● 今日はご馳走だ。 食事は妻が用意している。僕の担当は、ケーキとプレゼント。 苺ショートとチョコレート、悩んだから両方買ってきたよ。 そう言ったらあの子は、妻は、どんな顔をするのだろう。 少し怒られる気もするが、きっと、喜んでくれるだろう。 足が早まる。口元が自然に緩む。定時に会社を出る事は出来たが、早く着いて悪い事はない。 嗚呼そうだ、此処を抜ければ少し近道だ。早く、二人の顔を見た── ──ぐしゃり。 けたたましいクラクションとブレーキ音、続いて響く、湿った重い音。 ドアの開く音が遠くに聞こえる。状態を確認したのだろうか。押し殺した悲鳴だけ残して、車は走り去って行った。 身体が重い。それに何だか、意識も遠い。 ケーキは?プレゼントは?手を伸ばそうにもそれすら上手くは行かなかった。 くらり、意識が回る。そして。 まだ若い会社員の命は呆気なくぷつりと、途切れた。 ──目が、『覚める』。とても寒い。身体の下にあるのはアスファルトか。 こんな所で寝ては居られない。目が覚めたなら、早く帰らないと。 立ち上がる。流れた血も、潰れた身体も、気付けば元に戻っていた。 早く帰って、2人に、。 捻じ曲げられてしまった死がゆっくりと、動き出そうとしていた。 ● 「早急な解決が求められる。……手が空いてる人、集まって」 少しだけ、青ざめた顔で。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は口を開いた。 「エリューション・アンデッド、フェーズは1。皆がつく時には未だ、エリューションになってほんの数分しか経ってない。 皆にとっては大した脅威じゃないと思う。……身体こそ異様に頑丈だけど、他は本当に弱いよ」 ならば何故至急なのか。一様に怪訝な顔をするリベリスタ達に、フォーチュナは深い溜息と共に、説明を続ける。 「エリューションはサラリーマンの若い男性。妻と子供が居る。 妻の事と娘の事、自分の事。後、ある理由の為に家に帰る、と言う事以外何も覚えていない。 ……今日視たのは、……彼が帰宅して、最愛の妻と娘を、自分の手で殺すところだった」 リベリスタが向かわなければ、30分もすれば彼は自分の手で全てを壊すだろう。 だからこその、至急。そう言外に含ませて、幼いフォーチュナはリベリスタを見据え直す。 「場所は人通りの少ない裏道。夕方だから、一応人には気をつけるべきだけど……結界程度で問題無い」 じゃあ、よろしく。資料を置き、淡々と踵を返しかけたフォーチュナは、不意にぱたりと、足を止めた。 「……娘の、誕生日だったんだって」 ぽつり、その一言だけを添えて。今度こそ彼女はリベリスタの前を後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月07日(火)23:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 冷たい風が、頬を撫でる。 酷く、寒い。僅かに湿気を帯びた空気は、天候の変化の兆しを見せる。 路地を進む。 その足取りは、何処か重たかった。 この路地を抜ければ、フォーチュナの告げた現場だ。抜ければ、終わりを齎さなければならない。 もう、会うことは、会わせることは、出来ない。 離宮院 三郎太(BNE003381) は、深い溜息と共に青い瞳を翳らせる。 どうやったら、助けることが出来るのか。 どうやったら、思いを伝えることが出来るのか。 どうやったら、皆が笑顔になるのだろうか。 大事な、大事な家族にもう会えない。そんな彼らの為に。 この運命の悪戯を闇に葬り、少しでも残された家族に希望が持てる様に、しなければならない。 そう、自分が。自分達が、やらなければ。 固い決意を胸に抱く三郎太の前。 優雅な所作で歩みを進める『夜色紳士』ダグラス・スタンフォード(BNE002520) もまた、その端正な面差しを微かに曇らせていた。 自分にも娘が居る。 3歳になるのなら、きっと可愛い盛りだろうに。