● ぞぞ、と。 少しだけ湿り気を帯びた。何かが這いずる、音がする。 周囲を照らす街灯が偶然、照らし切れぬその場所で。 ソレは、蠢いていた。 鈍い艶を帯びる鱗。長大なその身体。 今は閉じられている大顎からは、ちろちろと、長い舌が覗く。 腹が減った。 傍らに転がる、誰かのものであったのであろう眼鏡を踏み砕いて。 それは、思案する。 この間騒がしくなって以来、此処には餌が1つもやって来ない。 腹が減った。 嗚呼。 嗚呼。 腹が、減った。 ぞろり、蠢く。 腹を空かせたソレは、『餌』が来るのを今か今かと、待ち侘びていた。 ● 「あ、揃った?……今日の『運命』って奴、行くよー。……三ツ池公園に大蛇がいる。倒して来てね。以上」 リベリスタを確認して、一言。 椅子からずり落ちそうな程脱力していた『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は、たったそれだけ告げると立ち上がろうとする。 いやいや、ちょっと待ってくれ。 そんなリベリスタの言葉に、心底面倒そうな表情を浮かべてから。 フォーチュナは漸く、資料を手に取り椅子に座り直した。 「あー、ええとね。……さっき言った通り。公園に、大蛇のエリューション・ビーストが出た。フェーズ2。 どうでもいいかもしれないけど白蛇。大きさは……そうね、太さが人間一人分程度。長さは……まぁ精々、20m程度。 餌があれば比較的大人しい。でも、まぁ今封鎖されちゃってるからね、空腹の余り苛立ってる。 嗚呼、そうそう。その、餌って言うのがさぁ」 錆びた紅の瞳が、資料の端からリベリスタを見る。 「――覚醒者なんだよ。この大蛇、覚醒者の血肉を喰らう事でしか満たされない。そして、喰らう事で強くなる。 だからまぁ要するに、噛まれたり、飲み込まれたりすると向こうは強くなるって事。あ、回復もするみたい。 そんで、後は……そうだな、この蛇、恐らく雌。そして恐らく卵胎生。 ……要するに腹ん中一杯蛇の赤ちゃん。間が悪い事に出産間近。 って言うか、あたしが視た時はどんどん出産してたわ」 中々にきつかった。思い出した様に若干引き攣った表情を浮かべる。 赤ちゃんと言うか、増殖性革醒現象かもしれないが。ともかく。 爬虫類嫌いにはきついかも知れない。 「……んで。その雌は、子供産み続けるから中々攻撃はしてこない。近寄ると全力で噛み付かれたり、飲み込まれたりするけどね。 子蛇は大きくない。一般的な青大将位……あ、十分大きいか。攻撃手段は噛み付く、巻きつく位。毒持ち。 あんまり巻きつかれると動き阻害されるかも。倒すのは楽。 大蛇は死毒持ち。加えて、遠距離攻撃続けるとノックバック付きの薙ぎ払いを仕掛けてくる。 因みに、飲み込まれたら幾らあんた達でも危ないからね。場合によっては大怪我は避けられないよ。 ……腹の中では行動不能。吐き出してもらうには、まぁ……全力で攻撃叩き込む位しかない。中の人に被害は無いから安心して」 以上かな。淡々と話を進めたフォーチュナは、小さく吐息を漏らす。 無表情。しかし、ほんの僅かに心配げな色を浮かべて、首を傾けた。 「……危ないからね。ちゃんと気をつけてよ。帰ってきたら報告宜しく」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月01日(木)23:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 重い物を引きずる、音がする。 依頼通りにやってきたリベリスタに気付いたのか。 人気の無い広場の隅で、白い影はのそりと、首を擡げていた。 地面と接する腹の辺りからは、既にわらわらと小さな白が生み出されている。 脅威。しかし、リベリスタ達が事前に練った策は、その脅威を押さえ付けるに足るものであった。 「せめてサッパリと逝ってくれよ」 覚醒者食いの蛇。根絶やしにするしかない天敵。 