岡山で起こった「鬼」事件。 何処から現れたとも知れない鬼達が暴れ回る危険な事件であり、年明けからアークが対処に追われることとなった厄介な事件である。当初は手がかりを掴むことも出来ず、事件に追われる形になっていた。 そこに、先日転機がもたらされた。 アークのリベリスタが『禍鬼』と呼ばれる鬼と接触して、重要な情報を手に入れたのだ。それによると、鬼達はこの『禍鬼』をリーダーに共通の目的を持って動き出そうとしているらしい。 鬼達の目的とは彼等の王、つまり鬼の王『温羅』の復活だ。 『禍鬼』をはじめとする鬼達は、ジャック事件で日本の崩界が進んだ事で封印が緩み、復活した。『禍鬼』は封印のバックアップをする県内各所の施設を蹂躙し、『温羅』を含む強力な鬼の復活を目論んでいるのだ。 そして今、万華鏡が『禍鬼』の姿を感知する。 奴は鬼達を纏め上げて、封印の破壊に乗り出そうとしている。加えて、リベリスタを良く知っている。白昼の街中に鬼を放ち、大惨事を引き起こそうとしているのだ。 アークとしては人間に害意を持つ危険で強力なアザーバイド達がこれ以上勢力を増す事を看過出来ないし、陽動と分かっていても街中の鬼を捨て置く訳にはいかない。 岡山県内の各霊場に戦力を派遣し、封印の破壊を目論む『禍鬼』の企みを阻止すると共に一般人の命を守らなければならない。 こうして、岡山県を舞台に鬼と人との激戦が今一度始まろうとしていた! ●戦いの風が鳴る 「みんな、集まってくれたか。それじゃあ、説明を始める」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達は、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)がいつになく険しい顔をしているのに気付く。元々、常に険しい顔をしている少年だが、いつもとは気配が違う。「モリゾー」と呼んでも流した辺り、それどころではない何かが起こっているのだろうと感じさせる。 「あんたらも聞いていると思うが、岡山で起こっている鬼事件の続報だ。やはりアレはただのアザーバイド事件じゃなかった。ジャック事件で崩界が進んだことで、かつて封印されていたアザーバイドが復活をしていたってことが判明したんだ」 守生が説明するには、鬼達は『禍鬼』と呼ばれる鬼をリーダーに、鬼の王『温羅』復活を目指しているということだ。 「連中は1000年以上も前に、過去のリベリスタ『吉備津彦』に封印されていたアザーバイドだそうだ。それが例の忌々しい事件のせいで封印が緩んで、ってことらしい」 それが『禍鬼』と接触したリベリスタ達のもたらした情報だ。鬼との交戦経験のあるリベリスタの顔が自然と引き締まる。敵の正体が分かったのなら、やりようはあるはずだ。 「あんたらも知っての通り、奴らは強敵だ。それを束ねる王が復活したとなると、只のアザーバイド事件じゃ効かない大惨事は引き起こされるってのは想像に難くない」 現時点でも鬼による犠牲者はそれなりに出ている。正直……想像もしたくない事態だ。 「そこで『吉備津彦』を始めとした過去のリベリスタ達も、事前に備えはしていた。岡山に存在する霊場、祭具、神器といったものを封印のバックアップにしていてな、それがある限り、大物の鬼は出てこられないそうだ」 この話を聞いて、リベリスタ達の緊張が解ける……などということは無い。守生の言わんとするところに気が付いたからだ。 「そう、だからこそ当然『禍鬼』もそうした封印の破壊に着手している。しかも、ご丁寧に俺達が封印の守護に回れないように、一般人を襲おうとするオマケ付きだ」 ここまで説明したところで、冷静さを取り戻す守生。そして、機器を操作して地図を表示する。 「そういうわけで、あんた達には連中の作戦の阻止に向かってもらうわけだが……この戦場はちょっとばっかし状況が違うんだ。」 表示された地図の場に存在したのは、歴史の闇に消え去った霊場。岡山県内の中国山地にひっそりと存在する地下霊場らしい。あるいは、意図的に歴史から消したのかも知れない。悪の心を持った者達に利用されないために。 「残念ながら、ここの封印は既に破壊されている。だが、鬼達はここに留まって儀式を行っているんだ」 儀式の内容はひたすらに杭で、人間を打ち、貫き、殺すという単純なもの。殺された人間は山のように積み上げられているのだという。 「この杭はおそらくアーティファクトの一種だ。殺された人の無念や絶望、そして生気を集めているらしい。そして、その力が一定量を超えたとき……この霊場に封印された『大物の鬼』が復活することになるようだ」 語る守生の顔はいつもに増して蒼白だ。フォーチュナの性質上、何か感じてはいけないものを感じてしまったのかも知れない。リベリスタ達もごくりと息を呑む。 「つまり、あんた達に頼むのは儀式の阻止だ。鬼達の戦力を増強させるわけには行かないからな」 そう言って守生は画面に鬼の姿を表示させる。現れたのはガリガリに痩せた老人のような姿の鬼だ。一見貧相にも見えるが、実際の体躯は3m近くあり、ぎょろっと見開かれた眼からは怨嗟の念をはっしているかのようだ。 「こいつがこの鬼達の指揮を行っている貪穀(どんこく)って鬼だ。陰湿で欲深く、卑劣な性質をしている。どんな卑怯な真似をしてくるか分からないからな、気をつけてくれ」 儀式が行われている霊場は、30m四方の正方形の部屋だ。