● 古くから伝わる、妖怪話。 必ず当たる予言を残して死ぬという、牛の体に人の顔のばけもの。 ● 最初は死産かと思った。 小さく丸まって、ぴくりとも動かなかったから。 だから、抱き上げてその顔を見たとき、俺は悲鳴を上げることもできなかった。 俺の顔をぺろりとひと舐めし、黒い体の猫の子は死んだ。 「おまえ しぬ あした ころされる」 美しい少女の顔で、鈴を転がすような声で。 その一言だけを呟いてから。 その一匹だけを産み落とした母猫も、ともに死んだ。 俺は怖くなって、怖くて怖くて、持っていたライターで仔猫を焼いた。 長いことかわいがってた猫が死んだことは悲しかったが、一緒に焼いた。 殺されるなんて、冗談じゃない。 気持ち悪さも、不気味さも、感じなかった。 ただその言葉が本当なのだろうということだけは、どうしてか嫌になるくらいよくわかった。 どうしたらいいんだ、どうしたらいいんだ、畜生、畜生。 やりたいこともいっぱいあったんだ。 やってないこともいっぱいあったんだ。 どうして殺されなきゃいけないんだ。 どうして殺されなきゃいけないんだ。 殺されるくらいなら。 ――ふと、俺のぐるぐるとまとまらなかった思考が、一条の光明を見出した。 なあ。俺。 この間から、変な力があったのは、この日のためなんじゃないのか? 握りこぶしに火が巻きつく。 ライターでは全部燃えずに焼け残っていた猫の死骸を、睨みつける。 燃える。燃える。 あとも残さずに燃え尽きる。 姿を消すように念じてみる。消える。壁に手をつけば、すり抜ける。 ははははは、そういうことだろ? 殺される前に、やりたかったこと、やってみたいこと、全部やれよってお告げだろ? ● 「今回の任務は、彼の――ノーフェイスの、討伐です」 意識して冷たい声を出す『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の表情。 それはリベリスタたちにとって、いつもの仕事だ。 「よくわからなかったんだが……あの猫の子は?」 「E・ビーストだと思われます。それ以上、はっきりしたことはわかりませんでした」 不気味な生き物だったのは確かだが、すでにその身は塵ひとつない。 今はこれ以上考えても、埒が明かないことは間違いがなかった。 「ノーフェイスの男ですが、元は覇界闘士だったのではないかと思われます。 フェイトを失ってフェーズが進んだ――その結果、どうやら覇界闘士の初級クラスの技術を身に着けているようですね。 自分の力が加速度的に強くなっていることを自覚しているのかどうかは、わかりませんが」 説明をしながら、和泉は近隣の地図を広げ、少しずれていたらしい眼鏡の蔓を掛けなおす。 「彼がやろうとしていることは――通り魔です。それも、女性を狙った、悪質なものを」 詳細が必要かと問う和泉に、リベリスタは否定を返す。 和泉が少し言葉を濁したということは、知っておく必要はなく、かつ、あまり言いたくない内容なのだろう。 「狙いが狙いなだけに、人通りの少ない裏道で、大通りを誰かが通りかかるのを待っています。 通りかかった相手を裏道に連れ込んで、男性なら殺してしまいます。 行う悪事はそれだけ、と言ってしまえばそれだけですが、防ぎたい事件には変わりありません。 日付の変わるころには、その裏路地につくことができますから―― 彼が明日、殺されるというのなら、それはあなたたちに殺されるということでしょう」 ● リベリスタたちを見送った和泉は、もう一度資料に目を落とした。 そこには、彼女がリベリスタたちに伝えなかった――伝えてもどうしようもない情報があった。 フォーチュナとして彼女が見つけた事件の兆候は、こんな奇妙なものではなかったのだ。 おぼろげな情報からは、革醒したばかりのリベリスタがE・ビーストと交戦した結果、運命の寵愛を失ってノーフェイスと化すのだと――そう思ったのだ。 ところが、どうだ。 E・ビーストは勝手に死んで、革醒の自覚を得たばかりの男は何もせぬまま突然ノーフェイスとなった。 「――これは、どういうこと?」 和泉の疑問に、答えるものはいない。 少なくとも、今は。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月12日(日)23:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 「あのE・ビースト……ただのエリューションでは無さそうな。 