●うわさ 今度の旅行の予定について考えていたはずが、気がつけばそれはどんどんとわき道にそれて、もう予定でも何でもなくて、憧れの彼女がもしこんな事を言ってきた時はどうするかとか、限りなく妄想に近い仮定、とかになりかけていた頃、突然、「楽しそうだね」と、耳元で囁かれ、足立は目を見開いた。 見開いたという事は、目を閉じていたということなのだけれど、全然自覚はなくて、え、とか思って真横を見ると、あんまり見たくない顔代表の、上原教授の端整な顔とかがあって、驚いた。あんまり驚いたので、椅子から、ずり落ちそうになる。 「え、何してるんですか上原さん。っていうか、何で居るんですか」 「何してるって、こっちの台詞でしょ。なに就業中に旅行雑誌とか開いてニヤニヤしてるの」 教授であり、優秀な研究者でもあるらしい上原が、あんまり教授とか出入りしないはずの大学の事務室、つまり足立の勤務先である、そのデスクの隣に座っている、というこの状況は、わりと面倒臭くて、更に言えば、何より、その顔の近さが面倒臭かった。 「何でもいいですけどあの、とりあえず、ちか、近いです」 油断すれば何か、じりじりと、ストッパー外れた台車、みたいに近づいてくる上原の肩を手で押しやり、その目から遠ざけるように雑誌のページを閉じ、脇へと押しやる。 「へー足立君、なに旅行、行くんだ? 誰と?」 けど何か、既にばれてましたよ、くらいの感じで早速、言われた。 「友達とですけど」 いかにもこれから仕事しますんで、邪魔です、みたいな空気を出し、言う。 でも全然めげない上原は、 「えー、本当にぃ? 何かあれなんじゃないの、彼女とかと行くんじゃないのー」 とか何か、言葉のわりに全然覇気のない感じで、言った。 「友達です」 「あやしー」 「いえ、友達です」 ってこれではまるで恋人に言い訳してるみたいだ、と思い、そんな気持ちの悪いことを一瞬でも思ってしまった自分に青くなる。 「そんなこと言って本当は女がいるんでしょ、間違いないでしょ」 「あのーじゃあ、確かに女性が居て、しかも目当てにしてる女性ですけど。でも、今はまだ、友達ですし」 認めないことには、いつまでも言い続けられそうな気迫に負け、告白する。 「ふうん」 上原は、珍しい生物の珍しい生態でも眺めるような目でこちらを見た。 「じゃあ。何処行くの。何時?」 「上原さんには関係ありませんよね」 「だって足立君取られたら面白くないから、邪魔とかしちゃおうと思って。その女に嫌がらせとか」 「そんなけはっきり言われてるのに教える人がいたら、その人はきっと、上原さんに抱かれたいって人ですよ」 とか何か言ったら、上原が無言でじっとこっちとか見るので、いやそんな意味深に見つめられても、と思う。 「いや、僕は違います」 「じゃあさ、じゃあさ、俺の話も聞いてくれる?」 「じゃあさ、の意味が分からないんで、断っていいですか」 「何かね、学生達の噂でね」 「あのー上原さん」 「うん何だろう、足立君」 「言っても無駄かもしれないですけど、やっぱり言いたいんで、言ってもいいですか」 「うんいいよ」 「もーそのくだり、やめませんか」 上原は良く、学生達から聞いた噂話を、どういうわけか、足立に聞かせてくる。 これまでに、神隠しであるとか、縁結び過ぎる神社であるとか、美容整形であるとか、何かいろいろあったような気がするけど、そのどれも別に役に立つ話ではないし、何より、こんな変人と噂の話を和気あいあいと話す学生の姿、というのが何か、納得できなかった。 「でね」 と、何か暫くぼーとか足立の顔を見ていた上原は、さっさと話を続けようとする。「何か、鬼ジジイ教授の研究室から、蜘蛛が一匹逃げ出しちゃったらしいよ」 「あのー、上原さん」 「うん何だろう、足立君」 「話聞いてないですよね」 「聞いてないね」 「だいたい、鬼ジジイ教授って何ですか」 「何か、鬼みたいに怖くて面倒臭い、おじいさんの教授、ってことじゃないかしら。学生達にそう、呼ばれてる」 「面倒臭さなら、きっと上原さんも勝てますよね」 「それはどうかな。俺ってわりと、誰ともあんまり関わらず、生きてるタイプだから」 「んー、自覚ない所が、更に面倒臭いですよね」 「この蜘蛛、毒とか持ってるらしいよ。