●シグナル 岡山大学構内。スクランブル交差点。 一時限目の講義へと急ぐ学生たちは、信号が変わると同時に足早に交差点を渡り始める。 二月の冷たい風から逃れるように頬を襟元に埋めた人々は、その交差点に鎮座する決定的な『違和感』に気づかない。 交差点の中央に、人ごみから頭ひとつ抜けた人影が立っていた。上半裸の肌は毒々しく青く、その額には一本の角が突き出ている。それは鬼だった。 あからさまに人ならざるその姿にも関わらず、誰ひとりとして鬼に目を留めようとはしなかった。 人々はただ自分のことだけを考え、一心に目的地を目指して歩いてゆく。 自分に一瞥もくれず通り過ぎてゆく人々が、いちいち気に食わぬ、気に食わぬというように眉根を寄せながら、その真っ青な顔は次第に黄色みを帯びてゆく。 どん。 交差点を斜めに横切ろうとしたひとりの男が、鬼にぶつかる。 男は自分が何にぶつかったのか分からずに怪訝な顔をしたものの、すぐに鬼を迂回して通り過ぎていった。 それが鬼の我慢の限界だった。 鬼の絶叫が、天に谺する。 突然の雷鳴のような轟音に、道ゆく人々は耳を抑えてその場に蹲った。 今や炎のごとき赤色に転じた鬼は、手近な信号機のポールを根元から引き抜く。 そして突如姿を現した『鬼』の姿に、戦き、身動きひとつできない学生の真上へと…… そのポールを、振り下ろしたのだった。 ぐしゃり。 先程の轟音とは異なる意味で耳を覆いたくなる音が響く。 ぐしゃり、ぐしゃり。 繰り返し振り下ろされたポールによって、赤いバターのように地面に伸びた学生。 鬼は次なる犠牲者を捜して、硬直した人々の間を徘徊する。 さて、鬼が目を留めたのは先程彼にぶつかって通り過ぎて行った男の姿だった。 男の眼球だけが揺れるように動いて鬼の姿を見上げる。 鬼は満面に悦楽の笑みを浮かべてポールを振り上げた。 ぐしゃり。 歩行者用信号にぶら下がり、ギシギシと軋ませながら揺れる小鬼たちもまた青色から赤色に転じてその姿を現し。 彼らの親玉が無抵抗の人間共をひとり、またひとりと屠っていく様子を甲高く耳障りな歌声で囃し立てていた。 トーリャンセ トーリャンセ コーコハドーコノホソミチヂャ! テンジンサマノホソミチヂャ!! ●スクランブル 「近頃岡山県で鬼がらみの事件が頻発しているのは、皆も知ってると思う」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、ディスプレイに表示された関連事件のリストを眺めながら言う。 「その鬼がらみで先日進展があった。 『禍鬼』と呼ばれる鬼との接触から、奴らの目的が明らかになったの。 どうも鬼達はリベリスタ『吉備津彦』との対決に敗れて大昔からずっと封印されていたみたいなのだけど……ジャック事件を機に崩界が進んだせいで、その封印の一部が緩んだのね。 どうやら鬼たちは、彼らの王サマ『温羅』を復活させようとしているみたいなの。 『禍鬼』をはじめとする鬼たちが、次々と復活した。 でも、彼らの王サマや、大物の多くはまだ封印されたまま。 岡山には霊場、祭具、神器等数多く存在していて、それが彼等鬼を封印の中に閉じ込めるバックアップとして機能しているの。 だから『禍鬼』は復活した鬼たちを纏め上げて、霊場や祭具を有する施設を襲撃しようとしているわ」 岡山の鬼事件がもたらした混乱は、決して小さなものではない。 それでごく一部、それも下位の鬼たちの仕業だというのだ。 封印が完全に外れた時にもたらされる災厄の大きさは、きっと桁違いのものとなるだろう。 「『禍鬼』の狙いは封印の破壊だけど…… 奴は白昼の街中にも鬼をばらまいて、無差別に人間を殺させている。 一般人を巻き込めば、私たちが放置できないのを知っているのね。 