●鬼ヶ島の伝説 岡山には『鬼ヶ島』伝説が存在する。 しかしそれは、海の向こうの岩山ではなく、鬼城山にある鬼ノ城ではないかというのが通説である。 それでも物語に浪漫を求め、今日もまた瀬戸内海を瞳を細めて見続ける老人が一人。傍らには白い犬、右肩には猿と左肩には雉……ではなく、インコ。 そんな、いかにも『桃太郎に憧れています』な風体の老人は静かに佇んでいた。 「爺さん」 そこに声をかけた、背に竹刀袋を下げた高校生程の青年。 「爺さん、帰ろう。今時、鬼なんて居ないよ。それに……爺さんは桃太郎じゃないんだから」 青年は優しく言う。どこか諭すようにも、困ったようにも聞こえるが、笑って差し出したのは岡山名物であり、桃太郎伝説に深く関わるきび団子――。 ●鬼の襲来 「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 「たす、助け……! ああああ!」 老人の手を引いて街に帰ってきた青年が見たのは、まさしく地獄であった。 「鬼なんて居ないよ」「居る訳が無いじゃないか」と言ったのは、確かほんの数十分前。 目の前に広がる光景はこうだ。 鬼が居る。 赤黒い肌に、禍々しい角を生やし。 人間にはありえない隆起した筋肉に、発達し爪牙。 そして何より、殺戮を嬉々とする醜悪な貌。 「鬼じゃ! 鬼じゃ! 鬼ヶ島の再来じゃあああああ!」 「! 爺さん、静かにっ……!」 ぐじゃり、と。 か細い女性の腕を握力で潰した一匹の鬼が振り返った。 泣き叫ぶ子供を助けようと懇願する母親の顔面を、棍棒を持って叩き潰した鬼が振り返った。 その様子を囃し立てるように、ゲタゲタと嗤いながら拍手喝采を行っていた二匹の小鬼手が止まった。 彼らの表情が醜悪ににやありと弧を描く。 無謀にも老人を庇おうと立ちはだかった青年に、鬼達は残酷な興味を持って近付いた。 青年にではない。彼が護ろうとする老人を、如何に縊ってやるか――そしてその時青年は、どんなにか絶望するだろうかと、鬼の表情から伺える。 青年はそれでも怯むことなく鬼を見返した。そして竹刀を取り出して中段に構える。 「爺さん……逃げろ!」 ●リベリスタは鬼退治に 「岡山県で鬼事件が頻発しているのは知っていると思う」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタ達に向き合った。 「進展があった。ジャック事件で日本の崩界が進んで、リーダーの『禍鬼』を含む鬼達が動き出している。それはその王……『温羅』を復活させようとして」 鬼自体は倒せなくは無いが、強敵である。その上、王が復活でもすれば、その惨状は如何なるものか解ったものではない。リベリスタ達に緊張が走る。 「もちろん彼らの狙いは封印の破壊。でも、彼らはリベリスタを知っている。邪魔しに来る事くらい、彼らだって知っている。だから、白昼堂々、街中に陽動を仕掛けてきた」 淡々と語るイヴだが、その口調には何処か焦りが感じられる。 カレイド・システムのモニターを見上げると、リベリスタ達にもその光景が視界に入る。 「もう既に何人も殺されてる。そして、これから老人とその孫も。……逃げ遅れた人も」 海に近く、白い石畳の風景。そこに散らばる残骸、血痕、死に逝く人の声。 美しかった街が赤い絨毯に染め上げられている。 リベリスタの一人がぎり、と、歯を食いしばった。 「あれ」 と、そこで一人が気付く。老人を護ろうとする青年―― 彼の手の竹刀から僅かに風が巻き起こっている。 「そう。彼もリベリスタ。でも、このままでは間違いなく殺される。彼では止められない」 「そのご年配と犬達は?」 「ただのお爺さんと犬と猿とインコね。犬種はグレートピレニーズ。彼らもまたお爺さんを護ろうとする。……急いで。更に、近くの民家にはまだ逃げ遅れた人が3人居る」 示されたのは、ちょうど今鬼と青年達が立ち合っている中間辺りの、青年達から向かって右側の一軒。玄関に男性が無残な姿を晒しているのが目印となるだろう。そこに赤ん坊と5つになるその兄、母親が居るという。