●鬼子母神の槐 「おぉい! ミキ! 早くしろよー!!」 「まってー! いま行くからぁー!」 雲一つ無い真昼の冬晴れの空の下、寺の境内をまだ幼い子どもたちが駆けていく。 年の頃は小学校2、3年生ほどだろうか。男の子がふたりに、女の子がふたり。それぞれに背格好はばらばらだったが、ただひとつ、揃いの黄色い帽子を被っていることだけは共通していた。 ミキ、と呼ばれた少女が先にいった3人に追いすがろうとするうち、あっと声をあげ立ち止る。 「ミキちゃーん、どうしたのー!」 「ダイキくん、リキくん、マキちゃぁん! こっち! こっちだよー!」 ミキが大声をあげて指差すのは、神社の奥まった一角。 そこには、半ば枯れかけた一本の槐が植わっていた。 それを見るや、3人の子どもたちもすぐさま引き返し集まってくる。幹に張られた注連縄を見るに、これがこの寺の霊木なのだろう。しかし、一見ではとてもそうとは思えない有様だ。 「何コレ。しょぼくね?」 今度はリキと呼ばれたややふくよかな少年が、興ざめだとばかりに赤い頬を膨らませる。その隣で観光案内を広げる眼鏡の少女、彼女がマキなのだろう。 「でも、他にないでしょ。コレだよ。『鬼子母神の槐』って」 「うわ、マジかよぉー」 「だったとしてもだよ、ほんとにいいのかなぁ……? もしかしたら、大事なものだったりして!」 だってほら、これ……。ミキが観光案内に書かれたその木の名前を不安げに指でなぞった。その様子を見て、リーダー格と見える少年、ダイキが笑う。 「ミキは心配性なんだよ。マガキ兄がこれでいいって言ってたし、大丈夫だって」 境内に響く賑やかな声に、住職と思しき壮年の男性が気付いてやってきた。きょとんとして見上げてくる子どもたちに、住職は穏やかな笑顔で話しかける。 「学校の宿題かな? 何か聞きたいことがあるなら答えるよ」 「えっと、じゃあ。『鬼子母神』っていうのは、鬼の仲間なんですか? もしかして温羅さ……」 マキの質問を聞いた住職は笑って首を横に振った。 「まさか。鬼子母神さまは安産や子育ての偉い神様だよ……鬼の仲間どころか、悪い鬼から君たちを守ってくれますようにって、この神社ではお願いしてるんだ。中でもこの木はずっと古くからこの岡山を見守ってきた、大事な御霊木でね――」 その答えを聞いた子どもたちは顔を見合わせ、ひそひそと内緒話を始めた。一瞬何事かをやり取りしたのち、全員が頷く。どうやら意見がまとまったようだ。 「じゃあ、いいや」 ずぶり。 ダイキが言葉を発し終わると同時に、鋭く尖ったものが住職の脇腹を貫いた。 「ぐあっ……っ」 「あ、ごめんおっちゃん。外した」 なんら悪びれた様子も無く片手をひらひらと振って、ダイキが凶器――自らの腕を引き抜く。 さっさと壊しちゃおうぜ。 その言葉に従って、他の3人が一斉に霊木に攻撃を加える。 元より朽ちかけていた霊木はいとも簡単に粉砕され、はらばらに吹きとんだ枝が境内に広がる血だまりの中へと落下して波紋を描いた。それでもまだ飽き足らぬと、子どもたちはあらん限りの暴力を無邪気に振るい、周りの全てを蹂躙し尽くしていく。 「な、なんて事……何なんだ、君たちは……ッ」 「俺? そうだな――」 1人残っていたダイキが思い立ったように、地に伏しうずくまる住職に思い切り蹴りを入れる。 「じゃあ『クソガキ』でいいや」 人間の言葉では、今はそう言うんだろ? にやり。犬歯のような刃が光り、頭の帽子がぱさりと落ちた。 柔らかな栗色の頭髪の中からは、2本の角が突き出していた。 ●鬼ごっこ 「岡山の鬼事件はもうみんな知っているよね。あの事件に進展があったの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を見回して言う。 「この間アークのリベリスタが『禍鬼』と呼ばれる鬼と接触したわ。どうも鬼達がその『禍鬼』をリーダーに、共通の目的を持って動き出そうとしているらしいの。気になる情報でしょ?」 