●寂、漠 「おいおい」 ソレは吐き棄てる。嘲笑にも見える微かな憂いを、弱々しい春先の日差しにかざしながら。 「こりゃないよな」 首を振る。腕と足が長い体躯は、良く均整がとれているように見える。その比率だけならば。 だが巨腕から伸びる鋭い爪を石灯篭に食い込ませる姿を美丈夫と称するには、あまりにも問題が多かろう。 伸ばし放題の髪は赤銅に波打ち、身の丈は二メートルを越える大男である。 褐色の体に呪術めいた白の刺青を施し、視線は虎のように鋭い。 その異彩を強烈に印象付けているのは、牛のような大きな角だ。 丑寅の顕現。鬼である。 「っざっけんじゃねえぞ」 彼はその足で、おもむろに石灯篭を蹴り付けた。 干菓子でも割るように砕け、石粉が舞い上がる。無造作に注連縄が引きちぎられる。 「若!」 踵を返すこともなく鷹揚に頷く鬼の後ろに歩み寄るのは、さらに別の鬼だ。 口が裂け、髪は短く、先の鬼よりも更に頭三つは大きい。手下であろうか。 そんな鬼が何体も立っているのだ。異様な光景である。 鬼と呼ぶならば、こちらのほうが、より『それらしい』姿をしている。 「これで、ようやく立ち入ることが適いましたな」 彼にとっての世界はすっかり変わり果てていた。 その場所を人間達が山手の御崎神社と呼んでいることなど、知る由もない。 「しかし忌々しい人間共、斯様な封印など……」 言葉が最後まで続けられることはなかった。 突如。若い鬼が手下の頭をつかみ、地に叩き付けたのだ。 「るせーよ」 この程度の結界に立ち入ることが出来ない雑魚の戯言など、彼の知ったことではなかった。 その場所は、何物かに侵食されていた。 現代の人間達は、それを神社と呼んでいる。あれを鉄筋と呼んでいる。コンクリートと呼んでいる。 彼には、その光景が我慢ならなかった。 ここは神聖な戦いの場所だ。幾星霜を経て舞い戻ることが出来た場所なのだ。 かつてここには村があり、何人もの勇者達が居た。 彼は戦い、殺し、破壊し、誇示し、奪った。 だが彼がそこに居座ることが出来たのは、ほんの短い間だった。 「――よ」 今、なんと呼んだか。 「こんなクソな社はブっ壊して、すぐ出してやんよ」 几帳面に鳥居を潜り、歩き出す鬼の行軍はどこか奇妙で、余りに非現実的で―― ●鬼殺 「鬼の事件が頻発していることは、みなさんもご存知のことかと思います」 桃色の髪が揺れた。 中でもアークが『禍鬼』と呼ばれる鬼と、そしてクェーサーの娘と接触したことは、記憶に新しい。 リベリスタ達が持ち帰った情報では、鬼達はこの『禍鬼』をリーダーとして統一された行動をしているらしいのだ。 結局、どういうことなのだろうか。そもそも先ほどの映像には強烈な違和感があった。現代人なのか。あれ。 「そういえば。日本語でした」 イタリア人の少女は、流暢な日本語で答える。 いや、鬼って日本語喋るのかもしれないけど。そうじゃなくて。 「そうですね……」 どうしたものだろう。深く考えなくていいのだろうか。 「伝説って、どういうものなの?」 あまりの事態にリベリスタが投げかけた質問は、随分とアカデミックなものだった。 「彼等の伝説は、残念ながら現代にはほとんど残っていません」 西暦にして二百から四百年頃の話だとは聞くが、諸説あるため真偽の程はわからない。 答えながら『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)が資料に眼を落とす。 おそらく調べてきたのだろう。 「この神社に、当時の何かがあるってこと?」 「神社そのものが出来たのは、おそらく十世紀以降と思われます。それ以前は役所だったようです」 どういうことだろうか。ずいぶん開きがある上に、話が朧に過ぎる。 「おそらくここに住んでいた土着の地方豪族の領地を鬼達が侵略し、それを『桃太郎さん』が救ったのではないでしょうか」 そして役所が建ち、やがて神社となったと。