●集ったフィクサードたち 冷たい雨が降る夕刻。 その学校の、旧校舎の窓はことごとく割れていた。 様々な制服を着た男たちが無数に集っている。必ずしもこの学校の生徒ばかりではないようだ。 20人ほどの男たちによって、部屋の中は無軌道なざわめきで覆われていた。 「いいか、お前ら!」 壇上に立っている男が大きな声をはりあげると、一瞬にして教室内が静かになった。 外見からして教師にはとても見えない。 学生にはもっと見えなかった。 「こいつは試験だ。お前らには人知を超えた力がある……そいつで暴れて来い! 成果を上げたやつは、俺が所属してる組織に紹介してやるぜ」 男たちが雄たけびを上げた。 「……志波先輩。どうです、僕の集めた連中は?」 教卓の横に立つ白ランの少年が、呼びかけた男に声をかける。横にはこの場で唯一、黒髪の少女が所在なげに彼の袖を握っている。 「そうだな……ま、実力はそこそこの奴もいるな。だが、問題は度胸のほうだ。殺れと言われて殺れない奴は俺たちに必要ねえ。須藤、お前も度胸を見せろよ?」 志波と呼ばれた男は歯をむき出しにして笑う。 「ええ、もちろん。『裏野部』でも、僕は役に立ってみせますよ」 須藤は眼を鋭く光らせると、男たちを連れて教室を出て行った。 ●ブリーフィング 集まったリベリスタたちへと、フォーチュナである『ファントム・オブ・アーク』塀無虹乃(nBNE000222)は状況を語り始めた。 「フィクサードたちが事件を起こします。それも、学生ばかり20人もです。背後にはフィクサード主流七派の<裏野部>がついているようですね」 黒幕は志波鷹明と、須藤征四郎いうフィクサードである。 きっかけは須藤だった。 高校2年。表向きは真面目な優等生だが……背後では革醒によって得た力を悪用する不良である。 「この少年はあるとき知りました。自分以外にも、同じような力を持つ者がいることを」 近隣の学校を探り、フィクサードとして革醒した者たちを集めた。さらに、須藤は自分の先輩であった志波が<裏野部>の一員であることを知り、売り込んだのだ。 『超人たちの組織に自分たちも入れて欲しい』……と。 「志波はテストをすると答えたようです。能力を使って暴れさせ、実力を見ると」 集めた学生フィクサードの数、実に20人。それが強結界で隠された片田舎を暴れまわるらしい。 内訳としては、クリミナルスタアが5人、クロスイージスが3人、ソードミラージュが3人。 マグメイガスと覇界闘士、デュランダルが2人ずつ。 それからスターサジタリーとナイトクリーク、紅一点のホーリーメイガスが1人だ。 淡々と虹乃は構成を説明していた。 「須藤はクリミナルスタアのようです。それから、志波はプロアデプトです」 この2人は強い。他の連中の実力はピンからキリまでだが、この2人は間違いなく別格。強力な障害になることが予測される。 実のところ、この2人さえ倒してしまえば後は放置しても問題ないと言ってもいい。 須藤は近距離の対象に味方を攻撃させる『チープ・チート』というスキルを使用する。 ダメージもない名前どおり安っぽいスキルだ。だが、彼がフィクサードたちを従えており、また志波が彼を試してみる気になったのは、このスキルを持っているのが理由の1つにある。 残る者たちのうち、リベリスタと同格か幾分強い者は5人といったところだろう。 「彼らが下手に町まで出てしまうと止めるのは困難になります。ですから、皆さんは彼らが旧校舎に集まったところを襲撃し、殲滅してください」 薄汚れた教室内には当然、椅子と机が並んでいる。 脚を取られたり、激突しないようにするためには工夫が必要だろう。 「どうせなら裏野部よりもアークに参加してくれれば……いえ、このような無軌道な方々に来られたところで困るだけですね」 遠慮せず殲滅してきてくださいと、虹乃は言う。 「それでは、皆さん行ってらっしゃいませ」 ブリーフィングルームを出て行くリベリスタたちに彼女は頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:青葉桂都 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月14日(火)23:32 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●忍び込むリベリスタたち 日も暮れかけた頃の学校には、もう生徒たちの姿はなかった。 