●木凪ヒカリの調書 フェイトを得たのは二人同時だった。正確には、私が先で、妹がその少し後。神秘の存在は知っていたし、リベリスタに憧れも抱いていたから、これからどうしようかと思索を巡らせたものだ。 そんなとき、妹がこんなことを言った。 お母さんが怪物になるシーンが、見えるの。 彼女は自分をフォーチュナであると言っていた。万華鏡を用いて予知能力を強化しているアークの彼らのように多くの情報が見えるわけではないそうだが、彼女もまたそれ相応に未来を予見した。その能力で彼女が見たのは、母のエリューション化、そしてその死だった。 何かが崩れる音がした。頭の中に浮かんだのは、エリューションになった母を殺している、自分。助けたいと思った。でも、どうやって。エリューション化を阻止する術なんて、知らなかった。能力を得た。それが何の役にも立たない、現実。それが重くのしかかる。 アークに入るのはダメだと思った。いつか母がエリューションになるその時、彼らは母を殺してしまうだろうから。それが正しいとわかっていても、絶えられない。ならばフィクサードだろうか。そう思って、私は当時急進的に行動をしていた後宮派に身を寄せた。意欲のある集団の方が、より多くの情報が入ってくると、そう考えた。 数ヶ月後。妹はこんなことを言った。 『賢者の石』ならば、何とかなるかもしれない。 当時大量に存在が確認された『賢者の石』。それならば、母が救えるかもしれないと、妹は言った。甘言だ。だが、すがるものの欲しかった私は、それに飛びついた。考えてみれば愚かしいこと甚だしいのだが。私は妹に踊らされてしまっていた。 『賢者の石』獲得の希望がほぼ潰え、戦場から逃げ帰って来たその日から、私は妹と、彼女と繋がっていた組織に拉致され、拷問を受ける事になる。思うに彼らは『賢者の石』が欲しくて私を唆したのだろう。或いは母の事も嘘なのかもしれない。 私は妹の事が知りたくて、拷問を受け続けた。すぐに逃げられる手だてはあった。でなければ、こうしてアークに辿り着いてはいないだろう。だが、有益な情報は何一つとして得られなかった。わかったのは、彼女と私の間に立ち塞がる、とても大きな壁の存在だけ。 ●魅了 「壊したのですね」 「いや、壊されちまった」 男はそう言って弁明するが、少女は納得しなかった。一緒よ、と言って不貞腐れる。男は頭をかきながら、しかしそれ以上反論する事はない。 「まぁ、いいですわ。あんな瑣末なアーティファクト、執心するものではないでしょう」 「おいおい、渡される時に言った言葉は大嘘か?」 少女はツンとした顔で男を見る。嘘偽りなど欠片もなかったとでも言うように、一切悪びれた様子もない。 「『このタイプのアーティファクトの傑作ですことよ』って。確かに面白ぇアーティファクトだったが、あんまり好きじゃなかったのかい?」 「そうではなくてよ。気付いてしまったのですよ」 少女はゆっくりと、男に近付きつつ、舐めるような声で言葉を紡ぐ。 「心を操っても、体を操っても、支配とはかけ離れているのですよ。私はこのタイプのアーティファクトを複数個、世にバラまいてその報告を受けていますが、どれも私の理想とは違うのですよ。私の望む、本当の支配とは」 「……なんだ、よくわからん」 彼女の理想、妄想、心情は、男の心には響かない。彼女のそれはあまりにも、望むものの程度が常軌を逸している。理解が及ばない範囲にある。 「まぁ、俺は用済みかい? 俺の望みも絶たれちまった。あんたが新しいアーティファクトを寄越さねぇってんなら、俺は帰るぞ。お互いに用済みってことだからな」 そう吐き捨てた男を、少女は卑しいものを見るような眼で視線を送る。だがそれはすぐに消え失せた。男は一瞬だけ現れた違和感を、感じ取る事はできなかった。 「……そうですね、『あなたは』もう、用済みですね」 「そうかい、じゃあ、帰らせてもらおうか」 「ちょっと、待ってくれますこと?」 男は振り向く。少女の顔が、グッと彼に近付いて行く。口唇がそっと触れ合い、しばしゆったりとした時間が流れる。唇が、舌が、心が絡まって、溶け合って。強引に迫られた男にも、抵抗の意志は見えない。そこにあったのは、彼らを恋人同士と見まがう甘い空間。 