●妄執の朱き導 「――結界が、破られました。戻す暇も無く、彼奴等はここへ押し寄せるでしょう」 「とうとう、と。言うべきでしょうかな。数と勢いに勝る者達は、時間を味方につけて押し寄せる。 こそこそとしていた所で何れ辿り着く。故に、これ以上の機はなかったと」 『祭殿』へ慌てて駆け込んできた青年に、祭壇と対面する男は滔々と語る。 予測できていたことだ、と。機を伺っていたのだ、と。 「我々は十二分に時間を賜った。そして相応の贄を捧げた。散った同胞もまた、『彼女』の力となった。 これ以上の契機はなく、これ以上の猶予はない。 ――これを機に『彼女』は目覚める。準備を」 「……では。その目覚めまでの暇を我々が作りましょう」 青年は、心得たとばかりに踵を返し、駆けていく。 うっすらと、恍惚とした笑みを浮かべながら。 ●屍山血河に溺れ逝く 「雨乞い、というのは治水技術が発達しなかった時代、 水を確保する手段として自然に頼るしか無かったが故に発達した呪術の一種です。 人間を生贄として捧げるのは、餌という意味ではなかったらしいですが……今更ですね。 『雨業の贄』、かの集団がどれほどの過去を積み上げたのかは僕も知りません。ですが、 彼らは既に多くの罪を重ねてきました。慮る余地は一切ありません」 背後に映し出された地図、そして手元の資料を広げ、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)は断言した。 「静岡県富士市……先日、皆さんと同じアークのリベリスタによって『結界』が破壊され、 彼らの本拠である隠れ里への突入が可能になっています。恐らくは、彼らもそれを理解した上で 既に対処に回っていると思われますし、里ひとつ敵にまわすとなれば、集団戦となるでしょう。 このチームには、集落の主力集団の討滅をお願いしたいと思っています。 君達が集落を引っ掻き回し、もう一つのチームで『原型』の破壊を目指します」 「集落の主力、っていうことは数は多いのか? 数で押し切るタイプなら厄介だな」 資料を流し読みし、値踏みするように問いかけるリベリスタに、夜倉は「ええ」、と応じる。 「今までの事件での撃破数が響いているとはいえ、雑兵クラスのフィクサードは八名ほど存在します。 加え、『原型』の直接支援に当たっていたと思われる人物が一名、迎撃に対応するようです。 名は『篠崎 飛鳥(しのざき あすか)』。プロアデプトですが、幾つかクロスイージスのスキルも修めているようです。 戦線構築能力に特化し、直接攻撃に出ることはそう多くない……の、でしょうが」 「アーティファクトの能力、か。本当にそればっかりだな、あいつら」 「……耳に痛い話ですよ。僕の知ったことではありませんけどね。 腕輪型アーティファクト『運命狂同体』。有り体に言ってしまえば、雑兵の八名は篠崎の生命を維持する蓄電池のような扱いでしかない、とも言えます。 他の八名の生命力ないし精神力を任意のタイミングで『死なない程度』に簒奪できる……撃破の手順次第では、 如何様にも面倒になるでしょう。そこは、考えようだと思いますね」 深くため息を吐く夜倉を見て、リベリスタ達はこちらがため息をつきたいものだ、と呆れていたが。 「彼らにここ以外の逃げ場は無く、ここ以外の死に場所は与えられていません。 最大を以て最善を。ここで、全て終わらせましょう」 据わった瞳に宿った意思に、頷く以外の選択肢は残されていなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月23日(木)23:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●死里滅裂 雨は、止まない。 粛々と降り続ける紅色の雨が、リベリスタ達をゆっくりと濡らしていく。 「カミサマって何なんだろうね」 「少なくとも、何のために存在していたかすら忘れる輩が信仰するものではございませんわ、凪沙様」 『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)がぽつりと零した呟きに応じたのは、『宵歌い』ロマネ・エレギナ(BNE002717)の熱のない扁平な回答であった。