●典型的なアレ 「てやんでぇ、べらぼうめ! バレンタインがナンだってんだ!」 バレンタインを語るには些か早い1月下旬。それでも、半ば今年の敗戦が確定している人間にとっては、浮き足立った雰囲気というのはどうにも耐え難いものがあった。 それにつけてもカップルである。おピンクな空気が蔓延するのである。加えるならば、仮に戦利品を勝ち得ても三倍返しという怪現象が待っている。 ……勘弁してくれ。 そんなため息が男の口から漏れ、雪がちらつく街を歩いていると……ふと。チョコケーキが、そこにはあった。 いや、おかしい。 何がおかしいって足が生えている。編隊を組んでいる。なんだろう、あれ―― 「バレンタインでぇ!」 口に飛び込んできたそれに呼吸を止められ、男は思う。 ベタすぎるよ、と。 ●今日も地口落ち 「……なあ、この人ほっとくと死ぬのか?」 「一応、通りすがりの人に助けられるかも知れません。助けられないかも知れません。皮肉ですね、欲しがっていたチョコレートで窒息死」 やれやれ、と首を振る『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)に対し、リベリスタ達は「お前がやれやれだよ」と突っ込みたかった。 だが、エリューションに一般人が襲われるのはこう、ちょっと避けたい。 「この手合いはE・ゴーレムです。フェーズ1、数は八体。一人分のチョコレートケーキで、主に突進と相手の口に突っ込む自爆戦法ぐらいしか出来ません。一般人が食べれば違ったかも知れませんが、皆さんなら問題ないと思います。ですが、当然息が詰まって行動に大きな制限を受け、負傷する可能性もありますが」 何だか、どうでもいいところで厄介だった。数もそこそこ居るし。 「……名前は?」 「そのままずばりで、『バレンタインでぇ』です」 あ、顔を背けた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月02日(木)00:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●甘いけど甘くない、そんなところで ケーキをおいしくもぐもぐするだけの簡単なお仕事だろうと甘く見ていた。 否、『一人分』の概念を何処に置くかによって、決して楽で直ぐ終わる任務などではない、と。 そんな警句を発したのが『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026)ただ一人だったのは、リベリスタたちにとっては……残念ながら、不幸な事件だったねと述べるほかないのである。 ほら、どんなショボっちぃ敵でも世界にとっては脅威だし。 「この剣姫! スイーツを食わずに、リベリスタがやっていられるか! ええと……そうそう、ってんだ!」 イシュターの三姉妹的に『比較的』残念ではないはずの『剣姫』イセリア・イシュター(BNE002683)、江戸っ子口調の勉強中。あ、語尾が抜けてた。 ともあれ、ブロウ・ヒュムネを構えた彼女の視界には、八体編成のエリューション『バレンタインでぇ』が居並んでいる。 かぶり付きたい、という逸る胸を抑えつつ、しかしかぶりつくには些かサイズが大きすぎるように感じられた。 「ちっす! 悪事を働く悪ぃケーキは燕さんが食い尽くしてやるぜ……って、え?」 食ってくれって感じだとか、悪事がどうとか、そういうレベルではない。 『鋼鉄の渡り鳥』霧谷 燕(BNE003278)、たたらを踏む。突っ込んでこられて一口で食べられるのだろうか、あれ。 緑茶とクローを交互に眺め、刻んで食べるべきだろうかとまじめに悩み始めた姿はある意味繊細な少女()。 「ところで一人分って、流石にワンホールではな……」 『(自称)愛と自由の探求者』佐倉 吹雪(BNE003319)、甘党なのに何故か絶句。 いやだって常識的に考えてケーキ一人分ってワンカットぐらいじゃん。在り得ないじゃん。丸いケーキが鎮座してますとかそんなわけ無いじゃん。 そう、何処かにだまし絵的な鏡があるんだよ違いない。甘党ったって限度があるぞ。 