●身分違いの恋 深夜、二人は手に手を取って、屋敷を抜け出した。 それぞれの手には、小さなバッグが一つずつ。 「貸して、俺が持つよ」 男は女と繋いだ方とは逆の手を差し出した。 「……ありがとう」 女は微かに微笑むと、バッグを渡す。 男は己のバッグと彼女のバッグを合わせて持つと、夜の街を駆けだした。 身分も、家も捨てて、これから二人で生きていく。 女と一緒に居るために、悪事にも手を染め稼いだ金。 二人は追っ手から逃れるべく、港へ向かおうとタクシーを止めた。 先に女が乗り込み、次いで男が乗り込む。 「港ま……」 男が、行き先を告げる前にタクシーは動いた。 「待ってくれ、どこへ向かっている?」 運転席へと男が身を乗り出すが、運転手は答えず、タクシーは猛スピードで走りだした。 連れて来られたのは、海岸沿いの倉庫。 男は、其処で待ち構えていた数人の黒服達にタクシーから引きずり出された。 「使用人が、お嬢さんに手を出しちゃいけねぇなぁ」 「もう、明日の結婚式の準備が終わってるんだ」 「返してもらうよ」 取り囲んだ黒服達は男を地面に叩きつけ、四肢を靴底で抑えつけた。 娘は明日、ある有名な議員との政略結婚を控えていた。 黒服がその話を出したことで、彼らが今日まで勤めていた『屋敷の者』だと気付く。 「待ってくれ! 金なら全部やる! それで、それで見逃してくれないか!?」 タクシーの中に残したままの女は、飛び出そうとするところを黒服に抑えられ、拘束されていた。 彼女さえ居れば、彼女さえ居てくれればそれでいい。 金なんて、また稼げばいい――。 「残念だな。報酬は既に十分すぎるほど貰ってるんでな」 「お前は、此処までだよ」 男は、靴底に抑えつけられたままの手を女へ向けて伸ばす。 女は、目を見開き、その様子を凝視していた。 「じゃあな」 男の体に、何本もの刃が突き立てられる。 靴底から解放された手で、そこに触れると掌が紅く染まった。 女は、後ずさると奇声を上げてその場に倒れこんだ。 「お嬢様は先に連れて行け。俺たちはコレの始末だ」 倒れた女を抱き起した黒服に指示を出すと、残る黒服は男の遺体の始末にかかろうとした。 「うわっ!!」 その中の一人が声を上げる。 「コイツ……、まだ生きてる!!」 黒服たちは、男の瞳が再び開くのを見た。 ゆっくりと体を起こした男は、体中に突き立てられた刃を引き抜くと、真っ赤な手で構えを取る。 いくつもの致命傷を与えたはずだ。にも関わらず、起き上ってくるなんて。 「ば、化け物……!」 それが、黒服たちの最期の言葉だった。 ●安らかな眠りを 「よくある話、でしょうか。ある屋敷の一人娘と使用人が恋に落ちました。しかし、駆け落ちしようとしたその晩、屋敷の者に捕まり、男は命を落とします」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は、ブリーフィングルームのスクリーンに男と女の画像を映し出した。 「男は命を落とした後、エリューション・アンデッドとなり、自分を殺めた屋敷の使用人たちを殺し、殺害現場で死んでいた鼠の死骸をエリューション化させ、それと共にかつて自分が勤めていた屋敷へ向かっています。恐らく、娘を追いかけていると思われます」 映像は屋敷へと変わる。洋風建築の大きな屋敷で、部屋数は数十にも及ぶと和泉は付け加えた。 「エリューションとは、この屋敷の中庭で遭遇できるでしょう。公園程の広さがある中庭で、真ん中に大きな噴水がある以外は障害物はありません。ライトアップもされており、比較的戦いやすいと思います」 そこで、スクリーンの画像は終了し、和泉はリベリスタ達を振り返る。 「ただし。屋敷には娘の両親のほか、多数の使用人が居ます。彼らが気づかないように注意を払ってください」 かくして悲しい逃避行の結末は、リベリスタが終止符を打つこととなった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:叢雲 秀人 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月11日(土)23:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●対峙 深夜、広い庭の噴水から、飛沫が舞う。 点在する街灯の明かりに照らされて、それはきらきらと煌く。 