●『百年の壷毒』 おさなごのなきさけぶこえにみちている。 おさげのかわいらしいみちこちゃんをなぐりころしたのは、わんぱくもののとうやくん。 そのとうやくんをがらすのはへんできりさいたのは、おとなしいやよいちゃん。 こどもたちがしんでいく。 こどもたちがしんでいく。 ごめんね。 なにもしてあげられない、せんせいをゆるしておくれ。 ゆうたくん。 きみがさいごかい。 ひとりだけのこしたりなんてしないよ。 せめて、みんなといっしょにいくんだ。 ああ。 かみさま。 よにんのかみさま。 どうかあのこたちに、やすらかなねむりを。 どうか、どうか。 ●『万華鏡』 アーティファクトを破壊して、と。 端的に告げた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の表情は常と変わらない。だが、ここ作戦司令本部の一室に満たされている張りつめた空気が、彼女の言葉ほどにシンプルで簡単な任務ではない、と雄弁に語っていた。 「突然三ツ池公園に現れた壷のアーティファクト、『百年の壷毒』。これ自体は周囲に何かをするわけじゃないけれど、放っておくと大変なことになるから壊したほうがいいってアシュレイが言ってきたの」 イヴの口から出た魔女の名に、リベリスタ達の緊張はいや増すばかり。どうしてアシュレイが関係して来るんだ、という問いには、本来の持ち主に心当たりがあるらしいよ、と返し――。 「――グレゴリー・ラスプーチン。そのコレクションの一つだって」 溜息をつくように、その名を吐き出した。 「続けるね。アシュレイが言うには、『百年の壷毒』は内部に閉じた空間を持つ特殊なアーティファクトで、内部から破壊しないと壊れない。だから、みんなにはその特殊空間の中に侵入してもらうことになる」 壷に触れて念じるだけで、吸い込まれるように内部へと誘われるだろう。そこは、永遠の闘技場。エリューション達が血闘を繰り返す、死の舞台。 「『百年の壷毒』は、残留思念の類をその中に招き入れて、エリューション・フォースとして戦わせ続けるの。もちろん、勝負は一度で済むわけじゃなくて、決着がついたらまた最初からやり直し」 内部に取り込んだエリューションを最後の一体になるまで戦わせ、決着がついたらその勝者を『処刑』して――再び全てを復活させる。そのサイクルを繰り返すことで、魔力を吸い上げ、蓄積していくのだという。 「エリューションと言っても、ずっとそんなことを続けていたら存在自体が磨り潰されていくよね。そうして出涸らしになって消え去るまで魔力を吸い上げたら、アーティファクトはまた新しいエリューションを捕らえるために動き出すの」 その『百年の壷毒』が突然三ツ池公園に現れたということは――聡いリベリスタがその目的に気づく。後宮派のフィクサードが目的か、と。 「うん。アシュレイもそう言ってた。あの戦いで命を落としたフィクサードの思念なんて、穴の影響も考えればいくらでも残っているだろうから、それを狙ってるんだろうね」 それは、今囚われているエリューションが、完全に消え去ってしまう寸前であることを意味している。 だが、リベリスタ達には解せない点が一つあった。なぜ、たかだか魔力を溜めておく程度の事が、アシュレイが警告するほどの問題になるのか、だ。 「それは、『百年の壷毒』の本当の目的のせい」 予想していたように答えるイヴは、あえて自分を抑えるように淡々と続ける。 「『百年の壷毒』は、内部に飼っている処刑人に勝ち残ったエリューションを『処刑』させることで時間を巻き戻す。でも、処刑人は無敵じゃないの」 古代の壷毒、毒虫を相争わせて猛毒を濃縮した最後の一匹を選び出すように、戦いに勝ち残ったエリューションをアーティファクトは力づくで試す。そして、守護者を打ち破り、アーティファクトを破壊する能力を持つ存在が現れたとき――『百年の壷毒』は、蓄積した全ての魔力を勝者に与え、外界へと送り出すのだ。 「もちろん、招かれざる客である生者には、魔力のプレゼントは無いだろうけれど。想像して。鉄鬼が。ジ・オルドが。シンヤが。……ジャックが。累々と溜め込まれてきた魔力を手に、エリューション・フォースとして復活するなんてことを」 ぞく、と。背筋に寒いものを感じるリベリスタ達。確かに、そんなことになれば問題どころの騒ぎではない。 「だからお願い。『百年の壷毒』の中に入って、そして戻ってきて」 少女は目を逸らさずに、彼らを見つめていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月可染 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月10日(金)23:49 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● せんせー、きょうはわたしたちときゅうしょくたべようよー。 