その四隅に4匹の鬼がいて、杭を打つ儀式を行っている。入り口は辺の1つの中央に当たるということで、当然相手は邪魔をしてくるだろう。それなりの数の鬼が控えているのだ。 「加えて、地下霊場の入り口にも見張りが立っている。2匹の鬼で、赤いのと青いのがいる。以前、俺が担当した事件に出てきたのと同じタイプだな。何らかの参考になるかもしれない」 見張りではあるが、それなりの戦闘力を備えた鬼だ。侮れる相手でもない。だが、こいつら相手に時間を食うと、その間に儀式も進んでしまうだろう。確実に倒して行きたい所だ。 「敵の数は多いし、かなり厄介な戦場だと思う。ただ、鬼達の思うようにさせるわけにも行かない。説明はこんな所だ」 何かを抑えるような表情の守生。初めて正真正銘の死地にリベリスタを送り出す少年としては、自分の力の無さに歯痒さを感じているのだろう。だが、少年は必死にそれを押さえ込んで、いつものように送り出しの言葉を口にする。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 ●鬼は祈り、捧げる ぐしゃ 嫌な音と共に秘されし霊場を守護する、最後に残った封印の石像が壊される。 「やったぜ! これで俺の逆転勝利だ!」 「あー、ったく、オレが使った球がボロ過ぎるんだよ」 「へへ、勝負はそこから始まっているんだぜ。俺の目利きも大したもんだろ」 封印を破壊したのは、鬼達が投げつけた人間だ。抗うことすら許されない圧倒的な暴力を前に、彼は人間を護るための封印を壊す道具としてその生を終えることとなったのだ。そして、鬼達はそれを遊戯として楽しんでいるのだ。笑いながら。けらけらと愉快そうに笑いながら。 「たわけ! それはお前等如きの遊び道具ではにゃい!」 そこにぼろぼろの法衣を纏い、あたかも餓鬼のような体つきをした鬼が一喝を飛ばす。 その声に鬼達は縮み上がる。 「それはあの方を蘇らせるのに使う道具じゃぞ! 分かったら、外の見張りに向かわぬきゃッ!」 「へーい、貪穀様」 貪穀と呼ばれた鬼に叱られた2匹の鬼は渋々と霊場の外に出て行く。 それを不機嫌そうに見送った貪穀は、気を取り直すと杭を手に取る。 「まったく……禍鬼殿の力添えでこの厳重極まりない場に入れたというのに、それも理解出来にゃいとは。みゃあ、良い。この調子で我々の封印が解かれれば、急ぐ必要も無くなるのだきゃらな」 部下の小鬼が若い女性を引き立てて来る。鬼達の面白半分の悪戯で、既に彼女の服はボロボロに引き裂かれ、足の骨も折られてしまっているのだ。だから、二の足二の腕を鬼が持ち上げて連れてきた。最早、恐怖で涙も流れない。もっとも、貪穀は女性自身に興味を持っている様子は無い。頭の中は既に別の考えで満たされているようだ。 「街で暴れる者達も役割を果たしてくれようし、ここまで来れば、あの方の復活も間近じゃにゃ」 ここで額の角を撫で上げる貪穀の顔に笑みが浮かぶ。腐った性根を存分に表現した、いやらしい笑みだ。 「歓べ、女! おみゃえは、あの方の復活の一番最初の贄とにゃるのじゃ! キーッヒッヒッヒ!」 歓喜の声を上げ、貪穀は杭を打ち下ろす。 すると、杭は女性の正中線を貫き、彼女の命を奪う。 それを見て、鬼達は手近な人間を手に取ると、それぞれに所定の場所に向かう。 儀式はまだ始まったばかりだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月03日(土)01:00 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●鳴動する邪悪な風 小幡詩織は、先の受験で東京の大学に合格した19歳。 東京での1人暮らしを親に認めさせるために、説得は苦労した。 1年間の浪人生活は周りに迷惑をかけたし、自分でも辛かったと思う。 そうして、苦労がようやく報われた、と思った時に悲劇は起こった。乗っていた電車が鬼達に襲われたのだ。何が起こっているのか、訳が分からぬままにこの洞窟に運ばれ、訳が分からぬままに命を奪われようとしている。 この場に自分を19年間、大事に育ててくれた両親がいないのは救いなのか。 安部徳次郎は、3月に退職を控えた初老の男だ。 ちょうど、初孫の出産も近いとあって、忙しいと同時に楽しみでもある。 今までは仕事一辺倒で、十分に父親らしい、あるいは夫らしい振る舞いを出来ていたとは思っていない。 だから、こちらに引っ越して、長年連れ添った愛妻と悠々自適に過ごすつもりだった。新しいことにチャレンジしたいと思って、社交ダンスのスクールに申し込みもしている。それなのに……。 「良いじょ、良いじょ! 絶望の力が集まっておりゅ!」 そのがりがりに痩せた手に握った杭を振り回して、快哉の声を上げる貪穀。 乱杭歯からしゅうしゅうと息が漏れ出て妙な発音になっている。だが、それでも集められた者達には十二分に意味は伝わる。 この怪物達は、無為に、無価値に、無意味に、無慈悲に、無造作に、自分達の命を奪おうとしているのだ、と。 人々が嘆きと絶望の声を上げる。 だが、それは貪穀を、そして彼に従えられた鬼達を喜ばせるだけだ。 詩織は貪穀の前に引き立てられる。 徳次郎は鬼卒に引きずられて、杭を持つ鬼の前に連れて来られた。 他にも様々な人生を持つ者達が、鬼の杭の前へと差し出される。 