殺された男性は――彼らの父親だ。 「大きな鬼の攻撃をまともに受けたら吹き飛ぶ事がある。……もしその民家に衝撃を与えれば、赤ん坊はきっと大きな声で泣いてしまう。そうなれば、気付かれる」 小鬼は特に狡猾だという。身の危険を感じたら、―――人質にしたり、道連れにくらいするだろう。 「陣形には気を付けて。そして、きっちり止めを刺してきて」 イヴは強い意思を持つ瞳でリベリスタ達を見続けた―――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:琉木 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月02日(金)23:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●青年、物語に出会い 桃田は祖父から貰ったその名前を好いていた。 聞き続けた物語はそのまま憧れとなり、不思議な力を宿した時はこっそりと喜んだものだ。 だが、現実は如何だ。 醜悪な鬼を前に足が竦む。動けない。 鬼が嗤う。小さな鬼の声が強くなり身を蝕み、願わずにはおれない。 “誰か助けてください”と――― 「桃田さん!」 聞きなれない声が聞こえて振り向けば、その一瞬をついて小鬼の一匹がけたたましく喚き出した。 その声が桃田を蝕む――事は、無かった。 見慣れない青髪の人物――『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(ID:BNE003468)が、鬼と自分との間に割って入りその一撃を食い止めたのだ。 余韻を引く小鬼のざわめきにしかし惟は怯まない。 「守るのが騎士の役目であるならば」 剣を構える惟を見上げていれば、ふうわりと羽根が舞った。老人の犬が吠えるのも忘れて居れば、一瞬の間に駆け付けたリベリスタ達が己が役割へとひた走る。 「ここは通行止め。キミたち鬼の相手はボク達が受け持つよ」 だらりと下げられた羽を背に、血塗れた足場を縫って喚く小鬼へデスサイズを掲げたのは『偽りの天使』兎登 都斗(ID:BNE001673)。その貌は鬼に劣らず弧を描いて、鬼を離さない。 「護堂! 翼の装備魔法頼んだぜ!」 「はい、皆さん――暫く、頼みます!」 子供独特の高さを持つ声で『突撃だぜ子ちゃん』ラヴィアン・リファール(ID:BNE002787)が言えば、桃田が初めに聞いた声が再び響く。『剣を捨てし者』護堂 陽斗(ID:BNE003398)が起こした風は緩やかに味方を包み、地を避ける翼を生み出した。これでぬかるんだ地という血に足を取られる事は無い。 一連の配置は鮮やかに。 鬼も、犬達も、桃田も老人もその一瞬を理解する事さえ追いつかなかった。 「境界最終防衛機構、管理人代行ラインハルト・フォン・クリストフ。任務執行であります!」 凛と張った『イージスの盾』ラインハルト・フォン・クリストフ(ID:BNE001635)の宣戦布告で、全ての時が再開する。 思い出したように大鬼が首を傾げたのは、新しい『獲物』を見分する為だ。 相も変わらず、醜悪に狡猾に。 「爺さん、走れるか?」 惟、桃田の背後に守られていた老人は顔を上げる。未だ敵味方の区別が曖昧な動物に事情を話しながら、『(自称)愛と自由の探求者』佐倉 吹雪(ID:BNE003319)は老人を見た。 足腰は確りしていそうだ――が、自分と同じスピードで走れというのは酷だろう。 「すまん。時間が惜しいんで荒っぽくなるぞ……って痛ててて咬むな! 逃げるんだっての! 引っ掻……帽子を啄むな!?」 「爺さん!」 「桃田さんは此方に! あのご老人は僕達が保護します。そして、あなたにも手伝って貰いたいのです」 とにかく一般人を逃し、その間仲間が鬼を抑える事を選択したリベリスタ達。それは時間との勝負でもあった。戦力が二人欠けたまま、残りは耐えなければならない。ゆえに吹雪は「ひゃあ」と驚く老人を抱え走り出した。そして主人を追いかけるように犬達もまた走り出す。 