●真冬のお茶会 ずるり、ずるり、袋から肉が引き出される。冷えた路地裏の空気はすえた臭いで満たされていき、まだ温かい肉が湯気をたてている。一匹が貪れば奥から一匹、また一匹と増えていく。 新鮮な肉、貪るイヌの群れ、ソレを見つめる男が一人。無精ひげを撫で、狂気の熱にゆらぐ瞳を光らせながら寒そうにコートを着た体を抱き、壁に背を預ける。 皮膚の薄い袋を破り、中から肉を引きずり出す。本来そこにあるはずだったものは無残に路地に広がっていき、さながら解体ショーの様相であった。 「オレも腹が減った……」 下水道に垂れていく血の音を聴いていた男はゆっくりと歩を進める。犬たちはそれだけで食事をやめ、耳と尻尾をたらして後ろにさがる。 「安心しろ、お前たちの分は喰いやしねぇよ」 下卑た、獣のような笑みを浮かべた男は、恐怖の表情に歪んだまま永遠に動くことの無い女の頭部を無造作に掴むと、ねじ切った。 女の名前は知らない。ただ、ウマそうだったから。自分の飯とイヌの餌のために殺しもするし犯しもする。男は、そういう奴だった。 ●フール 「これが私の見た『物』よ。昔どこかに殺した人間をイヌの餌にするシリアルキラーが居たそうだけど、ね」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が軽く頭をおさえ、ため息混じりにそう話し始めた。 「敵はエリューションアンデッド。革のジャケットと無精ひげが目印の男が一人。エリューションビーストのイヌの八匹と一緒に裏路地を歩いているわ。不用意な女を捜して、喰ってるみたい」 ゆっくりとイヴがリベリスタ達の表情を見る、顔色を悪くするような者が居ないか、怒りを抱いて冷静さを欠いたりしていないか、確かめるように。 「男はイヌを指揮しながら、自分はナイフを大量に投げてくる。これは神秘攻撃で貫通してくる上に、当たれば弱体が付与されているから気をつけて。イヌたちは耐久力も攻撃力もさして高くはないけど、男が居る間は統制の取れた動きで集中攻撃をしてくるわ。足に噛み付いて、重圧を与えてくるの。うっかりしていると本当に、イヌの餌になるわ」 見たものを思い出したのか、ハンカチを取り出して一旦口元に当ててゆっくりと息をするイヴ。リベリスタ達が心配そうな目を向ければ、大丈夫だとゆっくりと首を振る。 「男は狂っている、まともに会話なんてしようと思わないことね。ただ、頭はいい。路地裏ばかりを歩くのは自分のテリトリーであり、敵の発見率を上げ、敵からの発見率を下げ、奇襲を容易にし、撤退を容易にする。けど安心して、巡回ルートは決まっているから、ソコに待ち伏せしていけば先手は取れるわ。指定した日時のときは男女問わずに襲いたくなるくらい、腹が減っているようだしね」 そこまで喋ってから、ハンカチをしまい。髪を細く白い指で整えてから集まったリベリスタ達を見つめる。 「大丈夫、危険な戦いだけど、貴方達ならやれるわ」 そしていつものように少し優しい声色で、少女はリベリスタ達を送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:春野為哉 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月22日(水)23:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●人、欠片 都市は夜眠らない。ライトアップされたビルはまるでシャボン玉のように空に光を放ち、人の通る場所から闇を駆逐する。しかしソレは一歩、表通りから離れれば全く逆となる。不気味立ち並ぶビルたちは今にも倒れてきそうで、闇は表から離れるほど濃く、濃くなっていく。当たり前であるはずのことを忘却したとき、闇は牙を以って襲い掛かる。忘れるなかれ、この不夜城は闇への恐怖から出来たということを。 