●宵闇ニ佇ム青ト金 「……む……また、失敗か」 「そのようですね」 月が出始めたばかりの頃。スラム街、その十三階建ての廃ビル、屋上。其処に二人の男が、一様に足元を見下ろしては、ただ静かに佇んでいた。 男の一人は黒装束を身に纏い、かと言って背中までの金髪を隠す事も無く露にした、褐色の肌を持つ年若い青年だ。美青年と言っても差し支えは無いだろう。対してもう一方は、月光に照らされ青にも見える黒髪をオールバックに、そしてその神秘的な黒髪からは想像も出来ない金の顎鬚を有した、群青のフロックコートを着込んだ色白の男であった。此方も、青年とは違う成熟した魅力を放っていた。 そんな二人が、一体こんな刻限に何を見下ろしていると言うのか。二人の視線を追うと――其処にあったのは、人間の手であった。 切断されてから時間は立っていないのか、断面からはまだ赤味を相当に伴った鮮血が流れ出している。徐々に体温を失いつつあるそれは、大人のそれにしては小さく、まだ幾分か柔らかい。しかし、ふくよかではあるものの女児のそれ程には丸みは帯びていない。 ――まだ幼い、男児の手だ。 見れば、その手からそう遠くない位置に、血を伴った肉片が鎮座していた。バラバラにされ既に原型も留まっていない。その肉片が何の肉片であるのか判別するのは難しいであろう。肉片の傍らに、女児と見紛う程の愛らしさを伴った男児の生首さえ転がっていなければ。 彼が、あの手の持ち主である事に間違いは無いだろう。 更に良く見れば、手の下には薄く、赤黒い何か――恐らくは血で、その証拠に貴族風の男の左手から微かに鮮血が滴っている――で五芒星を基にしたと思しき奇妙な魔法陣が描かれている。何かの儀式でも行っていたのだろうか。 「芙蘭殿、その琴は本物なのか?」 「ええ、本物です。しかし何の音沙汰もないとあらば……」 「私の用意した生贄に問題がある、と?」 「いえ、私の提示した条件としては完璧でした。生への活力に溢れた子供の肉体の一部。そしてその血……ですが、私の認識に不足があったのでしょう」 「と、言うと……」 怪訝そうに、しかし何処か熱を籠めて、自らが芙蘭と呼んだ青年を見遣る男。すると青年はやや考え込むような素振りを見せると、ややあって口を開いた。 「恐らくは、運命に愛された子供。その肉体と血さえ手に入れば、今度こそ……」 ●黄泉ヨリ出デテ君ヲ待ツ ――黄泉ヶ辻。 フィクサード主流七派の一派であるが、閉鎖的であり、他の派閥にも考えを読ませない不気味さがある。彼等の目的は一切不明。しかし何故か――否、或いはだからこそか、黄泉ヶ辻を恐れぬ覚醒者は無い。 「そんな黄泉ヶ辻のある男が、フリーのフィクサードを利用して何かしようとしてる。相も変わらず目的は判らないままだけど、良からぬ事を企んでる事に変わりは無いと思うから。その狙いを阻止して来て欲しい」 そう言うと、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターに映った一人の男を一瞥した。 「黒髪金鬚の男。だけど活動を開始する月夜には青色の髪に見えるから、間違えないでね。名前は神野・アジュール・玲。ハーフみたい。まぁそれはどうでも良いけど。ヴァンパイアのナイトクリーク」 あ、それから、と彼女は言葉を続けて。 「ショタ。ショタを誘拐してそのショタを愛でて最後にそのショタを凄惨に殺すのが大好き」 ショタショタ言い過ぎだよイヴちゃん。殆ど一息に言い切ってケロッとしてるし。 「で、今回皆に頼みたいのは、この神野から、そのバックにいる黄泉ヶ辻の男の情報を引き出した上で、討伐する事。あくまで討伐。もう何人も殺してるし、考えを改める気も無いみたい。