老人の安否を心配する桃田の腕を引いたのは陽斗。駆け出さんとする桃田に言う。生存者が居る事、手伝って欲しい事、そして自分たちは同じ仲間であるという事。 「でも、僕は……」 「力を合わせれば、皆を救えるんです」 僅かに竹刀を握る手が震えるのを陽斗は見た。だから諭すようにゆっくりと言う。 「ほらほら、これ以上はやらせないよ!」 「ゲギャァ!」 その間も鬼達との交戦は始まっていた。大鬼の指示で喚き始めたもう一匹の小鬼へとランスを突き出すのは『紅翼の自由騎士』ウィンヘヴン・ビューハート(ID:BNE003432)。そのランスは鋭く小鬼を吹き飛ばす。 一瞬。 鬼の視線が逸れた。 それを好機と陽斗は民家へ走る。桃田を信じて振り向かない。 桃田は彼に続いた。 (とりあえずは任せたわよ) 老人と動物達が下がり、桃田が民家へ入ったのを確認すれば、『ソリッドガール』アンナ・クロストン(ID:BNE001816)はそっと民家を守るよう移動した。魔力を循環させながらその瞳は鬼から外れない。 鬼は未だ首を傾げていた。 そこに居たはずの『玩具』を取られ、事もあろうか『獲物』が刃向って来ている事実。大鬼はふつふつと込み上げる怒りを感じた。大鬼が息を吸い込む。 「……っ、来る」 大鬼を前にしていた惟が気付いた直後、咆哮が響いた。それは惟を吹き飛ばし、そしてアンナを巻き込んだ凶弾となる。 「大丈夫か!?」 ラヴィアンの声に惟とアンナは頷いて見せる。そしてアンナは小さく言った。「許してなるものか」と。 リベリスタ達を呼び出すために、何も知らない人達を襲った。殺した。それは本当に的確な動きだが、同時にこれ以上に無く許せざる理由でもあった。だからアンナはその気持ちを隠さず闘志と変える。 「……ふざけるんじゃ、ないわよ」 ●家臣は物語に問い掛ける ――オマエラは信頼出来るのか、と、犬は問うた。 ――オマエラはアイツラをやっつけるのか、と、猿は問うた。 ――オマエラはボクタチを護るのか、と、鳥は問うた。 吹雪はすぐにでも仲間の元に戻るか逡巡した。が、その一つ一つに真摯に答え続けた。 確実に守る為に、誰一人欠けずにと皆で決めた事だったからだ。 「あの兄ちゃんも逃がすから大丈夫だ。とにかく逃げてくれ。爺さんが一番狙われてんだ。……な?」 遠く、近くで鬼と見知らぬ彼らが交戦して居る。その音を耳に入れながら、老人は吹雪を見据えた。す、と手を下げると犬は警戒を止める。老人は頭を下げた。 「どうか、街を、生き残った者達を、頼みましたぞ――」 母親である女性はがたがたと震えていた。 彼女がもっていたのはひとえに子供達のお蔭だろう。母親が冷静を見失えば子供達もまた殺される。何故父親が帰ってこないのかも知っていた。 「桃田ちゃん!」 「桃田兄ちゃん!」 亀裂の入った家の隅で赤ん坊を抱き締めていた母と子は、見知らぬ青年と共にやってきた桃田を見て声を出した。気が緩む瞬間だろう。しかしそれを陽斗は「しっ」と短く遮った。鬼はまだ存在する状況は依然変わらない。 「裏手から逃げてください。鬼に見つからないように。桃田さんも」 「僕に出来る事は……」 「護る事です。ご老人と、この方々を連れて後方へ逃れる事。あなたに、頼むんです」 竹刀を握り続ける桃田の肩に触れる。避けられぬ戦を憂う瞳を桃田は直視出来ない。それでもただ頷くのを陽斗は見た。 母親に抱かれた赤ん坊が不安げに手を伸ばしている事に気が付いたから、その手をそっと握り返してやる。 「大丈夫。僕や、僕の仲間達が絶対に助けますから。信じてください」 小さな男児が陽斗の裾を掴んでいた。泣きそうに強張る彼の頭も撫でて立ち上がる。桃田は言った。 「わかった。おばさん達は任せて。宜しく、お願いします―――」 「……っ、痛いね。それじゃボクの戦鬼烈風陣も味わってよ」 小鬼のけたたましさで耳朶を打たれながら、都斗はお返しとばかりにデスサイズを旋回させた。 それは近くにいたもう一匹の小鬼をも巻き込んで切り裂いていく。その様子に口端を歪める都斗。 続けざまに放たれたのはウィンヘヴンの瘴気。 