それは彼等の王、つまり鬼の王『温羅』の復活。 吉備津彦の手により、長きにわたって次元の狭間に封印されていた鬼達だが、先日のジャック事件で日本の崩界が進んだ事によりその封印が緩み、姿を見せ始めたのだという。 それでも『温羅』を含む鬼の大部分が未だ封印状態にあるのは、岡山県内に数多く存在する霊場、祭具、神器等が、鬼を封印するためのバックアップとして機能しているためだ。 鬼自体は強敵にせよ、それがある限り対処不能な程の大物クラスが出現する事はまず無いだろう。 ――貴方たちなら、そこでどうする? イヴが問うた。 「勿論、これを破壊するよね。お察しの通り、禍鬼が仲間の鬼を集めてそう動いてきたのを万華鏡が感知したわ。それも、ただ霊場を破壊するだけじゃない……陽動として、岡山街中での虐殺行為を同時に決行しようとしてる」 リベリスタを良く知る禍鬼だからこその残酷な謀略。 霊場襲撃と虐殺行為、そのどちらにも対応しようとすると――必然的にアークの戦力を割く事になる。 そうは分かっていても、どちらも見過ごす事はできない。リベリスタ達は自然と歯を食いしばった。 「……貴方たちに向かって欲しい場所は、ここよ。境内に鬼子母神の槐、っていう御神木があって、それがこのお寺の封印の要。これだけは、何としても守り抜いてほしいの」 イヴはそう言って地図と写真を見せた。写真に写っている木は朽ちかけており、とてもそう大層なものには見えない。 「敵は、一見子どもみたいな鬼が4体。その姿を利用して、白昼堂々街中を通り抜けて襲撃してくるみたい。今まで出てきていたやつらとは違って、あっちもそれなりに考えて行動するはずだから気をつけて」 クソガキ。 万華鏡の映し出す映像が途切れるその前に、少年は自らをそう名乗った。 恐らくそれが彼らの行動を表す全て。 「詳しい資料はもう残って無いけど、鬼の王ともなればアザーバイドの枠を超えたとんでもない化物の可能性が高いわ。禍鬼の企み、リベリスタとして絶対に見過ごせはしないでしょう?」 未知の強敵。でも貴方たちならやれるって、信じてるから。 イヴはそう締めくくり、判明している限りのデータをリベリスタ達に託すのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:日暮ひかり | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月02日(金)23:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●1 カーブミラーに映る己の姿をちらと見、不審でないことをダイキは今一度確認する。 身につけているものは、全て近所の家や衣料品店から穏便に盗難した品だ。 (バカな連中と一緒にしてもらっちゃ困るんだよ) 今からきっと遭遇する未知の敵は、どうやら人道なんてものを気にするらしいから。 こちらも目立たぬよう、素早く、鮮やかに。 でなければ挫折のさせ甲斐がない。 そう思いながら目的地の寺へと入る。すると―― 「やあやあ、我こそは。桃太郎の末裔であるぞ。鬼よりこの場を護ろうぞ。畏怖するならば退け、退け!」 現代に蘇った吉備津彦、その人かと見まごう青年は『剣を捨てし者』護堂 陽斗(BNE003398)だ。 その周囲に控えて並ぶのは年代も性別も様々な人間たち。総勢7名の姿が見えた。 「だ、だれ? お兄さんたち」 ミキが怪訝そうに問い、4人……いや、4匹の『クソガキ』達は、きょとんとして顔を見合わせた。 ――遡る事数十分前の話である。 ●2 「すみません、このお寺のひとでしょうか」 本堂の外から控えめな声が響く。 住職が入口方向を振り返れば、柱の脇に金髪の小柄な子供が立っていた。 「今、お芝居の練習をしていて……そこの広い所、かりさせてもらえないでしょうか。ちょっと大きい声出したり、騒がしい音とかするかも知れませんが……まだないしょなので、見ないでおいてもらえると嬉しいです」 『祓魔の御使い』ロズベール・エルクロワ(BNE003500)が打ち合わせ通りそう説明すると、住職は笑って首を傾げる。 