呪術鬼の祈りが一層、大きな声になる。 鬼達は笑い、哂い、嗤う。 人々は絶望し、己の命を諦めた。 「キーッヒッヒッヒ! 者共よ! 風鳴童子(かざなりどうじ)様の復活は近いじょ!!」 杭が振り下ろされる。 儀式が始まって数刻。既に両手では数え切れない命が奪われていた……。 ●戦場を貫いて 「ひゃっほう! 喧嘩だ喧嘩だぁッ!!」 「人間共め、邪魔しに来るとはいい度胸だな!」 岡山県内の某山中。誰からも忘れ去られていた霊場の入り口。 リベリスタと鬼の戦いは既に始まっていた。 神秘の力をぶつけ合う戦いだ。鬼達の数は少ないが、その破壊力は脅威の一言に尽きる。彼らの耐久力もあって、決して油断できるものでは無い。しかし、それを理由に引くことが出来る戦いで無いのも事実だ。 「ミーノのすぺしゃるな戦闘しき! たんのーするといいのっ」 『おかしけいさぽーとじょし!』テテロ・ミ-ノ(BNE000011)の元気良い声と同時に、仲間達の身体を翼が包み込む。それは同様に彼女が展開した防御結界の効果も相俟って、鉄壁の守りを与える。 「絶対に、止めるんだ!」 強い意志と、己の運命を弾丸に込める。 後は引き金を引きこむだけ。 『さくらふぶき』桜田・京子(BNE003066)の放った弾丸は、わずかの誤差も無く青鬼の目を撃ち抜く。多少の傷には呻き声も上げず、むしろ戦意を高揚させていた鬼。しかし、この一撃にはたじろぐ。 崩界が進んだことで解けつつある、鬼の封印。 それを破壊するため、鬼達はここにいる。 それを護るため、リベリスタ達はここに来た。 お互いに勝利を譲るわけには行かないのだ。 「に……人間風情がぁッ!!」 青鬼の金棒が振り下ろされる。それに触れたのなら、何であろうと木っ端微塵に砕け散るだろう。 まさしく、御伽噺に語られる破壊と暴力の権化。その表現にふさわしい一撃だ。リベリスタ達は連携によって被害を最低限に抑えているが、ただ能力に目覚めただけのものであれば、抵抗すら出来ずに倒れるしか出来ないだろう。 しかし、ここに集まったリベリスタ達は違った。青鬼の視界内から『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の姿が消えたかと思うと、いつの間にか懐の中に入っている。 「貴方達に構っている暇はありません」 うさぎの手に握られた涙滴型をした11枚の刃が、青鬼の身体に死の刻印を刻み込む。刻印は鬼の身体を蝕み、いよいよ苦しみの余りに膝をつく。 しかし、うさぎの攻撃の手がそれで緩むことは無い。一層、刃を振るう速度を上げて、畳み掛ける。 うさぎの表情からは、その感情を読み取ることが出来ない。その実、感情は不安定に揺れている。元々、慎重に見えて臆病な性質の持ち主だ。犠牲が出ることを食い止めきれない悲しさ、悔しさが心を締め上げてくる。 鬼達の総指揮を執る禍鬼の陰謀により、各所で鬼達による襲撃事件が発生している。彼は知っているのだ。人間には他者を思いやる、優しさという感情が存在することを。リベリスタと呼ばれる人種の多くが、虐げられる無辜の民を看過出来ない性質であることを。 加えて、今も鬼達が護る闇の奥底。封印の霊場では、『大物の鬼』を蘇らせるために、殺戮の宴が繰り広げられている。 リベリスタであれば、いや、まともな神経を持つ人間であれば、平常心を保つなど出来やしない。 だから。 「香夏子、本気です」 普段は眠たげな目をしている『第16話:鬼退治だよ全員集合』宮部・香夏子(BNE003035)。彼女の瞳にも本気が宿っている。 「ふざけるなッ! ここまでやっておいて、ただで帰れると思うなッ!!」 青鬼が金棒を振り上げる。 両手持ち大上段。 相手の頭蓋を粉砕する、一撃必殺の構えだ。 しかし、香夏子は臆さない。自分よりも倍の大きさを持つ怪物に対しても、臆する様子は微塵も無い。 小さな手に握られた魔術書が紐解かれる。その魔力は槍となって青鬼の心臓を穿つ。 「香夏子、本気です」 今度は青鬼からの返答は無かった。 代わりに答えたのは、赤鬼だった。相棒を殺された、怒りの雄叫びだ。 本来ならば、早々に霊場に撤退して、仲間に危機を伝えるのが先決だろう。しかし、鬼達にそのような常識的な戦術は存在しなかった。欲するがままに奪い、欲するがままに壊すことこそ彼らの在り方なのだ。 そして、赤鬼は大きく息を吸い込むと、口から灼熱の炎を吹き出す。おそらくは、互いに仲間を巻き込まないよう使用を控えていたのであろう。しかし、今となっては使うことに何の躊躇いも無い。 炎がリベリスタ達の身体を焼く。赤鬼は燃え尽きたリベリスタ達の姿を想像し、口元を歪める。 しかし、リベリスタ達は屈しない。炎を断ち切るように、『守護者の剣』イーシェ・ルー(BNE002142)が姿を現わす。 「鬼如きが人間を侮るな!」 裂帛の気合と共に剣が振り抜かれると、破滅的な破壊エネルギーが赤鬼に叩き付けられる。 話に聞くだけでも気に入らない儀式。鬼達に対する怒りは、確実にイーシェへ力を与えていた。 そして、それは彼女に限った話では無い。 「大丈夫ですか! 助けに来ました。待っていて下さい!」 『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)が洞窟の奥へと声を出す。奥で死を待つばかりだった人々に、助けが来たことを知らせているのだ。 