● 公園に設置された街灯が、ちらちらと瞬いていた。 その瞬き方はひどく不自然であり、無機物に感情があるなどと考えるロマンチストであれば、それはこれから訪れる者に対して街灯までもが恐れ、姿を隠そうとしているのではないかと思えただろうか。 果たして、街灯はふつと消えていた。まるで血を固めたかのような赤色の雪が降り始めると同時に。 しかし夜を照らす人工の灯りは無くなったものの、辺りは完全な闇に沈んだ訳ではない。 一つの炎が燃えている。人程の大きさの炎が。何を燃焼させるという訳でもなく、火柱となってただ燃えている。 それは見る間に様々な姿を取っていた。泡立つ汚らしい沼のように地を這ったかと思えば、強靭な四肢で大地を掻く四足獣の姿となり、少女のような人型を取ったかと思えば、膨れ上がって男性と、その胸に抱かれた女性のような姿となって、その場に軽やかなステップを踏んでみせるのだ。 昏く甘い紅色の雪。 踊る黄味がかった緋色の炎。 そして炎の中心には恥じらうようにして鮮血色のルビーが埋もれ、しかし何処か歪んだ輝きを周囲に振り撒いていた。 宝石商が見れば、惜しいと思うだろう光を。 研磨士が見れば、激怒するかもしれない光を。 傷だらけの呪紅石は炎を纏って、いや従えて、踊り続ける。 ● 「さて……依頼よ」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に、『硝子の城壁』八重垣・泪(nBNE000221)は告げる。 モニターに示された場所を見て、彼等の顔にはまたか、というような表情が浮かんでいた。 『閉じない穴』の影響により不安定となった三ツ池公園。そこではアザーバイドやエリューションの出現頻度が増し、アークは常に公園内の警戒を行っている。全く厄介な物を残してくれたものだ、あの19世紀の霧の倫敦から這い出して来た殺人鬼は。 「内容は、エリューション一体の撃破。分類はE・ゴーレム。フェーズは3。容易な相手ではないわ」 泪はそう言い、金のフィルターを持つアルメニア産の煙草に火をつけていた。 ――識別名『呪紅石』。 ベースとなった物は、一つのピジョンブラッドであるという。 勿論のこと天然物で、30カラットほどもあるらしい大ぶりのもの。 現在の姿は宝石の周囲に赤い炎を纏っており、それは数秒毎にその形状を移り変わらせる。 「まず有効打を叩き込む事すら難しい。不定形の姿から繰り出される攻撃は、察知するのは難しく……その威力も高い。残念だけれど、私からあなた達に告げられる事はそう多くは無いわ」 普段からあまり景気が良さそうではない泪の表情は、この日においては疲労と怯えに彩られ、更に暗く。 続けた言葉はリベリスタ達に更なる危険を告げるものでしかない。 「この、赤い雪……。これも特殊な効果を持っているの。戦場となる領域全てに降り注ぐこの雪は、触れた者全てに呪詛を告げる。状態異常からの復帰が非常に困難となる他、どういう原理か、照明機器がランタンや松明に至るまで全て使用不能になる」 「防御が高くて攻撃も強くて状態異常も危険だってか。可愛げが無いにも程があるな」 「相手が行動不能系の攻撃手段を持って居ない事だけが、唯一の救いね。……小細工は通用しないと思うわ」 せめて、十分な作戦を持って臨んで、と泪は言っていた。 それだけしか言えなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:RM | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月06日(月)23:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 赤い雪に覆われた広場は、其処だけが芒と光るようであった。 それは己以外の光放つものを否定する。赤い緋い、輝くような焔。 中心に嵌め込まれた紅玉は、この切り出された夜を従えるように優雅に佇んでいる。 女王が如く、辺りを己の色に染め上げて。 それは領域内に足を踏みいれたリベリスタ達にも強いるかのように。 彼等の総身は焔の橙に染められている。瞳の中にはちらちらと瞬く光しか映ってはいない。 視線を集め喜ぶように身を捩じらせる其れを見て、或る者は眉根を寄せ、或る者はその顔に笑みを燈した。 