●男と女と女と男 「うそ……」 つぶやいたきり、月子は言葉を失った。 その視線の先で、愛しい人が知らない女性を抱きしめている。 彼は恍惚とした表情で腕の中のプラチナブロンドを撫でる。形の良い唇が動いて、愛の言葉を囁く。まるで、すぐ傍で呆然と立ちすくむ月子のことなど目に入らないかのように。 いや、実際目に入っていないのだろう。道路を挟んだ反対側に立つ彼と月子の間にはだいぶ距離がある。人の流れに阻まれて駆け寄ることも許されない彼女に見せつけるように、彼は女性を抱き寄せ、口付ける。彼に抱きすくめられた女性は幸せそうに目を閉じて、彼にされるがまま、身を委ねている。 おかしいとは思っていたのだ。近頃は二人っきりでも心ここにあらずといった様子で、話しかけてもろくに答えてくれない。昨日など思い切って甘えてみれば、冷たく舌打ちをして外に出て行ってしまった。だから、ふと疑ってしまったのだ。もしかしたら、他に好きな人ができたのかもしれない、と。 今にして思えば、魔が差したとしか言い用がない。月子は彼のメールを見てしまったのだ。そこには浮気相手の親と思しき人物との親密そうなやり取り。そして、彼から送信された最後のメールには「一週間後に彼女を嫁に迎えたい」と。 とても信じられなかった。これは単なる月子の早とちりで、彼は変わらず自分だけを愛してくれているのだと思い込もうとした。そのためには、どうしても自分自身の目で全てを見届ける必要があった。 それがどうだ。メールに書かれていた約束の日、うきうきとでかける彼の後をつけて行ってみれば。白い一軒家から仲睦まじく肩を組んで出てくる彼とプラチナブロンドの女性の姿。 一月前まで月子を優しく撫でてくれた指が、今、知らない女の髪をすく。 先週まで月子に愛を囁いていた唇が、今、知らないの女にくちづけをおとす。 昨日まで月子を抱いていた力強い腕が、今、知らないの女の腰を掻き抱く。 やめて。そんな姿を私に見せないで。お願い、私を見て。あなたを失いたくないの。 気がつくと、月子は踵を返して人ごみの中をがむしゃらに駆けていた。彼に言ってやろうと思っていた言葉がたくさんあった。予感が本物でも、もしくは勘違いでも。彼の浮気が本当なら、頬を張って、捨てられる前に自分から捨ててやろうと思っていた。それなのに。 いざとなると、月子には何もできなかった。何もせず、何も言わず、ただ逃げてるだけだ。 そんな自分が腹立たしくて、悔しくて、悲して――寂しくて。 どこをどう走ったかわからない。とにかく彼から遠く離れたくて走り続けるうちに、月子は人気のない公園にたどり着いていた。どれだけ時間がたったのか、いつの間にか太陽は西に傾いて、月子の艶やかな黒髪をオレンジ色に染めている。 「ひっ……くっ! ふぇっ……ふ、うぅ……!」 ブランコに座り込み、月子はしゃくりあげる。脳裏には彼と過ごした今までの楽しい記録ばかりがよぎる。爽やかな笑顔を満面に称える彼。その隣で微笑む月子。ところが、ジジッという不快な音と共に、微笑む月子の画像が揺らいで先ほどのプラチナブロンドの女性に置き換わっていく。 「やったぁ! 納期に間に合ったぞ!」 天に向かって拳を振り上げる彼。「お前のお陰だ!」と笑顔を向ける先には、プラチナブロンドの女性。いかにもビジネスウーマンと言った風のボブカットをかきあげながら、艶然と微笑んでいる。その微笑はまるで彼を毒牙にかけようとする蛇のように、危険に艶かしくて。 ふと、止まらない妄想を遮るように、月子の上に影がかかる。 一抹の期待を胸に仰向くと、そこにいたのは――弟分の星夜だった。 「探したよ、姉さん! なんでひとりでこんな所に!」 彼が追いかけてきてくれたのではなかった。それはそうだ。月子は彼に気づかれるのが嫌で逃げ出してきたのだから。 落胆の色が顔に出てしまったか、星夜の表情が歪む。ぎりっと唇を噛み締める。 「悪かったな、あいつじゃなくて」 なにかを押し殺すような声に、しまった、と顔をあげる。せっかく心配して探しに来てくれたのに、がっかりしたような顔をされたらそれは誰でも怒るだろう。「あっ」急に顔を上げたせいか、もう枯れ果てたはずのしずくが一粒、目尻からこぼれ落ちた。 