だから、容赦無用」 其処まで言って、少しの間重い沈黙が続く。しかし暫くしてから、イヴは思い出したように、ぽつりと、こう付け加えた。 「神野は現場のスラムに潜伏してる。だから探せば会えると思う。だけど、何せ広い街。向こうもウロウロしてるから、何処にいるか判らない。だから発見にはかなり手間取ると思う。最悪、会えないまま撤退になるかも知れない。けど……相手の趣味を逆手に取ってやれば、誘き出す事は出来るかも」 その代わり危険も増すから、強制はしないけど――イヴはそうも付け加えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:西条智沙 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月05日(月)23:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●斯クモ哀レナ贄ノ羊 「如何した、白金の麗しき金糸雀よ」 声を掛けられて、少年――『祓魔の御使い』ロズベール・エルクロワ(BNE003500)は顔を上げた。 月明かりのスラム街、佇む彼の緑の双眸に映るは、月明かりに照り映え青き色を宿す美しい黒髪に、不釣り合いな金の顎髭を有する男。間違い無い、彼が今回のターゲット、玲だ。 「その双翼で何処の鳥籠より飛んで来たのかね」 「……これ、視えるんですか?」 翼を指して問うロズベールに、玲は仰々しいまでの頷きを返す。 「私も同じなのだよ。ただの人間には無い、異形の怪物が如き牙がね」 そう言って、玲は自嘲気味に冷笑する。しかし、再び彼がロズベールをその瞳に捉えた時、其処にはある種の甘美な熱が籠る。妖しいまでの艶めきを伴い爛々としたその輝きに、けれどもロズベールは怯まずに、あくまで贄の子羊たらんと自らを鼓舞して言葉を紡ぐ。 「この翼がなにか知っているなら、いろいろ教えてほしいです。最近、いきなり生えてきて……こんなの、誰にも相談できなくて」 「宜しい、私についておいで。麗しき金糸雀に、望む真実を教えると約束しよう。この月に誓って」 自らの言葉に陶酔したかのように語る玲に、ロズベールは肩を抱かれる。けれども、彼は気丈にもそれを堪えた。そして、偽りの安堵の色をその表情に湛えて、金髭の男と共に往く。 宵闇の中に、その影は溶けてゆく。 (主よ、ロズは信じております……) 「どうやら動いたようですね」 路地裏の暗闇から、ロズベールの様子を伺っていた『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)が、共に陰に潜む仲間達にジェスチャーでその旨を伝える。 「じゃあ、度が過ぎる変態とその醜く歪んだ性根と企みを砕き潰しに掛かるとしようか」 スーツの上に小汚いコート、付け髭に帽子でスラムの住人に扮する『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)が、心得たとばかりに頷き、別働隊に連絡を入れる。 この広いスラム街、玲を探し出すのは一筋縄ではいかない。故に彼等は囮を送り出した。玲が好む、愛らしく幼い少年達。更に効率を重視し、班を分けて、別々に玲を探していた。 別働隊の仲間達には、玲が引っ掛かったら連絡を入れる手筈になっている。 「におい、うごいた、れす」 ロズベールの匂いを頼りに、『底無し沼』マク・アヌ(BNE003173)がそろそろと動き出す。連絡を終えてAFを仕舞い込んだ喜平も、銀の髪を隠したウィッグを押さえたノエルも、音と気配を消してその後を追った。 ●月明カリノ下ヲ往ク 「標的は別働隊の方に接触したようですよ」 「おっ、そっか。