●孤高の城壁 白田剣山という老人がいる。 短い髭を生やし、白髪を後ろに撫で付ける、どこにでもいそうな老人だった。 そんな老人が一人、道場の中心に座っていた。 正座である。 両腕は腰に。 左手には白鞘刀。 彼を中心に、10人程度の剣士達が取り囲んでいた。 木刀や竹刀ではない。真剣である。 よろしくお願いします。そう述べたきり、彼らは一斉に飛び掛る。 弧月十閃、乱れ交差。 その最中、老人は全く動いていない。 ……否、目には留まらぬ速度で刀の位置が右へ左へと移動し、襲い来る全ての攻撃を受け弾いていたのだ。 刀の基本動作である『構える握る抜く振る止める』の内全て飛ばして『止める』だけが繰り返される。途中の動きなどなく、構えなどない。 無冠にして無沈の城塞、それが彼――剣山であった。 周りの剣士が剣を振っている間であるにも関わらず立ち上がる。 そして軽く一回転した。 カチンという納刀の音と共に、十人が倒れ伏す。 「師範、取り戻されましたか」 「…………」 剣山は無言のまま顔を上げた。 目の横に刻まれた、真新しくも大きな刀傷。 本来ならば痛々しい傷痕はしかし、獣の檻をこじ開けたかのような印象を放っていた。 「来るだろうか、若き剣士は」 老人は小さく呟いて、その場に再び腰を下ろした。 かつて失われた技が一つ。『不動剣山』。 全盛期、築き上げた城塞は今や誰も入ることはできなかった。故にいつしか忘れてしまった技である。 だが無敵の城に立った一人座り込む老人に、ただ一筋ではあるが踏み込んで見せた者がいた。 名は知らない。もはや会うこともないだろう。 だがもし、この城塞を超える者がまだ居るのならば。 「…………」 ●無冠にして無沈の城塞 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は資料の束を片手に説明を始めた。 「以前皆さんが戦った『斬鉄』を覚えていますか。主流七派の中でも鍛錬や研究に特化した個人主義組織『六道』の武闘派にして、剣術のスペシャリストが揃った集団です」 彼らは八本刀を名乗り一般の不良グループを潰して回っていたが、その意図するところはまだ明らかになっていない。 前回は八対八の一騎打ちを行い、互角に戦闘。最後は戦わずして、凶行の阻止を成功させた。 そして、この戦いで生き残った斬鉄構成員が一人『白田・剣山』が、新たな事件の中心人物として動き始めたのだった。 「今回、剣山の所有する道場から直接挑戦状が送られてきました。アークへ郵便配達されたわけではありませんが新聞広告の一部を借りて、私達にだけ分かるメッセージを出してきたのです」 八本刀を四まで折った若者たちに告ぐ。剣山と交えよ。さもなくば凶行を再開する。 メッセージの旨はそんな所である。 「長い歴史の中で刀は錆び、力は衰えていた白田剣山でしたが……前回の一件で若かりし頃の技と意識を取戻し、真の達人となっています。もはや別人と見てもよいでしょう」 ぱらりと資料を捲る。 「彼は門下生であるフィクサードを十人程度用意し、道場で待っています。待って、いるんです」 今彼らを倒すことができれば凶行の再開は止められるのだ。 「みなさん。どうか、宜しくお願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月28日(火)23:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●白田道場事変、血風乱れ狂い割き。 剣が抜かれた。 これが戦人の物語である以上、余計は省かねばなるまい。 故にこの瞬間から語らねばなるまい。 剣が抜かれた。 『残念な』山田・珍粘(BNE002078)は片足を上げたかと思えば、無数の影へと分裂した。 既に刀を抜いていた白田道場門下生10名は、各々に回避行動にかかるが、彼らの間を何とはなしに駆け抜けていく那由他の影に虚をつかれる。 途端、横合いから無数の矢が飛来した。 モノクルにかかる前髪を指で払う『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)。 「私は露払いに徹しましょう。