●不導体の不動体 三ツ池公園、中の池。 上空に揺らめく崩界の大穴から、一滴の雫が注がれる。血のように赤いそれは、 物理法則に従って球体を取ると、音もなく中空で静止する。 禍々しい輝きが明滅したかと思えば、見る間に水を吸い上げて纏わせ、肥大化を繰り返す。 やがて、水上に現れたのは水で作られた立方体。 池の水とは明らかに違う色をたたえたそれは、ゆっくりと陸上へ向けて移動を始める。 水面を、魚が――否、魚型のエリューションが跳ねる。 次の瞬間、立方体から伸び上がる無数の棘に貫かれるとは知らぬまま。 ●^3(cube) 「水は、生物にとって文字通り生命線であり、その根幹を担っています。足りずとも、多くとも、 変質していようともその生命に多大な影響を与えるナイーヴな物体です。だからこそ、 敵として相手にする時は最大限の注意を払う必要があります」 背後の映像に浮かぶ水の立方体を、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)はそう評した。 「アザーバイド、識別名称『A^3』(アクア・キューブ)。 一立方メートルほどの水分を立方体として整形したもので、中央の赤い物体がその本体になります。 特性としては、周囲の水は『純水』であること、これに尽きます」 「純水……理科とかで使うアレか? 飲むなって言われる」 思い出すように首をひねるリベリスタに、夜倉は大仰に頷いてみせる。 「その通り。純水は電流を通しません。 言うまでもなく火に強いです。凍りやすくはありますが、致命的には成り得ません。 加えて、周囲の水をあらゆる手段で減らしても、そもそも周囲には池が存在します。 撃破するとしたら、コアに攻撃を通す必要がありますね。それと――もうひとつ」 思い出すようにぽつりぽつりと説明していくと、ある一点で言葉を止める。 相応に重要な場所なのだ、ということだろうか。 「アザーバイドが攻撃を受けた際、水が飛び散るのはわかると思います。この際、周囲の人間から ランダムに『飛び散った水で呼吸器を塞ぐ』行動に出ます。遠距離攻撃をおこなっても、 被害を被るのは周囲の人間です。ガスマスクは有効かもしれませんが、そのうち呼吸が途絶えます。 呼吸を要さない能力や、水中での呼吸が可能であれば問題ありませんし、対処は如何様にも……。 対処がなければ、相当な不利益が有りうることをお願いします。 無論、この対処任務は決死隊ではありません。危険だと判断したら直ちに撤退してください。 三ツ池公園とは、そういうところですから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月03日(土)23:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●立方の悪意 嘗ての決戦の傷跡は、その中央に鎮座する巨大な穴ひとつで十二分に足りるだろう。 それだけの脅威、それだけの狂気がその地の空気を異質にし、新たな脅威を吐き出して育て上げる。 「閉じない穴……実際に目にするのは初めて」 「全く、何でも出てくるのねあの穴は」 『鉄鎖』ティセラ・イーリアス(BNE003564)と片桐 水奈(BNE003244)の視線は、共に頭上の大穴に向けられていた。片や、初めての邂逅に対する驚きと畏れ。片や、幾度と無く起きたこの大穴の余波による討伐依頼の複雑さに対する、僅かな驚きと呆れにも似た感傷。 今も何処かで、嘗て命を落としたフィクサードが、其処にいただけの生物が、異界の来訪者が、姿形と意思とを替えて絶えず現れ続けている。それは、単純な脅威に他ならなかった。 三ツ池公園・里の広場。決戦の地であった広場を一望できる位置にあるそこに現れた立方体は、音も気配もなく、しかし存在感だけをいや増してその地に浮遊し続けていた。血を吸ったように、或いは血そのものであるかのように鎮座するそれがアザーバイドであり、倒すべき相手であることは疑いようもない事実。 