●霊場を暴く者ども 大元八幡神社。岡山県高梁市に位置するこの神社は市街地に程近い場所にあり、由緒をたどればおよそ500年前から崇敬を受けていたという。しかし日中にもかかわらず、その由緒ある霊場は今まさに蹂躙の限りを尽くされていた。 整然と敷き詰められていた石畳は砕け散り、砂利は捲れて地面が露出している。 「ギャヒハハァ、こんだけ好き勝手出来るなんてよォ! 気持ちいいぜェ……そう思いませんかいアニキィ!」 浅黒い肌をした、全長2m半はあろうかという巨漢が下卑た笑い声と共に手にした棍棒を振り回す。その頭頂部には短く太く伸びた角――そう、彼は鬼だ。 棍棒の一降りでなぎ払われた石灯籠が宙を舞い、本殿の屋根へと激突する。また暴れているのは彼だけではない。同じような体躯をした鬼達が、境内を所狭しと暴れ回っている。 しかし轟音が境内に響き渡る中、アニキと呼ばれた男から返ってきたのは意外にも冷静な声だった。 「ええ、そうですねえ。まあ私はここでゆっくりしてますので、君たちの好きになさい」 眼鏡と白い背広に革靴という、およそこの野蛮極まりない空間に似合わない出で立ちの男が庭石に腰を下ろしていた。その体躯も他の者達に比べれば小さく、外見は人間の大人とほぼ変わりない。 しかしよく見ればその額にもまた二本の角があり、彼が鬼であることを証明している。彼の名は沙座鬼(さざき)。暴れ回っている鬼達のリーダー格的存在だ。 「この大元八幡神社の封印は本殿やその他建造物の配置によって成り立っています。よって、とにかく境内にあるもの全てを破壊すれば良いのですが……」 その時、鬼の一人が大鉈で撥ねた狛犬の首が沙座鬼へと勢いよく飛んだ。空を切って迫る岩塊に、猟銃を素早く構えた沙座鬼はそのまま引き金を引く。 「……とはいえ、もう少し頭を使ってほしいですねえ」 乾いた音と共に岩塊が爆ぜ、破片がパラパラと地に落ちる。本日幾度目かになる"味方の攻撃"から身を守るための発砲に、沙座鬼は本日幾度目かになる溜め息をついた。 ●下克上 時刻は少し遡り、早朝。全てを芯まで冷やすような透き通った空気の中を日の光が抜け、時折、獣らしき声が山間に木霊する。 岡山県某所。連なる山々の一つ、その中腹に巨大な夫婦岩がそびえ立っている。 標高400m程の場所にあるそれは今まであまり世に知られていなかったが、近年県道が通じたこともあり、観光客を呼び込む計画が複数行われているらしい……それはさておき。 夫婦岩の片方の頂上に人影――男の姿があった。陽光に照らし出された彼は己のいる場所の高さに怯む様子もなく、仁王立ちのまま酒をくらっている。杯をすっかり空にすると男は目の上に手をかざし、朝霧の奥へと目を凝らした。 「ここから一番近くってぇと……あの辺か」 常人の目にはただ霧のかかった山々しか見えないが、この男には何かが見えているのか。犬歯をむき出し、獰猛さを感じさせる笑みを浮かべる。 「まあ、なんも見えねぇんだがな!」 ……特に何も見えていなかったらしい。 男は満足したように軽く伸びをすると、階段を一段飛ばしで下りるような気軽さで全高10数mはある岩を飛び降り、夫婦岩の間へと降り立った。軽く足場を確かめると男は何気なく拳を振りかぶり、夫婦岩の片方へとその拳を突き入れる。 次の瞬間、 バリバリバリバリバリバリ!! と、轟音をあげて岩が砕け散る。 「もう一丁!」 さらに一撃。もう片方の大岩にも同じように拳が打ち付けられる。そうして完膚無きまでに壮観を失った二つの大岩の跡にあったのは、二降りの槍。男は強引にそれらを引き抜くと、両手に構え、感触を確かめるように幾度か振るう。 「はン、やっぱ馴染まねぇなァ、こいつは」 右手に構えた一方の槍を暫し眺めた後、風を纏うように男は駆け出す。 「さァて夢の続きだ……行くぜ下克上!」 ●鬼殺し 「では早速、依頼の説明を始めさせていただきます。まずはじめに『鬼』に関する事件が岡山県で頻発しているのは、ご存じですか?」 いつものブリーフィングルーム。『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が告げた言葉にリベリスタ達は各々反応を見せる。彼らの反応を確認した後、和泉は言葉を続けた。 