●王子様が見つけた愛 2月14日。バレンタインデー。 女子も男子も愛の季節にそわそわする時期である。 色めき立った雰囲気は、商戦逞しい店の中から外へ、そして街までも恋愛ムードに染め上げる。 ……一部の男子には嫉妬と悲哀の季節ではあるが、この際それは考えないでおこう。 「ね、チョコ買った?」 「もちろん! 今年こそあたし告白するのよ!」 ラッピングされたチョコレートを片手に、恋する乙女はいつもよりも美しく見える。そしてそれを、木の陰からじっと見つめる男性の姿―― 「嗚呼、なんて美しい女性達だ……。チョコレートか。それを渡せば、僕も……」 まだ蕾のまま春を待つ桜の木の下。 少しだけ冷たい風に揺れたのはそれはそれは美しいプラチナブロンドの髪。 うっとりとした青い瞳は、どこか物憂げにも見える。 そして背中にあったのは神々しい程美しく、大きくはためく翼であったという――― ●愛を委ねる者達 「貴方たち、チョコをあげる相手はいる?」 集ったリベリスタ達は揃って沈黙を落とした。 まさかこの天才的なフォーチュナである『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がからかっているとも思えないが、突拍子過ぎて理解が追いつかない。 耐えかねた一人が「あの……」と、おずおずと勇気を出して促した所で、イヴはようやく本題に入った。 「アザーバイドが現れた。それだけならまだいいのだけど」 いいのかよ、と突っ込みたくなる流れに、どうもイヴが何処か呆れているようにも見えるリベリスタ達。 「彼はね、恋に恋をしてしまったらしい。対象はバレンタインに頬を染める女性達。たまに付回している。見つかってはないようだけど……ストーカー予備軍ね」 集まった事を多少後悔し始めるリベリスタ達に、イヴは更に加える。 「けど困った事に、そろそろ強硬手段に出る。つまり、チョコ商戦に参加して所かまわず、誰彼かまわず、愛を振りまいて口説こうという魂胆」 この姿で、と、示した彼の姿には隠す事の無い大きな翼が生えていた。 そしてイケメンだ。イケメンである。金髪の王子様ならぬ、天使様と言っても過言は無い。 けれど、街中でこんな姿で堂々と出歩かれて、節操無く愛人を作られても困る。 そもそも彼はアザーバイドである。帰ってもらわなければなるまい。 「で、どうしろと……?」 やはりおずおずと問いかけたリベリスタの一人に、イヴは大きく頷いた。 「何とか追い返して。騙す事にはなるけど、惚れっぽいみたいだから、一時の夢を与えて感動的に返してもいいわ。むしろ、全うに諭すよりは効果的かもしれない」 無責任なとまた突っ込みを入れたくなるリベリスタ達だったが、見れば見るほどその容貌は王子様であり、天使様である。 ――私とあの人は別れなければならないの ――だからこれは刹那の逢瀬 そんなバレンタイン一寸劇も楽しいかもしれない。例え愛が過剰になり過ぎて、修羅場になったとしても。 もちろんチョコレートを渡しても良いし、諭しても良いと、方法は委ねられたのだが、イヴは最後に振り返ってこう言った。 「……一緒に行っては駄目だからね。ちゃんと戻ってくる事」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:琉木 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月25日(土)22:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●嗚呼花咲く、恋の花 陽の光を受け金に透ける髪を揺らして、一人のアザーバイトは溜息をついた。 あの美しく頬を染める女性たち。その微笑みをこの身に受けたい。 そう一心に募っていった想いは積もり積もって、彼を揺り動かした。 ディメンション・ホールのある桜の木を離れ、彼は少し歩き出す。その時。 「あの、―――」 透き通る声が、彼に掛けられた。 その同時刻。 恋に恋するアザーバイトを元の世界に帰すべく、リベリスタ達は『作戦』を開始していた。 穏やかに展開される結界の中、裏山の一角に漂い始める、甘い匂い。 