一歩下がって都斗に巻き込まれないようにしながらも、確実に小鬼の体力を削っていく。 その後ろでがくりと滑りかけたのはラインハルト。 その背からは既に翼の加護は失われ、怒りのままに振り下ろされた棍棒がラインハルトの集中をも乱す。 「大丈夫?」 「平気であります! 私は、境界線は退かない」 膝をつく前のラインハルトにアンナの息が掛かる。吹雪と陽斗が未だ戻らない今、アンナはいつも以上に戦場に気を配っていた。この防衛線を、突破されないように。 大鬼がまた息を吸い込んだ。 「また吠える気かよ、させないぜ! 俺のッ、タァーン!」 その顔面に叩き込まれるラヴィアンの四色の魔光。 「浅いか。だが、アンコールは受け取っておけ!」 麻痺に至らないまでも続けられる惟の呪刻剣。僅か反動を受けながらもその身を顧みず斬り付ける。 「オ、オォォォオオオ――!」 鬼が怒り任せにただ吼えた。先ず殺すべきを『玩具』ではなくリベリスタ達だと切り替えた瞬間だった。 大鬼の瞳が己を抑えんとする惟をぎぬりと射抜く。直後振り下ろされる一撃はあまりに大きい。 「―――かっ……!?」 「蓬莱さん!」 再びその傷を癒そうとアンナが息を整える。 重い一撃を持つ大鬼を一人で抑えりには荷が重く、一人で傷を担うも重すぎたのではないだろうか。 アンナの中にふと一抹の不安が過ぎった。そしてすぐ打ち払う。 「耐えて。好機は必ず来るはずよ――」 オォォォ――――ン リベリスタ達は聞いた。鼓舞するようなその声は、しゃがれた鬼のものではない。遠くからこだまする犬の声。 「爺さんは逃げてくれたぜ」 「桃田さんも皆も、無事です」 老人を隊後方へ、桃田に民間人を任せたと聞けばリベリスタ達はほうと安堵の息を吐く。 戦力もこれで戻った。 「よっし、皆思いっきり突っ込んで行こう――!」 豪、と、ランスに瘴気を纏わせたウィンヘヴン。ラヴィアンに負けぬ明るい覇気が駆け抜けた。 ●人間と鬼の力比べ 陽斗の復帰で再び足場の不利は消え失せる。 「まったく、動物達に応援されちゃ負ける訳にいかねぇよな」 初めにウィンヘヴンに吹き飛ばされた小鬼は吹雪の度重なる斬撃でよろめいた。隣の小鬼が慌てて囃し立てようとしたが、間に合わない。 もう一体の小鬼が見たのは、己もろとも包み込む暗黒の瘴気に命を散らす同族の慣れ果てだった。 小鬼は慌てる。しかしその身はすぐに都斗の糸で絡め捕られてしまう。殺すには至らずとも、その手前まで追い詰めた事を知れば、くすくすと都斗は満足げに笑う。 「よくばりなボクの最良の結果、もらっちゃうよ」 陽斗が戻った事でアンナの手から生み出されるのは神気を帯びた光と変えた。それは確実に鬼達の体力を削っていく。 しかし都斗の糸も、アンナの光も生き物に止めを刺せる力は無い。 各人が各鬼を抑える中、その不殺は鬼の一手を許してしまう。苦し紛れの雑音はウィンヘヴンの思考を乱した。 気付いたのはラインハルト、惟。しかし双方も一体対一人には荷が重過ぎて、膝を折らぬよう耐えるのに手一杯である。 「くそ、麻痺が中々通らねえ! 蓬莱、合体技まだまだ行けるか!?」 「――ああ、まだ、いけ、……っ!」 「蓬莱!!」 苛立たしげな大鬼の拳がただ一人抑える惟を打ち据えた。遂に意識がふっと遠のくのを感じる惟はその中で思う。 騎士は逆境において背負うべきものがある方が強いのだと。 まだ、倒れてはやれない―――。 その傍ら、怒りのままに棍棒を叩きつけられるラインハルトの隣を瀕死の小鬼が駆け抜けた。見れば、抑えていた筈のウィンヘヴンの一撃がラインハルトぬ向けられ弾き飛ばした。 「ウィンヘヴンさん! 誰か、小鬼が行くであります!」 付加された翼をはためかせながら立ち上がるラインハルト。陣形は大いに乱されていた。ラインハルトが吹き飛ばされれば、棍棒の鬼も動き出す。 「行かせるものかっ」 『獲物』どもが画策していた箇所は何処か、模索するように小鬼が走る。それを阻むのはバックラーを構えたアンナ。元々後ろに控えながら、直に鬼を抑える事を恐れない。壁を失くした棍棒の鬼が、歩き出す。 そして、大鬼もまた同じ。 