「この度、この事件について進展がありました。先日、我々アークのリベリスタが『禍鬼』と呼ばれる鬼と接触したのですが、その際、鬼達がこの『禍鬼』を筆頭に、彼らの王……『温羅』という存在の復活を共通の目的として動いていることがわかりました」 『王』という単語に場の空気が一際張り詰めたのを、その場にいる全員が感じ取る。一息置き、和泉は手元の書類へと目を落とした。 「残念ながら王に関する詳細な情報は残っていません。しかし鬼自体が強敵であることを鑑みると、その王ともなれば並のアザーバイドを遙かに超える脅威である可能性が高いでしょう」 正面のモニターに表示されていく鬼に関する情報を、和泉がポインターで指し示す。 「『禍鬼』をはじめとする鬼達は日本の崩界が進んだために封印が弱まり、復活を遂げたものと思われます。しかし『温羅』を含む大部分の鬼は未だ封印状態にあり、活動が出来ない状態にあります。 それは何故かと言うと――」 和泉がモニターの表示を切り替える。そこに映し出されたのは歴史を感じさせる神社仏閣やパワースポット、いわゆる霊場である。 「これら岡山県内に数多く存在する霊場、祭具、神器等が鬼の封印をバックアップしているためなんです」 それじゃあ、とリベリスタ達から声が上がる。それに和泉は頷きを返すと、 「はい。このままであれば『温羅』などの強力な鬼が復活することはないでしょう。しかし、逆に言えばここを崩されれば『温羅』の復活もあり得えるということになります。 よって、『禍鬼』はこれらの霊場を破壊し『温羅』を含む強力な鬼の復活を画策しているのです」 再びモニターが切り替わり、緑豊かな神社の映像が映し出される。 「さて、ここからが本題です。今回、蘇った鬼達をまとめ、戦力を編成した『禍鬼』が動き出す姿を万華鏡が感知しました。『禍鬼』の狙いはもちろん封印の破壊ですが、リベリスタの性質を良く知る彼は陽動作戦として白昼堂々、街にいる一般人を巻き込もうとしています」 それが引き起こすモノはすなわち。 「――鬼による一般人の虐殺です。無論、アークとしては封印の破壊も一般人の虐殺も阻止しなければなりません。そして、ここにいる皆さんに行ってもらうのは"封印の破壊の阻止"になります」 もちろん一般人の方々を守る別働隊もいますから安心してください、と前置きをした上で和泉は詳細を伝える。 今回向かうのは大元八幡という神社である。この神社はそれ自体が封印の要となっているため、鬼達は建造物を念入りに全て破壊するようだ。 「多少なら大丈夫ですが、もし神社全体の80%以上が損傷を受ければ、封印としての機能は失われてしまうでしょう。くれぐれも気をつけてください」 最後に一つ、と言い加えて和泉は資料を閉じる。 「先ほどの神社での戦闘中、乱入者が現れるようです。目的も正体も不明、我々に危害を加える様子ではないようですが……こちらに関しても気をつけてください」 それでは吉報をお待ちしていますね、と励ますような笑顔で和泉はリベリスタ達を見送るのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:力水 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月03日(土)15:29 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●思いと力 石段を駆け上がるいくつもの足音が、静謐な神社の空気をかき乱す。 「もう節分もだいぶ過ぎたのに鬼だなんて……好き勝手なんてさせないもん!」 走る動きに合わせて猫の尻尾がわずかに揺れ動く。外見や仕草こそ愛らしいものの『おこたから出ると死んじゃう』ティセ・パルミエ(BNE000151)からは力強い意志が垣間見える。 「ええ、このような奴らをこの世界に闊歩させる訳には行きません」 鞘に収めた刀を――銘は鬼丸という――左手でしっかりと握りしめ、『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)は凛とした口調でティセの言葉に応える。 彼女にとって世界を害するものは等しく悪であり、斬るべき対象である。