「はむっ、もぐもぐ……」 必要経費としてアークに領収書を切ったフライドチキン(骨付き)を食べながら懐中電灯をつけて堂々と歩くのは『絶対鉄壁』ヘクス・ピヨン(BNE002689)である。足音を立てながら無警戒に路地裏を歩いて見せるさまは彼女の幼さも相まって、端から見れば怖い物好きのただの女の子である。 リベリスタ達の立てた作戦はこうだ。イヴの指定した巡回ルートを『のんびりや』イスタルテ・セイジ(BNE002937)が地図に書き込み、その上で利用できない地形などがないかを確認し、待ち伏せに適したポイントで他のメンバーが待機。防御力の高いヘクスを囮にして目標を引きずり出すというものだ。全員で情報を共有してのこの作戦は、目標を確実に追い詰めていくものだといえる。 荒い息が、都市の遠い雑踏に紛れて聞こえてきた。はっとして、振り向くヘクス。闇に溶け込む毛皮の犬が、唾液をたらしながら目を爛々と輝かせている。飼い犬、と気付くよりも早く。目の前から男が現れる。 「いけないなぁ、お嬢ちゃん。こんなところをこんな時間に歩いてちゃあ。しかも買い食いはいけないねぇ」 口元に獰猛な笑み、無精ひげ、紛れもなくこの男が犬の飼い主。そう理解したヘクスはこれから起こるであろうことにわずかに俯き、口元に笑みを浮かべた。男から見たらおびえて俯いたと感じられるように。 夜闇の中で狩りが、始まろうとしていた。 ●ドッグファイト 「行き止まりだぜお嬢ちゃん!」 逃げるそぶりをしたヘクスが廃ビルの間にある空き地、三方をビルに囲まれて出入り口は一箇所しかない、に誘い込む。我慢できないとイヌのような笑みを浮かべて、男は八匹のイヌとともにヘクスを囲んでいく。喰う、今からまずはイヌたちが。そう思い、襲いかからせる男の算段は、ほかならぬ獲物である少女から崩されることになる 「追い込まれたのは、貴方です」 「何……?」 男が疑問を述べるより早く、隠れていたリベリスタ達が影から躍り出る。男はすばやくイヌの群れを引き寄せようとするが、遅い。一息の間に、イヌと男の間に壁が出来、更に退路まで塞ぐ。 「役所の代わりに犬の処理や。これも銭のためやでぇ」 『√3』一条・玄弥(BNE003422)が闇を纏いながらくけけと笑い、武器を構える。 「生前死後もシリアルキラーとは、どうしようもありませんね」 男の退路を塞ぐのは雪白・桐(BNE000185)端整な容姿の彼の持つ奇怪な、マンボウを薄っぺらくしたような巨大な剣が夜闇に映える。 「死んでもなお主に仕えるか、複雑な気分ね」 「よくある話です、これ以上何かする前にさっさと始末しましょう」 「あぁ、これ以上犠牲者を出すわけにはいかない、変身!」 「過去に何があったのか判りませんが……」 「あなた方の凶行は、今日此処で止めさせていただきます」 『薄明』東雲・未明(BNE000340)、『銃火の猟犬』リーゼロット・グランシール(BNE001266)、『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)、イスタルテ、『朔ノ月』風宮・紫月(BNE003411)が各々の思いを述べながら陣を敷き、分断と退路の封鎖を完了する。しばし呆然としていた男は、すぐさま獰猛な笑みを取り戻して口を開く。 「お前ら……いいねぇ、クソポリに囲まれた時みたいな気分だ。最高だよ、全員殺してやる!あぁ!?」 「遅い!」 男のナイフを引き抜く瞬間より速く、疾風の放つ剛炎の一撃が放たれる。驚愕の表情、しかし直撃ではない。にやりと笑う男、完全な戦闘態勢ではないというのに服の下のナイフに疾風の一撃を誘導し、威力を弱めたのだ。簡単にはいかない、すぐさま悟る疾風。 「お返しだおらぁ!」 懐からナイフを複数本取り出し、連続で放つ男。どこからそれほどの量が隠されているのかと疑問に思うほどの数のナイフが疾風とヘクスを貫く。