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暮六館の大時計

●六時を指す悪魔
「……ふう、こんなところか」
 木々に紛れて館が一つ、箒を握った老人が一人。
 腕で額を拭った彼が時計を見やる。広々としたエントランスホールの、壁に埋まる形で設置された巨大な時計だ。短針さえもが大人の腕程の長さを誇り、見る者を圧倒させる。
 館は遠い昔に住人をなくし廃墟同然となっていた。時計も六時で止まったまま既に長い年月が過ぎ――しかし、かつての艶は今も変わらず。館へ時折やってくるこの老人が磨き続けてきたからというのは想像に難くない。
「さて、帰るとしよう」
 掃除もあらかた済んでしまった。庭へ続く大きな窓に映る夕日も、程なくして宵闇に沈むだろう。
 仄暗いホールでのしばしの沈黙。名残惜しげな躊躇いの後、老人は両開きの玄関扉に手を伸ばし、止めた。
 彼の周囲にきらきらと光る何かが舞い降り、取り囲む。数は三、四、五……いや、瞬時に数え切れるものではない。
 ――ぎ、ぎい。
 時計の文字盤が蓋を開く。その音に振り向いたところで、彼は足をもつれさせ膝を着いた。右の腿が抉られている。その事実を知り、生まれるのは相応の痛み。
 直後、耳障りな風切り音が響き渡った。脇腹が深く裂かれていることと、そこから円板状の何かが飛んでいったことを認識したのはほぼ同時。
(これは……歯車?)
 歯車達があざ笑うかのよう舞い飛ぶ中、状況を飲み込めぬままの老人が身を横たえる。
 薄れゆく意識の中で目にしたもの――それは、大時計の文字盤から外れ、床の上にふわりと浮かぶ針だった。

●いずれの道にも貴賎はなく
 懐中時計がパチンと開く。『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が手にしていたものだ。金のフレームはなめした革のように、見る角度により彩を変える。
「時計は便利なもんだ。そして、一個あれば充分なもの。……だが、つい集めちまう」
 伸暁は数瞬の間をおいて、時計の蓋を閉じた。
「勿論、動かなくてもな」
 眩い銀髪をかき上げて笑う彼は――美しい者が美しい物を持ち微笑む様は、写実派の絵画をも思わせる完璧な美を描き出していた。
「現場は山奥に建つ、廃墟でありながら気品漂う洋館だ。先に言っておくが、依頼するのは全てのエリューションの撃破。それだけだ」
 現場の資料を指し示し、伸暁は僅かに表情を曇らせる。
「相手は時計の針と歯車のエリューション・ゴーレム。針の指示に従い、歯車達は最も傷が深い一人を集中攻撃してくる。面倒なことに、その数は多い」
 伸暁はそこまで言って、指を二本立てた。
「二体……じゃないな」
「二十、だ」
 リベリスタの問いに伸暁は首を振り、深い溜息を漏らす。
「歯車は一体一体はザコだ。だがザコなりに素早く……死角を突いたりスイッと避けたり、カンが鋭いって言えば良いのか、ムカつくヤツらでね。それで集団リンチときたもんだ。経験豊富なタフガイも、狙われればすぐおねんねさ」
 まぐれ。ラッキーパンチ。クリティカルヒット。様々な呼び名を持つそれは――。
「よく言うだろ? 数打ちゃ当たる、って」
 試行を重ねるほど発生率を上げ、凶悪な殺傷性を生み出すもの。
「針自身は殆ど何もしてこない。ホール内をビビるように逃げ回って、取り囲まれてからようやく先端を突き刺してくるだけだ。――が」
 伸暁は言葉を一度区切り、念を押すようリベリスタ達を見渡した。
「針は、著しく不利と見ると逃亡を試みる。慎重に攻めることを勧めるぜ、初心な乙女みたいにさ」
 相手は弱い。しかし数の多さとその性質の相乗効果を想像すれば、それなりの危険と面倒なプロセスが伴うことは明らかだ。
 リベリスタへの依頼には基本的に安全なものはない。今回についてもある程度の厳しい状況が予想される。改めてその事実を確認したリベリスタに、さらに懸念が浮かんだ。
「依頼はエリューションの撃破『だけ』と言ったな。他に何かあるのか?」
「それなんだが……」
 やはり状況は芳しくないようだ。伸暁は口惜しげに目線を逸らす。
「館に来ていた一般人の老人が既に狙われ、負傷している。着く頃はまだ生きているが、状況からして生存は絶望的だ。レクイエムの準備を考えても良い程にね」
「……『まだ』生きているんだな」
「ああ。……最高のハッピーエンドがクールだってのは否定しないさ。だが目の前の一より未来の百を確実に救うのも尊いこと、消えゆく一まで掴むのはスカイダイビングの着地寸前まで派手なアクロバットを披露するようなもの……それは忘れないでくれ。それでも望むなら相応の代償と手段が要る」
 伸暁から告げられる情報は悉く辛口だ。しかしいつもの調子で、彼は続けた。
「――とびきりの、スタイリッシュなヤツがね」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:チドリ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年05月22日(日)22:34
 お世話になっております。チドリです。
 フェイトを使った復活はその旨明記をお願いします。