日本の文献で見た妖怪に似ている気がします、ね」 「そう言えば、予言を残して死ぬ妖怪の話なんかあったよね。確か、その名は……」 移動中の車内で、『忠義の瞳』アルバート・ディーツェル(BNE003460)の呟きに、三つ編みを肩にかけ伊達眼鏡をかけた四条・理央(BNE000319)が、少し考えるような声を出した。以前読んだ本の中に引っかかるものがあったのだ。 同じく読書好きな、理央をそのまま全体的に少し小さくしたかのような雰囲気の『ルーンジェイド』言乃葉・遠子(BNE001069)が頷いて言葉を継ぐ。 「くだん……。 そう呼ばれてる妖怪が題材の小説を読んだ事があるよ……。 牛の体に人の頭を持ち不吉を予言する……異説によれば、くだんの雌は予言の回避方法を教えてくれるらしいけど……」 その後に小さく、今回は当てはまらないみたい、と続けて首を振った。 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)もまた、その話を耳にしていた。 「動物の身体と人の顔を持ち、予言を残し死ぬ『妖怪』件……類型という所ですか」 誰彼ともなく子供の写真を見せようとしていた『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)も、周囲の雰囲気に、その写真をスーツの胸ポケットに入れなおし、難しい顔を浮かべた。 「良く分からないですが、いつもと違う気がしますね」 実年齢では最も幼い『Average』阿倍・零児(BNE003332)が金属化した拳を振り上げた。 「猫の事がきになるけどとりあえず被害者を出すわけにはいかない」 「しかし元人間が相手といえど、その思考が下衆ならば躊躇う必要は微塵も無し。 被害者が出る前に速やかに済ませてしまいましょう」 零児の言葉を受けて、そう告げたアルバートの言葉に、皆が頷きを返す。 「元々そうなるつもりなんかなかったんだろうけど……。ノーフェイスだし、いつもみたいに悩まずに済むね」 普段の制服とはまるで違ったデザインの、いわゆる『チャラい』服に身を包んだ『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)が、少し気楽な声を出す。 ただの犯罪志願者であれば説得をして思いとどまらせる、などといったこともできただろう。 だが、今回相対する男は、自覚があるか否かはともかくとして、ノーフェイスなのだ。それはつまり、生き長らえさせるわけには行かないということ。 「逃がすわけにはゆかぬ。それに、手にかけにきたのは本当だ。 ならばこの役、演じきって見せねばな! 凪沙と相手が大通りに出てきたところで、一気に踏み込む!」 よく通る声で『硝子色の幻想』アイリ・クレンス(BNE003000)が気合を入れた。 最後にもう一度地図を広げ、どこに隠れ、どういった経路でその場所を囲むか確認する。 「この配置であれば……私も裏道側に回りましょう」 ノーフェイスを大通りに引きずり出し、裏道に逃げるのを遠子と共に塞ぐ、と『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が名乗りでた。 「通せんぼは二人もいれば十分そうなの」 そう言って笑った『Unlucky Seven』七斜 菜々那(BNE003412)の声は、楽しい遊びの準備でもしているかのようだった。 ● 「えー、それチョーウケルー」 携帯を片手に、わざとらしく適当でしょうもない話をしながら歩き、目的の地点を通り過ぎて―― 『ええっ!? なんで……!』 凪沙は危うく声を出しそうになる。 透明化を使用しているノーフェイスの男が、しかし自分を無視して歩き出したからだ。 気付かれないよう横目でこっそり背後を伺えば、ノーフェイスが向かう先は凪沙の後方を、いくらかの距離を保ちついて歩いていたアルバートだ。 『しまった……!』 リベリスタたちは、囮を狙うだろうと思い込んでいたのだ。 ――距離こそ離れていても、大通りを特に隠れる訳でもなくついて来ているアルバートの存在を、当然ノーフェイスは認識していた。