「そういえば、そろそろ雛めぐりの季節だったかねえ。学校で出し物でもやるのかな」 「あ……はい」 地元の催し物はよく知らなかったが、ロズベールは咄嗟に話をあわせた。 相手が大人であったなら、他にいくらでも借りれる場所があるだろうし、こんな昼間から何故わざわざここでと怪しまれたかもしれない。年齢的に彼は適任だった。 「そうかい。じゃあ、お楽しみにしておこう。頑張ってね」 「たすかります……有難うございます」 住職が人当たりの良さそうな笑みでロズベールを見やる。嘘をつく罪悪感にすこし胸が痛んだが、背に腹は代えられない。 (無関係な人をへいきで巻き込める『クソガキ』は、ロズが裁きます。主よ、どうか、このかたをお護りください――) 例え信ずるものが違えど、同じ神に仕えた身。心は通じるだろう、そう信じて祈った。 胸の前で軽く手を組み、丁寧に一礼して本堂から表へ出る。 「どうやら、まだ俺の出る幕ではないようかね」 「はい、うまくいったみたいです」 こくりと頷くロズベールに、本堂前に控えていた『Dr.Faker』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が口元だけで笑みを返した。 いざとなれば実力行使に出る手段も用意していたが、使わずに事が運ぶならばいい。胸を撫で下ろし、ロズベールは仲間達のもとへと向かう。 無名の寺とあって、元々人通りは多くはない。 結界を使えば通りすがる一般人の姿も無くなり、戦闘準備は滞りなく進んだ。 『深樹の眠仔』リオ フューム(BNE003213)は目星をつけた戦闘地点からの距離を測り、落ちていた木の枝で立ち位置の目印をつけていく。 (鬼とはいえ、子供を攻撃するのは気が引けるわね。平和的解決とはいかないものかしら) 異界の来訪者自体は嫌いではないし、出来る事なら争いは避けたいと思う。 「リオさん!」 『蜂蜜色の満月』日野原 M 祥子(BNE003389)、そして陽斗も同じ気持ちだった。だからこそ、リオの浮かない表情の理由を察すれば歩み寄り、お疲れさまと一声かける。 「見た目は小学生なのにね。せめてもう少し凶暴な顔してれば戦いやすいのに」 「忍びないですね。けれど相手は鬼。封印は解かせない。人も殺させたりはしません」 「そうね、あの子達を放っておけばきっと多くの被害が出る」 避けては通れぬ殺戮に、複雑な思いを抱えて歩くのは自分だけではない。言葉を交わせば、緊張もほんの少し和らいだ。 (責任重大な役目。惑わされて情をかけるわけにはいかないわ) 自らの身体を盾とし、鬼の攻撃から封印を守る最後の防衛線は自分。祥子が気持ちも新たに、護るべき御神木『鬼子母神の槐』を見上げた――そのときだ。 「奴らが来た」 感情探知に集中していた『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が顔を上げる。 「強い感情が4つ、こっちに向かってくる。無邪気で純粋な……」 『悪意』そのもの。 相手に不足は無いと吐き捨て、綺沙羅が空を浅く睨む。 「あらあら、まあまあ。無邪気ほど怖いものって、ないわね」 それを聞いた『作曲者ヴィルの寵愛』ポルカ・ポレチュカ(BNE003296)はふわふわと笑い、ピンクガーネットの瞳をぼんやり細めた。 「おにさんこちら、てのなるほうへ。さあさ、すべてひとしく平等に。鬼退治を、はじめましょう」 ●3 このような経緯を経て、リベリスタと鬼は今、白昼の寺の境内という舞台で相まみえた。 今は芝居の練習中。心中でそう唱え、『超重型魔法少女』黒金 豪蔵(BNE003106)が口を開く。 「遅刻とは感心しませんな。約束の時間はもう随分過ぎておりますぞ……リキ君?」 「ちょ、オレだけ!?」 「――バカ!」 考えなしに反応したリキにダイキが舌打ちする。念の為ではあったが、間違いあるまい。 