●うわさ 「ねぇ、知ってる?」 小さな、ランドセルを背負った髪の短い女の子は息を白くさせ、放課後の公園に居た友達の髪の長い女の子に声をかけた 「なぁに?」 「知らないの?」 「あ、もしかしてみんな言ってた?」 「うん、出るらしいよ」 首をかしげる短髪の女の子、不満そうにそれに首をかしげる長髪の女の子。しかしすぐに察しがついたのか、表情を明るくする。 「お菓子をくれる幽霊のお話!」 二人はそれできゃっきゃと喜び、噂の内容を確認する。町外れにある寂れた神社、そこに夕方「オウマガトキ」と呼ばれる不思議な時間に行けば、不思議な服を着た女の子が出てきて、不思議なお菓子をくれて一緒に遊んでくれるというお話。 なんということはない、誰にでも、どこにでもあるような噂話。行って、何も無くて、運がよければ少し不思議なことがあって、悪ければちょっと怪我などをして、帰って、親に怒られたりする。誰から見てもそうであった、そうであるはずだった。 ただ違ったのは。その子達は二度と帰ってこなかったということだ。 ●噂 からん、ころん。寂れた神社で下駄の音が鳴る。狐のお面をつけた、小さな女の子。夕闇に影は伸びて伸びて、まるで笑う口元のようになっていた。冬の寒空すら気にしないような、巾着を持った振袖姿、お面で神社の鳥居の先を見つめる。 風切り音に混じって、来訪者の話し声が聞こえる。可愛らしい声、はしゃぐ動作が石段を登る気配からも感じられる。あと何歩、あと何歩。狐のお面の女の子は、ゆっくりとソレを感じながらその子たちが正面に来るように、鳥居の延長線上に立つ。 あと三歩、あと二歩。ひょこり、ひょこり、と来訪者の頭がちらつき始める。夕日を背に影の伸びるソレは、なんと可愛いことか。 「お菓子、好き?」 狐のお面の女の子は、階段を登りきった来訪者に向かってそう問うた。 ●ウワサ 「これが、私の見た『物』よ。まるで童話ね」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が肩をすくめて皮肉交じりにそういった。失礼、と言って紙コップの水を一口。それからいつものように口を開きはじめた。 「敵はエリューションアンデッド。小さな女の子の見た目で、狐のお面に振袖の着物、小さい巾着に下駄を履いているわ。どういうわけかウワサになっていて、自分を見に来た子をお菓子で毒殺。それを自分の配下として使っているようね」 そこまで話して、少し目を伏せる。瞳を閉じ、ゆっくりと開いてからリベリスタ達に向き直る。まるで覚悟を促すように。 「そのお面の子のウワサに引っかかるのは、一番近くの小学校の子がメインよ。つまり、ごく幼い子が動く死体になって手ごまとして使われている。そのことを忘れないで。幸い自意識はないから、人形だと思えばちょっとは気が楽かもしれないわ」 そんなわけにもいかないでしょうけれど、と聞こえない程度につぶやくイヴ。 「お面の子は視界に居る者全てにお菓子を投げつけてくるわ。当たれば毒を負うから油断しないで。もう一つ、別のお菓子を投げると他人を回復できるようね。他の子供の死体は、全部で五人。変質した牙でえぐるように噛み付いて、血を貪ってくる。攻撃力は低くとも、うたれ強いから確実にトドメを刺して」 それと、とイヴは続ける。 「思い入れがあるのか、何なのか。そのお面の子は神社の敷地内から動かないようね。だから逃げる心配は無いわ。お願い、あの子達を解放してあげて」 そう言うとイヴはゆっくりと頭を下げ、リベリスタ達を送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:春野為哉 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月29日(水)23:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●黄昏時 古来より、人はアラミタマを鎮めるために祀り、神社を作る。その怒りを鎮めるために人身御供となる巫女、子供が居たこともある。そして古来より、異形の者というのは排斥されてきた。それは憑き物であったり、忌み子であったり、ヒルコであったりした。