本来の目的から私たちの矛先をずらすための陽動、といったところかしら」 イヴは鬼たちの思惑通りに動かされることが気に食わない、といった様子で軽く唇を尖らせる。 「気に食わないけれど、それでも私たちは救える命を見捨てたりはしない。そうでしょう? だったらその苛立ちは、現場で鬼のやつにぶつけてやれば一石二鳥だと思わない?」 イヴの問いかけに、リベリスタたちは頷きを返した。 「……あなたたちに対処してもらう鬼が現れたのは、大学の敷地内。 随分とカラフルな鬼よ。 青色なら進ませる。赤色なら竦ませる。なんだか信号機みたい。 でもね、信号機というのは本来私たちの行動を支配するためのものじゃない。 安全を得るために利用する『道具』だよ。 その信号機が自動車事故より大きな危険をもたらすなら、何も律儀に交通規則に従ってやる必要なんて無い。 それが赤だろうが青だろうが、あなたたちは気にせず突破して頂戴」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:諧謔鳥 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月03日(土)00:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●トマレ 小鬼は地を舐めた。血を舐めて、綺麗にした。 無惨に引き延ばされ散らかされた無数の死体を、すっかり胃袋に納めた小鬼たちを見下ろしながら。信号鬼は再び青く、青く戻っていった。 凄惨の名残は僅かに漂う錆びた鉄じみた香ばかりで、それすらもすぐさま、風に流されてしまう。 つまり、新たに交差点に入り込もうとする人の流れを阻むものは、なにひとつなかった。 鎮静の青色の中で、鬼は静かに佇みながら。 誰にも見とがめられる事無く交差点の真ん中で人ごみの密度が十分に高くなる瞬間を待っていた。 ぎり、 噛み締めた奥歯から広がる苦汁が、全身に行き渡るかのように。 徐々に黄色へとその身を変じた信号鬼を……ひとりのドライバーが見とがめる。 まだ貘として輪郭を掴ませず、単に交差点の真ん中に立つ人型の何かとして映るその背中に対し、ドライバーはブレーキとともに激しいクラクションを鳴らした。 「おい、邪魔だっ。死にてェのかっ!!?」 ゆっくりと振り返った鬼。 「ひ、ひぃ……」 赤い顔にぽっかりと空いた口の端は、怒りと愉悦がないまぜになり笑みとも、牙を剥くとも知れぬ表情で不気味に歪んでいた。 赤信号である。 ついに信号鬼の姿は衆人の目に映ることとなり、スクランブル交差点を阿鼻叫喚が包む。 が、すぐに人々は気づくのだ。自らの脚が、単に竦んでいる、という以上に重く地に縛り付けられている事に。 金切り声は、金縛りを切り裂けない。ただただ信号鬼の神経を逆撫でる、逆撫でる。 信号鬼が深く息を吸い込めば、長い髪は赤い稲妻を帯び。 解き放たれようとしたその雷を——波状に降る刃が封殺した。 一切のブレーキ痕を残さず、フルスロットルの勢いそのままにした無人のオフロードバイクがアスファルトを滑る。 靴底に火花を散らし着地する『雷帝』アッシュ・ザ・ライトニング(BNE001789)は、動きを止めた信号鬼へと反転する。 「何奴。この赤が見えでか」 次第に赤みを減じ青へと転じ始めた信号鬼は、鎮静された声でアッシュに問う。 「ハッ、この雷帝様を信号機如きが止めようたあ笑わせる」 ナイフを構え直したアッシュは、傲岸不遜に笑んでみせる。 「いいぜ、もし手前ェが周囲を思い通りに出来る心算でいんなら、先ずはその傲慢をぶち殺す! ……『そごぶ』、ってとこか、あぁ?」 「なんやねんそのざーとらしい省略は」 気怠げなツッコミはしかし、弾に劣らず速く鋭く。 燻らす紫煙は咥え煙草ではなく、銃口より。 