甘い液を垂らしながら二人は離れる。男の唇が仄かに紅く染まっている。男は目を虚ろにして、少女の顔をじっと見ていた。 少女は男の手に何かを渡して、言う。 「あげますわ。これで、ちょっと暴れ回って来て欲しいのですよ。それでね……」 男の耳元で、彼女は何かを囁く。その秘密は二人の間でだけ、共有される。 「わかったら、いってらっしゃいな。あなたもきっと愉しめるでしょう?」 「……あなた様といる程ではありませんよ」 少女は笑みを投げる。蔑むように、悦に入るように。 ヒカリの助言から、この少女が彼女の妹、木凪アカリであることが判明している。 ●溶解 その男は三高平の居住地区で暴れ回ると、天原 和泉(nBNE000024)切り出した。木凪アカリと繋がっているとされるこの男は、以前リベリスタと交戦し、逃走している。 「栗原奏太。どうやら、木凪アカリからアーティファクトを実験的に使用すること、その内容を報告することを条件に貰い受けていたようです。木凪アカリは我々のデータベースのどこにも存在していませんが、アーティファクトを開発できる程度には能力のあるフィクサードのようですね」 彼が悪事を働くのに用いるのもまた、木凪アカリの開発したアーティファクトであるという。 「『無気力空間』と名のついたブレスレット型のアーティファクトだそうです。アーティファクト所持者の半径30メートル以内にいる全ての対象が、名前の通り無気力になります。言葉にするとあれですが、実際の効果はバカにできたものではありません。彼はその仲間と無気力になった無抵抗の一般人に暴力を加えて遊んでいます。既に重軽傷者が多く出ています。これ以上の被害が出る前に止めて来てください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月06日(火)23:23 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● ぬるい、と思った。 『超守る守護者』姫宮・心(BNE002595)は前回の『彼』のことを振り返る。本物の最低。人を傷つけ、自分の悦楽のみを求めていた。その彼が起こす行動として、今回はぬるすぎる。否、実際に傷ついている人がいる中、そういう言い方をするのは不本意であるが、少なくとも、彼が満足するようには思えない。 何かがある。予知の様子からも、それは伺い知れることだ。 心は彼女との待ち合わせの場所に至る。彼のことを知っているだろうか。知っていたら、有用な情報になるのだけれど。 「その節はどうも」 声をかける。木凪ヒカリは、大して表情も変えずに、出迎える。 「お久し振り、ね。おちびさん」 「姫宮心っていいます。よろしくデス」 ペコリと礼をして、心はヒカリの様子をうかがう。そもそも精神的に病んでいたわけでもない。逃れるために、或いは他の何かのために、逃げて来ただけなのだから。 「単刀直入に、一つだけお聞きします──栗原奏太という男をご存知ではありませんか?」 「……妹と、関係があるって男ね」 「彼に何か思い当たりありませんデス? 妹さんのもとに居た人として」 「ごめんなさい。フェイトを得てからの妹のことは、そんなに知っているわけではないの。もちろん彼女の交遊も。ずっと、母のことばかり考えていたから」 それこそが、彼女を今の状況に至らせた一つの要因であった。心は、そうですか残念そうにと呟いた。 けれども、とヒカリはふと頭に浮かぶそれを口にする。 「アカリに監禁されてる時、あの子がキスをしているのを、たまに見かけたわ。予知で見たような、ね。アカリにキスされた人は、軒並み目が虚ろになって、彼女の命令を聞いた。前回、栗原って奴が使ったアーティファクトは、妹から渡された物だったのでしょう? 人を『支配する』っていう。もしかしたら、あの子のキスも、その類の行動かも知れないわね」 「なるほど、参考にしておきます」 「でもあの子はもう、私の知ってるアカリじゃない」 彼女は天を見上げる。きっと上から見下ろしているだろう運命に祈るように。 「もう一度だけでも会って、真意を知りたいものね。その栗原って男にも」 それが、どんな結末であれ。 ● 栗原奏太は道路の真ん中を闊歩している。