●R 真新しいスマートフォンのピンク色が、金茶の髪からちらちらと見える。 「なによ、責めてなんてないじゃない。だからアタシが面倒見るって――」 窓辺で話すママの顔は見えないし、内容は分からなかった。でも声は少しだけいらだっていて、あせっていて、困っているみたいだった。 電話をしているところをじゃましちゃいけない。 何をしていようかなって考えて、宿題を思い出した。 せまい部屋の壁際にある青いランドセルを引き寄せる。 まだぴかぴかのランドセルの留め具を外そうとしたら……壊れた。 銀色の固い留め具がぱっきりと折れて、取れてしまった。 かばんは開くけれど、ママにどう言えば良いのかわからない。 戸惑っている内に畳んだ布団の上にぼすんっと四角いピンク色が放られた。 あのピンク色はママのスマートフォンだ。 ぼうっとしている間にお話が終わったみたいで、見上げた僕のおでこをきらきらの爪が小突く。 このとき、ランドセルは背中に隠した。 「あーあ」 おでこをさすりながら首を傾げた。なんだか疲れてるみたい。 そのときは何も言わずに、ママが肩をすくめて小さなキッチンに行ってしまった。 どうしたんだろう。声が出れば声を掛けたのに。もどかしい思いを抱えて、立ち上がって追いかける。 もし僕が、このときの僕に会えるなら、耳を塞いであげるんだ。 大きな音のテレビをつけるのもいいなぁ。ピンポンを押すだけでもいいや。 本当に小さな声だったから、きっとそれで十分。 「産まなきゃ、良かったのかな……」 ――よわよわしい、この言葉を聞かなかったことに、できたらいいのにな。 ● 挨拶もそこそこに『灯心』西木 敦(nBNE000213)は、集まったリベリスタに向けて本題を切り出した。 「討伐対象はノーフェイスのフェイズ2、元は『リョウ』という7歳の少年です。 マンションで覚醒後、その場を離れて近くの工事現場に向かいます。 そこで、皆さんはその工事現場に向かっていただきます」 「工事作業の一般人は?」 「……幸いにも、工事は休みの日でした」 純粋な幸とは言いにくそうに苦く笑い、敦は現場の写真をモニターに列挙した。 雑然とした印象を与える工事現場は、衝立のボードで全周を覆い外から隔離されていた。 その中央に位置する鉄の塊――鉄骨で組まれた無骨なビルか何かの骨組みは灰色のベールを頭から被り、内部を不透明にする。 曇天からちらつく冷たい粒も、冷え切った風も障害にはならないだろう。 「『リョウ』はこの覆いの中、鉄骨の骨組みの中にいます」 日が暮れても明かりの灯らない、閉鎖的な空間はどんどんと暗さを増していく。 「ノーフェイスについてですが、フェイズ2の時点で自我があり、姿形も人間のまま。 戦いにくいかもしれません。でも、俺が言うのも……って感じでしょうけど、気を緩めないでください。幼いからこそ力の加減なんて知りませんし、自我も危い」 力を持つ、しかし攻撃手段はシンプルだと言う。 殴る、蹴る、噛みつく、ひっかく、暴れる。 神秘に慣れてくれば、力を圧縮した球体を投げ付ける。 エリューション能力さえなかったなら、こどもの癇癪や駄々のようなものだ。 「自我がどれほど保たれるかは彼の状態次第……ただ、そう長くはないはず。 戦闘そのものは、人としての自我が無くなってからが本番になりそうですね。 戦い方は敏捷性と一撃の力を活かし……ですから、ジョブとしてはナイトクリークが近い印象かと」 「あとは、そうですね。……覚醒時に居合わせた少年の母親、理彩は無事です」 増殖覚醒現象についても、恐らく問題はないだろうと言葉が続く。 「エリューション化については彼女の知る世界ではありませんから、気が付いていないでしょう。 とはいえ、息子の不在にはすぐに気が付く。マンションと工事現場は数分とかからない」 リベリスタの表情の変化を察しながらうまい返し言葉もなく、キーを押して周囲の地図をピックアップした。 「神秘の秘匿もそうですが、ノーフェイスが逃走を図る可能性があります。 ――彼女が来る、それまでに迅速に事を決すことをお薦めします」 それでは、どうぞお気をつけて。