赤信号には赤信号を。『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)の魔弾が動きを止めた信号鬼に追撃を加えた。 主の動きが封じられたのを察知し、小鬼達の姿が明滅を始める。 交差点に閉じ込められた人々の金縛りも解けつつあるはずだったが……何も知らぬ一般人が、この状況の変化にとっさに対応できるわけもない。 殆どが立ち竦み、残るものたちも恐慌に囚われたままその場を動けずにいた。 彼らを我に帰らせたのは、目の醒めるような弦鳴り。続いて光の雨が降り注ぐ光の雨。 矢羽根から離れた右手に残心を留め、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)はその命中を見届ける。 ガードを固めた信号鬼を、その防御の上から光の糸で縛り上げると。 「よぅし。オレがきっちり躾けてやるからな! 皆が逃げるまで、君はこっから一歩も動かせてやらないよ」 『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218)は、組んだ指をぺきぺきと鳴らして、チームプレイによる即席の封印の中で蹲る信号鬼を見下ろした。 「慌てないで、落ち着いてくれ。速やかにこの場から離れるんだ。 この場へ人を近づけさせないようにしてくれ!!」 アルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)の朗々たる声、真っ直ぐに掲げる剣の切っ先が、混迷の人々に進むべき道を確と示す。 片桐 水奈(BNE003244)を中心に広がる光の輪は、アルトリアを含むリベリスタたちの言葉に、背に、翼を授け。 鬼の恐怖に震える人々には、リベリスタたちがさながら地獄絵図のただ中に降り立つ天使の群の如く映ったことだろう。 鬼の姿が完全な真青に沈むや否や、人々は弾けるように交差点から逃げ出し始めた。 車内で竦んでいたドライバーも、止まっていたエンジンを再び始動させる。 「落ち着けとは言わへん……巻き込まれたくなかったらさっさと逃げや!! こいつはうちらが何とかするから!!」 さて、とばかりに踵を返した椿は。銃口を煙草の先に寄せて、空砲。少々荒っぽく火を点ける。 日頃から咥えておきながら、滅多に『吸わない』煙草の香りは、彼女の集中を速やかに高めてくれる。 この感覚を慣らさないことが……日常にしてしまわないことこそ肝要なのだ。 「ギャグみたいな名前やけど、やっとることが笑えへんわぁ。 ……全力で、止めに行こか!!」 ●ススメ 「トおリゃンセ!!」 「とオりャんセ!!」 活性化した小鬼たちは、なじみ深いメロディを歪に甲高い声に乗せて叫びながら、逃げ惑う人々を追う。 赤いパンプスを履いた女性が、一匹の小鬼から逃れようと必死に駆ける。 無情にもその足はもつれ、倒れた彼女に向かって小鬼が飛びかかり…… しかしカソックの黒い人影が小鬼の爪下へと滑り込み、間一髪女性を救い出す。 バゼット・モーズ(BNE003431)は逞しい腕で女性の細い腰を抱え、スクランブル交差点の外へと走った。繰り返される追撃も、広い背中が、小鬼から女性を守り続ける。 「さあ、ここまでくれば大丈夫だ。早くこの場から離れてくれ」 「あ、あのっ……」 降ろされた場所で、何か言いたげに振り返る女性に、バゼットは語りかける。 「こちらに向かう者とすれ違ったら、ここへは近寄らないよう伝えてもらいたい」 「は、はい……あ、ありがとうございますっ!」 女性はぺこりと頭を下げると、一目散に駆けていった。 「すげー……何これ、特撮!?」 新たに交差点に迷い込んだ数人の学生たちが状況を飲み込めずにきょろきょろと辺りを見回す。 