● あれからのことは、記憶にない。 目が覚めたらここにいたのだ。 山頂へと急ぎ、見晴らしのよさそうな木を選んで駆け昇った。 星を見て、月を見て、少し考えこむ。 そして気がついたのは星の位置が、知っているものとすこし違うということ。 ――恐れていたことが起きたのだと、気がついてしまった。 星の位置は、長い時間の中でゆっくりとずれていくと、戯れに教わったことがある。 鬼であれば、それを目にすることもあるだろうと。 半鬼であるわたしたちが見ることができるかどうかは、わからないと。 いま、それをわたしは目にしている。 ――わたしたちは、あのニンゲンに封じられてしまったのだろう。 あれから、おそらくかなりの年月がたってしまったのだろう。 月と山の位置を頼りにすれば、それでも大まかな場所はわかる。 だが、わかったからといって、どうすればいいのだろう。 にいさま。 兄様を探さなければ。 あの木のうろに身を隠さなければ。 小さな頃からの約束。 何かがあれば、あの木のもとで落ち合うと。 くん、と匂いを嗅ぎ、わたしはむせる。 なんと汚い空気なんだろう。ひどい臭いが山裾、数えきれぬ光のあるほうから漂っている。 ニンゲンは相変わらず、醜い。 ● 「鬼だ」 机の上に書類を並べ、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は一言告げる。 何を言いたいのかわかりにくいのは、いつものことだ。 「岡山で鬼が関わる事件が頻発していたが、それについて進展があったのは知ってるな?」 リベリスタたちの表情を見見回してうなずきながら、 伸暁は言葉を続けた。 「この間の事件で接触した『禍鬼』たちだが――あいつらの目的はどうやら、鬼の王『温羅』の復活らしい。 鬼たち自体、強敵だ。だがその王ともなれば、唯のアザーバイドじゃすまないかもな」 言葉は軽いものだが、その端整な顔に浮かぶ表情は険しい。 「あいつらはずっと昔に封印されたらしいが……多分、日本の崩界が進んだせいだろうね。 封印が緩んで復活し始めた、ってとこだろうさ。 だが所詮は緩んだ程度、さっきの王様を含めて、ほとんどはまだ封印状態のようだ。 ――理由はわかってる。封印のバックアップが機能している為だ」 言いながら、一枚の書類を指し示す。 伸暁が示したその書類には、岡山に存在する霊場、祭具、神器等がいくつかリストアップされていた。 「この状態ではキングを起こすことはできない、となれば――お前たちならどうする?」 「……バックアップを、壊す……」 「そういうこと」 リベリスタの答えに、満足そうに頷いて伸暁はまた別の書類を取り出した。 今度の書類は、少し厚みがある。 「今あいつらの中心にいる『禍鬼』は、リベリスタってのがどういうものか、よくわかってるみたいでね。 白昼堂々いろいろやらかしてくるつもりみたいだ。その間にバックアップを壊しに行く、と。 どっちも放って置くわけに行かないのが、リベリスタってもんだよな」 ふう、とため息を吐いて伸暁が言葉を切る。 「何か今聞いておくべきオラクルはあるかい? 奴らのサルヴァトーレがアドヴェントすることはなんとしてでもフロム・ザ・クレイドル・トゥ・ザ・グレイブだ」 ――どうやらさっきまでは説明の為に我慢してたらしい。 ● 昔、そのあたりには鬼がいた。 鬼は戯れに人の娘を嬲り、そして娘は鬼の子を孕んだ。 人里に返された娘が生んだ子は、人の子とは違う形をしていた。 里の者は、その子供を蔑んだ。 その様たるや、路傍の石の様に目に入らないものとして扱われた方がいっそましだったかもしれない。 人に絶望を覚えた幼い兄妹は父の――鬼の元へと逃げた。 混じりモノ、半人半鬼。 