腕に数本刺さった疾風と完全に防いだヘクスを見て楽しげに吐き捨てる男。 「ちっ、クソかてぇなぁ!」 「その程度ですか、あまりヘクスをがっかりさせないでください」 ふん、と鼻で笑うヘクス。ハイディフェンサーを使った彼女の鉄壁の前では確実に当てねば打撃は通らない、男はそう悟ると即座に行動を変える。 「お前ら全員食え!」 その声に警戒態勢のまま動きを止めていたイヌたちが一斉に散開し、疾走。それぞれがヘクスを除く一人ずつに噛み付き、避けられるようなら余ったイヌが再度噛み付きに掛かる。 「お前か、柔らかそうだな!」 「っく……!」 脚に噛み付いたイヌを払いのけながら紫月が顔をしかめる。周囲と比べて一回り脆い彼女を発見した男は、すぐさま次手に集中攻撃を指示するつもりだろう。しかし、そう上手くはいかない。 「人の肉より美味しいもの、教えてもらえなかったの?」 ぽつりと、つぶやくように未明がイヌを複数なぎ払える位置に歩くように移動すると、剣を振りぬく。影しか残らぬような一振りに、たまらず悲鳴をあげるイヌ。 「いつも通りアークの敵を消し、アークに利益を」 更に一撃食らったイヌを中心に巻き込むように、リーゼロットのハニーコムガトリングが吼える。銃声が周囲のビルを震わせんばかりにあたりを満たし、劣化した窓ガラスは割れんばかりにガタつき。イヌの悲鳴すら埋め尽くす。 「紫月さん、大丈夫ですか?」 「はい、セイジさん。このくらいでしたら」 イスタルテが翼の加護、更に紫月が守護結界を使用し、全体の防御を固める。前衛後衛、攻撃と防御、いずれもバランスが取れているリベリスタ達の前に男は自分が追い詰められていることを容易に知る。おそらく、次手で体勢を整えることができねば自分は死ぬと。 「自分が狩られる立場に立ってみるのはどんな気分ですか?」 雷撃が周囲を一瞬真っ白にするほどに照らす、桐の強烈なまんぼう君のギガクラッシュ。男は両手に持ったナイフで辛うじて受け流すも、大きく体勢を崩し、出血。淡々とした桐の表情を見て、男は楽しげに答える。 「最高だよ……!」 ●次手 追い詰められれば逃げの手も打つ、それなりに頭のいい敵。男はそういう情報だった。獲物をいたぶって殺すことに特化されている男の能力ではこの状況から、自分の全力を以ってしても突破は出来ないと判断、となれば男の思考は至極単純な物へと変化していく。それこそ飢えた獣のように。 「変更ナシだ、その女を食い殺せ」 手を紫月に向ける。イヌたちは即座に急制動、殺到するべく駆け出す。ヘクスが間に入り一匹の動きを止めるが、七匹は動く。 「犬っころはきゃんきゃん吠えてやぁ!」 待っていましたとばかりに玄弥が自分をすり抜けようとしたイヌに向かってアンモニア臭のする球体を無造作に放り投げながら暗黒を放つ。破壊され、途端に周囲に放たれる刺激臭。人間ですら驚くほどのこの悪臭に、近場のイヌが悲鳴を上げる。体勢の崩れたイヌに玄弥の暗黒はあまりに厳しく、一匹が地に倒れ伏した。 「これならば……!」 臭いによる統制の乱れを見た紫月が表情を凛と引き締める。一息に陰陽・氷雨を使い、更に当たり一帯へと攻撃を放つ。なす術も無く倒れるイヌがまた一匹、還る。 「大勢は決しました、が。皆さん油断しないで下さい」 リーゼロットのパイルシューターが吠え、銃弾の雨が再び襲い掛かる、男はナイフで当たる弾だけを的確に弾くが、イヌはそうはいかない。鈍い銃弾の刺さる音、獣の悲鳴をまたもかき消しながら一匹が消えた。 なんとか四匹が紫月に食らいつき、脚を噛み、引き倒そうとする。牙が食い込み、鋭い痛みが脚を麻痺させんばかりだ。 「おいたはそこまでですよ?」 にっこりと笑うイスタルテ、彼女が歌えばみるみる傷が塞がっていく。その様子を見て舌打ちをする男。 (……いずれにせよ、悲しい夢なのでしょうね) その憎悪にも似た瞳を見て、イスタルテは少し悲しげな表情を浮かべる。