数人は携帯を取り出して鬼とリベリスタたちの闘いを撮影し始める始末だ。 「早く逃げろ! 死にたいのか!?」 シャッター音に刺激され、携帯を持つ学生に襲いかかろうとする小鬼を黒い盾の下に押さえ込みながらアルトリアは恫喝する。 「彼女の言葉に従って!」 『似非侠客』高藤 奈々子(BNE003304)正義の十字が、光の格子のようにもう一匹の小鬼の行く手を阻んだ。 怒り狂った小鬼はその牙の矛先を奈々子に変える。しかし。 「ぴぎッ!?」 顎が外れんばかりに開かれ牙を剥き出した小鬼のその口内を、矢の形をした魔弾が射抜く。 刻まれた呪詛が黒い文様となって小鬼の赤い肌を覆った。 七海は戦場の中心から一歩退いて俯瞰しながら、油断なく視線と矢とを配っていた。 そして七海と戦場を挟み込むようにして、対極。 『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は散らばる小鬼たちに狙いを定め終えた。 銃口はひとつ。火縄はひとつ。込めた銃弾もひとつ。 だが大気を揺るがす砲声は、ひとつの引き金にして八連。真昼の光より眩い星明かりの弾丸は戦場を這うように小鬼たちを射抜いていった。 その光景に、「ほぁああ」と間の抜けた歓声をあげる者たちが。先程の頭の回転が遅い学生たちだ。 龍治は嘆息すると、射撃を終えたばかりの銃口を彼らに向けた。 「立ち去れ。ここはお前たちの居場所ではない」 鋭い眼光と連射に熱く灼けた砲身は、言葉以上の威圧感を以て学生達を退けた。 怒号、砲声、剣撃の音が、この場から人を遠ざけているのは事実。 だが一方で、ある特定の人々を引き寄せているのもまた事実だった。 神秘は秘匿される。それ故に、人々は神秘を見慣れてはいない。 その恐ろしさを、正確に理解してもいない。 「離れていれば大丈夫だろう」そんな浅はかな楽観論でもって交差点に近づく野次馬たちは、むしろ敵よりもタチが悪かった。 事故を避けようとする自動車は、殆どスクランブル交差点に近づかなくなっていたが。 愚かしい野次馬たちは、数こそ少ないものの絶えることがなかった。 彼らを庇う為に身を呈すリベリスタたちには、本来であれば負わずにすんだはずの負荷が蓄積されつつあった。 だが多少の傷は水奈が癒す。水奈に向けられた攻撃の手は、『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が過たずカバーしていた。 つまるところ、リベリスタたちは払った対価に見合うだけの成果を……小鬼が一般人を襲う事態の完全阻止という現状を得ていた。 「……ままならぬ、か」 呟いた青色の信号鬼は、戦況を見渡して深く息を吸い、その眷族に向かって声を張り上げる。 「リベリスタどもは捨て置け。散って人の子を追えぃ! 教え込んでやるといい。刻み込んでやるといい!! 天神の細道は、帰り道の方が恐ろしいのだ、とな」 「随分な言いようだね。オレらだって立派な『人の子』だってのにさ」 射程から小鬼たちが射程から外れる前に、その背に神気を追い打ちながら。 ウルザは信号鬼の言葉に眉を顰める。 「理(ことわり)を外れた者が何をのたまう。その力が果たして人の子と言えようか」 封じられながらも幽鬼の如く揺らめき、アッシュの刃を躱す信号鬼。 細いナイフの刺突はしかし、コンクリートの路面に雷のような皹を走らせる。 鬼の視線と、アッシュの隻眼が交錯した。 「血の赤に染まった汝らの顔は、さながら悪鬼のようぞ。ここに鏡があれば見せてやったものを」 「悪鬼上等ッ。青信号っつーこたあ、幾ら殴っても構わねえって事だよなァ!」 吼えるアッシュは、凄惨な笑みを浮かべて銀色の尾を昂らせる。 「いい表情をする! ならば尚更腹立たしいとは思わんかね。 