「うーん、ケーキで窒息なんてやだよ……ね……」 食べつくしちゃおう、と『紅翼の自由騎士』ウィンヘヴン・ビューハート(BNE003432)は意気込む心算だった。いや割とマジで。 辛かったらもっと良かったのになとか、口に来たら食べてしまえとか、それどころの相手ではなかったのだ。 いや、割とマジでな。 「ケーキが自分から口の中に飛び込んできてくれるなんて、まさにおいしい話ですね」 女性にとってケーキは正に栄養素の塊とも言えるものだ。そりゃまあ、好きなんだから仕方ないよね。 『蒼輝翠月』石 瑛(BNE002528)にとってもそれは例外ではなく、コーヒー片手にハッスルする彼女の目には輝きがあった。まあ素敵。 邪魔されたり無駄な被害が出てはかなわないと、強結界を張る彼女の勇姿たるや。 ……まあ、この時の彼女の喜びようからしたら、あの悲劇は予想出来なかったよねぇ。 「……不公平です」 ある人物から受け継いだマスクで顔を隠し、『バレンタイン守護者★聖ゑる夢』番町・J・ゑる夢(BNE001923)は静かに佇んでいた。 バレンタインは全てに等しく訪れる機会。決して一部の人間だけが楽しむべきではないし、一部の人間だけが襲われるべきではない。 故に、やはりみんなが幸せでなければならない。 あーでもゑる夢さん? バレンタインは『狩猟祭』ではないと思うのよ? 何故か持ってきた飲み物がホットチョコレートなことについては当方は何ら関知しませんからね? いや、本当。 「編隊を組んでやってくるチョコケーキ……」 想像以上の惨状だった。雨合羽を着て正座待機する『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)にとって、そんなメルヘンめったに味わえるものではない。 っていうか早く食べたいんでお願いします。 あ、ところで何でちょいちょい絶句してるかっていうと、 『バレンタインでぇ!』 識別名称そのまんま、チョコケーキのエリューション共が揃いも揃って三号ホール(直径九センチほど)だったからということがまず一つ。 いや、確かに一人分ですけれどね。なんつー名称詐欺。 もう一つは、申し訳程度のはずの拳足が何故か無駄ごっついこと。流石にこれはドン引きだ。 「ちよこれいとぉぉぉおお? 伴天連どもの乱痴気騒ぎにうつつを抜かすたぁ、江戸っ子の風上にもおけやしねぇ! 伴天連伴天連、喧しいこと抜かしやがって、この唐変木が!」 計都、ノリノリというか……こりゃもうやりたい放題の江戸っ子ぶりだ。いいぞもっとやれ。 あとバレンタインを伴天連と言い換えた(?)あたりに、密かに沸騰する感情が垣間見える。素敵。 『てやんでぇ!!』 居並ぶチョコケーキ共、一気呵成と声を張る。 ……いや本当、なんなんだろうねこのシチュエーション。 ●食べろ、一気に 「一人一体食っちまえばいいんdっふぅ」 「食えってんでぃ、チキショウ!」 自ら構えを取り、有利な状況を作り出そうとするその直前――流水の構えすら繰り出す暇を与えられず、燕の身体がふわりと浮いた。 チョコケーキの、口元へ向けられた突進。三号ホールまるごと口に突っ込まれるという大惨事。かじりついて食べれば終わり、そう思っていた。 当然、息が詰まる。動きがおぼつかない。地面に降り立った足は千鳥のようにふらふらと舞い踊り、 「食えねぇってのかイ、お前さんよォ!」 一発。 「そうは問屋が卸さねえってんでェい!」 二発。 「そいやァ!」 三発。 紅茶とか。業炎撃とか。昨今のチョコケーキはそんなに甘やかされて育っては居ないのだ。生クリームだけど。チョコだけど。 流れるような馬鹿馬鹿しい連携に、燕の覚悟が追いつくわけもない。フェイトを燃やしたところで、係る追撃は彼女を逃さないだろう。 口だけはちゃんとモグモグ動いている。しかし、立ち上がる気配がない。 (辛い……ケーキだったら……燕さんにも嬉しかった、んだ、ぜ) 燕、堕つ。 同様の悲劇は、ウィンヘヴンをも襲う。 彼らの目論見に対する失策は、主だった所で二つある。 