●這い上がる 夜分遅く。 治安の悪い港近くのコンビニの駐車場で、その日も若者が3人たむろっている。 ――ご近所の迷惑になりますのでお静かに――そんな看板も白々しく。 年は高校生くらいか。たわいもない談笑、あるいは携帯を弄び――誰がむかつく、また金を巻き上げようぜ、と笑い声が夜の街に響く。 そのうちの一人。彼は車止めに腰掛け、仲間の談笑を聞き流しながら携帯をいじっていた。 「うぜぇな……違うっつってんだろうが」 メールを打ちながら独り言。彼女へのメールらしい。めんどくせぇ女だと毒づきながらも文章を打つ。 ――? 気配に気づいて顔を上げると見知らぬガキ。中学生ぐらいだろうか。何見てんだこのガキ、うぜぇ。 もうじきメールを打ち終わるから無視だ、送信し終わってもまだ見てたらぶん殴って財布を取ろう。そう決めて携帯に視線を戻す。 びちゃりと、耳障りな音と共に携帯の画面が水に埋まる。突然のことに思考が停止した。 仲間の怒号。走り去るガキ。この泡混じりの水ってあれだよな、俺もよく吐きかけてる――そうそう、つばだ。つまりあれか、あのガキのつばか。 「ぶっ殺す!」 彼は仲間を押しのけ全力で走り出した。 「どこ行きやがったクソガキ!」 興奮して夜の港を走り抜ける。元よりこの時間のこのあたりは人などおらず明りも少ない。足音を頼りに追いかけると倉庫のような場所についた。 「おいもういいじゃん、帰ろうぜ」 「うるせぇ! 半殺しにしなけりゃ気がすまねぇんだよ!」 彼が倉庫の中に入ると仲間達も渋々ついていった。明りはなく真っ暗の中、自分の足音だけが耳につく。 「全然見えねぇ……お、あそこ明りじゃね?」 明りに向かって歩くと途中カツンという足音がぴちゃりと音を変える。どうも濡れているらしい。 明りに近づくとそれがライターの火だと気がつき、そういえば自分達も持ってんじゃんと笑って取り出す。 「おいもう逃げられねぇ……ぞ?」 ライターに照らされ周囲がより見えるようになって初めて気づく。周囲を取り囲むようにして十名の男達。年の頃は皆ばらばらだが全員が棒のような物を持ってこちらを見つめている。 「や、やばいよこれ」 驚いた仲間の一人が悲鳴をあげて尻餅をついた。その手が、ズボンが床の水を撒き散らした。嫌な手触り、独特の匂い。 先ほどの中学生がライターを水に投げ込む。 途端、炎が巻き起こり3人を押し包んだ。 悲鳴。怒号。断末魔。 炎の中で影が踊る―― 逃げようとする身体を棒で突き飛ばしまた火の中へ。人が焼けていく様を見ながら、けれど周囲の男たちは顔色一つ変えない。 皆一様にうつろな瞳を向けるだけ。 焼け落ちていく。焼け落ちていく。 渇いた喉。引きつった口元。 その有様を陰で見ながら男が一人、震える声で言葉を漏らす。 「僕は悪くない……僕は」 三人と同じ年頃の真面目そうな高校生。携帯を持つ手が震えている。 カチャカチャカチャカチャ――震える指はいつまでも。 「僕は……悪く、ない」 もう一度つぶやき再び惨状に目をやる。 炎の中の影はもう動かない。 ――あいつらを連れてきたのは僕じゃない。 ――ガソリンを撒いたのも、火をつけたのも僕じゃない。 ――あいつらを火に押しやったのも、殺したのも僕じゃない。 「そうさ――僕は悪く、ない」 いつしか震えは止まっている。 怯えた目は今や不敵さすら称えていた。 笑いは軽く、罪悪感は消え、優越感が身を染める。 僕は許される――あの人の言ったとおり、選ばれた人間なんだ。 この瞬間彼は踏み越えた。渡ってはならない境界線の向こう側へと―― 踏み越えた彼を、更に影から男が眺める。実に愉快げに――もっともその表情は仮面に隠れて見えないのだけれど。 ●境界線の向こう 僕は母子家庭で育った。 女手一つで育ててくれた母に不満はない。大切な母親だ。その気丈な性格が似なかったのは残念だけど。 高校に入って、弱気で大人しい僕はすぐにあいつらに絡まれるようになった。 家計の足しになればと始めたバイト代は、いつしかあいつらへ渡すお金に変わった。 殴られるのは嫌だ。心配をかけるのも嫌だ。 ある日僕の身体に異変が起きた。一部の肌が機械のようになり、身体が頑丈になり強い力が手に入った。 