だが、その言葉の端々には普段では考えられないような、僅かな感情がこもっているようにも感じられる。都合の好い神様など要らない、と強い意志を向ける凪沙をよそに、ロマネの思考に割り込むのは気弱で、しかし芯だけは決して脆くはない兄の姿。最後の最後でついてこないなんて、彼らしい、と。 「先頭集団の拠点攻略、か」 『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)は、ただ冷静に戦場を分析する。戦闘集団、という表現は全くに正しい。それが利益のためであれ妄執のためであれ、目的はただ、自らの前に立ち塞がる物を降し、或いは能動的に襲うことで自分たちの糧にすることが彼らの目的なのだから。決して現代的とは言い難い集落を見渡し、僅かに拍子抜けしたという印象も否めないだろうか。想定以上に家屋が少なく、それでいてそこそこ広い地点がいくつか散見される……家屋ひとつ壊すことの効率は高いが、4WD車を強引に突っ込ませることの効果は高くはないだろう、という試算にはなった。尤も、それでもやるのだろうが。 「リベリスタとして生きている以上、神秘の力を認めないわけではないのです」 蘭堂・かるた(BNE001675)は神秘によって生かされている、という確信と理解がある。それがどのような形であれ、彼女は生かされる運命に従う義務を己に課している。その寄る辺が人としての生き方を肯定するもので、心を活かしているのなら――という但し書きは、あるが。 「『原型』の破壊に向かった仲間を援護する為にも、ここは退けぬ所……侮るつもりなど毛頭御座らんよ」 黒装束に身を包んだ『無形の影刃』黒部 幸成(BNE002032)の言葉は、静かに場の空気を揺らす。決戦へ向かった者達、こと己に関係の深いものを送り出した以上、自分達の担う役割がどれほどの重さを持つかなど語るに愚か、成すに難いことであるのは間違いない。ならば、忍として最大限の結果を導き出すしかないだろう。 その生は歪められ、未来は知らず棄てられた。彼らを救う手立てがない、そんな未来が在ることくらい分かってる。だからこそ、それでも『剣を捨てし者』護堂 陽斗(BNE003398)は選択することをやめはしない。ひとりでも多く救い、出来れば誰も殺さない道を歩みたいのだ、と。 「ここで、確実に終止符を打ちましょう」 ただ静かに、集団を護る守護を敷いて宣言する。 自らの主義に基づき、ただ勝利を、と。 ●業火に染めて かるたが、爆炎に身を躍らせる。肘あたりを断続的に焦がす火炎に軽く舌打ちをしながらも、手甲を正面に構えて更に、踏み込んでいく。 集落、という場において、こと防衛戦に入った者達に対して近接攻撃職が不利なのは周知の事実であるし、それでも連携を重視し、各個撃破に勤めれば攻略が難しいとは言い難い。だが、彼らの戦術は些か以上に強引で、無茶があったと言わざるをえない。 幸成が斥候として先んじて行動したことは特筆すべき策であったとして、かるたの車両による突破は確実とは言い難かったのは確かだ。幸成の指示の基に、遮蔽物である家屋へと突撃をかけるも、しかし暗視ゴーグルでは車上からの周辺視は確実にするには難しい。且つ、フレアバーストの爆炎を視野に収めてしまえば――その先は、言うまでもない。 同様に、上空から接近した『R.I.P』バーン・ウィンクル(BNE003001)、幸成やかるたの指示を待たずして特攻したアルジェント・スパーダ(BNE003142)達はすでに倒れ、戦力としての寄与すら不可能だ。 遠距離スキルの所有者同士の撃ちあいは、その地形とスキルの選択がモノを言う。上空からの接近は索敵能力と引き換えに、多くのリソースを犠牲にする。 速度とその実力に身を任せ、接近することに全リソースを割いてしまうことも、また愚策といえた。遅れて接近する味方達にとっては、戦闘の余波が即ち敵の位置を示す狼煙になったことを考えれば全くの無駄ではなかったといえるだろうが……それでも、戦果もなく戦力の四半を失う事態は異常だ。 「――陽斗殿!」 「っ、分かりました!」 幸成の焦りを含んだ声が響く。