気が遠くなる話だ。 なるほど。リベリスタ達が続きを促す。 「鬼達は、この神社に御神体として保管されている勾玉の破壊狙っているのではないかと思います」 勾玉と言われても、観光地のアクセサリショップで見かける程度の印象しかない。 「破壊っていうと?」 「今回、万華鏡は『禍鬼』率いる多数のグループによる大規模な殺戮を陽動として、岡山県内の霊場にある『吉備津彦』の封印を破壊を目論んでいると思われます」 虐殺に封印の破壊……って。 「そして鬼達は『吉備津彦』との戦いの中で失った仲間達を復活させること。 最終的には王である『温羅』の復活を目標にしているのではないかというのが、アーク本部の見解です」 御伽噺の続きじゃないか。伝説に次ぐ伝説の嵐、それも神代の言い伝えとは、なんということだろうか。 大体、どこからどこまでが重要な情報なのか。 「まずは、勾玉とやらを破壊から守れってことでいいの?」 「はい。勾玉の破壊は絶対に阻止してください」 次に能力が知りたい所だ。エスターテがモニタを指差す。 「この部隊のリーダーと思われる小柄な鬼は、他の鬼と比較して戦闘力が極めて高いようです。 歴戦のリベリスタでも一撃で倒れる危険性があります」 静謐を湛えるエメラルドの瞳がリベリスタ達を見つめる。 「どうか、お気をつけて」 言われるまでもない。リベリスタ達は各々資料に視線を落とし始めた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月03日(土)00:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 気づいているのか、それともいないのか。 物陰を移動しながら様子を伺う『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)達の横目に広がる光景は、どこか不可解だった。 鬼達の目的は、王である『温羅』と眷属達、つまり彼等自身の仲間の封印を解き、現世に復活させることである。 ならば直にでも封印のありかを探し出して、どうにかすべきであろう。 なのになぜ鬼達は、まるで神社の破壊に拘っているような素振りを見せているのか。 それに彼等は身を潜めているとはいえ、彼等と同格、あるいは格上のフィクサードであれば、この程度は気づいてしまいそうなものでもある。 しかし鬼達はあくまで熱心に神社の破壊を止めようとしていない。 だがリベリスタ達の作戦は始まったばかりである。その実行に支障はない。 作戦は攻撃と囮の二手に別れ、囮班が作り出した隙を見計らって背後から奇襲することを根幹としている。 そもそもアーク本部からの情報から判っているのは、鬼のリーダー禍埜利はとにかく強力だという程度でしかない。 このような状況、その程度の情報で、そこからどれほどのことが出来るのだろうか。 それでも拓真の近くに控える『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)と『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)は、アーク最高峰の要塞といっても差し支えないだろう。 更に攻撃班が擁する『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は、敵の行動を可能な限り封じこめるために、装備に尋常ならざるほどの調整を行っている。 そして快と共に策を持つ『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)も居るのだ。その知性の冴えもさることながら、彼もまた鉄壁を誇る。 新興組織とはいえ、僅か一年の間に爆発的に強化されていったアークだが、その中でも彼等は、別所に控える囮班の面々も含めて最高峰の布陣の一つに数えられるだろう。 