剣には疎いもので」 虚をつかれた直後である。門下生たちは傘を持たぬ子供のように矢の雨に晒されると、漸くにして背後の気配に気づいた。 那由他の影、である。 抱くように剣を二本、胸と腹に回し込み、耳元で囁いた。 10人の影が一斉に、10人の背後で囁いたのだ。 「惑わされて互いに斬るか、急所を突かれるか、好きな方をお選びください」 血しぶき上がる白田道場。 雨の如く降る紅雫を掻い潜り、『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)は身を低くした。 手には大剣。 瞳に炎。 飛沫の降落に逆らって、強烈にして強引な一打を繰り出した。 ……遠まわしが過ぎただろうか? 単純に言って、宗一は真っ向から飛び込んで、思いっきり踏み込んで、力の限りフルスイングしたのである。 「凄腕の剣士、腕が鳴るな!」 「我等とて白田門下の者」 「分かってる、忘れてないぜ」 咄嗟に刀を翳して防御する門下生だったが、強烈過ぎる宗一のスイングに刀ごとへし折られた。 「磊落っ、ならば私が――」 別の剣士が横合いから斬りかからんとする。 が、上段から下された剣は巨大な太刀に阻まれた。 斬馬刀。 長柄を両手と肩で構えた『煉獄夜叉』神狩・陣兵衛(BNE002153)が、左目だけで彼を見た。 「一対一の決闘を邪魔するのは無粋じゃからのう、肩慣らしと行こうか」 刃筋をなぞるようにして走り始めた刀が、連続で剣士の身体に叩き込まれる。 血飛沫を上げて倒れる門下生達。 落ちる血を浴びて、陣兵衛は肩越しに振り返る。 「久しいのうご老人。儂のことは覚えておるか?」 「…………」 視線の先には、道場の最奥にて正座する老人の姿があった。 背筋は伸び、両手は腰。 戦国を終え太平の世となり、抜刀が重く咎められる時代。 いざ刀を抜くときは斬り殺す時であり、刀を抜かれる時は死ぬ時とされる世があった。 そんな世を経て今現代。途中の動きを全て消し、抜くと知る前に切られ、下すと知る前に下される剣が完成していた。 彼の名を、白田剣山。 またの名を――『不動剣山』。 「対一……と言ったか」 「そうよ」 マントを翻し、『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)はナイフを抜いた。 「ルカは強いのと戦うの、好きよ」 「……」 剣山は目を細くすると、そのまま瞑目した。 踏切音。 氷床を蹴ったと思しきその時にはルカルカのナイフが剣山の首筋へ走っていた。 走っていたと思えば間に半抜きの刀があり、ナイフのエッジを剣の背で止めていた。 高く響く金属音。 しかし音が鳴りやまぬ内にルカルカは反転、反対側からナイフを振り込む。 振り込んだその時には既に刀がそこにあった。 それが幾度も繰り返され、キィィィィと言うひと繋ぎの高周波音が鳴り響く。 「ルカはこの剣に覚悟を乗せてあなたに相対するわ。倒されたとしても、一撃は」 ルカルカの肩、脇、腹、膝、腕、手甲、脛、胸、あらゆる部位に刀傷が走る。 そして頬に傷が走った所で、ルカルカはナイフを逆手に持った。 「届かせる」 剣山の肩に突き刺さるナイフ。 それを最後に、ルカルカは痙攣でもするようにのけ反った。 「ルカ!」 『悪夢と歩む者』ランディ・益母(BNE001403)が振り向いて叫ぶ。 しかしその時には、彼女の胸から大量に登った血飛沫が天井を濡らしていた。 仰向けに倒れ、動かなくなるルカルカ。 「……っ!」 斧を振り上げて身を翻す。 『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218)が眉を上げた。 「ウルザ、頼む」 「いいの?」 「くどい」 ウルザはまあいいけどねと呟いて神気閃光を門下生達だけを対象にしてまき散らした。 道場内を満たす光。 思わず目を覆う門下生達。 「ま、お遊びに付き合ってやるさ。それが仕事ならね」 肩を竦めるようなウルザの声だけが聞こえる。 光が止み、目を開ける。 その時には既に、ランディが斧を構えて眼前に立っていた。 「殺る気はねえが」 足は既に踏み切っている。 