本来なら回復に回るべき陽斗だったが、被害が形となってしまった以上、四の五の言っていられる状況ではない。狙いは決して期待できないが、状況を撹乱するだけなら問題ない――発炎筒が、周囲を白く染めていく。 「焦るな、散開しろ! 留まればお前達では太刀打ち出来ん!」 突如として巻き上がった煙に対し、最初に上がったのは大きく、しかし冷静さを感じさせる男性の声だった。だが、それらしい姿はない。十分な煙幕とは言いがたいが、混乱させるに十分だったそれを裂いて、凪沙の斬風脚が飛ぶ。 既に車両によって半ばほどが破壊されていた建築物は遮蔽として用をなさず、その一撃が確実に打ち込まれたのは、僅かに傾いだ熱源からも明らかだった。 「……一気に、いきます」 斬風脚の軌道を追って、かるたが腰だめに拳を構え、軌道を定めて振り上げる。 まっすぐに振り上げられた拳が正確にフード男の腹部を抉り、打ち上げんばかりに絞られる。 だが、相手もやられるだけでは終わらない。真正面に捉えたかるた目掛け、呪縛の印を打ち込んでいく。 インヤンマスターか、と考える間もなくその動きは振り抜いた姿勢で静止し、傍らで荒々しく息を吐く男の姿が見て取れた。 「相手の手の内とは、癪に障る限り」 だが、その存在をそのまま生かすつもりは毛頭ない。兄ならば生かすことを考えるだろうが、と無造作に構えたロマネのライフルが圧倒的速射の元に男の額に吸い込まれ――その表面を削り、側方へ抜けていく。命中していれば、息を以って立ち上がることはなかっただろう。殺すつもりで撃ったつもりでも、結果は倒すに留まった。……これは、何の因果だと舌打ちする間もなく、既に煙は雨風によって吹き散らされていた。 「荒っぽい挨拶だ。お前達は本当に何度も何度も、そういう会話しかしらないのだな。未開人め」 「貴方が口にすべき言葉ではありませんわ、飛鳥様。あれの言葉通りなら、あなた方の方が余程未開人と呼ぶにふさわしいですわ」 「穴ぐらからお出ましってところか。遅かったな」 飛鳥の気糸の乱舞とブレスの弾丸の奔走が交錯し、互いを強かに傷付け合う。侍らせていた神聖術師の分だけ、総合的には飛鳥側に被害が及んだろうが、それでもブレス達の傷は浅くはない。 気糸が貫いた傷口がじくじくと痛む。恐らくは、陽斗の癒しの旋律もこの傷は塞ぐまい。威力こそ平均的なプロアデプトのそれであれ、精度はその比を超えている。精度を威力として練磨した結果がそこにあるとすれば、それは如何ほどに歪んだ研鑽か。 「僕達は貴方達の業を、全て終らせるために来ました」 盾を構え、魔術書に魔力を込めながら陽斗が語りかける。声ではなく気配に、意志の強さが滲み出る。仲間に敷いた加護が安々と剥がれ落ちるわけがない。癒えぬ傷の呪いなど、仲間が振り払う。 だから、ひたすらにその癒しを続けることしか、自分にはできない。 「――笑わせるなよ小僧! 幾百幾千重ねた我らの業に、貴様ら風情の想いが届くと、本気で思っているのか!」 「届かない? でしたら、届かせるだけです」 かるたの拳が、掲げられる。突き上げられた先には、理想があるか。『Dreamland(はてなきりそう)』があるというのか。 気が吹き荒れる。地を穿って建材を吹き飛ばす。余波が魔術師の身体を叩く。 「その通りで御座るな。だからこそここにいるので御座る」 飛鳥の傍らを鋭く抜け、暗月の刀身がそのまま伸びるが如き一撃が神聖術師の片割れの頭部を穿つ。大きく仰け反ったその身からは、ダメージの大きさが伺える。だが、倒れない。 割りこむように飛び込んでくるならず者の銃弾をすんでで回避し、幸成は接近を試みる。決して、踏み込めない間合いではない。 「死すら恐れぬ兵は恐ろしいものでございます。自身の強い心に基づく行いであれば、ですけれど」 かるたの一撃が通ったのは大きかった。十分な射線を確保した以上、ロマネの一射が届かぬ道理などどこにもない。二発目の速射は頭部へと吸い込まれ、その命をも容易く刈り取ろうと突き抜ける。 「甘い、と……言っている!」 追撃に向け、一歩踏み出した凪沙を、飛鳥の気糸が深々と貫く。侵食する感情は明らかにピンポイントのそれだが、貫通力も威力も知られたそれとまるで違う。何より、気糸を見ぬくことが出来なかった。