 現場へは最速で着けるようのぶ君が手配していますので、移動の心配は不要です。
 到着時はオープニングの冒頭、老人が倒れた直後となります。

●成功条件
 全てのエリューションの撃破のみ。
 老人は既にかなり深い傷を負っていますが、彼の死亡で失敗にはなりません。

●時計の針×1
 短針・長針がくっついたままセットで動いています。
 ホール内を逃げ回っており、包囲でもされなければ自分からは攻撃すらしてきません。
 針がいる限り、歯車は最も傷が深い者を集中攻撃します。
 また、自分達が不利と見なすと逃亡を試みます。

●歯車×20
 大きさ等に多少の個体差はありますが、能力面では全て同じスペックです。速度とCT値以外に特筆すべき強みはありません。
 攻撃時は対象に飛来して切り裂き、ブーメランのように元の位置に戻ります。「遠単」の射程の攻撃と同等です。

 針と歯車は床から少し浮いていますが、条件は通常の移動と同じです。「飛行」のような特別なメリット・デメリットはありません。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
★MVP
クロスイージス
アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)
デュランダル
宮部乃宮 朱子(BNE000136)
ソードミラージュ
ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)
デュランダル
東雲 未明(BNE000340)
スターサジタリー
モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)
ソードミラージュ
片桐 文月(BNE001709)
スターサジタリー
夜刀神 真弓(BNE002064)
ソードミラージュ
レイライン・エレアニック(BNE002137)

●暮六つ
 林が挟む狭い道を、人知れず一台の車が走っていた。
 茂る木々で塗られた車窓を眺め、『春招鬼』東雲 未明(BNE000340)は依頼内容を胸の奥で反芻していた。
「……意地の悪い事言ってくれるわ」
 館へ着けば、目の前には死に瀕した人間が倒れていると――敵を片付けさえすればその人間は助けなくて良い、と。
 しかし、それを良しと出来ないのが人情なのだろう。
「死にかけの人を捨て置いて戦闘に集中できるほど立派な人間では……ない」
 戦いは近い。眼鏡を外した『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)の言葉に、『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は無言で頷き足元を見つめた。中性的な美しい顔に影がかかる。
「厄介な事ですが……それでも」
 求めるものは二つ。敵全ての撃破と、消える命を掬い上げること。
 覚悟と切り離せぬ恐怖の狭間で震えていた『巻戻りし運命』レイライン・エレアニック(BNE002137)の肩をそっと撫で、アラストールは顔を上げる。木々の合間に館が見えた。
 こうしている間にも、予知された未来が現実になろうとしている。
 ――今。本当に、何も出来ないのだろうか。