その気持ちが分かるだけに、残念だった。 同じ様に、『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179) と『フリーギダカエルム』明神 涼乃(BNE003347) も、自身の家族へ想いを馳せる。 家族への想いで蘇った。つい、自分の境遇と比較してしまう。 京一にも、大事な家族が居た。もし、自分が、彼の様に。 何故帰りたかったかも思い出せず、ただ、帰ろうとするだけの存在になったら。 そう思うと、酷く切なかった。 そんな想いを押さえ込む様に、京一は仮面をつける。 どれだけ哀れであろうと。自身と重ねてしまうとしても。 彼と家族を会わせる事は、更なる悲劇を呼ぶだけなのだから。 自分も、家族を持つ身。彼の立場に立てば、なんと悲しい事か。 だが、放置すれば犠牲を増やすのみ。次の悲劇を起こさせるつもりなど、涼乃にはさらさら無かった。 けれど。 「……ああ、そうだ」 出来るなら。今日は早く、旦那に会いたい。 表情は硬い。空気は重い。そうして漸く、路地を抜けた。 人気の無い、ただの裏道。けれど其処に響く、自分達以外の、足音。 少し、遠い。けれどぼんやりと人の姿を取り始めた影に、『豊穣神・自分で神つけるとかー』聖鳳院・稲作(BNE003485) は静かに、目を向ける。 恐らくは、彼だろう。人を避ける障壁を巡らせながらそっと、吐息を漏らした。 突然、訪れる不幸。 彼もそう。けれど、彼はその不幸に、気付いていない。 そして、覚えていない。何があったのか。何を、しているのか。 けれどそれでも、何も覚えていなくても、大切な何かは、彼の中にある。 娘への。妻への。純粋すぎる、愛情が。 彼は、先を失った。けれどそれでも有り続けるこれを美しいと稲作は思う。 そして、その美しさを穢さない為に、私達が居るのだろう。 「……止めましょう。悲劇を」 そっと、声が漏らされる。 それを合図とするかの様に。裏道を塞ぐリベリスタの前に、歩み寄ってきた影が、立ち止まった。 「あの、……すいません、其処を通して貰えますか?」 至って、普通に。けれど何処か虚ろな瞳で、影――寿樹が此方に声をかける。 見た目は何処にも、可笑しい所は無い。何も知らなければ、通してしまっただろう。 だが、リベリスタは知っている。 彼が、もう、人と言う枠から逸脱してしまっている事を。 沈黙が落ちる。痺れを切らした様に此方を押し退けようとする彼の行く先を、三郎太が無言で遮った。 苛立ちを顕に、寿樹が此方を見る。それでも、彼は此処を退くつもりは無かった。 「……申し訳ないけれど急いでいるんだ、退いて貰えないかな」 先程より、冷ややかに。寿樹の声が、此方に向けられる。 それを耳にしながら、『ペインキングを継ぐもの』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499) は鋭さを宿す瞳を眇める。 全く、酷い事ばっかりだと、彼は思う。 神秘など関係なくとも、この世は酷い事で溢れている。 そして、その多くが。誰が悪いと言う事ではなく、言ってみれば、ただ運が悪いだけなのだ。 それを、変えたかった。ふ、と頭を過ぎる過去を振り払い、少年は前を見る。 覚醒すれば、そんな状況を少しは良く出来るのではと、思った。 けれど。 現実は、変わらなかった。 「通せない。……気付いてないみたいだけど、あんたはもう死んでる」 だから通す訳には行かない。 信じたくないなら信じなくたって良い。ここで、もう一度死んでもらうだけだ。 淡々と、言い放つ。御託なんて必要ない。 如何する事も出来ないのだから。 そんな少年の言葉に、寿樹の表情がついに怒りを顕にする。 「何なんだ! 死んでるなんて馬鹿らしい!」 ふざけるな、そう言いたげな彼の瞳が、此方を向く。 それでも、リベリスタ達は動かない。寧ろ遮る様に、『Knight of Dawn』ブリジット・プレオベール(BNE003434) も前に出る。 家族を真の意味で守る事が出来るのは、家族だけだ。 