一人壁と立つ惟へぬうと手を伸ばし突き進もうとする。 「いけない、アンナさんもお願いします」 「ええ、ここで倒れられても困るわ。でしょう?」 陽斗の詠唱が起こす風が包み込む。そしてラインハルトをも範囲に入れてアンナは再び癒しの言葉を紡ぎ始める。が、目の前には小鬼が居る。その癒しの言葉はまだ告げられない。 惟の意識は明暗としていた。鬼であろうと仏であろうと、これの敵だ。その意思がかろうじて意識を引き留める。ぼたぼたと血を零しながら、それでも大鬼の前をどこうとはしない。 大鬼はその様子を眺め、新しい『玩具』を見つけたかのように笑みを浮かべた。 「くっそ、死ぬまで麻痺ってろよおお!」 ラヴィアンの気合の一撃。ようやく大鬼がその足を止めた。大鬼はその痺れへと怨嗟の金切声を上げる。 「麻痺った、やったぜ!」 しかしそれでもまだ光は見えない。 敵が誰かを把握できないウィンヘヴンを尻目に、一匹残った片割れの小鬼は手をばちばちと叩き始めた。致命傷まで追い詰めた小鬼の傷が癒されてしまう。 「行かせないって、言ってるじゃない」 離れた小鬼へとそれでも糸を放つ都斗の傍らで、ふっと注ぐ陽に影が出来た。 「え……」 「危ねぇ!!」 フリーとなった棍棒の鬼が振り向いた。大鬼と同じく、単純な攻撃故に力強い一撃が振り下ろされる。 「くっ、ウィンヘヴンさん、正気に戻ってください、であります!」 蓄積するダメージを癒すのは、陽斗とアンナ。その手を避けない今、ラインハルトはその気を静めに光を宿す。 「お次はこいつだ! お前も麻痺れ!」 ラヴィアンは麻痺した大鬼からターゲットを小鬼へと移し替える。麻痺をばらまき、抑えようという魂胆のそれは、僅かに回復した小鬼を再び撃ち抜いていく。しかし、確実に麻痺を与えるのではないそれは不確実で、悪戯に鬼の気を引いてしまう。 己の足を止めた『獲物』を、身体の動かぬ大鬼は視線を動かして確認する。 癒し術を受けて尚立ち塞がる惟、延長にラヴィアンを視界に入れた。 「オォォォォ―――!!」 麻痺を振り切った大鬼が再び吼えた。 それは惟を越えてラヴィアンまでも吹き飛ばす。 (まずいわ。まずい、気がするわ) 味方全てを包み込みながら、アンナは陽斗へ視線を送る。解っている。押されているのはリベリスタ達だ。 それでも立ち向かうリベリスタ達へ、棍棒は容赦なく振り回され、咆哮が巻き込んでいく。 回復をした小鬼を、これもまた混乱から覚めたウィンヘヴンとラインハルトが貫き通した。 けれど、倒したのは小さな鬼に過ぎない。巨躯を持つ鬼が小鬼よりも弱い道理は無い。体力然り、腕力然り。 吹雪のナイフをも弾き返して棍棒は振るわれる。 確かにウィンヘヴンの身を削る攻撃は二匹を貫くが。ラインハルトの聖なる光は棍棒を撃ち抜くが。 足りなかったのは、的確に屠る連係。一体に対する確実な殲滅力。 傷ついても傷ついても倒れない戦術はしかし、後手後手に廻っていた。 積もり積もった戦況は巻き返す事を許さなかった。 鬼の声が響く。 それは戦いの終わりをも告げるものだった。 ●トオボエ 鬼は進軍を止めない。 戦う力を放棄した陽斗が無謀に立ちはだかるのを、鬼は五月蠅く薙ぎ払う。 地を這うリベリスタ達は、もう意思一つではどうしようも無い。 悠々と前進するその先に居るのは、老人達。鬼は目的を忘れない。執念深い熊の様に歩き出した。 桃田達は何処に居るのだろうか。老人と合流しているのだろうか。 「……めろ、止めてくれ―――」 陽斗の言葉が掠れる。犠牲は一人たりとも出さない。皆を救うと言ったのに。 「止めてくれ―――!」 絶望に包み込まれるリベリスタ達を、大鬼は高みから嘲笑う。 そしてその声を聞く事となったのだ。 大鬼が歩くその先―――ざざあ。ざざあと波の音。主人を守る犬の声。 ばうばうばうばう。ばう。 ――――きゃいん。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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