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:彦葉 庵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月21日(火)22:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 薄い生地から透けた寒さが、肌にじわりと広がっていく。目元を擦った長袖の裾も水を含んで冷たい。 かじかみ小刻みに震える指先に吐息を吐きかけて、強く握りしめる。 何もできずに少し蹲っていたら、誰かが来るのが分かった。 近付いて来る声と足音に耳を澄まし、慌てて小さな物影に隠れて座り込む。 (ママじゃない) 三角に立てた膝に額を乗せて、盗み聞きしないように耳に手を当てた。 聞きたくなかった。でも痛いくらいに冷えた耳は、押さえても音が流れ込んでくる。 どこか頭はぼんやりとしていて、それに僕ははやく『ここ』から離れなくちゃいけない気がして、恐くはなかった。 ただ、細々と耳に届く聞いたことのない音楽には――ぞっと背筋が震えた。 ● 日が暮れて、真白の雪になり損ねたみぞれがちらついていた。 八人のリベリスタが集うのはノーフェイス『リョウ』の逃げ込んだ工事現場。その集いに向かう彼らは、四方から『リョウ』を囲む形で歩を進める。 正面から見て、左側。 みぞれの水気で重みを増した黒髪を細い指で撫ぜ、息を吐く『毒舌彼女』源兵島 こじり(BNE000630)と、『赤蛇』セルペンテ・ロッソ(BNE003493)が立つ。 こじりは想起する――人は一生に一度、前後左右全てが絶望で包まれる瞬間と言う物に出くわすということを。 絶望の訪れは老いも幼きもある種の平等さで振り撒かれる。『彼』の場合、それが今であり、最初で最後の絶対的な絶望なのだろう。もう一度、艶やかな唇から零れた白が霧散する。 「今夜は、冷えるわね」 「えっ。ああ、うん、そうだね。……とても冷えているね」 応答に、こじりの訝しげな視線が彼女の後方で顎を摩っていた灰色髪のセルペンテに注がれる。が、すぐに平静を装えるのは年の甲か、彼の性質の為せる技かは知れることはない。 もっとも彼女は『現役女子高生と一緒だよ楽しみだね! ウヘヘヘ』という、赤蛇の心中の高揚を咎めに目を向けた訳ではなく。意を解したセルペンテが頷き年月を感じさせる掌を空に向け、それをカバーの内側に見立て『冷えている』体の少年の所在点にバツ印を書いた。 そして、向かって右側。 (愛を信じられなくなったのですね……。でも……大丈夫ですよ。愛は何処にでも在りますから……) 『黄金の血族』災原・有須(BNE003457)がひっそりと心の内で呟く。 暗く陰った虚ろな赤と緑の双眸に一切の揺らぎはない。眸をゆっくりと瞬かせ、有須が結界の感触を手に確かめる。目的を持って近付くであろう母親のことは恐らく防げないが、それ以外の来客の可能性を減じておく。 (その事をきちんと教えてさしあげないといけませんね……) 「季節外れ」 「……?」 揺らがぬ瞳が端的な言葉の主、『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)を見つめる。 ルカルカは人差し指を唇に添え、目の前に掲げたラーメンストラップをぷらぷらと揺らしていた。今の時間帯ならば夕飯時だ。数拍の間を置いて、空腹を煽るそれから有須へ飴色の眼差しが向いた。 「でも今日は大事な日。肝試しよ」 きっとおばけ役だけが怖がるだろうけど。建前に空気を震わせた彼女は続きを語らず、気の向くまま詩的思考に耽ってみる。 ――せかいはふきげん。 ――みみをふさいでも 聞こえる声。 ――うんめいは、微笑まない。 「ええ、そうですね」 緩慢に、そうと有須の唇が弧を描く。 ――今日も世界はひとみしり。 正面の対にあたる、裏側に二人のリベリスタが足を止める。 「……。すみませんね、こんな時間に」 「うふうふ。一緒に遊ぶのはいつでも楽しいの」 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が幻想纏いの通信状態を確かめてそれをポケットにねじ込んだ。 そのうさぎの隣で『Unlucky Seven』七斜 菜々那(BNE003412)の甘やかなピンク色がふわふわと揺れる。 無垢で無邪気な笑顔も相まってモノクロに近い風景の中、少女の存在は際立っていた。 