何て『熱い』奴だ――と『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は心中にごちる。 愛でられるだけじゃ飽き足らず、手前から魅せに来るとは。 同様に、ほうと溜息を吐き、血色の紅玉を見つめるのは『背任者』駒井・淳(BNE002912)である。 美しい宝石だ。まるで、血のように赤いところがまた良い―― 「その邪魔な炎を払ってからじっくり鑑賞してやろう」 両の手に『敵』の姿を映して照り光るナイフを構えて、淳はその双眸に昏い笑みをやどす。 「30カラットの天然ルビーって、とんでもない代物ですね」 値踏みするかのような視線を向けたのは『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)であった。 「値段なんざぁ……って、待て、そんなにするのか?」 億単位どころの話ではない、小国の国家予算程度なら吹き飛んでしまうかもしれぬと続けた彼女の言に、『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は思わず問い返す。 「幾ら高価な宝石といえど、不幸を振りまくのでしたら破壊するだけです」 厳しい視線を油断無くE・ゴーレムに据えたまま、雪白 桐(BNE000185)。 「だな。それに、叩き壊さない限り、おとなしく手の中には納まっちゃくれないだろうさ」 『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)はそういっていた。 既にリベリスタ達の準備は整っている。無造作に接近する呪紅石の姿は遠間からでもはっきりと見え、彼等は各々自己強化を終えていた。 『星守』神音・武雷(BNE002221)は双眼鏡を用いて敵の走査を試みたが、それは苦い口調で周囲に解析不能と告げる結果に終わっていた。矢張り、そうそう手の内を明かしてはくれないか。 「……相手にとって不足なし」 それはそれで良いとばかりに武雷はいった。それだけに頼るわけでもないのだから。 「赤い雪……か」 『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)は、ふと一片の雪片を掌にとらえる。 雪は彼の手の上で儚く溶け、指の間からひとすじの紅色となって甲を伝わった。 「当てつけじゃねえが俺は雪は白い方が好きでね。悪いがその雪化粧、邪魔させて貰う」 焔を見遣りながら、告げる一言。 まるでそれが合図であったかのように、エリューションはその身を撓めるかのようにして、最後の間合いを詰めた。双方眺めながら言葉を告げる時間を、唐突に終わりとしていた。 後は、語り合う手段として残されたのは、彼等が携える得物のみである。 ● 殺到する前衛達。それを迎えたのは薄桃色の光であった。 「ちぃ……っ!」 膝を落とす牙緑。大腿部の肉がごっそりとそげ落ち、黒い煙を吹いている。 一滴の血も流さぬ刃、無血刃とは此れの事かとリベリスタ達は視線を交わす。 「高出力レーザーかよ。美容整形を頼んだ覚えは無いぜ!」 薙ぎ払うように放たれた赤光を回避する猛。 「そんな無粋な衣など脱ぎ捨ててしまえ。君には真紅の輝きがお似合いだ」 注意が彼に向いた刹那を狙い、淳は鴉の姿を取った式符を投擲した。 失中。ぎりぎりの所で紅玉を掠める式符。背後に踊る喜平は規格外な程に巨きい散弾銃を振り上げる。 「無作法が在れば許してくれ、踊りは得意じゃないんでね」 まるで光が沫くかの如き打突は、漫然と放たれた訳ではなかった。 宝石が炎を吹いているのであれば――狙うべきは其れが最も濃い場所。其処が中心。 数発が敵を刻み付けたとの確かな感触を手指に感じ、喜平はその読みが間違っては居なかった事を悟る。 更にそれとほぼ同時、雷撃を纏った剣閃を叩きつけた桐も、その一撃にたしかな手応えを感じていた。 「行ける……。当てるだけなら、そう難しくも無い……!」 剣の腹を使い、斬るのではなく面を大きく取った殴りつける攻撃。 どうしても威力は分散されてしまうものの、当てる事のみを考えるのであればこれは有効であった。 直径2センチ程の本体。 今回彼等の前に最も分かり易い難題として示された物が、敵の姿である。 