えーっ、あきちゃんたちこのまえもいっしょにたべてたのに。 きょうはこっちにきてよ、せんせい。 はは、そうだな、じゅんばんでもいいけれど。 どうせだったら、みんなでたべたらたのしいんじゃないかな。 ● 揺らいだ視界に焦点が蘇る。 アレキサンドライトを思わせる二色一対の瞳が最初に捉えたのは、いとけない少女が八重歯を剥きだしにして、クラスメイトの少年の喉に食らいつく場面だった。 「あがあああああがっ!」 けれど喉笛を噛み千切るには至らず、少年は苦痛を音にして掻き鳴らす。息を呑む『初代大雪崩落』鈴宮・慧架(BNE000666)は、思わず目を背け――視線を戻し、堪えるように拳を握り締める。白銀の手甲が、ぎし、と鳴った。 「『百年の壷毒』、ですか」 サングラス越しに周囲を見やる『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)の唇に銜えられた煙草の火は、今だ消えてはいない。この場で幼児の受動喫煙など、口にしたところで皮肉にしかならないのだから。 「私なら、同じ韻を踏む別のものの方が良いですね、こんなものよりも」 あの琥珀色の艶、麦の芳醇な香りを思い出し、皮肉げに唇を歪めてみせる。 こんなもの、と彼が言い捨てた『ここ』は、四方をレンガ壁が囲む闘技場。 アーティファクト『百年の壷毒』がその内に擁する、永遠の屠殺場。 「――一度入れば、簡単には出られないのでしょうな」 左腕のシルバーカフスは、この異界を包む空気と同じ程度にくすみ、澱んでいる。『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)、比較的若いパーティの中で親子ほど年が離れた最年長の男は、口にした言葉の意味を気にも留めないかのように落ち着き払っていた。 これは謂わば決死隊。 否応無しに高みに登る為の数々の試練を与えて下さるありがたい壷、とは彼自身の諧謔ではあったが、ともあれ、研磨を待つ原石にして糧である『挑戦者』を、そう簡単には逃しはすまい。 「……精々ご期待に応えると致しましょう」 失敗することの出来ない戦い。スーツの男はやれやれと肩を竦める。その彼へと襲い来る、棒切れを握り締めた少年。 「お前達もかよぉっ!」 その音程は少女のように高く、けれど叫び疲れたかのように掠れていて――『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)は、声変わり前か、と不意に気づく。 「悪いな」 手にした魔道書が、その美しい髪と似通った青白い光を纏う。全身から放たれた気の糸が、向かってくる少年ごと周囲の何人かを貫いた。もんどりうって転がる少年を、彼女は蒼い瞳で見下ろして。 「正道」 「どうかされましたか?」 その目は鋭く集中しながらも、正道は碧衣へと声を返す。 「いや、何。帰りを待っている奴が居る者が大半だ、と思ってな」 こんな仕事で死なせはしないさ、と続ける彼女に、男は頷きだけを返してみせた。 ある者は自らのうちに眠る力を少しでも引き出そうとし、またある者は円陣を組んで迎え撃つ準備を整える。そんな彼らの耳に『入ってくる』、背筋を凍らせるような響き。 ころせ。 ころせころせころせ。 ころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせ。 「何様のつもりか知らんが……」 丸いサングラスの奥の瞳が、意志の力に満ちる。不機嫌さを隠せない『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)がその視線の先に捉えているのは、生徒達が相争うのを少し離れた場所で見守っている男性。 「――勝手に試されるのは真っ平だ」 くたびれた紺のコートを翻し、鉅は駆ける。もちろん目指すのは視線の先に立つ教師。まずあの『エリューション』を倒さなければ、次のステップには進めない。 だが。 「死んじゃえよぉ!」 「やだやだやだやだ! うわぁぁっ!」 むしゃぶりついてくる二人の子供。ターゲットと彼とを分かつ距離は遠く、そして『障害物』は少なくない。少女が腿に突き立てる釘は、それほどの痛みを与えたわけではなかったけれど。 「……邪魔だ」 振り払うような軽やかなステップ。掌のダガーが閃けば、霊体のエリューションとも思えぬ確かな手応えが残る。 「解放する為なんて、なんの免罪にもなりはしねえ」 ぎり、と歯を鳴らす『原初の混沌』結城 竜一(BNE000210)。