 道のぎりぎりまで走りこんだ車が止まると同時、中から8人のリベリスタが飛び出した。
 事態は数秒と経たぬ間にも進んでいる。『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)と『八幡神の弓巫女』夜刀神 真弓(BNE002064)は、走りながら全ての感覚を研ぎ澄ませた。
(随分と恩知らずな時計ですこと)
 真弓の顔に、僅かに苦みが混じる。
 速く。とにかく、速く。
 一行は取るものも取りあえず、ただひたすらに速さを求めて走った。

 ばん、と乱雑な音を立てて玄関扉が開け放たれる。上品な西洋風に彩られたエントランスホールの光景にリベリスタ達は息を飲んだ。
 巨大な文字盤の前で佇む針、ホール内を舞い飛ぶ二十の歯車。聞き知ってはいたが、それにしても。
(――多い!)
 一瞬、虚を突かれかけた思考を強引に引き戻す。何よりもまずは間に合うことだと『ぐーたらダメ教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)は足を無理矢理に踏み出すが、数個の歯車がその横をすり抜けた。
 最初の一瞬に賭けた想いと、比例して感じる身体の重さ、そして忌々しさ。ほんの数歩、たったそれだけ足を伸ばせば届きそうな場所に老人が倒れている。なのに思考に身体が追いつかない。
 飛んでいった歯車が深々と肉を抉り取る。ソラの視界が彼女以外の者の血飛沫で塗りたくられた。次いで二度、三度、さらに飛来した歯車が肌を裂き、血がそれぞれ別の方向に飛ぶ。
 ――間に合わなかったのか。
 落胆と、それを疑う想いがリベリスタ達の心臓を締め上げた。
「……せる」
 額から滴る血に涙が混じり、金の髪に赤が滲む。
「やってみせる……捨て置くことなど、出来ぬ!」
 裂かれた血肉は、歯車と老人との間に間一髪で飛び込んだレイラインのものだった。