自分達の存在を敵に知らせる愚かな行為であろうか? いや、そんなことは無い。 鬼達の儀式は人々の絶望と生気を奪うことで成立するのだと言う。であれば、自分達の到来を知らせることで囚われた人々の心に希望を抱かせれば、儀式の進行をわずかなりと言えど、遅らせることは可能なはずだ。 加えて、人々の心が苦痛を感じる時間を少しでも減らすことが出来るのだ。やらない理由など、何処にも無い。 「絶対に許さないからな」 『覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)が、普段の残念さからは想像も出来ない冷ややかな怒りを湛えて赤鬼を睨む。先程からも何合かやり合っており、彼の傷も決して浅くは無い。その一方で、鬼に与えたダメージも決して少なくは無い。 一気にケリをつけるため、夏栖斗は攻勢へと転じる。 赤鬼の炎をもらいながらも、気を練り、間合いを詰める。 赤鬼は炎の勢いを増して夏栖斗を止めようとするが、夏栖斗は止まらない。 そして、その内に赤鬼にも限界が来る。 「すぅぅぅぅぅぅぅッ!」 息が続かなくなり、炎が途切れる。そのわずかなタイミングを夏栖斗は見逃さない。 「そこだぁぁぁぁぁぁぁッ!!」 軽く放たれる掌打。しかし、それは破壊的な気を送り込むためのものだ。赤鬼の身体の中を爆発音が駆け巡る。 「ぐふぅっ!?」 怒りに燃える赤鬼が血を吐く。そして、それが彼にとって命取りとなった。 「これで終わりにしよう」 生まれた隙へ容赦無く『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)は追撃を行う。 赤鬼の身体は既に限界を迎えていた。為す術も無く、倒れ伏す。それを見て、ようやく一息つく。 「ふぅ、思ったよりもかかってしまったのだね。間に合えば良いのだが」 「まだ……大丈夫だと思うな。増援を差し向けてくる様子も無いし」 『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)が、洞窟の奥へと意識を集中させると、そこから発される声が漏れ聞こえてくる。どうやら、見張りがやられることはある程度織り込み済み。鬼達にとって重要なのは、儀式を完遂することなのだろう。 「ただ、儀式を急かしてはいるみたい。ここでのんびりしている暇は無いかもね」 向こうもリベリスタの到着を予見していなかったとは思えない。余裕は決して多くは無いのだ。 「それじゃあ、みんな。怪我を治すの。集まってなの!」 仲間達に呼びかけたのは『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)。彼女が詠唱を行うと、福音が響き渡り、リベリスタ達の傷が癒えていく。 負ける相手ではなかったが、楽観出来る訳でもなかった。リベリスタ達が負っていた怪我はその証拠だ。このまま向かっては勝利も覚束無いだろう。そして、皆の怪我が癒えたのを確認すると、ルーメリアは表情を引き締め、洞窟を睨む。 あの先に、捕えられ、殺されるのを待つばかりの人々がいる。 あの先に、人々を苦しめる悪鬼の群れがいる。 恐れる心を怒りで捻じ伏せる。 「絶対に助けにいくのっ まってて、みんな!」 ルーメリアの声に、リベリスタ達は頷くと、それぞれに覚悟を決めた表情で洞窟へと向かっていった。 誰もいなくなった戦場を、風が通り抜けた。 ●悪鬼の宴 リベリスタ達が洞窟を駆け抜けると、しばらく走った先に霊場は存在した。 忘れ去られてしまったとは言え、元は厳かな場所だったのだろう。だが、いまや鬼達によって無残に破壊され、見る影もない。鳥居だったと思しき柱は折られ、霊的な守護を司っていた要石は砕かれている。 その中に鬼達はいた。5匹の鬼が杭を持ち、狂乱の声を上げながら何かに杭を打ち込む。杭を引き抜いた後には、鬼卒が何かを積み上げた場所に、杭を打たれたものを投げ、さらに高く積み上げる。篝火の元では、子供ほどの大きさの鬼が一心不乱に祈りを捧げていた。儀式は確実に進行していた。 捕えられた人の姿はまちまちである。殆ど怪我の無いものもいれば、大怪我を負わされているものもいる。ただ、全員に共通しているのは、鬼卒に見張られ、恐怖のあまり動きが取れないということだ。 そして、リベリスタ達は踏み込もうとした時に、ふと気付く。足元に何かが転がっている。そう言えば、フォーチュナからも「足場が悪い」とは聞いていた。足場を確認しようと、明かりを向ける。 「ひっ」 軽く悲鳴が上がる。 「そ……そんな……」 明かりを向けられた先には、首があった。無念の涙と血に顔を濡らした初老の男のものだ。胴体とは繋がっていない。 よくよく見ると、他にも転がっている。オシャレなデザインの腕時計が巻かれた腕が落ちていた。ヒーローのデザインが描かれた靴を履いた小さな足があった。 そこに至ってリベリスタ達は、何故フォーチュナの資料に「足場が悪い」と具体性を欠いた表現が為されていたのかを理解した。無意識の内に、彼の本能がこの惨状を理解することを拒絶したのだ。 「酷い、とっても残酷なの……人の命をなんだと思ってるの……!」 「ほんと胸糞の悪い……さすが鬼ってところかな?」 思わず言葉を失うリベリスタ達。様々な思いが彼らの胸を去来する。涙が自然と流れ、吐き気を抑えるのに精一杯なものもいる。