ロリっ子を救うためにロリっ子を倒すなんてな、と先には明るく振舞った彼だったが、目の前の光景は凄惨に過ぎた。 「――けどな」 京反りの刃を勢い良く振るう。銘は『雷切』、しかしいま断つべきものは――空間そのもの。 「だからこそ俺は、俺の意思で戦おう!」 真空の刃が血と苦痛と慟哭に溢れたコロシアムを渡り、教師の肩をざくりと切り裂く。 「壺になど、易々と操られてたまるかよ!」 「貴方も、この子達を苦しめるのですか」 竜一の雄叫び。そして、まるで初めて気が付いたとでも言うかのように、教師の男が動く。 年の頃は正道よりも一回り若いだろうか――だがしかし、その所作には、その瞳には、およそ生命の躍動というものを感じることは無い。 「せんせいもやっつけてやる!」 歩を踏み出した彼に挑みかかる少年を、その時だけはいとおしいものを見るように一瞥して、彼はぶん、と脚を振るった。竜一が生んだものと同じように、真空の刃が荒れ狂う。 「かいとくん、暴力はいけませんよ。いつも言っているじゃないですか」 鉅がその身を斬り裂かれるのを視界に納めながら、教師の男は淡々と子供に告げる。彼の左手の甲は、少年の突き入れたカッターナイフが抉っていた。 (ああ、やっぱり、もう) 狂ってしまっているのだと再確認させられて、『さくらのゆめ』桜田 京子(BNE003066)はただ一言を呟いた。もういいの、と。 「ずっと一人で背負ってきたんだよね、先生」 黒光りする拳銃を両手で構え、彼女はぴたりと男に狙いをつける。 「もういい、もういいの。疲れたよね、後は――私達に任せて」 銃声は予想より軽く、コインを射抜くほどに精密に照準を合わせた銃弾が、子供達の間を抜けて風を捲き、教師の胸に吸い込まれる。 戦いは続く。リベリスタ達が狙うは教師の男。呵責のない攻撃が、次々と男に叩き込まれた。そして、放置された子供達が安全というわけでもなく、攻撃の巻き添えによって、そして彼ら自身の争いによって、次々と数を減らしていく。 「――っ」 その様に、『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)の緑の聖衣が震える。ああ、それは誠実な教師でしかなかった彼への、優しくそして非情なる断罪。 「死は――最期に得られる永遠の安息です」 世界に数多知られる神の教えに違わず、十字教の聖典もまた死後の楽園を肯定している。それは彼女が心の支えとした異端の経典とて同じこと。 「どうして看過出来ましょう。それすらも許されず、争い続けさせられるなどということを」 けれどカルナは、もう悲劇から目を背けない。聖別された銀十字を両の手で抱くようにして祈りを捧げれば、涼やかな風が澱んだ空気を掻き乱し、その戦闘スタイル故に孤立せざるを得なかった鉅へと癒しの力を届ける。 「……助かる」 「こちらもどうぞ!」 無愛想に返した鉅の背中が輝く。カルナと並ぶもう一人の支援役、七布施・三千(BNE000346)が握るダイスが、その背と同じように白く輝いて。 「絶対に戻るんです。三高平に戻るって、約束したんです」 子供達に行く手を阻まれた鉅の背に現れた一対の翼。ありがたい、と彼は飛び上がり、一直線に教師へと斬りかかる。 「おねがいします……!」 三千の胸に住む一人の女性が、しっかりなさいと叱咤する。耳に残って離れない呪いの声は彼を苛むけれど、一瞬だって負けるわけには行かないのだ。 「魔術界隈ではそう珍しくもない話とはいえ……悪趣味な」 蠱毒。悪意に満ち満ちた悲劇の収集器。かの『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュの作品と比べればケレン味の強さで一歩を譲るが、かといって凶悪さが和らぐわけではない。『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)が思考を巡らすのも、その悪意の源泉について。 「かの『怪僧』のコレクションとは、余計に気分が悪いですね」 グレゴリー・ラスプーチン。神秘に手を染めた者にとって、その名を知らぬことなどありえないビッグネームだ。かつて不死を謳われ、ロシア帝国を牛耳った魔導師の至宝が何故ここにあるのか、考えても答えは見つからないが――。 「生と死を司る銀の月の名に賭けて」 新月を希う、と冠した厚い書を手に、月の女神は小さな魔法円を描く。その心中は冷静には成りえないが、魔術師としての彼女は冷静に、冷徹に焦点を定めていた。 「囚われし魂の残滓を解き放ちます――必ず」 男の頭上に現れた黒い大鎌がギロチンのようにその刃を落とし、子供達をひたすらに見守ってきた男の胸を深々と斬り裂いて。 「……かみさま。