危ないよね」 「はー、早く見つかるといいですよね」 「ここに紛れこんでたりして」 とか何か、上原は、別にどーでもいいですけど、くらいの感じで、言う。 「えー、それは、困りますよね」 「刺されたら、教えてね。俺が助けてあげるし。いろんな手を使って」 いろんな手とはどういう手なのか、指摘したかったけれど、聞いてしまうのは、怖い気もした。 だいたいすぐに助けず、暫く観察とかされそうな予感も、した。 「いえ、それは、すいません、結構です」 ●その実態 「と、そんな感じで」 ブリーフィングルームのモニターに映し出されていた映像を停止させ、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が、一同を振り返った。 「一般人の間ではこんな噂になっているこの大学には、実はアザーバイド「シルフ」が住みついててね。このアザーバイドのせいで、大学で飼っていた蜘蛛がエリューション化してしまった、とそういう話なわけ。なので、今回は皆にこれを見つけだし、討伐して来て欲しいって話なんだよね。捕縛ではなくて、討伐ね、討伐。今回のこの、「シルフ」は、アザーバイドではあるんだけど、どのリンク・チャンネルを通過してきたのかちゃんと分かってないんだよね。やって来たと思しきD・ホールが分からないから、戻しようがない。そういうわけで、討伐をお願いしたいわけ」 そしてモニター画面の映像を、大学内の風景に、変えた。 「このV大学Aキャンパス内の何処かに、そのシルフが居るんだけどね。一般人にはまだ目撃されていないし、昼間は何処かに隠れて、夜にこっそり大学内を徘徊しているのかも知れないな。見た目は、羽が生えてて、小さくて、ちょこまかしてて、悪戯好きの、見るからに「ああ、風の精霊って言えばこれですよね」っていう風貌をしている。で、エリューション化した虫の方だけどね」 また、モニター画面の画像を変えると、そこには、8本足の蜘蛛らしき動物の姿が映し出されている。 紫色の体に、赤と黄色の斑点がぷつぷつと浮かんでいて、足は長く折れ曲がり、こちらは黄色と黒が交互に入り混じった色をしている。 見るからに、ああ、毒虫ですよね、害虫なんですよねと言いたくなるような容姿をしているようには、見えた。 「これは世界的にも珍しい虫で、教授が大事にしてたコレクションの一つらしい。三匹いる内の二匹が革醒中だから、これを討伐してしまって欲しい。元々、毒を持っている蜘蛛だったらしいけど、リベリスタへの攻撃にもこの毒性はあるとみて、対策を考えておいた方がいいかもね。あと、これは、討伐には直接関係ないかも知れないけど、出現ポイントであるこのAキャンパスは研究棟で、いろいろな薬品が置かれてあったりもするんだよね。敵になるような物は予知されてないんで、その点では大丈夫だと思うけど、中には、外見はそのままなのに、内面的性別が、三分間だけ逆転してしまう薬、とか、どういうわけか、髪の毛とか、何処かの体毛とかが、マイルドに伸びてしまう薬、とかあるらしいから、気をつけて。まあ、うっかり見つけちゃって、飲んだり、触れたり、浴びたりしなければ大丈夫だとは思うんだけど、一応、言っとく」 と、あらかたの説明をした伸暁は、小さく笑みを浮かべて、回転椅子をゆらゆらとさせた。 「ま。そんなわけで、今回はそんな感じで。皆、宜しく頼んだよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:しもだ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月03日(金)22:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● いやこれ、明らかに何か、おかしいんじゃないですか。 と、ユーキ・R・ブランド(BNE003416) はふと、思った。 もちろんそれは、ばっちり白衣姿で、びっくりするくらいキャンパスの廊下に馴染んでいる『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330) に対して思ったものではなく、いやむしろ、馴染み過ぎて、何か、あれ? みたいな気持ちは若干ない事もなかったけれど、それより何より、明らかに不審者ですよね、間違いないですよね、みたいな雰囲気を放っている、『√3』一条・玄弥(BNE003422) に対して思った事だった。 