人はそうして歴史を重ねてきた、どれほど美化されようとも隠しようのない事実である。 「さしたる手がかりはなし、か」 『求道者』弩島・太郎(BNE003470)がまだ指定した時刻には早い段階で神社に足を踏み入れ、境内を調べていた。寂れた神社はすでに人の手が長くはいっていないらしくあちこちホコリまみれ、更に鍵すらかけられていない本殿の中にもほとんど物が残っておらず、御神体もすでに無かった。残っている放置された物品から察するに、土地神であったということしかわからなかった。 「仕方ないさ、廃棄された神社ってことはココに神様はもう居ないんだ」 『バニーに拘るテクノパティシエ』如月・達哉(BNE001662)が金平糖の入った袋をしまいながら境内に歩いてくる。どうやら神社に遊びに来ようとした子供に渡して、家に帰るようにと言っていたらしい。サングラスの下で目を細め、少し皮肉気味につぶやく。 「……そうだな」 「じゃあ、一旦境内から出よう。もう半時間もすれば指定の時間だ」 達哉の言葉に太郎は頷き、二人は一旦立ち去る。もうすぐ結界が張られ、一般人はまずこの場に来なくなる。そしてその場で何が起こるかは、八人のリベリスタ達以外、誰も知らない。それこそ、ここに居たであろう神でさえも。 ●オウマガトキ まだ寒く、日が傾くのは早い季節。立春とはいえまだ氷点下を下回る時の多いこの時期は、夕方にもなれば皮膚が痛くなるほどの寒風が吹いてくる。木々は揺れ、時折蕾をつけている木を見ることができる以外はなんとも寂しいものである。 そんな中、リベリスタ達はゆっくりと石段を登っていく。各々考えていることがあるのか、口数は少ない。特にソレは『猛る熱風』土器・朋彦(BNE002029)と『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)と、『不屈』神谷・要(BNE002861)の三人は特に顕著であった。今からもう一度殺す子供たち。その人物がどんなものか知っているからだ。どの子供もまだ幼く、一日一日がとても長く感じられる年頃だった。友達と会って、話すだけでも楽しい。けんかをしても翌日にはケロっとしてまた一緒に遊ぶ。俗な言い方をすれば、未来のある子供たち。それが五人、いまや動く死体となって犠牲者を増やそうとしている。 「……」 逢乃・雫(BNE002602)はただ、それをじっと観察していた。そして不意に一行から離れると、石段から外れた茂みの中に音も無く消えた。 「……まぁ、皆思うところはあるだろうが、どうせあとは安らかに眠らせてやることしか出来ないんだ。普段のように、敵を倒すことしかない」 『ピンポイント』廬原・碧衣(BNE002820)が全員の様子を見て、念押しするように話す。エリューションとはいえ、見目は子供なのだ。下手に情をわかせるようなことはすまいと、碧衣はあえて事前の子供の情報収集は避けていた。 「はい、アルは……」 『ナーサリィライムズ』アルトゥル・ティー・ルーヴェンドルフ(BNE003569)最年少である彼女は自分の胸に手を当てて、ぎゅっと握る。幼い彼女の心には、今回のような依頼は辛いのかもしれない、しかしそれでも彼女の瞳には決心の色が浮かんでいる。死んでしまって体だけで動いている子供たちを、あるべきところに還すための。 今一度の沈黙。そしてわずかな時を経て、神社の鳥居が見える。トンネルの反響する音のように子供たちの笑い声が聞こえてくる。楽しげなソレは真相を知っているたちの耳には余りに空しく、そして悲しく聞こえる。コレほどまでに心を打つ笑い声があるだろうか。 「お菓子、好き?」 鳥居をくぐり、子供たちの視線に入った時。可愛らしい声でそう問いかけられる。狐のお面、和服、可愛い巾着と下駄。その無邪気さに、誰かが歯噛みした気がした。 ●誰そ彼 「あぁああああアあぁあ!?」 わずかの間を引金にしたように、五人の子供たちが狂乱状態で動き始めた。まるで生きている人間と自分達を比べることを忘れていたのに、と言わんばかりに。恨みと憎しみの咆哮をあげて。 ソレにあわせてリベリスタ達も即座に動く。