どうか、どうかあのこたちに――」 それで限界だったか、彼の声は聞こえなくなり、そしてゆっくりと消えていった。 子供達を掃討するのは、文字通り、赤子の手を捻るようなものだった。 「いたいよ、いたいよ!」 「お母さんっ……!」 泣き叫ぶ声はその数を減らしていく。いつしか、リベリスタ達は無言になっていった。判っていることとはいえ、伸ばした手すら届かない、と認めることは傷になる。 「コレは終わらせるべきこと。後のことは私達が引き受けましょう」 正道が押さえ込むのは一人の少年。最後まで彼が守らなければならないエリューションは、呪いの声など聞こえなくても、既に狂いきっている。 フォークを必死に突き立ててくる、その痛みを堪え、彼はただひたすらに少年の肩を掴んでいた。 一方、碧衣はカルナと三千に自らの気力を分け与え、他の者達も切れてしまった集中力を取り戻すべく、各々のやり方で力を引き出し直す。 そして。 「もう、戦う必要も、泣く必要もない」 竜一がその少女を選んだのは、黒髪の雰囲気が彼の無二の至宝と同じものを感じさせたからかもしれない。 抱き締める腕に噛みつき、暴れるエリューションへと、彼は優しく囁いて。 「安らかに、眠れ」 逆手に持った得物を、背中にしっかりと突き立てた。腕の中の手応えが霧散し、重みが消えていく。 『『『『時は満ちたり』』』』 同時に、コロシアムに声が響き渡った。外周四方の壁際に佇立していた剣士像が、命を吹き返したかのように中央目掛けて歩き出す。 「ここからが本番、ですね」 慧架の声に、皆の緊張が高まっていく。ぴりぴりとした空気が肌で感じられるほどに。 ● とうやくんがまたぶったー。 ちがうもん。さいしょにやってきたのはとしゆきだぜ? なんでもかんでもおれのせいかよー。 はは、けんかはどっちもわるいよ。 ふたりとも、ごめんなさいっていわないといけないこと、あるだろう? ● 重力の加速度が上乗せされる質量。巨大なる塊は、防がれたとてその威力を減じない。 「ちょっ……と、なんて馬鹿力!」 大盾を構え、一度はその衝撃を受け止めた京子。だが、二度、三度と続けざまに打ち付けられた石剣の前に、押し切られて姿勢を崩す。 「させませんよ」 なおも攻撃を続けようとする巨像の額を穿つ呪詛の弾丸。千丁に一丁の奇跡が、殆ど抜き撃ちに等しい悪条件なれど、星龍に精密なる照準をもたらす。 「壷毒というわりには、勝ち残るだけでは許してくれないのですね」 渾身の一射、だが当然の如く仕留めるには至らず、彼はふう、と煙を吐いた。 ――ころせ。 ころせ。ころせ。 ころせころせころせ! ころせころせころせころせころせころせころせ! わんわんと頭蓋に反響する呪わしき声。耳を塞ぎたくなる衝動を必死に堪え、慧架は自らに倍するほどの石像へと挑む。 「皆さん、大丈夫ですか?」 返ってきた声は全員分揃っているわけではなかったが、とりあえずは背から撃たれる危険はなさそうだと判断し、彼女は軽やかなステップで敵の懐に潜り込む。 「それじゃ――いきますよ?」 しとやかな風情のかんばせ、その頬に赤みが加わった。凛とした意志が宿り、一瞬のうちにきりり、と精神が研ぎ澄まされていく。やっ、と一声。 「力だけがすべてではありませんから」 いかな鋼鉄の篭手とて、力比べでは勝てようはずもない。だが、彼女の戦いぶりの根底にあるのは、相手の力を活かすことが最良と教える合気道。石剣を受け流し、むしろその力を借りた彼女の掌が、敵を地面へと突き倒す。 迫る石像を迎え撃つリベリスタ達。もちろんそれぞれを遠く離すことが出来れば、互いの干渉を気にせず戦うこともできるだろう。 だが、敢えて彼らは四体を無理に引き離すことなく、四方から突き進むそれらを癒しの業の範囲内で受け止めた。竜一が。慧架が。鉅が。京子が。 「せめて幼女ならやる気も湧くんだがな」 一歩ずつ下がりながら、竜一が嘯く。先には包帯を巻いた拳で敵の得物を側面から殴り飛ばし、攻撃を免れるというファインプレーを見せていた。 「まあ、贅沢は言ってられないか……」 だが幸運はそう何度も彼を助けはしない。半ば茶化した物言いも、張りつめた緊張の裏返しに相違ない。 「少しずつ、バランスを取って、ですよっ」 背後から三千の声が飛ぶ。少し舌っ足らずで声変わりを忘れたように甘い、けれど数多の戦いを経た『男』の声。 彼がもたらすのは十字の加護。囁く悪しき声に耳を貸さない強さを。戦いから逃げ出すことなく、目を逸らさずに向かい合う強さを。 「ああ、判ってるよ」 短く応じる竜一。此度の戦い、彼は自身が身につけた最強の技をあえて封印していた。均等にダメージを与えていく、という点において、突出した破壊力は邪魔にしかならないからだ。 