生物種として圧倒的に優れた我らをあたかも作り事の存在であるかのようにみなし、或いは無視すらし!」 我らの頭上を、我らの歩めぬ表舞台を。我が者顔で跋扈して憚らぬ、あの厚顔無恥な生き物が!!」 信号鬼の言葉は、抑圧された怒りに、長き封印の中で溜め込まれた怨嗟に満ちていた。 「なぜ我らが身を隠さねばならぬ!! 汝らは理不尽だとは思わぬのか 我は見たぞ。弱き者たちに感謝され、畏怖され、愉悦を浮かべる汝等の顔を!! 力を誇る、我らと同じ鬼の顔を!!」 「あんたらみたいなヒトゴロシとうちらを一緒にせんといてくれる? ……迷惑や」 信号鬼の額にリボルバーを突きつけながら椿は吐き捨てる。 「やはり、相容れぬか。禍鬼の言葉は正しかったということだな」 自らの言葉に悲哀し、沈鬱の激情に囚われた鬼は、深く慟哭した。 その声は鬼の魂を揺るがす波動となって伝播し、傷ついた小鬼たちを癒してゆく。 小鬼の体力はそう多くはない。 だがそれ故に、彼らの主の癒術は小鬼たちの多くを殆ど全快と言える程に回復させた。 怒りによってリベリスタに引きつけられていた小鬼たちも、主の命に従って力なき人々を狙い始める。 一般人の近くに居たものは素早く庇う体勢をとり、小鬼の近くに居た者は速やかにその進路をふさぐ。 それでも取りこぼしが、二匹。リベリスタの抱囲を抜け、街路樹に隠れていた野次馬の青年たち二人に襲いかかる。 腰の高さ程の小鬼に引きずり倒された青年はもがくが、小鬼の牙は容赦なくその首へと食い込む。 「うう、ああ……た、たすけ……」 ごきり、という絶望的な音を残して青年の首は真横直角に折れ曲がる。 虚ろに開いた口の端から、つう、と粘ついた血が滴り落ちた。 「ひ、ひぃいいっ」 よろめくように逃げ去ろうとするもう一人の足を、膝の裏から裂くようにしてもう一匹の小鬼が襲いかかる。 不運な相棒と同じ運命を辿ろうとしたその青年を救ったのは、空より彼の身体を掬い上げた水奈だった。 「あ、あいつは……」 震える指先は、小鬼に齧りつかれて痙攣している彼の友人を指す。 「ごめんなさい、彼は、もう……」 助からないわ、と告げる代わりに、水奈は静かに首を横に振った。 (赦さない……!!) 怒りに唇を噛みながらも、水奈は自分の役目を……彼を救う使命を果たそうと戦域の外に向けて飛んだ。 「止まりぃや!! それ以上追わせはせぇへんで!!」 交差点の外までも、退避した人々を追おうとする小鬼たちに、椿は叫ぶ。 振るう扇は凍てつく風を生み、大気中の水を氷の刃として降り注がせた。 体表を凍てつかせた二体の小鬼を、忍び寄るように伸びたアルトリアの影が深淵へと飲み込む。 しかし未だ残る小鬼、六体。 「ちっ、キリが無ぇっ」 幻影を纏い、小鬼と信号鬼を同時に斬りつけるアッシュは苛立たしげに叫ぶ。 その目の前で、信号鬼は黄色へと遷移しつつあった。 「いまだ!攻撃をまとめて!」 ウルザの放つ閃光を合図に、手隙の者たちの攻撃が蹲る信号鬼を狙った。 ●ケイコク アッシュ、ウルザによる二重の拘束を、椿のカースブリットによる呪いが強化する。 強固な封印は、鬼をその場に縛り付けて動かさなかった。 京一の放った鴉に追い込まれた小鬼たちは、手傷を負った最後の二匹だ。 「カッコー、カッコー、帰りは怖い……」 謳うように呟きながら、七海は弦を引き絞る。 狙われていることに気づいた小鬼たちは、足を速めるが。 神速の矢に、その程度の努力が報いられるはずもなく。背中から光の矢で射られた小鬼たちは地に沈んだ。 「……まあ、黄泉に帰ればいい」 直後、信号鬼は咆哮するが。受取手を失った青鬼の慟哭は、虚しく響いた。 自らの傷を癒した信号鬼は、黄色へと遷移する。 各人集中、近づいた一般人の排除、あるいは晒された隙への猛攻を経て、鬼は赤へと。 交差点にはリベリスタと一匹の鬼のみ。