だからなんだっていうんだ? 服を厚着しなくちゃいけなくなっただけだ。 こんな力があったって振るうわけにはいかない。ケンカをすれば勝てるだろうけど、逆らったら家に火をつけるって脅されてる。あいつらならやりかねない。 いっそ殺せばって? あいつらを殺せば罪になる。そうしたら母は犯罪者の親だ。母をそんな目には合わせられない。結局、我慢するしかないんだ。 ――ああ、殴られても痛くなくなったのは助かってるかな。 ――不思議な男が僕に話しかけてきた。 蜘蛛をかたどった仮面に蜘蛛の手足のようなひらひらがついた服。まるでもなにも完全な変質者。 僕がすぐに逃げなかったのは、自分の身体の変化を異端だと知っていたから。 彼は満足げにうなづくと僕に携帯のような物を手渡した。表面には大きな蜘蛛のマーク。 「運命に選ばれ、境界線に立ちながらも自分を押し殺さねばならない可哀想なプリズナー。僕は――君を救い上げる糸を垂らしにきたのさ」 ●境界線の内側で 「境界線の向こう側には何がある?」 ウィンク一つ。『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は永遠の謎だねとうそぶきつつ資料を出した。 蜘蛛の印がついたアーティファクト……これは以前にも事件の中で見つかっている。 「今回のアーティファクトは『アンロック・コール』……携帯の見た目だが、一種のリモコンだな――人間のね」 向けた先の相手を魅了する危険なアーティファクト。エリューションですら操られる可能性があるらしく、一般人では自力で解除もできないという。 ずいぶん強力なアーティファクトだが、距離に制限がありリモコンから離れてしまうと効果が途絶えてしまうようだ。だから現場に本人が来てるのさと伸暁。 「少年は一色秋葉。フェイトを手に入れている。状況は見ての通り、溜め込んでたものがアーティファクトを発端に全部爆発してしまったってわけさ」 彼にとって日々は地獄のようなものだったのかもしれない。それでも母を思い耐えていた、けれど。 境界線を踏み越えた彼はもはや罪悪感もないだろう。自分のやることは特別とし――立派なフィクサードの誕生だ。 そうさせない為にも迅速に事件を未然に防いでくれよ、伸暁はここまで言ってから声音を変えた。 「仮面の男の目的はわかっちゃいない。ただいくつかの事件で、革醒した人物に接触してアーティファクトを使わせ、堕とさせようとしている節がある」 まるで蜘蛛の糸。不幸な立場の人物に近づき糸を垂らす。人は救いの糸と信じ手を伸ばし―― 「仮面の男らしき人物も現場に来ているようだ。出来るなら捕らえ情報を引き出したい」 依頼はアーティファクトの回収。出来れば秋葉や一般人の命、及びフィクサードの捕縛となる。 一般人の中にはフィクサードも混じっているようだった。仮面の男の部下と思われる……いくつかの事件の阻止で、護衛でもつけたのかなと伸暁は笑った。 「こいつらの目的はアーティファクトの護衛だろう。状況次第では秋葉も殺されるかもしれないんでね、こいつらの動きにも注意してくれよ」 頷き出発しようとするリベリスタ達。その背を見やり伸暁はどこか遠く言う。 「境界線の向こう側に何を見つけるかは人それぞれさ」 けどね―― 「地獄に垂らされた蜘蛛の糸。必死に辿っていった先が天国だなんて保障はどこにもないんだぜ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月25日(土)22:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●境界線――天国がないなら 倉庫に入っていく三人組。暗闇でゆっくり歩を進めようとした時。 ――明りだ。さっきのガキか―― 思考は止まる。暗闇の中、ぼうっと浮かぶ巨大な灰色。闇の中で不思議なほどはっきり映る。 ――狼だ。巨大で、人を丸呑みする大口を開きこちらを見ている。 ありえない。けれど……それはゆっくりと歩み寄る。 息が出来ない。鼻先が今にも身体に触れる距離になって―― 音が響いた。手にしていた携帯が落ちた音。音を皮切りに三人組は背を向け走る。一心不乱に、一目散に。 ……小さくなる背を見やり、落ちた携帯を拾い上げる。 「続きは今夜にも」 幻影の狼を消し『幻狼』砦ヶ崎 玖子(BNE000957)は携帯を袂にしまいこんだ。 玖子に頷くとツァイン・ウォーレス(BNE001520)は闇に目を向ける。 瓦礫や階段の位置を確認する……が、やはり人の姿は見えない。 「どうだい日下禰さん」 アクセスファンタズムを通して声をかけると、外で待機する『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050) の返事が返った。 「うふふふふ……見えてるわよ、全部、ね」 くすくす笑い、真名は言葉を紡ぐ。かつて在った未来を見通す力は今はなく、代わりに千里を見通す瞳の得た情報を伝えていく。 秋葉と、その周りに位置する4人組――フィクサード。警戒していた偽装の力はないようで正体がはっきりとわかる。 「仮面の男は見当たらないわね。まだ到着していないのかしら」 挙動に注意しておくわ――通信が切れるとツァインは仲間を見渡した。 位置関係はわかった。ならば―― 「秋葉はまだ引き返せる。最悪にはさせねぇ!」 言葉は意思。輝く意思は神秘の光を伴い味方を勇気づけた―― ――必ず救ってみせる! ――もうすぐあいつらが来る。そうしたら僕は……この地獄から抜け出せる。 少年――秋葉は震える腕を必死に抑える。自分は悪くないと呟きながら。 もうすぐ人が死ぬ。僕が――違う、考えるな! 頭を強く振る秋葉。 ――その時夜の倉庫に激しく足音が反響する。 「な、なんだ」 秋葉は顔を覗かせ……その眩い光に目を眩ませた。 倉庫を照らした照明弾。足音に反応して現れた人影の多くが目を焼かれその場に釘付けとなる。ユーキ・R・ブランド(BNE003416)は照明弾を放り投げ走り出した。 「日下禰さん、敵の動きを!」 AFから真名の声が流れ、的確に指示が飛んでいく。それぞれが己の役割を持って行動に出た。 怯んだ男達を多くの者が通り過ぎ駆け抜けていく。本気でリベリスタが走れば一般人では追いつきようも無い。 この場に残ったユーキはスタンガンで気絶させながら、見えずともその先にいるであろう秋葉を思う。 少年――秋葉は最初は耐えていた。理不尽な不幸にも母を想い耐え……元は強い少年だったのだと思う。それを…… (しょうもない仏陀気取りもいたものだ) 不幸につけこみ境界線を踏み越えさせる。どこかにいるであろう仮面の男への怒りにユーキは唇を噛み締めた。 倉庫を駆け抜ける一団。横から飛び掛ろうとした影は銃弾によって阻止された。 「悪いがこっちに付き合ってもらうぜ」 ついでもう一発。『晴空のガンマン』灰戸・晴天(BNE003474)の放った銃弾が足を撃ち抜きその追跡を食い止めた。 敵――ソードミラージュは舌打ちして剣を構える。相手を晴天と定めたようだ。 それを見やり晴天は攻撃に備える。これでいい。自分の役目はフィクサードを抑える事だ。 ――仮面の男はぶん殴ってやりたかったがな。 (……さすがに動きづらいか) 光源が少なく、暗視のない『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)の行動を制限するには十分な真っ暗な倉庫内。 今回の件は蜘蛛のアーティファクト絡み。鉅は仮面の男とは二度目の関わりとなる。 (一体どれだけ溜めこんでいるのやら。これ以上在庫処分に付き合う義理もなし) 呟くや否や、ダガーを闇の中に突き出す。 金属を擦り合わせる音、光――そのまま踏み込もうとする刺客を気糸で牽制する。 「見えていなければ不意をつけるとでも? 見えなければ感覚で捉えるまでだ」 ナイトクリーク同士向かい合い、闇の中に光が躍る。 『天国がないなら自分で作れ』 ――自分の先生の言葉だ。 選ばれたのは間違いないと思うけど、それが良い事とは限らない。 「味方を間違えちゃいけない。そいつは悪い方向に堕とさせるだけだ」 絡み取る糸よりも、確かな手があるだろう。その手となら境界線の向こうじゃない、ここに天国だって作れる。 「良い方向に向かわせるのが俺たちの仕事なんだ、気合入れてかないとね」 暗視ゴーグルで前方を確認し『名前はまだない』木田・黒幸(BNE003554)は疾走する。 