「うう、でも、どうにか判断出来ないでしょうか……」 残念ながら、石像には感情らしきものは見られない。『百年の壷毒』は意志を持つかのように振舞うといっても、それは『より効率的にエリューションを収集する』ことだけに向けられているのだろう。 落胆。しかし、三千がそれを声色に出すことは無い。自分達を信じて盾となってくれる前衛達に、不安な声など聞かせるものか。 「何度でもやりなおせばいいって気持ちじゃ、ダメだと思うんです。だから――」 精一杯に張った声。消し飛べ不安。僕達は必ずやり遂げてみせる。 「この一回で決めて、全員で必ず帰りましょう!」 応。ええ。もちろん。返す言葉は様々なれど、その気持ちは皆同じ。戦いの恐怖を漸時忘れ、彼は照れくさげに微笑んだ。 (――既に取り込まれた連中は仕方ないが) 四方より迫るプレッシャー、防ぐは四枚の盾。その一翼である鉅は、小学生の一クラスを見舞った凄惨な悲劇すら、仕方ない、と切り捨てる。 (後宮派を復活などされては、あれだけ苦労した意味が無くなってしまう) 無愛想に、無感動に振舞う彼を、だが冷血漢と評するのは勇み足が過ぎるだろう。 彼は知っているのだ。数限りなく起こる悲劇を全て受け止めていては、ただ背負うものを増やしてしまうだけだと。 そうして、本当に止めなければならないものを逃してしまえば、更なる悲劇を起こしてしまうのだと。 「悪いがその積み重ね――無にさせてもらうぞ」 それは苛烈なる宣戦布告。全身を巡る気で紡がれた不可視の糸は、幾重にも絡んで石像を締め上げる。呼吸などする相手ではないが、加重をかけられた身体がみしりと鳴った。僅かな間なりとも動きを封じ、鉅はふう、と息をつく。 「まずは及第点、というところか」 動きを封じられた処刑人に突き刺さる、新たなる気糸。ミニのスカートを翻しながら、碧衣は左右に視線を走らせる。 彼女と星龍、それに悠月は、引いた場所から戦線を観察し、『均していく』役目を請け負っていた。もっとも、それは数字の見えるコンピュータ・ゲームほど単純なものではない。経験と勘をフルに動員しての、命をかけた綱渡り。 「しかしこれは……。まったく、心底いい趣味をしている」 彼女の背を冷たいものが流れる。甘く見ていたつもりなど微塵も無いが、外見や動きから得られる情報に期待をかけ過ぎたことは否めない。 鈍らぬ攻撃、欠けぬ身体。それでも剣を交え続ければ、いつか突然、『百年の壷毒』のアバターは砕けて消え去るのだろうが――。 「永延と続く輪廻の戦い、そんな運命を作り出すアナタ達は許せない」 不安を抱えながらも、彼らは戦いを止められない。止めるつもりも無い。突きつけた拳銃の引鉄を引く京子。彼我の距離は――零。 「この運命も世界も私が壊す。例え果てが見えなくても、最後の一発まで必ず撃ち込んでみせる!」 刻まれる銃痕。そして、石の剣士の返礼もまた苛烈に、過酷に。 「く、あっ!」 振り下ろされた石剣が斬ったのは『空』。それは、例えば竜一が好んで使うカマイタチの技と原理は同じ。だが、その威力は比べ物にならず、刃の嵐は京子の桜めいた衣装をずたずたにして過ぎ去っていく。 「――やはり、こちらを狙って来ましたか」 その疾風が真に狙っていたのは、最後の子供を押さえつけていた正道。咄嗟に突き飛ばすことで子供が斬られるのは防いだが、身代わりとなった彼は避けることすらままならない。 「く……ですが、忍耐はサラリーマン稼業の必須スキルでございますよ」 彼の髪の薄さの原因の一端を伺わせる諧謔を吐きつつ、彼は再び少年を確保する。あの剣風に巻き込まれれば、この脆弱なエリューションはひとたまりもあるまい。歪なる声にさえ耳を貸さぬ鋼鉄の意志が、彼を最強の守護者たらしめていた。 だが、石像はただ一体ではない。闘気纏う一閃は慧架の肩で爆ぜて癒しきれぬ傷を与え、大剣が巻き起こす横殴りの衝撃波は、鉅の精悍な肉体をハンマーのように殴打する。 危機。だが輝く銀十字の護りで呪詛を退けたカルナが、誰よりも速く、そう誰よりも速くその身を翻し、彼女の神へと祈りを捧げた。 「――主よ」 主よ、恩寵の下に群れし羊は信仰の杯持ちて御身の血を受けたり。 パンと葡萄酒にて御身の聖体を拝領し堅信の証立てたり。 「主よ、どうか、私の大切な人達に――」 カルナが唱えるのは堅信の詠唱。一つ一つ祈りを編むごとに彼女を中心にして清冽な風が吹き、そしてその渦は少しずつ広がって。 「主よ、力を」 次の瞬間、コロシアムを包んだ微風が、傷を癒し身体の自由を蘇らせる。カルナをアーク屈指の癒し手とした堅い信仰は、あの決戦の後も微塵たりと揺るがない。 斬って、斬られて、穿って、潰されて。 魔力を汲み上げ気力を分け与えられながら、リベリスタ達は長い時間を耐え続けた。 そして、ついにその時は訪れる。 