少なくとも、こんな所業を行う悪鬼に対して湧き上がる怒りだけは同じだ。 そんなリベリスタ達に、ようやく鬼達が反応する。いや、あるいは彼らがどのような顔をしているのか、それを眺めるために待っていたのかも知れない。 「ほうほう、来たきゃ。現代の革醒者共。しょの程度の数で我らを止めあっれると思うたきゃ」 しゅうしゅうと嫌な音を立てながら、貪穀がリベリスタ達を嘲笑う。その声を聞いて、イーシェは顔を拭う。 「コレまたなんつーかエゲツねぇ儀式ッスね。まあ、止めるんスが」 剣を抜き放つと、並ぶ鬼達を眺める。 「コレまたエゲツねぇ布陣ッスね。まあ、止めるんスが」 胸に湧き上がるのは、この悪行を為した鬼達への怒り。ただそれだけだ。 「コイツらの何もかもが気に入らねぇッス。その角をへし折ってやる」 そう言って全身に闘気をめぐらせるイーシェ。発せられるオーラは、目の前に立ち並ぶ鬼達全てを合わせたものに、なんら遜色は無い。 「言ってくれるにゃ、小娘。お前りゃも風鳴童子様への生贄としてくれりゅ。吉備津彦の後に続くものを捧げればあの方もさぞかし……」 「ふざけるな!」 貪穀の言葉を切ったのは夏栖斗の怒りの声だ。普段はお人好しな彼だが、我慢にも限度と言うものがある。そして、この儀式の光景は、それを遥かに超えていた。 「面白半分で殺して傷つけて、恐怖を糧にさせて!」 若い怒りが夏栖斗の中に満ちて行く。こいつらだけは、決して生かして帰さない。 一方、ヴァルテッラは比較的冷静だった。目の前で繰り広げられる惨劇に怒りが無いでは無い。しかし、それと同時に神秘を求める研究者と言うのも、彼のもう1つの一面なのだ。 (生贄を消費した大儀式か。そこまでして蘇るのは、一体どんな鬼なのか。まあ、碌でも無い存在なのは間違いないだろうが、少々興味深くもあるね) 心の中で呟くヴァルテッラ。そして、先程耳に残った言葉を質問してみる。 「風鳴童子、と言ったか。それがここに封印されている鬼なのかね?」 「様をつけぬきゃ! 人間!!」 今度は貪穀が怒った。その表情には狂信的なものが宿っている。 そして、怒りを吐き出した後に、息を整えると血に塗れた杭を見せ付ける。 「如何にも、ここに眠りゅ方こそ、風鳴童子様! 偉大なる王、温羅様に捧げる調べを奏でりゅ方よ!」 「なるほど、ならばお前にもその風鳴童子とやらにも、私の神秘への糧となってもらおう」 ヴァルテッラは体内の無限機関をを起動する。戦いのためだ。これから始まる戦いには全力を尽くすことになるのだから。 「貴様らこしょ、風鳴童子様の糧とにゃるがいい、人間共。儀式は止まらにゅぞ! 貴様ら、虚弱貧弱無知無能な人間共には止められぬわぁっ!!」 貪穀の言葉に京子が顔を上げる。その瞳には強い決意が浮かんでいる。 「私に運命を変える事が出来るかな、とは思うよ。だけど、悩んでちゃダメだよね。今、私はもっと強い勇気が欲しい。絶望を希望にする、その勇気が」 手に持ったリボルバーを貪穀に向ける。 「その勇気で、この儀式を止めてみせる」 自分の決意を弾丸に込め、今は全力で戦うのみだ。 そんな京子にうさぎは頷くと、生贄として捕えられた人々に向けてスマートフォンを掲げて見せる。 「連絡を受けた本隊が間も無く来ます。それまでの辛抱ですよ!」 そして、さらに貪穀に顔を向ける。 「そしたら、貴方方は皆殺しだ。儀式は我々が邪魔しますし、無駄死にすると良い」 「ふん。わざわざ敵の前でそれを増援の存在を知らしゅだと? 街の人間を見捨てりゅなど出来まい? 謀るなら、しょれらしい嘘をつかぬきゃ」 「我々の連絡規則に則った規定上の連絡ですが、貴方方にはない習慣なのでしょうか?」 ヴィンセントがフォローを入れると、うさぎもそれに続ける。貪穀の顔が歪む。 「はっ、我々の総規模を舐めすぎです。封印される前と今で人間の数が段違いなの、気付かなかったんですか? 馬鹿ですねえ」 当然、2人が言っているのは嘘だ。だが、それはおくびにも出さない。相手の士気を下げれば、儀式を阻止できる可能性がそれだけ上がるのだ。今にも命を奪われそうな人々にも、希望を与えなくてはいけない。だから、必死に隠し通す。自分達の言っていることこそ真実、増援が今にも来るのだと信じる。 「キーッヒッヒ、にゃら良い。それが真実だとしても、風鳴童子様が蘇れば、その程度!」 これ以上は互いに言葉を交わしても意味は無い。一刻も早く儀式を終わらせて、人々を解放するだけだ。リベリスタ達が覚悟を決めると、鬼達も武器を構える。 「狙いは杭打ち鬼及び杭の破壊、皆さん良いですね?」 香夏子の言葉に皆が頷く。ただ、漫然と会話をしていたわけでは無い。儀式に必要とされるアーティファクト、杭はこの場に5本。部屋の隅にいる鬼の手に握られているものが4本、貪穀の手に握られているものが1本、合計で5本だ。これらを全て砕けば、リベリスタ達の勝利だ。 逆に風鳴童子が召喚されるまでの間、杭を守り抜けば、鬼達の勝利だ。 決して、リベリスタ達にとって有利な戦場とは言えない。だからこそ、運命すら変えて見せるとリベリスタ達は誓う。 「さぽーとけいはかいとーしミーノ、さんじょうっ!! ミ-ノもがんばるっ! ばっちりみんなをおたすけするの~!!」 テテロの明るい声が戦場に響く。それが、戦端を開く合図となった。 ●悪鬼の群れを破れ! 「これが私の切り札だ。