これだけのメンバーが出来うる限りのことをやろうというのだ。通用しないなど、早々考えたい事態ではない。 これからの作戦、その個々は小手先の作戦なのかもしれないが、そこからの積み重ねを成功させてゆくためにも、初動で出来る限りのアドバンテージを稼いでおきたい所だ。 拓真達は出来る限り、これからの奇襲に集中したい。幸いにも神社には物陰になりそうな場所が数多くあった。 眼前で次々に神社の施設を破壊してゆく鬼の巨体と膂力を考慮すれば、ただ姿が見えないという程度でしかないのかもしれないが、この場合はそれが重要なのだ。 鬼達は既に手水舎を粉砕して着々と――しかし遅々と歩みを進めている。 「待て!」 瓦礫と化しつつある建築物が崩れ落ちる音を切り裂き、凛と響くのは美声。 囮の一員である『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)は、この光景をこのまま見送り続けるわけにはいかない。 鬼達が一斉に振り返る。七対十四の瞳が一身に注がれる。あまりに威圧的な巨躯は、少女の華奢な背を僅かな汗に湿らせた。 彼等にしてみれば千年振りの現世なのであろうが、その間に変わり果てたであろうこの世界は、人が積み上げてきた歴史、その証だ。 この封印を安置する山手御崎神社とて同様なれば、封印共々破壊させるわけにはいかない。 リセリアは既にその速度を限界まで引き出す術を見に纏い、鬼達の前にその身をさらけ出している。 銀色の髪が冷たい春先の風にさらさらと靡いた。 重要なのは、あくまで距離を置いていることだ。 アーク最高峰の身のこなしを誇るリセリアと言えども、その全てを捌ききろうとしたならば、どうなるか知れたものではない。 突如虚空に出現した二振りの鎌が、漆黒の孤を描きリセリアに迫った。彼女は一度目を軽々と、二度目を間一髪回避する。 予測よりも少々鋭いが、残像を身にまとうソードミラージュが避け得ぬ程ではない。 こうして彼女が蹴りつけ、舞い上がる土煙が戦いの幕開けを告げる。 ● リベリスタ達は、あえて交戦を僅かに遅らせることで、可能な限り己の能力を高めている。 万全な状態で囮班は行動を開始した。 凶つの月が放つ歪みの光が真昼の神社を染める。 鬼達の顔が苦悶に彩られる。 この場に破壊のエネルギーを叩き付けるのは、『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)の本意ではない。 神は違えど八百万が一柱。敬意を払わない理由にはならないのだ。 どこか神聖な気配を感じさせる和装を見れば、想像出来るかもしれない。 (彼等はいったい、この地にどんな因縁を持っていたのでしょうか――) 一抹の申し訳なさを感じつつも、彼女は考える。 鬼達の行動は、封印を司る勾玉ではなく、あくまで神社の破壊のように見えるのだ。 「なぜ斯様に荒ぶりたまうのかっ」 ゆえに、柔和な声色を振り絞るように問うた。 「また邪魔しやがんのかよ、人間がッ!」 返ったのは禍埜利と呼ばれる鬼の怒声だ。 鬼達は本殿に向かおうとしていたが、禍埜利を除けば積極的には踏み込もうとしていないように見える。 何故か。脳裏に何かが引っかかる。 「うぜえ、潰してやんぜッ!」 迸る雷光が蛇神の巫女を貫く。 全身を縛られるような電撃が纏わり続けているが、あと一撃ならば耐えられるといった所か。 迫る鬼が巨大な錫杖を振るい、風を切り裂く衝撃を放つ。向かう先はリセリアだ。 再び一撃をかわすが、次は肩かすめた。 身体を貫く膨大な衝撃は、彼女の細身を地に縫い付けんとするが、その腕をバネにして即座に体勢を立て直す。 簡単に当たるものではないが、一撃が余りに重すぎる。 これを古代の勇者、吉備津彦は打ち破ったというのか。 