無気力にへたり込んだ一般人が周囲に溢れている。後ろをついてくる彼の仲間も例外ではない。一応追ってはきているが、何か能動的に行動する様子はない。 奏太はふと脇に逸れて、そこに居た男の襟首を掴む。そして彼の心に表れる感情を読む。しかし彼が読み取ったそれは無味乾燥とした沈黙の連続。聞きたい感情、見たい表情、どちらも彼の手元には巡ってこない。アーティファクトの効果を切る。その時男は思考の放棄を止めて、状況の異常性に焦る。これだ、この感情だ、と奏太は思う。彼は男を殴り飛ばす。意味もわからず、焦りだけを募らせていく男を余所に、奏太は再びアーティファクトを点ける。途端に、感情が萎んでいく。そうやって感情が変化していく様は確かに面白いのだが、しかし満足いくものかといえば、話は別だ。ないものか、こいつを使って愉しむ手段は。 その時彼は遠くに、そこにある感情とは異なる気配を察した。それは恐らく彼がそこに来た目的の対象であり、現状を打破する標となるものだ。この空間の外にいる彼らは、明らかな敵意を持っている。 「また一般人を狙うのか。コイツは本当にどうしようもないな」 アルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)は呆れたように呟く。栗原奏太は以前も同じように一般人を傷つけ、悦楽の糧にしていた。自分のことしか考えていない、下賎な輩。それとも、これが木凪アカリの狙いなのだろうか。だとしたら、奴は何を考えているのだろうか。見極めなければ、そしてそれを叩き潰さなければなるまい。 何を企んでいるのかは定かではないが、まずは目前の『悪』を始末することからだ。『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は先陣を切って戦場を駆ける。奏太はニヤニヤとリベリスタを見ていた。その周囲にポツポツと無気力になった一般人の姿があった。運良くアーティファクトの効果範囲から外れた一般人は、状況の異様さに恐れをなして、逃げ出した。奏太はそれを一切止める様子はない。むしろ逃げ出した人間の感情を愉しんでいるようにさえ思えた。 「無気力だろうが何だろうが、フィクサードは確実に始末する。それだけですよ」 無気力空間内に身を投じる。身体に生じる脱力感。襲い来る逃避への欲求。一般人のように即座に座り込んだりしないようだから、E能力があれば少しは抵抗力が生じるようだが、それでも攻撃的になるには意識をしっかりもつ必要があった。それでもアルトリアは冷静に状況をうかがう。気を抜いたら、前回の二の舞だ。 敵の男が素早く前に出て短刀を振るう。ノエルは後衛に攻撃を通さぬようブロックしようとするが、互いに無気力のあまり動きが鈍っている。頭でわかっていても、身体はついていかない。動く範囲で身体を寄せて、彼女はブロックする。 「……面倒なのでさっさと死んでいただけますか」 無気力が殺意に働いて、彼女は刺々しく言った。それと同時に電気を纏った拳を男の腹に叩き込む。無声で呻いて、男は後退する。体中を駆け巡る電流に、苦悶の表情を浮かべつつ。 「ま、程々に頑張って、程々にお給料を頂きましょうか」 やる気のないような言葉を吐いていても、その表情から『bloody pain』日無瀬 刻(BNE003435)がノリノリなのは見て取れた。所謂『人間』、人形のものを遠慮なく傷つけるお仕事、やる気がでないわけがないと彼女は胸を躍らせる。折角面白いものを持ってるみたいだし、逆手に取って引っ掛けようと策を練った。彼女の纏う闇のオーラが不穏な気配を漂わせる。 ● 「はい皆さ~ん、こっちこっち、こっち来たらゆっくり休めますよー!」 『大風呂敷』阿久津 甚内(BNE003567)は大声を出して一般人を安全な場所まで誘導しようとする。しかし無気力は精神を蝕んで、逃走さえ思考から消し去ってしまう。チラホラと行動を始める人間は見受けられるが、動きは遅い。仕方ない、と甚内は一般人一人一人を連れて行く。 ふと、甚内の前に奏太が立ちはだかる。陽気な顔で、彼は彼の動きを遮る壁となる。 「……面白いのか、こんなことして」 甚内は胸につかえていた疑問を吐露する。無気力ということは、抵抗はなくても反応は薄い。