● 家に居るとき、あの子とはいつも一緒でした。 ご飯食べるとき、寝るとき、朝起きてご飯食べるとき。 お風呂は流石に一緒には入れなかったけれど、たまに洗ってあげれば綺麗になりました。 学校に行っているときは遊んであげられないけれど、帰ったらずっと一緒でした。 でも、いつしかあの子の目がとれて、耳までとれました。 そのうち、右手がとれます。 そのうち、左足がとれます。 最後には首がとれたっけ。 仕方無いからお母さんに頼んでくっつけてもらってた。あの子は糸だらけ。 繕い、繕い、とれてはくっつけた。 でも……今、そうなっているのは……わ た し ? 私の目がとれて、耳がとれる。 右手がちぎれた。 左足がもがれた。 嗚呼、知ってる。この次は首だね? あの子は綿が出たけれど、私は綿では無く、真っ赤が血が流れるよ。 あの子もこんな痛かったのかな。 ごめんね捨てて。 ごめんね遊んであげられなくて。 ごめんねいらないって言って。 だから、『助けて下さい』なんて……言えないよ。 ● 「皆さんこんにちは、お忙しい中ですが依頼です」 『未来日記』牧野 杏里(nBNE000211)はいつも通りにブリーフィングルームの中に立っていた。 「敵はE・フォースです。ぬいぐるみに魂が宿ると言いますが、まあ……まさにそれですね」 科学では分からない神秘の世界。 古くから人形には魂が宿りやすいとはよく聞いたものだ。今回はその類のものが相手である。 「毎日一緒だった友達(にんぎょう)。家では、まるでその人形が遊び相手。そこに友達がいるように接していた。何年も。何年も。 それが本物になってしまっていたのですね。ですが、いつしか彼女は大人になり、人形を捨ててしまった。 嫉妬と恨みに駆られた人形は、自分の痛みを分からせようと、思念体となって彼女の前に現れた。これが今回の依頼です」 そのE・フォースの撃破と、女性の救出が依頼の内容であった。 女性の名前は富永恵。今はもう、少女では無く女性と見ても良い年齢だ。原因の人形は引越しの際に捨ててしまったらしい。 「時間帯は夜。彼女が家に帰っていう最中に襲われます。今から行っても彼女とエリューションの接触は避けられないので、彼女を守りながら倒す事を推奨しますよ」 E・フォースは彼女を狙ってくるだろう。思念体ということで、厄介な能力もある。 「ただ……攻撃パターンはひとつなのです。目、耳、右手、左足、首。 首に来たらまた目に戻ります。ただ、首は少々危険なので気を付けてくださいね」 攻撃パターンが分かるのであれば、対策も立てやすいだろう。 「では、宜しくお願いします」 杏里は深々と頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月27日(月)23:15 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●冷たいその日 いつも通りの毎日の帰路……の、はずだった。 富永 恵は、何も考えずとも慣れた帰路を今までの感覚のままに歩いていく。 だが、ふと目の前が燦々と明るくなったのだ。 暗い夜路に慣れていた眼は、反射的に力強く瞑る。そして少しだけ開いて目の前を見た。 それは、光。紛れもない、光。光りの物体が彼女の眼前に居た。 未だ視界は慣れないまま、恵の思考は混乱する。 これはなんだ? これは明かりか? いや、浮いている。そう思っていると。 「……け……イ……殺捨……」 光りは声の様な音を発した。それは断片的すぎて普通の人には分からないだろう。 だが――。 「……まさかっ!」 恵が何かを悟った瞬間。光源物体は眩しい光りを放った――。 トラックから『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が勢いよく飛び出した。 己が持つ、速度とはなんだ? それは誰よりも早く、誰かを救うための速さ。だから間に合え。