●渡せなかったあの日 「ふぅ……」 近藤・瞳(こんどう・ひとみ)は、学校の帰り道、ふぅっとため息をつく。 眼鏡の下で、眼にも覇気が無い。 図書委員を務める瞳なのだが、今日は整理が長引いてすっかり遅くなってしまった。だが、そんなことでため息をついたのではない。図書委員の仕事が好きな彼女にとっては、気にもならない。 先程、電車の中で見かけたカップル。 もし、先週に勇気を出していたら、自分もあんな感じになれていたのだろうか? 人と向かって話すのは苦手だし、髪型も化粧も地味な自分だ。あまり男の人から好かれるタイプだとは思っていない。 だが、先週のバレンタインでは、憧れの先輩に告白しようとチョコレートを作った。 そして……勇気が持てずに渡せなかった。 結局、チョコレートは父親と弟にあげた。 でも、もしも……と後悔ばかりが押し寄せてくる。世界の全てが自分を責め立てているかのように思えてくる。 「ふぅ……」 そして、今日何度目かのため息をついた時だ。 道の先から、大きな足音のようなものが聞こえてきた。 (工事でもやっているのかしら?) 朝にはそんな様子は無かったのに、と思いながら歩を進める。 突然、目の前を巨大な茶色い影が塞いだ。 「え? これ……何……!?」 「チョォォォコレェェェェェェェェェトォォォォォォォォォォォッ!!」 目の前に現れたのは、3mほどもあるハート型のチョコレートだった。手足が生えており、それで歩いている。 瞳は目の前の漫画のような光景に対して、理解が追いつかない。 だが、チョコレートにとってはそんなことお構い無しだ。にゅうと手を伸ばすと、動けないでいる瞳を掴む。そして、ぶんっと放り投げた。 ●チョコレート・モンスター現る ブリーフィングルームに集まるリベリスタ達を、『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000024)が迎える。どうやら、事件のようだ。 「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。今回、お願いしたいのはエリューション・ゴーレムの討伐です。ゴーレムと言うか、フォースと言うか、ちょっと分類が難しい相手なのですが……」 そう言って和泉が機器を操作すると、スクリーンに表示されたのはハート型のチョコレート。よくよく見ると手足が生えており、目のような器官も存在する。 「これが今回の標的であるエリューション・ゴーレム、『チョコレート・モンスター(大)』です。バレンタインに対する様々な想いが実体化し、チョコレートに命を与えたもの、だそうです」 誰からもチョコをもらえなかった、悔しさ。 親からしかチョコをもらえなかった、悲しみ。 義理でももらえて良かった、という喜び。 リア充爆発しろ、という怨念。 そうしたバレンタインに対する様々な想いがエリューション・フォースとなり、チョコレートに命を与えたらしい。 ちょっと時期を外しているんじゃないか、と突っ込むリベリスタ。それに対して、和泉は涼しい表情で説明を行う。 「生まれたのはバレンタイン当日のようです。それから、地道にチョコレートを集めて自分の強化を図っていたようですね」 なんともいじらしい話だが、結果としてフェイズ2、戦士級まで成長したのだから大したものだ。 「『チョコレート・モンスター(大)』によって、近藤瞳さんという中学2年生の女の子が殺されてしまいます。帰り道で運悪く遭遇してしまうようです。皆さんが接触できるタイミングだと、彼女がエリューションと遭遇したところになります」 つまり、犠牲者を護るための策や、誤魔化す手段の用意も必要と言うことだ。 「『チョコレート・モンスター(大)』の攻撃方法ですが……相手に自分の身体の一部であるチョコレートを飲み込ませるという、大変恐ろしいものです。ちゃんとダメージは発生するので気をつけて下さい」 うら若い乙女に対しては、この上なく危険な相手だ。真面目に言うと、相手の動きを鈍くする効果もあるらしい。 「また、自分の中のチョコレートを熱して、範囲にばら撒くことも出来ます。自分自身にもダメージはあるようですが、その分強力な攻撃ですので気をつけて下さい」 ちょっと聞くとギャグに思えるが、その実マジメに強敵のようだ。油断は禁物である。 「『チョコレート・モンスター(大)』がいると言うことは、当然『チョコレート・モンスター(小)』もいます。3匹ほどいて、『チョコレート・モンスター(大)』の援護を行うようです。これはパラソルチョコの姿をしていて、同様にチョコレートを飲み込ませようとしてきます。