは文字通りの鉄拳、花弁の隙間へ叩き込む。確かな手応え。 それは紛れもない激戦だった。襲い来る荊に運命を燃やす者も出てくる。ただ、間隔を取ったお陰か魅了による被害はほぼ出ていない事が僥倖か。それらを見守る純白の癒し手が紡ぎ出す祝詞が戦闘音楽の合間から聞こえてくる。 「神の吐息よ」 現すは慈悲なる者の深き愛。優しい息吹が仲間を包めば、その傷が危険が立ち所に消え去って行く。ふ、と息を吐いた瞬間。 「後ろ! 捕まれるわよ!」 「っ !」 鼓膜を打った久嶺の声に小夜香は咄嗟に翼を翻した。背後から迫っていた荊の棘が羽を掠める。舞い散る純白の羽根。危なかった――アイコンタクトで礼をして。 「ごめんね、諦めるつもりはないの」 一方。細い身体を運命の力で立ち上がらせ、リオは番えた矢を引き絞る。最中。タワー・オブ・バベル。言語の塔、声を放つ。 「おはよう、おやすみ? 聞こえるかしら」 目を覚ましているのか、分からないけれど。 「どうして、こんな所にいるの?」 答えは無言。否、思念の様な、形容し難い感情めいたモノが心に滲み込んでくる。拒絶と排除。歪んだ感情。 そう、と答える。鏃に呪いの魔力を乗せて。 「申し訳ないけれど、ここに留まって貰うわけにはいかないの」 心を通わせたいとは思っていても、加減も油断もしない。放った一条の黒い矢は至る所で暴れる荊の隙間を掻い潜り、花弁の間隙。乙女の胴に。蝕む呪い。 良し、と。 椿の指が呪印を紡いだ。 刹那に放っていたのは堅固な封縛、雁字搦めに呪いの鎖。 「赤信号や。そのまま止まっときぃ」 それは絶望を与える牢獄が如く、アザーバイドに一切の自由を赦さなかった。 「切り続けてやるわい!」 動けぬその隙。レイラインの剣閃が幾重にも幾重にも切り刻む。切り続ける。飛び退いた瞬間に次いで息を合わせ出たのは雷霆の刃を振り上げた零六と御龍だった。 轟閃。激し雷が荊を花弁を焼いていく。 「響け、福音の歌」 その間、正道の精神供給を受けた小夜香が癒しの旋律を歌い奏でた。立ち上がる力を。戦う力を皆に与える。正道も仲間の精神力を補い、パーティの最高火力を保ち続ける。 圧している。徐々に。 損傷が目立ち始めてきた花弁、傷だらけの乙女。 それでも――だからこそか。熾烈を極める。封印を振り解いた荊の豪打がレイラインのしなやかな身体を思い切り吹き飛ばした。吹き飛ばされたのは身体だけではない、その凄まじい衝撃に意識までもが。 しかし、咄嗟に羽を広げてそちらへ向かった久嶺が荊の床に転がりそうになったレイラインの体を受け止める。 「おっと……重っ……気をつけなさい!」 ぶつかった衝撃に久嶺自身も押し遣られるも落ちたりはしない、視線で小夜香へ回復を乞う。頷き、その頃には紡がれる詠唱。 「祝福よ、あれ」 凛乎とした声と共に吹くは癒しの息吹、その声に久嶺の腕の中にてレイラインは運命を燃やし眼を開けた。まだやれる。倒れる訳には行かない。久嶺に礼を述べ飛び出して。次いで小夜香へ。 「お主がわらわ達の生命線じゃ、頼むぞよ!」 「えぇ、私が眠るわけにはいかないもの」 応える小夜香は詠唱を紡ぎ始める。彼女に傷が殆ど無いのは、その歌が止まないのは、正道がその堅固な鉄腕と冷静な頭脳を以て護っているからに他ならない。 「――ぐ、ッ!」 紅い花弁が舞う。荊に縛られた零六の血潮が迸る。それでも、それでも、だ。主人公足る者、これしきの攻撃で膝を突くなど赦されてはならぬ。劇的な瞬間を引き寄せて、全身から噴き出す戦気で拘束の茨を振り払った。 見澄ます正面、唸れデスペラード。自分こそが『正義』であり『主人公』。 「主人公の力って奴を……その身に刻み込んでやるよ!」 雷を纏う驚異の刃で薙ぎ払う。 負ける訳にはいかない。 「まだまだ、こんな所で負けてらんないのよ……!」 荊に傷付き、痛みに苛まれ。それでも久嶺は施条銃で真っ直ぐ狙う。敗北だけは己が背負った運命が赦さない。例え先を削ろうとも。 「綺麗な薔薇には棘がある……アタシにも棘があるところ、見せてやるわ!」 放つは殺意。どこまでも鋭い意識の弾丸。弱き個所を容赦なくぶち抜く魔丸。 蠢く荊の音が悲鳴の様に感じられた、ような気がする。 