それでも『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)の心は揺るがない。 今はなき桃太郎の代わりに鬼を懲らしめてやるのだ。 アーク本部の情報からも、眼前にした光景からも長期戦は不利だろう。 作戦に変更はない。一気にあらん限りの全力を叩き込むまでだ。 集中から放たれる電撃が瞬時に弾け、鬼達を包み込む。ぶすぶすと肉が焦げる臭いが広がる。 拡散された雷光は、それでもその全てを合わせれば禍埜利の一撃にも匹敵しているはずだ。 鬼達は囮達に釘付けになっている。僅かな間に負った傷は浅くないが、今がチャンスだ。 そあらが本殿の前に立つ。 彼女は犬のビーストハーフであるが、桃太郎のお供の犬ではない。 団子につられて鬼退治をするわけではない。これはさおりんのためなのだ。 いちごの為だったらどうだろう。否、今の時代は『愛情エンジン』(←ここ大事)だ。 「喰らうがいいのです」 巨大な苺が鬼達の頭上に放られる。 あまりの光景を刹那ぽかんと見上げた鬼達であったが、炸裂と共に広がる甘酸っぱい香りが鬼の心をかき乱す。 誰よりもいちごを愛するそあらだけが操る必殺の奥技であった。 「てめぇらッ!」 禍埜利の一括にも聞く耳持たず、鬼達の一部は仲間の頭に、肩に、腕に、迷わずかぶりつく。 果実に見えているのだ。しかしかじりついたものはあくまでも仲間の身体である。 すぐさま騙されたとばかりに、怒声と共にこぶしを叩き付ける。 魅了された鬼達の同士討ちには、どことなく逆恨みの成分が混入しているような気もするが。 三体の心を操ることが出来たのは大きな戦果だ。酷い光景だけど。 兎も角。 「貴様達は此処で止めさせて貰う、全力で行くぞ!」 拓真はこの機を逃すわけにはいかない。 裂帛の気合と共に、二振りの刃が禍埜利の分厚い胸板を袈裟十字に切り裂く。 集中から放たれた生死を分かつ一太刀は肉を引き裂き、夥しい血が拓真の丹精な頬を微かに彩る。 光が放った雷撃の上に重なる剣撃は、並のフィクサードであれば一撃で倒れてもおかしくはない。 それでも揺らがないのは、敵が人ならざる証か。 「若ッ!」 「やりやがる。手前は」 「……リベリスタ、新城拓真」 名を聞かれ、貫くように巨体を見据える。 「貴様の知っている、かつての勇者がどうだったかは知らん」 再び拓真が構えた。流れる剣が風を斬り、刀身を走る鬼の血が砂利を濡らす。 「……だが、勝つ為に貴様という試練……踏破させて貰う!」 「来やがれ」 思わぬ好敵手の出現に鬼が牙を剥き、吼える。否、笑っているのか。 これで鬼達を挟み込んだ。拓真に続き、リベリスタ達が次々に追撃を仕掛け、魅了を逃れた鬼達が反撃する。 リセリアの剣が同士討ちを誘い、光とそあらが癒す。大和が創り上げる不吉の月は、鬼の身体を蝕むばかりか二度も不運を呼び起こす。 次々に傷つけられる鬼達だが、それはリベリスタも同じ。鬼達の一撃は余りに鋭く重い。 既にリベリスタ達全員が傷を負っている。そして大きく押され始めていた。 それでも彼等は耐えている。既に誰もが満身創痍の身で、だがまだ誰も倒れていない。 そして―― ● 「わざわざ退治されに復活とは、ご苦労様だな!」 快が声を張り上げる。激戦の最中、禍埜利の眼前に飛び込んだのだ。 「それを守ればこっちの勝ちだ!」 禍埜利が牙を剥く。 「ああ、一足遅かったね。勾玉は我々が確保したよ」 ヴァルテッラがアタッシュケースを掲げて見せた。 直後に放たれる気糸が目を逸れて頬を穿つ。鬼が震える。 「流石温羅の眷属だな、主に似て愚鈍だ」 「ブチ殺せッ!」 たかがブラフだ。延々と騙しおおせられるほどのものではないだろう。だがこの一瞬で、鬼達の注意は全て囮達と拓真から彼等へと注がれた。 それまで何かに注視していればこそ、奇術にも陥れられるというものだ。 快に、ヴァルテッラに、鬼達の棍棒が振るわれる。