スイングは始まっている。 「死にたいなら、かかってきな」 「――!」 咄嗟に対応する門下生。 しかし強引に振り込まれた戦鬼烈風陣で、彼らはあえなく刀を飛ばされ、その場に大の字に倒れたのだった。 ばたばたと倒れる門下生達。 白田剣山が未だに正座の体勢にあることを考えれば、道場の者で立っているものはもう居ない、と言っても良かった。 そんな中をゆっくりと歩く『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)。 「聖なるかな、許し賜え」 小さく唱えて聖神の息吹を顕現させた。 ほぼ死にかけていた門下生達を含め、リベリスタ達の体力を取り戻させる。 数人手遅れだった者もいたが、凛子は表情を変えずに眼鏡の淵を指で押した。 長い髪の先が揺れる。 意識を取り戻した門下生の一人が頭を上げる。 「なぜ……」 「いつか、リベンジの機会もあるでしょう」 そうとだけ言って、視線を外す。 彼等は残らず気を失った。 ●不動剣山 さて、と誰かが言った。 劇場の幕間で述べる語り部のような声である。 彼はモノクルと燕尾服を着た、執事風の男だった。 今一度名を述べる。 ジョン・ドーと言う。 「絶えた技を蘇らせた剣豪との一戦。一対一の立ち合いを望む方もいらっしゃるようです。如何でしょう、ここは一つ」 「…………」 白田剣山は目を開き、その場に正座したままで顎を微弱に引いた。 それを頷き、即ち肯定ととって、ジョンは慇懃に頭を垂れた。 剣山が口を開く。 「倒れたらそれまでとせよ。粘れば一人ずつ殺さねばならぬ」 「……痛み入ります」 「時間が無い、早う」 ジョンは後ろ向きに三歩下がる。 代わりに、那由他が前へ出た。 参りますとも、お願いしますとも言わなかった。 剣山はゆっくりと、俯くような動きをする。 途端に那由他は多重幻影剣を展開。複数に分裂し、剣山へと襲い掛かる……かと思いきや、殆どは彼の足元にある板を執拗に叩いていた。 何分道場の床である。そうそう壊せぬと断じて、斬り込みで棘立たせるに留まらせた。 もし次があった時に苦心せぬために述べるが、ブロックに後衛への接敵を阻害する以外の効力は無い。 今この時のみは良しとして、見て欲しい。 見参の頭上に立っていた那由他だけが残り、ぴたりと停止した。 三重集中。 那由他は急降下と共に幻影剣を繰り出した。 一瞬である。 金音が鳴ったと思しき時には那由他が切り裂かれていた。 「――っ!」 棘立った床を転がる那由他。 跳ね起き、剣を握り直す。集中を三重にして再び斬りかかる。剣山の肩に刀傷が一つ走り、着物が大きく割けた。 剣山が息を吐いて立ち上がる。 刀を抜いた。 そして納めた。 身体の正面を向けていた那由他の背中が大きく割け、彼女はその場に崩れ落ちる。 「……」 すかさず凛子とジョンが引き下げる。 入れ替わりにウルザが飛び込んで行った。 棘立った場を代え、再び正座する剣山。 「こんなひどい世界で、幸運にも運命を得てすることがそれかい?」 「……」 鋭く踏み込み、アデプトアクション。 振り込んだ時には既にナイフが止められていたが、傷だけは入った。 構えを解いて立ち上がる剣山。 ウルザはてんてんと片足跳ねで後退すると、手の中でナイフを回した。 「あはは、出来た出来た。近接戦は苦手なんだけどなあ?」 子供の用に、年相応に笑う。 「ねえ、そんなもんなの? もう一回やってくれない?」 首をかしげるウルザ。 剣山は直立不動のまま両手をだらりと下げた。 「ねえ?」 「……」 無言である。 ウルザはつまらなそうに口を尖らせると、ナイフをピンポイントで打ち込んだ。 打ち込んだ、筈である。 正確に述べるなら、打ち込もうとした時には既に剣山が後ろに立っていた。背を向けて立っていたのだ。 投げたナイフがいつの間にか弾かれて戻ってくる。 キャッチするウルザ。 「……なにそれ」 「技など『こんなもの』だ。お前自身は、そんなものか?」 素早く跳ねて距離を放す、集中、重ねて集中。 目いっぱいに溜めて再びアデプトアクションを放った。 放った腕に、刀が添えられていた。 突き出した腕の動きに沿って刀傷がえぐられていく。 吹き上がる血。 