● 悔しかった。 辛かった。恨めしかった。涙なんてとうに枯れてしまった。 一途だった。 自分の人生を捧げた。青春もすべて此処にぶつけるつもりだった。 歳を取っても最後まで、この道にすべてを捧げ続けるつもり、だった。 大好きだった。 辛い練習だって楽しく感じるくらいに。もっともっと、上手くなって強くなりたいと思っていた。 これが、自分の道だと、信じていたのに。 ――神様という奴は、応えてくれなかった。 力の入らない右腕をぶら下げて、絶望し切った少年は夜道をさまよう。 少年は、名の知れた剣士だった。 竹刀を持つ姿は美しく、その太刀筋は真っ直ぐだが巧みだった。 だが、それは全て、半年前までの話だ。 もう剣は握れない。この腕は、使い物にならなくなってしまった。 溜息すら出ない、もう、帰ろうか。そう思い踵を返しかけた時、不意に。 「もう一度、剣士に戻してあげましょうか」 甘ったるい女の声が、彼に囁いた。 ● 「とあるアーティファクトに関する依頼。……破壊、奪取、持主の殺害、手段はどれでも構わない」 モニター前、資料を並べながら、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は常の如く話を始めた。 次いで、操作されるモニター。未だ幼さを残す少年の写真と、その経歴が表示される。 「新道孝之。高校3年生。元剣道部員。小さな頃から剣道一筋。 インターハイの常連で、良く賞も取ってた。期待の星って奴だったみたい。 ……でもそれは過去の話。彼は、今はもう、竹刀を握れない」 怪我だった。治り切らぬ肘を酷使し続けた結果、その腕は二度と、剣を握る事が出来なくなった。 文字通り剣に己を捧げ続けていた彼にとって、それは絶望以外の何物でもなかったのだろう。 「悲嘆に暮れた彼は、半年間、ろくに学校にも行かずに夜の街を徘徊してたみたい。 そして、そこで……何者かに、アーティファクトを渡された」 剣士に戻してやろう。そんな、甘い毒の様な言葉と共に。 以前の彼だったらそんな妄言には耳も貸さなかっただろう。 しかし、その時。絶望し続けた彼の心は、容易く其方に傾いてしまった。 「彼は、アーティファクトを使った。……『妖刀・心蝕』、使用者の身体に寄生する、刀のアーティファクト。 どんな一般人でもたちまち歴戦の戦士に変え、剣を振るう為に足りない部分は全て、このアーティファクトが補ってくれる。 異常な治癒力と、戦闘能力を与えてくれるけど、……その分、代償は大きい。 血が見たくなる。人を斬りたくなる。使い続ければ殺人鬼まっしぐら。 でも、治癒力も、戦闘能力も、全て本人の『これからの人生に使われる』生命力を消費しているだけ。使い続ければ待っているのは、」 勿論、死。 淡々と、フォーチュナは言い募る。 彼は未だ、使い始めて日が浅い。アーティファクトを壊すか外すかする事が出来れば、恐らくは救えるだろう。 しかし。 「……アーティファクトを外す、と言う事は、彼が再び、剣を握れなくなる、と言う事。それだけは、忘れちゃいけない。 孝之はまだ、誰も殺してない。でも、使い物にならない右腕に刀が寄生してしまってるから、家にも帰れて居ない。 苛立ちと、アーティファクトが与える殺人衝動に耐え切れなくなって、皆が行く時にはじめて、人を殺そうとしてる。 ……被害者の生死も、問わない。どうするかは全部、皆が決めて」 じゃあ、気をつけて。 色違いの瞳を真直ぐにリベリスタに向けて。フォーチュナは口を閉じた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月11日(土)23:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 斬りたい。 何故だろう。何かを斬った事等無いのに。 斬りたくて、仕方無い。 ふらふらと。真夜中の公園に少年は現れていた。 虚ろになり始めた瞳が、何かを探す。その様子を観察しながら、リベリスタ達も行動を開始していた。 