●たった数秒
 普段なら何気なく過ぎてしまう時間は、これ以上ない程に濃密だった。
「速く退避させなくては!」
 深手を負った老人に腕を回し、『紫電』片桐 文月(ID:BNE001709)が声をかける。ぐったりとした人間は血を詰めた袋のようで、乱雑には扱えないことを実感させた。
(世話を続けてくれていた御老体の恩を仇で返すとは)
 論外だと思うと同時に、既に相手は化物。感情など期待するのがナンセンスかと文月は頭を振る。そんな文月に、ソラも運び出しの手を貸した。
 レイラインの細い身体にさらに四体の歯車が突き刺さる。彼女は必死で自らを律し、震える足を床に叩き付けるよう踏みしめていた。
「外の方が安全です! こちらへ!」
 傷を癒し続ける生命力を老人へ施し、アラストールは開け放ったままの扉を指す。広いとは言え現場はエントランスホール、そして二十という数。ホールにいる以上、どこもいずれかの歯車の射程に入るだろう。
 ソラと文月が扉へ目を向けた瞬間、三体の歯車が飛翔し、余力乏しいレイラインが無心に身を投げ血を散らした。高速で回転する歯車は電動鋸にも似た鋭利さで肉を裂き、ホールを血で染めていく。
 彼女は老人を庇いながらも、多少は動きを見切って盾を構え、歯車達の攻撃をある程度防ぎはしていた。だが常に万全な防御に成功することは難しく、さらに歯車の一部は死角から急所を突きに来る。
 全て避けずその身で受け止めるのは想像以上の負担と恐怖を伴うものだった。
「ぐっ……!」
 裂かれるのはもう何度目か。細い首筋を歯車が一際深く食い破り、どぷりと赤が零れる。
 彼女は、糸が切れた人形のように床に沈んだ。その糸を二度吊ることは出来ず――しかし、それも予め覚悟していたこと。
(ここで何もしなければ、あの頃と何も変わらぬ!)
 運命の寵愛をも手放して彼女は立ち上がる。既に倒れた身の傷は深く、敵の動きが僅かに変わった。歯車達は純粋に標的をレイラインへと変え、突っ込んでくる。
「そこにいれば狙われないとでも思ったの?」
 老人の運び出しとレイラインの防衛が展開される傍らで、未明が高く跳んだ。重力から外れたように壁を蹴り、針へと駆け、重い杭を叩き込む。
「残念、ハズレよ」
 杭に突かれた針が、慌てた様子でくるりと回る。指揮を失ったのか歯車が出鱈目に飛び始め、朱子とアラストールを裂きにかかった。
 老人を担ぐ文月にも一体の歯車が飛来し、その身で肩口を切り込んだところで針が我に返る。
 歯車は二十体全てが未だ健在、逃げるには遠く及ばない。針は少しホールの隅に寄るのみでこちらの様子を窺っていた。歯車達もまた統率を取り戻し、再びレイラインへ矛先を戻す。
 無骨な銃器を片腕に構えるモニカがホールの中央に陣取る。敵の殲滅は老人の安否が確定してからというのは皆で決めたことだった。
 敵数が多いほど片付けのし甲斐もあるというもの――モニカの表情は至って淡白だが、どこか楽しげな感情も見て取れる。
 がらん。から、から。
 金属が床を叩き、耳障りな音を立てた。レイラインが膝を折り武器を取り落としたのだ。十数体もの歯車を受けた彼女の細い身体は、今度こそ、自らの血の海に沈んでいく。
 血がたっぷりと流れ込む瞳では視界がぼやけてよく解らない。だが老人の身はは未だ扉の内にあるように見えて、頭上を数個飛んでいったのは恐らく歯車で、また老人を狙っているのだろう――レイラインの思考は、そこでぷつりと途切れた。
 高速で展開する救助戦。迅速に動けない身に朱子は強い歯痒さを感じていた。
 途方もなく長い時間にも思えたが、老人の退避まであと数歩なのだ。そこへと駆けようとし、ふと朱子は思う。
 ここで庇っても、この数だ。文月らの移送に合わせ庇いきることは可能だろうか。そして、自分が深く負傷し狙われたら防御に専念しようと考えていたことを思い返す。
 ――もし、今この身に受けている傷が、もっともっと深かったなら。
 朱子の剣が閃く。ほんの一瞬の間を置いて歯車が一斉に朱子へと向いた。
「20個全部私に来ると……して。……片腕で10個防ぐ計算。つまり……」
 剣が、朱子自身の血を浴びて真っ赤に染まっている。
「……余裕」
 朱子は自ら自分自身を、誰よりも深く傷つけていた。
 普通の戦闘なら戦力低下を危惧し味方を守るのは定石であり、自ら傷つくなど論外とされるだろう。しかし今回の状況で老人を守ることを目的とするならば、朱子のように体力面、防御面に秀でた者による意図的な自傷は極めて確実な方法と言えた。一見して同程度の深手を負っていても、一般人とリベリスタでは後者の方が遥かに頑健だからだ。
 歯車達は躊躇いなく朱子へ殺到する。真弓がホール中央のモニカと背中合わせに並び、入れ違いにソラと文月が扉へと駆け、老人を館の外へと運び出した。
「もう少しだから我慢してね」
 ソラ達の帰還を確認し、すかさずアラストールが扉を閉める。その間にも朱子へと歯車達が集い、流石の彼女もいつ倒れるか解らない。だからこそ迅速に、歯車一つ、糸の一本すら通さぬように。
「さて、次ですね」
 アラストールは先ほど老人へ与えたものと同じ癒しを朱子へ向けながら皆へ告げた。少々の安堵からか、静かで落ち着いた声で、重い覚悟を述べる。
「……二つ同時に行ってこそ、リベリスタと言うもの」
 とうの昔に、既に出来ている覚悟を。