「倒した――か?」 竜一の刀が突きたてられると同時に、石の戦士は動きを止め――そして、音も無く細かな砂に還り、その形を失った。 『『『時は巡る。時は巡る』』』 「全力での攻撃を! 止めを刺しましょう!」 精神を細く細く紙縒り(こより)のように研ぎ澄ましていた悠月が、かっ、と目を開く。 いつこの時が訪れるかを把握できず、彼女が望んだほどの精神集中の時間は与えられなかったが、石くれを撃つならばこの程度で十分だ。 「異界に在ってなお月の力は尽きません。還りなさい、動かざるモノに」 悠月が高く掲げた手から放たれた雷が、乱れ、のたうち、何本にも枝分かれして戦場を圧する。残り三体の石像が稲妻に捉えられた。 リベリスタ達も迷わない。彼女の稲妻を追うように、鋼鉄と魔弾が吸い込まれていく。 二体目が爆炎に消え。 三体目が鋼鉄の篭手に砕かれ。 そして。 『――さあ、戦うがいい、戦士よ』 次の瞬間。 肩で息をするリベリスタ達を、幼くそして絶望に満ちた悲鳴が取り囲んだ。 ● しっかりするんだ! ゆきなちゃん! たかゆきくん! みゆきちゃんも……! せんせい……。 いたいよぅ……。あついよぅ……。 ひろきくんっ! もうすぐたすけがくる、がんばるんだ……! ……せん……せ……。 ああ……! だれでもいい、だれか……! ● 「……どうか、この子たちを……」 教師はそれだけ言い残し、霧のように消えていった。 もちろん、それがリベリスタ達に向けられたものではないということなど、慧架には百も承知だ。幾億の死を繰り返した先、磨り減った魂が見せた狂気の安息。 だが、そんなことは大した違いではなかった。子供達を案じるその気持ちこそ、男が最後の最後まで守り通したものだと、彼女は知っているから。 「忘れません。この惨劇を引き起こした張本人の名を」 グレゴリー・ラスプーチン。 この『百年の壷毒』の持ち主とされる、『伝説』めいた存在。その名がこの事件にどう関わっているのか、今は誰にも判らない。 だが慧架は確信していた。その名はいつか再び、アークの前に立ち塞がるだろうと。 いっそ淡々と、彼らは子供達を『間引いて』いた。 何人かは、ただこのアーティファクトを破壊するための手順として。またある者は、この人工の輪廻を止められなかったことを悔い、あるいは苦痛を与えることを詫びながら。 深い疲れ。傷の痛みは強靭なリベリスタの身体をも蝕む。そして、耳にわんわんと反響する底知れぬ悪意の声は、惑わされないにしても、やすりをかけるように精神を削っていくのだ。 「――小説か映画のような話ですが」 ふ、と唇を歪めた星龍が、いささかの躊躇いもなく『自らの左足の甲に向けて』銃弾を叩き込む。どの道彼は狙撃手、例え動けなくなろうとも、役目を果たすことに支障はないと踏んでいた。 「……っ、物は試しでやるには、少々度が過ぎましたね」 レイバンに隠された瞳が苦痛に歪む。だが、その痛みは一瞬にして彼の意識をクリアに研ぎ澄ます。なるほど、映画の類も役に立つことがあるらしい。 再び正道が一人の少年を選び出し、抱え込むようにしてその動きを封じる。ほぼ同時に、碧衣の指から奔流のように宙をのたうつオーラの糸が、残った子供達の頭を穿った。倒れ伏した小さな身体が、ゆっくりと消えていく。 「……悪いな」 もう一度詫びた声は、幽かに揺れていた。 『『『『時は満ちたり』』』』 そして、再び命を賭けたダンス・パーティが始まる。 「待ってる奴がいるんだよ」 せっかくリア充になったんだからな、と不敵に笑む竜一。事態はそれほど楽ではなく、むしろ、客観的には最悪とさえ言えるが――。 「可愛い彼女と、妹がいる生活なんて――最高だろ?」 しかし彼は、そんなことを衒い無く言ってのける。 人は本当のピンチにこそ真実の姿を見せるという。そんな竜一が見せた、トリックスターと豪胆なる戦士の二面性。闘気を纏う太刀が、石の身体へと叩きつけられた。 「次は、こちらですか」 女教皇のタロットが示すのは精神の安定。その名の通り、動揺を面には出さないで、悠月は狙うべき標的を見定め、魔力の矢を放つ。 「……っ、当たりましたね」 快心の一撃というのは放った瞬間に判るものらしい。白い光が鉅の受け止める石像の表面で爆ぜるより少しだけ早く、彼女は小さく頷いて見せる。 結局のところ、これこそが問題なのであった。リベリスタ達の持つ力は決して一様ではなく、その攻撃にも当たり外れの幅がある。単なる攻撃命中回数ならともかく、手応え、というあやふやなもの目で見て把握するのは難しい。 注意。観察。尋常の手段がアーティファクトの化身たる石像に通用しないいま、彼らが頼ることが出来るのは、不確かな直感だけ。 未だ彼らの戦意に翳りは無い。