携帯片手に。『守護者の剣』イーシェ・ルー(BNE002142) は公園へ入り、ベンチで鞄を弄り始めた。 無防備な、至って普通の女子高生。少年の目が彼女を捉える。 斬りたい、斬りたい。嗚呼、人を、斬り殺したい。 少年の目が、据わる。ふらふら、歩み寄る姿を目の端に捉えながらも、イーシェは表情を動かさなかった。 ぴたり、足が止まる。そして。 音も無く、掲げられた右腕がその項へと振り下ろされ―― ――る、筈だった。 響いたのは、剣がぶつかり合う、硬質な音。 「アンタを人殺しにするわけにはいかねぇっスよ」 唇には笑み。不適な笑みを覗かせ、纏う豪奢な鎧を鳴らす。 突如姿を変えた目の前の少女に面食らう彼の背後では、本来被害者となる筈であったホームレスへの対応が素早く行われていた。 「逃げて、ここにいたら危ないわ」 視線を遮る様に。羽織るコートを揺らし、『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589) が立つ。 寄る辺を失ってしまったのだから、道を違えそうになるのも分かる。 けれど、その道は後戻りの出来ない悪鬼羅刹の道だ。そんな事の為に、剣術を習った訳では無いだろうに。 何の為に剣術を得たのか。それを思い出させる。そんな決意を滲ませる彼女を見上げる被害者の後ろからは、『無形の影刃』黒部 幸成(BNE002032) が音も無く近寄り、その意識を奪った。 神秘の秘匿や身の安全を考えれば、暫く大人しくして貰うに越した事は無い。 「……これも御身の為、悪く思わないで下され」 小さく告げ、意識無き身体を抱え上げる。 戦場となり得る此処から、離れた場所へ。一人離脱する彼は、静かに目を伏せる。 挫折を知らぬ身で味わう絶望は、きついものだ。 二度と振るえぬと諦めた剣がもう一度振るえるとなれば、その心の闇を突かれてしまうのも無理はないだろう。 ともあれ、その心の闇の所為で、彼が自分の手を血で汚す前に、何とかしなくてはならない。 その為に、自分がすべき事をする。そう決めた彼は、僅かに後ろを振り返る。 相対する役目は仲間に任せる。 説得に賭ける確固たる意志。それは、自分が持たざるものだ。 仲間の一人、甘いとも言える真直ぐさを秘めた彼女をぼんやりと頭に思い浮かべて。幸成は素早くその場を後にした。 「な、なんだよお前……っ、お前も、誘われた奴なのか……?」 驚愕と怯え混じりの表情が、イーシェに向けられる。 大人と子供の狭間。真直ぐな気骨が窺える面差しに息が漏れる。 躓いた石が大きすぎて、倒れた大地の悪意が重過ぎて。立つ事も叶わなかった、と言った所だろうか。 甘えるなとは言う気はない。けれど。 其処から抜け出せるか否かは、自分次第なのだ。 「アンタを人殺しにしないために来た、って言ってるじゃないッスか」 軽い調子で告げ、刀を弾き返す。 我に返り構えを取る彼の前へと、待機していたリベリスタ達は素早く近寄った。 「今晩は、新道さん。……貴方を止めに来ました」 インターハイで見た事がある。そう告げながら、『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)が声をかける。 妖刀を手放させる。その為の説得を行う。それが、リベリスタ達の総意であった。 その上で、最終的な決断は孝之が下すもの。それに口を出すつもりは、大和には無かった。 だが、どちらにとっても最善となる様に。手は、尽くす。 そんな決意を固める彼女の言葉に、孝之は鬱陶しそうに眉を寄せる。 話を聞く気は、ある様だった。 ● 「……ねえ、片腕が使えなくなっただけで、もう剣は握れない?」 剣道選手には片腕の人もいた。『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)は相手を真直ぐ見詰める。 剣士として。必ず彼を救いたい。決意を秘める彼女の視線を、少年は真っ向から拒絶した。 「雲泥の差が出来る。