衝撃が身を貫く。その全てを彼等は耐えしのぐ。口中に血の味が滲む。 そあらが放つ莫大な魔力が、彼等を癒し、足を地に繋ぎ止める。 そして圧倒的な熱量が膨れ上がった。 大和とそあらが叫び、リベリスタ達は次々に身の守りを固める。 禍埜利が振るい上げる腕から放たれる不死鳥は、視界を燃え盛る緋色に覆い尽くした。 「ボクは……勇者なのです」 小さな身体が焼け焦げる。痛みを感じているのか、感じていないのかすら分からない。それでも彼女は絶対に諦めない。恐れずに立ち向かう。 一転、地獄の光景の中で、大和自身が、光が運命を従える。あと何度も受ければ、全員がただではすまないだろう。 先ほどのトリックがなければ、どれだけの被害があったかわからない。やってやったという所だ。 更に炎の中で禍埜利の拳が快に迫る。暴風のように叩き付けられる一撃と比較して、引き締まった快の身体はずいぶん小さく見える。 両手で握り締める小さな守り刀の上から、拳が次々に叩き付けられる。踵がめり込み、砂利を跳ね上げる。 歴戦のリベリスタと言えども、わずか一瞬、ただの一撃で戦闘の継続が不可能になるほどの打撃だ。もしかしたら――死ぬかもしれない。 だが快は顔を上げる。 「あんまり人間を――」 ただ目の前の鬼を見据える。 「――舐めるなよ」 巨大な腕を押し返し、跳ね上げる。禍埜利が僅かに後退る。 一撃の重さなど承知している。それでも全て受けきり、仲間を守るために鍛え上げてきたのだ。 だから守護神は倒れない。絶対に折れない。運命すら従えず、残された体力に鞭を打ちつけ立ち続ける。 目の前の小さな生き物に禍埜利は言葉もなく、虎の目を見開いた。 (長い間封印されて、見慣れた景色が一変してしまったと言えば、彼らの身の上も随分と悲劇的ね) こうして紡ぎ出された思わぬ死角から、ドレスの少女が肉薄していた。 ――ま、どうでもいいけれど。ため息一つ。 「鬼退治を始めましょう」 その戦場に余りに似合わぬ可憐な装束に包まれているのは、どこか冷めた瞳だ。 背負う小さな日常の為に、僅か一手を遅らせて、成さねばならないことがあった。 糾華の繊細な指先から紡がれる細い細い気糸が、禍埜利の首に絡みつく。 たとえ鬼達がいかなる境遇にあろうとも、今現実に害を為しているのであれば対処する他ない。 (第一、外来種ごときが大きな顔し過ぎよ――) 禍埜利がもがく。赤褐色の顔が怒りでドス黒く染まっている。 「自慢の怪力でこの糸を引きちぎってはいかが?」 どうにか動きは止めている。この間に出来る限りを尽くさなければならない。 それから二順。 戦場は膠着を極めているが、禍埜利が気糸を振り払うたびに糾華の追撃が禍埜利を貼り付けにする。 もとより、そう何度も成功するとは思っていなかった。 それでもいい。彼女は、小さなアドバンテージを積み上げるために、ただこのためだけに、全ての精力を傾けている。 そあらが掲げる苺から放たれる癒しによって、持ちこたえることが出来ている。 リベリスタと鬼が命を削りあう。鬼達の体力は無尽蔵とも思える程に高い。 それでも血は流れ続けている。鬼に癒し手は居ないのだ。削り続けているはずである。 禍埜利が三度目の気糸を振り払い、糾華が吹き飛ばされる。 「力だけで私達を打ち倒す道理なんて存在しないわ」 力ずくなんて好きじゃない。 折れた肋骨が胸を傷つけたのだろうか。むせ返ればドレスが赤く濡れる。 それでも運命までは砕けない。砕かせない。 「さて、お嬢さんにばかり苦労をかけては、名折れというものだからねえ」 傷つき尚、鷹揚ささえ感じるヴァルテッラの力強いつぶやきに快が頷く。 「鬼さんこちら、ってな!」 黒鬼に狙われるそあらを守るために、僅か一度だけ禍埜利が手を離れた。癒し手を落とすわけには行かなかったからだ。 理性からも、その戦いのセンスからも、良手だったことは理解出来る。致し方ない状況ではあった。