ひとつ、決して速度が速い訳ではなく、且つ連続行動に回す精神的余地が無いにも関わらず準備に時間をかけることを主たる戦術としたこと。 ふたつ、チョコケーキという単語に惑わされ、フェーズ1とはいえエリューションの一人一殺(食?)という危険性に頓着しなかったことだ。 ……まあ、ネタに順応しませんでした的オチは付き物だ。とうといぎせい()というやつだろう。 燕の惨状を視界の端に収めていた彼女からすれば、そう易々とやられないように思われた。 思われたが、所詮はほぼ同タイミングに起きた出来事だ。襲いかかるチョコケーキの数が少なかろうと、喉が詰まるわ腹パンされるわ、 とにかく奴らってば遠慮がない。 紅茶? ……うん、細かい事とかいいんじゃねえかな。 「かんかんのう、きゅうれんすー」 計都が何とか抱え起こして対処してるし。死にゃあしねえよ。 っていうかそこまで江戸っ子しなくてもいいじゃないか! その一方。 「小さくバラして食べやすくしてやろうじゃないか!」 守りに入ることをよしとせず、一発目から全力で殺りにいくイシュターまじ剣姫。 速度に乗せた一撃は深々とチョコケーキを抉り、刻み、紙皿(何処から出したのかは秘密である)の上に収まっていく。 「……フ」 すいませんイセリアさん、かっこよく決めようとしても剣のチョコなめとるって行為はその、うん、ないわ。 内心、味は期待通りとか思っちゃってるんだろ。威圧行動なんだろそうなんだろ。 「食べられる運命に生まれたケーキにとって、食べられるという行為は即ち初夜……」 いきなりとんでもねぇこと言い出したぞこのインヤンマスター。 続け様に綺沙羅にとびかかろうとしていた一体も、その身から溢れる謎の威圧感にたじろいで動けない。 これはマジだ。初夜ってよくわかんないけど取り敢えず厳かに進めよう的アピールが溢れでている。 だって雨合羽だもん。正座待機だもん。 じりじりと距離を測るチョコケーキに、物怖じせずに念話で説得を試みる綺沙羅。 (バレンタインに誰かの元へ行くべく生まれたチョコケーキ……キサはおまえの運命になる為に来た) やだちょっとかっこいい。 (だから、おまえの全てが欲しい……) 何処のレディコミ展開ですか。 でも、ああ、それでも。何かケーキには通じたんでしょうか。皿に近づいてるよ。仕込みはバッチリだよ。 「食えってんでぃ!」 それきり、動かなくなるケーキ。……えええええ。 「そんなあわてなくても、きれいに食べてあげますよ」 構えるとか、防御とか、そんなまだるっこしいことはどうでもいい。 口の中に飛び込まれたら自分のペースが掴めないと、瑛は華麗にかわして紙皿でキャッチする。 因みに、飛び込みに行っている時点で反動入ってるようなモンなので、紙皿を避けるとかそんな芸当はできない。できてもべちゃりである。 すごいぞ、スタント志望少女。 「マスク族の人間は、顔を隠したまま飲食する業を覚えているのです。やったね!」 やめろそれをばらすんじゃない。ゑる夢も誇りあるマスク着用者の一人。そんなフシギ技能をみにつけていることに何の不思議があるというのか。いやない。 斯くして、ゑる夢とチョコケーキの戦闘は始まった。っていうか、なんで残ってるチョコケーキ連中はいちいち彼らに追撃をかけないのかっていうと、 そりゃまあへたこいて突っ込んで行ったら皿に盛られるからじゃないでしょうか。 「ちゃんと魔法瓶に温かいコーヒーを入れてきたし、マイフォークも持ってきた、戦闘の準備は完璧だ!」 *しかし かくごがたりない 守りに徹する展開をよしとせず、自分からケーキに飛びかかった吹雪の意気やよし、というべきだろう。それは間違いない。 だが、ケーキだって黙って食われるばかりの展開をよしとしなかった。 若干齧られた跡を残しつつも、突進の勢いは吹雪を容易に吹き飛ばす。食べられに来ず、殴りかかるアグレッシヴ☆チョコレイト。 不遇とか不憫とかそういうレベルではなく、依頼単位での凶運にでも巻き込まれたかのようでは、あった。 「やい、チョコ公。お前さん、こんな騒ぎを起こすたぁ、どういう了見なんだい?」 計都、華麗に腹パンを食らいながらもチョコケーキに話しかける。鉄の心と覚悟なしにはとても行えない行為だ。 