朋彦、エルヴィン、碧衣、要の四名が一斉に前に出て壁を構築。太郎、アルトゥル、達哉の三人が後衛に布陣する。雫の姿は無い。 各々がクロスジハードやマナサイクル、シューティングスターと言った準備行為で場を整える間に、真っ先に攻撃したのは達哉だった。 「菓子職人として、その行為は見過ごせない」 巾着からお菓子を取り出していたお面の子を狙いながらも子供たちを巻き込むピンポイントスペシャリティが放たれる。子供の数人が悲鳴を上げるが、お面の子はするりと避けた。まるで遊んでくれるのか、と言いたげに。そしてお返しにお面の子はリベリスタ達を一瞥し、巾着から「お菓子」を投げつける。目にも留まらぬ速さで投げつけられたソレは一瞬でリベリスタ達を襲い、直撃したものに激痛と毒を与える。即座に霧散したソレを確認することはかなわず、ただ一ついえることは紛れも無く甘いお菓子ではないということだ。 「遊んでやるよ、思いっきりぶち当たってこい!」 エルヴィンが叫ぶ、狂乱状態の子供たちが注意をひかれ、一気に襲い掛かる。腕に、脚に、歯がおれんばかりに勢い良く、強く噛み付く。わずかな出血、貪る子供、理性など微塵も残っていないその姿は完全に子供の姿をしただけの怪物だと思い知らされる。 (これ以上の悲劇は絶対起こさせねぇ……!) 子供を振り払いながらエルヴィンは心の中でそうつぶやいた。決意が瞳に強く出る。 「今だ、俺ごとこい!」 「――くん」 ひきつけに成功したエルヴィンの声に合わせるように、朋彦が達哉の攻撃の直撃を受けていた子供の一人の名をつぶやく。おそらく第一にこれから狙われることになるであろう名を呼び、フレアバーストを放つ。神社で放たれる紅蓮が寒風を吹き飛ばさんばかりに暴れ狂い、エルヴィンに固まっていた子供たちを燃やす。苦痛に上げる悲鳴は、やはり子供のソレとなんら変わりない。 「普段どおり、か」 碧衣のピンポイントスペシャリティが全体へのダメージを蓄積させていく。血肉をむさぼることによる耐久力の維持を得意とする子供たちの特徴が着々と詰められていく。だがこの程度、撃ち続けたところでまだ削りきれない。まだ撃ち続けなくてはならない、この子供の姿をした怪物たちを。冷静になれば理解できるソレは、碧衣の心に危うい痛みをはしらせる。ソレはなんら変わりない、子供たちから受ける攻撃と。 「あの子たちに比べたら、アルの痛みなんて、ほんのちょっと。だから!」 まっすぐ、年頃の近い子供たちの哀れな姿を見ながらアルトゥルが声を張り上げる。その手から放たれた暗黒が子供たちを襲う。子供の一人が、ぎろりと睨みつける。濁った目が邪魔をするなと、命を貪れば自分はまた生きられるのだと訴えるようなその目に、アルトゥルが軽く後ずさりしてしまう。 「気を強く持て! でないと死ぬのは自分だぞ」 ソレを察知した太郎が一喝、戦場の空気を制する。サングラスの下からお面の子を見据え、問いかけを心の中で反芻する。何故このようなことを、その問いかけが聞こえたかのように顔を向けるお面の子。首をかしげる愛らしい仕草、命を奪ったとは思えないほどの毒気の無い動作。なんら変わりないのだ、そう、普通の子供と。自分達が哀れと、おぞましいと受け取っているだけなのだ。 「せいっ!」 どっしりと構え、太郎は天使の歌で全員の受けた傷を塞いでいく。ならば自分のやることは一つ、成すべきことを成す。 「貴方の相手は私です」 お面の子の真正面に陣取った要が盾を構え、ジャスティスキャノンを放つ。鋭く放たれた一撃がお面の子に直撃、ゆっくりとのけぞる。黄昏時の神社を満たす一瞬の静寂。体勢を整え、狐のお面が要を明確に睨む。狙い通り、怒りを植えつけることに成功した。あとは自分の役割を果たすだけ。 「――なぜ、貴方はこのようなことをしたのですか」 返答は無く、ただ要を攻撃すべく構える姿。要にはこうして聞くことしか出来ない、何故なら。事前調査をしてもこの子だけが情報が無かったのだから。 ●夕闇 戦闘はリベリスタ達が押し切るのにそう時間は掛からなかった。強力な前衛、耐久力の高い子供たちの回復手段を止める存在が複数居た事。怒りによりお面の子の視線を動かし、その範囲攻撃を十分に発揮できなくする。回復手の数も十分。