だがその間に少女の運命が削られた。 彼はそれを許すことが出来ない。仲間を守ると決めたのだ。二度はやらせない。 決意と共に閃光が弾けた。禍埜利は目の前の生き物が理解出来ない。 己の身を傷つけることすら出来ぬ存在が、折れず、倒れず、歯向かい続けてくるのだ。 鬼の身に湧き出す激情は、返す答えは怒りでしかない。憤怒に任せて再び快に拳を振るう。 「ま、何にせよ」 左腕の無限機関が灼熱を吐き出す。 「まずはこれを生き延びる事だがね」 かつて奪った神秘の奥技――業爆炎陣が鬼達を焼き払う。 攻めるだけでは勝つことが出来ない。守るだけではどうにも出来ない。彼等には、僅かなチャンスを生かすしかない。 赤々と燃える痛みと引き換えに、漸く二体の鬼が沈む。この程度で朽ちるような雑魚に用はない。そのまま死ねと鬼達が吼えた。 仲間達の身体を踏みしめ、棍を、杖を、リセリアに叩き付ける。視界が白く染まる。しかし運命を従えて、彼女は倒れない。 こうしてまた、幾ばくかの時が過ぎ去った。 ● 鬼達はあくまで封印を解くよりも、神社の破壊を優先し、リベリスタ達と出会ってからは戦いに集中している。 単に目の前に事象にとらわれる質なのだろうか。 疑問を抱いた大和、戦いながらも敵の観察を続けるヴァルテッラには、鬼達の立ち回りが注連縄や、御符を避けているようにも見えた。 より多く、何らかが利用出来たのかもしれないが、構っていられる余裕はない。 それにリベリスタ達は不確かな情報に賭けるのではなく、己の力量、人類の知恵をもって挑んだのだ。この戦いは、勝たねばならない。 ここで勝てなければ、鬼の王になど勝てるものか。 快は何度耐えたろう。こんなこと、彼以外の誰に成しえようというのか。 これまで何度となく鬼の体力を削り落としてきた大和とて既に限界が近い。最早大技を放つ体力は残されていなかった。 雷撃が拓真とヴァルテッラを焼く。ここで彼等が倒れなかったのは奇跡だろうか。否、ここまで彼等が積み上げてきた研鑽がそうさせたのだ。 強敵であるからこそ燃え上がる。それが勇者の魂というものだ。光の闘気が拓真の雷陣を打ち払う。 リセリアの剣に一体の鬼が倒れる。そあらが最後の癒しを放つ。これでもう後がない。 再び振るわれた糾華の気糸に禍埜利が締め上げられる。執拗に狙い続ける彼女は、鬼を幾度封じてきたことだろう。 そろそろ誰しもが限界だ。体力が、神秘の力が、最早残されていない。 「俺の持つ全ての手練を尽くし、貴様を討ち果たさせて貰うぞ──!」 拓真の剣が空に閃き、禍埜利の腕に突き刺さる。それだけか。これだけなのか。 違う。鬼がそのまま腕を振るう。拓真がなぎ倒され、肩を、後頭を、地に打ち付ける。 それでも彼は歯を食いしばる。薄れる意識を従える。 「禍埜利よ!」 彼は握り締めた剣を離さず、力強く突き出した。 大きな虎の瞳を抉り抜く。鮮血が溢れ、鬼が腕で顔を覆う。唸りを上げる。 拓真の腕が、身体が震える。鬼の腕に突き刺さる剣が、鬼の腕が震えているのだ。 ――この俺が怯えているのか。 ――逃げるのか。この禍埜利が。 人間風情にッ! 神代の伝説が揺らいだ。後退った。 満身創痍の鬼達が立ち尽くす。 「貴様らの頭はあの様子、退くならば追撃はせん」 ――どうすると、バリトンが響き渡る。 鬼達が退きはじめる。 リベリスタは追わなかった。 こうして勝ち得たのは、まず一戦の勝利だった。 各地でこのような多数の軍勢が鬼の王の為に動き、復活を果たさせようとしているという。 「……強大なる鬼の王とは、一体どの様な存在なのだろうねえ」 実に、興味深い――紳士は几帳面に髭を撫で付けた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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