生を受けて過ごしてきた年月ならばうさぎと菜々那はほど近く、成長が止まったような幼さを残す容貌を持つ二人だ。ただし装いの嗜好などは対照的であり、その対象をさらに確たらしめるのは恐らくは心中。 悲しみも何もかもをみんな消してあげる。楽しいことがない人生なんてつらいだけだよね? 「だから大丈夫なの。ナナ達で遊んであげる」 菜々那の屈託のない善意――故に恐ろしさすら秘める彼女の無垢を横目に臨みながら、うさぎは虚ろな瞳に狸の皮を被せて、ただ曖昧な言葉だけを嗤わせた。 正面を担うのは『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)と、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)のジーニアスとなったリベリスタだ。 二人は口数少なに自分達と少年を隔て揺らめく布を見ていた。たとえば声高に、解のない問答をしつくしても、悪態を吐きつくしても、一枚を隔てた先の運命は不変であることを知っているから。 「全員、揃ったようですね」 結われた孝平の髪が寒風に揺れる。 何がこの運命を導いたのか。かくて『世界』は非情であると痛感せざるを得ない。それでもこの場から非情へ背を向けないのは、孝平がアークのリベリスタであることを選んだからだ。 「じゃあ、早く始めよう。早く済ませたい」 なぜ早く終わらせたいのか。その理由から目をそむけ、涼子はじくじくと胸で燻り靄を出す感情に眉間にしわを寄せた。華奢な体の少女は、孝平のように割り切ってノーフェイスに対峙は出来ない。 (あの子と私を分けるものは何? 運? 本当に、それだけ? 誰も知らないとしても『運』で分別されるなら、『嫌だ』と涼子は思う。 『運』なんてものは殴れない。変えられないと突き付けられているように、不快だ。 「では迅速に終わらせることとしましょう」 静かに幻想纏いへ手を翳した孝平を横目に、じゃりと灰色の地を踏みしめた少女が躊躇う指先で幕布を引いた。 正面以外の三方向から一閃が煌めき、打ち合わせた通りに四方からリベリスタ達が舞台に躍り出る。 「さあ、開幕だ」 赤い蛇の瞳と、暗闇すら見通す狩人の瞳が少年の姿を捉え。 魔女の饗宴の楽から外れて、朧に羊の声が聴こえた。 ――さあさ、はぐれた獣を狩りに。 ――世界に害なす為害者を。 ● 世界に害為す 「ゴメンね、君に恨みも無いけれど、死んでもらう必要が有るんだ」 ノーフェイスへ言葉と共に振り下ろされたのは、無数に連なる高速の刃。目を白黒させる間もなく、バス停という名の鈍器が水滴に僅かばかりの光を乱反射させる。 先陣を切ったのは速さに長けたソードミラージュの孝平とルカルカの二人で、先までリョウが隠れていた箇所の地面は深く抉れ、リョウ自身も手傷を手で庇う。 双方が息をつく間もなく間合いに飛び込んだうさぎの刃がリョウを追い、自我の在り処を探った。 悲鳴すら上げられない少年の意識はまだ、人間として残っている。 「説明しても、君にとって非情であり、不条理と感じるだろうから、何故だとは説明しないよ」 幻視に隠れた垂れた羊耳がぴくりと震え、ルカルカお気に入りの『不条理』という単語を拾い上げて。 「だから、必死に抵抗してかまわない。それが君にとって当然の権利なのだから」 「そうよ。好きなだけ抵抗しなさい。ルカの詳しいのは後で教えるわ」 少し勿体ぶるような口ぶりで、鼈甲飴色を仄青い薄闇にこらした。障害になるほどの暗さはまだない。 少年の身のこなしは軽く、困惑しながら戦闘本能でリベリスタに応じていた。 逃亡を阻止するために前衛が囲みきる、その作戦の成立よりも先にリョウが駆け出す。 「でも逃げないでください。これは私たちからの愛なのですから」 「うふうふ。そうなの。折角覚醒したんだから、すぐに帰るなんて勿体ないの」 だから一緒に遊びましょ。 迷子の子に遊んであげると囁くかのように有須が小首を傾げて、菜々那は挨拶代わりにドレスの裾を摘まみあげる令嬢よろしく笑んで見せた。 二人の掌から放たれた黒く澄んだオーラの塊をリョウが両腕で庇えば、先に攻撃に出たリベリスタ達と同様に反動で肌が裂かれる。 有須が僅かに眉を動かしたのに対し、痛覚を自ら放棄した菜々那は頬に血を彩って楽しげな笑み。 