「あ、違うのよ。これは目にゴミがはいって――」 何を焦ったか、言い訳する言葉は最後まで続かなかった。 星夜の腕が月子の背に回され、月子の頬に硬い胸板が触れる。 「許せねえ。あいつ、姉さんを泣かしやがって……!」 頭の上から聞こえる星夜の声は、いつになく近かった。「せ、聖夜君?」慌てて身を離そうとする月子だが、がっちりと彼女を捉えた腕は彼女を解放しない。 そのまま、星夜は月子に囁く。 「姉さん、あいつに復讐してやろうよ」 「ふく、しゅう?」 まるで生まれて初めて聞いた単語を反芻する幼子のように聞き返す。 「そう、復讐」 「もう姉さんから離れられないように、姉さんを泣かせないように。 あいつを姐さんのものにするんだよ。身も心も、ね」 ● 「これは……なんなんだ?」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタの一人が、思わず言葉を漏らす。しかし、そのつぶやきはまさしくリベリスタ全員の心を表したものだった。 そこに浮かぶ色は『憐憫』でも『怒り』でもなく、言うなれば『呆然』。あるいは『なにこれ訳分かんない』。 「見た通りよ。E・ゴーレム、フェーズ2が二体。皆が到着する頃にはすでに対象に接触している。時間がない」 いやいやいや。その見た通りが意味不明なのであって。 いたって冷静に依頼を説明する『リンク・カレイド』真白イブ(nBNE000001)のうしろ、リベリスタたちの正面。イブの予知を映像として映しだすモニターの中に見えるのは――二機のパソコン端末だった。 正確にはブランコに座って(置かれているようにしか見えないが)いる方が黒いノートパソコンで、その上に浮かんでいる(今はノートパソコンに重ねて置いてあるように見える)方がタブレットPCと呼ばれるタイプだ。ノートパソコンの方は大分古い型の上、分厚くて重そうだが、大事に使われてきたらしい。傷らしい傷は全く見えない。 「ノートパソコン、タブレット共に覚醒して日数を重ねている。これ以上放っておけば、所有者への悪影響が心配だわ。それに、彼らは今夜、所有者へ危害を加えようとしている」 あまりにもシュールな光景に硬直していたリベリスタたちだったが、このイブの言葉で一気に持ち直した。彼らは魔性のものを狩り、人々を守る戦士。すでに幾度も死線をくぐり抜けてきている彼らの瞳に、油断はない。 「彼らは今夜、所有者の会社員、更科仲次を襲い」 なぜかここで言葉を切るイブ。息をのむリベリスタ。 「襲って、パソコンにしてしまう」 再び場を支配する沈黙。人間をパソコンにする? 「正確には、パソコンの中のソフト、OSって言ったら分かるかしら? ノートパソコンと同じ機体に新たなソフトウェアとして被害者の意識を取り込むことで、永遠に一緒にいられる、というわけよ。人間の体から意識だけを取り出して別の器に移す、これはノートパソコンではなくて、タブレットの能力みたい」 見た目に反して随分と凶悪な能力である。もたもたしていたら取り返しの付かないことになる。 「ああ、ちなみに被害者は今日新しいノートパソコンを購入しているわ。こちらはまだただのパソコンだから、間違えて破壊しないように気をつけてね」 かくして、奇妙で奇怪で機械な夜の幕が上がった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夜半 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月24日(金)23:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●男と女と男 ああ、今日はなんて良い日だ。 酔いの回った頭で、更科仲次は思う。 生まれて初めての友人が一気に二人もできた。仲次は上機嫌でアルコールを煽る。 彼の目の前では、さらりと長い黒髪の美女と銀髪の青年が共に卓を囲んでいた。 家へ帰る道すがら、声をかけてきた見知らぬ姉弟。だが、不思議と他人のような気がしなかった。まるでもう数年来の友人のようだ。もっとも仲次に人間の友人など一度もいたことは無いのだが。 