鬼たちは二人を道具として扱ったが――虫にも劣る扱いと、気まぐれに手入れされることもある道具と、どちらのほうが良い扱いなのかなど、考えるまでもなかった。 ● 「あの木が……」 呆然と呟く少女が立ち尽くしていたのは、S小学校の前である。 百年以上その場に建つ古い小学校ではあったが、少女の記憶はそれより古い。 ここのはずなのだ。 山も、川も、間違いなくこの位置だと確信を持たせてくれる。 だというのに、ここはいつの間に、ニンゲンの土地となっていたのか。 立ち尽くす少女に、校庭で遊ぶ子供が気がついた。 「ずぶ濡れだ、どうしたの?」 少女の服装は、そのあたりで見かけたニンゲンの姿を見て、洗濯物をかっぱらった物だった。 当然冬の日の中では乾いておらず、ずいぶん寒そうに見えたのだろう。 「あ……」 「こっちおいでよ、あたしの体操服で良かったら貸してあげる」 同じくらいの年格好。 どうしてこの子はこんなにがりがりなのだろう、と首をかしげて、小学生は手を伸ばす。 「あたし、4年の、ゆみ! あなたは?」 「……ハナ……」 どうしてこの子はこんなにふっくらなのだろう、と首をかしげて、恐る恐る、その手を取る、ハナ。 手も、まるで絹のように滑らかで。 「せんせー! 服の予備とか、ない? あたしの体操服貸しちゃるけ思ったんじゃけど、寒いとおえん!」 ゆみが大きく手を振って、教諭に声をかける。 寒さのためか、給食後の休み時間だったが、校庭にいたのはその教諭と、ゆみの二人だけだった。 どうしてこの子は、こんなにも朗らかなのだろう。 わたしに、服を貸すなどと言い出すのだろうか。 貸した後、それに恩を着せるつもりなのだろうか。 子供とはいえ女は女と、あの時のように、男の輪に連れて行かれるのだろうか。 嫌だ。 いやだ、嫌だ、いやだイヤだいやだいやだ! 「――え?」 ゆみは、呆然とした声を出した。 手が軽くなった。 いや、手がなくなった。 肩からすっぱりと、あれ、血が、いっぱい出て 痛みを感じる前に、頭を蹴り砕かれて、ゆみの命が終わる。 教師の悲鳴が響き、何事かと教室から子供たちが顔を出した。 どの子も、ふっくらと、血色が良い。 わたしのようなつらい思いをしたことなどなさそうな、幸せそうな、憎たらしい―― 盗んだワンピースの下から、血を滴らせた赤い脚をのぞかせて、ハナは吠える。 「みんな、いやだ! きらいだ、死んじゃえ!!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月03日(土)00:24 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 私の脚を入念に踏み砕きながら、ニンゲンの男たちはいつも嗤っていた。 痛みや嫌悪に抵抗するたび兄様のツノが砕かれ、牙が抜かれた。 ならば耐え切ることが出来れば、兄様は無事でいられるのだろうか。 そう思い、堪えたこともあったが――そんなことはなかった。 ――わたしたちの怪我など5、6度ほど日が昇った頃には治っているのだから、良い玩具だったろう。 与えられる苦痛は何時まで経っても繰り返され、どころか徐々に酷くなっていった。 『鬼が人の娘を嬲ったのだから、人が鬼の娘を嬲るのは、許されてしかるべきだ』 誰かが言ったその言葉に、わたしは安堵した。 ――ああ、良かった。わたしはニンゲンではないのだ。 この残虐非道な、ニンゲンとは別の生き物なのだ。 ● 血の跡が、長い年月によく踏まれて黒く光る木の廊下に続いている。 一目見るだけで、勘を働かせるまでもなくその先にいることがよくわかった。 痕跡を隠すよりも早く、次の目標に移ろうとしているのだ。 