「アンタは運が悪かったんだってさ。糞みたいな話よね」 その流れを視界の端で見つめ、吐き捨てるように呟いた涼子はノーフェイスとは異なってフェイトを得た存在だ。 意識を研ぎ澄ました彼女の掌には余るサイズの単発銃でリョウへ狙いを据える。 「殺されてはやれない、逃がしてもやれない。けど、精一杯の虚勢ぐらいは、受けてやるよ」 引鉄を引けば訪れる痛みを覚悟して、鉛玉を解き放った。 クリミナルスタアの早撃ちの銃弾に少年はつんのめって地面に転がる。 「リョウ君」 声だけならば初老のヒトの穏やかな、諭すような声だった。 赤く輝き命を欲する大剣と、サングラス越しの爬虫類の眼にさえ気付かなければ。 「お嬢さん達が言った通りなんだが、劇の途中退場なんてよしておくれ」 立ちはだかったセルペンテは刃を振り抜き、口ずさむ。命懸けの舞台からは誰も降りられないんだよ、と。 中空に散ったセルペンテとリョウの緋を掻い潜り、電を纏った流鏑馬の矢が少年の腹へ被弾した。 「お母さんの事、大好きなのね」 己の身を焦がした放電の名残を払い、感電によって膝をついたリョウに向き合う。否応なく生命の危機に瀕していることだけは少年は理解し、怖じた少年はたった一つの単語に過敏なほどに反応した。 自我の崩壊が進むかどうかなどこじりが構わず、少年の内心を見透かす。 産まなきゃ良かったのか、と聞いてショックだった。自分は要らないのだと、生まれて来なければ良かったと。 「そうかも知れない。何も成しえず死ぬ貴方の生涯には意味が無いのかも知れない。でもね、貴方が生まれたから、『お母さん』になったのよ」 「そうだね。だからこそ額面通りにあの言葉を受け取ってはいけないよ。本当の意味を考えてごらん」 しかし、少年にとって奇怪な状況下ではなお考えるには難しく、双方にとって時間もない。 刻々と針は進み、神秘に浸かっていく。 「下がれ!」 彼は一寸の間に思考することを放棄し、前衛を巻き込んでがむしゃらに暴れ出す。 動きに注目していた涼子が声を張ったのと、ルカルカが回避のステップを踏んだのはほぼ同時。 後衛に控えた涼子、菜々那、有須に被害が及んでいたら手痛い威力だっただろうそれへ、うさぎは真逆へ跳ねた。 「失礼、宜しいですか」 彼自身、そして戦いに総じての残り時間を察したうさぎは口を開く。 小さな拳とまだ骨ばっていない指先が重い鈍器あるいは鋭利な刃物となって襲いかかる中、怯えた黒い瞳と底の見えない三白眼がかち合った。 「幸運ですね。貴方があんな寝言を鵜呑みにした御蔭で、理彩さんは殺さずに済む」 はっ、と嘲り嗤ったうさぎの表情は普段と変化のないきょとんとした顔だ。場が場なら冗談で通るほどにちぐはぐで、幾人からの視線が集まった。それにも構わず、うさぎの口は止まらない。 「その年じゃ分からないかもですが、大人は本当は思っても無い暴言を吐いてストレス解消するもん何ですよ。大体、アレが本音なら7年間も我慢して育てません。馬鹿ですねえ」 止まらない。 止めてはならない。 涼子の唇が戦慄いたとき、孝平が肩越しに眉尻を下げた視線を送られた。意図されたことは彼女には分からないが、銃を握る手に手を重ねて自ら抑えつけ奥歯を噛みしめる。 「ま、御蔭で彼女は生延びるんですが。……言っておきますが、貴方が逃げたら、誘き出す為に彼女を殺しますからね? 他の人は知りませんが、私はそーします」 当惑したリョウの目の色が、変わった。 「ははは、母親とまた暮らしたければ私を殺しなさいな。出来るもの……!」 継ぎ足した言葉は最早リョウの耳には無意味だったかもしれないと、うさぎは考えを巡らせる。 一瞬の馬鹿みたいな力で武器ごと腕を掴まれ、地面に叩きつけられたと理解したのは喉の奥を塞いだ血で咳いたときだった。 馬乗りの小さな体がルカルカのバス停でようやく退いて、次の手が出る前に孝平が留め、菜々那は生命力を瘴気に変えて彼らを包む。 「あばれんぼうのこどもね」 涼子の銃撃とセルペンテの赤い牙刃が退路を断ち、出入り口を窺いながら有須が闇の光を手繰る。 うさぎの思惑通り、怒涛の攻勢の中でもリョウは叶う限りうさぎの命を抉りに手を伸ばす。回復のない前のめりの戦闘術において、負傷が分散するよりも一手に引き受けた方が良いだろうと踏んでのことだった。 