これ以上は危ないととって、ジョンが彼を抱えて後退した。 「わ、ちょっと!」 「これ以上プライドを犠牲にすべきではないでしょう」 「……っ」 歯を食いしばるウルザ。 そのまま、彼は目を瞑って意識を途絶えさせた。 宗一が剣を構えて剣山の前へ立つ。 「悪いな、子供のやることだから……」 「承知の上だ」 「助かる。次は俺だ。どこまで通じるか楽しみだぜ!」 そう言うと、彼は剣を大上段に振り上げた。 小細工なし。 真っ向から竹か薪でも割るように、シンプルに叩き落としたのだ。 当然の如く間に食い込まれる刀。 しかし宗一は止められること前提で押し込んだ。 門下生にもやったような、思いっきりのフルスイングである。 剣山の腕が数十センチ押し込まれる。剣の風圧が剣山の頬を撫でた。 「どうだ、まだ次行くぜ!」 今度は円運動でのフルスイング。 刀が大きく押され、剣山の肩に宗一の剣がめり込む。 「届いた、次ぃ!」 足を振り上げ、剣を振り上げ、高く高く振り上げた剣を、彼は一気に振り下ろす。 途端。 宗一の脇腹や腕に何本もの刀傷が走り、左右に大量の血を噴出させた。 細かい傷をつけすぎたタンクが破裂するような、まさに決壊の様であった。 「んなっ!」 血を失い過ぎたかバランスを崩す宗一。 前のめりに倒れる彼を避けるように、剣山は彼の背後にいつのまにか立っていた。 刀は抜かれている。 血の海を作り倒れ伏す宗一。 剣山はもう彼を見ていなかった。 陣兵衛が、眼前数メートル先に立っていたからである。 鞘と柄を握り、身を捻って勢いよく抜き放つ。 「お主等の目的なぞどうでも良いが、ひとつ聞きたいことがある。ホワイトマンとは何者じゃ?」 「……」 「勝てば教えてもらおうか」 「六道の幹部が一人。畑が違うが故、それ以上は知らん」 今度は陣兵衛が黙る番である。 「先も述べたが、時間が無い。早う」 「良いじゃろう」 斬馬刀に紫電を纏わせ、豪快に斬りかかる陣兵衛。 いつの間にか。 やはり『いつの間にか』である。 途中の動きを飛ばし、剣山は陣兵衛の剣を受け止めた。 そのまま強引に振り込む陣兵衛。 剣山は木箱を押すような音と共に板床を後ろ向きに滑った。 同時に、陣兵衛の着物が派手に切り裂かれた。 漏れ滴る血。 やや遅れて火花が散る。 「山嵐豪雨」 「……何?」 「先日、お前が叩き斬った男の名だ。笑って死んだと聞く」 「お主もそうなりたいか?」 「笑顔は人をやめるときに捨てた」 大股に踏み込む陣兵衛。 振りかざした斬馬刀が風を巻き込み、紫電を散らして空を断った。 「お主を超えるにはその奥義を破る以外に無い。それを望んでおるのじゃろう」 差し込まれる刀。 押し込まれる刀。 「この一振りで終わらせよう!」 剣山の腕が曲がる。 陣兵衛は刀で止められた上で、斬馬刀を振り切った。 ただでさえ反りの大きな刀である。剣山を強引に押しのけ、紫電を弾かせる。 剣山の刀はその時、全て抜かれていた。 目に見える形で振り込む。 陣兵衛を右から袈裟斬りにし、大量の鮮血を自らに浴びる。 目を見開く陣兵衛。体力こそ失ったものの、剣を杖にして無理矢理その場に立ち留まった。 「そこまでだ。次は、俺に代われ」 斧を肩に担いたランディが、剣山の後ろに立った。 振り返る剣山。 前も後ろも、残らず血染めた老人である。 しかし表情は少しも動かず。 やや深い眉と睫毛の下で細く目を開けていた。 人をやめたと聞く。 何を求めてここまで来たのかなど、もはや本人にしか分からぬのだろう。 言葉にできるようならば、既に言葉にしているだろう。 願って叶うことならば、既に叶えているだろう。 もはや死にかけた老人だけのこととなれば、構う義理も道理もない。 それにだ。 「俺には宗一のような力は無い。ウルザのような精密さも、ルカのような速さも、陣兵衛のような矜持もない。ジョンや凛子のように穏やかではいられんし、那由他のように機転も利かん。俺の人生を言い表す言葉があるとするなら、『戦って死ぬ』だけの人生だ」 「……」 「弟子に見せるもんは?」 「無いな」 「そうか……それじゃあ一合だけだ、行くぜ!」 ランディは飛び込む。 