それくらい分かるだろ?」 取り付く島も無い様子に霧香が口を閉じれば、『騎士道一直線』天音・ルナ・クォーツ(BNE002212)がその後に続いた。 「貴殿は剣道から何を学んだ。日々の鍛錬で何を学んだ。…試合で強敵と相対する事から、何を学んだ」 剣を握り振る事だけか。試合での勝ち方だけなのか。 淡々と。しかし、真摯に問いかける言葉に、少年は僅かに迷いを見せる。 騎士道。そして、剣への想い。自分のそれらに賭ける想いが人一倍強い事を、天音は理解していた。 だからこそ。剣を握れなくなるのは怖い。そう、怖いのだ。 けれど。剣の道から外れる事はもっと、怖い。自分では気付く事が出来ない事があるから、尚更に。 少年は、恐らく気付いていない。今、自分がその道を、踏み外そうとしている事に。 「……貴殿の心がまだ本当に折れていないと言うのであれば」 もう片方の腕で剣を握れ。あがけ。苦しめ。 そして、もう一度自分の本当の剣の道を取り戻せ。 真摯な、迷いの無い言葉に、少年の表情が曇る。彼はまだ足掻いていない。逃げている。 その事実を認められない少年は、返答代わりに視線を背ける。 「色々言いたいことがあるッスけれど、アタシからはこれだけ。……ちょっと転んだ位で、情けねぇッスね」 自分の足で確り立つ位して欲しいものだ。イーシェは肩を竦めて見せる。 天音とイーシェ、年頃の対して変わらぬ二人からの言葉に、返す事も出来ず、少年は悔しげに眉を寄せた。 使い物にならない腕が治るのなら、縋りたくもなるだろう。 そう前置きして、緋塚・陽子(BNE003359) は語り出す。 「……で、真剣握ってる間だけ腕が治ってそれで元通りになるのか?」 人斬りの為の剣ならば満足だろう。しかし、そうでないなら。 真剣を握ってる間しか使えない腕は、本当にお前が望んだ腕ではないだろう。 剣を振る意味。的を射た問い掛けに、居心地悪げに俯いていた少年の顔が、ぱっと上がる。 「俺、は、……ただ、剣道が楽しくて……」 ぼそぼそ、漸く返る、まともな言葉。それを耳にしながら、陽子は続ける。 怪我で道を閉ざされた人間など幾らでも居る。彼らの中には、はやり方を変えてその道に関わり続けてる者だって居る。 ましてや、孝之は未だ、片腕で同じ道を進む事だって出来ると言うのに。 「あんたが進んでた道は一つの挫折であっさり諦めれるほどの道だったか? 諦めたくなければ刀が見せるマヤカシじゃなくて、昔と同じじゃなくてもあんた自身の手で道を開いて見せろ!」 ぐ、と。言葉に詰まる。少年の様子を『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)は興味深げに眺めていた。 失われた希望。戻らぬはずの力。取り戻す代償は、血と人の心。 彼は、何を捨て何を望むのだろうか。 そして、リベリスタ達の想いは、どのような結末を得るに至るのだろうか。 見せて貰おう。そう、微かに笑みを浮かべる。 「……ぬしはその刀の代償を知っているか?」 説得をする気は無い。選択は、本人の意思を持って行われるべきだ。だからその代わりに、現状を認識させる。 怪訝な表情を浮かべる少年に、淡々と事実を告げる。 そのまま使い続ければ、待つのは死。そして、人殺しの道。 僅かに青ざめた顔色を確認しながら、彼女は言葉を続けた。 「逃避は許さぬ。前を見据え選択せよ」 血と躯を築き上げなお力を欲するか? 地面を這いずり壱からやり直すか? 楽な道などない。どちらも苦難の道のりだ。それでも、其処から逃げる事は許さない。 「――さぁ、選択せよシンドウタカユキ」 冷ややかな瞳が、真直ぐに少年を見据える。けれど。 その問いには、答えない。答えられない。逃げる様に、剣を掲げる。 正論、だ。疑う余地も無い。リベリスタの言葉は確かに、正しい。 けれど。その正論で納得出来たなら。受け入れる事が出来ていたなら。 こんな風に、絶望する事など無かったのだ。 「……お前らに何が分かる、それは……っ何にも知らない綺麗事だ!」 拒絶。