こちらは範囲攻撃は行わないようですね」 そして、『チョコレート・モンスター』達に共通することだが、炎に弱いということだ。逆に凍らせようとしても無意味で、逆に防御力が上がってしまうらしい。 「そして……これからは個人的なお願いです。被害者である女の子――近藤・瞳さん――ですが、先週のバレンタインで告白出来なかった、というのを後悔しているようです」 おそらくは『チョコレート・モンスター』が彼女を狙ったのも、そういうバレンタインに対する負の感情を嗅ぎ付けたからなのだろう。 「もし良かったら、彼女に対して一声掛けていただけないでしょうか?」 『チョコレート・モンスター』の再出現防止のためです、と取って付けたような言い訳を行う和泉。 だが、すぐに表情を作り、リベリスタ達に微笑みかける。 「説明は以上です。皆さん、気をつけて行ってきてください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月07日(水)23:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 夕方とは言え、まだこの時期は日が落ちるのが早い。 だから、中学生にとっては「遅くなってしまった」という時間帯であっても、結構暗いものだ。 そして、そんなうっすらと闇が広がっていく中、リベリスタ達は急いで移動していた。小さな幸せを夢描く、少女の命を護るために。 「バレンタインの気持ちの塊かぁ、やっぱ負の方が多い感じだね。そんな悪いものじゃないのに。悲しまなくてもいいのに!」 「チョコレートは嫌いじゃないが、こういう形になるのはいただけないな。さっさと倒して、恋に悩むお嬢さんを助け出すとしよう」 『すもーる くらっしゃー』羽柴・壱也(BNE002639)の言葉に『侠気の盾』祭・義弘(BNE000763)が頷く。フォーチュナから伝えられたエリューションの出自、バレンタインデーに対する想い(マイナス過多)が元になっているのだという。たしかに、悲しすぎる存在なのかも知れない。そして、それが更なる悲劇を生み出すのならば、絶対に止めなくては行けない。 「バレンタインに対する様々な思いが……ね。何言ってるんだろ、今年のバレンタインは中止だってアナウンスあったのにね。あははははは……はぁ……」 乾いた笑いを浮かべる『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)。バレンタインの当日、他のリベリスタ同様に、変な夢を見た。バレンタイン終了のお知らせとか、300歳を越える世界最強クラスの魔女がチンピラフィクサードと同レベルの振る舞いをするような、そんな夢。それが現実だったら、こんなエリューションは現れなかったのだろう。しかし、現実とは非情なものである。 「勇気が無くて告白出来ない。とっても良く分かります。でも、中学の先輩なんて3月には卒業しちゃうんですよ? ここで頑張らなくっちゃ! 桜ちゃんは恋する乙女の味方です」 そんな一方、『きまぐれキャット』譲葉・桜(BNE002312)は燃えていた。 被害者となる少女とは、それ程年の差は無い。桜自身、憧れて、そしていざとなると声も出せなくなってしまう相手というのはいる。そういう意味では、他人に思えないのだ。 それは『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)も同じだ。 「フィネが好きな物語の登場人物たちは、臆病だったり、勇気凛凛だったり、いろいろ、ですけど。皆、怖さや痛み、乗り越えて、その先に有るものに手を伸ばしていました。尻込みして眺めているだけでは、後悔が募るばかり。勇気を出して行動した人だけが、結果を掴める……」 フィネは自分が好きな物語を思い返す。彼らは様々な決断をして、それを乗り越えてきた。断じて、彼らが優秀だからでも、ご都合主義などでもない。決断さえすれば、いくらでも乗り越えられるものだと、フィネは信じている。 「瞳様も、きっと……」 フィネは胸の内側で決意を固める。瞳がそんな明日を乗り越えられるように、絶対に救うのだと。 そんな時、先を走る『不機嫌な振り子時計』柚木・キリエ(BNE002649)が告げる。 「見つけたよ。ちょうど遭遇したところだね」 「了解だ。今日はあの娘を護ればいいんだな」 確認すると、『てるてる坊主』焦燥院・フツ(BNE001054)は人を寄せ付けないように強固な結界を展開する。これで余計な被害者が出る心配は無くなった。思う存分戦うのみだ。 