 ――まずは一つ目。老人の確保、完了。

●二つ目
 館に着いてから十数秒。救助に要した時間の読みは概ね正しかった。
 となれば、次は。
「頭数が多ければ多いほど好都合です。制圧射撃や殲滅戦が、特技というか……」
 片腕に装着した重い獲物を担ぎ上げ、モニカが背後の真弓と目を合わせた。
「趣味ですから」
 モニカの言葉にくすりと笑い、真弓は右の眼帯を外して戦場を見据えた。眼帯に隠されていたのは機械化した右目。レーダーの照準を歯車達に合わせ、距離と進行方向を計算する。
「では行きましょう、モニカさん」
 穏やかな声色は戦闘の間も変わらない。真弓はモニカへ示し合わせるよう上品に微笑み、それとは対照的に重厚な破壊力を持つ火器を構えた。
「それでは――ガラクタ時計の皆様。メイドと巫女の神楽、得とご堪能ください」
 メイド服と巫女装束が翻る。ホールの中央で背中を合わせ、放射状に弾丸の嵐を起こした。
 同時に行われる無慈悲な一斉掃射はただ単に蜂の巣と言うだけではまるで足りない強力なもの。二人で円を描くようステップを踏み、火器の分厚い音を響かせ、周囲の敵全てを狙う。まるでダンスのような動き。
 互いに背後を任せきり、その時その時に眼前にいる敵のみに気を配して穿つ弾丸。それらは通常よりやや正確に敵を貫いき、数個の歯車を瞬時に打ち落とした。防戦へ徹する朱子へ飛び掛った歯車も銃弾の一発目を避け、二発目でその身に深いヒビを入れる。濃密な弾幕の中、無傷の歯車はごく僅か。
 銃弾をばら撒きながらモニカが呟く。
「しかし、まあ」
 異形の群れを、重火器を持つメイドと巫女が背中合わせに迎え撃つこの図。
(まるで出来の悪いライトノベルみたいですね)
 様々な作品において、似たようなシーンは度々発生する。そのタイトルを挙げようとすれば二作、三作と浮かぶ人もそう珍しくはないだろう。
「どうかなさいましたか?」
「……いえいえ。こういうのも外連味があって私は好きですよ」
 淡々と述べるモニカへ、真弓は返事の代わりに微笑む。効率は元より、恰好良いと思うことを試みるのもとても重要なことだ。
 老人さえ確保すれば、後は倒すだけ。弾丸の雨に混じり未明が再び針へと強襲する。彼女が手にする杭は針に弾かれつつも、先端を欠けさせた。文月も歯車が複数纏まっている場へ飛び込んで残像を伴う刃を巡らせる。
「時計に思い入れがある訳でもないから容赦なく破壊しましょう」
 ソラがそれに続き、また違う場で同じように複数の歯車に切り込んだ。リベリスタ達は二人の銃撃に追従する形で、効率良く歯車を落としていく。
 二十もの数を誇っていた歯車は、この数瞬の間にリベリスタ達の一転した猛攻撃を受け、半分程が砕け散っていた。つい数秒前まで数の面で明らかに勝っていた針に衝撃が走る。
「……まずい!」
 アラストールが駆けた。
 敵にとっては歯車達の多さが最大の強みであり、それを一気に捥がれることは一瞬で武器を失くすに等しい。中でも強力な攻撃を全体へ加えられる者が複数いることは絶望的な状況だった。それまで攻撃すら放棄し逃げ回っていた針は余力を残しているものの、再びあの猛攻が行われれば歯車の殆どが姿を消してしまうことは明白。
「針が逃げる! 脱出路を……!」
 整った顔に焦燥を表し、ホール内を見渡す。入って来た玄関扉周辺には何人かが留まっているためともかくとして、庭が覗く大窓と、館内部へ続く扉の方には、まだ誰もいない。
 元から離れている状態から逃げる相手には、そうそう追いつけるものではない。そして歯車達は未だそれなりの数が残っているため、歯車自身が意図して妨害せずとも単純な障害物にはなってしまい、真っ直ぐには進めなかった。
 この位置からでは全力で移動しても退路を塞ぐに至らぬと判断したアラストールは、最も近い扉の方へ駆け、光る十字を針に撃ち込んだ。警告に気付いた未明と文月もまた自在な跳躍を見せて針の気を惑わしにかかる。
「時計が刻むのは、時だけにしてもらいたいものだ!」
 針は惑いの一つに囚われ、逃げようとする動作を一瞬止めながらも自我を取り戻す。しかしそれを機にと、ホール中央、戦線の最前列にいた真弓が床を蹴った。退路を絶ちに走った彼女は館の奥へ続く扉の前へ立ち、針の動向をと振り返る。
 ――がしゃん。
 針が大窓を破り、庭を突っ切って逃げていく。瞬時にモニカが弾幕を見舞った。弾丸は周囲の歯車もろとも針を狙い、その中心を捉え――針は一度大きくよろめいて踏み止まり、庭の植え込みの跡へ飛び込む。
 針が視界から外れたソラは、周囲の歯車達を残像を残して切り裂きながら窓へ駆け寄る。
「……どこに行ったの!」
 がさがさと草が揺れ、揺れは木々へと移り、だんだん遠ざかっていく。
 傷だらけの針がどこへ逃げたか――それを知る術はなかった。