まっすぐ仲間の後をついていた黒幸――その猫の耳が動き、不意に進路を切り替える。 息を呑む音。不意をつくつもりが逆にその速さに反応できず、導師服の男が慌てて詠唱を早めるが―― 「駆け出しでも出来ることは……ある!」 黒幸の放った気糸がマグメイガスを縛りその詠唱を中断させた。 ●境界線――繋がった糸の先 蜘蛛の糸を辿った先が、天国なんて保障はない―― 『静かなる古典帝国女帝』フィオレット・フィオレティーニ(BNE002204)は考える。 (それでも。繋がった糸の先にボクたちがいた。それは彼にとって救いだったんじゃないかな) 関わった。なら、彼を助けれる……ま、とりあえずは一般人を逃がさないとね。 「みんなー、お帰りはこっちだよー」 神秘の光で正気を取り戻させると、ユーキと共に手分けして外へと誘導していった。 ――境界線ならまだ戻れる。絶対に踏み越えさせちゃいけない。 階段を駆け下り秋葉はまっすぐ外へと走る。あの人が言った、僕を殺しに来る奴がいるって。 ――正しい道なんて誰も知らない。でも、誰かを貶めて得た未来が、良いもののはずがない。 壁。横に抜ける。走り抜けたその先に出口が……ない。 ――望みを、望まない形で叶えて、楽しいの? どうして――呟くより早く、一本道の先でツァインが立ちふさがる。 どうして――呟いた後で、周りの幻影の壁が消え去り玖子が姿を現した。 一人フリーとなったスターサジタリーだが、もはや追うことを諦め戦線の中に輝く矢を降り注がせた。 それは向かい合う敵と互角の攻防を繰り広げる晴天にとって、かなり手痛い一撃でもある。 ――多少身体張ってでもこの場を死守ってね。 仲間が秋葉を追っている。その邪魔をされないならそれでいい。 晴天の早撃ちが、敵の音速の刃が確実に互いを傷つける。痛みわけではあるが、癒し手が到着していない現状手数の差は天秤に大きな傾きを与える。 それでも――この程度の痛み、何てことはない。 秋葉がまかり間違った時、母親はどんな顔をするのか―― そうはさせない、事件を未然に防ぐ。その為の力。 仲間が到着するまで――ま、頑張ってみますかね。 事前に研ぎ澄まし高められた集中力。放たれた気糸は確実に敵を縛り毒素で蝕んだ。 黒幸は実感する。初めての実戦の中で、自身の力は通用すると。 「貫けなくても意味ないけど、ね」 放とうとしていたのは炎の術式、縛ったマグメイガスの目線を追えば自分達の足元。ここまで走ってきた時に床のガソリンが散々に撒き散らされ服を濡らしている。敵の狙いはそれだろう。 「させないよ、俺の力がある限りね」 自身の力は敵を倒す力じゃない――けれど、仲間を守る力だ。 「悪の秘密組織参上! やってることは正義の味方だけどねーてへぺろ」 フィオレットは前衛に飛び出しそのまま歌を紡ぎだす。矢傷が治癒され戦う力を得る。 同じく駆けつけたユーキは大剣を構え、全身に漆黒の闇を纏わせた。そのまま目を伏せ、申し訳ありませんがと言葉にする。 「悲劇を嗅ぎつけ地獄に引き吊り込むような外道に、掛ける情けは持ち合わせておりません」 開いた目には怒りと決意。悪党に負ける剣など持ち合わせてはいないのだ。 運命を燃やし、膝をついたまま晴天は早撃ちで剣士を撃ちぬいた。 反撃を行なう剣士の業もすでに最初の冴えは無い。 「大判振る舞いが過ぎたな」 敵の大技に苦しめられたが、消耗の激しい力が長続きしないのは道理だ。後はやられる前にやるだけ―― だが視界を埋める星の輝きに、晴天は避けきれず矢を受け前傾で倒れていく。 ほっと息をしアーティファクト回収に向かおうとする剣士。その肩を急に掴まれ、驚愕の表情を見せる。 晴天だ。ごくごくわずかな体力を残したのはツァインの置き土産。輝く意思、十字の加護が神秘の耐性となって神秘の矢から身を守った。 「付き合ってもらうって言ったろ?」 鈍い音を響かせて晴天の拳が顔面に叩き込まれる。問答無用の強烈な一撃に剣士は床に沈み意識を失った。 どうだ――晴天の呟きは再び飛来した矢に消えた。 「形勢逆転だな」 面白くもなさそうに鉅が呟く。