じゃあ、助けに行かねーとなっ!」 別働隊の囮であった『鉄腕ガキ大将』鯨塚 モヨタ(BNE000872)を伴い、『Lawful Chaotic』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)は仄暗きスラム街を駆ける。 やや後方には『星守』神音・武雷(BNE002221)と『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)の姿もあった。 「子供はかわいいよな~、でも正直、そういうのはダメだと思うし、怪我させたりましてや殺す何てのは論外というか、あり得なさすぎて、なんかちょっとー……」 上手く言葉が出て来ないようであるが、取り敢えず武雷の中では沸々と殺意が湧いて来た事だけは明白なようであった。 「しかし撃破だけじゃなくて、情報収集もってのが厄介だよなぁ。けど、ま。囮の奴らが頑張る分、こっちは戦力的に気合い入れて行くっきゃねぇな……!」 意気込む猛に、ふと、モヨタが首を傾げた。 「なぁ、結局“しょた”ってなんだ?」 「……」 「……ともあれ今は、今回の任務を無事に遂行する事に尽力しましょう!」 「そうだな、これ以上犠牲が出る前に倒さなきゃな!」 何とか純粋なモヨタの興味を逸らす事に成功した紗理。 そんな彼女を、武雷と猛が勝者を讃えるかのような眼差しで見つめていた。 場面をロズベールと玲の往く、寂れた街道に戻す。 彼等は、ある廃ビルの前に立ち尽くしていた。 「此処は?」 「実際に見て説明する方が、早い事もあるだろうと考えてな」 その言葉は嘘であろう。彼がロズベールを連れて行くつもりであると思しきビルの屋上には、既に玲や、その背後にいるらしい芙蘭とやらの言う“儀式”の準備が為されている筈だ。 其処に辿り着き、玲が本性を現すまでが、最初のタイムリミット。それまでに、ロズベール独りでも聞き出せる情報は聞き出しておきたい。 「どうして、こんなに親切にしてくださるのですか?」 「……」 玲は、黙ってしまった。 アーク、リベリスタ、フィクサード、等々、その辺りの専門用語は出さないように情報収集出来ればと思ったのだが、拙かっただろうか。 思わず、不安げに玲を見つめたロズベール。しかし玲は、どうやらその眼差しを別の意味で受け取ったようであり、微かに笑みを向けてきた。 「確かに我等は初対面……訝しく思うのも不思議ではなかろう。だが、安心したまえ、理由はあるのだ……君は似ているのだよ。“同士”に」 「どうし? お友達、ですか?」 「そんな所か。私としては、もう少し親睦を深めたいとも思うのだが、仕方あるまい。彼は静かなる秘密主義者、なのだ」 秘密主義者。確かに黄泉ヶ辻の連中は何を考えているか判らない連中だと聞いている。芙蘭とやらが黄泉ヶ辻の人間である事に間違いは無さそうだ。となれば、情報を引き出すのは難しそうだ。だが、ロズベールは諦めなかった。階段を登りながら、純粋な好奇心を装い、更に突っ込んでゆく。 「何も、おしえてもらえないのですか? お友達なのに……」 「ふふ、私に心を砕いてくれるのかね、麗しき金糸雀よ……案ずる事は無い。必要最低限の情報共有は、しているさ」 「!」 玲の言葉が真実であるならば、まだ彼からは情報を引き出せる筈である。しかし、今はまだ材料と、切っ掛けが足りない。 ロズベールは集いつつある仲間達を信じて、一歩ずつ、天に近付く階段を踏み締める。 ●集エ正義ノ名ノ下ニ 「モヨタ、きた、れす」 廃ビル内に姿を消したロズベール達を追って、やや間を置いて侵入した喜平達。マクが、匂いで別働隊の到着を知り、仲間達に知らせた。 