ただし、1つだけ明かりの着いた教室が古い校舎に残っている。 リベリスタたちは新しいほうの校舎に隠れて、その窓を観察していた。 「や、若者は元気が有り余ってて良いなあ」 糸のように細い目をした僧業の男、『彼岸の華』阿羅守蓮(BNE003207)があきれた声を出す。 教室にいる者たちのざわめきが、遠く離れたこの場所でもかすかに聞こえていた。 「やれやれ、最近の若い奴らはどういう神経してんのかね」 ぼやくのは、『気焔万丈』ソウル・ゴッド・ローゼス(BNE000220)だ。不敵に笑う彼の身体には硝煙と葉巻の匂いが染み付き、生徒にはもちろん教師にさえ見えない。 「俺らの時代の不良は、もう少しルールにそった暴れ方をしたもんだが。……いや、無軌道なやつは無軌道だったか……?」 隣に立つのは同じく戦場の気配を感じさせる男。代々リベリスタにして軍人という家系の『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)である。 「どちらにせよ、わかりやすい小物だな。とは言え、図に乗る程度の力は持っているようだ」 油断は禁物。実力差が絶対のものでないことくらい、彼はよくわかっていた。 「青春熱血ものではないですが、悪い生徒は愛の鞭で更正させないと行けませんね。学校で教師が体罰というのはよくないですが、相手が相手ですし」 『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)は白のスーツをスタイリッシュに着こなしていた。 「ええ、暴れようと言うならば止めなければなりませんね。学生を先導或いは扇動し、騒ぎを起こす やっている事はまさに不良学生のする事、ですが」 フォーマルな服装をした『忠義の瞳』アルバート・ディーツェル(BNE003460)。忠を捧げるべき主人はこの場にはいないが、だからといって執事に相応しからぬ格好をする彼ではない。 「それじゃ、行きましょうか。先導するから、ついてきなさい」 学校の見取り図……といっても手に入ったのは大雑把なものに過ぎなかったが、それを手に『運命狂』宵咲氷璃(BNE002401)が早足に動き出す。 なるべく教室から見えにくいルートを選んで移動する。 薄暗い今ならばおそらくは見つからないだろう。 ぼろぼろの校舎は、今はもう使われていないようだった。いずれは取り壊されるのだろう。 不良どもが潜む場所にはふさわしい、朽ちた気配。 「朽ちて、果てて、世界の縮図、冷たい雨は降り止まず――」 ピンクの髪をした少女が誰に語りかけるともなく呟く。 『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)の肉付きの薄い肢体が校舎の中へと音もなく滑り込む。 羊の角を持つ少女は、近づいてくる戦いの場へと微かな笑みで駆けていく。 目的の教室にたどり着くと、リベリスタたちは前後の扉に分かれて配置した。 凛子が用意してきた鏡を使って教室内を覗き見る。 「よくもまあ、これだけの人数を揃えたものよね」 黒のドレスを身にまとい、『黒姫』レイチェル・ブラッドストーン(BNE003442)は赤い瞳で扉についた窓から覗く。 「ああ。チープ・チートとやらよりも、人を集める能力のほうが役に立つんじゃないか?」 ゲルトが小さな声で同意する。 もちろん、その能力を役立たせる機会を与える気はなかったが。 教卓の横に立つ須藤征四郎の横には事前情報の通りホーリーメイガスの少女がいた。 「身の程を弁えない子供には躾が必要だけれど――組織に入って背伸びをしたい理由は彼女の為かしら?」 「どうしてそう思うのだね?」 氷璃の呟きに、蓮が糸目を向ける。 フィクサードの中で唯一の少女は男の袖をしっかりつかんでいる。見方によっては、暮井胡桃は征四郎を頼りにしているように見えなくもない。 「女の勘よ。殲滅するだけでは浪漫が無いもの」 素っ気無い調子で氷璃は答えた。 