存分に味わうと良い」 ヴァルテッラは無限機関を暴走させると、そこから強大な破壊のエネルギーを引き出す。現れた炎は自身の身を焼きながらも、鬼達の身体を焼いていく。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある。この戦いに置いては、一切の妥協を行うつもりは無い。 「弾幕張るよっ!」 そして、燃え盛る炎の中に虎美が弾丸を撃ち込む。迷いが無いでは無い。この戦いは封印された鬼達が復讐に乗り出したのだとも言えるからだ。 (封印されるのも当然だけど、あくまでこっちの理屈だしね。封印とやらを守って狩らせてもらうよっ) しかし、それは同時にここで人々が殺されるのを見過ごして良い理由にはならない。だから、思いの丈を込めて弾丸を撃ち続ける。 その炎と弾丸が踊る中、うさぎもまた炎と一緒にダンスを踊る。 「キーッヒッヒ、どうした? 援軍は来にゃいのか? それとも、ここの者達を見捨てるのきゃ?」 「流石、調子の良い嘘がお得意ですね」 貪穀の言葉を冷たく流すうさぎ。これ以降は無視すると決めた。変に関わっても時間の無駄だ。 と、その時、気付いた。鬼達の動きが妙だ。 鬼卒達が攻撃をして来ないのだ。逆に守りを固めて、リベリスタ達の進軍を阻もうとしている。 気付いたのを察してか、貪穀の顔にいやらしい笑みが浮かぶ。 だが、まだその程度のことで諦めたりはしない。 「だったら、1体ずつ潰していくだけだ。吸血鬼とただの鬼、どっちが強いかなんて、心があるかどうか!」 夏栖斗は叫ぶと掌打を放ち、鬼卒を打ち据える。さすがにこれは効果があったようだ。 倒せない敵がいるわけでは無い。だったら、一歩一歩着実に進んで、届かせるだけだ。 「おーにさんこっちら~てーのなーるほーへっ」 テテロが歌う声に釣られたのか、小鬼から呪詛の念が飛んで来る。それに負けないよう、心を強く持つ。この念によって、上手く攻撃も支援も集中させることが出来ない。だからこそ、わずかでも被害は減らさなくてはいけない。 攻撃の間隙を縫う様に香夏子が動く。夏栖斗の背中で影のように走っていた彼女は、全身のエネルギーを解放する。すると、現れた赤い月が鬼達に不吉な予言を与えていく。 「力の続く限り、行きます」 香夏子が鬼達を睨むと、貪穀も歯軋りをする。狡猾なこの鬼は、相手が簡単に勝たせてくれる相手では無いと悟ったのだ。ならば、力を尽くすしかない。ここを乗り越えれば、風鳴童子様に取り入ることも難しくは無い。そうすれば、栄耀栄華は思いのままだ、と。 「死ぃぃぃぃぃぃぃにぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」 貪穀の手から怨念の波動が放たれる。リベリスタ達は、わずかの躊躇いも見せずそれに立ち向かう。 儀式の中心部で、互いの力がぶつかり合った。 ●生命を護るため、今 その一方で、残ったメンバーは部屋の隅で杭を打つ鬼を倒すべく、行動を起こしていた。 当然、余裕のある鬼卒が壁として道を塞ぎにやって来る。そこへヴィンセントの持つショットガンから放たれた弾丸が、雨霰と容赦無く降り注ぐ。相手の防御は硬い。だったら、根性で当ててやればいい。彼の師匠の言葉だ。 「鬼は吉備津彦の時代からまるで進歩していませんね。今更王など起こしてどうするのです?」 こんな芸当は簡単だ、そんな顔をするヴィンセント。この場で求められているのは敵の殲滅では無い。儀式の阻止だ。相手が恐れをなして逃げ帰ってくれるのなら、それに如くは無い。 「ふん、そにょようなこと、我らが考えるまでもにゃい! 温羅様は蘇れば、我々を導いてくださりゅ!」 「本気で進歩が無いですね。鬼と違い、人は吉備津彦の時代より寛容になりました。投降をお勧めします」 ヴィンセントの言葉に貪穀はカマイタチを起こして答える。そのつもりは無い、ということだ。 「貴様らこそ、隷属を誓うなら生かしてやってもよいじょ」 荒れ狂うカマイタチ。事前に予想していた通り、貪穀は生贄となるべき人間を巻き込むことに躊躇は無い。あるいは、この事態を見越して、必要以上の数を集めていたのだろうか。その邪悪な想像に京子は唇を噛み締める。 冷静に自分を抑える。でも、それだけじゃない。怒りは全て、鬼達に叩き付けてやれ! 京子は願う。運命すら捻じ曲げる力の加護を。 しかし、奇跡は起こらない。 「それなら、それで十分だ!」 京子は天井に向けてリボルバーの引き金を引いた。すると、そこから炎が落ちて戦場を燃やしていく。 舞い散る炎は、まるでちょっと早い桜吹雪のようだ。 運命を捻じ曲げれば勝てる、等とは思わない。こんなもの、人々を救うための手段の1つに過ぎない。だが、使える手段があるというのなら、それは全て使い尽くしてやる。胸の奥にある記憶がちくりと痛む。だから、戦える。 鬼卒の壁が消え去り、杭打ちの鬼に迫るリベリスタ。すると、持っていた杭を振り回し、リベリスタを近寄らせまいとしてくる。距離を取ってから、増援が来れば、と思っているのだろう。 しかし、そんな甘い考えは通らない。 「いやぁ、鬼退治っつうのも乙なもんスよね」 杭打ち鬼の前へ恩寵の鎧を纏った少女が立つ。軽いノリの言葉とは裏腹に、目は冷ややかだ。 鬼は危険を感じて逃げようとする。しかし、そもそも部屋の隅にいるのだ。都合よく逃げられるはずも無い。 