睨みあう豪蔵とダイキ。しかし、その緊張も長くは続かなかった。 「キャー!!」 豪蔵の奇天烈な出で立ちを目にし、固まっていたミキが恐怖の奇声をあげる。 男心へのダイレクトアタック。でも豪蔵には全然効いてない。 「な、なんでピンクなの! どうしてフリフリなの……意味が分からない……」 マキもわなわなと震えながら眼鏡を上げ下げしている。鬼をここまでひかせるとは、ある意味凄い。 「おおっと失礼、体が滑りましたぞ」 「いやあああ! こっち来んな!!」 「あーもううるせぇな!! わかった。マガキ兄の言ってた『リベリスタ』って変な奴ら、オッサン達だろ」 角を確認しようと試みる豪蔵と、そうはさせまいと揉み合いになる鬼一同をダイキが一喝する。 「いかにも。自らを『クソガキ』と自覚するのでしたら、それなりの覚悟が出来ていると言う事でしょう。このジャスティスレイン、全力で『お仕置き』してさしあげましょうぞ!」 「御丁寧にどーも、話が早くて助かるよ。ならさっさと邪魔なオッサンたちをぶっ殺……」 「生意気な口は慎みたまえ。お兄さんたち、だ」 「!? 誰だ――」 そこに居たのは『7名』。 欠けた最後の1人は、まるで思いもよらぬ場所を舞台袖とし潜んでいた。 「お前ら、下だ!」 境内に広がる石畳を指差し、ダイキが叫ぶ。しかし正確な居場所は特定できない。 「フフ……子供の鬼が大人のリベリスタに打ち勝とうとはな。まだまだ知略が甘い。それを見せてやろう」 片目を瞑り取るべき動きをイメージする。先ず崩すべきは守りの要。物質透過能力で地中より音も無く姿を表したオーウェンが狙うは、リキ。 「うおおッ!?」 恰幅豊かな身体を下から蹴りあげ、怯んだ隙に光のナイフで一撃を加える。鬼たちが一斉に此方に注目した――計算通り。 その一瞬を見のがさじと、陽斗が陣営後方で目くらましの発煙筒を焚く。自分達の視界も悪くなるが、これも鬼の攻撃から神木を守るための作戦。やむを得ない。 「おい卑怯だぞ、オッサン!!」 もくもくと広がる白い煙の向こうで、リキがわめいている。 相手から距離をとったぶん、煙のすぐそばに位置するリオからはその顔がよく見えない。彼女にとってはせめてもの救いだった。子供を撃つのは、胸が痛む。 (いじわるして、ごめんね) 唇を結んで懸命に弓を引きしぼり、声のする方向だけを頼りに放った呪いの弾丸。思いを乗せた矢は、それでも真っ直ぐに命中した。――はずだった。 「いっ、痛ったぁぁあーいっ!」 「え……?」 確かにリキを狙った手筈だったが、聞こえたのはミキの悲鳴。 狙いを外したか。リベリスタ達に若干の焦燥が生じる。 「……なーんちゃって。残念でしたー!」 きゃはははは……ミキの笑い声が響きわたる。 オーウェンには、今しがた自分とリオがつけたリキの傷がみるみるうちに塞がっていくのが目の前ではっきりと見えていた。ホーリーメイガスの浄化の鎧に似た力――しかし、纏うのはもっと禍々しい紅のオーラ。 「――!?」 別方向から放たれたそのオーラが、オーウェンの身体にも纏わりつく。 (何だ、この感情は――!) 胸の内から溢れだす根拠のない憎しみが、組み立てた筈の計算を阻害する。次は何を狙い、誰を討つ算段だったか。そんな事がちっぽけに思えるほど、ただ――目の前で小賢しげに笑うガキを殴りたい。 「オーウェン様! 今回復させますぞ!」 豪蔵が放った渾身のポージング。その輝きも黒い衝動を打ち破るには至らない。 頭を抱え理性と戦うオーウェンの顔を覗きこみ、ダイキが囁く。 「訂正してあげるよ、おにいさん。面白い技使うじゃん……マキ! リキ! コイツはオレが引き受けた。隠すってことは間違いねえ。お前らは木を狙え!」 「わかってるわよ! モグラのお兄さん、バイバーイ!」 オーウェンの横をすり抜け、木を直接狙い撃てる距離までマキが走り込む。やはり、彼女がスナイパーの役割か。それにリキも追随していく。 「させないわ、お嬢さん。