一人の女さえ救えないなど自分に呆れる。 風をきり、地を強く蹴りながら彼女の下へと足を動かす。 そして恵の目の前に位置を取りながら、方足でブレーキをかける。盾になるように両手を広げた瞬間に、舞姫は光の中へと包まれいった。 舞姫の背後には、恵を守る影ができた。 恵は少しだけ開いていた目をゆっくりと開いていく。 「もう大丈夫ですから、安心してじっとしていて」 振り向いた舞姫が恵へと告げた。 舞姫の目には心底怯えた表情をしていた恵が見えた。それが明らかに不自然であることは容易に分かる。 何かあったのだろうか。けれど、それを聞くのは全てが終わった後の話。 『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が守護結界を放った。 それには恵も巻き込む。ぎこちなく動く恵は絶えず口からこう漏らし始める。 「ごめんなさい、ごめんなさい……!」 それは京一の耳にまで届く。京一はあんたのせいでは無いと言ったが、それは恵には届かない。 パニックになる時ほど、回りが見えなくなる時は無いだろう。 その時、光源もとい『人形』の思念体は動き出す。 舞姫を敵と認識したか、邪魔だと思ったか。光りを放った次は、爆音を舞姫の耳の中に響かせた。 突然のその音に、舞姫の身体は揺れ、くらくらと態勢が不安定になる。 それをぐっと堪える舞姫。それだけで彼女は倒れない、倒れる訳が無い。 『ペインキングを継ぐもの』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)のペインキングの棘が人形に突き刺さる。 その刺はの巨体のエリューションからピンクの害獣が獲得したものである。 黒光りを帯びた刺。その告死の呪いは使用者まで死へと追いやろうと反動を与えた。 その傷を自ら進んで受けながらも、ユーニアは人形の奥へと奥へと棘を誘わさせる。 「……バカだな、おまえ」 ただの人形であれば、そのままでいれば、綺麗な思い出として残っただろうに――! ユーニアの口から、思わず言葉が漏れた。そして彼が離れた瞬間に、棘も離れていく。 攻撃は終わらない。 「お前は、玩具としての領域を侵した」 遊ばれる玩具であるのならば、主人を危険にさらしてはいけないだろう。 放たれる、黒の閃光。『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)が銃口を人形へと向けていた。 それは煌びやかに光る人形へと吸い込まれていき、掠めていく。 そして最後に―― 「俺様にも、そういう人形あったなぁ」 『アルブ・フロアレ』草臥 木蓮(BNE002229)のピアッシングシュート。 人形にも人形の事情があるのだろう。だが、リベリスタとしては見逃せない事情もある。 お互いのエゴがぶつかった瞬間、それに口と耳が無いのであれば武力による制圧しか道は無い。 魔力の矢は人形を貫通し、先の暗闇へと消えていく。更に人形は、おそらく血であろう光りの液体をぶちまけ、その体力を減らしていく。 一方。 その間に他のリベリスタ達は一般人対策をしていた。 「申し訳ありませんが、通り魔が暴れておりまして。 事態が収拾し次第お教えしますので、暫く離れて居て下さい」 ユーキ・R・ブランド(BNE003416)が道行く人々へそう言いながら追い返していた。 ブツブツと文句言う者や、それは物騒だと興味本意に中を覗こうとしている人もいる。 だが、来た瞬間に道にトラックを置いたため、それが障害物になって向こう側は見えない。 ついでに明神 暖之介(BNE003353)が強結界を張ればそれに誘われ、その場を避ける様にして一般人が減っていく。 反対側の道でも同じく『系譜を継ぐ者』ハーケイン・ハーデンベルグ(BNE003488)が人を追い返す。 「コウジチュウデス、アブナイノデデイッテクダサイ」 明らかに棒読みでぎこちないが、置かれている赤いコーンがその言葉を真実だと語らせた。 