宝石としては感嘆すべきほどに大きいのだろうが、しかし『的』として考えるならあまりにも小さい。 当てるだけで良しとして手数で押すか、それとも狙いに狙って必中弾を送り込むか。 装甲の事までもを考えるなら、後者の方が有効だろう。 しかし、桐が考えていた通り、この戦いは一人のものではない。手数を犠牲にするという事は敵の行動を制御する術を放棄するという事でもある。彼等には連携が求められていた。 轟、と風を鳴らして、紅蓮の爪が桐を薙ぐ。 引き寄せた蛇腹剣を盾代わりに舞わせて、爪に対する防御とする桐。しかし刃と刃の間をすり抜けた火焔が、彼女の身体を業炎に包む。 すかさず武雷はブレイクフィアーを放っていた。閃光に炎と、牙緑の足を覆っていた黒煙が晴れ、次いで来栖・小夜香(BNE000038)が味方を癒してゆく。 「癒し手冥利に尽きるわね」 小夜香は言っていた。それは自身のスキルによっても、与えられた損害が完全には回復し切らない事を見て取っての言葉である。少なくともこれから先、暇となる事はあるまいと、彼女は額に流れるつめたい汗を拭う。 纏う炎でも払い切れない闇を滅するかのように弾けるE・ゴーレム。 ぶちまけられた焔はさながら赤い花弁であった。それは粘度の高い油脂であるかのように、触れただけでリベリスタ達を炎に包む。 状態異常を打ち払う閃光を放つエリス・トワイニング(BNE002382)。 その支援に後押され、身体を包む炎を脱しながら、猛が、牙緑がE・ゴーレムに猛攻をかける。 「何としても、ここで食い止めなけりゃならねぇんだよ!」 空を切る掌底。斬撃を崩れ落ちるようにしてかわしながら、E・ゴーレムは地に伏せた。 沸き立つ沼のような姿となった呪紅石は火焔の尾を振るい、それは投剣のようにモニカを狙う。 「まったく……やってくれますね」 狙撃は専門ではない、しかも身体を半分焼かれながらとは。 熱感知により敵本体の姿を探りながら、目までが灼ける。何処も彼処もとモニカは苦笑した。 タイミングは意思が決める訳ではない。大抵の場合そう見えるものだが、それは錯覚だ。 其れは置かれているが如くの代物。条件が整った事を不意に悟って、彼女は引鉄を落とす。 硬度の高い物質同士が擦れ合う、甲高い音色を聞きながらモニカは構えていた砲を下ろし、凍夜は今が好機とばかりに身を潜ませていた闇の中から疾駆をはじめていた。 ● それ以外の全員を囮とし、気配を断っていた凍夜。 不意に現れたそれに、ルビーは反応を見せなかった。モニカに削られた微小な砕片をきらきらと舞わせながら姿勢制御をするかのように炎を膨らませる。それは獣のような姿を取っていた。 凍夜は跳躍し、その真上を取る。 突き下ろした刃が幾度と無く、瞬間停止したかのような紅玉を刻みたてる。 雪を蹴立てて着地する凍夜。 その後を追って、まるで出し抜かれた事に怒り狂うかのように焔の爪を振るうE・ゴーレム。 へっ――と彼は唇の端に笑みを乗せていた。僅かに遅れて、桐が相手の身に何が起こったのかに気付いた。 「燃えている、んですか? 自分の焔で……」 「混乱しちまえば手前自身も“敵”の内だろ? 自分自身で撒いた赤雪に、灼かれて果てな!」 この機を逃すなとばかりに攻め立てるリベリスタ達。 「……熱い」 と淳は笑みを浮かべていた。犬歯を振るい敵に噛み付いたその口には、炎の残滓が流れている。 喜平の振るう打突が纏う火焔を散らせ、その内部に散弾をぶちまける。 削られながらも振るわれた刃閃に、猛は真正面から吹き飛ばされるが直ぐに立ち上がり拳を振るった。 「一つ教えといてやるっ! 勝ちたいから喧嘩をやるんじゃねぇ……。 負けられねぇから、喧嘩をやんだよ──!」 この瞬間彼等は確実に敵を圧していた。天秤は大きく彼等の側に傾いたかのように思える。 だが、それで終わるほど敵は――フェーズ3という存在は、柔なものではない。 小夜香とエリス、二人がかりの治癒にも関わらず、ダメージは徐々に蓄積されていた。 長期戦となる事を見越していたのは桐と淳、そして攻撃に関する意識を完全に捨て、可能な限り彼等を持たせる事だけに集中した武雷くらいであろうか。 自ら告げた呪詛を振り払い、身を苛む火焔を消して正気に返るE・ゴーレム。 火炎の爪と刃は的確に標的を選び、次々とリベリスタ達の体力を危険なレベルまで削り落としてゆく。 まず牙緑が意識を闇に落とし、次いで猛が膝を折った。 