「さあさあ、仲次さんもっと飲んでくださいよ」 星夜が仲次のコップになみなみとビールを注ぐ。 だが、星夜と月子の皿を見れば殆ど食事が進んでいない。さすがに良心が咎めた。 「君たち、全然飲んでないじゃないか。俺ばかり飲んじゃ悪いよ」 「それは仲次さんのお話がとても面白いからですわ」 遠慮する仲次に、月子は微笑む。 「せっかくこうしてお知り合いになれたのですもの。今夜はもっと仲次さんのお話を聴かせて下さいな」 美女にこう言われては断るのも無粋というもの。景気よく酒杯を煽る。 「いや、まさか僕のパソコンと同じ名前の二人に出会えるなんて。これもあの子たちの導きなのかもしれないなぁ」 「そうですよ」 照れて頭をがしがしかけば、星夜からまさかの肯定。 いやいや気を使わずとも、と顔をあげる。星夜の青い瞳が、間近にあった。 身体が動かない。 「だから、俺たちとずっと一緒にいましょう」 ずっと、ずっと一緒に。 青い瞳に吸い込まれるように、意識がすうっと遠くなって。 ああ、綺麗な瞳だな、と。 そう思ったのを最期に仲次の記憶はぷっつり途切れ――なかった。 ガシャン!! 騒音。驚愕する月子と星夜。吹き込む夜風。 背後から、白い二本の腕が回される。 ああ、今日はなんて―― ● 『殲滅砲台』クリスティーナ・カルヴァリン(BNE002878)の透視によって、仲次は部屋の最奥、ベランダに通じる窓の前にいることが分かった。恐らくいざという時に逃げられないように、そこに座らせられたのだろう。 E・ゴーレムの一人が仲次に接近している。時間がない。 『明神末』明神 春音(BNE003343)、『紫煙白影』四辻 迷子(BNE003063)、クリスティーナの三人が窓を蹴破り突入する。 「更科さん、こんにちは! 大人しくするのです」 活発に挨拶しつつ、春音は手早く仲次を縛り上げて、迷子にパス。放心状態の仲次はされるがまま、幼い少女の手で荷物のように宙を舞う。静かにしていましょうね、守ってあげるから。 仲次を受け取った迷子とクリスティーナが寝室へと階段を駆け登る。 その段になってようやく二体のE・ゴーレムは闖入者の存在を認識した。 「あなたたち、誰!? 仲次さんをどこに連れて行くの!」 月子がクリスティーナの背に迫る。しかし、月子の腕は届かない。気配遮断を施した『虎人』セシウム・ロベルト・デュルクハイム(BNE002854)のバウンティショットが彼女の脇腹に突き刺さったからだ。 金属音と共に倒れる月子。血痕一つ出ないその姿に、セシウムは、やはり相手が生身ではないことを確認する。 「それにしても、実にメカメカしい愛だな……」 人間をソフト化して取り込もうとは。ある意味、二次元に行く方法とも言える。一部の人間が大歓喜しそうではあるが、相手がエリューションである以上、さっさと破壊してしまわねばなるまい。 「月子さん! お、お前たち何なんだ! ご、ごごご強盗か!?」 儚げな女性が銃弾を撃ち込まれるのを目の当たりにして、仲次は狼狽する。下手に抵抗されて手間取っても困るだろう。 「詳しく説明している暇はないが、お主の愛でお主の命がやばい」 迷子はとっても簡単に易しく説明してやった。「はい?」と仲次の動きがとまる。 「Rapid! ぐずぐずしない、男でしょ!」 迷子の背後を守るクリスティーナが、彼を叱咤し追い立てる。 それ今だ、と一気に階段の上、ロフト上の寝室スペースへ仲次を引っ張りあげた。 「あ、それとこれから此処で暴れるから。邪魔だから良いって言うまで寝室に隠れててくれない?」 クリスティーナが部屋の主に告げる。言葉だけでは理解できぬだろう、と仲次に下の様子を見せた。 仲次の視線の先、六人の男女が居並ぶその前に、星夜が立ち、月子が倒れている。 茶髪の青年が振りかぶる日本刀の一撃を、星夜が腕で受け止める。 そして――銃弾を受けた月子が、何事も無かったかのように立ち上がった。血の一滴も零さずに。 「もう分かったでしょ。あの二人は人間じゃないの」 クリスティーナの言葉を最後に、びびり症の男の意識はぷっつり途切れた。 「姉さん、こいつらは俺たちを壊しに来たんだ!」 姉よりも早く状況を飲み込んだ星夜が、月子へ危機を叫ぶ。 