「まあ、どちらにせよ、子供を教育するのは大人の役目さ。ガキだろうが大人だろうが、男であるなら筋を通せってもんだ」 ソウルが腕に装備したパイルバンカーを構える。 「きっちり教育してやるぜ」 2つの扉を、リベリスタたちは同時に勢いよく開いた。 ●乱戦 悠長に準備をしていてはさすがに気づかれる。 それぞれ強化の技は発動したが、2つも3つも重ねる時間はなかった。 いや、1つだけでさえ、気づいて扉を開く直前に立ち上がった者がいるようだった。 ゲルトは前方の扉を開いた。 教室の1番後ろにいたグループの誰かが警告を発した。おそらくは犬堂桂太郎だろう。 「裏野部の志波とおまけ共だな。俺たちはアークだ」 前方の扉も同時に開いた。 「さあ、ガキども、道徳の時間だ。素敵なお姉さん方に、しっかり教育して貰いなよ」 禿頭のいかつい男の姿に、扉付近にいた数人が飛びのく。 「アークだと? ちっ、例の……」 志波鷹明の背中が破れ、鷹の翼を生える。 彼は用件を聞かなかったし、出方を待つこともなかった。迷わず気糸が全身から伸び始める。 (なるほど、確かにおまけとは一味違う) ゲルトは攻撃に備えて身構える。 他の連中も動いてはいる。だが、あくまでリベリスタたちの行動を待ち構えているだけだ。 志波の攻撃よりもルカルカのほうが早かった。 背に小さな翼を生やした彼女は机の上へ飛び乗り、不安定さを感じない動きで駆ける。 「道を開くわよ。闇よ、喰らえ!」 待ち構えていたレイチェルの暗黒の気が、教卓の周囲とルカルカの進路上にいる敵を飲み込む。 須藤だけは、気の攻撃にもひるまず志波への進路をさえぎった。 ルカルカが凶器を光の飛沫を散らしてなぎ払う。重たいバス停のコンクリート部分が芸術的な冴えでもって須藤を襲っていた。 志波の気糸が教室前方にいたリベリスタたちの弱点を執拗に狙ってきた。強力な一撃が、ゲルトの盾をかいくぐって突き刺さり、動きを鈍らせてくる。 凛子はそれを受けながらもマナを体内に循環させていた。 「さぁ、身の程知らずな子供達。私が躾けて上げるわ」 教室後方にいた桂太郎たちを氷璃の火炎が包み込んだ。 アルバートは志波を気糸の罠にかけるべく、集中してそれを張り巡らせている。 「や、こんにちはアウトロー諸君。説法のお時間だ」 小杉幸助の雷撃を纏った技に体をかすめられながら、蓮が凍りつく拳を彼に叩き込む。 教室後方ではソウルの頭上から影村勝喜が降ってきて、彼と格闘戦を繰り広げていた。 ゲルトの剣が、十字の光を放つ。 「相手をしてやる。かかってこいチンピラ」 彼と、志波の鋭い眼光が交錯する。 「大口を叩くだけの実力があるんだろうな?」 再び敵の全身から放たれた気糸をゲルトは盾を構えて耐えしのぐ。 蓮は小杉と格闘を繰り広げながら、須藤へと声をかける。 「おや、そこの君は出て来ないのかな? 恐いならこんな事辞めれば良いのに」 須藤は前には出てこない。あくまで、ルカルカが志波や暮井に近接できないようにふさいでいる。 「下手な挑発だね。僕がそんな単細胞に見えたのかい」 嘲弄する蓮に須藤が指先を向けた。 「臆病者に用は無いよ、さっさと尻尾を巻いて逃げなさいな」 「相手を見下していい気になりたいなら、自分より弱い相手の時にやるんだね」 放たれる魔弾。それは、傷つくほどに威力を増すクリミナルスタアの断罪の一撃だ。ルカルカの攻撃が上乗せされて蓮を襲う。 気力でどうにか耐え切ったところに、小杉が踏み込んできた。 動きに動揺がある。 須藤はともかくこの男には駆け引きの効果があったらしい。 触れてくる掌を金剛杖で受け流し、蓮は破壊的な気を逸らした。 アルバートは志波へと意識を集中していた。 今のところ、倒れた敵は3人だけだ。暮井に回復される間もなく、一撃で倒れた者たち。 氷璃が多重魔法陣を展開した。黒き閃光がクロスイージスの2人を石へと変える。 壁際に立つレイチェルには木野戸恭平とその仲間であるソードミラージュが襲いかかっている。 「か弱い女一人に大げさな事ね……闇の衣よ!」 さらに別の1人からナイフを投げられ、彼女は闇の衣を周囲に展開した。 彼女を助けられないことが少し心苦しいが、今のアルバートにできることは1つしかない。 