そして人々は避けて消えていき、頃合を見てハーケインは結界を放って距離を稼いだ。 道の中心では未だに恵は石の様に固まって動かない。動こうともしない。 ● 守るために舞姫は前へと走り出す。直線上の背後には恵が居た。 攻撃は最大の防御というが、まさにそれなのだろう。 恐らく次の攻撃は右手狩だ。しかし、その前に舞姫の刃が麻痺を放つ。 「ごめんなさい……貴方は止めます!!」 主への思いは、舞姫自身では検討もつかないほどの絆で守られたものなのだろう。 それを壊す形で終わらすのはなんとも胸が苦しくなる。 人形がこんな形で戻ったからには止めるしかなかった。その選択は間違ってはいない。 舞姫のソニックエッジは人形の動きを縛る。そのための威力は十分にあった。 縛られた人形は身動きが取れない。いかに人形の動きが早いとて、舞姫のそれには敵わないのだ。 「今です!」 「おう、任せなッ!!」 舞姫が仲間へ叫ぶ様に伝え、好機と見た木蓮がすかさず魔弾を放つ。 今度は掠ってしまい、眉をひそめて木蓮は唇を噛んだ。 すぐに何か思い出した様に木蓮は後ろを見る。 変わらずに頭を抱えて恵は泣く。彼女にどんな過去があったとしてもやれることは一つ。 「……すぐ終わるぜ、辛いなら目を瞑ってても良いからな」 優しい言葉は今の恵の心には響く。心身共に救えたら、なお良いのだろう。 会話とは言えない言葉のやり取りが終わるとき、ユーキが後方の道路から戻ってきた。 走ってきたのだろう、息はほんの少しだけあがっていた。 休む暇も無く、バスターソードを勢いよく振り上げて暗黒を放つユーキ。 「貴女は何も、悪くない……」 恵へとユーキは言葉を紡ぐ。 誰でも物を捨てるという行動はあるだろう。 それが悲劇を招き、殺される。その天秤を釣り合うことは無いだろう。それが世の中かもしれない。 「ごめんなさい」 恵は謝り続ける。何かに脅えるように。何かから許しをこうように。 そんな言葉を聞くために言った訳では無い。首を横に振ったユーキが力任せにもう一度、暗黒を放った。 「なんだか、我が家の子達を思い出しますね」 暖之介が黒いオーラを形成していく。 恵の人形への執着と、それからの旅立ちは人間だれしもあるような成長過程の経過だ。 確かにそれは人の事情であり、人形の事情では無い。 暖之介はどちらが善だの悪だの言わない。そもそもリベリスタとは善悪では判断できない存在だ。 だからこそ、暖之介は成すべき事だけを成す。早々に帰り、妻へ無事を報告したいものだ。 ユーキの二回目の暗黒と同時に、暖之介の黒曜のオーラが人形へと突き刺さる。 歪んだ愛憎の塊に、感情と呼べる物があるのだろうか。 それは定かではないが、人形にも意地はある。 「ウ……殺……不捨……ッ!!」 舞姫の一撃を受けたが、麻痺からは逃れてみせた。 その思いは主を殺すためか、それとも悲しみに暴走した結果の馬鹿力か。 京一が放った鴉が誘う怒りは、京一を中心に攻撃し始める。 動き始めた人形を警戒し、ユーニアが京一の前に位置をとって壁となった。 途端に、何もない目の前から何か壁の様なものがリベリスタ達に襲いかかっていく。人形が放つのは衝撃波。 咄嗟に木蓮が叫び声を上げる恵を、覆い被さる形で庇った。 普通の世界に生きる恵には、目の前の出来事が現実として理解できるかはさておき、恐怖は感じる。 人形が何か動けば、それを受けたリベリスタ達が痛みに顔が歪むことがある。 そこから察しがつく。何より、第六感は殺意を感じているだろう。 けれど非力な一般人に何か出来ることもなく、腰が抜けたように力無く護られるしか無い。 「ごめんなさい……」 その恵の言葉は木蓮にしか聞こえなかった。だが木蓮は恵の頭を撫でた。 「大丈夫、助けるからな!」 それは、絶対。 その後に禅次郎の暗黒が人形へと突き刺さっていく。 舞姫、ユーキ、木蓮の身体が思うように動かない。 仮面は持ってこなかったが、無表情に近い顔で京一はガードロットに力を込め、光りを放つ。 