「いやぁん、美味しそぉん♪」 『肉混じりのメタルフィリア』ステイシー・スペイシー(ID:BNE001776)がその匂いに負けず劣らず甘い音色で、うっとりと声を出す。 「スペイシー……いや、従姉上。もう少し準備が整ってからな」 ステイシーとお揃いのエプロンを着込んだ『ENDSIEG(勝利終了)』ツヴァイフロント・V・シュリーフェン(ID:BNE000883)が柔らかく声をかける。ステイシーとツヴァイフロントは従妹同士のチョコーレト屋台の店員へと身を扮していた。 「少し……どきどきしてしまいますね」 「でも騒ぎになってしまってはいけないわ。頑張りましょう!」 そして彼に接触を図り、恋を促すセカンド・ヒロイン役を担う『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・マルター(ID:BNE002558)と、恋するメイン・ヒロイン役の『月色の娘』ヘルガ・オルトリープ(ID:BNE002365)も、高まる雰囲気に白い翼を広げて、閉じた。 本来、ヘルガはヴァンパイアであり翼は無い。羽ばたけば空も飛べるそれは、演出を担う魔法使い役である、『てるてる坊主』焦燥院 フツ(ID:BNE001054)の手によるものだった。 翼の加護に問題無いと見れば、フツは満足げに大きく頷く。同時に、屋台のカウンターに丸くなっている三毛猫もにゃあんと鳴いた。この猫もまた、フツの一手。その愛らしさを持って、チョコレート屋を彩る看板猫を担っていた。 「確かにバレンタインデーって凄い楽しげなイベントだから、参加してみたいと思う気持ちは解らないでもないけど」 その猫を軽く撫でて、ヘルガの恋を諦めさせる真実を知る、血の繋がらない姉役を買った『うっかりリベリスタ』大月 沙夜(ID:BNE001099)は肩を竦めてそう言った。 「口調がいつもと違っても気にしない方向で。よし」 とにかくアドリブ優先と一芝居にも気合が込められる。 「でも、とりあえず天使さんはチョコを買うお金はあるのでしょうかね~?」 設営の手伝い、というよりはチョコレートを物色しているように見つめる来栖 奏音(ID:BNE002598)の一言に、一同ははっと気付く。 「きれいな天使さんなのみたいですからお店の人がくれちゃうかもですし、「力」を使えば手に入れる方法なんていくらでもあるかもですが~」 「そうだな。では最後のバレンタイン応援キャンペーン開催中とでも銘打っておこう」 「さっすがツヴァイん、太っ腹ぁん♪」 既に役割がうまく始まっているかのように、光るツヴァイフロント店長の機転に、続く従妹店員ステイシー。 店の方は問題無さそうだと沙夜が笑えば、隣でフツも大きく同意した。 「そんじゃオレは行くわ。もう一つ、桜の木に魔法をかけてくるからよ」 ニット帽を被り直し、現場は猫に任せ、魔法使いフツは一人その場を離れて行った。 そろそろ作戦が始まる。 けれど、彼らは知らない。 一人だけ、彼に本気恋をした者が居る事を。 ●花、咲き乱れ 「お店、ずっと見てましたよね? これ、欲しかったんですよね?」 声の主は『敗北者の恋』甘咬 湊(ID:BNE003478)であった。突然に現れた、儚げに見える白髪の少女の姿に戸惑う彼の姿。けれど湊は矢継ぎ早に続ける。 「良かったら、どうぞ」 押し付けるように渡されたのはチョコレート。 他の仲間の邪魔にならないようにと思いながら、それでも湊は自分を止められなかった。 たった一つの簡単な理由。彼への一目惚れ。 「あ、待って!」 けれど湊は多くを語らず颯爽と姿を消してしまった。アザーバイトである彼を好きになってしまったのだから。 ――たった一人、挑戦したっていいはずでしょう? 「君、――君!」 彼が探してもその姿は見つからない。 慌てて身を翻し、山を駆けようとしたそこにふわりと陽を遮る影が二つ。 「今度は何、……え?」 見上げた青い瞳が写したのは、自分と同じ白い翼をはためかす二人の少女の姿。ヘルガとリサリサだった。 (今の、湊さん?) 空から見えた走る影に一瞬意識を傾げるリサリサの隣で、ヘルガは意を決したようにこくりと喉を鳴らした。 