アザーバイドである鬼達も無論その例外ではない。 「古に封じられた鬼の復活。まるでお伽話ですね……いえ、お伽話にしてしまいましょう」 前髪が風にあおられ、冴の真摯な眼差しを露わにする。 (鬼、ね) アタッシュケースを片手に、『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は少女らしい柔和な表情のまま、一人思う。 (日本中こういうのが封印されてたりしたらぞっとしないわ。見た目からして野蛮すぎるし) エレオノーラの美学では、やはり鬼達は美しくないと認識されているようだ。他の者も、鬼という存在についてはやはり思うところがあるらしく、 (まさか、鬼退治を自分でするとは思わなかったわね……) 少し眠たげな表情で石段を進む『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)は鬼退治という、まさにお伽話のような出来事に少々の驚きと不安を感じているようにもみえる。 確かに敵は厄介な相手ではあるが、彼女は一人ではない。周りには頼もしい仲間がいる。 (気合入れて、封印守るのよ……) ん、と小さく頷く那雪の隣には、見るからにやる気が感じられる『突撃だぜ子ちゃん』ラヴィアン・リファール(BNE002787)の姿がある。 (鬼の奴ら、あちこちでずいぶんやってくれるな!) 体は小さいながらもその拳をぐぐっと握り、鉄砲玉の如く戦場へと急ぐ。 (思い通りになんてさせるもんか。人間なめんなよ!) 瞳の色と同じく、その心は赤く燃えているようだ。 (今回は建物を守る戦い、しかも謎の乱入者でござるか……) 鍛え上げられたその足で石段を踏みしめる『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が、精悍な顔立ちに思案に耽る表情を映す。 だが、やるべき事はすでにその心中にただ一つ決まっている。 ――建物を守りきり、温羅の復活を阻止する。 それは、この場にいるリベリスタ達の多くが抱く決意でもある。 鬼達の王、温羅。未だ想像でしかその存在を語ることはできないが、今回起こっている一連の事件がその強大さを否が応にも突きつけてくる。 だからこそリベリスタ達の足は止まることがない。 (何が出来る訳じゃねえが俺にもよ、最低限守りてえ面子っつーのが有ってな) 『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)が脳裏に浮かべたのは誰であったか。思うだけでは残念ながらそれらは守れない。だが彼には、彼らには、思いを遂げるだけの力がある。 そして、青年の左足が最後の石段を踏みしめるとほぼ同時に。 「……臭いますねえ」 眼前に広がったのは、本殿を含む大元八幡神社の主な建造物ではなく。 およそ神社には似つかわしくない野蛮な空気を纏った巨躯の鬼達と、その奥で一人呟いた白い鬼だった。 ●オーガ・バトル 「何か臭うと思えばやはり人間……いえ、現代ではリベリスタ、というのでしたか」 白い背広に身を包んだ鬼――沙座鬼は素早く陣形を組んだ10人のリベリスタ達を一瞥する。 『星守』神音・武雷(BNE002221)が最後衛から神社の様子を確かめるが、目立った被害は見あたらない。フォーチュナの言うとおり、まだ破壊活動は行われていないようだ。 「街の方にも部隊が向かったはずなのですが、ここまで手際よく妨害を受けるとは……ふむ、まあいいでしょう」 す、と腰の鞘から沙座鬼が太刀を抜く。だが、沙座鬼は咄嗟に身構えるリベリスタ達を尻目にかけるように彼らに背を向け、配下の鬼達を引き連れて本殿へと歩を進めはじめる。 「我々の役目はあなた方を倒すことではなく、封印の破壊です。ですが、邪魔立てするなら踏みつぶすまで。さ、行きなさい」 沙座鬼の言葉を受け、リベリスタ達の前に立ちはだかるのは巨躯の鬼達4体。これで相手は十分ということなのだろうか。 「随分と甘く見られたようですね」 「ほんとにねー」 冴の言葉にティセが相づちを打つ。両者共、種類は違えどもその顔に浮かべるのは、笑み。 「あぁん? 調子乗ってるとぷちっと潰すぜお嬢ちゃん達よォ!」 「それはこちらの台詞でござる」 息巻く鬼達に切って返した虎鐵は大太刀、鬼影兼久に手をかける。 