首を振る少年の激情に反応する様に、刀が煌めく。 対話は終わりだ。刀が、目が、そう訴える。 苛立ちを感じ取り、リベリスタは次なる策へと打って出た。 ● 「ならば、剣を交えましょう。此方からは彼女が出ます、宜しいですか?」 興奮し切った状態では、言葉も届き切らないだろう。 そう判断した大和が試合形式の斬り合いを提案する。 ただ戦うよりも、試合と言う型に嵌める事で少年の消耗を軽減出来るかもしれない。 彼の未来を無為にさせる訳にもいかないのだから。 其処まで考えた末の言葉に、す、と出場者――霧香が進み出る。 纏うは白無垢。白の上衣に黒袴。そして。 携えるは、玉鋼。己が名の由来を持つ刀を、握り、少年を見据える。 深く、息を吸う。精神統一。全身のギアを、上げる。そして、名乗りを上げた。 「あたしは絢堂。絢堂霧香。キミを救いに来たよ」 「救いなんて求めて無い! ……勝てると思うならやってみろ!」 構えが、動く。 鋭い音と共に、2人の剣士の打ち合いが始まった。 一対一。それは、明らかに霧香に分が悪かった。 積み重ねた日々は変わらない。しかし、其処に上乗せされる、妖刀の魔力。 幾度も、幾度も打ち合う。相手を傷つけまいと刀のみを狙う霧香の動きも、状況を悪くしていた。 容赦無く、刀が胴を、面を薙ぐ。その度に止めに入りかける仲間を、霧香は目で制していた。 遣らせて欲しい。同い年。剣に生きる者同士、どうしても、自分は彼を救いたいから。必死に、剣を振るった。 幾度目かの面が、深々と肩を抉る。華奢な少女の身体が、限界を超え膝から崩れた。 蒼い瞳が煌めきを失う。刀が、滑り落ちかける。 集中を重ね、その様を見ていたミュゼーヌが、己の相棒を呼び出しかけるも、その手は直前で、止まった。 「っ……今のキミは剣士じゃない、剣に振り回されてるだけ……!」 呻く様な。霧香の声が耳を打つ。己を愛す運命を、惜しげ無く差し出して。彼女は再び立っていた。 少年が、驚愕に目を見開く。姿に、言葉に、輝きを失わない瞳に、心が揺れる。 それでも、彼には選べなかった。認められなかった。再び、鍔迫り合いの音が鳴る。 「孝之君! 思い出して、自分が今まで剣に懸けてきた年月を!」 必死に、叫ぶ。名を呼ぶ。なのに、声が、届かない。運命を呪う彼は、霧香の言葉を拒む様に打ち込んで来る。 ならば、と、霧香は剣を構え直す。危険だ。分かっている。けれど、伝えたい。それに、仲間を信じているから。 ふらつく身体で、覚悟を決める。禍を斬る刀を、振り上げて。 目の前の剣士と確りと、向かい合った。 幾度、剣を交えただろうか。彼女は強い。真直ぐな太刀筋は、自分と似ている気さえする。 けれど、今はその真直ぐささえ、見たくはないものだった。 「っ……あああああ!」 力一杯、胴を薙ぐ。荒かった、防がれるだろうか、そう思ったのに。 ぞぶり、と。 柔らかいものに、刃先がめり込む。手が、震えた。 飛び散り溢れ出す、紅の液体。 次いで、軽い音と共に、少女の刀が手から滑り落ちた。 見る見る真紅に染まる白衣。彼女の仲間が息を呑み、動き出そうとする気配。 最早、戦うどころか意識を保つ事すら危うい少女は、それでも確りと、少年の左手を握っていた。 避けなかった。打ち込まなかった。霧香は、その身を以って、彼の剣を止めたのだ。 「……あたしも、小さな頃から剣一筋だった。ずっと……剣に、生きてきた」 だから分かるのだ。同じだから。だからこそ、気付いて欲しい。 積み重ねたものは裏切らない。思い出して欲しい。諦めないで欲しい。見失わないで欲しい。 「そんな剣は、必要無い……! 諦めないで、キミの、剣の道を……っ」 ごぼ、と、喉から血の塊が競り上がる。 それでも。この想いが届いて欲しいと、願いながら。霧香は力無く、その身体を地面に横たえた。 「あ、あ……俺、人、人を……っあああああ!」 己の手から離れた、細い少女の手。 彼女を、自分は殺してしまった。狂った様な絶叫が上がる。 闇雲に振り上げられた刀が、振るわれる。目標は無論、目の前のリベリスタ達。 