「遅くなっちまったかな」 「いえ、私達も先程突入したばかりです」 握り締めたステンレスボトルを仕舞い、頭を掻く武雷に、ノエルが微かに柔らかく笑む。 「早く、助けに行ってやらねぇとな!」 同じく囮を務めたロズベールの身を案じ、真っ先に階段を駆け昇るモヨタ。 その後を追って、六人も続く。急ぎ、しかし慎重に、駆け登る。そんな中、ふと、紗理は呟く。 「黄泉ヶ辻の芙蘭……何を考えているのか判りませんね」 「そうだな、何を仕掛けてるかも判らねえ。その辺りも、きっちり注意しとかねえと」 頷く猛。何しろ相手は黄泉ヶ辻をバックに据える男。玲自身は勿論、背後の芙蘭も油断ならない。考えるだけでも、じわじわと神経が磨り減る感覚を覚える。 しかし今は、ロズベールを信じるしかない。信じて、上へ。 ひたすら、上へ。 当のロズベールは、見ていた。 屋上に辿り着いた時、扉に凭れ掛かるようにロズベールの逃げ道を塞いだ玲の双眸が、更に輝きを増したのを。そして、恐らくは彼の地で描かれたのであろう、赤黒い五芒星の魔法陣を。 「これは……?」 「私と同士が、追い求めるものの過程だよ」 「と、言うと……?」 「約束したね。望む真実を教えると。誓いは破らない。何でも聞きたまえ」 約束は守る。但し生かして返すつもりは無い。そういう事だろう。ロズベールは瞬時にそれを理解したが、今はまだ、耐えるべき時だ。 不穏な空気に恐れ、慄き、玲から離れるように後退って見せる。玲は、不穏な微笑を湛えて歩を進め、その距離を縮めた。 「どうするつもり、なのですか」 絞り出した声は震えた。玲はますますその笑みを深めて、芝居がかった口調で弁を振るう。 「君のような麗しき幼子を屠るのは非常に惜しい。許してくれとは言わぬ。だが……必要な事なのだよ。“悪魔”を呼び出す為にもな!」 「悪魔!?」 不覚にも、本気で驚愕に声を上げたロズベールに、玲は嗤い、手を伸ばす―― 「おっと其処までだ、下衆め」 影を纏った喜平が、絵画でも描くかのような超絶技巧の剣技を以て飛び込んでゆく。月より眩き光の飛沫が剣戟の最中に入り乱れ、玲を襲う。 くるりと身を翻し、受け流す玲。しかしその頬に微かに紅き線が走る。 「ほう」 尚も余裕を見せる玲。しかし彼は突如仰のいた。その喉元に、十字の刑具が突きつけられている。持ち手は、贄であった筈のロズベール。 「金糸雀はその麗しさを餌に、この怪物を捕える罠と為った……成程」 それがこの、幼き覚醒者の本性。今や彼は神の名の下に悪を裁く断罪者。 其処へ、澱み無きカトラスの三重四重の連撃と、玲のそれと酷似しながら幾分か幼い牙の襲撃が、玲へと向かう。 「お覚悟を!」 「おなかへった、れす」 紗理とマクの挟撃。しかし、玲は軽やかにステップを踏み跳躍し、難を逃れる。彼女達の背後に降り立ち、反撃に死の舞踊を見舞おうとして、しかしそれは突如飛来した真空の刃により、結果的に空振った。 「がっ!?」 「いい加減、待ち飽きたんでな……そろそろ、本番開幕と行こうぜ……!」 風の操り手は、未だドアの前に、初めて動揺の色をその表情に見せた玲に、操り手たる猛が、不敵な笑みを見せた。 紅に染まる右の肩口を押さえ、呻く玲。 「やーい、ひっかかったなー!」 べー、と舌を出し、そのまま奔る雷を、モヨタはその機煌剣に乗せて、渾身の一撃を玲に叩き込む。玲は、辛くも蛇腹剣で受け止めるが、その余りの重さに腕に痺れを覚えた。そしてもうひとつ。モヨタのそのあどけない容姿にも。 「ふむ、これは……なかなか」 「!?」 形容のし難い寒気を覚え、モヨタは飛び退いた。入れ替わり、彼を庇う形で、武雷が前に出た。 「お前を見とったら吐き気がするばい」 「ほう、ならばどうするね」 「捕らえさせて頂きます」 ノエルの宣告が、月夜に凛と響く。 ●見下ロス月二照ラサレテ 紗理の連撃をひらりと躱し、手首に噛み付いたマクを振り払って、玲は、モヨタへ向かう。 「舛花色の妖精に食らわれた赤の分を、私に頂こうか」 それはもう鮮やかなまでに、一切の無駄の無い動き。モヨタが気付いた時には、青を纏った黒は既に目の前。 「っ!?」 しゅるりと、玲の白い手が伸びる。 「さあ、その甘やかな味を教えておくれ」 だが、その手は直前で、ぴたりと止まった。モヨタを庇う、巨大な影――武雷が、割って入ってきていたのだ。 「期待には応えられそうにもないな」 その刹那に生まれた、玲の隙。それを、喜平は見逃さなかった。たん、と軽快な音を立てて踏み込むと、散弾銃の砲身を、力任せに玲の顔面に叩きつけたのだ! 「がは……ッ」 めき、と鈍い音が喜平の耳に捉えられた。玲は頬を押さえたまま吹き飛び、地を転がり、落下防止の鉄柵に当たって動きを止めた。しかし、よろめきながらも起き上がる。その口元からは、艶めく血の筋が垂れる。 「……やってくれる、留紺の紳士よ」 「残念、歯の二、三本もイケばいいと思ったんだけど」 くつくつと微かに嘲笑の声を漏らす喜平。しかし、玲の表情からも笑みは消えない。武雷は不快感に眉を顰めた。 「癪に障るってこういう事を言うんだなぁ」 「ま、そういう訳だし、たっぷり、暴れさせて貰おうか……!」 地をも揺るがす衝撃を叩き込む拳を以て玲に肉薄した猛は、しかしそれでも寸での所、玲の胸元の前で、それを止める。 「あぁ、お前の目的が何なのか教えてくれるんなら、ちったぁ手加減してやっても良いかもな……!」 「聞いたぞ、悪魔だかなんだか呼ぶんだって!」 再び、その剣先に稲妻を纏わせ飛び込んだモヨタ。すかさず、猛も今度こそ内部破壊の拳を打ちつけた。更に口から血を吐いて、玲は冷たき地に膝を着く。 その瞬間、玲は腕に鈍い痛みを覚える。見れば、マクがまたしても玲の腕に噛み付いていた。彼女の牙が離れ――言葉が投げ掛けられる。 「男の子をバラバラにしたそうですね。何がしたいのです? 殺すのがお好きなのかしら」 「舛花……?」 玲が、その双眸を丸くした。今までのマクからは想像もつかない落ち着きように。仲間すらも驚きに一瞬、動きを止める。しかし、逆に言えば今こそが好機! 誰よりも早く我に返ったノエルが、脇目も振らずに駆け出した。 「潔く、散りなさい!」 白か、青か。収縮した雷光を纏うノエルの騎士槍が、正義に仇為す玲の腹を穿つ! 「ぐっ……」 繋げる如く、紗理が躍り掛かった。 「貴方達が人に仇なすのは事実。遠慮なく倒させて頂きます!」 ●今宵ハ勝利デ幕引キヲ 紗理の振るった刃が、玲の右肩口を再び貫いた――まさに、その時の事だった。 「……っ」 リベリスタの側からも、呻き声を上げて、膝を着く者が現れたのだ。 「ノエル?」 マクが顧みた先にいた彼女。その身体は、まるであたかも剣舞を立て続けに受けたかのように、執拗なまでに幾重にも斬り刻まれていたのだ! 彼女の周囲には、血に塗れた道化のカードが無数に散らばっていた。それは次の瞬間には霧散して消えたが、恐らくはそれがノエルを襲った凶器であった。 そして、それを放ったのは他でもなく。 「お前!」 憤怒の表情で武雷が睨み付けるのは、一人しかいない。 玲だ。 「白銀の雪豹よ、君は選ばれたのだよ、“死の運命”にな……逆らっても、苦しみに絡みつかれるだけではないか?」 「……ご忠告痛み入りますが……悪を為す者の言葉に等、惑わされません」 それは強がりでもはったりでもなく。身体は痛むが気力の鞭を打って、立ち上がる。まだ、戦場に、騎士として立っていられる。 