「――行くぜ!」 二刀を構え、声を上げた凍夜にリベリスタ達は応、と力強く応えた。 「付いてこいよ、歪!」 「はいはーい。さぁさ、悪戯合戦口合戦。堂々太太しく、面白可笑しく参りましょー」 真っ先に動いたのは凍夜だった。リベリスタ達の鬨の声に押されるように戦場を駆け抜け、『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)と共に目指すのは、沙座鬼。 しかし立ちはだかる鬼達がそれを許すはずがない。大剣を、あるいは棍棒等を振りかざし、突進する2人を迎え撃つ。 もちろん、対策は講じてある。ぐるぐと目配せを交わした凍夜は彼女と進路を違え、ぐるぐを追おうとする鬼達へ声をかけた。 「よう旦那方、すげえ棍棒だな。よく似合ってるじゃねえか」 「お? おお、なんだ小僧誉めてもなんも出ねぇぞ」 無論、これはリベリスタ達の作戦であり、 「うんうん、独活の大木にサボテンが生えてるみてえだぜ」 挑発を行うことで鬼達の気を惹き、神社の破壊活動の妨害やリベリスタ達の作戦をうまく進めようというものなのだが。 挑発を終えた凍夜が憤慨から来るであろう攻撃に身構え……来ない。 「……?」 攻撃が来ないのだ。よく見ると鬼達は互いに顔を見合わせて少し困った顔をしている。 ――妙な空気が流れること数拍。 「なぁんだよ兄ちゃん! 煽てて何かひねり出させようってそうはいかねぇぞ。銭かそれとも酒かぁ!?」 「なっ……」 ガハハハ、と機嫌良く笑う鬼達を見て凍夜の表情が陰る。 (挑発が効いてない? どういうことだ? まあ気を惹けてるんなら良いんだが……) 「……言いづらいんですが、あなた達馬鹿にされてますよ」 「え?」 声のした方へ一斉に顔を向ける凍夜&鬼。 そこにいたのは本殿破壊に取りかかろうとしていた沙座鬼だった。 「独活(ウド)の大木というのは、図体はでかいくせに中身が伴わず何の役にも立たないという例えで――」 「おぉんどりゃこのガキ、ナメたことぬかしおってぇー!!」 (え――!?) 要するに鬼達は凍夜の挑発が読めなかった……もとい、意味がわかっていなかったらしい。 武器を振り回しながら迫る鬼達をあしらいつつ、凍夜は周囲の状況を確認する。沙座鬼へと駆けていくぐるぐには、凍夜の目の前にいる鬼達は誰も目を向けていない。どうやら、鬼達の注意はぐるぐから完全に逸らすことができたようだ。 だが、沙座鬼の元には未だ4体の鬼がいる。 (あと一押しか、もう一丁でかいのを頼むぜ) 凍夜が願いを込めて向かう先には、信頼する仲間達の姿があった。 「でかっ、そんなにでかくて何かメリットが? どうせなら地響きでも立ててみて下さいよ!」 「なっ、なんだとテメェ!」 「は? できないとでも? やれないとでも? ただの木偶の坊ですね」 『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)のナイフで抉るような挑発が飛ぶ。凍夜を追い回していた4体の鬼達の怒りが、今度は影時へと一気に集中した。 その隙に物陰へと転がり込む凍夜を横目に、影時の挑発は尚も続く。 「そんなに大きくて地のひとつも揺らせないとか……ああ、貴方達全員ですよ! 聞いてます?」 「あァ!?」 次に振り向いたのは沙座鬼のそばにいる鬼の内3体。 「そこの眼鏡くんも可哀想ね、貴方達みたいな馬鹿を使わなきゃいけないなんて」 エレオノーラの言葉も加わり、3体の鬼は2人の元へ猛然と駆けてくる。 「悔しければ、俺の動きを封じてみてください」 ほら、と腕を広げる影時にまずは4体の鬼が迫り来る。 しかし、鬼達の目前に小さな火種が生まれたかと思うと瞬時に炸裂、一帯を魔力の炎が飲み込んだ。 「が……っ!」 「へへっ、俺のターンだぜっ!」 得意げな顔を見せるラヴィアンの姿が、影時とエレオノーラの背後にある。 さらにその後ろには『吉備津彦命』とデカデカと書かれたのぼりを背に負った武雷が、腕を組んで堂々と立っていた。 「我が名は神音武雷! 貴様ら悪鬼を封じ、この国を守った吉備津彦命の志を同じくする者なり!」 一息置き、 「うぬら鬼に幾許かの気概があるならば、我らを倒してみせよ!」 鬼達の動きが一時止まる。