っていうかむしろ、どう見ても大学の関係者にしか見えない凛子と、本人は用務員の扮装のつもりでも、場末の飲み屋の一角に座ってそうな風情の玄弥が一緒に歩いているこの光景が一番変で、そこにばらばら、と「何となく生徒のフリ」みたいな後の六人が続いているのも、きっと何か、変だった。 でも別に、誰かに見咎められたりは、していない。 もしかしたら意外と、おかしくないのかも知れない。 そしたら何か、本人いわくは、見学希望の生徒の代理、という隠れ設定をしているらしいバゼット・モーズ(BNE003431) が、不意に、言った。 「日本の大学は部外者の侵入に厳しいと聞いていたが‥‥案外、大丈夫のようだな。この八人の組み合わせは、不自然に見える気もしたんだが」 そしたら何か後ろから、やる気があるのかないのか、良く分からない感じで歩いていた『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105) が、やっぱり、やる気があるのかないのか、良く分からない口調で、 「保護者と生徒達を案内している教授が、ふと問題を見つけてしまって、用務員のオジサンを連れだした様子、にしか、見えてないんじゃないんですか」 とか、軽く、窓の外を眺めながら、言った。 「まーとにもかくにも、まずは校内の把握ですね」 先頭を歩く凛子が、言う。 「見取り図とか、入手出来ればいいんですけどね」 亘が、答える。 「校内地図の看板なんかを探しやすかねえ」 玄弥が更に、言った。 と。そこで。 それまでぼーっと、何か分かんないけど皆が歩いてるんで歩いてます、みたいに最後尾を歩いて来ていた雪待 辜月(BNE003382) が、「見取り図‥‥大学だからホームページとかに乗ってないかなぁ」とか何か、ぽそ、と言った。 「ホームページか……」 『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)が、思案するように顎を撫でながら、言う。辜月を振り返った。 「でもさ。パソコンとか、持ってんのか」 「パソコンですか。持ってないです」 って凄い普通に言った顔を何か、とりあえず三秒くらい、眺めた。 「え?」 「はいあのー。それは今、自分でもわりと、何で今更それ言ったのかな、ってちょっと思ったんですけど、何かもう、思い付いちゃった瞬間に、口に出してしまってたんですよね、もう……何か」 って言いながらどんどん何か、顔が切なさを帯びて行くので、「まあ……分かるぜ」って、別にあんまり分かってなかったけど、フツは、何だか可哀想なので、とりあえず言っておくことにした。 「携帯電話で試してみるのはどうだろう」 そこでバゼットが、自らの携帯電話を手に、言った。「これならインターネットも使えるし、検索してみようではないか」 フツと辜月は、思わず何か、顔を見合わせる。 「案外、口に出してみるもんだな」 「でしたね」 「では」 暫くして凛子が、眼鏡を押し上げ、言った。「それを元に、まずは蜘蛛やアザーバイドの情報を集めておきましょう」 そしてマイルドに、見取り図のくだりを軌道修正した。 すると、それまで黙々と歩いていたハイディ・アレンス(BNE000603) が、「闇の中で延々とあれを探すのも嫌だなしな」と、徐に呟いた。 「アレ?」 「八本足の、あのグロテスクな生き物だ。気は進まないが、生態についての情報を集めておこう。可能性のある場所を絞っておく」 淡々と述べ、「闇の中延々とアレを探したくないしな」とか何か、もう一度、言った。 何度も言うなんて、相当、闇の中で延々とアレを探したくないんだな、と、凛子は、思った。 ● そんなわけで、ハイディ、フツ、凛子、ユーキ、バゼットの五人は、Aキャンパス内を歩いていた。 「この辺りで戦闘になった場合、広い所に誘導したいところだな」 廊下を見渡したバゼットが、今度は窓の方へと近づき、下を覗く。「この窓から外へ飛び出せば、庭か」 「そうですね。