「チョォォォコレェェェェェェェェェトォォォォォォォォォォォッ!!」 そして、目の前ではフォーチュナから告げられた死の運命が現実化しようとしていた。チョコレートモンスターが、少女に向かって手を伸ばしているのだ。しかし、リベリスタ達は慌てない。 フォーチュナの伝える未来は不確定なもの。未来を決めるのは自分達の力だ。 「チョコ!?」 「たとえ月日が過ぎたとしても……」 チョコレートモンスターの手が何者かに止められる。 「乙女が恋を望むのならば、私は現れるのです」 チョコレートモンスターを止めたのは、チョコレートのような斧。 そして、それを握るのは頭にホッケーマスクを被った長身の少女。 「バレンタイン守護者。番長"聖"ゑる夢、再び登場です!」 その名も『バレンタイン守護者・聖ゑる夢』番町・J・ゑる夢(BNE001923)であった。 ● 「チョォォォコレェェェトッ!!」 「チォォォコォッ!」 「チォォォコォッ!」 「チォォォコォッ!」 現れたリベリスタ達を敵と認識して、チョコレートモンスター ズシンズシンと巨体を揺らして迫ってくる。しかし、それを安々と見過ごすリベリスタ達では無い。 「瞳さんの所には行かせない。全員縛ってみせるよ」 ウェスティアの詠唱に応じ、彼女の手から流れる血が黒鎖となる。そして、それはいつしか巨大な濁流となって、チョコレートモンスター達を押し流していく。 そして、チョコレートモンスター達の身動きが出来なくなった所で、桜と『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)が素早く瞳を連れ出す。 「こっちですっ」 「え……えっと……」 チョコレートモンスターを目の当たりにした恐怖から、瞳はまだ立ち直っておらず、虚脱している状態だ。しかし、それでも2人がかりならどうにかなる。 「チョォォォォコォォォォォ!」 逃げる瞳を追おうとするチョコレートモンスター。しかし、その足はぴたりと止まり、フィネを向く。 フィネの手に握られているのは、チョコレートのラッピング。それもバレンタインに渡しそびれた代物だ。チョコレートモンスターに対して有効なのでは無いかと持ってきたわけだが、果たしてそれは効果があった。 フィネに向かって襲い掛かるチョコレートモンスター。 しかし、フィネもむざむざそれを受け入れる訳が無い。 「行き先皆無の頑張り、せめてここで結実、です……っ」 フィネの放った気糸が、チョコレートモンスターの身体を絡め取る。 「よし、待っていろよ。こっちを片付けたら、すぐに向かうぜ」 そう良いながら、フツは式神を召喚し、黒鎖に押さえつけられたチョコレートモンスターを牽制する。 相手の動きを遅くすることを得意とする相手であっても、先に抑えつけてしまえばどうということは無い。仲間が他の敵を片付けるまでに、もたせることは不可能では無いはずだ。 そして、逆に他のメンバーにとっては、目の前の相手を可能な限り早く倒すことが求められる。早ければ早いほど、仲間の負担は減るのだ。そのために、ゑる夢は全力でチョコレートモンスターへと挑む。 「あなた達も、あの日から長い間、苦しんできたんですね……。でも、もういいんですよ」 右手にグッドラック★チョコレィト。 左手にNOBUのスペシャルチョコレート。 そして、ゑる夢の祈りに応じて、道力を纏った剣(バレンタイン仕様)が姿を現わす。これは彼女の本気の証だ。そのまま、無数のチョコレートと共に、舞い踊るとチョコレートモンスターの身体が切り刻まれていく。 切るのもチョコ。切られるのもチョコ。一面にチョコが踊り狂う。 飛び散るチョコレートを、クールにレインコートで防ぎながら、キリエは優しく問いかける。 「君たちも、恋する女の子を応援してやってはくれないかな?」 チョコレートモンスターを産んだ負の思い。それは紛れも無く、バレンタインというイベントを愛して入ればこそ生まれるものだ。好きの反対は嫌いではなく、無関心。誰かを好きになったからこそ、彼らは生まれたのだ。 「辛いのだったら話してごらん。少しは楽になると思うよ」 「チョ、チョコォォォォ……」 キリエの言葉を聞きながら、チョコレートモンスター(小)の内、1体が崩れていく。しかし、その崩れる際に発した声は安らかだった。 その一方、チョコレートモンスター(大)が呪縛から解き放たれる。さすがに、他の雑魚とは溜めた想いの数が違うらしい。そして、そのまま振り上げた拳を振るう。 「チョォォォコレェェェトッ!!」 ガキィン 硬そうな金属音が響く。 チョコレートモンスター(大)の拳を受け止めたのは義弘の愛用する小型盾。