あたしが居る限り封印には指一本触らせないよ」 いかなる攻撃も受け止める準備は出来ている。神木の手前で祥子が勾玉型の双盾を構えた。 (子供の鬼だからクソガキか。単純だけど言い得て妙) 一連のやり取りを聞いていた綺沙羅は、改めてその呼び名に納得する。けれど、口の悪さならば彼女だって負けてはいない。 「奇襲に気付かないとは、予想より大した事ない奴らだ。温羅っていうのも後ろから殴ったらコロッといっちゃうんじゃないの!」 「そんな事ないもん! 温羅さまは世界一無敵最強かっこいいから!」 式神と共に放った言葉はミキの怒りを買ったようだ。 「あっさりかかったな。バーカ」 更に追い打ちも忘れない。 「悪い子でも別に構わないけれど、悪い子はお仕置きされちゃうって、知ってた?」 足音さえも響かせない、軽やかなステップを悪い鬼の子への子守唄に。 銀の髪を風に踊らせ、ポルカが剣を振るった。 「わん」 腕を斬る横薙ぎの一撃。 「つー」 そのまま斜め上に斬り返し、ミキの胴体を引き裂く。 「……すりー」 最後にその胸を一突き。 普段の彼女からは想像だに出来ない、澱みなき連撃。譜面を詠むようにポルカは舞い、その動作を終える。 剣を引き抜くと噴水のように血が噴き出し、境内に赤い花を散らしていく。幼い子供特有の甲高い悲鳴にリオと祥子がぎゅっと目を瞑った。 「ざんねん。ぼくも鬼なのでした」 返り血を浴び、からかうようにべっと舌を出すポルカの唇から、鋭利な吸血鬼の牙が覗く。 仲間なのにどうして――? そう言いたげに、崩れ落ちたミキの表情が泣き出しそうに歪む。 「温羅さま……」 役に立てなくてごめんなさい。 最期の言葉は音に成らず、彼女は醒めない眠りの中へと落ちてゆく。 ●4 「仲間が死んでしまうのは、怒りが募りますか?」 諭すような陽斗の声が戦場に響いた。それを聞いたリキがへッ、と鼻で笑う。 「知るかよ。別に仲間じゃねーし。お互い『使える』からつるんでるだけだ」 なあ? リキが問いかけると、ダイキとマキもくすくすと笑った。 「目的達成のために空いた穴をどう埋めるか――今もそれだけ考えてる。あんたたちとはココの出来が違う」 ダイキが指差したのは、頭、ではなく、心臓。 可愛い子供の口から、次々滑り出る冷たい言葉。予想していなかったわけではないけれど。 陽斗が放った浄化の光も、相変わらずオーウェンにかかった怒りの呪縛を打ち破ることができない。回復は断ったが、このままだと次に木を狙い打たれることは確定的だ。 まだ甘いのだろうかと心が痛んだ。しかし、陽斗は首を横に振る。 「僕達人間は、仲間が殺されたらとても悲しい。鬼が復活したら大勢の人の命が危険に晒される。だから何処までも抵抗します。人間は、貴方がたが思うほどに弱くはありません」 伝えたい。人の温かさを。護りたいという思いが、一体どれだけの力になるか。 あわよくば退いてくれればとさえ思っていた。けれど……やはり討つべき脅威。 リオの矢が脇腹に命中しても、マキは動じない。引き抜く事もせず、煙で霞んだ神木の影を見やる。 「私たちね、温羅さまの封印さえ解ければいいの。誰が死んでも誰のせいでもない。そいつの運がなかったか、弱かった……それだけ!」 ぽたり。血が滴ると同時に、マキの指から散弾銃のように紅のオーラが飛散しリベリスタ達を貫く。 白煙に巻かれ攻撃が良く見えない。しかし祥子は目をこらし、弾丸の方向を見極め受け止める。 決死の砲撃は二回繰り返された。次々に襲う弾丸。丈夫な身体といえど、かなりの衝撃。 「どけよォ!!」 リキが巨体に見合わぬ跳躍で上に飛び上がり、祥子の身体を勢いよく押し潰す。弾で受けた傷口が開き、血が噴き出した。それでも祥子は懸命に立ち上がる。 「絶対に、解かせない……っ!」 これは、人間と鬼の意地のせめぎ合い。 「あきらめて立ち去ってください……! でないと、地獄におちますよ」 前線より駆けつけたロズベールが振るった剣を、マキは機敏な動作でかわした。 キーボードを弾く指が止まる。綺沙羅は気付いた。 マキか。