こうなると敵に出来ることはほとんど無い。ただじりじりと、劣勢に追い込まれていくこととなる。 戦場近くの木々の上から観察していた雫の予想通りであるといえた。そして、決着は着々と近づいていた。 「音や食は神に奉納するもの。たとえ神がこの社に居なくとも、失態は晒せんよ」 アンデッドと化した最後の一人をピンポイントスペシャリティで撃ち抜いた。気糸が音も無く抜かれ、残るはお面の子だけとなった。とはいってもすでに度重なる攻撃を受け、着物に紅い花を咲かせ、お面にもひびが入っていた。肩で息をし、満身創痍なのは簡単に見て取れる。しかしそれでも、まだ動く。 「もう、解放してやろうぜ」 エルヴィンが見ていられない、と言いたげに天使の歌を使う。リベリスタたちはほぼ全快し、詰みへとまた一歩近づく。 「そうだな、そうしよう」 碧衣がトラップネストを使う。避ける余力も残らないのか締め付けられ、身動きを封じられてしまう。その姿はまるで、処罰を待つ罪人のようにも見える。 「せめて、彼岸では……ちぇすとーッ!」 つぶやき、そして気合一閃。朋彦の一撃が少女を捉える。受け止めたお面の子は膝をつく。お面の下半分が割れ、口元が露になる。白い肌に、可愛らしい紅の塗られた唇、それにはまだ、笑みを浮かべている。 「ほら、もうカラスが鳴くよ。おやつの時間も、とっくに過ぎてしまったの。だから、だから――」 アルトゥルが照準を合わせ、引き金を引く。それが最後の一撃だった。ぶつりと、お面の子に巡っていた力が切れたかのように倒れ伏す。ゆっくりと、まるで風が吹けば飛んでいってしまうかのような、風船のように中身が無いかのように、うつぶせに倒れていく。そして地に倒れ伏す刹那、お面の子は唇を動かす。 教えて――あげない。 声が聞こえたのはまるで錯覚かと思うほどに小さく。しかし耳に入ればしっかりと聞こえる。お菓子の理由も、殺しの理由も、自分のことも、伝える手段を持っていたにもかかわらず。お面の子は全て抱えて、永遠に消えた。 辺りはすっかりと暗くなってしまった。神社の周囲の木々から伸びる影が辺りを隠し、死体を見せまいとしていた。雫はアークに連絡を取り、処理班を呼ぶと早々にこの場を去った。太郎は子供たちに黙祷を捧げ、その魂の安らかなることを願い、達哉は神社に苺大福を奉納する。 「結局、あの子は何だったのでしょうか」 碧衣は子供たちの死体、その顔に大きな傷が無いことを確かめながらつぶやく。家に帰った時に、せめて綺麗な姿が残るようにと配慮していたのだ。 「さぁ、な。確かなのは、一人では居たくなかったってことくらいだろ」 エルヴィンが肩をすくめる、子供のことを調べていた彼は知っている。この子供たちの親の多くは、この子達を探しているということを。だからこそ、何も語らなかった。死した子供のことを語るのは、自分の自己満足でしかないと思っていたから。 「教えてくれなかった……か」 「うん……」 帰還の準備をしていた要が呟き、アルトゥルが頷く。せめて救われていて欲しい、要はそう心の中で祈りにも似た言葉を紡ぐ。それを察したのかアルトゥルもまた瞳を閉じ、二人は黙する。時間にすれば分に届くかもわからないような行為は、とても長く感じられた。 「二人とも、戦いで汗をかきましたし、体を冷やすために甘いアイスコーヒーを準備してきたよ。あぁ、もちろんあったかいのもすぐに作れるよ。どうかな」 沈黙を破り、朋彦が微笑みかける。そのポケットにはお面の破片が入っている。この下で寂しさを隠していたのだろうか、そう思うととても苦い心境になるのだが、かといって彼はそこでブラックを飲むようなセオリーは好いていなかった。おそらく彼のコーヒーを飲み終われば、全員ここから立ち去ることになるのだろう。そして、この神社はもう人が消えたりはしない、ただの日常の一場面として使われるだけの場所に戻る。それは確実にリベリスタ達が取り戻したものであり、世界にはソレしか残らない。今日は、ソレが全てだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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