セシウムと『蜂蜜色の満月』日野原 M 祥子(BNE003389)は割れた窓の前に回り込む。逃走される可能性がある以上、逃げ道となる箇所は先回って塞いでおく必要がある。一方で、『ジェットガール』鎹・枢(BNE003508)は部屋の中を縦横無尽に飛び回り、敵の目を混乱させる。火力に乏しい彼女が仲間を援護すべく編み出した作戦は功を奏したようだ。 刀儀陣を展開しつつ、『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は内心歯がゆい思いを抱えていた。ノートパソコンはどうしても拡張性が乏しい。こまめに手を加えても遠からず、必ず限界が来る。それでも、用途を限定して酷使を避ければ旧型でも現役でいられる。現にそうして月子は仲次と付き合ってきたはずだ。 「月子、いいモデルなのに壊さなきゃダメか……勿体無い」 パソコンを愛する綺沙羅にとって、それを破壊する任務は心が痛い。 「畜生! 畜生! あと少しだったのに……お前らが邪魔さえしなければ!!」 この国で起きる怪異はすべからく万華鏡システムによって監視される。今宵で無くとも彼らが行動を起こせば、いや、何もせずとも覚醒さえしていれば、必ずリベリスタは現れる。 それを知らない年若きエリューションは、苛立ちを蹴撃に変えてリベリスタを襲う。 狙うは仲次ただ一人。階段を守るはあどけない少女ただ二人。正直に己を取り囲む者たちを撃破していくよりは、目的を達成して逃げたほうが得策。そう思考した末の行動だった。 「ほぉ、甘く見られたものじゃの」 「随分甘く見られたものね」 二人の少女がそう呟くのと同時、激しい雷撃が、鋭い蹴りが、星夜を打つ。 可憐な見た目とは裏腹に、迷子とクリスティーナはパーティ内でも高い能力を持つ実力者である。 「お主は月子に幸せになって欲しいのではなく、月子が愛する相手を苦しめたいだけじゃろう」 高い攻撃力と防御を活かして星夜を妨害する迷子。闘いながら、星夜に語りかける。 「違う! 俺は、ただ姉さんに笑っていて欲しいだけだ。人間には分からねえだろうがなぁ!」 ぶつかり合う足技と足技。 かまいたちを伴って遠方から斬りつける迷子の旋風脚をかいくぐっては、星夜は迷子へ斬撃にも似た蹴りを加える。 「お主のしていることは月子の幸せを奪っているにすぎぬぞ?」 愛する者の命を奪って、意識を閉じ込めて。本当にそんなことが月子の望みなのか。 迷子を援護するようにクリスティーナの喚ぶ雷が星夜と月子を貫く。 仲間たちが一様に星夜に攻撃を集中させる中、『リベリスタ見習い』ネロス・アーヴァイン(BNE002611)は月子の抑えに回っていた。防御の構えを取り、見た目よりも重い月子の攻撃を受け止める。 「なんで、なんで邪魔するの? わたしはただ、彼と一緒にいたいだけなのに……!」 繰り返し振り下ろされる打撃。太刀で受け流し、直撃は避けるも、その衝撃は腹の底に響いた。 ネロスは涙目で拳を振り回す月子に語りかける。 「月子に星夜、良い名だ。仲次が付けたのか」 黙して頷く月子。その瞳からは、本来分泌されないはずの雫が溢れる。 「そうか。ならば、その名こそ仲次の愛情の証だろうに」 本当にどうでもいいと思っているならば、調子が悪いからといって簡単に捨ててしまえるような存在ならば、そもそも名前などつけようとしない。 「師は言っていた。物を大事にする男は愛あるやつだとな」 月子の目が見開かれる。 「あなたに何がわかるのよ」震える唇が声にならない言葉を紡ぐ。 黒い瞳が禍々しい赤い光を放って。 月子の身体から溢れ出た紅蓮の炎がネロスの身体を覆いつくした。 ●愛と妬心のロンド 一人で月子を抑え、至近距離で炎の直撃を受けてしまったネロスの傷は深かった。 膝をつくネロスを、祥子の天使の息が包みこむように癒す。 戦っても、戦っても仲次に辿りつけない。傷を与えるそばから祥子が癒す。その状況に、月子は焦りを覚えていた。 思い切りネロスを殴り飛ばすや、窓の前を塞ぐ祥子に拳を向ける。逃げるためではなく、祥子を倒すために。 「邪魔、しないでよ!」 振り上げられる拳に、祥子は身構える。が、二人の間に滑りこむ影があった。 