少なくない矢傷もフィオレットの治癒でなんとか持ち、黒幸がマグメイガスを完封している現在、晴天が身を張って敵の前衛を潰したのは大きい。 「続けるか?」 対面する暗殺者に続ける。ナイトクリーク同士の戦いは一方的で、鉅の気糸が縛り上げ、ユーキの呪殺を込めた剣の一閃ですでに死に体。 それでも答えはなく代わりに短剣を閃かせる敵に鉅は頷く。 「その方が腰を据えて戦える」 もはや加減は必要ないと、死角より繰り出された黒いオーラが敵の意識を刈り取った。 (望まずして得た力は難しいよ) フィオレットは得た力に翻弄される秋葉の運命を思いながら癒しの歌を続ける。 一時は押せていたものの、癒し手の到着でもはや勝てぬと悟り、ユーキに受けた手痛い傷を抑えて射手は背を向ける。 未だ縛られている仲間を突き飛ばし壁として、一目散に走り去る……その背に、突き刺さったナイフ。 「……いけるもんだなぁ」 黒幸はその俊足でがむしゃらに突き出したナイフを眺め呟いた。 残る一人、気糸が解けるももはや戦う意思はない。ただ首元に突きつけられた剣に震えるだけ。 「ああそう言えば。背景を吐いて貰わなければならないのでした。命拾いしましたね」 にっこり笑うユーキ。その後ろで鉅は仲間を見渡す。 「雑兵で満足している場合ではないな。仮面の男……手の内くらいは明かさせてもらう」 ●境界線――戦う覚悟、戦わない覚悟 「憎い。苦しい。大変」 玖子は秋葉へと歩を進める。目線はまっすぐに秋葉の目。 でもね―― 「ここでその気持ちに負けたら、貴方は、もう戻れない」 優しくも、強い言葉。秋葉の身体が震えた。 「あの人たちと同じ。ううん、それよりもっと悪い人になる。貴方のお母さんは、それを望んでるの?」 母のことを言われ秋葉は携帯に伸ばした手を止めた。心のどこかでわかっていたこと。地獄から抜け出す為に舞い降りた蜘蛛の糸、けれどその先は―― 「――く、来るな!」 今一歩踏み込む足音に秋葉は我に返り叫んだ。向けられた携帯を避け玖子が横に飛ぶと、それを目で追う秋葉の隙を見逃さずツァインが走り寄った! 「――っ!」 慌てて向けられる携帯。不意をつかれたが、秋葉の持つそれはただ向ければ効果を表すアーティファクトだ。秋葉の元に駆け寄る直前、携帯は確かにツァインの胸に目掛けて突き出された。 ……誰もが足を止めたわずかな間。向けられた携帯に目もくれず、ツァインはまっすぐに秋葉の目を見据えた。 「なんで――」 操られた人間特有の濁った目じゃない。その深い緑は強い意思をたたえ、その姿はまるで――気高き金の騎士。ツァインは秋葉の目の前に立ち一言で答えた。 「覚悟さ」 怯える秋葉にツァインは強く叫んだ。 「それを手放して、俺達の住む街に来い!」 思いがけない言葉に秋葉は目を見張った。あの人が言ってたんだ、君を殺しに来るやつがいるって―― 「力を手に入れても、お前は母親のことを思って耐えた……力があっても関係ないって思えるお前を、すごいと思ったんだ」 弱いから踏み出せないと思っていた。あの人が僕に勇気を出せと言って、それが正しいと思った。だけど……この人は僕をすごいという。僕が欲しい、強さは―― 「今度こそ決めろ! お前ならやれる……俺は信じてる!」 携帯が零れ落ちた。一緒に零れ落ちるのは涙。信じてる……この言葉がこんなにも、嬉しいなんて。 騎士は僕に笑いかける。その笑顔は本当にまぶしくて、僕は―― 「上よ」 どこからか声がした。途端、彼に突き飛ばされ少女に抱きかかえられる。 巻き起こった風が騎士の顔に鮮血を走らせ、床に落ちた携帯を跳ね上がらせる。 それを空中で受け止め床に着地した――仮面の男。 「さんきゅー日下禰さん」 ツァインは血を手で拭い、アクセスファンタズムを通して危険を告げた真名に礼を言う。 秋葉をかばいながら、玖子は仮面の男を睨む。 だが仮面の男はどこか楽しげに肩を揺らすだけ。 玖子が何か言おうと口を開くが、それより早く声がした。 「無駄よ。そいつ、件の蜘蛛男じゃないから」 仮面の男の後ろからやってきた真名が楽しげに顔を指差す。 かつて秋葉の前に現れた男は、蜘蛛をかたどった仮面だったはず。けれど目の前にいるのは、ただ顔を隠すためにだけつけられた特徴の無いもの。