集中し、精神を研ぎ澄まして、志波の周囲に気糸の罠を張り巡らせて行く。 そして彼はナイフを投げた。 志波はたやすくそれを回避したが、その拍子に罠が発動する。 「……やりやがったな」 身動きの取れなくなった志波がアルバートを見すえた。 「例え格上であろうと、集中し、狙い澄ませば捉えられる。私めにはこの一芸しかありませんから」 慇懃に……いや、むしろ慇懃無礼にと言うべきか、彼は志波に一礼して見せた。 須藤の指示を受けて暮井が高位存在の息吹を具現化する。捕らえたばかりの志波が解放されてもあわてずに、アルバートは再び気糸を張り巡らせて行く。 ソウルは頭上から襲いかかって来た影村の攻撃を不敵な表情で受け止める。 周囲には他の敵もいる。受けた傷は少しずつ回復しているが、楽観できる状態ではない……とはいえ、不良どもを相手に焦るようなソウルではない。 そこに犬堂も参加してくる。 強烈な拳がソウルの腹をえぐった。さらに一瞬で間合いをつめた影村も死の刻印を刻んできた。 奥歯を噛み締めて、崩れ落ちそうになる脚を支える。 「今ので倒れないのか……!?」 「ガキどもの青くせえ感情を受け止めてやるのも大人の役目だ。ただ、それを受け止めきれなきゃ、カッコもつかねえだろ」 教室前方でどよめきが起こった。 バス停に頭をつぶされた犬堂が倒れている。蓮の攻撃で弱ったところを狙ったようだ。 「ねえ、あなた達殺される覚悟はあるの? 遊びじゃないわ、殺していいのは殺される覚悟がある子だけ。そういうところにあなた達はくるのよ。今なら逃げることは可能よ」 不良たち1人に止めを刺したルカルカは、表情も変えずに淡々と告げる。 「ルカは、甘くない。殺すよ。アークは甘いだけの組織じゃないの」 不良たちがひるんだ。 「かなわないと思うならさっさと逃げるんだな。俺は止めん」 ゲルトが追い討ちをかけた。 武器を捨て、数人が扉に殺到する。窓から飛び出した者もいる。 ソウルは彼らを止めなかった。ゲルトもだ。 彼の前に残ったのは影村と犬堂の2人だけだ。 「……やれやれ。根性の出しどころが間違ってるぜ、てめぇら」 パイルバンカーを2人に向けて彼はため息をつく。 氷璃は仲間たちが逃げたことに須藤が表情を歪めるのを見逃さなかった。そして、そんな須藤に暮井が心配の表情を向けたことも。 「可愛らしい彼女ね? 組織に入りたい理由も彼女の為?」 「……関係ないっ!」 言葉を行動が裏切っていた。 先刻は蓮の言葉を受け流した須藤だが、今度はあからさまに激昂している。 フィンガーバレットの魔弾が氷璃に着弾する。 だが、体力こそ低いが氷璃はアークでも特に高い実力を持つ1人である。強力であっても、一撃で倒れるほど脆くはない。 注意がそれた隙に、ルカルカが須藤を潜り抜けて志波へと接近する。 ゲルトを攻撃しながら徐々に後退していた志波が、忌々しそうな顔をした。 ●少年の敗北 敵の数は、最初の3分の1強まで減っていた。 凛子は、倒れている者たちを注意して観察する。彼らはフィクサード、リベリスタと同じく運命の加護を受けた者たちだ。 (起きている人は、いませんね) ただしその運命に願ってまで立つ気でここにいた者は、今のところいないようだ。 志波が接近したルカルカに不意打ち気味の蹴りを食らわせる。それは彼女の加速を止め、凛子が付加した翼を吹き飛ばす。少女の動きが目に見えて鈍っていた。 それから、志波は少女から距離をとった。 入り口の近くではレイチェルが2人のソードミラージュに狙われている。彼女は赤く染まった剣で体力を吸い上げてなんとか持ちこたえていた。 そのレイチェルの背後から旋風が彼女を切り裂いた。 「蓮さん!」 須藤と対峙していた蓮が振り向き、レイチェルを狙ったのだ。 理由は考えるまでもない。 「安っぽい手品につきあってもらうよ。味方同士でつぶしあうんだね」 「いいえ、これ以上はやらせません」 凛子は高次元の存在に願う。 幻術に惑わされているならば、それを癒すのが彼女の役目だ。 「癒し賜え」 息吹が教室内を満たし、蓮を正気に返らせた。 レイチェルは息吹によって動く力を取り戻していた。 「これしきの事で、倒れるとでも思った?」 対峙している2人の敵に対して言い放つ。 敵がなかなか倒せないのは、暮井の回復があるからだ。