この状況で前を歩く女――しかも通話中ということは、何か異常があれば、携帯の向こうから通報されてしまうかもしれないということだ――を先に襲っては、その凶行を後ろの男の目から隠すことはできない。そう考えたのだ。 逃げられる危険と、騒ぎになる恐れ。その両方を一度に解消する方法は、一つだった、 男の脚が虚空を蹴る。 2人が一般人であれば、生み出された真空波で他愛なく男は死んだだろうが――。 不意打ちに避けることは出来ずとも身を捻り、直撃を避けたアルバートに男は目をむいた。 「なっ!?」 直後、その目が更に見開かれる。背後から走り寄って来た凪沙に全力で抱き着かれたからだ。勿論、甘い意味での抱擁などではない。逃がさぬ為の全力での締め付け。 「お前ら……! まさかお前らが!?」 エリューション能力を持つものは、相手が神秘的能力を持つと看破することができる。男とてこの2人が『何か違う』事には気付いていた。だが、そもそものエリューションに関する知識が全くなかった彼にはそれが何を意味するか分からずにいたのだ。 だがこの状況に置いて、明らかに自分を狙って来ている凪沙の動きを前に、例の猫の『予言』を思い出さぬはずもなく。 「げぇ、こんなに沢山!?」 位置が変われば、当然男の視界も大幅に変わる。男の死角から監視し現れる予定だった他の仲間達も、この咄嗟の事態に身を隠しきれず、ノーフェイスに視認されてしまう。 当然、男の顔に浮かぶのは、怯え。 更に理央の展開した強結界が周囲の空気を一変させる。 死が来た。 人の顔を持つ獣の残した、予言の死が来たのだ。 ● 「どんなに遠くへ逃げたとて、どんなに巧妙に隠れたとて、見つけ出してその首を撥ねにゆくぞ!!」 だから、逃げるな。殺されたくなければ向かって来い。 そんな意図を篭め、アイリが言葉と共に片手半剣を振るう。 境目を見せぬほど澱みなき連続攻撃を、だが男は転げるように身を翻して直撃を避ける。 「ち、ちくしょう、うるせえ!」 逃走の意志を挫こうと演じるアイリの言葉は堂に入った物だったが、ノーフェイスはそれでも隙あらば逃げようと言う態度を崩さない。 「逃がさないよ!」 だが走りぬけようとした先に凪沙が立ち塞がる。香車の成駒の銘を持つ装備を纏った少女は、その武具に相応しい鋭さで一歩踏み込み男の腹部に掌を叩き込む。 「がはっ! げは……くそっ……殺されて溜まるか……!」 掌を通して叩き込まれた凪沙の気にその身を内側から苛まれ、だがしかし男はあくまで己の生に執着する。 だが、既にリベリスタ達は男の周囲を囲んでいる。 「自棄になってする事が通り魔というのは……」 言葉に蔑みの響きを漏らし、ヘビースピアを振るうユーディスは、男が最初隠れていた裏路地への方向を塞いでいる。 また別方向に立つは遠子、無言のまま意識を集中させている。逃走の意志を隠そうともしないノーフェイスの身体を縛るべく、気糸の罠を張る下準備をしているのだ。 包囲には参加せず後方に立つアルバートもまた、同様の目的の為に己が脳の伝達処理を向上させ、集中領域に高めている。 「……や、やっぱり避けれねえのかよ……」 知識の無い男に2人の意図は分からないが、それでも自分を逃がさない為の何かをしようとしている事くらいは察せたのだろう。その青ざめた顔に一層の焦りと怯えを浮かばせる。 そして京一の下ろした加護がリベリスタ達に小さな翼を与え、飛行能力を与えた事を見て取った時、その焦りと怯えは絶望に限りなく近くなった。 「覚悟も無く死地に赴けば錯乱するのもむべなるかな」 ブロードソードを高く構え、防御に特化させたエネルギーを全身に纏ったアラストールの言葉は、一定の理解を示していた。男が思わずそちらを見やり、 「ですが、結果望む事がかくも外道とは救い難い話。情状酌量の余地は無い」 ――だが続く言葉は無慈悲な正しさを響かせる。 それに続くように菜々那の放った暗黒のオーラが収束し、男は慌てて飛び退く。 「う、うるさい! うるさい!!」 喚きながらも、しかし男は反撃をせず、リベリスタ達を怨嗟の篭った目で睨み返すだけで…… その様にアイリとユーディスがハッと気付いた様子を見せ、準備を忘れたスキルの代わり、せめて相手が何をしようとしているのかだけでも把握しようとした零児が被せる様に叫ぶ。 「物質透過を使う気だ!」 その言葉に、先に気付いた二人以外の者も一斉に踏み込む。 「ボクの抜き打ちで封じられる程度の相手なら簡単なんだけどね……」 弱気な言葉を呟きながらも、理央が挨拶代わりとばかりに封縛の呪印を放つ。