互いに顔を見合わせたかと思うと、 「おおおおおおッ、良い度胸だやってやらあぁぁぁ!!」 一気にヒートアップした。 「まんまと乗せられてますねえ……」 沙座鬼の溜め息をよそに、配下の鬼達は本来の目的を忘れてリベリスタ達と次々と激突している。 「仕方ありません、我々だけで……おや?」 ふと隣をみると、最後まで残っていた鬼の姿がない。嫌な予感がしつつもリベリスタ達の方へ目を向けると、まんまと乗せられ、元気に駆けていく1体の鬼の姿があった。 「やれやれ、私1人ですか。で――」 瞬間、金属音が鈍く響く。沙座鬼が振り向きざまに薙いだ太刀が、彼の背後から振り下ろされたスパナとぶつかったのだ。 「あなたが私の相手というわけですね」 「ご名答。ハローハロー眼鏡さん。ご機嫌如何?」 スパナの主は、ぐるぐ。互いの獲物が軽く火花を飛ばして弾かれ、2人は3m程の距離をおいて対峙する。 「あまり良くはありませんね。こうも部下が言うことを聞かないと、上司としては胃が痛みます」 「それはご愁傷様。こっちとしてはすごくやりやすいですけど、っ!」 そう言い終わるのとほぼ同時に、気で編まれた細糸が沙座鬼の右胸へ飛んだ。だが、それは沙座鬼のわずかな動作でかわされ、浅く傷を作るだけに終わる。 「……結構良い線行ったと思ったんだけど」 「ええ、良い攻撃でした。私でなければ貫かれていたでしょう」 「あれ? 自信満々?」 しかし、次の返事をぐるぐがまともに聞くことはできなかった。 「いえいえ、それほどでも」 いつ動いたのか。目の前わずか50cm程に、鬼がいる。赤い軌跡を伴って振り下ろされる剣撃にぐるぐは全身を使って回避した。 「――結構、良い線を行っていたと思うのですが」 「良い攻撃でしたよ? でも鬼のパンチって思ったより軽いのですねぇ」 一撃で倒されると思ってましたよ、と語るぐるぐの体からは急速に熱が抜けていく。 確かにダメージは最低限に抑えることができた。しかし、その最低限が大きすぎる。 「そうですか、善処するとしましょう」 微笑みさえ浮かべる沙座鬼を前に、ぐるぐの背に冷たいものが流れた。 「さぁ、鬼退治といこうか。私の糸から、逃れられるかな?」 戦闘前とは打って変わり、今の那雪の仕草や表情にはどこか毅然としたものが感じられる。それを体現するかのように、彼女の全身から伸びた気糸が過たず鬼達へと襲いかかる。 急所を突かれ、動作が緩慢になった鬼達が反撃とばかりに地を揺らすが、前衛で鬼達を押さえている影時には少し体勢を崩させる程度の効果しかない。寧ろ、鬼同士が足の引っ張り合いをしている状況である。 それを運良く逃れたとしても、エレオノーラの小太刀による連続攻撃が鬼達の自由を奪い、さらには冴、虎鐵、ティセによる遊撃隊が確実に敵を仕留めるために駆け回り、凍夜による奇襲攻撃が鬼達に混乱を生んでいる。 「俺だって頑張ってるぜっ!」 後方から放たれたラヴィアンの魔曲がとうとう1体の鬼を確実に捕らえ、四種の魔光を立て続けにその身に刻み込んだ。 「ぐ……く、そっ」 苦悶の声と共に、その巨体が境内の砂利を押しのけて沈む。 「まずは1体、でござるな」 「他の鬼さんも、もう少しなのです」 一度。大きく息をついた虎鐵にティセが頷きをもって返す。 「ですが……」 しかしそれを遮り、冴が言葉を紡ぐ。 「沙座鬼に向かったぐるぐさんが心配です。流石に1人で相対するのは……!」 「っ、後ろ!」 ティセの叫びの先、棍棒を振り上げた巨躯が――腕を振り上げたまま、仰向けに倒れた。 「怪我ねぇな!?」 「雪白か! かたじけないでござる!」 ソードエアリアルで空中を駆け抜けた凍夜が、地を削りつつ着地する。 「歪のことなら心配すんな、俺が行く」 「……承知しました、お願いします。こちらも片付き次第向かいますので」 冴が一礼をし、3人が再び遊撃へ向かう。 直後、戦場に異質な空気が流れた。 ●Giant Killing 「おおりゃああっ!」 境内横の森からいきなり飛び込んできた男が沙座鬼の横腹を思い切り蹴りつけた。 それがその光景を一番近くで見たぐるぐの感想である。 「――鬼のボスに勝てそうもありません。助けて下され」 そしてこれが、ぐるぐの乱入者に対する第一声だった。 「あ? なんだ人間か。