「主よ……やはり、かの者は裁かねばならぬようです。ロズを、皆を、お守りください」 ロズベールの瞳に籠る憂愁の色。しかし、放たれた暗黒の衝動は憤りを伴って、玲を貫いた。 「う……ぐ」 最早殆ど戦える力は残っていないだろう。だが、またいつ抵抗を見せるか判らない。今、完全に力を削いでおかねばならない! 「だから、これで」 「終わりにしてやるよ!」 喜平の銃口が玲を捉え、畳み掛けるように猛が、全身全霊の衝撃を浴びせ掛けた―― 「……で、話す気になったか?」 その場に座り込んだままの玲は、猛に睨まれ、紗理に刃を突き付けられていた。 「芙蘭の事、喋って貰いましょうか」 「教えて頂けたら見逃すのも吝かではありません」 「ふむ……」 問い掛ける紗理とノエルに、玲は考え込むような素振りを見せるが、二人にはさして興味が無さそうで、時折モヨタやロズベール、更にはそれ以上に稀に、男性陣を見遣ったりしている。 ノエルの『逃がしても良い』発言は答えを誘発する為の建前であったのだが、それを抜きにしても彼女は一瞬、最も悪人が恐れる処刑方法とは如何なるものかについて考えた。 と、視線に気付いたモヨタが、一定の距離は取りつつも、問うた。 「フランってやつとつるんで、何する気だったんだ? それと、悪魔ってのは何なのかも教えろ」 「もしかして貴方達の行おうとしている事は、アザーバイドでも呼び出す等の儀式ですか?」 「ほう、琥珀の子雀、白銀の雪豹よ。君達はなかなかに聡明であるようだ」 「では……」 玲は、ゆるりと微笑み、律儀に語り始めた。 「ご明察だよ。私と芙蘭は、“悪魔”と呼ばれるミラーミスの子を呼び出す事を目的としているのだ」 「ミラーミスの……子!?」 驚きの余り言葉を失うリベリスタ達は意に介さず、玲は続けた。 「尤も、条件が整っていないのだがね。判っているのは血と、芙蘭の持つアーティファクト、そして生贄が必要という事だけ。その生贄については、芙蘭も詳しくは知らないそうだ」 「言いだしっぺはその芙蘭とやらか? 話せ。そうしたら命だけは助けてやる」 玲は、武雷の問いに肯定の意を返す。 「上位世界の存在に興味を抱いた私に、彼が接触してきたのだよ」 「結局その芙蘭ってのは何者なんだ。黄泉ヶ辻の構成員って以外に何か知らないのか?」 武に問われると、玲は肩を竦めてしまった。 「私自身、詳しくは知らぬ。詮索しない事、それが契約でもあったのでな。ただ……」 「ただ?」 「数人の構成員を引き連れて来た事がある。ひどく畏怖されていたようだ」 不気味なまでの沈黙を保ち、他フィクサード主流七派からも恐れられる黄泉ヶ辻。 その構成員に、畏れ、敬われる存在。それが、芙蘭という男なのだと言う。 「幹部格なのかな、その男」 喜平の疑念に、答えられる者はいない。けれど皆一様に、同じ疑念を抱いていただろう。 「これで、ぜんぶ、れすか」 「かな。こいつから聞き出せるのはこれ位だと思う」 マクに頷く喜平は深淵ヲ覗キこの場に残る神秘の残滓について探りを入れてみたが、どうやら玲が語る以上の情報は得られないようだ。 「では、もうこの男は用済みという事ですね」 ノエルが改めて、玲に槍を向けた。 「おや、雪豹。私に牙を剥くのかね」 「フィクサードを生かしておく道理はありませんので」 「……まぁ、金糸雀に免じて受け入れるとしよう。それに――」 ――余りにも良い月夜なのだからな。なぁ、そうは思わないか諸君―― 顛末は、煌々と輝く月だけが知っている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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