「あの赤が本当に血の赤を吸う事の無いよう、必ず此処で止めてみせましょう」 『不屈』神谷 要(BNE002861)の声の硬さは、その決意に比例する。守ってきた意地と矜持がその身にあり、救えなかった過去がその決意の地鉄を裏打ちした。貪欲なまでに立ち続け、屈することを由としないその瞳に迷いはない。 「……水、しかも純水か。きわめて厄介な相手だな」 ガスマスクを準備しつつ、アルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)は対象の状態をつぶさに確認する。既に視界に収める程度には接近し、その姿も確認はしたが、やはり自然の条理を超えた「純水」の輝きは、彼女に警戒を促すには十分過ぎる。自然界にあってはならない純粋さは、それだけで不可侵の毒を彷彿とさせる。 「面妖・奇怪・厄介なれど、皆様と力を合わせれば必ずや打ち倒せましょうぞ」 朗々たる調子で決意を口にし、斬馬刀を構えるのは風音 桜(BNE003419)。完全に蜥蜴の因子を取り込んだ頭部から発せられる声はややくぐもってはいるものの、その意思を伝えるに不便ではない辺りが神秘である。というか、その古風な言葉遣いもまた、雰囲気を増していると言えようか。 「純水……ありとあらゆるを取り込もうとする溶媒。その中心にいるソレは、果たして何を得たかったんだろうね?」 くすり、と自らの思索に浸り、薄く笑いを零したのは『枯れ木に花を咲かせましょう』花咲 冬芽(BNE000265)。目の前にその姿を晒すアザーバイドの打倒に際し、油断なんて以ての外だ。欲するならば与えよう、されどそれは望まざるものを。そんな意思を孕んでいる。 「水の塊が相手ねぇ。手応えなさそうじゃない。もっとも、それなりに危険みたいだけどぉ……」 その姿、その悪意に対する油断はない。しかし、相対すに足る相手か、という疑念は『痴女悪魔』因幡 浮夏(BNE001939)の中にはあった。この戦場において、彼女は射手としての技能を排し、ただ敵の前に立ち続けるだけの意思と力の壁である。そういう在り方を、体現するものだ。 ……と、まあ。 基本的に緊張感溢れるこの戦場に於いても、緊張感ブレイカーというか、そういう系メンバーは当然のように存在する。特に味は変わらないのに調味料の打点を高くするような、まあそういう系統である。 (黒マント用意すればよかった……某暗黒卿的な) シュコー、とガスマスク越しに呼気を漏らす『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)の思索や外見は、普段の彼を知るものであれば「何時も通りか」と胸を撫で下ろし、或いはため息混じりに首を振るかも知れない。だが、これでも彼は彼なりに全力で場に赴いているのだ。 彼我を遮る遮蔽物はなく、その距離は間合いに一足足りぬ程度。僅かな呼吸が響いた後、その戦端が開かれる。 ●平方の戦場 ガスマスクの軽い呼吸音が尾を引いて、終の拳が振り上げられる。 冷気を纏った拳が滑らかな軌道を描き、立方体の一面へと打ち込まれ、白く爆ぜ、飛び散った氷ごとゆっくりと凍りつき始める。道連れにする様に、彼へと氷塊が降り注ぐが、僅かに頭を傾げてやり過ごす。肩口を裂いた氷の鋭さに僅かに舌打ちが響くが、オープニングヒットとしてはこれ以上ない一撃だ。 次いで接近した浮夏がダブルシールドを打ち付けて、僅かに重心を前へと傾ける。能動的な攻撃ができないとしても、集中砲火へのリアクションを果たすことは大いに有り得ることを考えれば、動き続けられる彼女がここから離れることは、恐らく許されないだろう。不退転の決意を、その技巧の封印に。 「耐え切ってみせましょう、全員で!」 要のブロードソードが振り仰がれ、魔を寄せ付けぬ光がリベリスタ達を包み込む。常に危険に曝される前衛に対し、その危機の低減化は大きなアドバンテージを生み出すと言っていい。