だがこの戦いが戦意だけで押し切れるものではないことも事実なのだ。 「やはり遅れ気味、か」 呟く鉅。敵の動きを阻害することを一つの勝ちパターンとしていた彼は、しかし、それ故に、他の前衛達ほどの攻撃力を持ってはいない。ましてや、彼は時に手を止めて、相手を観察しようとさえしているのだから。 「やれやれ……厄介事が多すぎるな」 銜え煙草はとうに捨てていた。握りこんだダガーの刃が石の体に突き立てられ、耳障りな音を立てる。同時に、どくん、と彼の身体に流れ込む魔力。 (――だがな、お前さんだけは止めて見せるぜ、木偶の坊) 口では面倒くさがりながらも、それでも彼は何度でも刃を突き入れ、気糸を飛ばす。鉅の役目は、浅ましく泥を啜ってでも耐え、この場を耐え抜くこと。後は仲間が何とかしてくれる、その信頼は揺ぎ無い。 土の上を転がり、かろうじて巨像の一撃をよける鉅。コートを翳めた石剣が、よれよれの生地を引き裂いた。 「む……うっ」 逆巻く風の刃が、続けざまに正道を襲う。自らを盾にするだけでは足りない。ある時は子供を抱きかかえ、ある時は地面に押さえつけ、処刑の刃から生贄の子羊を逃がし続けて――だがそれでも、彼がその身に感謝を受けることは無い。 「うわあああっ! ああっ、あぁあああぁっ!」 此度の生き残りの得物は錆びたカッターナイフ。千切れ飛んだワイシャツの下に隠された筋肉質の胸板、軽甲からはみ出た生身は、既に鈍い傷がいくつもつけられていた。鋼の腕に当たれば刃先が折れ飛ぶ程度のものでも、積み重なればダメージは大きい。 「申し訳ありませんが、納期と品質は守らねばなりませんので」 護って、護って、それでも最後には倒さなければならない『敵』。 哀れだと思う。だが、正道はその感情を押し殺し、愚直に少年と向かい合う。それはアークのリベリスタだからではない。生き残るためだけでもない。 彼が、ただ『大人』であろうとするが故に。 「絶対にみんなで戻るんです。三高平に……!」 三千のやや舌足らずな声が響かせる、清らかなる福音の歌。それは清冽を越して苛烈なまでの覚悟をはらんでいたから、声色とは裏腹に張りつめていたけれど。 「ミュゼーヌさんが待っているんです。ただいまって言うんです!」 そう、普段出迎えるのは自分の役目、けれど今日は、黒銀の脚の少女がきっと帰りを待ってくれているのだから。 「だから一瞬だって、狂ってなんていられません!」 この胸に抱く少女の凛々しい横顔が、囁く声を掻き消す。押し寄せる四体の圧力を耐え続けることができる理由の一つが『ロールプレイ』を越えた彼の芯の強さであることは、言うまでも無いだろう。 「やれやれ、青春とは見ちゃいられないものですね、正直なところ」 黒いパナマ帽をくい、と上げ、サングラス越しにニヒルな笑みを送る星龍。だが、その瞳の奥底は鋭く滾ったまま。彼のものとなってまだ日が浅い長物を、ゆっくりと構え直す。 「より純度を高めた毒、ですか。――恋人達の為にも、そんなものを生み出すことは許せませんね」 準備は確実に、しかし決断は一瞬。引鉄を躊躇い無く押し込んだ。銃身が一声吼える。吐き出した弾は、二つ。真っ直ぐに伸びた光の矢が、京子と鉅が相手取る石像を射抜く。 「まあ、こんなものですよ」 その魔弾に外れなし。『悪魔纏し者』の名と『ワン・オブ・サウザンド』の銘は伊達ではないということか。 「ありがとうっ!」 弾んだ声で応えた京子はしかし、どうか精一杯の見栄が見透かされないように、と願わずにはいられない。 八人で一体を相手取るならば、楽勝とは言わないまでも、危なげなく撃退することができる相手だ。だが、今はそうではない。背後の仲間は頼もしくとも、ただ一人対峙する、という感覚を拭い去るのは、前衛の四人には難しかろう。 けれど。 「負けないよ」 見えぬ戦いの先。死と隣り合わせの異空間。けれど京子はただ一言、負けない、と繰り返す。 ――私は確かに受け継ぎ、強さに換えてきたんだ。 誰かを助けたいという意志。 皆を護りたいという願い。 そんな強い思いを――! 「『信じてる』から。私は、負けない!」 私の運命すら喰らって、銃弾よ、穿て。掌に光るマズルフラッシュは、鈍重な石像が逃れることを許さない。 そして、天秤は再び揺れる。 「正道さんっ!」 カルナの悲鳴。前衛を翳めて正道を襲う真空刃、此度の凶刃は三体同時。身の自由が利くならば、一つ二つは避ける余地もあったろう。だが、もう一人のエリューションがそれを許さない。 「ここまで、ですか……」 とうに運命の護りなど投げ捨てていた正道が、どう、と倒れ、巻き起こる土煙に姿を隠す。碧衣が駆け寄り、抜けた穴のフォローをしようと少年の腕を掴み。 次の瞬間。 『『『時は巡る。