人を寄せない結界を張ろうと手早く印を結び、『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が己に言い聞かせる。 (冷静に、確実に、効率的に。……怒りは、今は後回しだ) だから彼は今、後ろを見ない。 エルヴィンが今は見ないと決めた場所に駆け寄った『ヴァルプルギスの魔女』桐生 千歳(BNE000090)が首から上をどこかにやってしまった少女を布団で隠し、事態を飲み込めぬまま、遺骸の側で蒼白になって震えていた教諭の肩を掴んで揺さぶった。 「殺人鬼が学校に紛れ込んだ! 学徒を教室に集めて待機なさい、校庭は絶対に見るな!」 色違いの瞳が及ぼす魔力に魅入られて、教諭は首を幾度も縦に振る。 教室から子供たちが顔をのぞかせる。 教諭の悲鳴にすっかり怯えた子供もいれば、何事かと顔を輝かせる子もいる。 ただ、ほとんどの子らの表情に共通するのは、好奇心。 校舎の目前で起きた事件は窓からは見えにくい位置で、少なくともこの学級の子供たちの目には、幸いにしてか、不幸にしてか、触れていないようだった。 血で作られた足跡を追う『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は臍を噛む。 目の前の学級の担任らしき女性は、子供たちを教室に止めようと声を荒らげて廊下に出た所で、見知らぬ少女に気がついた。――気がついてしまった。 アリステアは声を上げる。早く、早くハナの興味をこちらに向けなければ。 「きみ、それはどうしたの!?」 「おねえちゃん、どうしたの?」 血に濡れた姿に驚く担任の声、それとほとんど同時に掛けられた声に少女はぎょっとした顔で振り返り、アリステアの羽を、そしてその少し後ろを飛ぶ山田 茅根(BNE002977)の姿を目にした。怒りに満ちた表情のまま、ハナは威嚇と警戒か、鼻に皺を寄せ――振り向きもせず背後の教諭を殴った。 「あ、え?」 疑問符だけが教諭の口からこぼれる。 腹に大穴を開けて、その穴にハナの手が入っているから、倒れることもできない。 「――え?」 「きゃあああ!!」 背後の子供のうち、すぐ側にいた数人から悲鳴が上がり、幾人かの子は背後へと走りだす。 教諭の異常にまだ気がついていない子供たちの、アリステアの羽や茅根の僅かに宙に浮く姿――茅根は羽を幻視で隠していたが――への視線にも興味を持たず、呆れの滲む声を茅根が漏らした。 「よく状況も分かってないのに、友好的に接して来た相手を殺害するとは短絡にも程があります」 これではしあわせは掴めそうにないですね、と短く続ける。 「……ニンゲンの味方、だね」 半眼で睨んだハナの言葉は、確認するようなものではなく、断言。 鬼の勢力の一員としてリベリスタに封印された少女には、その神秘も見慣れたものだった。 「マジリさんの片割れめっけ!」 悪化する状況に、笑顔を曇らせそうになりながらも『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)が叫ぶ。 ――その名前を無視することは、鬼の娘にはできなかった。 「なぜその名を?」 ハナが教諭の体から手を引きぬくと、既に生き絶えた女の亡骸がどさりと床に落ちる。 倒れた担任の姿に、今度こそ、子供たちは事態を理解した。 「う、うわあああ!!」 「たす、助けて、先生が――!」 「逃げろ、とにかく逃げろォ!」 「何なのあの人達!?」 悲鳴と、怒号と、誰何が混じり飛び交う。 「せん、せ?」 腰が抜けたのか、床にへたり込んだまま、歯の根が合わない声で呼びかける少年が一人、その女性の体に触れようとする。それに気がついたハナが少年の手を踏み砕こうと足を上げ、 「其処までっすよ。ハナちゃん。これ以上はダメっす!」 