言われて見渡せば、背格好から何まで特徴が違う。 「やれやれ、アークが相手だと知ってればもっと気を遣ったんだけどな」 男はため息を漏らす。 「ガキの見張りで大金を貰える、楽な仕事だと思ったのによ」 言いながら携帯をしまい込む。ツァインに効かなかった以上、不確かな物に頼るつもりは無いらしい。 「よく俺たちがアークだってわかったな」 ツァインの言葉に男が笑い出した。 「そりゃお前さんが有名だからよツァイン・ウォーレス。別名『ブレイブハート』『英雄騎士』あとはなんだ……『金獅子』だったか?」 「やめろ恥ずかしい!」 思わず赤面するツァイン。 「携帯も回収した、後は……」 男が秋葉を見やる。喉の奥で悲鳴をあげた秋葉の手を玖子が掴み走り出す。今は秋葉を守ることが先決だ。 手を引かれながら振り返る秋葉。その視線の先で、ツァインが笑って口を開いた。 「戦う覚悟でも、戦わない覚悟でも、俺は全力でそれを応援するぜ?」 ●境界線――選べる道 「まぁいい。携帯さえ回収できたらな」 男は二人を見やる。 「まさか二人で俺に挑むつもりじゃないだろ?」 「そのまさかだよ!」 ツァインが盾を突き出し挑みかかる。アーティファクトを持っていかせるわけにはいかない! その身体に重い拳が叩き込まれると、そこからツァインの身体が凍結し始める。 トンファーを構え男は余裕の笑みを見せた。 さっさと凍らせて脱出しよう――余裕は背後からの真名の強打に打ち消される。 他の連中が来るまでの足止めくらい出来るでしょうよ―― 「遠慮なんていらないわ。さあ殺し合いましょうか……く、ふふふふふ……」 秋葉は足を止めた。振り返る玖子に呟く。 「僕は……あの人みたいに、なりたい」 あの騎士のように強く。 玖子は秋葉の顔を覗き込んで微笑んだ。 貴方はそれができるところにいるんだから―― 涙を零す秋葉。地獄から抜け出したかった。けれどあのまま人を殺していたら……蜘蛛の糸を辿って向こう側に行ったって、別の地獄が待ってるだけだ。 嗚咽を漏らす秋葉の身体を優しく抱きしめ、玖子はその頭を撫でた。 ――道は無数にある。境界線の向こうに行くも、こちら側で足掻くも……道を選ぶのは自分だから。 貴方はもう、大丈夫。 「くそ、きりがねぇ」 男が焦り毒づく。ツァインの十字の意思が、氷結した身体をすぐに溶かし二人に抵抗する勇気を与えているからだ。 真名の全力を込めた一撃が確実に体力を削り取り、男にもはや余裕はない。 「しょうがねぇ――」 「――くるわよ」 言葉は同時に。真名の言葉で防御体制をとる二人に、男は疾風の如く疾走し雷撃を纏った武舞を見せた。 雷の如く、範囲に撒き散らされる必殺の拳に倉庫の壁に血風が舞った。 一撃、ついで二撃。脱出用に取っておいた精神力をあらかた消耗させて放った荒業。男も肩で息をするが、意識を失った真名を見やり満足げな笑みを浮かべた。 「さて、これで――」 「――終わりのつもりか?」 男が目を剥いた。ツァインは未だ健在、もはや倒しきれる相手ではない。 男は全力で背を向ける。 「待て! 逃がすかよ!」 ツァインが追うも、俊足を誇る男には追いつかない。真名が倒れ包囲が解かれた時点で負けは決まっていたのだ。 「残念だったな!」 男の高笑いが響く。任務は失敗となる―― ――はずだった。 運命を変えたのはツァインの放った神秘の一撃。 「良い奴を食い物にする、お前らのような奴は許さねぇ!」 十字の意思を背負い、十字の意思を放つ。正義と称された光が男の背中を強く焼いた! 神秘の伴う光に男の心は乱れた。焦りは怒りとなりその足の向く先を変えてしまった。 怒りの声をあげ男がツァインの盾を打つ。 正気を取り戻したとき、目の前にあったのは笑顔のツァインだ。 「これで、終わりだぜ」 周囲にはフィクサードを倒し駆けつけたリベリスタ達。男は嘆息し携帯を投げ捨てた。 ――転がり落ちた拍子に携帯が開かれ液晶が映る。 浮かび上がったのは、悪趣味なリアルな蜘蛛のマーク―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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