「まだ……まだまだこれからですよ!!」 放つブレイクフィアーは仲間へと届いていく。 「背後が疎かだ、油断したな」 その光りが消え始めていく頃、人形の背後にはハーケインが立っていた。 振り上げるヘビースピアが瞬時に赤く染まっていく。その赤が武器全てを飲み込んだ瞬間、人形を鋭い先端が貫いていった。 人形の生気か、それとも違う何かか。 それを飲み込む赤い武器はまるで生きている様に吸っては、ハーケインへと力を送った。 最後に禅次郎が動く。人形から武器を離すハーケイン。それと入れ替わりの様に。 人形は嫌いだ。不気味だし、ただの置物だろうし、よくわからないし。 それは性別の差があるから分からないのかもしれない。 が、これだけは譲らない。 捨てられたがなんだ。それで物如きが復讐? ふざけるな! 「その理不尽、打ち砕く!!」 暗黒が人形へと、飛んでいく。 それが掠った瞬間、再び舞姫が人形の行動を縛る。 動けない人形は主を見たが、その頃にはリベリスタの総攻撃が始まっていた――。 ●二つは一つ、愛憎 全てが終わった後、恵は力無くその場に座り込んだ。 「大丈夫か? もう終わったからな」 すぐ傍の木蓮が恵の身体を支えながら、声をかけた。 恵は大丈夫ですと言いながらも、恐れに支配されたか。その顔は蒼白だった。 舞姫が恵の目の前に座り、恵の顎をくいっと持ち上げる。 「もし、打ち明けて楽になることなら、わたしで良ければ伺います」 「……はい」 恵は今まで頑丈に閉ざしていた心を、命の恩人達には開いた。 「私は――」 彼女はごく普通の一般人であった。 だが、あまり友達が多い方という事でもなく、むしろいじめられている。 そのために、心を許して遊べる相手はいなかった。 その中で小さい頃から一緒だった人形は、彼女にとってかけがえのない友達と成っていく。 しかし、彼女は日々の憂鬱も人形へとぶつけていた。 「最初は取れそうだった目を取りました。次に耳を切り取りました。 次に、右腕と左足を力任せに引っ張りました。最後には首を」 どろどろに歪んだ心は、人形が読み取っていく。 それが知らぬ間に神秘的存在へとなったのか。 「それが全て返ってきたと思ったら、申し訳なくて……怖くて」 痛めつけられた人形は痛いとも助けてとも言わない。だからこそ彼女は助けてとは言えなかった。 呪いは自分へと返ると言うが、そんな感じなのだろう。 他から見ればただの人形であろうが、彼女にとっては本当の友達であったのだ。 ともあれ、人形は倒された。彼女に呪いの矛先が来る事は無いだろう。 「やれやれ、これだから人形は苦手なんだ」 禅次郎が大きく息を吐きながら言う。愛憎が絡みに絡まって事件を起こすとは危険な世界だ。 そういえば姉が、昔人形を大事に持っていたのを禅次郎はふと思い出した。 「まぁ、人形があぁなったのはお前のせいじゃないさ、気にするな」 戦う事以外には無頓着なハーケインが、即座に考え捻り出した言葉。 そこからはハーケインの優しさが見えた気がした。 「正に付喪神にも似た現象ですが、持ち主であった人への強い思いが無ければ起きなかったこと」 ツクモガミ。まさに最もな表現だろう。京一がその世話好きな性格から口を開く。 愛憎は紙一重。 捨てられて憎まれるのは、それだけ愛されていたとも言えるだろう。 「ですので、決して思い悩まずにいてください」 確かに恵は人形を愛していた。 人形もその思いに応えていた。だからこそ……だからこそ――。 そこで初めて恵は笑うことができた。 「あんたが気に病むことはないぜ。これは全部悪い夢だ。忘れるんだな」 ユーニアがそう言えば、リベリスタ達はトラックや赤いコーンを回収しに向かった。 恵が彼等に縋るように、最後にこう言った。 「あの、貴方達は一体……?」 ――その答えは全て、闇の中。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|