背後から飛び込んでいく冬芽が影を纏って構えを取る。自らの運命をチップに、勝利(のる)か敗北(そる)かの賭けに出る。それは彼女にとって、決して恐れることなどではない。やってみせると意気込んで、実現を望む意気込みそのもの。 「前衛を信用しているもの、支えないとね」 水奈の詠唱が短く響き、全員の背に仮初の翼を授けていく。彼女の指揮能力と相まって、翼は大きな影響を以て彼らの挙動に貢献し、閃く。 「邪魔に鳴らぬよう気を付けねばなりませぬな……」 自らに闇を纏い、低く姿勢を保つ桜の背後から、ティセラの銃弾とアルトリアの一撃が続けざまに放たれる。各々の攻撃精度に意思を賭け、全力を尽くしたそれらが砕けた立方体のヒビを広げるには十分に過ぎ、確実にそのコアをさらけ出そうと砕いていく。 次々と砕けた氷片は、水として形を変質させ、接近しているリベリスタへ次々と襲いかかる。立て続けに二度の責め苦を味わう浮夏の負担は決して小さいものではないが、それでも耐え切ることを前提としている以上、その肉体は揺らがない。それしきでは、耐え切れないとは悲鳴を上げるに値しない。 凍りついた純水は純粋であるがゆえに強く結びつき、融解することを許さない。動けない。崩れて行く。悲鳴のように次々と飛来する氷片は冬芽を、或いは終の動きを同様に止めていくが、長期的な被害を齎すには至らない。浮夏の盾が進路を塞ぎ、連続する攻撃が着実にそのかたちを歪めていく。血よりもさらに鮮やかに光るコアがその姿を晒し、桜の放った闇が軌道こそ逸れはすれど、明確にヒットする。勝てる――快哉を上げ、意気を上げる彼らの希望を、しかしそのアザーバイドは見逃さなかった。許さなかった。 氷が、コアを覆うように形を変えていく。次第に融解するそれが少しずつ意思を増し、素材感を増し、悪意を増す。 リベリスタたちの力が全て善意と意思からくるそれであるならば。 この一点のシミのようなアザーバイドの力の源は、ただ蹂躙するという悪意から発するそれだ。 「コアが……!」 「え、ちょっと溶けるの早くない!?」 要の警句と、呼気と共に吐き出された終の焦りを含んだ声に折り重なるように。 水の刃が、浮夏へ向けて放たれた。 ●苛烈な線上を渡れ 振るわれた刃は二度。限りなく低い確率の糸目を縫ったその一撃は、盾を超え、彼女の肉体へ喰らい付き、蹂躙する。たった一手、偶然の下に起きた連撃が、ただそれだけで彼女の決意を根本から毟り取る。両断された肉体を、しかし運命が結びつけ、蹂躙を無傷へ修復する。 「――ふふふ。その身が許す限り、どんどん取り込んじゃえっ♪」 そんな惨状を目の当たりにしたところで、冬芽の魔力は死の爆弾を生み出す事に淀みない。コアを覆う液体を吹き飛ばした、その飛沫が彼女のマスクを、ボンベを覆い、動きを止めて、それでも活路は見出した。 「落ちてきた事を後悔させてあげるわ」 低く吐き出した息に乗せ、ティセラは再びの一射を向ける。当たりはする、ならばそれを繰り返すだけだ。そう自らに命じた彼女だが、しかし人間の肉体が生み出す射撃精度は、全てを均一の結果へと導かない。僅かなタイミングのズレが掠める程まで精度を落とし、そのヒットですらも飛沫を生み、仲間を苛む。 度重なる攻撃の連続は既に立方体を球状にまで貶めた。しかし、その身の背後にあるのは深々と讃えられた水の群体――池が存在する。 紅が閃き、水がせり上がり、轟音と変節が空間に響く。 水の挙動は、明らかに渦を巻いている。動けない仲間、その水を払うよりも先に癒し手を守りきらねばならない。 限りなく危険な一撃は、ともすればその体力を根こそぎ奪い取りに来るかもしれない。 構え、耐え、その力を振り絞って備えろ。全てを飲み込む純水は、存在そのものが既に危機だ。 質量が圧力となって純水が生理的毒を産んで、人の根源がただただ悪意にすげ替えられる。受け入れざる純粋さに清濁飲み合わせた人の肉体が蹂躙されていく。