この程度の攻撃で、彼の侠気は砕けない。 「こっちは鋼だが、そっちは仮にもチョコレート。叩き割れない道理はないはずだ!」 もう片方の手に構えるメイスを大上段に構えると、思い切り振り下ろす。チョコレートモンスター(大)に皹が入る。 「そんなに思いつめないで。きっと君も食べてもらえるから……」 チョコレートモンスターの戦いを見ている内に、壱也の心に怒りと悲しみが湧き上がる。製菓会社の陰謀だとか、モテない奴に対する当て付けの日とか、バレンタインが悪し様に言われることはある。だが、それでも、女の子にとっては特別な日なのだ。 壱也の昂ぶる感情が、彼女の体にかかったリミットを解き放っていく。 「わたしがプラス思考になるように、教えてあげる。そしたら、チョコなんて、どろっどろに溶けちゃうんだから!」 全身のエネルギーを、バレンタインへの想いを剣にばしばし込める。 そして、壱也は思い切り振り抜いた。 ● 「っと、これでよし」 瞳を安全な所まで連れてきてからしばし、魔眼で眠りについた彼女相手にごそごそとしていた桜はにまっと笑う。『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)は、いいのかなーという顔をしている。 「さて、それじゃあ、桜ちゃんは増援に向かってきます。瞳さんはお願いしますね」 「うん、瞳のガードは僕に任せておいて」 手早くちょっとした悪巧みを済ませた桜は、夏栖斗に瞳を任せると、再びチョコレート飛び交う戦場へと駆け出すのだった。 ● 「疾ッ!」 『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)が剣を納めると、それと同時に最後のチョコレートモンスター(小)が倒れる。これで残すはチョコレートモンスター(大)だけだ。 「チョコレートさん、大人しくして下さい」 フィネの手から放たれた道化のカードが、チョコレートモンスター(大)に突き刺さる。与えられた不吉は、エリューションの身を縛り、これで一層反撃は厳しくなる。 「チョコレェェェェェトッ!!」 チョコレートの身体を縛られ、雄叫びを上げるチョコレートモンスター。その叫びはチョコレートをもらえなかった者達の怨嗟の叫びが形を変えたものなのかも知れない。だから、壱也は否定するために剣を振るう。 「バレンタインが近づくと、女の子は緊張で押しつぶされそうになっちゃうの! もらえなかった、なんて簡単に言わないで!」 一撃一撃に、チョコレートの身体は削られていく。 「バレンタインはきっかけにすぎない! チョコをもらえる日、じゃない! 勇気を出す日、なんだよ!」 バレンタインの意味はもはや、本来の意味から大きく変わっている。そして、それ以上に諸々の媒体によって、「恋人がいる=バレンタインに幸せ」「恋人がいない=バレンタインに不幸」という歪んだイメージが出来ているのは否めない。 だが、宣伝として作られた意味合いであっても、バレンタインは女の子が勇気を持てる日。 バレンタインだから、頑張る。 バレンタインだから、告白する。 そんな小さな勇気を与えてくれる日なのだ。 「あなたの想い、熱く滾る愛、私が全て受け止めます。だからもう、良いのよ」 バレンタインの怪人、守護者ゑる夢の言葉に、チョコレートモンスターはその身を縛る糸を断ち切る力を弱める。バレンタインに対する負の怨念が生み出したエリューションは、明らかに正の感情を前にして、その力を減じている。 今こそ、この悲しいエリューションを眠りにつかせるチャンスだ。 ウェスティアの放つ四色の魔光が、フツの放つ式神が、チョコレートモンスターから力を奪っていく。 そして、さらに。 「お待たせしました! 真打登場ですっ!」 桜のナイフが雨霰と突き刺さり、チョコレートモンスターはいよいよ膝をつく。 ざっと足音を立てて、倒れようとするエリューションの前に義弘が立った。 「例え製菓会社の陰謀だとしても、それに勇気を貰えた奴等もいるって事、思い出させてやるさ。奴らにもな」 彼のメイスに込められるのは希望。それはバレンタインに夢を見て破れた者達の、チョコレートモンスターを生み出した負の感情への赦しの光。 「君たちの想いが、いつか誰かに届くといいね……」 義弘のメイスが振り下ろされるのを見て、キリエがそっと呟いた。 ● 「んっ……んっ……あれ……?」 瞳が目を覚ますと、そこには複数の男女がいた。ついさっき、チョコレートの塊のようなものに襲われたような気がしていたのに……。 「災難だったな。変質者がいてオレ達はそこからお前さんを逃したんだが、その後お前さんは気絶しちまった。