微かに眉を寄せて『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939) は静かに漆黒の従者を従える。 既に体内に魔力を張り巡らせ終えていた『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816) も、険しい表情で厳然たる意志もつ閃光を放つ。 這い出したばかりの子蛇が何匹か、動きを止める。 煌めきは大蛇まで及んだのだろう、それまで首を擡げ状況を見るだけであったそれが、怒りを顕に頭を揺らした。 食性が変わっている。そして、エリューションである。 それが無ければただの動物。だが、それが有るが故に、討伐すべき物。 もしも、場所が違っていたら。状況が違っていたら。彼らは普通に生きていけた筈なのに。 「……やだなあ」 小さく、本音が漏れる。任務である。分かっていても、アンナは完全に割り切る事が出来なかった。 苦い思いを噛み締める彼女の傍、撃つ為の集中を高め終えた『駆け出し射手』聖鳳院・稲作(BNE003485) はほう、と溜息を漏らしていた。 白蛇。本来なら祀られても良い存在だ。だが、覚醒者を食べる、となると見過ごす訳には行かない。 それに、こんな大蛇相手では、覚醒者とは言え自分一人だったならば容易く食べられてしまうだろう。 「……本当、皆さんと一緒で良かったです」 微かに瞳を潤ませる。流石に一人で丸呑み、なんて事は遠慮願いたかった。 増える子蛇を素早く焼き払う面々の前方。 危険を承知で大蛇に対峙しているのは、『外道龍』遠野 御龍(BNE000865) とバゼット・モーズ(BNE003431) だった。 動かない白蛇と、増え続ける子蛇。 親蛇の射程に入る事無く、遠距離で子蛇を焼き払う後衛陣の分、前衛に立つ2人が全力で親蛇の体力を削り取る。 近寄れば危険、放置すれば物量負け。それに対抗する為の布陣だ。 長い髪を靡かせて。雷撃を帯びた捨て身の一撃が、白蛇の胴へと叩き込まれる。 「くっくっく……三高平の龍が成敗してくれる!」 常の間延びした穏やかな口調とは打って変わり。何処までも戦闘を楽しむ御龍。 彼女よりも下がった位置に立つバゼットは、揺らめく闇を纏い状況判断に努めていた。 覚醒者を喰らって強くなる蛇。生きる為であろうと、自分も、そして仲間も食べられてやる訳には行かない。 この蛇が生に突き動かされる様に。自分達もまた、この生を手放すつもりなどないのだから。 「……戦うだけだ」 その声は低く、重い。 ● 矢の雨が怒涛の如く降り注ぐ。 熟練した仲間に、自分はまだまだ及ばない。そう、稲作は思う。 しかしだからこそ、出し惜しみをするつもりはなかった。 弓に結わえられた、紅いリボンが揺れる。戦況は明らかにリベリスタ側に有利に進んでいた。 しかし。白蛇とてただ黙って殺される事を是とする程、甘くは無かったのだ。 矢に塗れた巨大な頭が、ぬるりと動く。 「……来るぞ!」 始動は遅く、けれど、終わりは目にも止まらぬ程の速さに。 挙動に注意を払っていた喜平の声も間に合わない。刺さった矢を振り落としながら蛇の頭が蠢いた後、姿を消していたのは御龍だ。 だらり、と。大蛇の口端から垂れ下がる銀の一筋。間違い無く、御龍が腰に結わえたワイヤーだった。 もしも、飲み込まれてしまった時は。攻撃だけで無く、引きずり出す為に、と結わえたそれ。 使わないで済むに越した事は無かった。最も恐れていた事態だ。リベリスタの間に戦慄が走る。 例えるならば、口の周りを汚したままの様な。 言い様の無い違和感を覚えたのだろうか、垂れ下がるワイヤーを全て飲み込もうと、蛇の頭が持ち上がる。 飲み込まれてしまえば、叩き出す以外に術が無くなる。 宙を舞う銀色の端。アルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)は半ば反射的にそれを掴んでいた。 白蛇。