少年の体を押しのけて割り込んだ『理想狂』宵咲 刹姫(BNE003089)が、声を張り上げる。 人が異端を嫌う以上、迫害の対象にしかならない。それはわかる。 (だけどその辺はあたい達も同じで、そうならない為の神秘の秘匿。 力と感情の抑え方、異形の身を隠す術が必要不可欠っす) それでも刹姫は、半鬼と革醒者とに大きな違いはないと、そう考えていた。 『不審者が学校に侵入しました、各クラスの担任は生徒を教室から出さないように――先生が近くにいなかったら近くの教室から出ちゃだめっす!』 校内放送が流れてくる。前半の声は先程魔眼を掛けられた教諭だったが、後半は『倉庫に棲む虎』ジェスター・ラスール(BNE000355)のものだ。 間に合わなかったのだろうか。否――間に合う余地はなかった。 死体に目をやり、ハナの背後に幻影を出現させながら『幻狼』砦ヶ崎 玖子(BNE000957)は考える。 (鬼でも、人でもない。想像もできない境遇だったんだろうね。 でも、命を奪ったことは、許しちゃいけない。それを悔やんで、省みる心がまだあれば、いいのだけど。 きっと、彼女はまだ鬼の血が流れるだけの、人間だから) 「心まで鬼になっちゃ、だめだよ」 呼びかける声がどこか悲痛だと、玖子自身にも、自覚できた。 「わたしの名前も、鬼ということも――そうか、先見の技か。随分と腕の良い先見がいるのね」 そう吐き捨てて、ハナは警戒心を露わにする。 「服濡れてるよ?」 今の時代なら受け入れられたかもしれない兄妹だったはずだと、アリステアはそう思う。 (私も彼女の立場で、彼女の力があれば、同じように我を忘れていたんだと思う。 ……でも。たらればを言ってる場合じゃないよね。ごめんね……) 無邪気を装って、更に言葉を続けた。 「血が出てるよ。怪我したの?」 「マジリさんに会わせてあげるです!」 上から目線を意識したイーリスがそれに続けて言葉をかぶせ、挑発する。 ――それは、子供たちが幸せそうに見えたことがハナの怒りの原因なら、世代の近い自分たちを標的にできるのではないかという作戦だった。 「……ちっ」 その策が奏功したのか、ハナが脚をわずかに後ろに引く。 「あっかんべろべろべ!」 挑発が成功したと見たイーリスが舌を出して一歩下がり、玖子がハナとイーリスの間に割り入る。木造百年以上の校舎、廊下は決して広くない。何としても外に誘導したかった。 だが。 「あっ!」 ハナはリベリスタたちにぱっと背を向けて幻影が創った無人の廊下の奥へと足元の死体を蹴飛ばす。 死体が消えたのを見て、振り返ってにやりと笑った半鬼は、その幻影の中に飛び込んだ。 ついさっき腰を抜かしていた少年が、動く気配もないまま姿を消すことなど、神秘の力でも使わない限りありえない。神秘を、文字通り肌で感じて生きてきた娘には、むしろその向こうに狙いのエモノが逃げた事のほうが重要だった。未だその場で動けずにいた少年を、狙いも付けずに炎を巻きつけた拳で殴り飛ばそうとして、濃い色の肌をした腕に防がれる。 幻影の裏に、子供をかばっていた刹姫もともに隠れる形になっていた。 「う、うええ……びええええええ!!」 焔の熱さに怯えたか、少年が泣き声を上げ始めた。刹姫の銀の瞳と、ハナの黒い瞳が交錯する。 「自分と違うから、気に入らないから殺すなんてダメっす。 ――もう直ぐ、"兄様"がハナちゃんを迎えに来るっす」 「……それをわたしに教えて、どうするの?」 「この子達と"兄様"との約束、どっちが大事なんすか!」 「大変だね、あなたたちニンゲンの味方は。 そうして戦っていても誰からも賞賛されず、理解もされないのに! どうせ孤独のままでいるのなら、わたしたちと同じように、鬼と共に生きればいいものを!」 刹姫の問には答えず――どこか真剣に、どこか哀れんだ声で。