寸での所で全員がかわす。戦闘は、避けられないのか。悔しげに歯噛みする彼らから、少し距離を置いた場所。 気配を殺し控えていた幸成は状況を察知し即座に、行動に出ていた。 気糸が、剣を、孝之を絡め取る。 これが、自分のすべき事。これが忍務。 「……こういったことしか出来ぬ故。……ミュゼーヌ殿」 非常さを纏った彼は、作戦成功の為に仲間を見遣る。 名を呼ばれたミュゼーヌは、既に愛用のマスケットを構えていた。 存分に、集中はした。それも全て、一撃で妖刀を捕らえる為。 生き甲斐を無くし絶望した彼。それでも生きて欲しい、と願う。 それは、身勝手な事なのかもしれないと、彼女は思う。けれど、それでも。 ――今、貴方は生きているのだから。 「大人しくなさい、悪い夢を終わらせてあげる!」 獲物は違えど、自分にも自身の獲物に心血を注ぐ者の矜持がある。 孝之本人には当てない。己の射撃の腕に、誓って。 揺れ動く妖刀に、照準を合わせて。迷い無く、引金が引かれた。 ● 鋭い音が、響く。 正確に狙い撃たれた弾丸は、確かに妖刀を捉えていた。 けれどまだ、壊れない。続けて攻撃を仕掛けようとするリベリスタの前で、孝之は怯え切った表情を浮かべていた。 人を、斬ってしまった。殺してしまった。 その重さが、圧し掛かる。怖い。苦しい。陽子が言っていた。自分は何の為に、剣の道を選んだのか。 それは、少なくとも。こんな事をする為では、無かったと言うのに。 その様子を眺めながら、ゼルマが静かに、霧香の状態を確認する。意識は、無い。けれど確かに、生きている。 「……ケンドウは無事じゃ。のう、シンドウタカユキ」 選択せよ。癒し手はそう、もう一度告げる。 選択肢は既に示されている。何を取るかは、彼の自由だ。 少年の瞳が、大きく見開かれる。生きている? そう、唇が微かに、動いた。 「……過去ばかり見るなとも、俯くなともいいません。こうして暴れる事で貴方が少しでも救われるのなら」 少なくとも、私はそれを赦します。 推移を見守る大和が、そっと告げる。赦す。けれど。 「貴方の愛した剣道を妖刀に惑わされ、穢さないであげてください」 どうか。そう、懇願する声が、少年の耳を打つ。 そう、天音も、告げていた。 ――剣の道を外れる事は、もっと怖い。 それを今、孝之は身を以って知った。手が震える。 彼女は死ななかった。何故かは分からないが、まだ、生きている。 斬った事に変わりは無い。けれど、この手は人を殺めずに済んだ。 けれどもし、あれが彼女で無かったなら。 何も考えずに、この剣を振るっていたなら。 自分は、自分が積み重ねてきたものを自ら、滅茶苦茶にする所、だったのだ。 からん、と。少年の手から、大振りの刀が零れ落ちる。 「……っごめん、ごめんなさい、こんな、事して……っ」 少年は確かに、自ら剣を手放す事を、望んだのだ。 「……それ、誰に渡されたんッスか?」 アークに連絡を済ませた後。少年に道場を紹介しながら、イーシェは不意に尋ねる。 アーティファクトを渡した存在を、許しはしない。そんな怒りを垣間見せる彼女に、漸く泣き止み霧香から離れた少年は眉を寄せた。 「良く、覚えてないんだ。……女だったかも、髪の長い」 その言葉を聞きながら、ゼルマは当の魔具に問いかける。朧げな記録。其処にあるのは悪意ではない。形容し難いもの。 強いて言うなら、探究心だろうか。怪訝な表情が浮かぶ。嫌な予感が、した気がした。 「俺……やってみる。格好良く無くても、この左腕だけでまた、剣士に戻れると思えたから」 有難う。ぎこちなく、少年は告げる。 懸念はある。不安もある。 けれど、今は。少年を自分達の手で救う事が出来た事を素直に、喜ぶべきだろう。 血塗れた道を歩む筈だった剣士は、もう、居ない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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