本来であれば福や吉事の象徴であるそれが、今仲間を喰らう脅威となっている。 やれるだけの事をやる。そう、決意していた彼女だからこそ、取れた行動だったのだろう。 しかし、手の塞がれた彼女に、己の身を護る術は残っていない。再び産み出された子蛇が容赦なく、彼女に群がろうとする。 「生まれたばかりで悪いが消えてもらう。あばよ」 親蛇の射程には入らずに。しかし、確実に仲間に纏わり付く脅威を打ち払わんと。 蠢く子蛇の頭がひとつ、『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)の不可視の殺意で弾け飛ぶ。 アンナが追撃とばかりに聖なる煌めきで子蛇を焼き払う中、必死にアルトリアがワイヤーを引く。 奥深くまで呑まれた身体。細く硬いワイヤーは、引く程に繋がる御龍の身体を傷つける。それでも、引き出せない。 飛び散る、光の飛沫。華麗な刺突を以って仲間を吐き出させんとした喜平をも、大蛇は飲み込んで。 力を増したそれは、腹を満たすいきものの感覚に、歓喜の咆哮を上げた。 空気を裂く音と共に、白い尾が鞭の様に叩き付けられる。 2人の覚醒者を腹に収めることで力を増した大蛇は、仲間を助けんとするリベリスタ達を振り払わんとその尾を振るい続けていた。 唯一の救いは、アルトリアが未だワイヤーを手放して居ない事だろうか。 蛇の動きに振り回されながらも、彼女は手を離さない。 「っ……厄介な相手だ……!」 呻く様な声が漏れる。痛む身体、けれど、それでも離さない。 正義の味方でありたい。それこそが、彼女の己の誇りだから。 そんな健闘も虚しく、状況は好転しない。攻撃に特化していた2人が飲み込まれたと言う事実は非常に重い。 危機、だ。このままでは、中の2人も、そして自分達も危険すぎる。 どうしたものか、歯噛みするリベリスタの横を。ぞわり。怖気を覚えるような何かが、駆け抜けて行く。 それまでずっと、己が生命を瘴気へと変え続けて。ぎりぎりの状況まで、己を追い詰めた。 そんな風音 桜(BNE003419)が放った、おぞましき呪詛の一撃。 食べる事に罪無し。されど、喰われてやる義理も無し。 己が姿に少しだけ似た敵に微かな同情を覚えはするものの、桜はその手を緩めるつもりは無かった。 「どちらが生き残るか、尋常に勝負で御座る」 全身に広がる呪詛に呻く親蛇。チャンスは、今しかなかった。 「魂を削るこの一撃、受けて見よ」 「……丸呑みされて消化されるなんざ御免被る」 バゼットが、福松が己の全力を叩き込む。 苦痛の余り、堪え切れなくなった大蛇がその顎を大きく開く。押し出されるように動く、腹の辺り。 その動きに合わせて、アルトリアに引かれたワイヤーと共に。漸く、御龍と喜平は引きずり出された。 意識を失った喜平は、即座に後ろに下がらせる。御龍も痛手を負っていたものの、己の運命を差し出す事で立ち上がる。 餌を奪われた蛇が、怨嗟の叫びを上げる。 戦いは、此処からだった。 ● 「……闇に堕ちしこの力でも、守れる正義はある」 戦いの趨勢は既に完全にリベリスタ達に傾いていた。 呪詛を振るうアルトリアをはじめとするダークナイト達の体力は、己が放つ技の反動、そして受け続ける攻撃で削れている。 しかし、それこそが彼らの強味。振るう技の冴えは増すばかりだ。 「……っとに、無茶するわねダークナイトは」 アンナが溜息混じりに呟きながら、様子を観察し清廉な息吹を桜へと与える。 彼女は敢えて、大技を狙うダークナイト達の回復を制限していたのだ。 それは、それはこのメンバー唯一の癒し手である彼女にとっては、もどかしささえ覚える行為だったはずだ。 だが、そのもどかしさすら糧にする様に。リベリスタ達の攻撃は鋭さを増していく。 雷撃と共に。龍すら断つと謡われる御龍の斬馬刀が親蛇へと叩き込まれる。 足掻く様に尾を振るう親蛇。もし、これが近距離戦闘であったなら。 白蛇の優位が揺らぐ事は無かっただろう。それほどに、彼女は強かった。 だが、しかし。