本人の懸念どおり男はそれを押し退けるが、神秘の力になれていないがゆえの必死さが過剰な力を産み、バランスを崩す。 「隙を作るだけでも構わぬ!」 その言葉とは裏腹に、踏み込んだアイリの手はガッシリと男の右手を、そしてユーディスが左手を掴む。 凪沙の掌打が唸りを上げ、アラストールが十字の光を放つ。腕を掴まれている男にはそれを避けきっることなどできず、辛うじて身を捩って直撃を避けるしかない。 「……くしょう」 この道は大通りだが、周囲は住宅街なのだ。透過の力を使えれば、地面を通じて周囲の建物に侵入することもできる。侵入した先でまた透過を繰り返せばほぼ安全に逃げられ、あるいは家の中で凶行を再開できる。だからこそここを選んだのだ。 だが、2人がかりで腕を掴まれては、透過したところで潜る前に引きずり出されてしまう。 「ちくしょう! ちくしょおおおおおおお!!」 厳然たる現状の前に男は自棄そのものの怒号を上げ、その叫びに呼応するかの様に周囲一体の地面から、燃え盛る焔が一斉に吹き上がった。 「……はぁはぁ……もう、もう良い! やっぱり死ぬしかねえんだ! だったら殺してやる! 死ぬ前に殺せるだけ殺してやる! 何もせずに死んでたまるか!!」 狂ったように叫ぶ男を前に、リベリスタ達の被害は軽くない。 特に掴んだ腕で繋がっていたアイリとユーディスは完全に直撃を喰っている。 直前に京一が張っていた守護の結界が少しだけその火勢を減じたのが不幸中の幸いではあったが、零児が意識を取り戻す気配はなく――立て続けに使われると厄介かも知れない。 「うふうふ。ほーんと、依頼には楽しい出会いがたくさんなの」 一様に渋い顔をするリベリスタ達の中で唯一、菜々那だけが嬉しそうに頬を緩めている。 「やりたい事を自由にやるって大切で楽しい事なの。 ナナもあとちょっとで死ぬってなったら絶対、お兄ちゃんと同じ様にやるの」 豊満な胸を揺らし、口先だけではない明らかな本気の言葉を吐く菜々那に、男は一瞬だけ怯むように見返してしまい、その隙に収束された湧き出す暗黒の衝動の直撃を受け力を減じさせる。 「……この、だったら邪魔するな!」 一瞬よろめいて身を起こした、その間に理央が癒しの呼びかけを詠唱しリベリスタ達の傷を癒しているのを見て、ノーフェイスの表情がまた少し引き攣った。 ● 果たして、男はそれから何度もその焔を召喚した。 「くそっ! くそぁっ!! どうせ! どうせもう! なら燃えちまえええ!!」 男が召喚し大通りを嘗め尽くす炎は、よく見れば中に映像を映しだしていた。 それは全て男の姿――否、男の願望だ。 重厚で立派な社長机に座っている男、美しい女性との結婚式で周囲に祝福される男、子供を抱いてあやす男、友達と笑いあう男、女性に言い寄られている男、宝くじが当たった男、微笑ましい物から大志と言える物や卑俗な物まで、それは全て、もう叶う事のない、男の未来の夢。そしてそれらは焔の中に浮かんでは、見る間に燃え尽きていく。 「……それが、燃料なんだね」 焔の前触れなどを探して、その結果直撃を受けた凪沙が、重く呻いて立ち上がる。 運命を勝利に捧げたのだ。 その技を真似られればとも考えたが――相手はノーフェイス。運命の寵愛を受けたままの自分たちには扱えそうもないし、何より解析するための準備をしていない。 ただし幾つか、燃え尽きずに余韻として残る映像もある。 無残な死体を前に笑う男、手の届かなかった高嶺の花を思う様に蹂躙する男、そして事件の報道、恐怖と嫌悪を持って記憶される男の顔、名前――それは何時かTVで見た『伝説』の様な、けれど『伝説』に比べれば余りに脆く、拙い、だが矮小な男にとっては最後の足掻き。 「それが望みか、ならば相応の報いも覚悟の上だな?」 防衛への自負心、それゆえに他の誰よりも余裕を持って戦っているアラストールの言葉は、あくまで正しく、冷たく。 「うるせえええ! お前に俺の気持ちが分かるかあああああ!」 撃ち放たれる十字の閃光は男の八つ当たりの憤怒を加速させて、冷静さを奪う。 「だいじょうぶ、最期にとびっきりの殺し合いをプレゼントしちゃうの」 噛み合っている様なズレている様な、菜々那の言葉。全身を焼かれた邪悪な少女は、その痛みを呪に変え、男の全身を丹念に刻む。 