まあ、何事も、地道にこつこつと。蟻の穴からとも言いますし、こういう細かい事前調査も、大事な仕事というわけですかねえ」 とか何か隣を見ながら、答えるユーキは、次の瞬間、ドン、と何かにぶつかり、え、と足を止めた。 顔の下に、ハイディの頭がある。 先頭を歩いていた彼女が、足を止めたのだ。 何故か。 「奴だ……」 「え、誰」 と、前方を見るとそこには。 「あ、蜘蛛」 え、もう見つけちゃったの、みたいな拍子抜けしたような声で、フツが言った。 「奴だ!」 って、ハイディは何かもう真昼間の大学で剣とか出しちゃうんじゃないか、みたいな勢いだったので、フツはどうどうどう、と窘めながら、前へ出る。 「まずは、エリューションかどうか、調べてからにしよーぜ。な」 アクセス・ファンタズムでもあるらしい、数珠をさっと握ると、彼はすぐさま、ファミリアーを発動した。 黒い瞳をぐっと細めて睨みつけるようにすると、暫くして自らの感覚と、目の前の蜘蛛の感覚とが、すっと、重なり合うような感覚を、瞬間的に感じ取る。 「――来た」 ぐっと、数珠を握りしめる。「こいつは、エリューションじゃないな」 「ふん、そうか」 途端に興味無くしましたーみたいに、ハイディが臨戦態勢を解き、後ろへ下がった。「じゃあ、それは任せる。戦闘以外でこれと関わる気はない」 「よっぽど嫌いなんですね、蜘蛛」 「んー、じゃあこれはとりあえず、箱にでも入れておくか。どうせこれ、三匹飼ってた内の、革醒してない一匹だろ。混じったら、面倒臭いもんな。返品しとこうぜ、返品」 「しかし、箱と言っても……」 ユーキは辺りを見回す。そこで、そう言えば、凛子の姿が見当たらない。と、気付いた。 そしたら何か。 「箱、ありますよ」 って、突然、すぐ横にあった研究室の扉が開いて、凛子が出て来たので、ぎょっとする。 っていうか、あんまりにもマイルド過ぎたので、一瞬本気で、大学の人が出て来てしまったのかと、ちょっと、焦った。 「なにを、してらっしゃったんですか」 「いえ。扉が開いてる研究室があったので、不用心ですね、とか思って、ちょっと中を調べてました」 「部外者の凛子さんが颯爽と入って行ってしまえるなんて、本当に不用心ですね」 「ですよね」 「で、その反対の手に抱えてらっしゃる箱の中身は、何でしょう」 「中をちょっと調べましてね。俺はこれでも医者ですから。医学的に見て、危険だと判断した物を回収してました。アークで聞いたような、怪しげな薬です」 「ああ、外見はそのままなのに、内面的性別が、三分間だけ逆転してしまう薬とか、どういうわけか、マイルドに髪とか体毛とかが伸びちゃう薬とか、ですか」 って普通に返事をしたけれど、今、マイルドに凛子は、「俺」と言ったような気がする。でもすぐに、いや多分、気のせいでしょうね。と片づけた。 「大学施設でも、これは、あんまりにもまずいですよね」 「なるほど」 そこで、どうやら蜘蛛を箱の中に収めたらしいフツが、「これでよし」とか何か、手持ちの万年筆を取り出し、箱の表面に何事かを書きつける。 ――中には、何処かの研究室から逃げ出したと思しき、蜘蛛が入ってます。心当たりの人は、回収のこと。猛毒注意―― 「ではこの虫は俺が預かりましょう。食堂にでも置いておけば、誰かが見つけるでしょうしね」 って言った凛子を、ん? とまた、ユーキは見下ろす。 「しかしそれにしても、その変な薬。どうしてこんな所にあるんだろうな」 じーとか凛子の手元を眺めたフツは、「よし」と、また数珠を掲げた。 「一応、サイレントメモリー使っとくか。なんとも無いとは思うが、変な組織とつながっててもいけねえからな」 「んーむ。多分これ、あれなんじゃないですか。アザーバイドの影響で、革醒して変化しちゃったとかじゃないんですかね。将門さんの言い忘れでしょう、きっと」 とか何か言ってるユーキの隣で、じっと沈黙し箱の薬品に手を翳していたフツが、徐に「これは……」とか何か、眉根を寄せて、呟いた。 「何か、見つかったんですか」 「氷河……」 と、彼は、真面目な顔で凛子を振り返る。同じ表情のまま、「これ、ちょっと舐めただろ」と、言った。 「まあ」 と、顔を伏せ、凛子は眼鏡を押し上げる。