時は巡る』』』 正道に意識を向けたリベリスタを嘲笑うかのように、三つの声がステージの進行を告げる。最も攻撃力に優れた竜一の刀が、またも最初に石像の首を刎ね、砂に返したのだ。 「こんなときに……!」 ダメージの制御には彼も気を使いすぎるくらいに使っていた。ただ彼は、前衛達は、ついぞ全体のバランスを把握することができなかった。ただそれだけの不運。 「しょうがない、みんな、全力でいくぞ!」 竜一の声をきっかけに、彼らは全力の攻勢に移る。だが、三千までが攻撃に参加する中、カルナだけは深く息を吸い、癒しの御業を紡いでいた。 (失うわけにはいきませんから。大切な仲間を) 既にリベリスタ達も限界だ。三周目を耐える力は無いが――そもそも、既に気力一つで立っている者が大半だった。 「癒し続けましょう。主が私の祈りを聞き届けてくださる限り」 そして、私を待つ人がいる限り。 カルナの手首には黒いリボン。黒翼の友人より託されたそれは、哀れなる犠牲者達への喪章であり、彼女を現世へと引き止めるラビュリントスの糸。吹き抜ける涼やかな風が、リボンを、そして銀鎖に通した信仰の十字を揺らして。 「赦すことなど――できませんから」 誰を、などという問いは野暮だろう。この瞬間、彼女は全てを投げ打っても良いとさえ決意していた。 例え、大切な人に伸ばした手が、もう繋がれることは無いのだとしても。 例え、友達に借りた物を、必ず返すように言われたリボンを返せなくなろうとも。 だが、カタストロフにはまだ早い。 百円均一のデウス・エクス・マキナには、まだ早い。 「どんなに細い糸でも掴み取ってみせるさ」 はっ、その声に振り向けば、凛として立つ碧衣の姿。青と黒を基調にした今様の衣装はカルナの好みではなかったが、その青銀の髪には似合っていた。 「仲間を生きて帰す為だ、出し惜しみは無しといこうか」 ちら、と目をやれば、既に詠唱に入っている悠月。だが、二周目とはいえ正確な石像の耐久力の把握は困難。長時間の集中は難しいと考えるべきだろう。 その左手が掴むのは小さな子供。勝っても負けても、数十秒のうちには消え去ることが決定されている子供。そのことに、何も思わないわけではないけれど。 「仲間を生きて帰す為だ」 波立つ心は内に秘め、ただ、そう繰り返した。その視線の先には、鋼の篭手を頼りに石像に立ち向かう慧架。 「せっかく――新しいお客さん獲得のチャンスなんです」 それは、このコロシアムにはあまりにもそぐわない言葉。けれど彼女は知っている。帰るべき日常が、何よりも力を与えてくれると知っている。 「皆さんをご招待すれば、美味しいお茶の味に目覚めてくれるに決まっているんです」 守りに徹することも考えたが、一周目の体験から言えば、そこまでタイミングにシビアではないらしい。なら、ここは攻めるのみ。 「だから――初代の名前が飾りじゃないことを、教えてあげます」 激しい寄せ。小柄な身体からは予想もつかぬ、猛烈なる力技。石騎士の腕をガントレット越しに掴み、ほとんど自分から倒れこむように、地面に叩きつける。 破砕音。土煙。そして、二体目が砂に還る。 「天に輝くは星の銀輪、闇を照らすは銀の車輪――」 手振りと共に詠唱を続ける悠月。彼女が常に纏う黒衣の胸に蒼く輝く予言の石は、月光を集めた結晶の粒のように静かに、しかし力強く輝いて。 「これで終わりにしましょう。在るべき処――輪廻の輪へお還りなさい」 荒れ狂う稲光が闘技場を満たす。その雷は、二体の石像を眩いばかりのエネルギーで撃ち貫き、小さな爆発すら起こした。 「――っ」 一条の稲妻が少年を捉え、夢幻の塵に還す。掌から消え去る感触に、碧衣はほんの一瞬心を奪われて――感傷を振り払う。 「絶対に、負けはしない……!」 「『星の銀輪』の名に誓って。そして――」 私と共に歩いてくれる、あの人の信頼に誓って! 悠月の生み出す雷の雨が更に勢いを増す。その林立する稲妻を縫って走る碧衣の気糸。二つの力が渾然となり、残る二体の像に注がれて。 ぱん、と爆ぜるように、壷毒の処刑人を同時に砂へと変えた。 異界のドームが溶ける。天に青空が戻っていく。 ● わぁ、きょうはいいおてんきだね! せんせい、ぼくがんばって、てるてるぼうずをつくったんだよ! せんせ、わたしもつくったの。 かずやくんだけじゃないよ、みんなでひとつずつつくったんだから。 はは、それじゃきっと、みんなのきもちがそらにとどいたんだね。 だから、きょうはこんなにきれいなあおぞらなんだ。 さあ、いこう。たのしいえんそくのはじまりだ――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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