ただ純粋たれと紅が語りかけ、傷を苛む。毒を生む。 「支えてみせる、そう言ったはずよ」 嵐のようなそれが収まったか否かのタイミング。既に立つこと叶わぬ者が現れてもおかしくない限界下において、水奈はその淵から仲間を引き上げんがために福音を奏でる。勝利のために、癒し手としての最大を。手を止めず魔力を切らさず癒し続けることこそが存在意義であるならば、守られる弱さも耐え切れぬ脆さも受け入れる。ただ、仲間を守り切ることだけは、それだけは自らの矜持として受け入れた。 「肉を切らせても骨を切らせても、敵を倒して見せましょう!」 高らかに、桜の声が響く。精度は高いと言いがたく、速度も威力も練磨が荒い。だが、それを押して余りある意思を刃に乗せ、痛みを返す一撃がA^3へと叩き込まれる。水を貫いた一撃がコアに強かに叩きつけられ、飛沫が終を再び襲う。だが、束縛から逃れた彼を捉えるには遅きに失した。 「アイスキューブになっちゃえ☆」 明るい口調で、しかし閃いた刃は苛烈の一言。氷を纏ったそれが飛沫ごとコアを裂き、氷の中へ沈めていく。 「――私はロア。貴方の影。貴方が望むものを望み、貴方の欲するものを与うる影」 影をまとい影となり、力の続く限りに爆弾を練り上げ放ち続ける冬芽の身体は、既に限界を通り越した。 それでも一撃を、自らに纏わり付く水の脅威を知りながら、次手を放って次を待つ。 相手を封じ、或いは自身が水の檻に囚われ、互いの傷と意地にかけて力を、技を叩きつけ合う。一手のみで封殺できる敵ではない。幾重の陣を配して、やっと後衛を守りきれる程度の性能。傷を力に替えるダークナイトですらも鼻白む痛撃。圧倒的であるはずのアザーバイドですらも封殺せんとするリベリスタの猛攻。打ち合い、傷つけあい、徐々に削り取られる意思。体積を減じていく紅のコア。 水の刃に呼吸を合わせ、アルトリアのペインキラーが牙を剥く。放たれた互いのそれは、吸い込まれるようにその身へと接近し――両者の戦いを、そこで断ち切った。 生物のものとも、この世のものとも思えぬ、「異形の音」が鳴り響く。見る間にヒビを増やし、水を捨て去り、剥がれ落ちていくコアの姿が、断末魔の残響に混じり消滅するまで数十秒。 残されたのは、ただ水と血を吸った下生えのみで。 そこに現れた異界の存在の痕跡は、何一つ残されては居なかった。 ●ただ一点の決意の下で 「ぷはー、空気が美味しいよ! 自由に呼吸できるって素晴らしい!!」 ガスマスクを取り外し、盛大に声を上げるのはやはり終だ。暗黒卿も裸足で逃げ出す禍々しい外見とは決別したものの、未だ深い崩界のさなかにある三ツ池公園の空気が美味であるかは……この際、考えるべくもない。 「何気なしに呼吸出来るというのは、やはり良いもので御座りまするなぁ~」 そんな終を観察していた桜もまた、呼吸の大切さを仲間を通じて身にしみる思いだったろう。一歩間違えば、為す術もなく水の檻に囚われて行動不能になる立場だった彼だけに、あのような敵の存在はゾッとしない。 「なぜか知らないけど始まってから終わるまで随分かかった気がするわね」 ティセラの素朴な疑問はもっともだ。想定外の耐久力を持っていたアザーバイドを前に、被害を最小限に抑える為の戦いを以て挑んだことが、大きかったといえるのだろう。 「暖かいおでんでも食べに行く? 怖い水の後は、温かい出汁と一戦と行きましょぉ」 そんな雰囲気を知ってか知らずか、浮夏から上がる提案は魅力的なものであったことは変わりない。 リベリスタ達の大筋の同意を経て、その後おでん屋に向かうことになっただろう。 ――尤も。 負傷者数名がのこのこ付いて行こうとして、三ツ池公園待機班に敢え無く救急車送りにされたことは言うまでもない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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