その状態でどんな悪事を働いたとして、満足できるものなのだろうか。 「面白くないな」 けれど、と奏太は言う。 「お前らみたいな奴らが無気力に抗うのは面白いな。こうして目的を遮るだけで感情が乱れる乱れる」 それは楽しいね、という奏太の言葉に、甚内は嫌悪感を禁じ得ない。 「だったら堅気巻き込んだらイカンでしょーが……」 「関係ないな。俺は俺の思うままに、動く。それだけだぜ」 突如奏太の身体から光が漏れる。ハッとして、甚内は放たれた光線を避ける。怠さが身体の動きを妨げるが、何とかその軌跡から身体を退ける。 甚内は険しい顔で奏太を睨む。アーティファクトにより優位に立っている自覚からか、余裕な笑みを浮かべていた。 「周りなんてどうでもいいじゃネェか、楽しめればよ」 無気力空間でなんとか戦気を保とうとするものもいれば、それに溶け込んでしまおうというものもいる。『Lawful Chaotic』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)は動きもせず、ただ呆然と空を見上げていた。奏太の方に僅かに寄ろうともするが、その動きは微細で緩慢だ。 雪待 辜月(BNE003382)はペタリと座り込んで、周囲をぽーっと見回している。時折気になることがあると、んーと声を漏らしながら首を傾げてみたりしている。その容貌の可愛らしさも相まってさながら小動物にも見えるが、その実男である。男なのだ。 しかし無気力ではあるが、仲間の支援まで疎かにしてはいない。回復を怠ることなく継続する。 「みなさん、頑張ってくださいね〜」 気怠そうに語尾を伸ばした口調は、周りの仲間のやる気を奪うと共に、後衛が安全であるという安心感を与えているに違いない。きっと。これでも戦場においてなかなかの指揮力を発揮していた。 「もういいですよ。当てればいいですよ、私に。どうせ避けられませんし。ふーんだ」 不貞腐れた『振り』をして、彼女は敵を挑発する。それを聞いた敵の一人が、ここぞとばかりに符術を展開する。 放たれた式神が直線を描いて舞う。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)を狙っていたそれを、心は身を投げ出して弾き飛ばす。キッと睨んだ少女の表情に、彼は思わずたじろいだ。 「私は私にできる最大限を」 攻撃は心が止めてくれる。その傷に報いなければとレイチェルは無気力に強固な意志で対抗する。身体から光が放出され、光波が敵を焼尽す。誰も殺さない攻撃だから、誰を気にする必要もない。そもそも主たる目的は、一般人を救うことでも、雑魚のフィクサードを倒すことでもないのだから。 「逃がしませんよ、今度こそ」 ● 前衛は数が足りていなかった。アルトリアは前に出て、敵を抑える役目を買って出る。身体と思考を蝕む無気力を屈辱的に思いながらも、その剣は鈍らない。 「闇を、その身に刻め」 振るった剣の軌跡をなぞって、暗黒の瘴気が噴出する。襲い来る闇の圧力が、フィクサードの生命力を奪っていく。 「ほら、飲み込まれちゃいなさいよ」 刻も同じように暗黒を放って攻撃する。刻の身に揺り戻された反動よりも強い衝撃がフィクサードを襲う。まずは回復役を落とす事からだ。それで戦況は一気に有利になるだろう。 「無気力でもさ、親や子供の泣き顔なんて、あの世から見たくないでしょ? だったらさ……」 ほら、早く行こうと甚内は急かす。奏太と一定の距離を取りながら、一般人を誘導し続ける。奏太は相変わらずこちらを狙っているが、彼は彼でリベリスタの前衛に狙われるのは不都合だと考えているようだった。それは同時に甚内にとって好都合であった。 甚内は周囲を確認する。幾らか人は残ってはいたが、戦闘の余波受ける程近くにはいなかった。もうそろそろいいだろうと、彼は攻撃に転じる。前線で暗黒を放っている男に、吸血する。 「血を寄越して、くたばっちまいな」 男は血を流しながら、黒光りする武器で甚内を狙う。呪いを刻む剣はしかし、彼のみが異常を受けていないがために機能しない。直撃を受けながら、甚内は反撃に転じる。 放たれる聖なる光と、電撃の拳がほぼ同時に、男を襲う。