んで、目が覚めるまで、こうして介抱させてもらってたってわけだ」 そうだろうか? 言われてみればそんな気がする。あんな3m近いチョコレートの塊が人を襲うなんて考えられない。悪い夢を見たのだろう。 まだ目覚めたばかりでぼんやりする瞳をの気をそらすように、フツが質問をする。 「ところで、お前さん、気絶してる途中、ずっと、『どうしよう』とか『言えなかった……』みたいなことを呟きながらうなされてたんだが、何かあったのかい?」 「え? わたし、そんなこと言ってました……?」 瞳が顔を赤らめる。自分でもバレンタインからずっと悩みの種だった。しかし、寝言にまで出てしまうなんて。 「これでも坊主だからな、オレ。そういうのはなんとなくわかるのサ」 フツが笑顔を浮かべる。太陽のように暖かな笑顔だ。 不安、緊張が緩んだこともあり、思わずつられて、ポツリポツリと自分の事情を話してしまう。 今度卒業する先輩にずっと憧れていたこと。 この間のバレンタインで告白しようとしていたこと。 そして、告白できなかったこと。 すると、瞳のリズムに合わせて、ウェスティアがゆっくり話し掛ける。 「想いを伝えるのが怖いのは判るよ。でも、貴方の好きな人はいつか手の届かない所にいっちゃうかもしれない。そうなっちゃった時こそほんとに凄い後悔をしちゃう事になるよ」 どこか自嘲めいた響きが篭っている。それは誰に向けられた言葉なのか。 「わたしもね、さっき怖かったけど、勇気を出したから、君を助けられた。君も、勇気……出してみない? わたしの、わけてあげるよ?」 踏み出すのは誰だって怖い、1人では進めない。それでも誰かの声があれば、届くのかも知れない。 「バレンタインは、1つのきっかけ。そこに込められた想いは、日々大切に育まれたもの。ちょっと過ぎた位、大丈夫、ですよ」 小さな声で必死に訴えるのは、フィネだ。チョコを渡すことに意味はあるが、渡されたチョコには意味が無い。そういうものだ。 「普段のあなたが奥手でも、バレンタインは特別な日。あなたのバレンタインは、まだ続いている! 勇気を心に装填し、眼差しの銃口を獲物へ向けて、いざ!」 ゑる夢の声に驚きの表情を向ける瞳。それでも、目の前にいる見も知らぬ人達が自分を応援してくれていることは良く分かった。 色黒の少年は、後悔しないために頑張ることを。 ポニーテールの少女は、同じ片思いする辛さを。 様々に声を掛けられる瞳を見て、そろそろ頃合と判断したキリエは切り上げるように促すし、瞳を送ると申し出た。怖い思いをした瞳はそれを快く受け入れる。 「君にそこまで想われている彼が、うらやましいよ。まぁ、色々言ったけど、このままの関係を続けるも、勇気を出して一歩を踏み出すのも、君の自由だから好きにしたらいい」 ただ、彼を好きだというその気持ちは、ずっと忘れないでいて。 大事なのは人を好きだという気持ちだから。 勇気を分けてもらった少女は、まだ悩んでいる。しかし、最初のような後悔の表情では無い。勇気を持って決断しようとする表情だ。後ろ向きな少女は消え、恋する少女の顔になっている。 そんな彼女の表情を見て、キリエは心の中で呟く。 (ごめんね、和泉。私には、あの子をたきつけるような事は出来ないよ……) 月を眺めても、そこから答えは帰ってこなかった。 「さーて、仕事も終わったし、桜ちゃんは最後の仕上げに行きますよ」 桜の言葉に、納得の表情を浮かべるリベリスタ達。 先程、瞳の顔にはうっすらと化粧が施されていた。自信を持てない娘が、ちょっと自分に自信を持てるようになる程度の代物。しかし、彼女にはそれで十分だと思う。アレは告白に切っ掛けや後押しが必要なタイプだから。 「それじゃあ、報告はお願いしますね」 駆け出す桜と入れ違うように、義弘が仲間と合流する。強面はいない方が良いだろうと、事後処理を行っていたのだ。お陰で、戦いの跡はもう残っていない。 「夕飯にはいい時間だろうから、皆で飯でも食べに行きたいもんだ。随分と甘いものに付き合ったからな」 義弘の提案に賛成すると、リベリスタ達は晩御飯のメニューの相談を始めながら帰路に着く。もちろん、ここにいない2人には連絡も飛ばしてだ。 チョコレートモンスター。 それはバレンタインに対する負の感情が生み出した魔物。 しかし、それがまた別の物語をもたらした。 バレンタインとはそんなものなのかも知れない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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