その中に――『彼』は、いた。 噴水を背に立つ男を護るように足元に居るのは、闇の中瞳を朱く瞬かせた、鼠たち――。 リベリスタ達の足音を察知すると、彼らはその方向へ移動を開始した。 「先手を!」 取られた。と、告げる言葉は途中で途切れ、男を抑えるために先行していた『不屈』神谷 要(BNE002861)と『俺は人のために死ねるか』犬吠埼 守(BNE003268)は、鼠達と対峙した。 「守さん、行って下さい!」 鼠が男より先にこちらへ向かってくる以上、誰かが鼠を受けなければいけない。本来ならば鼠を担当する予定の仲間に任せる予定が、敵に先手を取られた事で初手に強化を行った仲間は此処へは届かない。最初さえ凌げば、後ろに居る仲間たちがなんとかしてくれる。要は、自らも初手で仲間を強化する予定だったのを変更し、守を突き飛ばし、鼠の群れに飛び込んだ。 「待って、落とすから」 中衛に位置する、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は要に群がる鼠を撃つ。一匹が地へと転がった。 「ボクも手伝うよ」 群がる鼠を払い落としながら武器を振う要の後ろから声。 「やれやれだね、おつとめご苦労さん。死んだ後も生き返させられて大変だね。キミら兄弟かい? ま、すぐ楽にしてやるよ。供物はチーズでいいかい?」 『最弱者』七院 凍(BNE003030)は、要に群がる鼠達に語り掛け、注意をひきつけた。 そして、要に群がる鼠のうち、半数が凍へと飛び掛かる。 「半分なら振り切れるだろ」 群がる鼠の攻撃から自らをガードしつつ、凍は要に先へ行けと告げた。 「政略結婚、ですか」 抗ったなれの果てがこの姿か、と、守は呟く。 政略結婚の是非を問うつもりはない。彼の職業でもよく使われる『民事不介入』という言葉の通り、自分たちが何かを言うべきことではない。 「ですが、超常が日常を侵そうとするならば……お相手しますよ」 守は男の怒りを誘うべく、眩い光の十字を撃ち込んだ。 「ぐぁ……っ」 男は十字架をモロに受け、体をくの字に曲げた。 しかし、次の瞬間守を襲ったのは、激しい突き。 首元に受けた勢いそのままに後方へと吹っ飛んだ。 その守の体を受け止めに入った者が居る。スレンダーな体で長身の守を受け止めたのは、アルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)。 「大丈夫か?」 アルトリアの落ち着いた声に、辺りの物を壊さずに済んだこと、地に倒れずに済んだ事を理解すると、「ありがとうございます」と、告げ、守は再び男へ立ち向かった。 鼠側はと言えば。 要が振り落した鼠が足元を走り回り、残りの鼠を群がらせた凍がひたすら防御している間に、自らのスピードを最速までに高めた『作曲者ヴィルの寵愛』ポルカ・ポレチュカ(BNE003296)がその場へと到達した。 「うじゃうじゃごちゃごちゃ、湧いて出て」 目指すはお前たちではない、今まさに守と剣を交わすあの男と話をしたいのだ。 ポルカは逸る気持ちを抑えきれずに高速の剣を振う。 複数の刃が鼠を斬り落としたその時、暗黒の瘴気が辺りを包む。闇の鎧を身に纏った『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)だ。 その瘴気は鼠を、そして男を飲み込もうとするが、地を走る鼠が飛び上がり、男へ延びる暗黒の手を遮った。 しかし、男は巻き込めずとも効果は大きく。ポルカの攻撃とあわせ、数匹の鼠が地へと落ちた。 残る鼠は僅か。 キイイイイイイイイィィィン……!! その時、幾人かのリベリスタの耳に、嫌な音が響いた。 「これは……っ」 3体の鼠が同時に超音波を発した。それは、ポルカ、涼子を惑わせ、混乱させた。 「チッ、面倒くせえ……!!」 『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)が、舌打ちする。ストールを閃かせ、超音波を発する鼠に渾身の一撃を喰らわせた。 しかし、その鼠を倒したところで混乱が収まるわけではなく。惑った涼子の弾丸が隣接していたアルトリアへ放たれた。 「くっ」 すんでのところで弾丸を避けると、アルトリアは暗黒を放つ。幾匹かの鼠が暗黒に囚われ、地へ落ちた。そうだ。まずは、鼠を倒さなければ。 (予定が狂いましたけど、おかげでこれが使えますね) 混乱に陥った仲間を見据えると、守の元へと走った要は神々しくもまばゆい光で仲間を照らす。その光は、ポルカと涼子を正気へと引き戻した。 敵に先手を取られた事で、予定通りとはいかなかったものの、戦況は拮抗を示していた。 後はどれだけ早く、全ての鼠を落とせるか。だ。 「そろそろ終わりにしようか」 鼠の数がかなり減ったことを確認すると、凍は防御を解いた。 そして、眼前に対する一匹が飛び掛かるのを迎え撃つように黒いオーラを放つ。そのオーラは、鼠の頭を貫いた。 「またね、地獄で会おうよ」 凍が告げると同時。彼の後ろから暗黒の瘴気が鼠を襲う。 「灰は灰に、塵は塵に。死体は死体に戻れ、現世を彷徨うな」 アルトリアの瘴気。その上に、惟の瘴気が重なる。 度重なる暗黒の瘴気に、鼠達はボタボタと地に落ち。残る鼠は、男と共に戦おうと踵を返そうとする。 その行く手を塞ぐもの。 「悪いが通行止めだ。残念だったな」 福松のストールが舞い、後に残るは――男のみ。 ●局面 あれほど居た鼠達は、先に累々と転がり。男は、唯一人となったことを自覚した。 地に転がされた、あの時と一緒だ。 女はすぐ其処に居るのに、自分の手は届かない。 戦闘の最中、男は見慣れた屋敷に目をやった。2階の角、あの部屋に――居る。 「よそ見をしている暇はありませんよ」 要は、男に十字架を撃ちつける。仲間たちにバッドステータスを受けている者が居ないのを確認すると、守も十字架を放つ。 仲間たちが鼠と対している間、二人は交互に前衛に立ち、お互いを庇いあい、連携を取ってきた。 その名の通り、この戦いにおける、守りであり、要であった。 鼠を掃討したリベリスタは、男の前に立つ。 「よお、クソッタレな人生で満足かい? 金も女も失って何の価値も無いまま死ぬのがオマエの人生かい? 抗うんなら徹底的に本気で来いよ、夢を叶えるのに生きた人間も死んだ人間も無い。最後のワンチャンだ、折角だから付き合ってやるよ」 「逃避行の果ての追悼劇か。そこで終われば戯曲的だが、そうも行かなかったみたいだな。……示唆するつもりはないが、詰めが甘かったな」 もう1人使用人を味方につけて、移動の足を確保して置けばよかった。そうすればこんな悲劇は起こらなかったというのに。 男へ対峙し、構える凍の脇に立つと、アルトリアはレイピアを構える。 「まあ、過ぎた事だな。今は被害を増やす前に止める、それだけだ」 騎士然とした姿に、心の強さを思わせる声。 その声に、自らを騎士と称するものが続く。 「物語ならば、恋に落ちた二人は幸せになりました、めでたしめでたしで終わるのだが……。このような事態になった以上この話はここで終演だ。騎士として、本当に大切な者をその手で傷つけさせるわけには、いかないのだ」 惟とアルトリアの閃光が男へと向かう。 「上手く行けよ……」 弱体を願う、アルトリアの呟き。男は黒のダメージを受け、体を揺らす。その揺れとともに、一歩踏み出した。 「危ない、避けろっ」 弱体化に失敗したことを察知すると、凍は声と共に一歩下がる。その腹部を掠めるように高速で回転する男が手にした刃が通過する。 「あぁっ」 「くっ」 男のレイピアがリベリスタ達の体を切り裂く。 次いで、無数の突きを要目がけて繰り出した。 突きを全てかわそうと、要は剣を構え受け流しにかかる。けれど、その速さを男の剣は上回る。 「―――っ」 宙を舞う、要。数メートル吹き飛ばされ、後ろで構える涼子と福松に受け止められる。要は、己の生命を必死に繋ぎとめる。 「いいかげんにしろよ。まだ若輩のオレには身を焦がすような恋も、死して尚会おうとする程の愛情も解らん。きっと、世界がもう少し優しければ幸せになれたんだろう。だが、そうはならなかった。だから、この話はここで終わりなんだ」 福松は、要を横たわらせると拳を握りしめた。 もう終わりにしなければならない。この男は、もう、此処に居てはならない存在なのだ。 再び放たれる魔の閃光。其れはまたしても男の力を弱らせることは出来ず。けれど、確実にダメージは蓄積していく。 今まで受けた痛みを、傷を。それを呪いとして返そうと、男は手を振る。 「させねぇよ」 すかさず福松の拳が男の動きを凌駕し、届いた。そして、守の一撃を受けた男は、地に膝を着いた――。 男は、屋敷へ向け、手を伸ばす。 