そして、騎士とは。護ろうとする者をこそ、護る者なのだ。 己の騎士道を、確りと胸に抱き直して。ブリジットは寿樹を見詰める。 信じている。これからの自分の行いは、救いであるのだと。 そんな彼女の意志を、知る由も無く。ただ只管に邪魔をされる状況に、限界を迎えたのだろう。 唐突に、その腕が振り上げられて。その侭勢い良く、振り下ろされた。 ● 握られた拳が、叩き込まれる。 加減を忘れた爪先が、その身体を嬲る。 爪が、食い込んで、皮膚を裂く。 度重なる攻撃により走る痛みに微かに表情を歪めるも、リベリスタはその身を庇う事をしない。攻撃を仕掛けない。 ただ、黙って受ける。そんな彼らの身体から、滴り落ちる、紅い色。 興奮状態にあったのであろう寿樹の表情が、それを目にした途端さっと青ざめた。 「え、……あ、僕、そんなに……強く……」 明らかに狼狽し、己の手を、見詰める。 どうして。そんなつもりは無い。そもそも、こんなに一方的な暴力を振るうつもりなど、なくて。 ただ少し、苛立っていた、だけなのに、何故? 「この傷を見ろ、我々はまだ立っていられる。だが、お前の家族は一度でも受ければ……死ぬだろう、確実に」 「貴方のその力、解りませんか? 容易く人を傷つけてしまう事を」 その狼狽を後押しするように、涼乃が、稲作が、傷付いた自身を寿樹に晒す。 死んでいる。 自分は。もう生きていない。 この身体は、何か別のものになってしまった。 そう、こんなにも容易く誰かを、傷つけることが出来るような。 「そんな……そんな訳……そんな訳無いだろ! こんなの偶然だ、ちょっと、加減が出来ていなかっただけなんだ……!」 必死に、現実を拒む。 そんな彼を見遣りながら、『祓魔の御使い』ロズベール・エルクロワ(BNE003500) はそっと、ぬいぐるみを抱く腕に力を込める。 愛情。自分は良くは知らないものでは、あるけれど。 彼が家族をおもっている事だけは、良く分かる。 だからこそ、彼が帰るべきは、温かい、家族の待つ家ではないのだ。 土は土に、灰は灰に、塵は塵に。天に召されて貰う。 そんな決意を胸に、彼は真直ぐに寿樹を見据える。 「……今日、何の日かしってますか? どうして急いでかえるんですか?」 それすらも覚えて居ない筈の彼に、そっと問う。 思い出して欲しい。帰してやる事は出来ない代わりに、せめて。 それは、リベリスタの総意であった。 「どうしてって、そりゃあ……あれ、……どうして……」 どうして、急いでいるのか。思い出せない。記憶の欠如を手繰ろうとするのに、痛みと恐怖がそれを遮る。 強すぎる力。欠けた記憶。 そして、自分の死を告げる、知らない人達。 良く見れば、彼らの姿も常人とは異なっている。翼。もう、頭がついて来ない。 けれど。 自分が、既に人ではない何かである事だけは、何となく分かってしまった。 「そんな、僕、何もして無いのに……っ、何で、何でだよ!」 悲哀に満ちた絶叫が響き渡る。 絶望と、怒り。悲しみ。どうにもならない現実。 我を忘れ、闇雲に攻撃を仕掛けてくる彼の拳を受け止めても、ユーニアは表情を崩さない。 「諦めてくれ。あんたは運が悪かったんだ。……でも」 本当は、ほんのちょっとだけ運がいい。 そう、小さく呟く。 万華鏡のあの子。あの幼いフォーチュナが、気付いてくれたから。 大事な人を手にかけずに済むのだ。更なる悲劇は、自分たちの手で止める事が出来るから。 自分は、恨まれて当然だ。だけど。 未来に気付いてくれたあの子には、感謝してやって欲しい。 彼の握る棘が、黒く、禍々しく煌めく。振るわれたその一撃は、寿樹の身体を容赦無く傷つけた。 そんな彼と同じく。それまで待機していたリベリスタ達も、一斉に動き出す。 京一が、全員へと空を飛ぶ力を付与し、ダグラスが古びた日本刀を構え、涼乃が守護の障壁を張り巡らせる。 武器を取り出したロズベールがその翼を使って寿樹の後ろに回れば、ブリジットが敵を惑わす闇を纏う。 思い出して欲しい。それは、リベリスタ達の願いだ。 だが。同時に彼を必ず、葬らなければならない。