「杭を打たれる気持ちを味わってみるがいいッス!」 剣を振り下ろしながら、イーシェは爆発させる。己の闘気を、そして鬼達に対する怒りを。 その生と死の狭間を分ける、破壊の一撃は、鬼を真っ二つに断ち切り、続けて手に持っていた杭も砕く。 「これで1つ、次に行くよ!」 京子が叫ぶ。それは間違い無く、囚われた人々に希望を与えた。 「今のうちに外に逃げて!」 ルーメリアの声に導かれて逃げ出す人々。 それを後押しするかのように、高位存在の力が癒しの息吹として顕現する。 まだ全員救えたわけでは無いが、それでも少しはマシになったはずだ。 (しっかりしろ、ルメ! 勝負はこれからなの) ●死闘 リベリスタ達が杭を破壊していく一方で、場にはまごう事無き邪悪なエネルギーが渦巻いていた。目にはっきりと見えるわけでは無い。しかし、幾多の戦いを経てきたリベリスタ達の第六感は、確かに警鐘を鳴らしている。ここにいたらまずい、今すぐ逃げるのだと。 しかし、諦めるわけには行かない。 貪穀も含めて、現在蘇っている鬼達だけでこれ程の惨事を引き起こせるのだ。風鳴童子とやらまで起きたらどうなってしまうか。だったら、戦うだけだ。抗うことで起こせる奇跡もある。 「香夏子EP不足です! 余裕あったらフォロー願います」 「ミーノにまかせるのっ」 香夏子とテテロの意識が同調すると、香夏子に再び力が湧き出してくる。もちろん、お互いに満身創痍だ。それでも、まだ力を引き出せる限りは戦える。 その時、部屋の隅の一角から乾いた音が聞こえた。 音のした方に目をやると、壊れた杭を抱えながら倒れる鬼の姿があった。胸には風穴が開いている。 「これで3匹目です! 皆さん、待っていて下さい!」 ヴィンセントは弾薬の残量を確認しながら、捕えられた人々に逃げるよう促す。既に倒した鬼に興味は無い。やるべきことは、為すべきことは、いくらでもある。周辺で膨らむ邪悪な気が、それを教えてくれる。 「後は火力で押し切るッス!」 そう言うイーシェは、既に剣を振るう力も残っていない。その破壊力は突破において多大な貢献をしたが、さすがに連戦に継ぐ連戦だ。既に力など尽きている。それでも精神力はまだ残っている。戦う意志が残っていれば、体を動かすことなど造作もない。 イーシェは鬼に思い切り噛み付き、その血を啜った。 そして、限界が近いのは貪穀率いる鬼達も同様だ。 守りを固めていた鬼卒達は全て倒され、祈りを捧げる小鬼にも倒れたものがいる。貪穀は、防戦の傍ら、足元に残った人に杭を打ち込み、必死に儀式を進行させている。 「あと、すきょしぃッ……!」 貪穀が足元の子供を殺そうと杭を振り上げる。その時だった。 「がはっ」 それを防ごうと、夏栖斗がその身を盾にして庇う。杭は彼の胸を貫き、盛大に血を流す。 「キーッヒッヒッヒッヒ! 愚かにゃり、愚かにゃり、愚かにゃりぃぃぃぃぃッ! 貴様ら人間共はいつもしょうだ! 弱いものを助けてにゃんににゃる!?」 「不器用だから、自分の体張って守ることしかできねーんだよ」 貪穀の哄笑を浴びながら、夏栖斗は立ち上がる。もはや、生きているのが奇跡のような怪我だ。 「弱いものを助けて何になるかって? 死ぬつもりはないけどな、命がけの覚悟くらいはできてんだよ!」 夏栖斗はボロボロの身体を引きずって、掌打を打ち込む。怪我で身体はふらつき、意識も朦朧としてきた。それでも、この危険な戦場に立っているのだ。今までの戦いが、倒れることを許さない。 しかし、無情にも『それ』の気配は近寄っていた。何かがひび割れるような音を、リベリスタ達は聞いたような気がした。 「やめて……もうやめてよ……! ルメはみんなを護りたいのに……お願い、早く止まってよ……!」 ルーメリアが涙を流しながら叫ぶ。しかし、その涙は奇跡を呼ばない。今の彼女には祈ることしか出来ない。少しでも早く、戦いが終わることを祈るだけだ。そして、その祈りは癒しの調べとなって、仲間達に最後の力を与える。 「そこの汚らしい角をした鬼、こちらを向きたまえ。風鳴なんとかなど、復活させぬよ」 「私、この戦いが終わったらお兄ちゃんに褒めて貰うんだ……!」 スーツは煤に塗れ、無限機関はスキルの反動で軋みを上げている。それでも、ヴァルテッラは毅然と貪穀を挑発し、気糸で腕を絡め取る。わざと名前を間違えるのも、鬼の気を削ぐためだ。 虎美は傷つき震える手で必死に自動拳銃を握り締める。この銃を握って、兄のことを思えば、まだちょっとだけ力が得られるはずだ。 「まだ負けてないよ、最後まで諦めない」 「嘆くのも泣くのも後だ……くそったれ」 京子は杭打ちの鬼に狙いを定める。まだ間に合う。この最後に残った杭打ちを落せば、後は余裕の無い貪穀に集中砲火。それで終わりだ。 普段表情を見せないうさぎは、その実感情は豊かである。しかし、今それを見せてしまうわけには行かない。そうしたら、何のために今まで鬼達を倒すことに心を割いて来たのか分からなくなる。 「キヒ……キヒヒ……間も無く……間も無きゅじゃ……蘇りゅ……蘇りゅぞぉぉぉぉぉッ!!」 「させるかぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」 その時、戦場を雷が貫いた。 その時、戦場に突風が吹き荒れた。 そして……リベリスタ達が今まで感じていた、『それ』が顕現した。 ●目覚める邪悪な風 ぴしゃーん 狭い部屋の中、雷が荒れ狂い、竜巻が巻き起こる。 