「あのっ、突然ごめんなさい。私はヘルガというわ」 「え、えっ?」 「その、……ほんの少しだけで良いの、一緒に来てくれない?」 畳み掛けるように迫真の演技で迫るヘルガの様子に、リサリサも気を取り戻す。 「ワタシからもお願いします。ダメ、ですか?」 対象に少ししゅんとして見せるリサリサ。同じく翼を持つ二人の少女に迫られて、恋に恋した彼が断る道理は何処にも無かった。 名も知れぬ少女を探していた自分は何処へ行ったのかと疑念に思う間も無く、彼は破顔して手を差し伸べた。 「もちろん、行くとも!」 (よし、行ったな) それを見送って、フツは彼が居た桜の木へと近付いた。 後方には異世界へと続く穴が見える。しかし今の目的はそれではなく、未だ花を咲かさぬ桜の木。フツは、決意の籠った瞳で木を見上げるのだった。 「ヘルガ!」 ヘルガとリサリサは、少し歩いた所で沙夜と合流を果たした。 「こちらの女性は?」 「私のお姉さんよ。血は繋がってないけれど」 抜け目なく問い掛ける彼に、ヘルガは苦笑しながら紹介する。「もう」と、女の子らしい仕草も加えて。 「道理で……でも君もステキだよ、よろしくね」 ナチュラルに褒め言葉を混ぜながら手を差し出す彼を見て、沙夜ははっとした顔を見せた。その手を取らず、じっと見返す。その顔は「まさか」と思わせるようでもあったが、彼が不思議と首を傾げるとようやくその手を握り返した。 「ううん、何でもないの。行きましょ。この先に美味しそうなチョコレート屋が来てるのよ」 確かに普段とは異なる柔らかい口調を使う沙夜。役柄だろうか、その姿だろうか。しかし内包した凛々しさは健在で彼は疑う事無く頷いた。 少し向かえば屋台から美味しそうな匂いが漂ってくる。 「あら、いらっしゃいませぇん」 愛想よく笑いかけるステイシーと、物静かにボウルを傾ける、職人気質を見せるツヴァイフロント。 「ここ! 裏山の隠れ家的って有名で、来たかったんですよね」 「それに……今は、カップル割引もしていて、ね?」 リサリサの誘導に、ぽうと頬を染めて見せるヘルガ。さりげなく、それを心配そうに見つめる沙夜だが彼はとても移り気で今度はツヴァイフロントにステイシーへも向いていた。 「甘い匂いに屈しない強い瞳に、甘い精霊その者のような君……」 「もうっ!」 彼のツヴァイフロントとステイシーへの愛は、ヘルガの一言で撃沈される。 「可愛い彼女を連れながら、移り気とは頂けないな、お客人。しかし運が良い。今日はカップル割引をしている。存分に楽しんでいってくれ」 「そうよぉん。オススメはズバリ! チョコフォンデュなのぉん」 それをたやすく受け流すツヴァイフロントに重なるように、ステイシーからメニューが手渡された。見れば、各種本格的に揃えられており、目移りしてしまう程。 「でも、いきなりは恥ずかしくない?」 ね、と小首を傾げる仕草を彼に向ける。両手に花……以上、三人もの女性に囲まれ、更に店員二人まで麗しいこの状況にときめいていた彼ははっと意識を取り戻し、ヘルガに優しく微笑みかける。そしてリサリサ、沙夜へ問うのも忘れない。移り気の割に案外マメであるようだ。 「リサリサ、君は……」 「このフォンデュの苺! 知ってます、チョコに合うって今話題のですよっ」 「え」 「あ。ご、ごめんなさい興奮しちゃって。ワタシ、チョコレートが本当に大好きなんです」 さり気なく彼に想いを寄せていた――ように見えたリサリサ。ここでヘルガに一直線に向かってもらうべく作戦を開始する。 リサリサは思わずほうとその頬を染めた。チョコレートへと。あまりに自然なその仕草に、沙夜は少し吹き出した。 「ね、奏音ともお話しして欲しいですよ~」 ひょいと顔を出したのは、自分でもチョコレートを買い込んでいた奏音。モテ期の到来を疑わず破顔する彼に、ヘルガはわざとらしくため息をついて見せる。 そこに差し出されたのはチョコフォンデュ。フォークは一つ。 「店員さん、三人分なんだけど……」 説明係も兼ねて求める沙夜の問いに、職人ツヴァイフロントの顔がみるみる輝いていく。 「フォンデュのフォークはそれで全部だが? カップル割引を甘く見るな、甘く味わうものだ」 それはそれは見事にドヤァと広がっていく表情。