それが、リベリスタの仕事なのだ。 寿樹の攻撃は、闇雲だった。 腕を振り回し、爪を立てる。 自身の身体から滴り落ちる血液は、確かに人のものなのに。 傷を受けたこの身体は、何の支障も無く動いている。 その状況も、彼の理解と絶望に、拍車をかけたのだろう。 言葉にならない何かを呟きながら、彼はリベリスタ達へと攻撃を仕掛け続けていた。 「帰りたいという気持ちは察するが、そんな姿で帰ってどうするのかね」 破滅的なオーラを寿樹の頭に向けて放ちながら、ダグラスは問う。 傷だらけになって、もう明らかに生きているのが可笑しいその身体で。 家族に会って、如何すると言うのか。 そんな言葉に、絶望に濁る寿樹の瞳が、僅かに歪む。 そう、まるで。泣き出してしまいそうに。 「でも、帰らないといけないんだよ。そう、そうだ……今は気が立ってるだけなんだ。大丈夫。 帰ればこんな事しない、そうだよ、大丈夫なんだ!」 会話が成り立たない。必死に現実を拒む彼に、涼乃の漆黒の烏が襲い掛かる。 「家族殺しは見たくない。させたくない。……この本心だけでも、信じてはもらえないか」 切実な声が、寿樹に投げかけられる。 酷なこと、だ。分かっている。けれど。 自分にも、旦那が。子供が居る。だからこそ、こんな悲劇は沢山だった。 「駄目なんだよ、駄目、それでも、帰らないと。帰るだけでいいんだ。お願いだから、二人のところに、帰らせてくれよ……!」 それだけで良いのに。どうして駄目なんだ。 傷付いた身体を、心を庇う様に、その腕は頭を抱える。 ロズベールの振るう、血程に紅く染まった槌が、また寿樹の傷を増やす。 そんな彼の、目の前。 武器を、防具を全て持ち込まず、ただ只管に寿樹の前に立ち続けていた三郎太が、寿樹に近寄る。 納得させたい。気づかせてあげたい。 自身に何が起こったかを。自分達が何故来て、何をしようとしているかも。 そして。 彼の意思を絶対に、家族の下へ届けるという決意を。 だからこそ、武器も防具も必要無い。今、自分に必要なのは決意だ。 「おもいだして! 今日は何の日!? 何で急いでいたのっ!!」 その侭、何も思い出せずに死ぬなんて、そんなのは酷すぎる。 家族を守りたかった。けれど、今ではその家族は、自分の傍に居ない。 だからこそ、三郎太は願う。 「お願いだよ…思い出してよ…、本当に、本当にそれはあなたにとって大切な事なんだっ!!」 彼が全てを思い出して、安らかに眠れる事を。 ● 今日。 今日、は。 三郎太の血を吐くような叫びに、闇雲に攻撃を仕掛けていた寿樹の腕が、止まる。 其処を機と見たユーニアが、棘を振るう。しかし。 「お願いですわ、もう少し……! もう少しなんです……!」 仲間と寿樹の間に、立ちはだかる。 自身の家紋を掲げる盾でその棘を防ぎ、ブリジットは確りと、前を見る。 やってはいけない。分かっている。これは、許されない事かもしれない。 けれど、それでも、自分は彼に時間をあげたいと、思うのだ。 自分は、騎士だ。人々を死なせないために剣を振る存在だ。 けれど、今回だけ。今回だけは。 人ならざる者になってしまった彼が、人として終わる事が出来る様にしたい。 自分の我侭なのかも、しれないけれど。 そんな、自身を庇う様に立ちはだかる彼女の背を見詰めて、がくりと。 寿樹の膝が、落ちる。 嗚呼、そうか。この人達は。 救おうと、して、くれているのか。 自身の帰路を阻むだけの、敵だと思っていた存在。 それが、今確かに、自分を庇っている。そして、願ってくれている。 自分が忘れた、何か大切なものを、思い出す事を。 「今日は、娘さんの3歳の誕生日。……娘さんが喜ぶ様に、悩んだ末に買った、プレゼントとケーキ。 そういう大切な思いを、思い出してください。そして」 ――貴方がその大切な思いを、貴方が自分自身の手で壊そうとしていたことを。 京一の声が、ゆっくりと耳の中へと流れ込んでくる。 思い出してゆく。誕生日。娘と妻は、今もきっと家で待っている。 プレゼントを。ケーキを。そして、寿樹自身の事を。 