それは逃げ遅れた人々を、力尽きようとしていた鬼達を、無残に引き裂いていく。 相手が何者であろうと容赦の無い、圧倒的な暴力だ。 その中心、台風の目と言える場所に、それはいた。 10に届くか届かないか位の子供がいる。 纏っているのは、見ようによって巫女装束とも取れる、極彩色の水干。 髪は後ろを襟足で真っ直ぐに切り揃えている。 すっとした鼻筋に、色の白いほっそりとした顎。とても美しい顔立ちをしており、パッと見た限りでは、少年なのか少女なのか判別が付かない。 1つ明らかなのは、額の右側についた角。鬼であるという、明らかな証左だ。 この場には多くの鬼がいた。醜怪なものも、強大なものも。そのいずれとも違う、小さな、美しい鬼。しかし今出てきた鬼は、それらの鬼達よりも圧倒的に強烈なプレッシャーを放っていた。 「おお……風鳴童子しゃま……」 現れた鬼に手を合わせて祈る貪穀。 「お前は……貪穀だったな。良くやった、ボクを封印から解き放ったのはお手柄だ」 鬼というイメージからは余りに程遠い、見た目にこの上なくふさわしい、涼やかな風のような声で礼を述べる鬼。貪穀は手を合わせて伏し拝む。 「もったいにゃきお言葉……」 「だけど……」 しかし、その美しき姿も甘い声も、全ては上っ面だとリベリスタ達は悟った。その薄っぺらい皮の中には邪悪な本性が隠れている。 「これはお前如きが好きにして良いものじゃない。ボクの玩具だ」 「ひ、ひぃぃぃぃぃッ!? しょ、しょんな……」 既に貪穀は先程まで見せていた残酷さも、狡猾さも失っていた。ただ、ただ、命を奪おうとする小さな暴君から、どうすれば赦しを得られるかしか考えていない。 「人間にやられて弱ったお前なんかを救って何になる? 死ねよ」 こきっ 小さな鬼が貪穀の首に足を置くと、一思いに踏み締める。すると、貪穀は白目を剥いて動かなくなる。 「さて……と」 貪穀を殺した鬼は、リベリスタに向き直る。とっさに身構えるリベリスタ達。夏栖斗はさっきの戦いの中で逃げられなかった子供を庇うように抱き締める。 「お前達が今の世の革醒者か? 吉備津彦とはまた違うようだけど」 「あなたが風鳴童子ね……」 京子の返事と周囲の様子を見て、鬼は察した。それで十分だ。 「そういうことだよ、革醒者。偉大なる王、温羅に仕える四天王が一、風鳴童子とはボクのことさ」 これで確定してしまった。かつて吉備津彦が厳重な封印を施した『大物の鬼』。その一柱が蘇ってしまったのだ。その事実はリベリスタ達を震わせる。 「貪穀がいるなら、禍鬼の奴も蘇っているのかな? 何処にいるのか知らない?」 風鳴童子はプレッシャーをかけながら質問する。いや、恫喝していると言った方が良いだろう。 「知っていても、教えるものですか」 「ふぅん、多少骨はあるみたいだね。なら、良いや。今はアレも手元に無いし、現代がどうなったかも見ておきたいから、答えなくていいよ」 「逃げる気っスか!?」 イーシェが追いすがろうとする。しかし、それを意にも介さず、風鳴童子は印を結んだ手を天井に向ける。すると、発せられた雷が閃く。 「きゃっ」 もうもうと撒き上がる粉塵。それが晴れると、天井に大きな穴が開いているのが見えた。こいつがやってのけたのだ。目覚めた、強大な力を持つ鬼が。 「逃げる? 馬鹿を言うなよ。逃げるってのは勝てない時にするものだろ? ボクはボクの用事のためにここを離れるだけだよ」 「見逃すと思っているんですか」 ショットガンを構えるヴィンセント。しかし、それを尻目に風鳴童子はその名の通り、風に乗って飛び立った。 「お前達はボクの目覚めを、風鳴童子の目覚めを仲間達に告げるんだ。そうして、封じてくれた恨みをボクらがどうやって晴らすのか、恐怖しながら待っているんだ! ハーッハッハッハ!」 笑い声を上げながら、風鳴童子は空いた巨大な穴を突き抜けて行く。最早追っても間に合わないだろう。 そして、プレッシャーが消え去った後でヴァルテッラが呟く。 「中々に……強大な相手のようだね」 どれ程の力の持ち主かは分からない。しかし、万全の状態でも勝てるかは怪しいだろう。ましてや、仲間達が疲弊しきっていることを考えると、勝ち目は無かった。 「ああは言われたけど、とりあえずは報告しないとね……」 虎美はふぅと息をつくと、ぺたりと座り込んでしまう。今見えた風鳴童子の力は、ほんの一端に過ぎないのだろう。それでも、今後の戦いのために、それを知らせなくてはいけない。香夏子もそろそろ限界が来て、壁にもたれかかる。 その中でルーメリアの目から涙が溢れ出す。 結局、全ての人を救うことは出来無かった。 杭に打たれて命を失った人も、鬼達の攻撃の巻き添えにされた人も、風鳴童子が虫けらのように殺された人も、瞼に焼きついている。 「ようやくジャックの事件が終わったと思ったら、次は鬼だし……平和は遠いのかなぁ……」 ポツリと呟くルーメリア。そんな彼女の背中を、テテロは優しく撫でる。 ルーメリアの問いに答えられるものはいない。 鬼。 その邪悪なアザーバイドとの戦いの風は、今吹き始めたばかりなのだから……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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