ハナはそう嘲った。 ● 挑発が失敗したわけではなかった。 ただ、ハナの中では優先順位が明確だっただけだ。 ――多少の傷みや挑発では揺るがないほどの、強い負の精神が産み出した、ニンゲンへの害意。 目の前に現れた敵と、ヘドが出る程の不快さをくれるものと。 どうせ、ニンゲンの味方を気取る奴らのこと。 庇い立てをしてくることだろうけれど――それならばもろともに壊せば良いというだけのこと! ● 「早く始めましょうよー。あんな形でも、少しは楽しめるでしょう?」 茅根が嫌な笑顔を浮かべて言葉を募ったが、ハナはちらりと目を向けただけだった。 慣れているのだ。侮蔑のこもった視線にも、嫌気をもたらす笑顔にも。 一気に走りぬけて逃走した彼女が飛び込んだ教室には、既に血の匂いが充満していた。 お互いの体にすがったのだろう子供たちが、部屋の角で物言わぬ骸と化している。 雷気に焼け焦げたものが多かったが――どれにも共通していたのは、その顔に浮かぶ恐怖。 「……後で。今忙しいから」 茅根への答えをようやく返し、ハナは別の隅に震えて固まる子供たちへと目を向けた。 追いついた千歳、エルヴィンも、合流できたジェスターも、連絡を取り合っていた為に場所に迷うことはなかったが――その惨状には、一瞬、息を飲まざるを得なかった。 「おい! マジリって名前、知ってるよな!! ここの木のうろが、約束の場所なんだってな?」 怯える子供たちを背にエルヴィンが立ちはだかり、彼女の兄の名を口にして興味を引こうとする。 「……あなたたちが兄様のことを知っていたのは、わたしにとって僥倖です。 ……つまり、兄様も封印されたか何かで、今も生きているということ。 それならば、かならず、逢えるはずだから。兄様もわたしを探しているはずだから」 「出来ればハナさんをマジリさんに会わせたかったのです」 そしてもう人を襲わないでほしいのです、とは、もう続けられないと思ったイーリスが、下唇を噛む。 人間の脅威でなくなってもらう必要があると思っていた。 姉妹のいる彼女である。兄を探すハナに、思うところもあったのだろう。 しかし、イーリスの幻想まといは――別の任務に向かった姉と繋げていた連絡は、途絶えていた。 それを確認して、ジェスターがひとつ、頷く。 「ハナちゃん! 桐生千歳、宜しくね!」 千歳が、名乗りつつも四色の魔光を叩きつけた。 (どんな結末になっても、兄妹は一緒にいるべき……!) その思いが通じたのか。 ハナの体に魔力が絡みつき、その自由を奪った。 「く、ぐっ……っ!」 流れる血や、体をめぐる毒に体力を奪われながら、しかしハナの目は力を失わない。 もがくその姿の前に玖子が歩み寄ると、ハナの手に、持参した弁当の中から握り飯を取り出し、持たせる。そして白髪の合間から覗く狼の耳を、そして同じ色の尾を見せた。 「鬼でも、人でもない。想像もできない境遇だったんだろうね。 私たちも、人から外れた同類。 憎しみは忘れられない。人は怖いと思う。 でも、人を憎んで、人を傷つけてたら、貴方は戻れなくなる」 真剣な目で語りかける玖子の目と、渡されたおにぎりを信じられないという表情で、ハナは交互に見た。 「鬼と人の間に生まれた、っすか。色々大変だったみたいっすね。 けど、その怒りを八つ当たりみたいに子供達にぶつけるのは違うっす。 少なくともオレはそう思うっす」 「ダメなら、倒すしかないです!」 ジェスターのLesathが幻惑で翻弄しながら、イーリスの裂帛の闘気を破壊力に変えたアイゼン・ブリューテがゼンマイの音を響かせながら、身動きの取れないハナを切り裂く。 「……!」 声にならない叫びを上げて、ハナはだが、目を伏せず、逸らさずにリベリスタたちを睨みつける。 