その蛇も、遠距離から打ち込まれる攻撃には為す術が無い。 歯噛みする様に唸る、大きな頭。この状況を蛇が打開出来るとしたら、恐らくは子蛇の動きにかかっていただろう。 しかし、それさえも。 地道に。ただ只管に。仲間が討ち漏らした子蛇を処理し続ける福松によって阻まれる。 己が周囲に劣る。だからこそ、己に出来る事を全力で行うメンバーも居たからこそ、この戦線は保たれていた。 「小さくても蛇さんはおっかないですね! 出来れば近寄りたくありませんが……」 自分と違い、あの大蛇と対峙している前衛はさらに恐ろしいだろう。 心の中で応援の言葉を呟き、軽やかにステップを踏む。 同時に放たれる、幾つもの光弾が白蛇、子蛇諸共撃ち抜いていく。 頭を擡げた大蛇が、再び咆哮する。苦痛。憎悪。そして何より。 我が子が目の前で殺されていく哀しみに満ちた、絶叫。 アンナの表情が、微かに曇る。エリューションだ。危険だ。分かっている。けれど、それでも。 もしも。ある筈の無い例え話を思い、胸が痛む。 それでも、攻撃の手を緩める訳には行かなかった。聖なる閃光で、白蛇を打ち払う。 バゼットが、御龍が親蛇を叩く。福松が、己が拳の身で子蛇を殴り倒し、稲作が光の弾丸をばら撒く。 アルトリアがおぞましき呪詛を大蛇に叩き込めば、半開きの顎から漏れる、微かな呻き声。 既にふらふらと、頭を揺らし始めている大蛇。これが最後だと悟った桜が、前に出る。 馬さえ一振りで叩き斬る斬馬刀を、振りかぶって。 力一杯。振り下ろされた刃が、最後まで餌を求め続けた大蛇の頭を貫いた。 ● 辺りに、静けさが戻る。 残ったのは親蛇と子蛇の死骸。そして、閃光によって命を奪われずに転がる、何匹もの子蛇。 もう、産み出されてはいない。しかし、この子蛇達は死んでは居ないのだ。 放っておけば何時か、今度はこれ等が、あの大蛇の様になる。 そう、理解してはいながらも、アンナの表情が一気に引き攣る。 生まれたばかりのこれを、全て始末するなんて。 しかし、幾ら酷な事であろうとも、遣らなくてはならない事も、彼女は理解している。 ぐ、っと、拳を握り締める。開いた唇から漏れる、血を吐くような声。 「……畜生……神秘なんて大っ嫌いだ」 俯いた。さらり、流れる金の髪が、表情を隠す。 酷く苦い。どうにもならない思いを噛み締める彼女の言葉は小さく、仲間には届かなかった。 淡々と、余力のある者が生き残りを始末して漸く、動くものが居なくなってから。 それまで黙っていた桜が、静かに口を開いた。 「……せめてこの亡骸、時間はかかりまするが埋葬してやりたく存じまする」 何ともいえぬ親近感を覚えていた。そんな桜の提案を叶えるには、場所が足りない。 せめて、とひとところに亡骸を集めてやってから、バゼットはそっと目を閉じた。 自分達の都合で、倒す事になったが、せめて。 「神の御許で、安らかに眠り給う」 祈りの言葉と共に、冥福を祈る。 食事を取る。子を産む。それは、自然の摂理だ。 だが、この白蛇は不運にも、形を変えてしまった。同じく静かに祈りを捧げながら、稲作は思う。 彼女は、脅威だった。被害が出る前に眠って貰う他なかったのだ。 自分自身が必要と思っての、行動だった。そう、確りと胸の内に刻んで。 「……おやすみなさい」 安らかな眠りをと、囁きを漏らす。 その横ではアルトリアが、小さく安堵の表情を浮かべていた。 穴があるこの場所に、安息の日は遠い。 だが、此処に幾つもある脅威の内の、たったひとつでも。討つ事が出来たのだから。 今は少しだけ、喜んでも良いだろう。 誰とも無く、立ち上がる。 あの日以来、姿を変えた公園を、一度だけ振り返って。 白蛇の餌となる事無く、脅威を打ち払った彼らは静かに、その地を後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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