背後に位置していたロマネをも撃ちぬくその貫通力に、ただただ驚愕を禁じ得ない。 「余所見をする余裕があるのか? 冗談じゃないな」 ブレスの機関銃が、再び弾丸を撒き散らす。飛鳥を、そして神聖術師を次々と撃ち抜いていき、一人を倒すに至ったが、それでも残る一人の回復は絶えず、威力も決して低いとは言い難い。 (歪みさえ生じなければ、命を繋ぐ為の手段でこれほど血を流さずに済んだだろう) 陽斗の願いは静かに、しかし高らかに。もう、血を流させたくはないのだと強く強く、祈りを重ねる。激化する戦線を繋ぎ、一人でも多くを打ち倒し、因果を断ち切らねばならない。 だからこそ、その選択肢に余念はなく。だからこそ、勝利しか選択肢は残されていないのだ。 ●不倒不朽の悪徳論 背後に回りこんだ男へと、幸成は振り返らずに暗月を叩きこむ。力なく崩れ落ちる気配と、流れ落ちる血の感触が寒々しいくらいに生々しい。 炎が吹き荒れ、気糸が乱舞し、銃弾が雷撃が錯綜する。フィクサードは半ば以上に減らされ、神聖術師二人も倒れ伏した。それでも、飛鳥に疲弊の色は見えはしない。嘲笑うように活き活きと、迫るリベリスタ達へと確実に打ち込んでいく。消耗させていく。 陽斗の魔力が枯渇しそうなタイミングは、ロマネが逃さず支援を入れる。継戦能力だけをとってみれば、リベリスタ達に明らかな分があった。 「浅いのだよ、それでは! そんな、決意では! 私に、その意思をよこせ……!」 腕輪を掲げ、部下の精神を意思を削りとってでも次を、と願う飛鳥の一撃が、軽いわけがあろうはずもない。何度目かの気糸、既にその種別すら忘れてしまった其れをして、幸成が更に沈む。 陽斗の顔が苦痛に歪む。痛みではなく、仲間を守れなかったという苦痛が、じわりとその精神を蝕んでいく。思えば、何度となく戦場が動いても、本当の意味で、飛鳥は自らを狙ってはいない。射程に在れば当たる程度、回復で補える程度、味方が庇ってくれれば、問題ない程度――。 「悪趣味だな、お前は」 「幾度と無く我々に辛酸を嘗めさせてきた貴様等が趣味を語るか、滑稽だな」 ブレスの一撃が、また一人フィクサードを打ち崩す。飛鳥の配下は、ほぼ残されていないに等しいが、それでも、リベリスタ側の消耗は決して軽くはない。既に立っているものの半数がフェイトの加護を受けた。正面きって戦った者達は特に顕著だ。こと、凪沙とかるたに至っては攻撃の集中があったのは事実……彼らは確実に、因果あるものを狙いに来ている。 「結界を壊した一人として、決着を」 「全部都合通りなんて、そんなカミサマいらないよ」 「……そうだったな。お前も、そしてお前も。我々の道程に塞がってきたのだったな」 は、は、は、と。飛鳥の口から乾いた笑いが零れ落ちる。瞳に宿った狂気は、確かに彼女たちを捉えていた。隙は大きい。視野は狭い。狙えるとすればまさに今、か。 「だが、女――この状況で貴様が倒れることの意味、分からぬとは言わせんよ!」 見ていなかった。完全に、勘に頼った一撃だった。ロマネへと向けられた一射は、凪沙へ向けられたものではなく、ただ当たり前のピンポイント。本当に、『適当』に放ったのだ。信心に狂い怒りを見せて感情を顕にして、しかし彼は論理戦闘者だったのだ。 ロマネが、今度こそ完全に崩れ落ち、膝を付く。飛鳥が肩で息をしているのを見るかぎり、既に彼の余力も十分とは言い難い。攻めれば、倒せるかも知れない。 だが、倒れ伏したフード姿をも救う為にはとても足りず、遠く響く無間の祭殿の戦況を伺うには力不足。 「続けるかリベリスタ。少なくとも――『彼女』に近付くなら貴様等を、否、娘二人の運命を引き換えにしてもらうがな」 「…………!!」 陽斗の唇が切れ、血が零れ落ちる。救いたかった。救えないのか。不十分だったのか、勝敗を決する程の、何かが。 じりじりと距離を取るリベリスタ達に、一切の油断を見せず、隙を見せず、飛鳥はただ佇んでいる。 最後の一線を耐え切る為に、彼はただ、そこにありつづけた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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