また、この手は届かないのか。港で彼女に向け、伸ばした手のように――。 彼女さえ居れば、それだけで良かったのに。 ただ、それだけだったのに――。 「このまま政略結婚したら彼女は幸せにはならないだろうよ、でも不幸にもならない。キミは賭けに負けたんだ、これ以上頑張ったら彼女も不幸にするよ? 最後に、ご希望ならファミリアーで伝書鳩くらい飛ばしてやってもいいよ」 凍は、自らの能力で彼女に伝言を伝えることを提案した。男は、顔を上げ、一瞬凍を見詰める。 けれど、彼は首を横に振った。 自分の声でなければ意味はない。自分の手でなければ意味はない。言葉を、思いを伝えても、死んでしまっては意味がない。 「ねえ、ぼくとお話をしましょう?」 美しきヴァンパイアが、彼の前に立つ。桃色の瞳で、もう生気を持たぬ男の瞳を見つめた。 「きみはもう、死んでしまったの」 男の目が、見開かれる。 「きみの人生も、恋も、すべて終わってしまったのよ。ほんとうは、きみの愛するお嬢さんに会わせてあげたいのだけれど、それはできない。此処は通せないの。ごめんね」 彼は、――男は知らなかった。己の命がもう――ないことを。――自分は彼女に逢える身ではなくなってしまった、ことを。 「寂しいのも、悲しいのも、憎いのも。ぼくが、受け止めてあげるから」 ポルカは、男の頬に手を触れると、その首筋に牙を立てた。アンデッドとは言え、まだ腐食していない男の体から鮮血が喉に染み渡る。 どさり。と、男の体が倒れ伏す。その体を離すと、ポルカは立ち上がった。 「きみの過ちは、ひとつ。愛は金に換えられる行為じゃないということ。でも、死してなお、御嬢さんのために立ち上がったきみのこと、ぼくはとても好きよ……」 ●逃避行の結末は 「さて、と。政略結婚はともかく、邪魔な使用人を始末するなんてのは立派な犯罪行為ですよね。彼氏の方も何かやらかしてはいるみたいですけど……それ以上にね」 職業柄、というか。守は呟く。 「まあ、お屋敷に彼氏の遺体が現れれば……捜査の手も回るでしょう。俺達が敢えて手を触れる事もありませんからね。ええ、そのままに」 どうですか、と、仲間たちに同意を求める。 「私は、死体は袋に詰める等して持ち帰り、痕跡を残さないようにしようと思っていたが」 事件にすれば、彼女の痛みは更に増える事だろう。愛するものを失い、家が失墜すれば、彼女を待つものは――。 「……虚飾の婚礼とはいえ。せめて幸多からんことを祈りたい」 アルトリアは、男が見ていた屋敷の一角――恐らくは彼女の部屋だろう――を、見つめた。 「……この人、何か持ってないかな。アクセサリとか、小物とか。それを、できるだけきれいにして、こっそり女のひとに遺したい。彼は来たんだって、それがもう、人じゃなかったとしても」 涼子は、男の亡骸を慎重に探り、取りはずせそうな物を探す。 「……だって、いらいらするから。金と力でひとを踏みにじって、それっきりって」 普段、誰のことだってどうでもいいと思っている涼子。でも、これは。譲りたくない、それは、気まぐれなのか、信条なのか。 男を殺したやつらは、報いを受けるべきだろう。けれど、彼女の心がこれ以上壊れる事はしたくない。 リベリスタ達は、男の亡骸をアルトリアの持ってきた袋に詰め込んだ。 黙って作業を手伝っていた要は、呟く。 「身分違いの恋そのものは応援したくも思いますし、そういうお話も嫌いではありません。ですが、彼は広い意味でも狭い意味でも運命の加護を得られる事はなかった。今回はそれだけのお話なのでしょうね……」 噴水の脇に、彼のつけていたカフスを置く。 其れに、彼女が気づくことがあるように、涼子は願う。 「さあ、最後くらい、こころおだやかに、ゆきましょう。ああ、ほうら。中庭の花が、とてもとても、きれい」 振り返ると、花咲き乱れる中庭。リベリスタ達の気遣いで、此処にも被害が及ぶことはなく、街灯に照らされ、眩い色彩を放っている。 そこは、男の手入れしていた場所――その場所でかつて二人は出会った。 もう、そこで笑いあう声は聞こえないけれど、どうか、花たちの記憶にだけでも、二人の姿が残るよう――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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