鈍くなった動き。落ちる花弁が一片、二片。 終わりか。 いや、まだだ。 目一杯に赤い花弁が広げられて――しかし。 「これ以上暴れられたら、流石に大変やからな」 椿の声が紫煙と共に放たれた。 ラヴ&ピースメーカー。エゴと秩序の創り手が放った呪弾に蝕まれていた扉姫へ、彼女が放ったのは封印の鎖。雁字搦めに閉じ込めて。全く動けぬそこへ。満身創痍で享楽笑顔の御龍が月龍丸を稲妻と共に大きく振り被った。 「華というのはいずれ散るのも。ここで我が散らしてやる」 落とす一撃、花弁を裂いて。防御の鎧を打ち砕いて。 その後方。静かに、静かに、射撃に最適の場所にて、リオは矢を引き絞っていた。 鏃に乗せる黒い魔法。 放つ一閃は黒。 それは乙女の白い胸を貫き――ボロボロと、落ちる花弁。赤だけでなく、少女自身も。崩れ落ちて、そして、消えた。 「……おやすみなさい」 ●扉の向こう 扉番の消えた巨大な扉。少なくとも人間向けのサイズでは無い。 「帰りも茨道ですからな」 そう言って正道は小夜香と椿の回復持ちの精神力を供給してゆく。そんな仲間達に久嶺は「お疲れ様!」と声をかけて。 「ふふん、今回もアタシ達の勝ちね」 得意気にしながらも――伺うのは扉。やっぱりやばそうなのが居るのだろうか。暗視じゃ何も見えないけれど。 仕方が無いから、ビシィと扉を指差し見栄を張り。 「次は貴方よ、首を洗って待ってなさい!」 彼方に居るのだろう『王』へ。 (あの奥に親玉か……) 零六も堅く閉ざされた扉を見遣る。手出しはしない。その代わり、戦闘中や戦闘前には余裕が無かった茨や周辺の調査。材料でもあれば何かしら役立つかもしれないし、荊の弱体化とかの方法が分かるかもしれないから。Desperado “ Form Harvester ”で荊を削り持ち変える準備。 「触らぬ神に崇り無し、じゃぞ?」 「私は止めないけれど……何かあればすぐ引っ張り出せるようにはしておくわね」 レイライン、小夜香の視線の先には椿。 「やー……なんかわかるかもしれへんし、調べれるところは調べときたいなぁって」 扉の向こうを覗くつもり。そんな椿を心配する二人。特に小夜香の脳裏には荊の城塞が行った光景が焼きついている――飛行で逃げる準備も万全、具に見守って。 何があるか分からない。 故に、覗き込んで15秒して動きが無ければ蹴り倒してでも扉から離してと――言いながら扉に触れた指先が。 深淵ヲ覗ク。 網膜に激しく焼き付けられた。 神経と辿って脳味噌を直撃する。 痛み。歪み。形容の出来ない『其等』。 噴き出す汗にグラリ蹌踉めいた身体、そんな椿を御龍の腕が受け止めて。 「この奥には何があるんだろうねぇ。ま、好奇心は猫をも殺すって言うしねぃ。あたしゃ狼だけどぉ。さぁてそれでは解散!」 背中をバンと叩いて、「ふぅ終わったぁ」と背伸びして、促す様に外道龍は小夜香に来た時と同様抱えて飛んで欲しいと願う。それによって他の仲間もそれぞれに撤退の支度を始めた。 (こりゃ……『あかん』わ) 今だクラクラする頭、椿は直感する。何が具体的に駄目なのかははっきり説明できないが、近寄っちゃいけない代物だという事は。 そんな最中、リオは空気に耳を澄ませ、感じ得るものを探っていた。 それから傷付く事も厭わずに茨の壁にそっと耳を当て、体温を感じるように瑯と囁く。 「どうして、あなた達はこんな所にいるの?」 ちょっと痛いぐらいは覚悟の上、意味のある行為でも無いかもしれないが――少しでも、物言わぬ外来者の気持ちが汲み取る事が出来れば。 憤怒、憎悪、拒絶、怨嗟……全部、全部。茨に包まれているのは怖い心だけ? 黒い荊は脈打っている――ように感じられる。 何処までも余所余所しく冷たく、鋭い棘は容赦なく片角の狩人を傷付ける。赤が滴る。 拒絶。撥ね退け閉ざし。刺して歪めて。 「……――そう」 静かに身体を離した。仲間の呼ぶ声がする、もう行かなくては―― 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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