ダイキか。自分はダイキと認識していたが、次はどちらだ――? 味方の攻撃優先順が噛み合っていない。ここに来て、それが戦局に響き始めている。迷いながらダイキに放った符術は叩き落された。続くポルカの攻撃も、やはりかわされる。 大人をからかうものじゃないわよ。低く響くポルカの声に、ダイキがまた笑う。 「からかってなんかないさ。ていうか、手加減してくれてるんじゃなかったんだ?」 「いい加減にしたまえ」 冷静さを取り戻したオーウェンがダイキに呪印を刻む。身体の自由を奪われても、少年は動じない。 「マキ、いけッ!」 マキが再び攻撃の構えをとった。リオの攻撃もマキを沈めるには至らず、再び紅の弾丸が飛び交う。 『皆を……守って』 あの日、自分に自らの力を託した少女の声が響いた気がした。封印が破壊されたら、鬼が復活させたら、彼女との約束はどうなってしまうのか。 (お嬢さん……見ていてくだされ!) 豪蔵の呼びだした天使の声は、まるで本人の姿とは程遠い澄んだ少女の歌声。朦朧とする意識でそれを聴きながら、祥子は必死に足を踏ん張った。けれどそれも限界――再びのリキの鉄槌でついに祥子が倒れる。 ロズベールの放った暗黒の瘴気が、マキに止めを刺したのとほぼ同時だった。 「……やるじゃん、お姉さん」 白煙の向こうから、マキが呟くのが聞こえた気がした。 「悪い子に褒められても……嬉しくない、わ」 うっすらと笑みを浮かべ、祥子は瞳を閉じる。仲間達に全てを託して ●5 守り手を失ったものの、鬼の攻撃は凌いだ。 逃がすつもりなど毛頭なく、リベリスタ達に残された仕事は木に迫らんとするリキとダイキの行く手を阻み撃退するのみ。 の、筈だった。 綺沙羅の感情探知が異変を察する。これは…本堂の中。『焦り』と『驚き』。 まずい――そう思った瞬間本堂の扉が開く。 「な、なんだこの煙は! 火事か!? 君たち、一体何を……」 (発煙筒――!) 戦いが長引いている間に煙が広がり、本堂の隙間から入りこんでしまったのだろう。 さすがに異常な状況。住職を拘束しておかなかった事を今更ながらに悔やんでも、遅い。二つの条件がこの綻びを生んでしまった。 第三者の存在に鬼たちも気付いてしまった。仲間に断りを入れている余裕は無い。綺沙羅がスタンガンを手に走ったのと、ダイキがそちらへ向かったのは同時。速さでは及ばず、先に辿りついたのはダイキの方だった。 「来るな!!」 住職を殴り付けて気絶させ、盾に取ってダイキはリベリスタ達に向き直る。 口から出てきたのは、予想通りといえば予想通りの言葉だった。 「こいつを助けてやる代わりに、封印壊させろよ」 誰も答えない。 一般人1人の命と、ここだけではない温羅の封印のどちらが重いのか。 その微妙な比重は選択の意志を鈍らせる。 沈黙。暫くののち、ダイキがけらけらと笑った。 「その顔。わかったよ。じゃあこいつを助けてやる代わりに、オレとリキは逃げさせて貰う。これなら?」 とても勝ち目が無いから、と。 どこかに潜んでたちの悪い悪戯を繰り返すのかもしれない。 または再び目の前に現れるかもしれない。それでも。 「……分かった。呑みましょう。だから住職を離して」 リオは懸命に訴えた。 それでも私は、いつか貴方たちと分かりあえるのを待ってるから。と。 ダイキが豆鉄砲を食らったような顔をする。 ――なめてんじゃねぇよ。 そう言い残し、鬼の少年たちは住職を置いて街に紛れていく。 最後の言葉はどこか戸惑っているようにも聞こえた。 遠くから消防車のサイレンが響く。早く立ち去らなければまずい。 どうにか封印は守った。しかし、その脅威を削ぎきることはできなかった。 「クソガキが」 ポルカが振り返り、ぽつりと漏らす。 鬼子母神の槐だけがそれを聞いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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