だが、一般人を庇いながらの対多戦を経たリベリスタたちに疲弊の色は隠せなかった。 怒りに赤く染まった鬼は、地に突き立てていた信号機のポールを引き抜くと荒々しく振り上げる。 渾身の守りは、麻痺による封印を退け。更にもう一手。 頬に風を感じる程、勢い良く吸い込まれた呼気は、轟音となって吐き出される。 その咆哮はさながら至近の雷鳴。 空気中に満ちた電気に反応し、鬼が持つ信号機の、三つのライトが慌ただしく明滅する。 大気の振動が、目に見えぬ電子を揺らすかのように。無より生じた雷撃は嵐となり、鬼の射程圏外から狙撃していた射手二名を除く全員を飲み込む。 「か、はッ……」 吐息が焦げ付いているのが感じられる程、激しい電熱に射抜かれて。 常に最前衛に立ち続けたアッシュ、人々を庇いながらもその身を削る奮戦で多くの小鬼を屠ってきたアルトリア、バゼットが倒れる。 体勢を立て直した水奈、京一、奈々子らがすぐさま癒しの光を味方に届けるが、損害は浅くない。 既に体表に雷電を帯び、次弾の構えを見せる信号鬼に対してウルザが動く。 「はい、赤色はダメー!」 地から伸びた気糸の群れは赤鬼を絡めとり、アースのごとく溜め込んだ電撃を逃がしてゆく。 そこに椿の呪弾が追い打ち、再び麻痺の封印を完成させる。そして鬼は、青へと。 この機に攻撃を当てず、ただ回復されるに任せていれば、こちらが不利になるだけだ。 龍治は火縄銃を構える、が。 (霞む……か) 龍治は瞑目すると一度深く息をつき、再び刮目する。 ぶれる姿の、振幅の中心を確と見据え。 「どうという事はない。いつも通り、ただ狙って撃つのみだ」 的が撃たれるのではない。「自分が」的を射抜くのだ。 その自負が彼の銃弾を導く。 アルトリアには、アルトリアの当て方がある。 立ち上がった彼女は、空に放ったカラーボールを滑らかな斬撃で弾けさせ。 青色に蛍光色を上書きしたその場所を、黒いオーラが的確に射抜く。 浴びせかけられる集中砲火に、青色のままでは不利とみた信号鬼は再び黄色を経て赤色に戻る。 相次ぐ体色変化によって、無用の隙を生じた信号鬼には、無数の傷が蓄積されつつあった。 焦燥に駆られて振り上げたポールの下に、運命を燃やして立ち上がったアッシュが滑り込む。 「いいか信号野郎。良く憶えとけ。 てめぇは確かに乗り物も人間も止められるだろう。だがなァ」 巨大な剣圧にも怯むことなく。我道をゆく男は不敵に笑み。 「……信号ごときで、雷は止められねェンだよ――ッ!!」 得物は小ぶりだが、その一振りは王者の牙。 身長の数倍はあろうかという鬼の"金棒"を、下から突き上げる逆さの雷のごときアッシュの斬撃が弾き上げる。 生じた隙を突くように、懐に飛び込んだバゼットの一撃が鬼の巨躯を宙に浮かせた。 アルトリアの受けた傷より迸る呪詛は、渦を為して剣に纏わりつき。そのまま黒く長大な槍を形成する。 「剋目せよ。貴様等を断ずるのは我等アークである!」 「おのれ、人間風情がぁあああッ」 信号鬼は、リベリスタを人ではないと呼ばわった自分の言葉を忘れたか。 その胸を、黒い槍が深々と真横に刺し貫く。 アッシュは落下する信号機のポールを空中で掴み取り。 ペインキラーと十字を為すように突き立てた。 「てめえの雷も大したもンだったがよ。 ……雷帝様を相手にするにゃ、ちっとばかし温過ぎるぜ!」 鬼の身体から流れた電流が、僅かに信号機の赤色を灯し、消えた。 それはあたかも信号鬼の……そして鬼に屠られた人々の墓標のように、交差点の真ん中に屹立していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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