そんな意気込みを後押しするように頬を染めるステイシーに、ちらちらと彼を伺うヘルガ。 「大丈夫、こういうのも憧れてたんだ」 そう彼は無垢に言う。一滴の罪悪感を掠めながら、ヘルガは好意に甘えるべくおずおずとフォークを差し出した。 「もちろんリサリサも」 「このチョコレートの名前って知ってます?」 「あの、フォンデュ」 「やだ! 苺もそうだけどこのチョコ、限定品ですよねっ」 ――それは、素なのではないか。 見事なまでにスルースキルを発動させていた。その鮮やかな手腕に思わず見とれる沙夜とヘルガ。 くすくすと奏音に微笑まれながら、ヘルガは彼のフォークでフォンデュを貰う。 移り気な彼がこの時だけは確りとヘルガを見据え、微笑んでいる。 きらきらと輝いてすら見えるその一時に、ヘルガはほうと息をつく。 「……実は、前から貴方の事が気になっていたの」 ぽつりと言葉を紡ぎだす。 「何だか心のどこかが落ち着いて……見ているだけで良かったのだけれど、バレンタインくらいは一緒に居たかった」 「ヘルガ……」 一直線に告げられて、流石の彼も押し黙る。見れば、ほんの少し照れたように染まっていた。 「案外純情……むぐぐ」 正直に言ってしまいそうだった奏音の口を塞ぐ沙夜。影の功労者である。 「ね、姉さん。私恋してしまったの」 いいでしょう?と彼の手を包み込むヘルガに、不安げに見つめてくる彼の視線。周りからは演技ながら野次馬な視線を一身に受ける。 ここで一度受け入れるか。いや、早目に告げなければ変に未練を持つだろうと沙夜は計算する。 息を吸った。吐いた。 「ヘルガ……今まで黙っていてごめんなさい。ヘルガには生き別れのお兄さんが居たのよ」 そう言って沙夜はヘルガを、そして彼を見返した。 看板猫と五感を共有しているフツは、その情景を耳にしながら語り続けていた。 未だ咲かない桜へと頼み込んでいた。これから来る二人に、どうか一つでも花を咲かせてくれないか、と。 「名も知れぬ桜の木よ。オレは偽りの魔法使いだが、今だけ、オレに力を貸してくれ」 この通りだと誠心誠意の気持ちを込めて、桜へと語り続ける。 肥料になりはしないかと傷癒術を使ってみるが、黙す桜へは何処まで通じているか解りにくい。 それでも、それを不安に嘆く事なくフツは続けた。 「頼む……ヘルガの、いやオレ達の、一世一代の大舞台なんだ」 兄と妹の恋は、禁忌である。 例えそれを知らなかったとはいえ――否、彼らは既に「知ってしまっている」なら尚更。 「僕は……」 「ヘルガの事を想って? 二人、ただでさえ世間とは違うのよ。その、翼とか……」 彼が幻視もせず立っていた事から、目星がついていた。それすら沙夜は攻めていく。 「ワタシも、やっぱりヘルガさんとはお似合いだなって思いました。でも……それはいけない、ですよ」 ヘルガは一人背を向けている。 決断しなければいけないのはヘルガも同じ。けれど、自分の方が縋ってしまっているのを、彼らは知っているのだろうか。彼は自分の心が見透かされた気がして項垂れる。 「チョコレートの精霊……」 「愛は素敵だわ、愛しいわぁん。でも、叶わない恋だってあるのよねぇん」 そう言ってツヴァイフロントを見上げるステイシーの言葉も彼に刻まれていく。 そう、ヘルガだって辛い思いをしているのに――と。 「お客人」 堅気のツヴァイフロントの声が背中越しに掛けられる。その深い声に、頼もしく強い背に。 「この近くに桜がある。あれは、『頑固桜』。旅立つ鳥に花を咲かせ、恋人達には見せない意地悪な奴。でも運命は、悪戯好きだ。今なら見る事が出来るかもな」 「強い瞳の君……」 まるで行っておいでと言われているような気がして、彼は席を立った。 「有難う――最後に、こんなお店に来れて、良かった」 彼は最大限の礼を持って頭を下げる。 「それじゃ奏音からも最後に、はいなのです♪」 ぱらぱらと憧れたチョコレートを手渡され、奏音にも柔らかく微笑んだ。 しかし彼の心は決まった。 甘ったるく笑いかけるステイシーと、強い志を持つツヴァイフロントに。 優しく厳しい義理の姉と、恋よりも甘い現実を好いたリサリサに。 