「貴女の愛は、どうにも人間向けではないようです……能力は魅力的ですが」 短剣を顔の前に掲げ、セシウムは月子の拳をとめる。 一方、星夜は少女三人に取り囲まれていた。 「貴方がターゲットです!」 春音が小さな手で大太刀を振りかぶる。 「復讐なんて、馬鹿なことしちゃ駄目なの! だから止める!」 果敢にも立ち向かう春音。彼女に続いて、枢もナイフ片手に幻影剣を仕掛ける。 二人に前衛を任せ、中衛からは綺沙羅の式神が飛ぶ。顕現した鴉は一直線に星夜の腹部をかすめて消えた。 三人とも、10代前半の少女。春音と綺沙羅はまだ幼女と言っても良い年齢だ。 一部の人間は歓喜しそうなシチュエーションである。 「くそっ、戦いにくい!」 背丈の差からか、相手が少女だからか、星夜は動きづらそうだ。 「隙あり、です!」 躊躇う星夜に、春音のソニックエッジが突き刺さる。麻痺の痺れが全身を駆け巡り、膝が崩折れる。 そして、蓄積していたダメージがとうとう形となって現れた。 ジジジ……という機械音と共に星夜と月子の姿が揺れる。かと思えば、男女の姿は消え去り、あとには銀色のタブレットパソコンと、黒いノートパソコンが姿を現した。 「それがあなたの本当の姿なのね」 ノートパソコンの姿に戻った月子。そのボディには、白い傷跡が何条も走る。精密機械の天敵となる雷を幾度も浴び、ショート寸前に見えた。これではパソコンとしての寿命はもう長くないかもしれない。 祥子は仲間を癒しつつ、月子へ言葉をかける。 「実はあなた、スペック的に色々無理が出てきてたんじゃない?」 作られて何年かは分からないが、月子の身体は近年の製品と比べてあまりにも分厚く、重い。少なくとも、五年以上は経っているのではなかろうか。それほどの期間、メインとして活動してきて、ただでさえノートパソコンの、しかも旧型が耐えられるとは思えない。 「新しいパソコンが次々発売されるのに、なかじーはあなた一筋で頑張ってきたじゃない」 もう、ここらでいいでしょう。 「彼のことを愛しているなら、潔く身を引いて彼の幸せを願うべきだと思うな」 じっと俯いてい(るように見え)たノートパソコンは、キッと頭(だろうと思われる部分)を上げると祥子を睨みつける。 「それができたら、苦労しないわ!」 威嚇するように蓋をカタカタ鳴らして体当たりをしかける月子を、セシウムの呪刻剣が迎え撃った。 「ああ、姉さん!」 セシウムと祥子相手に奮闘する月子を助けに行こうにも、集中攻撃を受け続けた星夜にはもう余力がない。 何より、少女三人に加えて、立ち上がったネロスにまで行く手を阻まれては、囲みを突破できそうにもない。 「せめて、お前だけでも!」 ネロスへディスプレイを向ける星夜。黒い画面から光が溢れて、ネロスへと伸びる。 が、 「ちょっと待ったー!」 横合いから飛び込む枢。光は彼女を捉えて、タブレットパソコンの中に引き込んでいった。 激戦の最中、月子の本体側面に付けられた小さなランプが光る。 それは受信完了の合図だった。 「うわぁ、パソコンの中ってこうなってるんですね!」 頭部を大きく描かれた、二頭身のミニキャラと化した枢は、周囲を見渡して感嘆の声をあげた。 上下左右に無限に広がるオーロラのような虹色。その中に、場違いな黄色いフォルダが幾つか浮かんでいる。 枢には最初から脱出方法を探すつもりなど無かった。 可愛らしくデフォルメされた翼を広げて飛ぶ。手近なフォルダを覗けば、中にはそれなりの枚数の写真データが収められていた。 遊園地で猫耳カチューシャをつけて笑う仲次、海で一人ビーチボールを追いかける仲次、雪だるまを真剣な表情で積み上げる仲次。 『動画』フォルダも開いてみたが、視界いっぱいに映る映像は、やはり出演者・仲次オンリー。 『はーい! 僕は今、秋の日光に来ています。紅葉がとっても綺麗です! おーい! つきこーせいやー、見えるかーい!』 そんな仲次メモリーを、しかし枢は暖かく見守る。その顔には、笑み。 「ねえ、月子さん。ボクの顔が見えますか? 今とっても笑顔です。好きな人の思い出は、暖かいです」 月子が聞いているかは分からない。それでも枢は語りかける。 「あなたがたの話を聞いた時、形を超えた愛ってすごいと思いました。 