ただ、そろそろ彼女も息切れし始めている。 木野戸が高速の連撃をしかけてきた。 黒の手袋をはめた左腕を大剣にそえて、その攻撃を受け止める。機械の腕はソードミラージュの強力な攻撃の威力を減じていた。 レイチェルは暗黒の気を放つ。 もう1人のソードミラージュが瘴気に呑まれていく。 「私達が用があるのはそこの二人。置いて逃げるなら見逃してあげる」 一瞬の迷いの後、木野戸が扉に向かう。立ちはだかるゲルトの横をすり抜け、少年は姿を消した。 ルカルカは窓に向かう志波の前に回り込もうとする。 神経を研ぎ澄ませていても、強力なプロアデプトが行う不意打ちの技は回避できなかった。鈍った動きは凛子の回復で元に戻ってはいたが。 ゲルトの十字光とアルバートの気糸の罠が襲うが、志波はどちらもギリギリで直撃を避ける。 「そうだな。お前らのような雑魚では敵わないと考えて尻尾を巻いて逃げるのが懸命な選択だろう」 「はっ、雑魚でけっこうだぜ。お前と執事野郎のせいで、すっかり撤退のタイミングを逃しちまった」 鷹の翼を羽ばたかせて志波は外へと飛び出した。 「逃がすとでも思っているのかしら?」 氷璃が生み出した4つの魔光が、バランスのとりにくい空中で志波を襲った。 直撃を受けた志波が奇跡的な動きで態勢を立て直す。 凛子が再びルカルカに翼を与えてくれる。 少女は窓から飛び出した。 宵闇に色黒の肌が溶け込み、ピンクの髪が扇情的に踊る。 「不条理、理不尽。世界はそうして動いてる。キミを愛してくれた運命も――」 限界を超えたところから持ち直した敵をバス停の一撃が鮮やかに襲った。 落下した志波はもう動くことはなかった。 氷璃は志波が落下したのを確かめて、須藤に目を移す。 「気紛れに助けて情が移った――と言ったところかしら?」 「……お前に関係ない」 その返答は、すでに答えを言っているも同然だった。 蓮が再び須藤の前に立つ。 「やってくれたものだね。君のその奇妙な技は確かに面白い」 氷の拳が、須藤を氷結させる。 「けど、面白いだけの曲芸だ。その位なら誰にでも真似出来る」 暮井の息吹が彼を回復したが、その彼女の技もそろそろ限界のようだった。 レイチェルの放つ瘴気が2人を包み込む。 須藤がちらりと後方の扉を見る。 ちょうど、ソウルのパイルバンカーが犬堂を貫き、叩き伏せたところだ。 影村は逃げたようだった。 「さて――どうしようかしらね」 薄氷のような青い瞳を、氷璃は値踏みするように細める。 周囲には4つの魔光が浮いていた。 少年へと吸い込まれるように直撃した光が、回復したばかりの体力を奪い去っていた。 ●天使が与える処遇 攻撃能力のない暮井を倒すのはたやすかった。 壁にもたれかかって、ゲルトは葉巻に火をつける。 「とりあえずは片付いたな。……ソウル、火はいるか?」 同じく葉巻を取り出した仲間に問いかける。 ただ、戻ってきて襲いかかってくる者がいる可能性も考えて、視線は常に扉を捕らえていた。 「悪いな、それじゃ遠慮なくもらっとくぜ」 荒れた教室内に葉巻の煙が2本立ち上る。 「出直してくるなら、こいつの味がわかるようになってからにして欲しいもんだな」 「何度来ようと、負ける気はないがな」 言葉を交わす2人の前では、まだ死んでいないフィクサードたちを凛子が手当てしていた。 「少しばかり力を手に入れたからといって、暴れまわったりしてはダメですよ。わかりましたか?」 軍医としての経歴を持つ彼女は、動く気力のない者たちへ懇々と説教を始めた。 その間に、返り血にまみれたルカルカが教室内に戻ってきた。 おそらくは体以上に血だらけだったであろうバス停は、もうアクセス・ファンタズムに戻っている。 「殲滅が指令だけど、生き残りは始末しなくていいのかしらね?」 「彼らだけでは、どうせ大したことはできないもの。征四郎と鷹明の2人は別だけど」 レイチェルの疑問に氷璃が応じる。 「ただ、更正の余地がありそうなら征四郎はあの子と一緒に連れ帰ってもいいと思うのだけど……どうかしらね?」 うなだれている暮井と、気絶している須藤を、氷璃は愛用の日傘で指し示した。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|