悪いがお前の相手はしてやれねぇぜ。オレが狙ってんのはあのオッサンだからな」 「あ、はい。それで結構です」 「……結構ではありませんよ。全く」 土煙の中から沙座鬼がゆらりと立ち上がる。汚れを気にしているのか念入りに背広をはたいている。 「アンタだろう? この中で一番強いのは。オレはアンタの首を取るぜ」 二振りの槍を器用に回し、その切っ先で男は沙座鬼の喉元を指す。 「はあ。今回は次から次へとイレギュラーが多すぎます」 どこから取り出したのか、沙座鬼の左手には使い古された猟銃が握られている。 「……こういう時は、一瞬で終わらせるのに限る」 ギ、と空気が歪む。異質な力がただの猟銃に過剰に注ぎ込まれ、そして。 「やらせるかッ!」 力が放たれる瞬間、物陰から飛び出した凍夜の小太刀が沙座鬼の手の甲を深く裂いた。 「な」 その声は誰のものだったか。しかしその答えは、魔弾の轟音にかき消された。 その攻撃に備えていた者は4人。うち1人は仲間を守るために身を挺し、それ以外の者は全員、魔弾の力による手痛い傷を負うことになった。 だが沙座鬼以外の鬼も、その撃破にほぼ全ての戦力を注いでいるものの未だ半数が健在。 ラヴィアンの魔炎が鬼の1体を焼き尽くし、冴の捨て身の一撃がまた1体を斬り伏せるが、限界を超え、ぐるぐが地に膝をつく。しかし彼女は運命を糧とし、再びその足で立ち上がる。 「……まだまだ、これからですよ」 背後で響く剣戟の音がやけに遠い。体からこぼれ落ちていく血液が他人事のように感じる。 「粘りますねえ。ですが残念ながら、これからではなく、これまで、です」 再び放たれる魔弾。魔弾によって直接倒れるものはいないが、それに付随する失血の効果がリベリスタ達や乱入者の男を苦しめる。もう少しの幸運があればそれを回避できたのかもしれないが、もはや覆すことはできない。 ついに、ぐるぐが地に倒れる。地にじわりと広がる鮮血を横目に、今、沙座鬼と対峙するのは凍夜のみ。 「まずは1人、ですね」 「そっちはもう後がねぇぜ」 沙座鬼の言葉に、口元の血をぬぐって凍夜が答える。 「強がりはおやめなさい。人間が仲間の危機に敏感なのはよく知っています」 昔の記憶を思い返しているのだろうか、沙座鬼の瞳が郷愁を帯びた色に変わる。 「だが、そんな人間に一度負けたのはお前等の方だ」 その瞳を睨み返し、凍夜が力強く応える。 沙座鬼の表情が驚きを経て、苦笑へと変じた。 「痛いところを突きますねえ」 左手の猟銃に、三度目の力が込められる。 「では、今回はその反省を生かすと――」 言葉が、最後まで紡がれることはなかった。砂利の上に軽い音を立てて猟銃が落ちたかと思うと、何かに弾かれたように地面を転がっていく。 沙座鬼の手には、鋭く突き刺さる複数の気糸。糸の元には傷を負いながらも、水晶の刃を持つ刹華氷月(こおりひめのほほえみ)を手の中で遊ばせつつ、凛々しく立つ那雪の姿がある。 「鬼の手には、それは不釣合いだろう?」 「あとはおぬし1人でござる。覚悟!」 「無能な部下を持つと大変ね」 沙座鬼の元に続々とリベリスタが集う。境内に影を落とすのは、すでに沙座鬼1人となっていた。 「全滅、ですか……」 「どうします?」 妙に興奮した様子で迫る影時に若干後ずさりつつも、 「無論、迎え撃つまでです。あなた達の敗北を温羅様への貢ぎ物としましょう!」 「望むところだ!」 出し惜しみなどする必要はない。あとは、互いに全力をぶつけ合うのみ――。 ● 鬼が居た。かつて日ノ本で鬼謀の限りを尽くし、悪名を轟かせたという。 しかしそれは昔の話。 今は緩やかな陽の下、木の幹に背を預けて眠っているのだとさ。 乱入してきた男は名前を聞かれるとガラキ、とだけ答え、 「んだよ、オレの出る幕なかったじゃねえか」 と、半ばふて腐れてどこかへ消えてしまった。縁があれば再び会うこともあるかもしれない。 勝ち得たのは一先ずの勝利。 いくつもの戦場で繰り広げられる戦いの先に何があるのか。今はまだ、誰も知らない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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