身を削りながら戦うダークナイトの彼にとって、その連続的なダメージはあまりに重すぎた。彼は力なく倒れていった。先ほどまで歯を食いしばって険しかった表情が、瞬く間に無になった。気が抜けて、アーティファクトの効力を直に受けるようになったのだろう。 「あなたたちも素直に、『無気力』になった方が懸命ですよ」 レイチェルは神気閃光で彼らを貫きつつ、声をかける。続いてアルトリアが暗黒を放つと、漆黒の瘴気に塗れたホーリーメイガスの意識が途切れた。もとより数の上では劣勢。なだれ込む攻撃に耐える暇は少ない。 「そろそろ、潮時だろう」 頭の中で天使と悪魔が囁くのを懸命に無視しながら、アルトリアはその男を見る。紫色のオーラを噴出しつつ魔弾が飛んだ。辜月に向かうそれを、心が上手く遮る。残りの敵は無気力と疲弊に喘いで、押し切ればすぐにでも倒せてしまいそうだ。しかし。その更に後ろで奏太はニヤニヤと笑んでいる。余裕とは異なる、愉快。 「一気に決めさせていただきますよ。手間なのでね」 ノエルは勢いよく突っ込み、全身の力を一撃に込めて敵をランスで薙ぎ払う。陣形を組んでいたとも思えぬ敵の散りようだったが、それでも敵は動揺する。 「おいおい、もっと楽しもうぜ。逸る必要ねぇだろうよ!」 召還された炎の渦がリベスタを包む。無気力によって緩慢になった動きが、炎からの脱出を許さない。奏太はその炎の燃え尽きるのを、余裕の笑みで見つめる。 その時、何かがキラリと光って、炎の中から飛び出す。傲慢に思考を緩めていた彼は、その攻撃を避けるのに一歩遅れる。飛び出した気糸が、彼の肩を撃抜いた。恨めしそうに、彼は炎の跡を見る。 「こんなでもさ……一軍率いた時期もあったんよ……」 息も絶え絶えになりながら、甚内は唸る。どんなことをしても、運命を変えてでも、チャンスは見逃さない。欲しいものは全て奪って手に入れる。 「だからさぁぁっ!」 御仕舞にしちゃおうぜ? 伸びる幾本もの気糸。仲間をずる賢く利用しながら、攻撃をかわしていく。仲間が傷ついても、倒れても、お構いなしに。 「ちぃっ!」 立ち止まって魔方陣を展開する。組み上げた魔術が雷撃となって解き放たれる。電気が身体に回れども、リベリスタの勢いは止まらない。 「正直な所、少しだけ感謝しているんですよ」 レイチェルは気糸を練りながら呟く。奏太の呆れる程にふざけた行為が、彼女に自分の戦う理由を再確認させた。それはきっと大切な事だった。だからほんのちょっとの共感と憧憬、そして目一杯の嫌悪を込めて。 「貴方を、踏み躙らせていただきますね」 撃抜く。綺麗に命中した一撃に彼は足を止める。息は上がる。どうして。楽しませろよ。もっと、愉快にさせろよ。楽しむためにここにいるのだから。それを達するまでは。 「はは~!何を考えてんでっすか!」 穿とうと足を狙う気糸を奏太は避けようとする。その時、辜月が不意に呪文を練り、こちらを狙うような動きをする。攻撃か。彼は反射的に避けるが、それが打ち出されることはない。フェイク。わかった瞬間、彼を激痛が襲う。 いつの間にか、彼の仲間は全て倒れていた。孤軍。奮闘する程強くはないのは自身が一番理解している。逃げるか。どこへ。気がつくと逃げられそうな場所は全てリベリスタによって遮られている。どこか、どこかへ。 思考が読まれている。わかっているが、思考の噴流は止まらない。 ──これで、ちょっと暴れ回って来て欲しいのですよ。それでね……。 駆け巡る。真実。目的。まだ何も、終わってはいないのだから。待て、待て。伝えなければいけない相手は、違う。 ──そうすれば、”彼ら”が来るでしょう。そうしたら捕まりなさい。それまではどれだけ楽しんでもいいから。 がむしゃらに撃つ。しかしそれは硬い壁に阻まれて通らない。くそっ、小娘が。雑音が脳内を駆ける。腕に痛みが走る。空間が俄に勢いを取り戻していく。駄目だ、押しとどめろ、思考を、攻撃を──。 研ぎすまされたノエルの一撃が奏太を突く。吹き飛ばされて地をゴロゴロと転がって、動きを失くした。意識はあるようだが戦意は失われていた。 ──仮に失敗しても、その時は── それ以上の思考が、紡がれる事はなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|