●掴んだ一
 残り僅かな歯車は言葉の通りのザコだった。統率を失い、各々がただ闇雲に攻撃するのみでは大した脅威もない。
 銃痕や斬撃の跡が色濃く残るそれらに止めを刺し、付近を探索してみたが、針の気配は掴めなかった。
 玄関前へ横たえた老人を未明が抱き起こす。傷は幾分か塞がっているようだ。
「……襲われても尚あの時計の事を好いてくれているなら」
 応急処置として持参していた救急箱から包帯を取り出し、最も小さな歯車を彼の手へ添える。意識が無いことから、病院への搬送を提案した。
「随分と散らかしてしまいましたが、治療が先決ですわね」
 未明の話に、老人を痛ましく見つめていた文月も静かに頷く。
 朱子は、アラストールによる癒しと、元より防衛型に特化した能力傾向、さらに回避と防御への専念、歯車の数が格段に減ったこと、針が離脱し攻撃対象が分散したことなど様々な要素が重なり合い、戦場に終始立ち続けていた。
 彼女と、未だ意識が戻らないレイラインの身を張った防衛、そして目の前の命を救う総意がなければ、老人の命はなかっただろう。こちらの被害ももっと拡大していたかもしれない。
 老人の無事は叶った。笑みとも悔いとも言えぬ複雑な面持ちで、アラストールが林を見つめる。
(針は、かなり負傷していた)
 歯車に戦いを任せ逃げ回っていた針だ。恐らく殆ど無力化に近い状況。程なくして他のリベリスタ等に片付けられても不思議はない。
 すぐ百の命を奪う存在には至らない――そう願い、踵を返した。

「……帰ろう。陽も沈む」

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
 エリューションの全撃破に関してはオープニングにて慎重さを勧めていたこともあり、惜しい部分でした。総攻撃は、先に地道な数減らしと逃走阻止の体制整えてから行う方が、ダメージソースの削減と逃走阻止を両立する面で確実だったでしょう。バッドステータスも有用ですが、確実性にはやや欠けてしまいます。
 また、各人の要所要所の認識に相違が発生しているのも勿体ない部分でした。

 MVPは、無理の無い範囲での細やかな配慮により、全体の動きを底上げするよう円滑にしていたアラストールさんへ設定させて頂きました。
 老人の救出には成功していますので名声値の減少はかなり控えめにしております。
 他、詳細はリプレイに出来るだけ詰め込みました。

 お疲れさまでした。ご参加ありがとうございました。