「私は貴方を、貴方の嫌うモノと同じモノにしたくない。 信じてもらえなくてもいい。私たちは、貴方たちの敵にはなりたくない」 ――さっきはあれほどの衝撃を持っていたはずの玖子の言葉にも、既に耳を貸さなくなっていた。 刹姫は子供たちをかばって、未だ武器を出すのを躊躇していた。 「出来れば傷付けたくないっす。 だけど――ハナちゃん、それじゃあ、ハナちゃんを虐めてた人間達と同じっすよ」 折り重なるように倒れた、もう二度と動かない子供たちの姿。 それは少女自身が受けたのと同じ、一方的な暴力、八つ当たりなんだと、伝えたいのに。 「さて、あなたの弱点は何処でしょうか?」 オートマチックを弄び、伝達能力を高めながら、茅根が呟く。 ハナの体が、よろけた拍子に窓際に押し付けられる。 自由を取り戻すころには子供も逃されてしまっていたからか、さすがのハナも抵抗を本格化させたが、一方的にやられた怪我は決して甘く見れるものではなく。 反撃を受けつつも、リベリスタたちは、あと一歩というところまで押していた。 数人が武器を振りかぶり、止めを刺すべく、殺到する。 「え!?」 誰かが、ぎょっとした声を上げた。 その武器を、自分の体で受け止めたのは――千歳だった。 他のリベリスタたちの攻撃を受けて、後衛に類される彼女の体が持つはずもなく。 千歳は倒れ伏したい衝動に、運命を燃やして耐え。 「――千歳ちゃん!?」 真っ青な顔で、アリステアが癒しの微風を呼びかける詠唱をはじめる。 「……ぐ、ふぅ……」 小さく咳き込み、喉に詰まった血を吐き出しながら、千歳はハナの頬を平手で叩いた。 あっけに取られた表情のハナを、そのまま、力の入らない腕で抱きしめる。 「……ハナちゃん、聞いて? 千歳にも、お兄ちゃんがいるの……。 馬鹿で、死地駆け巡って、アホだけど……千歳のこと、いつも、心配、してくれるよ。 千歳はそんな、お兄ちゃんが、好きだよ。 ……ハナちゃんも、好きだよね? 生きて、会おうよ。そのために、千歳は、来たの。 だからもう……痛いの、やめよ?」 絶え絶えの呼吸で、そう告げる。 ハナは一瞬だけ、泣きそうな表情を浮かべて――その胸に、掌底を叩き込んだ。 ● 体を引きずるようにしてそこにたどり着いたマジリは、一瞬だけ困惑を浮かべて、その建物を見た。 よく目を凝らせば、窓の向こうに、見慣れた姿が見える。 「――ハナ」 大声で呼びかけそうになって、耐えた。 ハナの向こうに、人の姿がある。それも、何人も。 おそらくは、自分に向かってきたあいつらの、仲間なのだろう。 このまま見ていては自分も気が付かれてしまう。そんなわけには行かない。 「くそっ、くそっ……! ハナ……!!」 せめて逃げてくれ、今の俺のように。 生きていれば――絶対に、会える。 「兄様!?」 弾かれたような表情で、ハナが窓の外を見た。 倒れた千歳と、その声と。 どちらに集中すれば良いのか悩んだリベリスタたちの、その瞬間の虚を突きハナは体で窓を叩き割る。 窓の外に落ちるように転がって、そのまま何度こけても立ち上がり走りだす満身創痍の半人半鬼に、追いつくのは容易なことだったかもしれないが――その先で合流するのが、果たして兄一人だと断定することは、鬼のあふれる今の岡山ではいささか難しいことのように思えた。 何より、至急の必要があったのは、 「生き残った子供たちの保護、か」 誰かの声に、各々が慌てて向かう中、イーリスだけは長い間、割れた窓の外を見つめていた。 いつもの強気な表情に夕日が影を落とすまで、彼女はそこにいた。 「……同情だけは出来ないのです。逆なら私がされたくないからです……」 その声は、届かない。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|