むしろそのべらんめぇ調が素敵過ぎるんですがどこで齧ってきましたか。 「伴天連、伴天連、伴天連! ああ、もうヤになっちまうさねぇ!」 何か既に意気投合。すげぇな、アークのインヤンマスターってみんなこんななのか。 「……リア充爆発しろ。いやもうマジで、ガチで、リアルに」 Oh……。 ●最後は根性が勝つっぽい 「この高揚、決戦以来だな!」 三ツ池公園の決戦に全力で謝るべきな発言である。えーっと、ごめんなさい。 だが、イセリアにとっては世界の命運を賭ける決戦もバレンタインの趨勢を賭ける戦場も等しく重要な戦場であることは間違いない。 ……多分。 そんな彼女だけに、細かく刻まれたケーキを鬼神の如き勢いで、食べる食べる食べる。 そのスピードは恐らく圧倒的。おい誰だよ、比較的……じゃないとか言ったの。ぶっちぎりだよ。 生きるとは食べること。 少食の綺沙羅にはこのケーキの量は幾ら何だって多すぎる。一気に食べろとなれば尚の事。 だが、それでも彼女は淡々と口に運ぶ。一発で口に突っ込まれたらどうしようと思った。説得出来なかったらどうしようと思った。 だが、その覚悟が相手に通じれば、食べきるという決意があれば、それは容易に勝利を呼び込むこととなろう。故に食べきる。 紅茶が本当に愛おしい。素敵。 「あれ?なんか胸ヤケ……?」 三割ほどを口に運んでから、瑛は自らの変調に遅まきながら気付く。 口に生クリームを運ぶたびにしずしずと湧き上がる違和感。 胸を突き上げる不調の余韻。まさか、いやもしかして、忘れていただけで、これは……。 「そういえばわたし、生クリーム苦手なんだった……」 塩せんべいとコーヒーでお口直し。敗北なんてしていない。これは断じて休憩である。 女優に敗北なんてありはしないのだ。演じきれ、と自己暗示。 「うええええええええん量が多いよおおおおおおおお」 圧倒的な分量は、バレンタイン守護者ですら意識を混濁させるほどのものだった。甘いし量が多いし、太るんじゃないだろうかという不安感。わかるわかる。 だが、そんなことでは彼女の手を止めることは出来ない。バレンタインを護る為なら、マスクの下の涙なんて見せやしない。 頑張れバレンタイン守護者。負けるなバレンタイン守護者。おおっと悲しくなってきたぞ。なんだこれ。 「こいつぁ、ずいぶんと苦ぇなあ……チクショウ、涙の味がすらあ」 悲しみが口いっぱいに広がり、苦味として昇華する。計都には些かきっつい仕打ちである。だが、残すだなんて野暮な真似はしない、できない。 言った手前はやりとげる、それが彼女の心意気。 「……くふッ……」 そんな覚悟の傍らで、吹雪は9割ほど口に運んでダウン中。 ゆっくりと減ってますけどね。 「……ご馳走様」 なんとかギリギリ食べ終えて、綺沙羅は神妙な顔で手を合わせた。 普段の性格は何処へやら、真摯に食べ物と向き合った結末がここに結実。勝利を収めたのであった。 「これは戦いなのだ! まさに、本望!」 イセリアの咆哮が響き渡る。フェイト? 負傷? 屁でもない。 自らを満たすのが食と戦いなれば、どちらも満たせるこの状況に不満などあろうはずもない。 そんなわけで、イセリア完食。 「ぶはっ……食べた、食べきりましたよ!」 バレンタイン守護者ことゑる夢、完食。 今年のバレンタインも取り敢えず安心だね! 今のところは! 「時々無性にケーキバイキングに行きたくなるけど……こりゃ無理ですね」 生クリームをコーヒーに流しこむという荒業。スポンジケーキはきっちりと食べきるという決心。 瑛、行儀は兎も角君はよくやった。役者として合格だと思うよ。勝利だよ。 リベリスタ達が、各々運命を燃やし時には崩れ落ち、それでもきっちり勝利へと導く。 その意気やよし、その覚悟や、とてもよし。 「ああ、今度はお大尽の男前が怖い」 ……君が一番男前だよ、計都。 おんなのこだけどな! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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