尊敬します。すばらしいです。 そんなすばらしい愛を、こんな形にしてしまうのですか? 悲しい愛にしてしまうのですか? 仲次さんの笑顔を、永遠になくしてしまうのですか?」 思い出の中の仲次は、殆どが笑顔だ。笑顔と共に彼が呼ぶ名は、『月子』と『星夜』。 「先輩が言ってました。新しいパソコンを手に入れても、いざとなったときやっぱり頼れるのはお古の方だって」 ふるふると、月子は身を震わせる。それはまるで、嗚咽をこらえるように。 「ボクはあなたの恋を応援します! 月子先輩!」 瞬間、世界は眩い白光に包まれた。 月子のディスプレイから光が溢れる。 引きこまれた時と同じく、光が収まる頃には、元の頭身に戻った枢がそこにいた。 「ありがとう」 小さな声で、けれどはっきりと感謝の言葉を述べる月子。彼女はもうリベリスタたちに牙を剥こうとはしない。 「姉さん……もう、いいんだね?」 星夜の言葉に、月子は頷く。それを見て、星夜は力尽きた。 がしゃん、とガラスが割れるような音をたてて、床に落ちる。背面の傷からバチバチと火花があがる。 その様子を確認したクリスティーナは、彼女の背後、ベッドの上で未だ白目をむいて気絶している男に視線を向けた。このままさっさと討伐してしまっても良いが、クリスティーナには、仲次に問うべきことがある。 ぺちぺち軽く頬を叩いて仲次を起こす。 「Buenos días. 貴方の旧いパソコン壊すけれど、何か言いたい事は無い?」 怯える仲次を引き立てて、階下の様子を見せる。 がちがちと歯の根の合わない仲次だが、床に倒れ伏す星夜と、傷だらけになった月子の姿を見るや顔色を変えた。 彼らの名を呼び駆け寄ろうとする仲次を制して、クリスティーナは思う。 今回の仕事は一般人を守り、エリューションを討伐すること。破壊の結末は変わらない。 それでも、せめて彼が、散りゆく彼女たちへの感謝を忘れなければ良いと思う。男女の愚かさが招いた悲劇だとしても、重ねた時間に嘘は無いのだから。 どうやら、彼の様子をみる限り、月子と星夜への愛情が無くなった訳ではないようだ。 クリスティーナの口元に、ふっと笑みが浮かぶ。 ネロスの大太刀が振るわれる。 そうして、二体のE・ゴーレムは静かに沈黙した。 ● 「まぁ時代が変わっても男と女の関係は変わらぬものじゃな」 迷子は煙管をくゆらし、仕事終わりの一服を楽しむ。まあ、月子は果たして女なのかどうかもよくわからないけれど……ほら物を大事にしたら付喪神がどうのこうのとかいう話もあるし。 確実に討伐が完了したことを確認してから、寝室の仲次を解放する。 壊れた二台のパソコンの傍らに立つ彼に、綺沙羅は真新しい箱を差し出す。所々、焦げたり赤黒い染みが飛んだりしているが、中身は無事だ。 綺沙羅が守っていたのは、仲次の新しい嫁こと新型ノートパソコンだった。 「ああ、シルヴィア! 無事だったんだね!」 もう名前あるんだ……しかも横文字の。 呆れた視線が注がれるのも構わず、仲次はそのメタリックなボディに頬ずりする。 「壊れたパソコンだけど、どうする? 要らないならキサがもらってあげる」 まだ使えるパーツがあるかもしれない。 綺沙羅の問いかけに、仲次は首を横に振る。そして語る。 田舎から出てくる際に、初めて両親から買ってもらった黒いノートパソコンのことを。当時の最新鋭だったそれはたった一年で旧型と呼ばれるようになったが、仲次はそれを使い続けた。動作が遅くなればメモリを増設し、異様に熱がこもれば中を開いて夜通し修理した。名前をつけたのは、彼女を家族のように思っていたから。 「シルヴィアはもともと、月子の負担を減らそうと思ってサブとして買ったんだ。月子がいなくちゃ意味がないよ」 また修理して、二人を使い続けるつもりらしい。 リベリスタによって今宵の惨劇は防がれた。 器物は器物に還り、純粋な想いは純粋なまま守られた。 かくして、奇怪な愛憎劇は終わりを告げた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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