「俺も、医学者ですから……」 って何で若干、得意げなのか、もう全然分からなかった。 「っていうか、凛子さん、性別逆転してるのにマイルド過ぎるんですよ、ほんとに」 ● 一方その頃、庭を探索する玄弥は、超直観を発動し、ガン見していた。 何を。 時折、通路を行き来して行くぴっちぴちの女子大生達を。 「ぴっちぴっちの女の子は見てるだけでもええもんでさなぁ」 そして、ニヤニヤと、下卑た笑いを浮かべる。 でも真面目に探してもいたのだ。 何を。 銭儲けになりそうな、金目の物を。 通路を女子大生が行く度、鋭い眼孔を向け、そしてまた、辺りを何か、見るからに高価そうな物が落ちてないか、と探す。 と。 「お。これは何でやんしょ」 きらっと光ったそれを摘み上げる。何かのうろこのようにも見えた。 「もしかしてそれ、アザーバイドの羽の欠片じゃないですか」 後ろからやって来た亘が、早速それを玄弥の手からふわっと、奪った。 「ああ、やっぱりそうだ。映像で見たのと同じですよ。やっぱりこの辺りに出るんですね。シルフ。ふふ」 楽しげに微笑みながら、それを空へと掲げた。「アザーバイトとはいえ風の妖精と戯れられる……素敵ですね。討伐しないといけないのは残念ですが」 「そうですよね」 あ、私も見たいな、みたいに、もじもじと近づいて来た辜月が、亘の手元を覗きこみながら、言う。 「元いたところに返してあげられないのは悲しいです」 「でも、シルフの風を感じつつこの機会を全力で楽しみますよ、自分は」 はい、と辜月の手にそれを乗せてあげながら、亘が微笑む。 「そうですよね」 と辜月は、手元の羽をじーと見つめる。 「でも」 「でも?」 「でもシルフが凄い可愛かったら、どうしましょう」 「うん」 と、亘は軽く頷いて、その悩ましげな表情を浮かべる少年の肩をポン、と叩いた。 「頑張れ」 「……ですよね、はい」 とかしょんぼり頷く辜月の前を、意外と物事に執着しないらしー玄弥が、また、次の金目の物を探しながら、通り過ぎて行った。 更にその頃凛子は、食堂で、見覚えのある顔を見つけていた。 何度かアークの映像で見かけていた、足立だった。 「ああ、君」」 と凛子は何食わぬ顔で、その青年に近づく。「上原教授を探しているんですが」 こんな所で見かけるとは、奇遇だ、と思った。 接触してみるのも悪くないか、と軽い気持ちで、会話をしてみる事にする。 上原、と聞き、足立はとても、嫌そうな表情をした。 「はー、教授は、出張で暫く戻りませんが……」 「なるほど。そうですか」 じっと凛子は、足立を見つめる。彼からは、革醒者の雰囲気は感じられない。 「そういえば。この大学の周辺には、不思議なことが多く起りますね」 「え?」 一体この人は、突然何を言い出すのだ、という表情を足立が浮かべる。 「変な噂を、良く、上原教授から、聞きますでしょう。私も良く耳にするんです」 「あー。まあそうですが、大抵、どうせ、嘘なんじゃないんですかね。噂ですし」 「…………」 「え、何ですか」 「いえ、何でも。ま。そうですよね。では、私はこれで。上原教授に、宜しく。また」 「はー、御苦労さまです」 一体何だったんだろう、とでもいうように足立が小首を傾げる。 上原にも、機会があれば接触してみたいものですね、と、凛子は背を向けながら、薄く微笑んだ。 ● 夜。 月明かりの下の庭に、八人のリベリスタ達の懐中電灯の灯りが、ちらちらと揺れていた。 「なんだか夜の学校ってどきどきしますよね」 まるで何かをおびき出そうとするかのように、亘が、くるくると懐中電灯を揺らしながら、言う。 「確かあっしがアザーバイドの羽らしきもんを見つけたんは、この辺りでやしたかねえ」 ニヤニヤしながら言った玄弥が、ん? と、不意に暗闇の方を振り向いた。超直観を発動した彼は、その微かに蠢いた影を見逃さない。 「お、来たようでやす」 けれど、その言葉は必要なかった。 すぐに、ズササササササ、と地を這う、虫の足音が聞こえて来たのだ。 フツが、すかさず数珠を握った手で印を結び、守護結界を発動した。瞬時に仲間達を守る防御結界を展開する。 続けて、凛子が、強結界を張り直した。 「一般人は立ち入らせません。さあ、気づかれない間に片づけてしまいましょう!」 「ふむ。