「拘束以外碌に出来ぬ力量ではありますが、専心すれば熟練にも劣らぬもの、と存じておりますので」 そう呟き、アルバートは気糸の罠を発動させる。集中を重ね幾重にも渡らされた拘束の陣にノーフェイスは成す術もなく捕らえられた。それを見た京一が一層の集中を己に課す。 運命に見放された代償か、倫理観を手放した報酬か、男は相応に強い。拘束には針の糸を通す集中を要し、だがそれもすぐに引き千切って見せる。それでも、数人がかりの拘束は幾度も男の動きを縛り、その怨嗟の炎や拳を留める。 その隙をのがさずユーディスがヘビースピアを大上段から構え、神聖な力を秘めた一撃を叩き下ろす。遠子の気糸がその胸を撃ち抜き、菜々那の闇の力が炎と鬩ぎ合い、アイリの連続攻撃は鋭く、凪沙の一撃は重く。 ノーフェイスの炎は強力無比、合間に放って来る炎の拳も、氷結の拳も、決して油断できる威力ではない。だが、リベリスタたちの連携に押し勝てるほどでは、無い。 「……! ……く、そお……!」 男の表情に、少しずつ弱気のそれが浮かび始める。 その時だ。 「いけない!」 遠子が突然走り出す。その先にいるのは――呆然と立ちすくむ、男性。 「あんたたち、人の家の前で何やってるんだ!? え、いや、火事!? なんだよこれ!?」 この場には、戦闘が開始する直前に理央によって強結界が張られており、用の無い人間の接近を弾いていた。だが、それは逆に言えば『用のある人間』――例えば、そこを通らなければ家に帰れない男――は、弾けないと言う事。 裏路地から男を引きずりだし、戦場を大通りにした為に、誰かが通り掛かる可能性は飛躍的に高くなっていた。装置の如き集音の力を持つ遠子は、耳をそばだて無関係な人間の接近に警戒していたのだ。 「危険です! これ以上近付かないで!!」 立ち塞がった遠子を前に、男性はそれ以上の接近を遮られており、その距離はノーフェイスの男からは――30mそこらはあるだろうか。 ノーフェイスの男がぎりりと歯噛みする。この距離では神秘の暴威は届かない。つまり、他のリベリスタの包囲を突破できない彼に離れた2人を殺す事は出来ない。 だからと言って、リベリスタたちが油断していた訳ではなかった。 だが。 ――カチャ。 いくらか高い場所から、鍵の開く音が、いやに大きく響いた。 リベリスタたちも、ノーフェイスの男も、一斉に音のした方を見る。 「……あなた?」 「隠れろ、ハルミ!」 深夜の道で、恐る恐る顔を出した女性の控えめな声も、奇妙なほどに響き渡る。 その声に先程の男が、怒号を飛ばす。 強結界内部での出来事への興味を失うのは、結界の外にいる、内部に目的のない人間だけだ。 そして強結界の範囲は――制御をしなければ、半径にして200mほどになる。 住宅街の、大通りに面した家の扉。例え今までの音を聞いて不良の喧嘩か犯罪者の抗争かと怯えているだけだったとしても、その中に残業で帰りの遅くなった夫の声が混じりだせば、様子を見たくなるのは、当然と言えたかもしれない。 「今ここで私を! そなたの力で殺してみせよ!!」 アイリが叫ぶ。ノーフェイスの注意を引きつけようと言う必死の言葉、演技。 誰も間に合わない。届かない。 「ひゃあああ! どうせ殺すなら一人より――いっぱいだぁあ!!」 焔を召喚した男の叫びは、哄笑と言うよりどこか悲鳴染みていた。 ● 男ががくりと、膝を付いている。 呆然とした表情で――それも仕方ない。眼の前で、妻が死んだのだ。 それも、突然わき起こった炎に巻き込まれて。 ノーフェイスの最期のあがきによって倒れた理央と、未だ目を覚まさない零児を抱え、リベリスタたちはその場を逃げるように離れる。 ノーフェイスは最期、己すら巻き込みかねない炎の中で哄笑を上げた。 『すべて燃えてしまえ! 全部、ぜんぶ燃えて、消えてしまえ! 何もかも消えて、そしたら、全部夢なんだ、寝て起きたら、綺麗さっぱり――』 そう叫んだ男は今、すすの塊となってその場に立ち尽くし、もう二度と動かない。 建物に、女性を燃やし尽くした炎が延焼を始めていた。 もう少人数でどうにか出来る範囲を超えてしまったのだ。 遠くから消防車のサイレンが近づいてきた。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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