そして。 待たせてはいけないと、急いで帰る最中に。 自分が、車に撥ねられてしまった、事を。 「嗚呼……そうか、そうだったんだ……」 例えるなら、溜息。絶望と悲哀は消えないものの、その顔には確かに、人間の色が戻っていた。 「……私たちはその思いを守るために来ました。だからどうか、安らかに眠ってください」 仮面越し。表情は見えない。 けれど、確かに自分を想ってくれている言葉に、寿樹は力なく、微笑んで立ち上がる。 未練がある。 帰りたい。その想いがある限り、彼は自分で消える事は出来ない。 それは、リベリスタにも何となく、理解が出来た。 「あなたが罪をせおう事はありません。あなたの罪、ロズがいただきます」 ロズベールの紅に染まる武器が、仮初の命を啜る。 「私は自身の力で守ると誓いました。貴方の家族と、貴方の安らぎを」 だから。稲作は弓を引く。 「あんたの痛み、少しは俺も背負ってやるよ」 己をも蝕む黒き煌めきを意にも介さず、ユーニアが棘を突き刺した。 脚が、覚束ない。目が回る。 頑丈な身体のみを手に入れていた寿樹に、漸く終わりが訪れ始めていた。 「自分の誕生日に父親を失った子供が、これ以上悲しい目に合わないように……君を止めなくてはならないな」 だが、せめて。 何か伝えたい事があるのなら、聞いておこう。 大振りの太刀を、確りと構えて。ダグラスが真直ぐに、問いかける。 優しい子になって欲しい。 人の痛みがわかるような。 幸せに、なって欲しい。 自分が居ない分も、色んな人から愛されるように。 そして。出来れば。 あまり、悲しまないで欲しい。 全て伝えたい。けれど、それが不可能な事を寿樹は理解していた。 だから。 「……誕生日おめでとう、と。……愛しているよと、伝えて欲しい」 有難う。そう、小さく添えて。 全てをリベリスタに託した彼は、ダグラスの剣の下、静かに地面に倒れ伏した。 ● 「できれば事故の前に君に出会って運命を変えたかったよ」 ダグラスがそっと、呟く。 崩れ落ち、温度無き死体に戻った寿樹にはもう、聞こえないかもしれないが。 そして、傍に落ちていたプレゼントの記憶に静かに、耳を傾ける。 朧げで、商店が合わない。けれど、ただただ、深い。暖かい。 愛情、と呼ぶべきものが、其処には溢れていた。 「…せめて、安らかに」 ブリジットが祈る。そして、彼らは最後の役目の為に、その場を後にした。 買い揃えたケーキと、綺麗なままだったプレゼント。 そこに、そっと。もう居ない彼からのメッセージを綴ったカードを添える。 ロズベールが周囲を見張り、涼乃が人避けに、と辺りに結界を巡らせた。 玄関から少しだけ離れた場所。周囲を確認しているロズベールは、そっと、ぬいぐるみを抱き直していた。 家族の顔、と言うものを、自分は良く覚えていない。 物心付く頃には、教会で暮らしていた。 でも、その、顔を思い出すことが出来ない、家族も。 寿樹の様に、自分の事を愛していてくれたのだろうか。 答えは分からない。くまのぬいぐるみに、そっと。顔を埋めた。 娘の誕生日。 自分は会う事は出来ないが、心から祝いたい。そう、稲作は思う。 彼が悩んだ末に買ったのであろう物と同じケーキ。 彼が選んだのだろう、可愛らしい兎のぬいぐるみ。 愛情、いっぱいの、ものなのだろう。 ぽたぽた、と。頬を、雫が伝う。 これを受取る娘が。妻が。受け入れなければいけない現実。 それを思うと、涙が止まらなかった。 ケーキとプレゼントが、玄関先に置かれる。京一が、インターホンを鳴らした。 「はーい、どちら様でしょうか?」 返答は、しない。涼乃が結界を解けば即座に、彼らはその場を後にした。 この後の事は、自分達が関わるべきではないところなのだから。 曇り空は、雪に変わっていた。 空気はやはり、重たかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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