一瞬意味がわからず動きが止まる男。 「冥府に戻ってもらうよ。貴様のような狂った殺人鬼が二度とこの世に迷い出ないようにね。逃がしはしない!」 その横っ面を疾風の強烈な剛炎の一撃が吹き飛ばす。顔面の半分を焼かれ思わず嘔吐にも似た声を上げる男。 「ンガァはハはは! 笑わせるねぇ、てめぇとオレの何が違うっていうんだよ! 同じバケモンのくせに殺す相手が違えばヒーロー気取りか!?」 「私は抗う力さえも無い人々のためにこの力を使う。お前とは違う!」 「そうかい! じゃあオレはそんなお前から力を持つ奴らを守らなくちゃなぁ!?」 癪に障ったのか、楽しそうな声を上げてナイフを再び大量に投げつける。しかし巻き込んだのはわずかに疾風一人。それも、致命傷には程遠い。 「言いたいことはそれだけですか」 桐の強烈なギガクラッシュが再び炸裂する。轟音、雷撃。しかし男はナイフで受け止める。力任せに受け止めたにも関わらず、ナイフと巨大な剣が完全に拮抗する。口元から血を流しながら男は笑う。 「いいや、まだまだ足りないねぇ? もっとだ、もっと楽しもうぜ!」 「無理ですね、全力を出してもヘクスの絶対鉄壁を越えることの出来ない貴方は此処で絶望して死ぬんです」 自分に注意を向けさせたイヌを蹴飛ばしながらヘクスが肩をすくめて言い放つ。だがそれでも男は止まらない。目をぎらつかせ、わずかな隙を見せようものなら喉笛を噛み千切らんと構える。まるで手下のイヌが減れば減るほど、本来の力を取り戻したといわんばかりに。 ●一欠片 イヌの数を減らした時点で男の敗北は明確であった。初手から包囲することを前提にされ、一方にしかない逃走口をふさがれ、更に飛行できる者もおり、逃走は不可能に近かった。その上で全員が用意周到に消臭剤などで体臭を消してきたのだ。ゴミのたまった裏路地、というだけでもイヌには不利だというのに、消されてしまえば気付きもせぬ。先手を取れた、これが最大の勝因でもある。もし事前に気付かれていようものなら、男は早々に逃走の一手を打っていただろう。 「コレだからやめられねぇなぁ殺しはよぉ!」 男が叫ぶ。イヌが全滅するのに時間はかからず、すぐに包囲した男への集中砲火が始まった。銃弾が、刀剣が、魔術が、男の体を貫き、傷つけ、蝕む。それでも辛うじて直撃を避ける、反撃する。しかしすぐに傷口をふさがれる。完全に男は罠に掛かった獲物で、リベリスタ達は狩人となっていた。 「いい加減死にぃやぁ!」 男のタフさに玄弥が舌打ちしようとも、男は楽しそうに笑うだけ。ただ刻一刻と限界は近づき、見るも無残な姿になっていく。 「今夜一番に、退場しないといけなかったのは――」 未明がソードエアリアルを使い、狙い撃つ。男は腕すらあげられず、心臓を射抜かれる。その瞬間、先ほどまでアレほどまでに轟音を立てていた戦いが静まりかえる。男はがくりと膝をつき、未明の冷たく見下ろす目を見る。 「――本当は、あんただったのよ」 「く、ククく……最高、だ」 それが幸せそうに笑う男の最後の言葉だった。 わずかな静寂、残ったのはみそっかすのような死体と、リベリスタ達だけ。黄泉路への旅は一人では寂しいでしょうから、と黙祷のようなものを捧げる紫月がアークへと連絡を取る。後始末は自分達の仕事ではない。そのまま散り散りとなっていくリベリスタ達。 彼らが消えればあとは掃除され、路地裏はいつも通りの静寂を取り戻すだろう。そうなってしまえば此処でおきたことなど、当事者達以外誰も知ることは無い。報告書の上でわずかに残り、そのまま倉庫の奥で眠ることになる。 そう、それこそ。人々の中で思い出という欠片となって残る夢のように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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