普通の蜘蛛と見分けが付くかどうか心配でしたが」 闇纏を発動し、だっと走り出したユーキは、懐中電灯の灯りの下に姿を現した、蜘蛛の姿を見て、思わず、呟く。「こんな巨大な蜘蛛は居ませんね、自然界には!」 ブロードソードを振りかぶり、蜘蛛目掛けてまずは、一振り! けれどそれを逃れた蜘蛛は、すかさず炎を吐き、反撃してくる。それを大型の盾「ラージシールド」でブワッ、と受け止めた。 「くっ」 更に次の一手、と言わんばかりに息を吸い込んだ蜘蛛へと、背後から鋭く何かが飛んでくる。 「全くグロテスクな姿だな」 コンセントレーションを発動したハイディが、ショートボウの矢を放ったのだ。ビュっと冷たい音を立て、それが蜘蛛の腹へと命中! ――ギギギギギギッ。 不愉快な鳴き声を放つ蜘蛛に、ユーキの奪命剣が炸裂する。 赤く染まったブロードソードを、その頭と腹を繋ぐ腹柄へと勢い良く振り下ろした。 ぐしゃ、と何かを潰したかのような感触が、腕へと伝わる。 でろ、っと何だか良く分からない、血の塊のような内臓が、その場へ飛び出た。 その間にも、駆けつけたもう一匹と対峙する玄弥は、ヘビースピアを振り回し、暗黒を放ちまくっていた。 「虫けら共は散れ散れ、くけけっ」 その体から放たれる暗黒の瘴気がズシャーッと地面を滑って行く度、蜘蛛はあっちへこっちへ、ちょろちょろ、回避。 「くけけ、虫けらが。逃げんなやぁ」 そしてまた、暗黒。暗黒、暗黒、暗黒! その攻撃が、腹を掠り、足をもぎ。 あえてそうしているのか、命中させることはせず、無駄打ちになっていてもまるで気にしない。 ズリリ、ズリリ、と後ろの足をすっかりもがれた蜘蛛は、前足だけで這うように移動する。 「くけけけ」 「もうその辺でよかろう。その身も持たないぞ」 そこへ正々堂々と歩み出て来たのはバゼットで、隆々とした腕で、バスタードソードを厳めしく振り上げると、奪命剣を発動した。 「其の命を貰い受ける」 血のように赤く染まった摩具が、グシャッと叩き潰すように、その頭を砕いた。 「うわー……」 回復に備え、戦況を見ていた辜月は、そこに潰れた蜘蛛を見下ろし、引き攣った表情で口元に手を当てた。 「怖いですか」 同じように、戦況を見ていた凛子が、隣から、言う。 「い、いえ。別に……苦手とか、大きいからちょっと恐いとかは」 もじもじ、と言って「少しくらいで……」と続ける。 「怖いんですよね、要するに」 「……はい、そうですね」 くす、と微笑んだ凛子は、聞かなかったことにしてあげます、とばかりに、小さく唇に人差し指を翳す。 それから。 「主の癒し、生命の息吹を与え賜え」 何事もなかったかのように、祈るように両手を組み合わせると。 暗黒を連発してしまった玄弥に向け、天使の息を発動した。 ――クスクス。 クスクスクス。 「ってうおい!」 その頃、まるで鈴の鳴るような声と共に登場したシルフと対峙していた、フツは。 まるで嘲笑うかのように飛びまわるその風の妖精に、すっかり手を焼いていた。 「くそっ。ここで逃すと、またやり直しになっちまうだろうが……!」 ぶん、と振り回す願行具足が、また、空を噛む。 クスクスクス。 「くそっ」 と呻いたその背後から。 「さあ! 一緒に遊びましょう妖精さん」 ビュウウン、とまるで、突風が抜けて行くかのような勢いで、トップスピードを発動した亘が、飛びぬけて行く。 「どちらが早いか競争してみますか?」 その勢いのまま、ぶわあっとアザーバイドの体の周りを一周すると、亘はナイフを取り出し、ソニックエッジを発動した。 シルフも負けじと、ムンと顔を怒らせ、両手を振りかざし疾風の攻撃を繰りだしてくる。 体制を立て直し、避ける、という選択肢もあったけれど、亘はあえて、その中に飛び込み、直進して行く。 ――自分にとって風とは常に共にあるもの。 なら恐れる事はない。 本能のままその風に乗り更なる速度を持って……。 「全てを断ち斬ります!」 鋭くとがったナイフの刃で、その体を切り裂き、とどめの一撃を、放った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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