前衛にて手数を振るい、敵の注目を一身に集め続けた桐が倒れかけ、しかし踏み止まってみせる。 「くそったれ……。こんな物が、なんだってんだよ!」 動かない身体を見下ろし、雪の降り積もる地面を拳で叩く猛。 この一撃をかわせなければ。先の刃を受け流せなければ――その姿に数瞬後の、或いは前の自分を重ね合わせながら、リベリスタ達はE・ゴーレムとの打ち合いを続ける。光と炎のタイトロープを続けている。 「今更の情報だろうがな……」 庇いに入れなかった事を悔やむかのように、敵のスキャン結果を伝える武雷。 自分を向いた爪の一閃に胸を盛大に焼かれながら、凍夜はその目を見開きカウンター気味に二刀を振るう。 「無理無茶無謀は承知の上。元より才能なんざ欠片もねえ。 傷だらけでも輝石であるだけ手前のがマシだろうさ。……でもな」 「路傍の石が宝石に敵わねえ何て、誰が決めたよ!」 ぎゅり、と音色を鳴らして、僅かに歪となる紅玉。 地に伏せるかのように崩れ落ちた焔は、少女のような姿となって跳躍し、周囲に焔の花弁を撒いた。 その前には喜平がいる。熱情を瞳にやどし、追い縋るだけの余りに粗野なステップを刻みながら、焔の姿が変わるその一瞬を狙って、突き出した銃の先端より散弾を迸らせる。 E・ゴーレムを穿つ弾丸は彼のものばかりではなかった。モニカは時折、その発光が気に食わないのか小夜香を狙って放たれて来る飛炎刃をガードしつつ、次々と銃弾をE・ゴーレムに送り込んでいた。 状態異常を打ち払う武雷。倍以上の返礼を受けながら、怯まずにE・ゴーレムを削り立てる前衛達。 決してまともにではないにせよ、当たり続ける攻撃は今や紅玉に新たな煌きを与えるほどの、大きな傷と罅をもたらしていた。 もう少し――と桐は言う。自分を向いた薄桃のレーザーを、見切り跳躍してかわしながら。 もう少し、と喜平は言った。既に敵の姿には絶望的な亀裂がありありと。 残り数度も武器がまともに敵を捉えさえすれば、それは砕ける筈なのだ。 しかしそのたかが数度が、あまりに遠い。 ● 一撃。ぱらりと大きな破片を紅玉から削り落とした式符。 敵の怒りが己に向いた事を確認した淳は、あえてそのまま、敵が自分を狙い易いよう立ち回る。 「そうだ、こちらを見ろ。それが……君にとっては命取りとなる」 赤光を閃かせる呪紅石。しかしそれが回避出来ないと悟りながら、淳の顔には笑みが浮いていた。 光芒に暈けるE・ゴーレムの姿。その更に背後に踊る二つの影、桐と凍夜の姿を見ていたから。 と、その時淳は不意に横合いから突き飛ばされる。 彼の意図を悟った武雷が一手早く駆け寄り、身を挺して庇ったのだ。 赤い光は肩を貫いていた。反射的に傷口へ手を遣りながら、武雷はまだと呟く。 それには最早関心も無いか、いや全てを巻き込むのであるから関係が無いという事なのか。 今更ながら、果たして其れに『向き』が存在するのかどうか定かではないが。 呪紅石の挙動は、くるりと背後を振り返る、との言葉が最も相応しかろうと見えた。 「……っ!」 既に得物を振り下ろしにかかっていた二人が、はっと息を飲むほどの圧力。 「離脱して下さい。……来ます」 モニカが身を固め、警告を受けた数名が効果範囲外へ逃れるべく後方へ跳ぶ。 その瞬間、E・ゴーレムに表れた変化は傍目にも明らかなものであった。全ての炎を内側へと向け、急速にそれは萎んでいったのだから。瞬時に暗転する戦場。宝石の中に僅かにだけ残る仄かな煌き。 爪のように細く欠けた月を思わせるそれは、爆縮の終わりに周囲へと純粋な殺意の雨を撒いた。 二人は、既にまともにそれを受ける事を覚悟している。 逆にその瞬間こそが此れを叩き割る機会と決めていた。 天を落とすかのような桐の雷撃。続いて閃く凍夜の剣閃が、『月』に刻まれた罅に深く食い込んで、それを解体してゆく。最大の亀裂から文字通り真っ二つに割ってゆく。 「そこらの小石だって輝石に傷位付けられる。……ただの石ころを、舐めてんじゃねえっ!」 そして、全ての力を使い果たしたかのように倒れる二人の傍ら、砕けたルビーはもう輝かなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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