そして、もっともシンプルに疑念を少年リョウの頭から弾きだした。 できるならそのまま、自我に縋りついて愛情を信じて逝けばいいと願った。しかし想定外に、怒りに濡れた様相では既に自我の在り処を探ってはいられない。 だが、たとえ自我が残っていようといまいと母親への疑念はないはずだ。 母親に素直に愛情を向けていられるはず。――いくらこれでいいと思っても、口角の一つも上がらなかったのは常の無表情のせいだと、今は見ないふりをした。 「もうどれだけあばれても、お母さんにはあえないわ。かわいそう。はぐれちゃったのね。せかいから。だから、もう終わりにしてあげる」 さっきも言ったけど、ルカルカはそう前置いて唇の端を舌先で濡らす。乾いた鉄の味。 「抵抗しなさい。世界にいたこと、ルカ達がおぼえててあげるから。貴方はこの世界からははみ出したけど、ルカにとっては必要よ」 こじりがこの出会いと殺し合いを彼女の血肉となることを思うように、さまざまな理由をもってはぐれた獣は存在を求められる。不気味だ不要だと排除されないことは、彼の幸福に値するだろう。 鉄骨の囲いの中は鉄と土が混ざった臭いで満ち、神秘の暴威を力任せに振りかざす子どももリベリスタ達の姿も闇に眩みだした。 「君のお母さんはただ疲れていたから、あんなことを呟いてしまったんだ」 大剣を自在に操り、リョウを中央へ押し戻す。 踏み出した足を穿った単発銃の弾は、リョウと、その銃の持ち手たる主も瀬戸際へ招く。 純粋な応酬だけではない傷が、リベリスタに浅くはない傷を刻み込んでいた。 「頂いた愛の分、お返ししますね……」 その痛みを愛として贈る有須はさらに深く、その身にも深愛を刻む。 「君は愛されているんだ。そのことは誇っていい。……今も姿の見えなくなった君をずっと探しているのだから」 最期の手向けに伝えるのは酷かもしれない。贖罪になるとも思わない。 ただするりと口をついて言葉は零れ、されど届かない音は交わした一撃で血濡れた両の掌に赤い罪に変わる。重ねていく『罪』は未だ乾かない。 11人の鬼に毒を口移され、足がままならずよろめいたリョウはうさぎの緑布を指先に引掛けて掴んだ。 最後まで声はなく、荒い呼吸音が放電の音に重なった。 ――遊べない、苦労をする、模索する、どれもこれもそれが親になると言うこと。 けれど子供を持つ事の幸せも、必ずあったと思いを乗せて迸る雷光を纏い、こじりが最後の幕を引く。 「貴方の存在は、お母さんの役に立っていたのよ」 それだけは覆される事の無い、人としての運命。 あまりに軽い音で、血泥の窪みに倒れ込んだ。 無表情のまま、役を演じきったうさぎはそれを見下ろす。 「……畜生め」 吐露された役者の言葉は骸に落ちた。 ● 「じゃあね、ルカ、先にバイバイなのよ」 そう言って彼女は資材を乗り越え壁を乗り越えて一番に帰って行った。 悲劇はこの後に。ルカルカが残した言葉にきょとりと大きな目を丸くしたのは、菜々那と有須。 見送った少女達は小首を傾げて虚空に囁く。 「悲劇? 男の子はもう悲しむことが無くなって幸せ。お母さんは邪魔な子供がいなくなって幸せ」 「あの少年には『愛』を皆さんで教えてさしあげましたね」 うふうふと嬉しそうに菜々那が有須に笑いかける。 「これで完璧、ハッピーエンドなの」 彼女達の会話の後、現場で数分も待たず、セルペンテはサングラス越しに待ちかねた女性の姿を映す。 若い彼女は着のみ着のまま、子ども用の上着だけを抱えて走り抜けていく。 「リョウ君はとても良い子だった。……産んで正解だったね、理彩君」 面識のない人物が探し回っている息子の事を知った上で褒め、自身の名すら把握していたとしたら、穏やかな展開は叶わないだろう。 最悪の回避のために、正面から言いたかった言葉を、離れていく若い母親の背に向けてひそりと呟き目を細める。 後味の悪いものは、心に何らかの傷を残して永遠に覚え続けるものだ。 悲劇的な物語は中々どうして忘れる事が出来ない。 「だから私は思うんだよ。こういう結末の劇も、悪くはないと」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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