そっとチョコレートを手渡してくれた奏音、その全ての人に礼を言って、ヘルガに手を差し伸べた。 「ヘルガ。最後のお別れの時くらいは一緒に居てくれ」 ●春待つ桜に、またいつか 「こうなる予感は、していたの」 桜の木へと向かいながら、ぽつりとヘルガは呟いた。 彼は事実を受け入れていた為、頷く声も力無い。 お互いに言葉も無く、ふと遠くに見つめた桜――ツヴァイフロントの言葉を思い出す。 まだ咲いてはくれない桜に寂しげに彼が笑い、それを切欠にヘルガはそっとチョコと指輪を手渡した。 「ねえ、これを受け取ってくれる? 私のこと、忘れないでね。それと最後に、名前を聞いても良い?」 長い睫毛を震わせて、彼は頷いた。そしてそっとその唇を耳に寄せる。 形に残るものを持たない彼は、最後にヘルガに名を残そうとした。けれど、名を告げる事は別れる事。それを認める事。 恋する気持ちを哀しみが上回った。その瞬間―― 「わ!?」 ぐいっと勢いよく彼とヘルガは引き離された。その腕を掴んでいるのは、初めに彼にチョコを渡した少女、湊。 「良かったら、帰りましょう。わたくしと一緒に!」 「え?」 「……湊、さん?」 「だって」 ――好きになってしまったのですから。 弱くなってしまった恋ならば、自分が貰ってもと、強く彼の腕に縋る。 「早く! 行きましょう!」 「甘咬さん!」 成り行きを見守っていた義理の姉である沙夜が思わず飛び出した。が、一瞬早く彼の方が決断した。 「ヘルガ……ごめん。名も知らぬ白の君、一緒に来てくれ、僕と!」 見上げた桜は咲いていた。 それが旅立ちを意味するものなのか、恋人に見せる運命の悪戯なのか、彼には判らない。しかし確実にそれは後押しとなって、ヘルガを振り払って湊の手を取った。 駆け出す彼に伴い、湊も振り返らない。 穴はすぐそこにある。 入れば二度は戻ってこれないだろう。 ゆっくりと近付けども、まだ未練はある。飛び込むのを躊躇うようにしながら、彼は不安げに振り向いた。 同時。 感じるのは浮遊感。落ちるという感覚。 「え――」 彼がこの世界で最後に見たものは、桜、その先に佇む恋した妹とその義姉。綺麗な空と自分を突飛ばした白い掌。愛を誓ったはずのその人の顔だった。 驚きのまま落ちていく、消えていく彼に「ダブルキャスト」――別人格を強制発動するように自己暗示していた湊は大きく息を吸い込んだ。 「ごめんなさいね、王子様。私はもうちょっとこの世界で恋をしてみたいの。でも騙していたのは私で甘咬湊は……ああ、弁解は女らしくないか、さようなら」 その言葉は届いたのか、どうか。心配で駆け付けた仲間たちへと振り返り、港はさらりと提示した。 「さあ、穴を塞いでしまいましょう」 あまりの変わりように、ダブルキャストの恐ろしさの一端を噛みしめながら、沙夜、ステイシー、リサリサが穴を塞ぎ始める。 どちらにせよ騙していることには変わりなかった彼のこの世界の最後が、どちらが良かったかは解らない。けれど、名前一つ落とされなかった事でいっそ清々しく見送れるかもしれないとヘルガは閉じていく穴に小さく告げた。 「騙して、ごめんね」 その様子にぽんと一つ、撫でるように手を乗せながら、フツは気付く。 一度咲いた桜の花が無くなっていた。地に落ちている様子もないと来れば、きっと彼と共に落ちて行ったのだろう。それは桜の精の、粋な計らい。くっと小さく笑みを噛んで、フツは桜に礼を言う。そして顔を上げる。 「よーっし、ぱーっと打ち上げしようぜ! チョコまだ残ってるよな?」 フツの言葉に沙夜が頷き、ツヴァイフロントがチョコの出来に不敵に笑う。 ステイシーはそんなやり取りを眺めながら、一人熱く吐息を零した。 「恋に落ちるも敗れるもその姿は全て麗しいわぁん♪」 恋に溺れた彼に幸あらんことを。 そして恋を振りまいたリベリスタ達にも幸せあれ。 こうして今年最後のバレンタイン劇は幕を閉じたのであった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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