シンプルに、飛んで跳ねて、得物を構えて、元よりそう言う風にできた機械であるかのように、繰り出した。 「戦鬼――」 風が渦巻き、ランディの髪を逆立たせる。 「烈風断!」 一撃。 たったの一撃である。 しかし風を断ち空を斬る剣である。 剣山は抜き切った刀を両手で握り、真っ向から弾きにかかる。 風圧が弾け、二人を中心に血の池が吹き飛んだ。 王冠状に跳ね上がる血の中心で、剣山の胸に大きく裂傷が走る。 同時に、ランディの胸がばっくりと開いた。 ずだん。 踵で床を踏み鳴らす剣山。 対してランディは、その場に膝をついた。 「俺にあるのは、勝つための執念、だけだ」 「……」 荒く息をして、剣山は数歩下がる。 その様子を見ていたジョンが、ほんの僅かに呻った。 「残るは私と氷河様のみ……これは私達の負けと」 「いえ」 髪を両手で縛りつつ、凛子が数歩歩み出た。 「勝利を欲する仲間のために。一手ご指南お願いします」 「……」 凛子の装備と言えば、薄い手術手袋のみである。 言ってみれば徒手空拳で、剣山の前に立ったのだ。 ジョンは何も言わず、静かに首を垂れるとランディを連れて引き下がった。 剣山は荒い息を整える。 その間に数度咽かえり、血を吐きだした。 目を細める凛子。 「その身体……」 「これまでの六人がつけた傷だ」 「……」 剣山が全身に負った傷は、ルカルカからランディまでの六人分を合わせればかなりのものになる。 しかし、その傷を全て見ていた凛子には分かった。 彼の動きや対処法は全く見えはしなかったが、身体のことだけは分かった。 凛子だから分かったと言っても良い。 だからこそ、何も言わずに置いた。 「行きます」 刀を構える剣山に向けてマジックアローを発射した。 魔力で編み上げられた矢が走る。 その中心線を、剣山の刀が走り抜けた。 目を見開く凛子。 防御の暇は無い。斬られるがまま斬られ、仰向けにのけ反る。 「まだっ」 フェイト消費。 無理矢理その場に立ち留まる。 開いたままの魔方陣を前に翳し至近距離まで迫った剣山の胸に手を当てた。 「一命を賭して!」 細かった剣山の目が僅かに開く。 胸を通して貫かれるマジックアロー。 剣山は強く歯を食いしばると、返す刀で凛子を切った。 横一文字に走る刀。凛子は今度こそ切り払われ、仰向けに倒れる。 血の池と化した床で、白衣は既に隙間なく赤かった。 「ぅ……っ!」 暗転し始める意識。 大丈夫……まだ、『歪曲運命黙示録』がある。 「やめて下さい、氷河様!」 彼女の選択を直観で察し、ジョンが声を荒げた。 慇懃として落ち着き払った彼が、声を荒げたのである。 彼の脳内では既に、凛子が運命を大量にすり減らすであろうことも、それによって恐らくは、命を失う程の結末が訪れるだろうことも計算できていた。 それゆえの荒声である。 だがそこに、ランディの声が被さった。 「ルカ、立て」 お前の本気と在り方を見せて来い、と声が聞こえた。 「倒れてない。折れてない。最初からずっと立ってるわ。休憩していただけよ」 ぱちり、とルカルカの目が開いた。 「でもそんな風に言われたら、ルカの本気を見せないとじゃない」 セイシュンよね。 そう言って、ルカは起き上がった。 「…………」 刀を握ったまま、剣山は振り返る。 「構えないの?」 「限界だ。達人など『こんなもの』だ」 「そう、じゃあ」 二人は同時に飛び出した。 アル・シャンパーニュという技があり、速力そのものを際限なく叩き込む業である。 それが今、徹底的に交差した。 弧月――十閃、十五閃、二十五閃! 互いに避け、かわし、弾き、絡め、最後の最後は力任せに振り込んだ高速突きを放ち合う。 「ルカの在り方は理不尽で不条理な墓守。ロートルは墓にぶち込んで守り続けてあげるわ」 ナイフが胸を貫き、刀が胸を貫く。 二人はそして、己の得物からついに手を離した。 仰向けに倒れ合う。 そして、達人白田剣山は死んだ。 これが戦人の物語である以上、これより先を語る必要はない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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